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[本]のメルマガ vol.750


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 ■■ [本]のメルマガ                 2020.4.15.発行
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 ■■  mailmagazine of book          [コロナの世界号]
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 【連載】………………………………………………………………………………
 
 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 第65回「“自警団精神”について」

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 第130回 みんながちがって、それがいい!
 
 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → 世紀の【嘘】 椿井文書(つばいもんじょ)とは…
  
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 ■「散慮逍遥月記」停雲荘主人
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 第65回「“自警団精神”について」
 
 こんにちは。このところいよいよCOVID-19が猛威を奮っておりますが,
 みなさまにはお変わりありませんでしょうか。
 
 こちらは3月の原稿を書いた前後に,周囲でCOVID-19感染者が出ま して,
 3月の後半を自宅で過ごすことになりました。幸い,周囲に二次感染者が
 出ることもなく4月からは通常勤務に戻ったところへある大学にて集団感染が
 発生したという知らせが入り,学生は現在,在学生は5月の連休明けからの
 出校,新入学生は入学にまつわる諸行事に出校したのち,こちらも5月の連
 休明けまで自宅学習ということになっています。ところで県内の小中高校は
 すでに通常通りの出校となっており,通勤途中でおおぜいの小中高校生を
 見るわけです。これはなかなかに学生にとっても,わたしたちにとっても不条
 理な感があります(苦笑)。
 
 御存知の通り,国から緊急事態宣言というものが4月8日に発令されていま
 す(1)。発令に基づき都府県が,ひとの集まりを避けるべく様々な方策を打ち
 出していますが,大学も図書館(公共図書館)も例外なく巻き込まれています。
 緊急事態宣言を受けて多くの大学や公共図書館が休校・休館となり(2),ひと
 が構内に入ることができなくなってサービスの継続が困難になっています。大
 学での集団感染が数件報告されています(この国の民度が疑われる事例も散
 見されます(3))が,公共図書館でも働いている方に感染者が出ています(4)。
 多くの方々から「図書館の機能が停まると困る」との声が届いています(5)が,
 図書館の中で働いているのもまたひとであり,感染の拡大を防ぐためにも図書
 館の機能を停止し,来館者のためのサービスが続けられないのはやむを得な
 いところです。
 
 ただし,いくつかの公共図書館でwebsiteの公開までも停止してしまったところ
 があり,これが批判の対象になりました(6)。他方で図書館による情報発信と
 アウトリーチサービスへの期待がいつにもまして高まり,図書館による様々な
 取り組みや,識者・利用者による期待を込めた提言が数多く見聞されるところ
 です。このあたり,他のことのように注記で事例を引くべきところ,事例が多す
 ぎて紹介できないのが残念です。また,提言や期待の中には現行の著作権法
 による制約のため,現状では実施したら著作権侵害になってしまうものもあり,
 期待にお応えすることができず申し訳ないところです。
 
 ところで,大学で発生した集団感染について「民度が疑われる事例」があると
 申し上げましたが,わたしの周囲でも最近は「いまは政策を批判しているとき
 ではない」という声を耳にしたり目にしたりする機会が増えました。2011年に
 はそれほどでもなかったのですが,あれから9年ばかりすぎて,あの頃はまだ
 かすかに残存していた近代市民社会なり戦後民主主義なりの徳目が失われ
 てしまったような雰囲気を感じます。わたしはこの「政策を批判するな」「いま
 は為政者を非難するときではない」という言葉を見るにつけ,「ああ,このひと
 たちは“自警団”を結成しなければもちこたえられない精神状態なんだなあ」と
 思うのです。このひとたちにとって異論を抑え込み為政者の施策に批判精神
 なく身を委ねることは,何より自らの精神の安寧につながっているのだと。
 そして異論を抑えるために,誰に頼まれるでもなく“自警団”となって異論を
 糾弾せずにはいられなくなってしまっているのではないかと思われます。
 
