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[本]のメルマガ vol.756


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 ■■ [本]のメルマガ                 2020.6.15.発行
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 ■■  mailmagazine of book        [そして、半年経ちました号]
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 【連載】………………………………………………………………………………
 
 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 第67回「余計なことばかり」

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 第132回 背筋を伸ばす言葉
 
 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → 動物とともに生きることを考えさせられるコミックの紹介です。
  
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 ■「散慮逍遥月記」停雲荘主人
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 第67回「余計なことばかり」
 
 こんにちは。
 大学もオンラインを中心にして再開し,わたしのオンライン講義も軌道に乗っ
 てきたところです。とはいえ,どうしたことか,このところお会いしたことのある
 方の訃報が続き,わたしも残りの人生のほうが短くなってきたなあ,と若干の
 焦りを以って訃報に接する今日このごろです。
 
 論文執筆のための調査でもプライベートでの探しものでも,調べ物で検索を
 かけていると余計な,ではなく思いがけない事物に当たってしまい,気がつい
 たら探すべきものを忘れて目の前に飛び込んできたものに関心が移ってしま
 う,ということを年がら年中やらかしています。だから文章を書くための時間が
 いつも足りなくなってしまうわけですが(苦笑),それはさておき。
 
 先日,本来の探しものと全然違うものに引っかかってしまったのは「ウルトラ
 セブンの最終回」というネタです。それまで何を探していたのか,いまでもまっ
 たく思い出せないという有様なのですが,そこで久しぶりに,「ウルトラセブン」
 の最終回ではローベルト・シューマンのピアノ協奏曲イ短調作品54が使われ
 ていたことを思い出しました。モロボシ・ダンがアンヌ隊員に,自分がウルトラ
 セブンであることを告白するシーンで,突然画面の色調が変わり,あの印象的
 な冒頭−オケがドンと半拍先に出てピアノがタラン,タランタランタランタラン〜
 と降りていく−がBGMに流れていく,というものです。そのあともとぎれとぎれ
 にシューマンが使われ,最後に改造パンドン(一度ウルトラセブンに倒された
 パンドンという怪獣が,アイスラッガーで切られたところを機械化されて再度
 セブンと戦う)がセブンのアイスラッガーにばったり倒れるところで第1楽章の
 コーダが流れて戦いが終わります。
 
 この最終回で使われたシューマンの録音は,若くして難病で亡くなったディヌ・
 リパッティ(1917-1950)というピアニストがヘルベルト・フォン・カラヤン指揮の
 フィルハーモニア管絃楽団と1948年4月に,EMIに録音したものです。むかし
 から名演の誉れ高い録音ですが,わたしが全曲を通しで聴いたのは,EMIが
 ワーナーに買収されてカラヤンのボックスが発売された中で
 “Karajan and His Soloists I 1948-1958”という8枚組を手に入れたときでした。
 
 で,この録音を聴いたところ,どうもピンとこない。40歳そこそこで,後年の
 べったりなレガートなどどこにも見当たらない颯爽としたカラヤンの指揮ぶりは,
 それは見事なものですが,リパッティのピアノがどうにもよくわからない。同じ
 カラヤンのボックスには,ワルター・ギーゼキング(1895-1956)というピアニ
 ストとカラヤンが1953年8月に録音したシューマンが収録されていますが,
 わたしの好みはギーゼキングの方なのですね。何しろ,これまで聴いたことの
 あるシューマンのピアノ協奏曲の録音の中でよかったもののひとつが,ギーゼ
 キングがカール・ベームの指揮するザクセン国立歌劇場管絃楽団(現在のドレ
 スデン国立歌劇場管絃楽団)と1940年頃に録音した演奏であり,こちらの
 ギーゼキング/カラヤンもそのむかしFM放送で流れたものをエアチェックしたカ
 セットテープを時々聴いていたので,慣れている,ということはあるのかもしれ
 ませんが,それにしても,これも一緒に収録されているリパッティとカラヤンに
 よるモーツァルトのピアノ協奏曲ハ長調K.467を聴いてもリパッティがピンとこ
 ない。むかし読んだ五味康祐のエッセイでリパッティの演奏を
 「作・リパッティに聴こえる」と評していたのはこのことかとも思いました。
 
