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[本]のメルマガ vol.703

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□■[本]のメルマガ【vol.703】18年12月25日発行
[ろくな死に方しない 号]
http://honmaga.net/ 
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□■ 創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4182名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
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★トピックス
→募集中です

★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→個性的なパスタ20選

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→学歴階級の傲慢

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→死に方について考える

★「はてな?現代美術編」 koko
→現代アートにのめり込む危険

★「スプートニクとカガリーンの闇」内藤陽介
→ブルガリアの悲哀

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★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp

『誰も農業を知らない:プロ農家だからわかる日本農業の未来』

有坪民雄著
四六判 320ページ 本体1,800円+税 ISBN:9784562056132

大規模農業論、6次産業化…机上の改革案が日本農業をつぶす。農家減少・高
齢化の衝撃、「ビジネス感覚」農業の盲点、農薬敵視の愚、遺伝子組み換え作
物の是非、移民…プロ農家のリアルすぎる目で見た日本農業の現状と突破口。

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■トピックス
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■トピックス募集中です!
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■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
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第95 回 2018年食べた新パスタ料理〜パスタは深いよ

長らくパスタ料理の記事を眺めたことがなかった。隠れたレストラン、という
より知らなかっただけの食処で出会うパスタは、味もよく、食材も見ただけで
わかり、作り方もおおかたクラシックなもの。

でも、それで満足しているのは、置いてけぼりをくっていく(食っていく)こ
となのだろうか?

好みが早い流れで変わっているのは食の世界かもしれない。新しいもの探しは、
何といっても作り手が先取りしていく。つまりシェフが先頭を走っているのだ。

こういうパスタ料理二十皿の写真を見た(レプッブリカ紙):
https://www.repubblica.it/sapori/2018/12/19/news/i_migliori_piatti_di_
pasta_del_2018-214460080/

タイトルは“2018年のパスタ、お気に入り二十皿選”とでもいうか…。
記事の筆者が今年食べたパスタのうち、画期的なアイデアが形になっていて、
味も良いという20の例をあげている。主流はスパゲッティのような長いパスタ
で、ショートパスタは市場でも需要がふるわないようだ。

たしかに初めて見るアイデアが多い。けれど、こんな感想を読者氏ももたれる
のではないだろうか:

一見して、どんな味なのかが想像できない。(六皿めはどこか蒸し餃子にさえ
似ている。)次に、どんな食材がつかわれているのかもわからない。わかった
ら好き嫌いにはっきり分かれるだろう。最後に、一言でいえば、おいしいのだ
ろうか?

二十皿の解説を読んで正確に味を舌に感じるのはムリだが、作り方は読んでびっ
くり!あるいは?然!という気分だった。

シェフたちの探求はついにパスタを茹でに茹でて、そのデンプンをソースとし
て使うことに至ったようだ。第一の皿がそれを証明している。

ふつうパスタは茹でてから何かで和えて味がつけられるのだが、パスタのデン
プンを使うとは。残りもののカケラのパスタもパスタの茹で汁でさらに煮つめ
ると、硬質小麦の成分のセモラが凝縮され、小麦の香りも残せるという。これ
はパスタによるパスタ料理なのだ。

新しい方向はまだある。トレンドはなんとトマトを排除すること。トマトは、
ごく伝統的な料理にしか残らないとか。こう読むと疑問がわく。トマトの国内
生産が落ちていて、アジアのかの国からの輸入に頼らざるをえないということ
と関連があるのか。ちょっと胸がざわつく。

ともかく、「伝統的な〜が欠けている」「〜なし」というのを打ち出すのが新
しい方向の一つ。逆に野菜は半端なく使われる。

七皿めのパスタはまさに「欠けている」路線だ。ラグーとかスーゴとよばれる、
トマトと肉で作るボローニャ風ソースの本場のモデナで、ラグーなしのパスタ
を提供する、クラシックな料理法に「欠ける」シェフも現れたという例だ。

このパスタがふつうのラグーで和えてないのは肉が見えないことからもわかる。
シェフはラグーを何度も漉して残った汁でパスタを和えたそうだ。ラグーの味
はあってもラグーなし、という言葉遊びみたいだが。

