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[本]のメルマガ vol.752

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■■ [本]のメルマガ                 2020.05.05.発行
■■                              vol.752
■■  mailmagazine of books        [よく食べるのは常備品 号]
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『シャドウ・ウォー 中国・ロシアのハイブリッド戦争最前線』

ジム・スキアット著 小金輝彦訳
四六判 328ページ 本体2,400円+税 ISBN: 9784562057481

ネット世論操作からサイバー攻撃、プロパガンダから軍事行動まで、あらゆる
手段を駆使した「シャドウ・ウォー」。いま世界は戦争の最中にある。CNN
のエミー賞受賞ジャーナリストが世界を取材して訴えた驚愕のベストセラー!

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その47「三分半のゆで卵」

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 第125回 感染症の蔓延と共感能力

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。

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■トピックス
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■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その47「三分半のゆで卵」

 コロナ禍のせいで外出ができず、外食もできず、自炊にもそろそろ飽き飽き
して来ていると思われる頃なので、今回は、一番簡単な料理「ゆで卵」を少し
でも愉快に作れるように、小説の中でその作り方を見ていこうと思う。
    
 本の中で出会う食べ物として意外に多いのが、ゆで卵なのだ。

 好みの固さにゆでた卵を卵立てに立て、スプーンですくって食べる。

 ただそれだけのことなのだが、実はそんな食べ方があることを知ったのは、
ロフティング著の『ドリトル先生の郵便局』を読んだ時だった。 

 もちろん我が家でも卵立てはあって、ゆで卵も食べていたのだが、優しい母
上はいつも殻をすべてむいて卵立てに立ててくれていた。(不器用な子供に殻
を散らかされたくなかったのだろう)野蛮な子供達はもちろんさっさと卵をわ
しづかみにして塩をふって食べていた。家族に卵アレルギー気味の者がいたの
で、卵はいつも固ゆで。スプーンですくって食べる必要もなかった。

 それなのに、ドリトル先生は、なんとベッドの上で(病気でもないのに!)
お盆に乗せた朝ごはんを食べている。そして、骨で作った卵用の匙で優雅に食
塩を卵にかけている。子供心に、驚いて挿絵を見つめたのを覚えている。 

 実は、南条武則著『ドリトル先生の世界』によると、このドリトル先生の物
語は、おいしそうな食べ物が満載なのだそうだ。確かに、記憶をたどってみる
と、食いしん坊の豚のガブガブの話や、とても不思議な脂身のお菓子とか食べ
物についてのお話は数々あったように思うのだけれど、それでもやはり、この
ベッドの上の朝食の盆のゆで卵とスプーンの挿絵の衝撃には勝てないようで、
その他のことはほとんど忘れてしまっているのだ。
 
 ゆで卵で有名な書物といえば、児童文学では何といってもアーサー・ランサ
ム著の『ツバメ号とアマゾン号』で始まる「ランサム・サーガ」と呼ばれる全
十二巻の冒険物語だろう。この物語の中で、子供たちはキャンプや船の中で、
実に楽しそうに食事をする。
 食べ物を子供独特の「見立て」にする場面も多く、例えばジンジャーエール
の瓶詰めは、海賊たちがぐびぐび飲んでいる「ラム酒」になり、コンビーフの
缶詰はペミカンという干し肉に化けるという具合だ。

 この中の八番目の物語である『海へ出るつもりじゃなかった』を見てみよう。
この物語では、兄妹四人がジム青年に連れられて帆船で川下りに連れて行って
もらうのだが、思いがけない事故のせいで子供たち四人だけで海の航海に乗り
出すことになる。

 いつも喜々としてコックを引き受けている姉のスーザンは、川に浮かべた船
の中で、ゆで卵を二回作る。まずは、水を汲んで鍋に火にかけ、湯が煮えたぎ
ったら卵を入れて……。

 ここで、驚く人も多いようだ。普通は水から茹でるのに、イギリスでは違う
のか?