 本来,「図書館」というところは闊達かつ寛容なな精神を涵養している場所であ
 り,そのような“自警団精神”からは遠いところにあるはずですが,相変わらず
 異見を「古臭い図書館論」とラベリングして憚らないような輩の声が大きい業界
 なのが実情です。先日たまたま,日野市立図書館の館長を勤め『市民の図書
 館』を著して公共図書館運動に大きな足跡を残した前川恒雄の訃報が入って
 きましたが(7),前川恒雄が亡くなったいま,歴史の1ページとなった『市民の
 図書館』を神棚から引き摺り下ろし,評価軸を換えるための意識の転換が必要
 になってきていると思うのですが,そのような異見に対して“自警団精神”を発揮
 して己の信心のみが正義であるような振る舞いをすることのないよう,自らを律
 していかなければならないと,特に緊急時・非常時を理由に社会があるひとつ
 の方向へ振れて行こうとする恐れのある現在,考える次第です。
 
 もう少し,COVID-19禍に対して抵抗する図書館の事例を紹介しなければなら
 ないところ(8)ですが,またいずれ書きましょう。
 では,また次回。
 
 注記:
 1)
 令和2年4月8日 緊急事態宣言の発出を受けての会見 | 令和2年 | 
 総理の一日 | ニュース | 首相官邸ホームページ
 https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/202004/08kaiken.html
 
 2)
 新型コロナウイルス感染拡大防止のための東京都における緊急事態措置等
 について(令和2年4月10日)|東京都防災ホームページ
 https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/1007617/1007661.html
 
 3)
 京産大に「火をつけるぞ」と脅迫…深刻化する「コロナ差別」、悪質ケースは
 犯罪に - 弁護士ドットコム
 https://www.bengo4.com/c_23/n_11046/
 
 4)
 職員感染の図書館対応追われる 岡山、消毒準備や体調聞き取り
 :山陽新聞デジタル|さんデジ
 https://www.sanyonews.jp/article/1000013
 
 5)
 【更新】図書館閉鎖が校正・校閲の大きな障害に
  〜 新型コロナ感染症対策の思わぬ影響 | HON.jp News Blog
 https://hon.jp/news/1.0/0/29308
 
 6)
 COVID-19 : 蔵書検索サービスへの影響について ? カーリルのブログ
 https://blog.calil.jp/2020/03/covid-19-webopac.html
 
 7)
 訃報:前川恒雄さん 89歳=初代の日野市立図書館長
  /東京 - 毎日新聞
 https://mainichi.jp/articles/20200415/ddl/k13/060/013000c
 
 8)
 例えばこちら>
 チェコ共和国、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言中、
 同国の大学生・教員を対象に、著作権保護期間中の著作物を含む
 国立図書館及び公立大学のデジタルコレクションへの一時的なアクセスを許可
  | カレントアウェアネス・ポータル
 https://current.ndl.go.jp/node/40758
 
 
 ◎停雲荘主人
 2019年4月から司書養成が本務のはずの大学教員兼大学図書館員。南東北在住。
 好きな音楽は交響曲。座右の銘は「行蔵は我に存す,毀誉は他人の主張,我に
 与らず我に関せずと存候。」(勝海舟)。

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 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
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 第130回 みんながちがって、それがいい!
  今年の2月末、ぼくが翻訳した絵本が出た。『ようこそ! ここはみんなのがっこう
 だよ』(アレクザーンドラ・ペンフォールド 作 スーザン・カウフマン 絵 すずき出版)。
 2月の末から書店に並んでいるはずだ。
 
  なんだかタイミングが悪いなあ。いつもの年だったら、ピカピカの一年生が新しい
 ランドセルを背負って入学式を迎えていたはずなのに。今年は入学式があった学校
 でも、ひっそりとしていたみたいだ。
 
  この仕事の目処がついた昨年の冬には、こんな事態になるなんて、思いもしなか
 った。どうか、子どもたちが心置きなく学校に行けて、思い切り遊べる日がはやく戻
 ってきますように!
 
