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[本]のメルマガ vol.739

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□■[本]のメルマガ【vol.739】19年12月25日発行
                                  [国力差は切手からも見える  号]
http://honmaga.net/ 
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□■ 創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4065名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
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★トピックス
→募集中です

★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→今回は、日本の出版社の話

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→現場に武器なしでどう戦えと?

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→消える学生

★「はてな?現代美術編」 koko
→美術の価格とは?トップたちの論争

★「スプートニクとカガリーンの闇」内藤陽介
→朝鮮総連と帰国事業にスプートニク

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★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp

◎六刷出来! 大ロングセラー!
『誰も農業を知らない:プロ農家だからわかる日本農業の未来』
有坪民雄著 本体1,800円+税

机上の改革案が日本農業をつぶす。プロ農家のリアルすぎる目で見た日本農業
の現状と突破口。「目からウロコ」「率直で明快」「現場を知る農家ならでは
の説得力」と賛同の声続々。農業をわかりたいならマストな一冊!
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■トピックス
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内藤陽介氏の新刊、来年早々発売
「日韓基本条約」えにし書房 2000円+税
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784908073724

李承晩から朴正煕へ─
朝鮮戦争後の、復興から経済成長期へ向かうこの時期にこそ、現在の日韓関係
につながる問題の原点がある!
日韓基本条約への道のりを、郵便学者にして韓国史の研究者でもある著者が郵
便資料を駆使して詳細にたどる。
両国の関係を改めて見つめ直すための基本図書。

この本の発売を記念して、東京・目白の切手の博物館で行われる第11回テー
マティク研究会切手展のイベントとして、1月12日に内藤氏の郵趣カンファ
レンス(講演会)も行われます。時間は13時から90分の予定。先着20名限定
です。
http://yushu.or.jp/event/minipex/minipex.html

■トピックス募集中です!
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■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
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第106 回 本をつくる、落ち着いた小さな声を聴く

文章に向き合うようになってからほぼ50年になる。そう年数を知っておどろ
くのだが、このごろ言葉とか文章についてこんなふうに考えていた。

もし、ある一行の文章に感銘をうけ、またはある幾つかの言葉を読んで心が動
いたとしたら、それが新聞紙の余白に書かれていても、よく歩く道の石の壁に
書かれていたとしても、生き方が変わるかもしれないような凄いこと。

本で読むのとインパクトはなんら変わらない。書かれた状態ではなく、「何
が」書かれているかのほうに重みがある、と。

だから装丁がよいかどうかにもこだわらない。古本でも、文庫本でもいいし、
今や紙に印刷された日本語の新刊が手に入りにくいから、電子書籍でいいとさ
え思うようになった。ともかく読めればいい。

『古くてあたらしい仕事』というタイトルの本(新潮社刊)を読んで気づくの
は、この著者であり、夏葉社という出版社をひとりで立ち上げて経営して10
年になる島田潤一郎さんの、本をものとしてあつかう情熱というか愛という
か、心の込めかた、「本に対する美意識」だ。

「本をつくるのに際して、考えたのはただひとつ。それは、ぼくが欲しくなる
ような本をつくる、ということだけだった。」
「内容の素晴らしさが装丁や造本に反映されていなければ、読者は手にとって
くれない。」

これが島田さんが念頭においたことだった。実は新潮社刊のこの本を注文して
配送された日、いそいそと手にとってタイトルとモノクロの画がある扉に目を
とめたとき、手の中に何ともいえない温もりと宝物のような感覚をおぼえたの
だ。

ふつうの本と比べて紙質も良く、心持ち小さな版なのも、そうした印象をもた
された理由かもしれない。たぶん、著者が自身の出版社でつくるような本にな
っているのだと思った。

「二〇歳のときから、本を買い、本を読み、小説を書くことだけを自分の人生
の中心においてきた。」

この著書で島田さんは「小説を書くことでは結果を出すことができなかった
が、本を読むことに人生のあたらしい手応えを見出していた」と書くような学
生時代からの生き方も披歴していて、なんとも率直で繊細で心にしみる。