日本人シェフ徳吉洋二さんのパスタが四皿めにあがっている。
ベースにした生クリームあるいはミルクのクリームにアサリが使われているの
で、ニューイングランドのクラムチャウダーを思い出させるそう。シチリア産
のパスタとオリーヴオイルを使い、上にのせたウニに数滴のグラッパ(蒸留酒)
というかけ合わせを納得のいくフュージョンにしているとの評だ。

十皿めはスパゲッティが欠けている、と思って探したら野菜と同じ緑色に染まっ
たスパゲッティが混ぜられていた。このパスタは“kamut”と呼ばれる、元は古
来の小麦と同じ品種で作られている。野菜はセルフィーユやパセリやハーブ。
その下にあるのがもう一つの食材の貝で、俗称で小さなエスカルゴというらし
い。そして海藻の粉末までかかっているから、食材からいったら私好みかもし
れないが、こんなに全部青な料理が目の前に現れたら、どう…?

パスタというのに見かけはドルチェ(デザート)なのが十四皿め。味もオレン
ジとグランマルニエが加えられていて甘さがあり、食べ終わって残ったソース
もきれいにすくい取って食べたくなると筆者はいう。

南のカラブリア州で欠かすことのできない“ンドゥヤ('nduja)”は、見たと
ころは味噌に似ていて、トウガラシでできた激辛の調味料として名高い。

北のミラノでも使われるようになっていて、三皿めと十八皿めはミラノの二人
のシェフ考案だ。見た目が赤いのは、このンドゥヤで前者はソースを作り、後
者はリガトーニというパスタを茹でているからだ。両皿とも新鮮な生のヒメジ
やエビを選んでいる。アクセントはキンレンカ、またレモンと野生フェンネル
だ。

やっと最後の二つのパスタまできた。これらにはもう一つのトレンドがある。
カクテルやシャンパン、また時にはグラッパ(蒸留酒)など、バーのドリンク
だ。

第十九皿では形の珍しいパスタを茹でるのにシャンパンが使われているし、二
十皿めのパスタではエビがモヒートでマリネされているそうだ。
パスタは深い。アイデアは尽きない。

ローマの空港ではこうしたトレンディなレストランも開業している。
新しいといってトレンドを迎えるか、拒否で迎え撃つかは好みによるわけだけ
ど、おいしいと続いている料理は決して消さないで!と祈りたい。
年初めのお雑煮だって、お餅をとってしまったら、どのように作るのか。そん
な可能性を問おうとしたら、それが必要なのは高齢者?…とつぶやいていた。

よいお年をお迎えください。

◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
イタリア・フィレンツェ在住。著書に『天才力 三巨匠と激動のルネサンス 
(ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)』(世界文化社)、『メディ
チ家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)。
創刊から15年のメルマガ「イタリア猫の小言と夢」は、melmaの地域情報部門
で2007年メルマガ・オブ・ザ・イヤー受賞。ほぼ隔週で発行中です: 
http://www.melma.com/backnumber_86333/
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■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
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姫野カオルコ 『彼女は頭が悪いから』文藝春秋 1750円+税

にぎやかな庶民の家庭に育った神立美咲は、神奈川の県立進学校を経て、都
心と郊外にキャンパスを持ち、裁縫学校を母体とする水谷女子大学に進学しま
す。美咲は、国立横浜教育大の「野草研究会」という地味なサークルに所属し
て穏やかな大学生活を送っていました。オクトーバー・フェスタというビール
の祭典に野草研の仲間とともに訪れた美咲は、東大生、竹内つばさと同席する
ことになります。美咲は、「白馬の王子様」であるつばさに対して淡い恋心を
抱きます。美咲とつばさは、早くもその夜に性的な関係をもちました。

つばさも最初は美咲を恋人だと思っていました。しかし、美人で帰国子女の
東京女子大の学生が出現するや、つばさの美咲に対する思いは急速に冷めてい
きます。美咲は、つばさにとって、ただのセックスフレンドに成り下がってし
まったのです。美咲はつばさの心境の変化に気がつきながらも、彼への思いを
捨てることができず、「かわいい女の子」を演じ続けます。逆につばさは、美
咲に対する軽蔑の念を深めていきます。美咲は、「頭が悪く」、「ブス」で、
東大生である自分への「下心」を持つ勘違い女だと思うようになったのです。