  この絵本の翻訳を依頼されたのは、昨年の秋だった。送られてきた原書、まだ
 カラーコピーだったのだが、カラフルなイラストが楽しくて、子どもたちが生き生きと
 している。気持ちがよい絵本だなあ、というのが第一印象だった。とくにストーリー
 があるわけではなくて、子どもたち、そして親たち、先生たちの学校での生活を紹介
 している。こんな学校だったら、もういちど行きたいなあ、と根っからの学校嫌いな
 ぼくも思った。
 
  イラストを見ながら、テキストを読んでみる。ああ、なるほど、気持ちがよい理由が
 わかってくる。
 
  この絵本への思いを作者たちが書いている。この絵本が出来たのは、イラストレ
 ーター、スーザンの娘が通っているシアトルのキンボール小学校のためにポスター
 を描いたことがきっかけになっている。キンボール小学校では、さまざまなバック
 グラウンドを持った生徒たちがおたがいを認め合って楽しく学校生活を送っている。
 スーザンはキンボール小学校のために、子どもたちを歓迎するポスターを描いた。
 検索してみると、こんなポスターが出てきた。「ALL  ARE   WELCOME」という文字
 の下に子どもたちがハグをしようと手をひろげている。肌の色、服装もさまざまだ。
 そのポスターは、ほかの小学校にも飾られるようになって、やがてアメリカ中に広
 がっていった。
 
  このポスターを見たニューヨークに住むアレクザンドーラは、ブルックリンにある
 小学校を思い浮かべた。そして、いきいきとした子どもたちのすがたを思い描き
 ながら、一晩で、この絵本のテキストを書き上げた。
 
  絵本を開くと、まだ始業前なのかな、それぞれが思い思いのかっこうでおしゃべり
 をしている。心地よいバラバラ感がある。学校にくる前にお祈りをするイスラム教の
 子もいて、スカーフで頭を覆っている。最初にこの子がお祈りをしている絵があるの
 は、きっと大きな意味があるのだろう。教室にある世界地図で自分が生まれた国を
 指差している。この教室には、遠いところにある、いろいろな国からやってきた子が
 何人もいるんだ。目が不自由なのか、サングラスの子もいるし、車椅子にのってい
 る子もいる。みんないっしょに授業を受けている。いろいろな家庭の子どもが来て
 いる。気がつくとゲイらしいカップルが子どもと手をつないで学校にやってくる。
 いろんな人種、宗教を越えて多様性の素晴らしさをさりげなく伝えている。
 アメリカの学校では、ポットラックという料理を持ち寄るパーティーがあるそうだ。
 それぞれの家庭で料理を作って家族そろって学校に行く。豆のスープがおいしそう
 だ。体育館に集まって、大パーティ!
 
  テーブルにはいろんな料理がのっている。あああ、日本にもこんな学校があった
 らなあ!
 
 この絵本のクライマックスは、見開きで「ようこそ」を日本語、中国語、ロシア語、
 ガログ語、デンマーク語、スペイン語、フランス語、スロベニア語、ヘブライ語、
 パンジャーブ語、ウェールズ語、クルド語、トルコ語、アラビア語、韓国語、
 アラビア語、ギリシア語、イタリア語、英語、スウェーデン語、ポルトガル語、
 ヒンディー語、アイルランド語、ポーランド語、ドイツ語と25の言語で紹介している
 ことだ。原書には、文字だけが書いてあるだけだったのだが、せかっくだから、
 どこの国の言葉か、そして発音も載せようということになった。発音はカタカナで
 表記するので、言語どおりというわけにはいかないけれど、子どもたちが少しでも
 興味を持ってほしいので、「日本語のカナに置き換えられない音がある」ことを注意
 書きをつけることにした。
 
  といっても、文字だけで書いてあるだけだから、いったい何語なのか、そしてどの
 ように発音するのかはわからない。
 
  編集担当の人といっしょに調べることにした。インターネットで各国の「ようこそ」
 を調べていく。見慣れた文字だと「何語かな」、と見当をつけられるのだけれども、
 中東、アフリカなどまったくわからない。どこの言語かがわかっても発音がわから
 ない。インターネットのおかげでいろんな言語を現地の人が発音しているサイトが
 あって、ある程度はわかるのだが、ただ「ようこそ」というフレーズがないことも多い。
 翻訳の時間より、この“調査”のほうが時間がかかったかもしれない。
 
  毎日のように編集者とメールをやりとりして、お互いに調べたことを報告しあって、
 少しずつ進めていった。調べていくと、原書のつづりの間違いを見つけたこともあっ
 たっけ。
 