兄弟のように過ごした従兄や親友との死別や、苦手な営業を毎日することに苦
しみ、転職活動に失敗し続ける。

夏葉社と島田さんについては、愛読者だという人のブログをたまたま読んでい
て名前はかなり前から知っていたが、自分を振り返って語りかける佇まいや文
体から、実際よりも上の年代の人と想像していたが、40代前半の若さなのだ
とウェブマガジンの対談で知った。

それで納得したのは、「好き」ということを、よく書いていること。「それく
らい、ぼくはいまの自分の仕事が好きだ。大好きだ。」

島田さんも多くの時間をいっしょに楽しく過ごした従兄を事故で亡くしたあ
と、従弟に向けて「きみの兄は、きみのことをすごく好きだった。すごく愛し
ていた。ぼくはそれを、きみに忘れないでいてほしい。」とある。

「私」でなく「ぼく」という言い方なのも書き手の年代を表していると思うけ
ど、もっと年長に想像して“年代にこだわらず”清々しいとさえ思って読んでい
たのだから笑ってしまう。ひとり出版社の仕事についても、初めて知る読者に
島田さんの声はよく響く。

令和という新しい年号が始まった今年も終わりに向かっている。メルマガを書
き続けている理由は、島田さんの言葉(文章)をお借りすれば、こうなると思
う:

「ぼくが尊敬していた会社の先輩は、ぼくにひとつの金言を与えてくれてい
た。それは、真面目にちゃんと営業してまわれば、一日一回必ずいいことがあ
る、ということ。」

それを願って、来る年もよろしくお願いいたします。

『古くてあたらしい仕事』 島田潤一郎・著 新潮社刊


◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
イタリア・フィレンツェ在住。著書に『天才力 三巨匠と激動のルネサンス 
(ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)』(世界文化社)、『メデ
ィチ
家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)。
創刊から15年のメルマガ「イタリア猫の小言と夢」は、melmaの地域情報部

で2007年メルマガ・オブ・ザ・イヤー受賞。ほぼ隔週で発行中ですが、
melma の事情により2020年1月末で終了とのことです: 
http://www.melma.com/backnumber_86333/

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■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
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佐藤郁也『大学改革の迷走』ちくま新書 1200円+税

大学教員は、日々会議と書類書きとに明け暮れています。毎年文部科学省から
新たな「改革」が降って来て、その達成度合いによって私立大学でも助成金の
額が増減されます。そのため本来であれば教育と研究に割くべき教員の時間の
多くが、不毛な会議と書類書きに費やされていくのです。「改革」に「改革」
を重ねて大学がよくなったかといえば、そんな実感はまったくありません。
『暴走族のエスノグラフィー』によって知られる著者が、本書においては誤っ
た「改革」の結果、大学がいかに荒廃したかを鮮やかに描き出しています。

「改革」のモデルとされるのは、アメリカの大学と日本の実業界です。文科
省は、アメリカの大学で普及しているシラバスと、経営管理で用いられる
PDCA(プラン・ドゥ・チェック・アクト)サイクルを導入するよう、大学に対
して促します。アメリカの大学のシラバスは、個々の教員の裁量によって自由
に書かれている。統一的な書式で書かれた「和風」シラバスは、授業の実態か
ら乖離してしまいます。「PDCA」サイクルも、生産過程で不良品を減らすた
めには威力を発揮しますが、大学教育への適用には疑問符のつくところです。

文科省主導の「改革」には、端から無理があります。世界でトップクラスの
大学をいくつも生みだすという過大な目標を「改革」は掲げています。しか
し、予算はまるで増えない。膨大な資金を投下している中国やアメリカの大学
に太刀打ちできるはずがない。精神論と現場の工夫頼みの「改革」。さながら
大戦末期の日本です。文科省も「改革」は無理だと分っているから、「落とし
どころ」をみつけて大学と妥協を重ねます。大学の側も「改革」の実が上がら
ない後ろめたさがあるので、天下りポストを用意して文科省に阿るのです。

博士号をとっても職につけない「野良博士」を量産した大学院拡充政策。学
生を司法試験に合格させることができずに半数近くが閉校した法科大学院。近
年の文科省の大学政策は大失敗の連続です。しかし文科省は非を認めて、誤っ
た政策の被害者となった人たちに詫びようとは決してしません。霞ヶ関官僚は
無謬であり、政策がうまくいかないのは民間が悪いという発想があるからで
す。メディアも失敗をもたらした「諸悪の根源」を叩くだけ。真摯に失敗から
教訓をくみ取り、次の政策に生かすという発想はどこにもありません。