 実は、熱湯からゆで卵を作るには、卵のおしりに画鋲やエッグ・パンチャー
などで穴を開けるか、軽くひびを入れておくのだそうだ。そうすれば卵は割れ
ず、タイマーでゆで時間も測れる。

 二回目の場面では、船を下りてガソリンを買いに出たジムが戻ってこないの
を待ちつつ、夕飯の為にゆで卵を作る。半熟より固めが好きなジム船長のため
にスーザンは、「四分ちょうど」のゆで卵を用意しようとするのだけれど、ジ
ムは現れず、固ゆでになった卵は末の弟のロジャのおなかの中に消えてしまう。
そしてその夜、船は海に向かって走り出し、素晴らしい冒険が始まるのだ……。

 シモーヌ・ド・ボーヴォワール著の『招かれた女』にも、ゆで卵を作る場面
がある。舞台はパリのアパルトマンの一室。主人公の恋人の妹で、画家のエリ
ザベートの部屋。恋人とけんかして泣き疲れて眠ってしまった彼女のもとに、
明け方、浮気相手の若い俳優ギミョーがやってくる。彼は何か食べ物はないか
と尋ねると、台所に入り込み、鍋をガチャガチャさせている。

「葡萄酒が少しありましたよ」

 ギミョーは皿や、コップや、スプーン、フォークなどを、テーブルの隅に並
べて、こう言う。

「パンがないけど、半熟卵を作りますよ。半熟卵ならパンなしでも食べられま
すからね」 

 演出家の妹だから、この若造は自分をひっかけたのだと、エリザベートは苦
々しい思いで男を見ている。そして、この男が欲しいのは食べ物だけではない
んだろうなと冷めた気持ちで、二つめのゆで卵の皮をむく男を見ているのだ…
…。
 
 ちょっと大人のゆで卵場面だけれど、なんだかゆで卵一つにも、テーブルセ
ッティングするところに、パリの香りがするようだ。
 
 次はロンドンに飛んでみよう。

「三分でいいかい?」

 そうききながら、ジョンは卵を鍋に入れている。

 マーヴィン・ジョーンズ著の『ジョンとメリー』での一場面だ。それからジ
ョンは思い直して「農家の自家用卵」というブランド品の卵だからと、エッグ
・タイマーを三分半にセットし直している。きっと濃厚な卵なので、茹でるの
に時間がかかると思いこんでいるのだろう。そう思ったメリーは、味の違いは
全然分からなかったけれど、とてもおいしいと言ってジョンを喜ばせている…。

 最初この作品を読んだ時、水から卵を入れているのだと思って、三分半じゃ
まだほとんど生なのにと思った気がする。物語の舞台はロンドンだから、ラン
サム・サーガの中にあるように、イギリス式にエッグ・パンチャーで卵に穴を
あけているのだと思う。後に映画化された作品を見た時、二人はカフェオレカ
ップのようなものに割り入れたドロドロの半熟卵を食べていて、あまりおいし
そうにみえなかった。きっと水から作ったのだろうと、残念な気がした。
 
 二人は夕べパーティで出会ったばかり。一夜を共に過ごしたけれど、相手の
ことは何も知らない。初めて一緒に食べる朝食の、コーヒーとパンとゆで卵。
とても簡単な朝ごはんのように見えて、実はそうではないことにメリーは気づ
く。

ジョンはエッグ・タイマーを持っている。
ジョンは形式ばった感じでテーブルの支度をする。
ジョンは切り取った卵の殻の部分の白身を食べる。

 これは決して自分がしないことだ、とメリーは思う。

 そんな風に相手を観察しながら、新しい関係を築いていこうとしている、そ
んな朝。

 こだわりの強いジョンの性格と、さっくばらんなメリーの性格がよくわかる
名場面なんだけれど、イギリス人は卵の殻をナイフで切って、白身を食べずに
捨てるんだという驚きの方が、実は記憶の中に残っている。

 そして、広くて贅沢なアパートの部屋で、ジョンが「農家の自家用卵」なる
物に対して持つこだわりの理由は、実はジョンがどういう育ち方をしてきたか
の秘密が明かされた時、わかるのだ。