  クルド語の「ようこそ」が最後までわからなかった。調べると東京外国語大学で
 クルド語の講座を開いていることがわかった。日本クルド友好協会があることも
 わかった。さて、どうしよう。以前、徳間書店の『マップス』の仕事をしたときにわか
 ったのだが、公的な機関に問い合わせた場合、意外に時間がかかることが多い。
 締め切りは迫っていて、ここで時間をロスするのは避けたいところだった。さらに調
 べると、クルド料理の店があることがわかった。クルドの人がいれば、「ようこそ」と
 発音してもらうだけでいいのだから、それが一番てっとり早いだろう。十条にある
 メソポタミアという店だった。
 
  店は、十条駅のすぐそばにあった。ランチどきは混んで迷惑だろうから、カフェ
 タイムに訪れることにした。線路沿いのビルの二階、小さな店だった。狭い階段を
 上がって、ドアを開けると、店主らしい人が「いらっしゃい」と声をかけてくれた。
 クルミとゴマのヨーグルトケーキを注文して、しばらく店に置いてあるクルド民族関
 係の本をパラパラとめくった。メソポタミアという歴史的な文明を持ちながら、国を
 失い、現在は苦しい状況にあるクルド民族について書いた冊子も置いてあった。
 手がすいたようなので、店主に声をかけて、「絵本に使うのだけど、発音を教えて
 ほしい」とお願いした。突然「ようこそ」の発音を聞かれて戸惑ったようだけれど、
 ニコリとして「ブ ヘル ハティ」と教えてくれた。
 
  帰り際、挨拶をすると「困ったことがあったら、なんでも聞いてください」と店主が
 名刺をくれた。ワッカス・チョーラクさんといって東京外語大で講座を持っている、
 その人だった。
 
  この見開きだけでも見てほしいなあ!
 
  絵本のはじめにアレクザーンドラとスーザンが「学校を、楽しく学び成長するため
 の場所にしようとがんばっている、すべての先生、司書、そして子どもたちのため
 に」とメッセージを書いている。どうか、日本でも、こんな学校が増えてくれることを
 祈りたい。
 
  もう一冊、最近、薦められて読んだ日本の学校を紹介した本がある。小学校では
 ないけれど、大きな試みをしている中学校についての本だ。
 
 『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』(西郷孝彦 著 小学館)
 には、世田谷区立桜丘中学校の西郷校長が行なった“革命”が書いてある。
 副題にあるようにこの中学校には「定期テストも制服も、いじめも不登校もない」
 という。目標はただ一つ、「すべての子供たちが3年間を楽しく過ごせる」こと! 
 
  子どもたちにとって、「自分を認めてもらう」ということが、どんなに大切かを改めて
 教えてもらった。子どもが自分自身で考え、決めることが大切で周囲の大人たちは
 その手助けをする。校則などで個人を縛る必要などないのだ。

 ◎吉上恭太
 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。詳し
 くはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。
 翻訳絵本『あめのひ』『かぜのひ』は徳間書店から出ています。
 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。
 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017
 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします!  
 
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 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
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  歴史学において偽文書というものは研究の対象とされないものです。偽者であ
 ることを立証しても学問上の成果にはなりにくいですしね。しかしそれはそれで
 後々面倒なことにもなるようで…。
 
 『椿井文書』、馬部隆弘、中公新書、2020
 
  椿井文書とは江戸時代後期に椿井政隆という人物が、中世の文書の写本として
 作成した文書の一群のことを指します。内容は文書の他にも絵図・系図など多岐
 にわたります。
 
  しかし実際は全くの偽文書で、写本ではなくすべて椿井政隆の創作です。そして
 問題はこの文書が本当に中世のもの(の写本)であるということで、世の中に広く
 出回ってしまったことにあります。つまり自分がゼロから作った文書であるにも関
 わらず、中世の文書であると偽って流布させていたわけです。
 
  彼が活躍(?)したのは主に大阪府北東部から滋賀県北部にかけてのあたりです。
 実は周到に都市部を避けて活動していたようなのですが、それはどうも見破られて
 しまうのを恐れていたのもあるようです。
 