各種審議会も実質的な議論はなされておらず、官僚の作文を追認するだけ。
官僚にも審議会の委員にも責任感がありません。著者はこれを「集団無責任体
制」と呼びます。審議会の委員の中には芸能人等の教育の素人の名がみられま
す。著者はこれを病院の手術のカンファレスに素人が加わっているようなもの
だと述べています。まさに至言です。「エビデンス」に基づいて事実を把握
し、その上で政策立案をしようと著者は提言しています。本書は、大学を舞台
にした21世紀版『失敗の本質』とも呼ぶべき名著です。是非ご一読を。

◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「怠ける権利」高文研
http://www.koubunken.co.jp/book/b371637.html

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■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
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今回は「連鎖か?」の話

美術系非常勤講師歴が長いと12月の季語は「卒業制作」になる。ほぼ毎年
「この期に及んでまだ下書きが出来てない」などと書いている気がするが、今
回は違うアプローチをしようと思う。

学生が入学してから姿を見せなくなる時期が3回ある。GW終わりと夏休み
前、そして12月のこの時期、進級作品が出来なくてそのままフェードアウト
するパターンだ。入学してから一回も顔を見ぬまま居なくなるパターンもある
がイメージとしてはだいたいこの感じで今年も何人かの学生が姿を見せなくな
っている。

美術系で実習メインであるため学生は各自自分の机を持っている。席順はたい
がい名簿順で縦に並んだり横に並んだり学年によっていろいろなのだが…なぜ
か休みがちな学生は固まるのだ。

今年も一筋、キレイに休んでいる。あ行が学校に向いてないとか、た行が病弱
だとかそんな事があるはずもないのだが。ブロックごとの席にした時はあるブ
ロックが見事に消滅してしまった。

確率で言うなら虫食いの様になるはずだがなぜ?

実はこの「学生フェードアウト症候群」昔はそう多くはなかった。やはりそれ
なりの入学金も払って授業料も半期収めている訳だから保護者もそう簡単に辞
めさせる事はしないし、逆に辞める場合は深刻な金銭的問題であったりするか
らこちらも把握し易かった。

その当時はきれいに1列消える事はなかった様な気がする。ただ最近はなんと
なくフンワリと消えて行くケースが多く専任の先生は頭を悩ませている。

で、理由がフンワリしているので伝播してしまうのでは?と。1人が休みがち
でその前席の学生も「思ったよりキツイな」とか「毎日通うのダルいな」「後
ろの子も居ないし」と休み、後方の席の学生が「なんか前が寂しいし」「思っ
たように描けないし」と休みがちになり、そうこうするうち課題は溜まるし進
級作品は進まないし…。フェードアウト症候群の連鎖はこうやって作られてい
るのでは?

あ、でも…昔は昔で雀荘通いで単位を落としまくってフェードアウトしたヤツ
や映画三昧で学校に顔を出さなかったヤツや部活動しか来なくて留年を繰り返
したヤツなんかも居たよなぁ。

あいつらよりこのフンワリした学生の方が真面目なんだけどなぁ。

誰もいない列を見ながらそんな事を考えている。

あ、1番後ろの学生がいた。前5人がいない事を気に留めている気配はない。
作品を作ることに一生懸命でそんな事は知ったこっちゃ無いのだろう。マンガ
描きはそれぐらい個人主義の方がいいよ。

◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html
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■はてな?現代美術編 koko
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第102回 『アートのお値段 ─── 作品が輝く時』

今年の秋に、現代美術に興味がある人にはもってこいのドキュメンタリー映画
が日本でも公開されました。ナサニエル・カーン監督作品『The price of 
everything』(アートのお値段)は、NYで展開する現代美術の現場を、様々
な立場の関係者を通じて紹介しています。

アーティスト・コレクショナー・オークショナー・ギャラリストなどの視点か
ら現代美術市場を映し出しています。

□『アートのお値段』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=37At3ON2tE0

先日、このドキュメンタリー出演者の一人であるアメリカの富豪の訃報ニュー
スを読みました。Stefan Edlisはアメリカの実業家です。

50年間、美術館にこれらの絵が展示されることを条件に、2015年アメリカシ
カゴ美術館に、550億円相当の美術品を寄贈しました。2015年フォーブス、
最も寄付をしたアメリカ人リストの4位にその名が載っています。