「一番よく食べるのは常備品なんだよ」

 最初に、卵をどう買うかの会話の中で、こうメアリーをとがめるジョンを見
て嫌な奴だと思ったのだが、多忙な社会活動家の母親がいつも出来合いのもの
の食事しか用意してくれなかったのがわかってくる。

 ごめんよジョン、ただの気取り屋ではなかったんだね。メリーと幸せになっ
てくれ。

 そんな気持ちになるゆで卵なのだ。

 ゆで卵は、不思議だ。子供でもできる料理とはいえない簡単な料理だけれど、
なんだかいろいろな思いを隠していそうだ。

 最後に、物語ではないけれど、何十年も前に読んだ本なのに忘れられないゆ
で卵の食べ方があって、いまだ試していないので付け加えておきたい。

 それは、ボーヴォワールの哲学的エッセイ『人間について』の「神」の章に
出てくるゆで卵。

「半熟の卵にバタを塗ることを憤慨して拒絶した老婦人がいました。≪わたく
し、神様のおつくりになった、そのままものを頂きます≫と、彼女は言うので
した。そして、食塩入れの方に手をのばすのでした。」

 ゆで卵にバター?

 食いしん坊の神父と同席した場面での食卓風景なのだが、神学的な冒涜とか
その他の意味ではなく、なんて贅沢なんだと感じてしまったので、忘れられな
いゆで卵なのだ。試したことはないのだが、さすがフランス人、あのこってり
した半熟卵にさえバターを落として食べるのだなと驚いた。

 あれから数十年。その他の部分は何が書かれていたか何も覚えていないのに、
この場面だけはくっきりと思いだせるのだ。いつかは、勇気をもって試してみ
ようと思っているのだが……。

 さあ、それでは水を入れたお鍋に卵を入れて、あるいは沸騰したお湯にエッ
グ・パンチャーで穴をあけた卵をそっと入れて、お好きな固さに茹で上げて召
し上がれ。そして卵立の向こうにどんな物語が現れるか、楽しみながら味わっ
てみて欲しい。

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『ドリトル先生の郵便局』  ヒュー・ロフティング著    岩波少年文庫 
『ドリトル先生の世界』     南条武則著        図書刊行会
『海へ出るつもりじゃなかった』アーサー・ランサム著    岩波少年文庫
『招かれた女』    シモーヌ・ド・ボーヴォワール著   新潮文庫
『人間について』   シモーヌ・ド・ボーヴォワール著   新潮文庫
『ジョンとメリー』   マーヴィン・ジョーンズ 著     角川文庫
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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■声のはじまり / 忘れっぽい天使
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第125回 感染症の蔓延と共感能力
           ―江ノ本瞳『セシリア・ドアーズ 上下』(新書館)

*ネタバレにご注意下さい

 世の中、新型コロナウィルスの流行で騒然としている。日本では1月に中国
人の感染者が確認されから瞬く間に感染が広がり、5月初旬の段階で1万5千
人に迫る勢いである。それでも日本はまだ良い方で、欧米では発生地の中国以
上にウィルスが猛威をふるい、多くの死者が出ている。ここ数十年、ここまで
大規模な感染症の流行はなかった。この状況下で、思い出した漫画作品があり
引っ張り出して再読してみた。江ノ本瞳による『セシリア・ドアーズ』。感染
症が蔓延する世界を背景とした作品だ。1996年刊行だが、読み返して全く鮮度
が落ちていないことに驚いた。実際に外出制限が勧告されている今、この作品
を読み返すと、感染症が人々にもたらす空気感がとてもうまく描かれていると
思う。刊行当時病気が流行っていたわけではないし、感染症はあくまで背景で
あってこの作品の主要なテーマというわけでもない。

 しかし、そういうことになった社会で人間がどんな性質を帯びるのか、とい
う考察が、論理でなく登場人物の感性を通して語られることは珍しい。この作
品はそんな稀有な作品の一つだ。