  なぜそのようなことをしたのかというと、求められて作ったという側面もあるようで
 す。本書中で挙げられている交野郡(今の大阪府)の例では、村同士の利権争いの
 場で、片方の村が有利になる証拠として文書を偽造したりしました。「椿井政隆は、
 このように伝統的な利権が絡んだ村同士の争いがある場にしばしば登場する。」
 (p,31)と著者も述べています。もしかしたら自分から売り込みもしたのかも知れま
 せん。
 
  系図も自らの家系が由緒正しいものであることの証として、富農などが求めるもの
 でありました。とどのつまりカネになったわけです。
  
  ただ系図が偽造されるとか、自分達に有利な証拠を捏造するというのは、善悪は
 ともかくそれほど突飛なことでもありません。椿井文書の特徴はその周到な構成と
 量にあるといえるのかもしれません。
 
  椿井文書の中に、着到状という種類の文書の一群があります。これは南北朝時
 代に後醍醐天皇の軍勢に加わった武士の名前を記した文書(偽造)です。それとは
 別に椿井政隆の作った系図にも、その着到状に由来する名前が出てきます。さら
 にその創作した人物(偽造文書の登場人物)を宛名にした文書を作成し、その文書
 に出てくる城を絵図の中に配置したりと、かなり手の込んだ作りようです。
 
  単発の文書偽造ではなく、それぞれの偽文書がそれぞれ補い合っているという…。
 文書偽造とはいうものの、歴史に残っていない部分を自らの想像力で補うということ
 では、むしろ小説家の仕事のようにさえ思えてきます。その成果をどのように流通
 させたかが問題ですが。
 
  もちろん椿井政隆自身もそれなりに学問を修めていますので、地元の歴史からあ
 まりにも外れた偽造はしません。結果として、地元の伝承などにもある程度整合す
 る歴史が作られ、それが複数の史料(=椿井文書)で確認されるということになって
 しまいます。
 
  もっとも微妙に当時の書札例からずれた書き方の文書だったり、改元後の年号を
 先取りして使用していたり(例えば令和元年1月のような)もしています。著者は、
 明らかに変な箇所を残しておくことで、文書偽造の罪に問われた際に言い逃れす
 る余地を残していたのだろうと推測しています。江戸時代でも文書偽造をして何か
 に使うと獄門だったそうなので無理もないのかもしれません。
 
  とここまでは偽造された文書群の面白さですが、実はこの椿井文書の受容のさ
 れ方もまた興味深いものです。椿井文書は偽文書だとわかっているならそれを
 排除すれば良いだけなのですが、それがそうともいえなくなっているのです。
 
  すでに同時代においても一部の間では「アレは怪しい」ということは知られていま
 した。しかし明治時代になって近代的な歴史学が導入されても、それは歴史学会
 で共有される知識とはならず、あくまで怪しい文書というレベルに留まってしまい
 ました。
 
  そのためそれを知らない研究者たちは、その偽文書を使って研究成果を生み出
 してしまうことになります。そして一度そこに立脚して研究を進めてしまうと、なか
 なか引き返すのは難しいものです。
 
  さらに椿井政隆の作った絵図が中世の絵図として、郷土史料の一部となり案内
 板に印刷されたりしてしまったりもします。大阪府枚方市のサイトに、伝王仁墓と
 いう史跡の解説に椿井文書が引用されているのが本書に紹介されていますが、
 一度地域の郷土史として膾炙してしまったものを、やっぱり間違っていましたと言
 うのも、そう簡単にはいかないようです。枚方市教育委員会に勤務していた著者
 の体験談もそれを裏付けています。
 
  一面では偽文書は困り者ですが、偽文書の織り成す世界やそれが作られた時代
 背景、どのように受け入れられてきたかを見ていくことも非常に面白いものです。
 みなさまも是非御堪能ください。
  
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。
 
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 ■あとがき
 予想をはるかに超えた混乱の中、四月は、何があったか覚えていいられない
ように時間が過ぎて行った気がします。今後どうなるのか想像もできずにいます
が、どうぞ皆さま、お体を大切に。WE SHALL OVERCOME! 畠中理恵子
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   ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
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