≪The Edlis/Neeson Collection≫寄贈品アーティストリスト
※The Wall Street Journalの記事に基づく ()内は作品数
Jasper Johns(3)/Robert Rauschenberg(1)/Andy Warhol(9)/Roy 
Lichtenstein(2)/Gerhard Richter(4)/Brice Marden(1)/Cy Twombly(2)/
Jeff Koons(2)/Damien Hirst(1)/Charles Ray(1)/Katharina Fritsch(1)/
Eric Fischl(1)/John Currin(1)/Takashi Murakami(1)
写真:Richard Prince(6)/Cindy Sherman(6)

これらのアーティストについては、ほぼこのコラムで一度は取り扱っているこ
とでもわかるように教科書リストですね。美術館も喜んだことだと思います。

私がこのドキュメンタリーで一番感動したのは、彼のNYにある自宅ライブラ
リーの本棚と本棚の間に、あの『Him』が置かれていたこと。

彼がオーストリアから幼少の頃にナチから逃れアメリカへ渡った人間であるこ
とを知っていると、この作品の意味が何倍にも膨れあがります。

Maurizio Cattelan(マウリツィオ・カテラン)の作品『Him』の印象は、ほ
かの素晴らしい作品の中でもひときわ心に残る映像でした。

□Maurizio Cattelan『Him』Youtube
https://www.youtube.com/watch?v=1cdbNAbPLy0

今までもコレクターが自宅に大切に飾る作品で心を打たれるものが多くありま
した。
美術館で観るよりも、生活と共にある作品はさらに輝きを増す気がします。
Edlis氏のコレクションは、ナチスドイツの歴史や、アメリカンドリーム、さ
らに現代美術について考える良い機会となりました。
機会があれば映画見てみてください。

参考サイト
□『アートのお値段』の映画内容についての記事(日本語)
https://h-media.jp/report/20190809/
□Stefan Edlisの訃報記事(The Artnews papaer)(英語)※Youtube動画で
寄贈作品映像が見れます。
https://www.theartnewspaper.com/news/stefan-edlis-prolific-chicago-
philanthropist-and-collector-of-contemporary-art-has-died-aged-94

◎koko
円とユーロとドルの間で翻弄されるアートセールコーディネーター。
まぐまぐメルマガ「Sacres Francais!映画と美術とパリジャンと」。
http://www.mag2.com/m/0000191817.html(現在休刊中)

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スプートニクとガガリーンの闇 25 内藤陽介
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帰還事業と社会主義への“憧れ”

第二次大戦後の1945年10月15日に結成された“在日本朝鮮人連盟(朝
連)”は、当初、帰国斡旋や生活相談、朝鮮語講習などを行う民族的社会事業
団体としてスタートし、必ずしも、政治色が強いわけではなかった。

しかし、日本共産党(日共)幹部の指導により、急速に左傾化。こうした動き
に反発した朝連内部の右派・民族派は建国促進青年同盟(建青)や新朝鮮建設
同盟(建同)などを結成。その後、朝鮮半島における南北・左右の対立を反映
して、1946年10月、建同を発展的に解消した“在日本朝鮮人居留民団(現在の
在日本大韓民国居留民団の前身)”が結成され、以後、朝連と民団の激しい対
立・抗争が展開される。

1948年4月、朝連は“四・二四教育事件”と呼ばれる騒擾事件を起こしたほ
か、同年9月9日の朝鮮民主主義人民共和国の成立後は北朝鮮支持の姿勢を鮮
明にして占領当局と対立。このため、1949年9月、傘下団体の在日朝鮮民主
青年同盟とともに、団体等規制令による暴力団体に指定され、解散・財産没
収・幹部追放などの処分を受けた。

そこで、1949年12月、日共の中央委員候補でもあった朴恩哲が日共朝鮮人
部に代わり、同民族対策本部(民対)を組織。以後、朴のイニシアチブの下、
朝連の活動は、朝鮮学生同盟、朝鮮女性同盟、朝鮮解放救援会などの傘下団体
が継承したが、6月25日の朝鮮戦争勃発後、「在日朝鮮統一民主戦線(民
戦)」が結成された。民戦は、祖国防衛隊の結成など、日共の武装革命方針の
尖兵として、朝鮮戦争の後方撹乱を目的とした武装闘争を展開する。