 染視病という目から感染して死に至る病気が蔓延する近未来。外出する際は
ゴーグルの着用が必須であり、歌で会話する新興宗教が流行っている。死んだ
母親の再婚相手に虐待を受けている少女響(ひびき 軽い知的障害を持ってい
ると思われる)は、海(かい)という少年と知り合って行動を共にするように
なる。海は航空事故で死んだ少年の体を使って作られたアンドロイドで、彼を
作り出したアメリカの研究機関に追われている。海は高い知能を持つが、人間
が誰しも持つ「ウェット」(情動のようなもの)を求めている。
 海は染視病を治すプロテュースという薬を独力で製造し、響にも服用させる
(それによって目が青くなる)。海はまた、個人データを集めて分析し、ある
旋律を奏でることで死者と交流できることを示し、響に母親と会わせる。やが
て海は死に、響は海の死体を海が人間だった頃の弟、架静(かしょう)のもと
に運ぶ。架静は染視病に冒されていたが、響は海から譲り受けたプロテュース
で彼を治し、2人はプロテュースの闇販売をしながら生活していく。

 本作の登場人物は主役を含めてほとんどが自己中心的で冷酷である。この自
己中心的というのは利己的というのとは違う。計算してそうなっているのでは
なく、視野狭窄の故にそもそも他人の立場になれないのである。物語の冒頭で
響は虐待を受けて死んだ赤ん坊を抱えているが、海の助言でコインロッカーに
簡単に捨ててしまう。響は赤ん坊をかわいがっていたのに、である。海は人工
知能を搭載されたアンドロイドなので仕方ないと言えるが、響は軽い知的障害
があるとは言え、赤ちゃんは死んだら単なる物体と即物的に捉え、ロッカーに
ポイ捨てすることに抵抗がない。埋葬しなければならないという社会常識が感
性のレベルで育っていないのである。

 2人は響の再婚相手とそのパートナーを残酷な方法で殺す。また、響に乱暴
を働こうとした男を響は力いっぱい蹴るが、その際、「殺そーと思って蹴って
んだよー」と叫び、合理的な海から「僕等が直接手を下すような殺人は避けな
ければならない」と窘められる。極めつけなのは、響が手癖の悪い子供からバ
ッグを奪われた際の出来事。子供は海によって川に突き落とされ、足が何かに
挟まって川から出られなくなってしまう。子供は川が増水すると溺れてしまう
ので助けてくれと懇願するが、バッグを取り戻した2人は「響の所有物が響の
手にあるのは当然のことだ。だが僕等が君を助ける義務はない」としてさっさ
とその場を離れ、バッグについた汚れを気にする。他者に対する共感能力が著
しく低いのである。

 重要なのは、これらの暴力行為が終始ふんわり柔らかでかわいらしい描線で
描かれていること。決して恐ろしいことが行われているようには描かない。こ
れは作者があくまで登場人物の目線で世界を見ていることを示す。登場人物の
目線を超えた一般常識・道徳を踏まえた視野に立つことを、作者は断固として
拒否している。登場人物が良しとしている限り良しなのだ。それにより、彼ら
の世界観の歪みというものが読者にクリアに伝わってくる。

 他者に対する共感能力は極端に低いが、身内と思った者に対しては深く共振
していく。乱暴してきた男に残酷な仕返しをした直後、2人は和やかな会話を
して響は海の頬にキスをする。海はその感触に驚き、「今、揺らいだ」と言葉
で表現する。このシーンはたっぷり5ページを使って描かれる。海が「ウェッ
ト」を知る重要なシーンである。響は追っ手から逃げた海を長時間待ち、よう
やく会えた際、海は響を抱きしめ、これが「ウェット」であると明確に認識す
る。その時、海は自分の生みの親と言える研究所の博士を殺してきているので
ある。博士は海をただ捕まえようとしているのでなく、このまま放置すると
「不適合」という症状が現れて海が死ぬことを心配しているのである。だが、
博士に何の思い入れもない海は殺された博士のまぬけさを淡々と語り、響は
「よくわかんないけどいいや。海がここにいるんだから」と流す。