 それでは,と,例の給付金を当てにして,ブザンソンというところでリパッティが
 生涯最後にひらいた演奏会(1950年9月16日)の録音を購入してみました。
 これはEMIからも出ていたものですが,たまたまINA
  (Institut National de l'Audiovisuel,フランス国立視聴覚研究所。図書館関
 係者としてこのINAという施設について興味があって,以前文庫クセジュで出て
 いる本を購入して読んだことがあります)で見つかったRTF
 (Radiodiffusion-Television Francaise)によるオリジナルのマスター・テープ
 をINAがリマスターしたというCDが2018年の暮に出ていたので,そちらを手に
 入れたところ,何となくですがリパッティの演奏がどのようなものであるか理解
 できたような気がします。まるでベートーヴェンの頃のピアノフォルテのように
 「鳴らさない,響かせない」ピアノの弾き方で,どうしたらそうなるのかはよくわ
 からないのですが時空が歪むのですね。バッハのパルティータでも終わりが
 聴こえてこなくて,終結部でも「これで終わり」のように弾かないし聴こえない。
 5分なら5分で曲が終わるはずなのに,聴いていていつ終わるんだ,全然終わ
 らないじゃないか,という感覚に陥ります。いつまでも延々と音楽が鳴り続け
 ているような。それでいて,大変に音楽の密度が濃い。2ヶ月半後に亡くなる
 瀕死の病人が弾いているとは思えない。リパッティの病状が悪化すると,
 ロンドンのEMIのプロデューサーだったウォルター・レッグが,わざわざジュネ
 ーブに録音機材を持ち込んで,リパッティの体調が良くなったと聞くやセッション
 を組んで演奏を録音した,という話もうなずけます。リパッティは他のピアニスト
 からは隔絶した,特別なピアニストだったのでしょう。
 
 これも旧聞に属しますが,いつだったかどこかに出かけようと土曜の朝,クル
 マを出したらたまたまラジオがかかっていて,そこで読まれている小説に名
 前は出てこないもののどう考えてもリパッティをモデルにした人物(?)が出
 てくる。おやおや,いまどきリパッティとはマニアックなことであるな,と,その
 不思議な味わいの朗読劇を聴きながらクルマを走らせました。あとで調べて
 みたら,どうやら恩田陸「二人でお茶を」という作品だったらしかった(読んだ
 わけではないので確証はありませんが)ことも思い出して,リパッティの演奏
 の持つ力を改めて考えさせられることになりました。
 
 
 ……さて,どうしたものかと思いつつ,本当はここで書かねばならないだろう,
 ある訃報については他日を期します。ごめんなさい。
 
 では,また次回。
 
 ◎停雲荘主人
 2019年4月から司書養成が本務のはずの大学教員兼大学図書館員。
 南東北在住。好きな音楽は交響曲。座右の銘は「行蔵は我に存す,毀誉は
 他人の主張,我に与らず我に関せずと存候。」(勝海舟)。
 
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 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
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 第132回 背筋を伸ばす言葉
 
   最近、言葉が空虚に響いているように感じる。国会の中継を見たら、だれも
 が感じるんじゃないだろうか?
  総理をはじめ大臣たち、役人たちの国会での答弁の言葉は、あまりに上っ面
 で辟易する。大手の広告代理店にあれだけ儲けさせているんだから、もっと言
 葉に気を付けるようにアドバイスしてもらえばいいのにね。いや、もうコピー
 ライターの時代はとっくのとうに終わっているのかもしれない。ぼくのような、
 ふんわりとなんとなく気持ちのいいだけのコピーに酔ってきた世代が今の空疎
 な言葉の時代を作ってしまったのか。
 
  先日、何気なく手にとった本を読んで、言葉に真摯に向かい合うことを考え
 て、背筋を伸ばした。いま、必要なのは「言葉」なのだ。ちゃんとした「言葉」
 に出会いたかった。
 
  そんなとき見つけたのが、『のどがかわいた』(大阿久佳乃 著 岬書店)。
 だった。黄色いソフトカバーにモノ・ホーミーのシンプルな線で描かれたイラ
 ストがじつに愛らしい。フランス装というらしい。洒落ている。「きれいな本
 だなあ」と思わず手にとっていた。
 
  著者の大阿久佳乃はこの本が刊行されたときは、まだ19歳(2000年生まれ)
 だったという。
 
  大阿久さんは、同世代、つまり高校生が詩を読む機会があまりに少ないこと
 に疑問を持ち、詩の扉をひとつでも増やしたいと、詩を読むことをテーマにし
 たフリーペーパー「詩ぃちゃん」を2017年から発行している。『のどがかわい
 た』は、前半を「詩ぃちゃん」、後半に書き下ろしのエッセイを加えている。
 