朝鮮戦争休戦後の1955年2月、北朝鮮の南日外相が日本へ国交正常化を呼
びかけるとともに、金日成は“内政不干渉”の原則を理由に在日朝鮮人に対して
日共からの離脱を求める国際指令を発する。その真意は、荒廃した北朝鮮経済
を再建するため、日共の影響下から在日朝鮮人を切り離し(そのために、日共
民対を仕切っていた朴恩哲と対立し、冷遇されていた韓徳銖が金日成によって
クローズアップされる)、その資金と労働力を北朝鮮が直接掌握することにあ
った。

はたして、1955年5月24日、北朝鮮政府と韓徳銖の間で綿密な打ち合わせ
の上、東京・浅草公会堂で開催された民戦六全臨時大会では、韓徳銖、李季
伯、李浩然、尹徳昆が議長団として選出され、民戦の解散と日共民族指導部
の“指導”を排した北朝鮮直結の在日朝鮮人団体として、現在の在日本朝鮮人総
聯合会(朝鮮総連)の創立が決議された。

朝鮮総連は自らを北朝鮮の在日代表組織と位置づけ、在日朝鮮同胞の共和国
政府周囲への結集、南半部同胞との連帯・団結強化、外来侵略者の撤収と手先
傀儡の孤立化による平和的統一独立、在日子弟への民主民族教育実施などの八
大綱領を掲げ、日共からの“独立”を宣言する。

こうして誕生した朝鮮総連は、さっそく、同年7月15日、“朝鮮人帰国希望
者東京大会”を開催し、全国の帰国希望者は415名(うち東京に100名)と発
表。以後、朝鮮総連は国際赤十字も巻き込んで在日朝鮮人の帰還運動を本格的
に展開していった。

時あたかも、1956年、フルシチョフによるスターリン批判を契機として、北
朝鮮でも金日成個人崇拝に対する批判が発生。また、同年8月には、ソ連国籍
を有するなどソ連と関係の深いソ連派の朴昌玉が、中国共産党中央と関係の深
い延安派の崔昌益らとともに、党全員会議で公然と金日成批判を行う8月宗派
事件が発生した。

8月宗派事件を抑え込んだ金日成は、1958年までに、中ソ両国と関係のあ
る“反党分派”勢力を根こそぎ弾圧し、ソ連・中国の影響を排して自主路線を模
索するようになる。

すなわち、金日成は、1957年に始まる5ヵ年計画の発動を前にした1956年12
月の党中央委員会総会で、「最大限の増産と節約」とのスローガンを掲げ、重工
業(中でも製鉄と機械)優先路線の大衆動員運動として“千里馬運動”を展開する
とともに、“農業協同化(集団化)”を強行した。しかし、これらの大衆動員は
結果として惨憺たる失敗に終わり、北朝鮮の一般国民の生活水準は悲惨な状態
のままであった。

在日朝鮮人の労働力・資金・技術を獲得するための帰還事業は、こうした北朝
鮮の国内事情とも連動したものだった。

さて、1957年10月、インド。ニューデリーで開催の第19回赤十字国際会議
で、各国の赤十字に離散家族の再開に向けた責任を果たすよう求める“決議第
20”が採択されたことも追い風になって、1958年3月には衆院外務委員会でも
在日朝鮮人問題が審議されている。

こうした地ならしを経て、1958年8月11日、北朝鮮側と事前に打ち合わせ
たうえで、神奈川県川崎市の朝鮮総連分会が金日成首相に帰国を嘆願する手紙
を送ることを決議。これに呼応するという形式をとって、9月8日、金日成が
在日朝鮮人の帰国を歓迎すると明言した。

こうした在日朝鮮人および北朝鮮の動きを見て、日本社会も在日朝鮮人の帰
還事業を好意的に受け止め、1958年11月17日には元首相の鳩山一郎を会長と
する“在日朝鮮人帰国協力会”の結成総会が衆院第一議員会館で開催された。