ある晩、つばさに飲み会に呼び出された美咲は、東大生たちに散々酒を飲ま
されました。メンバーの一人のマンションの部屋で、全裸にされたあげく、5
人の男子東大生たちから辱めを受けます。美咲の通報を受けて逮捕された5人
には、罪の意識はありません。レイプはしていないし、性欲を満たすためにやっ
たことではない、と。作者はこう述べています。「彼らがしたかったことは、
偏差値の低い大学に通う生き物を、大嗤いすることだった。彼らにあったのは、
ただ「東大ではない人間を馬鹿にしたい欲」だけだった(464頁)」。

5人の東大生は大学から退学処分を言い渡されます。美咲は、泥酔状態にな
るほど酒を飲み、マンションについてきたのだから、すべては合意の上であり、
輝かしいキャリアの出発点を汚された自分たちこそが被害者だ。それが彼らの
共通の思いでした。そうした思いは、彼らを手塩にかけて育てた親たちにも共
有されています。そして、マスメディアに登場する有名人やネット世論も、「
下心をもって東大生近づいた」美咲を非難する側に回ります。心無いバッシン
グによって、神立家の人たちの平穏な日常は破壊されてしまいます。

エリートの救い難い俗物性。人間をランク付けして、ランクの下位の人間を
蔑む心性。事件の被害者を加害者に仕立て上げて、徹底的に叩く風潮。これら
日本社会の病理を、この作品は鋭く抉りだしています。あなたたちは、お茶大
や日本女子大の学生比べて偏差値が低い。だからせめてレディになるように努
めなさい。そのためにはまず電車の中でお化粧をすることはやめよう。入学式
でそんな挨拶をした女性教授は、事件後の美咲に優しく語りかけます。自分を
肯定してくれる人がいる。美咲の立ち直りを暗示するラストです。


◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「怠ける権利」高文研
http://www.koubunken.co.jp/book/b371637.html

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■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
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今回は「ろくな死に方」の話

今年は本当に別れの多い年だった。猫だの母だの(一緒にしてごめん)叔父だ
の叔母だの知り合いだの…年齢の近い歌手だの俳優だの…矢継ぎ早に訃報が届
いた。

で、ふと思ったのだが「あいつ、ろくな死に方しないぜ」などと良く言われる
が「ろくな死に方」って一体何だろうと。

母は半分寝たきりで認知症もあったがよく出来た兄嫁のおかげでそれなりに静
かな余生を送り、最後は孫たちに見送られて静かに亡くなった。これはかなり
の「ろくな死に方」のように思われる。

二年前に父が亡くなったとき、自宅で前日まで兄の家族と元気に食事会をして
いて翌日起きてこなかったパターンだった。

年齢も96を過ぎ基本的には大往生なのだが自宅でしかもヘルパーさんが救急車
を呼んだため、もう少しで司法解剖に回されるところだった。憧れる大往生で
はあるが何かのタイミングの関係で発見が遅れていたら「ろくな死に方」に入
れてはもらえないかも。

本人の意見は知る由も無いが私から見たらまあまあ「ろくな死に方」をした方
ではないだろうか?

考えると「こいつ、絶対ろくでもない死に方をするぞ」と言うか「して欲しい」
奴がなぜか天寿を全うし穏やかに死を迎える事もあれば、本当に人のために生
きて「この人だけはいい最期を迎えてほしい」人が事故や事件に巻き込まれ命
を落とすケースだってある。

検索をかけると「ろくでもない死に方」の中に「勝手気ままに生きてきて最後
は誰にも看取られずに亡くなる」などとあるが因果応報とは限らないこの世の
矛盾が「死」と言うモノに如実に表れているような気がする。

自分に当てはめて考えた時、それ程「ろくな死に方をしない」タイプだとは思
わない。
ちょっとだけワガママでちょっとだけ自己中でちょっとだけ悪意があってちょっ
とだけ締め切りを守らない。だが巨悪ではない。

だが問題は「死に方」は「生き方」に比例するわけではない事。

二人暮らしでどちらかが先に行けば面倒を見てくれる人がいるわけもなく、穏
やかな一人暮らしを後押ししてくれる制度もなく、血圧と呼吸器に問題がある
ためピンピンコロリを望める気もしない。早い段階で延命治療お断りと終末ケ
アの予約をしておかなければ大変なことになりそう。

なんか「ろくでもない死に方」が確約されているような気までしてきた。

TVを見ると「ろくでもない死に方」をして欲しい顔が連日並ぶのにね。

◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html
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■はてな?現代美術編 koko
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第91回 『現代美術を通して世界そして己の愚かさを知る』