  ぼくは、こういう前知識はほとんどなく、読み始めた。だから著者の大阿久
 さんが高校生活に馴染めずに、不登校を経験していることも知らなかった。
 
  本の前半、「詩ぃちゃん」は「詩、読みますか?」で始まる。こんなふうに
 問われると、ぼくは「はい」とは答えられない。読んでいるというには、あま
 りに少ないもの。
 
  詩人もたくさんは知らないし、詩がわからないというコンプレックスから、
 ときどき人がいい、という詩集を買うことがあっても、正直にいって夢中にな
 った経験はない。
 
  八木重吉、山之口獏、茨木のり子、吉野弘とぼくでも知っている詩人が登場
 するが、それらの詩の味わい方を読んでいると改めて、いいなあ、と思う。そ
 んなふうに詩の味わい方、わからない詩に出会ったときのこととかが書いてあ
 って、気になる言葉、文章をメモしようと思ったら、あっというまに付箋だら
 けになってしまった。
 
  ふだん詩を読むことが少ないぼくには、詩がわかる、という感覚がわからな
 い。詩を読んだとき、いいなあ、と思うことはあっても、わかる、というのと
 はちょっとちがうと思う。
 
  そんなぼくには「思い出す」という章が面白かった。詩を読む作法のようだ
 った。詩を読むときの心の動きが書かれていて面白かった。詩をこんなふうに
 説明してもらったことはなかったと思う。
 
  詩を読んでから、その後、日常生活にもどって、たとえその文面を忘れてし
 まっても、どこかに記憶が残っている。その言葉、イメージがふとしたときに
 よみがえることがある。その「思い出す」ということが、詩をわかることにつ
 ながるようだ。小説を読んだとき「共感」を感じることがあるけれど、詩の場
 合は共感以上のもの、むしろ「一体となる」経験を与えてくれる、という。
 
  ああ、僕は詩を読んだとき「一体となる」経験をしたことがないなあ。きっ
 とまだまだ詩ときちんと向き合ってこなかったからだろう。もっと、たくさん
 の詩を読まなければこの経験は出来ないんだろう。
 
  そういえば思い出したことがある。両親ぐらいの世代だと詩はもっと身近に
 あったようだ。最近も83歳になる叔母が
 「アイルランドのような田舎へ行こう……」と丸山薫の『汽車にのって』を暗
 唱してくれたことがあって、聞きながら目の前に風景が現れて感動したことが
 ある。なかなかいいものだった。こんなふうに詩が身近にあるのはうらやまし
 く思った。
「一体となる」といえば、それは音楽でも同じことがいえるように思う。いま、
 ぼくが一体化するのは、詩ではなくて歌詞なのかな。ここのところ、ずっと頭
 の中で鳴り響いている。ローリングストーンズの古い曲、
 「ストリート・ファイティングマン」だ。
 「Well, then what can a  poor  boy  do
   Except to sing for a rock n roll band」
 「貧乏な少年にはロックンロールを歌う以外に何ができる」というフレーズを
 聴くと胸が熱くなる。こういうのも詩と一体化することなんだろうか?
 
  詩のことだけでなく、文章を書くこと、それをフリーペーパーとして多くの
 人に読んでもらうことについても書いている。そして悩んでもいる。
 
  それは文章を書いたり、絵を描いたり、音楽をやっている人ならば、だれも
 が感じることなのだろう。
 
  大阿久さんは、他人が読むものだ、と意識すると、書くべき「感じたこと」
 や「思ったこと」より、「感じたかったこと」、「思いたかったこと」を書こ
 うとしまいがちになる、という。きっと優等生であったから、学校では「書い
 てほしいこと」「こう思うべきだろう」という期待に応えようとしてきた癖が
 残っているという。もちろん、そういう考え方で書いた文章はたいていつまら
 なくなることもわかっている。といって、本音をつかまえておくのも難しくて、
 文章を書くときは「本当に思ってる?」と自分に問いただすことの繰り返し、
 といっている。
 
  難しいよね、本当に。文章を書くとき、「自分がどう思うか」より「どう思
 われたいか」を考えていることがあるもの。
「書くことは難しい、けれどやっぱり楽しい。自分どうしでかくれんぼしている
 みたいです」という大阿久さんの言葉がとてもいい。
 