帰国者たちの動機はさまざまだったが、その多くは、朝鮮人を差別する日本
での生活苦から逃れたい、日本では発揮できない自分の能力を祖国の発展に役
立てたい、故郷は“南”だがまもなく統一されるのだろうからとりあえず“北”に
行こう、などというものが多かったといわれている。

また、当時の日本社会では、北朝鮮の実態に関する情報がほとんどなかったた
め、“貧困にあえぐ韓国”に対して“発展する北朝鮮”、“(北朝鮮は)教育も医療
も無料の社会主義祖国”、“地上の楽園”という北朝鮮のプロパガンダがそのまま
メディアでも垂れ流されていただけでなく、親北朝鮮の立場を取っていた日本
国内の“進歩的知識人”がさかんに北朝鮮の体制を礼賛していたことも在日朝鮮
人の帰国を促す要因となったことは間違いない。

じっさい、1959年1月に田村茂が有楽町で開いた写真展「新しい中国と朝
鮮」や、同年4月に出版された寺尾五郎の『三十八度線の北』などは、北朝鮮
の暗部には一切触れず、“地上の楽園”として極端に理想化した内容で、それら
を見て、北朝鮮への“帰国”を決断した在日朝鮮人も多かったという。

また、1957年のスプートニク1号の打ち上げ以降、ソ連の科学技術(特に宇
宙開発)は米国を凌駕しているとの俗説が全世界に流布し、ソ連に対する若者
の純朴な憧れを喚起していたが、そうした中で、朝鮮総連が、在日朝鮮人の若
者に対して、努力次第で“友好国・ソ連”の大学に留学するチャンスもありうる
との甘言を弄していたことも見逃せない。当時の日本国内では、高校進学さえ
ままならない境遇の在日朝鮮人も少なくなかったから、ソ連への留学とい
う“人参”は、彼らにとってかなり魅力的なものに映ったのは想像に難くない。

1959年1月にソ連がルナ1号の打ち上げに成功してから4カ月後の同年5
月、北朝鮮は“ソ連での月に向けての宇宙ロケット発射”の切手
https://blog-imgs-134.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20191225120626324.jpg 
を発行し、ソ連の科学技術を礼賛する切手を発行した背景にも、そうした文脈
があったことはほぼ確実であろう。

なお、在日朝鮮人に対する差別感情が強い中で、日本社会には、朝鮮人が帰
国する(=日本から出ていく)のは結構なことではないかという空気が強かっ
たことも見落としてはならない事実である。

当然のことながら、北朝鮮の存在そのものを“非合法”として認めない韓国
は、在日朝鮮人の多くが朝鮮半島南半部の出身であったこともあって、北朝鮮
への“帰還事業”には強く反発したが、1959年2月13日、日本政府は在日朝鮮
人の北朝鮮帰還に関して、「もつぱら基本的人権に基づく居住地選択の自由と
いう国際通念に従つて処理さるべきものである」との原則を閣議了解。これを
受けて、同16日には北朝鮮側も内閣決定第16号『日本から帰国する朝鮮公民
の歓迎に際して』を決定し、帰還受け入れの体制を着々と固めていった。

一方、2月13日の日本政府の閣議了解以降、韓国側は態度を硬化させ、閣
議了解の撤回を強く要求。これに対して、日本政府は「(在日朝鮮人の帰還事
業は)個人が自由意思によつて北朝鮮に帰還することを妨げないというに過ぎ
ないのであるから、これがすこしも北朝鮮政府承認の如き意味合いをもつもの
でないことはもちろんであり、韓国の主権の侵害でもなく、また韓国政府に対
する非友誼的行為でもない」と説明したが、韓国側は納得せず、1959年5月
28日、駐日韓国代表部の柳泰夏大使は日本政府に対して在日朝鮮人の帰還事
業を武力で阻止する旨を申し入れた。

さらに、6月15日、韓国は、日本政府が“北送事業”を撤回しないことを理由
に、対抗措置として、対日通商断交を声明する。
しかし、8月13日、インドのカルカッタで、日本赤十字社副社長の葛西嘉
資と朝鮮赤十字会副会長の李一卿が「日本赤十字社と朝鮮民主主義人民共和国
赤十字会との間における在日朝鮮人の帰還に関する協定」(カルカッタ協定)
を締結。これに対して、8月25日、柳が日本側に申し入れた通り、民団員
が“北送”に反対して日本赤十字社本社に乱入。さらに、12月4日には、帰還事
業に反対する韓国人テロ工作員二名が新潟日赤センター爆破未遂事件で逮捕さ
れている。