平成最後の12月にちょっとだけ告白です。
現代美術に関わり始めてから、現代美術を取り巻く環境を考えるにつけ世の中
(社会一般)が狂っているとよく思います。

特にこの夏に紹介した『ザ・スクエア 思いやりの聖域』という映画や、秋公
開だった『ペギー・グッケンハイム アートに恋した大富豪』を鑑賞後考える
ことが多くなりました。

24時間ずっとそう思っているわけではありませんよ。もちろん世の中にいいこ
ともたくさんありますしね。移動中の電車の中なんかで毎日ほんの一瞬それに
ついて想うわけです。たぶんずっとそんなことを考えていたら日々の生活を謳
歌できないので、自己防衛本能が働いていて毎日少しだけ考えるのだと思いま
す。

現代美術市場の話をするときにお金の話をするのは、どのぐらい狂っているか
がゼロの数で表せるからかもしれません。分かり易くていいです。
美術市場の説明に、いつも株式市場を引き合いにだすのも、実際作品の中身の
価値よりもそのブランドイメージに操作されてお金を持て余す人達が、投資対
象として美術品を購入するからです。

ですから本当にその作品内容が素晴らしくても、格付け会社の判定が悪ければ
それまで。ソフトバンクの上場のように、上場前に少しでもケチがつけば(そ
れが本当であろうがなかろうが)予定よりも安い価格で取引されるわけです。

ペギー・グッケンハイムの活躍した頃、むしろアートはファッションに近いも
のだったのですが、その後その投資価値が世の中に広まって今に至ります。
実際彼女はアートのド素人でした。

ただアドバイザーに恵まれ、資金もあり、時代も彼女に味方したのでした。
映画を観るとペギー・グッケンハイムコレクションからは想像できない彼女の
人となりに吃驚です。

□美術手帖『ペギー・グッケンハイム アートに恋した大富豪』
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/16303

このコラムでも何回も書いてますが、現代美術はもはや理解するにはあまりに
複雑すぎます。

個人でその作品の価値を判定するにはあまりにも内容は複雑怪奇です。どうし
てこんなことになっているのか、近代美術を楽しんだ時のように単純にアート
を楽しんでいた時が懐かしい時もあります。

考えることは悪いことではないし、むしろわからないことをわかることも大切
なので今後も喜んで考えはしますが、度が過ぎると精神を病みそうです(笑)

近代美術から現代美術への歴史は、『すでにある権威』の否定の歴史です。
科学技術が発達して情報速度が速くなった21世紀に入ると、権威が本当に権威
なのかわからないうちに見事に次の波が来ます。

既存権威の確立度が高ければ高いほどそれを壊す波も大きくなりますが、現状
小波がひっきりなしにくる感じです。

最後の大きな波は60年代だったかもしれません。もしかすると50年後ぐらいに
は認識も変わっているかもしれませんが、今のところ実感としては小波です。
社会学者宮台真司氏の言葉を借りれば、≪僕らが社会を普通に生きながら「権
威に対する反権威」「制度に対する反制度」を貫徹することの構造的な不可能
性≫がわかっているのに知らん顔してなかったことにしている美術界が存在し
ているからです。さらにその嘘の上に美術マーケットが存在しているからだと
思います。

廃材を利用した作品でも、わざわざ快適な鑑賞環境である美術館に運んで展示
するなんておかしくない?ってなことになります。地球温暖化を憂慮している
人がマイカーを運転したりエアコンつけて快適に過ごしているのも変じゃない?っ
て思うでしょう。

実生活では全てバランスというものがあって、それが理由で私の自己防衛本能
は自動的に発動されています。真剣に問題意識を実生活に持ち込むと病気にな
る以外ないです。

こうして平成最後の月に、まざまざと己の愚かさを知るのでした。
たぶん来年も・・・・・
こんなkokoですが、来年もどうぞよろしく。
よいお年をお迎えください。

参考
□『ザ・スクエア 思いやりの聖域』宮台真司による映画評
https://realsound.jp/movie/2018/07/post-222127.html

◎koko
円とユーロとドルの間で翻弄されるアートセールコーディネーター。
まぐまぐメルマガ「Sacres Francais!映画と美術とパリジャンと」。
http://www.mag2.com/m/0000191817.html(現在休刊中)
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■スプートニクとガガリーンの闇 14 内藤陽介
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ソ連16番目の共和国