 思い入れた相手にだけ共振するという瞬間が最も高い濃度で実現するのが死
者との交流である。海は個人の心の中枢を分析し、霊体が反応する旋律を作れ
ば(=セシリア理論)、死者と出会う扉(=ドアーズ)を開けることができる
ことを突き止める。実際、それによって響は死んだ母親と赤ん坊に会う。それ
は死者のイメージを幻視する感じに近い。つまり実体があるようには見えない。
しかし海は、主観の中で一方的に見い出されるのであっても、それは相手に違
いないという認識を示す。実体とイメージの間に本質的な差はないとするその
立場は、一種の独我論の立場であろう。他者とは他者のイ
メージのことであって、そこには実体としての他者はいない。

 こうした過激な独我論は、海が死んで架静と暮らし始める第2部でも展開さ
れる。架静はいわゆるチンピラで不幸な生い立ち故に愛に飢えており、響に執
着する。しかし響はひょんなきっかけで身寄りのない子供の世話をする施設に
入ることになり、架静と離れ離れになる。そこでルームメイトとなった笙とい
う女の子は、知能指数は高いが若くして人生を投げている感じ。彼氏はDV男
で、笙は「あたしは男に殴られるのが好き」と語る。「殴られるとさ、『あた
しってそんなに思われてんだ』とか……痛いじゃん? すごい痛いから『ああ
やっぱあたし生きてんじゃん』とか実感できんの、すごいいい」。そして実際、
施設に乗り込んできた彼氏に殺されてしまう。笙の場合、暴力を振るう彼氏は、
他者ではなく自分の一部でしかない。暴力によって生きている実感を与えてく
れればそれでいい、というわけだ。
 
 感染症は目に見えず手で触れられず、いつどこでを特定できず、どんな人に
も忍び寄ってくる病である。他人に対して猜疑心が芽生え、歪んだ個人主義が
病と同じく蔓延する。本作が雑誌に連載された時期は、あのオウム真理教事件
の直前に当たる(そう言えば、本作に登場する新興宗教はオウム真理教を思わ
せるところがある)。バブルが弾けて底知れぬ不況のトンネルに突入し、終身
雇用制が崩壊し、非正規雇用が激増する。自分一人が生きていくのが精一杯に
なり、他者への思いやりが失われていく。作者の江ノ本瞳はこうした気分を鋭
敏に感じ取り、目から空気感染する不治の病という形で表現したのではないだ
ろうか。現在、日本よりも事態が重い欧州ではDVが深刻化し、長期のロック
ダウンにより鬱に陥る者も出てきた。一部では暴動も起きている。日本もそう
いう状況に陥る恐れは十分にある。

 思いやりが失われ暴力が発生する環境の中では、「セシリア・ドアーズ」の
ような、他者を自我に完全に同一化させる装置が心にひとときの救いをもたら
すのだろう。その切実さに心打たれずにはいられない。だが、響は様々な体験
を経て、川で死なせてしまった少年の親の心の痛みの中にも「ウェット」があ
ったと思い知る。「セシリア・ドアーズ」を捨て、実体ある相手というもの、
他者というものの重みを知っていくこととなるのだ。プロテュースを「先生と
かお医者さんとか、そういう人」に渡して社会のために役立てようとし、更に
心荒んだ架静を抱き締め(今まで逆の立場だった)、愛を与えて安心させよう
とするに至る。過酷な条件の中でも、じっくり相手に向き合えば相手も応えて
くれる。響の姿は共感能力というものが希望への「扉」であることを教えてく
れるのだ。

*江ノ本瞳『セシリア・ドアーズ 上下』(新書館 本体各505円)

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:(特別編)
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 メールにて、インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

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■あとがき
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 ドリトル先生は子どもの頃の愛読書ですが、不思議と、ストーリーをまった
く覚えていないです。

 イラストはとっても頭に焼き付いているし、「オシツオサレツ」なんてイン
パクト強すぎでしたが、これ、井伏鱒二さん訳だったんですねぇ。(aguni原口)

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