結局、12月10日には第一次帰国団を運ぶための専用列車が品川駅を出発。
同14日、第一次帰国船(ソ連船籍)が新潟港を出港し、16日、清津港に入港
し、金日成は在日朝鮮人の帰還運動を“わが党と人民の大きな勝利”と賞賛し
た。

こうして、当時の日朝間の経済格差や社会の現状を隠して、自らの体制を自
画自賛することで帰国者を集めた北朝鮮と朝鮮総連だったが、事前の宣伝とは
裏腹に、農業協同化によって荒廃した北朝鮮の生活環境は劣悪であった。さら
に、帰国者たちは潜在的な反体制分子もしくはスパイとみなされ、社会的にも
苦しい状態に置かれ続けた。

こうした実態が知られるようになったため、1960年には4万9036名、1961
年には2万2801名もいた帰国者数は、1962年には3497名に激減する。
最後に、次の2枚の切手を見ていただこう。
切手はいずれも、高麗青磁の名品として有名な飛龍形注子をほぼ同じ構図で
描いたもので、
https://blog-imgs-134.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/201912251632265d0.jpg 
が1958年に北朝鮮が発行したもの、

https://blog-imgs-134.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/201912251632253c8.jpg
が1962年に韓国が発行したものである。

1960年代初頭の韓国では、人口の40%が“絶対的貧困層”で、1963年の失業者
は、公式統計に表れただけで250万名に上っていた。所得水準(米ドル換算)
も極めて低く、朴正煕政権下で第一次五ヵ年計画が発動された1964年でさ
え、85ドルしかなかった。ちなみに、同年のフィリピンは213ドル、マレーシ
アは242ドルと倍以上、シンガポールは487ドル、香港は537ドルと5倍以上の
開きがある。

独立後間もない低開発国が多かったアフリカでも、ザンビアが144ドル、アル
ジェリアが195ドル、ガーナが215ドル、日系移民も多かったラテンアメリカ
では、ブラジルが180ドル、コロンビアが235ドル、メキシコおよびチリが458
ドル、アルゼンチンが652ドルで、韓国の貧困が際立っている。

その韓国が発行した切手に比べても、北朝鮮の切手は、印刷物としての品質が
劣悪なのは一目瞭然である。

現在でも、しばしば、1960年代までは韓国よりも北朝鮮の方が豊かだった
という記述が見かけられる。たしかに、北朝鮮の発表した公式の統計データが
すべて正しいとすれば、国家全体のGDPレベルにおいては北朝鮮の経済力は
韓国を凌駕していたということになるのだろう。しかし、どれほどGDPが大
きかろうと、富の再分配が適正に機能しなければ、一般国民の生活は豊かにな
らないし、社会の活力も生まれない。一般国民の生活水準を比較するうえで、
彼らが日常的に使用している切手の品質は一つの目安となるだろうが、北朝鮮
よりも韓国のほうが高品質の切手を発行していたということは、国民生活の実
態において、北朝鮮は決して韓国よりも“豊か”ではなかったと考えてよい。

こうした現実に目を背けて北朝鮮を礼賛し続け、多くの在日朝鮮人を地獄へ
の帰還事業に追い込んだ“進歩的知識人”の無責任な言動は、絶対に忘れてはな
らない。

内藤陽介
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会
員。フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国
家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けてい
る。主な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ
(日本郵趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新
書)、『切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』
(角川選書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。
最新作『アウシュヴィッツの手紙 改訂増補版』えにし書房。電子書籍で「切
手と戦争 もうひとつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川oneテーマ21な
どがある。
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■編集後記
クリスマスイブも、クリスマスもこうやってメルマガの編集をしているわけだ
けども、毎年のことながらご執筆いただいているみなさまには頭が上がらな
い。

「クリスマスにも無償の原稿書いてもらっている」と申し訳ない気分でいっぱ
いになるのだけども、よくよく考えるとクリスマス前に原稿書いてもらえば問
題ないのだと気が付くw

早く出していただく分は、いっこうに問題ないのである。
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