  ああ、ぼくなんか、かくれんぼで隠れているうちに、すっかり忘れられてし
 まった子どもの気分になることがあるよ。
 
  フリーパーパーを発行することについて悩んでいることを書いているけれど、
 それは何かを表現するためにメディアを使っている人、たとえばCDなどを制作
 するミュージシャンにとって教えられることが多いと思う。
 
  大阿久さんは、たとえフリーペーパー「詩ぃちゃん」が見知らぬ多くの人た
 ちに読まれるようになっても、多数の人たちに向けて書かないようにしている。
 それは「詩ぃちゃん」が「詩」をテーマにしているからだ。詩は演説ではなく
 て、一人の詩人が一人一人に向かって書いたもの。けっして不特定多数を対象
 い書いたものではない。もし、不特定多数の人に向けた文章を書いてしまうと
 「詩」の存在を殺してしまうのではないかと危惧するからだ。
 
  それでも発行したい、と思うのは不特定多数に読んでほしいという気持ちが
 あるからだろう、と大阿久さんは悩む。発行したい気持ちとは、なんだろう。
 自己主張なのか?
 物ができることの達成感? 褒められたいから? 
 大阿久さんは、「ふたつのまったく別方向を向いている気持ち」に釈然としな
 い気持ちを抱いている。
 
  詩でも絵、写真、そして音楽でも、どんなものでも表現するときに、その表
 現はだれに向けたものなんだろう。自分のためならば、発表する必要はないも
 のね。でも作品をだれかに評価してもらいたい、多くの人に知ってもらいたい、
 という気持ちがあるからだ。
 
  ぼくも含めて多くの“売れない”ミュージシャンは、いつも
 「だれのために」歌っているのか考えている。
 
  『のどがかわいた』という本は、詩のことを書いているけれど、「詩の本」
 ではないと思う。もちろん「詩の入門書」ではない。
 
  どうしてこんなに、ぼくの心を揺さぶったのか、それは著者の大阿久佳乃さ
 んが詩、言葉と向き合うことで、考えたり悩んでいることを真摯に文章に書こ
 うとしているからだ。それは国会でしばしば使われる「真摯」とはまったく違
 う、ときにヒリヒリするような、血の通った言葉だ。


 ◎吉上恭太
 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。
 詳しくはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。
 翻訳絵本『あめのひ』『かぜのひ』は徳間書店からから、
 『ようこそ! ここはみんなのがっこうだよ』はすずき出版から出ています。
 
 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。
 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017
 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします!  
 
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 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
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  動物を飼うことはとても楽しいことです。しかしそれとともにその動物に対
 して最期まで面倒を見るという責任を負うことでもあります。この後者の面に
 特にスポットを当ててこの漫画は描かれています。
 
 『きみにかわれるまえに』,カレー沢薫,日本文芸社,2020
 
  ただそれだけでなく各話の主人公が抱えている葛藤―それは社会から背負わ
 されているものだったりするのです―が動物との暮らしによって浮き上がって
 くるというのも特徴といえるでしょう。
 
  例えば第5戒(第5回ではなく)「私たちはやることが多すぎて優先順位を間
 違えます」では、年老いた犬と飼い主の独身女性が登場します。
 
  彼女(茶川さん)は会社勤めをしているのですが、日々残業に追われる日々
 です。しかも計画的なものではなく、急に課長という名の人に仕事を振られる
 のですね。しかもその頼み方が「〜さんが子どもの用事でいないから」という
 感じの言い回しで。
 
  いやいや子育て中の従業員の穴埋めは課長が(会社が)考えてくださいよ。
 という話ではありますがひとの良い茶川さんは、これを毎度引き受けてしまい
 ます。そこには断ると角が立つからできれば断りたくないという気持ちもはた
 らいています。また独身の自分が子育て中の人の穴を埋めなければいけないと
 いう負い目のようなものも感じているようなのです。
 
  全然そんなこと気にしなくていいのに。本当は彼女は年老いた(率直に言え
 ば一緒にいられる時間は残り少ない)愛犬のシンタロウと一緒に過ごす時間を
 今は何よりも大切にしたいのに。
 
  私も経験がありますが年老いた動物はそれはそれでいとおしいものです。ち
 ょっとさびしい部分があることも確かですが、それでもできる範囲で生きてい
 こうとする動物の姿を見ていると、一緒に生きてきてよかったと思えます。世
 話が大変な時もありますけどねもちろん…。
 
  そんな日々を送る茶川さんでしたがいよいよシンタロウの具合が悪くなって
 いきます。独身なのでシンタロウをおいて仕事に行かざるをえません。最終的
 にはシンタロウは天寿を全うするわけですが、そのとき彼女がとった行動がこ
 の戒の「戒」たる所以といえるでしょう。(どうなったかは読んでのお楽しみと
 いうことで…)。
 
  思い起こされるのが、小説家の保坂和志が会社員だった頃、長年飼った犬が
 死んでしまい目を泣きはらしながら出社してきた同僚に「おまえ、なんで休ま
 なかったんだよ。犬が死んだんなら会社なんか休めよ」といったというエピソ
 ード(保坂和志,「いつまでも考える、ひたすら考える」,草思社,2013)です。
 
  ペットは家族なんて言葉は今や当たり前のように世間に広まっているように
 感じられるのですが、はたして本当に世の中でそう思われているのかは謎です。
 もちろん人と動物は違う。それを差し引いても、子どもの用事で早く帰るのと
 病気の動物が心配だから早く帰る、このふたつを並べてみた時後者はけっこう
 認められなかったりしそうな気がします。(一応書いておきますがどっちが重
 要かということではないですよ。)
 
  第14戒の主人公佐伯主任も老犬を飼う独身女性で、日々衰えていく愛犬の
 トムに寂しさを感じています。自らも含めて老いていくことにマイナスのイ
 メージを強く抱いています。本当はそんなに悲しまなくてもいいのに。若い
 方が価値があるという世間の物差しを実感させられます。自分では若さなん
 て関係ないと思っていても、やっぱり世の中は…みたいな諦観に落ち込むこ
 とはありがちかもしれません。
 
  ほかの「戒」にも「強い父親像」に引っ張られてか大事にしていた猫が死ん
 でしまったのに、悲しむのをこらえようとする男性もでてきます。別に男が
 飼い猫の死に際し泣いてもいいわけですが、なぜかこのお父さんは一人のと
 きでさえ(!)泣くことを潔しとしません。
 
  本書の中で著者が表立って、老いることはよくないことだとか、男はむや
 みに泣かないとか、世の中に漂うステレオタイプな人間像を批判しているわ
 けではありません。しかしそうした人間像を内面化することで悩んだり苦し
 んだりする主人公がしばしば登場することからも、それを批判的に描いてい
 るように感じます。動物との生活によってそういったことに気づかされると
 いうお話もあります。そうした点の描写が本書のひとつの柱となっているよ
 うに思います。
 
  もっともそれに限らず動物を飼うと、病気がちだったり言うこと聞かなか
 ったり、それにストレスを感じる自分にうんざりしたり、面倒を見るために
 行動が制限されたりと色々ブルーな精神に落ち込むことはあるものです。冒
 頭に書いた通り動物を飼うのは決して楽しいことばかりではありません。結
 婚したいなら犬は保健所に連れていけとかいう男はぶん殴るぐらいの覚悟が
 必要なのです。
 
  とまあちょっと厳しい感じの話になってきましたが、やっぱり動物ととも
 に生きるのはすばらしいことです。最終ページ3段目のコマはとりわけ最高
 ですね。動物との暮らしはバラ色の事ばっかりじゃないぜということを言っ
 ているのに、やっぱり動物との暮らしは素晴らしいと思わせてくれる素敵な
 漫画です。
    
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。
 
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 ■あとがき
  坪内祐三さんが亡くなって五か月経ちます。この度、本の雑誌社から
 『本の雑誌の坪内祐三』が刊行されます。
 「私は、『本の雑誌』からの原稿依頼は、基本的に、すべて引き受けること
 している(中略)。スタッフ・ライターという言葉があるけれど、雑誌は、ある
 筆者が繰り返し繰り返し何度もその雑誌に登場することによって、その
 雑誌のカラーやにおいが明確なものになって行く。(後略)」(P44)
 『本の雑誌』のスタッフ・ライターの一人と自負していらした坪内さんは、
 様々なテーマで寄稿されていて、どの膨大な内容は、出版史として大変
 興味深いです。中身が濃いのでなかなか読み進めないのですが、ひとつ
 ひとつ誠意をこめて書かれているのが伝わってきます。その早すぎる死を、
 改めて惜しまずにはいられません。 ほんとうに残念です。    畠中理恵子
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