かつての社会主義時代、ブルガリア建国の父として崇め奉られていたゲオル
ギ・ディミトロフは、1862年6月、ブルガリア西部のコヴァチェフツィで貧し
い労働者階級の子として生まれた。

10代の頃から労働運動の活動家として頭角を現し、1902年にはブルガリア労働
者社会民主党(PBS)に入党。1919年3月、世界各国で左派勢力を既存の社会民
主主義政党から切り離して“前衛党(共産党)”を組織し、世界革命を推進す
るとのコミンテルン(共産主義第3インターナショナル)の呼びかけに呼応し
て、同年5月、新たにブルガリア共産党(BKP)が結成されると、その中央委員
に就任した。

1921年6−7月、コミンテルン第3回大会がモスクワで開かれると、ディミ
トロフはBKP代表としてこれに参加し、ロシア共産党とのパイプを構築。1923年、
ブルガリア国内での武装蜂起に失敗すると、ウィーン、ベルリン、モスクワで
活動していた。

1933年2月27日、ドイツ・ベルリンの国会議事堂放火事件では冤罪逮捕された
が、12月23日、裁判で無罪判決を勝ち取ると、この“勲章”を手に、1935年、
コミンテルンの書記長に就任。

コミンテルンは1943年に解散したが、スターリンは各国の共産党組織に対する
“指導”を維持するため、ソ連共産党中央委員会内に国際情報部(OMI)を新設。
旧コミンテルン執行部はほぼ横滑りし、ディミトロフもモスクワに留まり、そ
の部長に収まった。ただし、あくまでも、OMIはソ連国内の組織であるとの建前
から、その名目上の責任者はシチェルバコフで、ディミトロフは副責任者とさ
れていた。

以後、ディミトロフはOMIの事実上の責任者として、ソ連共産党の決定にもとづ
いて各国共産党の指導を担当。スターリンの忠臣として、第二次大戦後、ソ連
占領下の東欧で各国共産党が権力を掌握していくため、水面下での工作に辣腕
をふるう。

こうした経緯を経て、1946年、ディミトロフは祖国ブルガリアに帰国する。
第二次大戦中のブルガリアは、南ドブルジャをめぐるルーマニアとの対立から
ドイツに接近し、枢軸側で参戦する。ただし、1941年に独ソ戦が勃発した後も
ブルガリアはソ連に対して宣戦布告をしなかったが、1944年9月、ソ連はブル
ガリアに対して一方的に宣戦を布告。ブルガリア領内に侵攻し、旧体制を打倒
し、共産政権を樹立する。

こうした状況の下、1946年、ディミトロフはブルガリアに帰国し、ソ連の衛星
国として誕生したブルガリア人民共和国の首相に就任すると、反政府運動を抑
えるキャンペーンを開始して、スターリンに倣った恐怖政治を行い、多くの国
民を強制収容所送りするとともに、ソ連の16番目の共和国とも揶揄された親ソ
政権を樹立する。

ところが、1948年、モスクワからの自立を志向していた隣国ユーゴスラヴィ
アのティトーが、スターリンに無断でディミトロフと関税同盟構想を推進した
ことでソ連とユーゴスラヴィアの関係が破綻。同年のコミンフォルム第2回会
議で、ユーゴスラヴィアの追放決議が採択された。

翌1949年7月、ディミトロフがモスクワ近郊で療養中に急死(ソ連による粛
清説が根強い)すると、ブルガリア国内では副首相であったトライチョ・コス
トフが“ティトー主義者”として逮捕・処刑され、ディミトロフの義弟であっ
たヴルコ・チェルヴェンコフが共産党総書記ならびに首相として権力を掌握。
チェルヴェンコフは純然たるスターリン主義者として農場集団化と工業化を加
速させ、批判勢力を容赦なく強制収容所に送るとともに、教会を弾圧し、米国
との外交関係も断絶した。

しかし、あまりにも極端なスターリン化政策は、1953年にスターリンが亡く
なるとその後ろ盾を失い、チェルヴェンコフは1954年3月、共産第一書記の座
を追われ、トドル・ジフコフが第一党書記として党を掌握する。ただし、この
時点では、1911年生まれのジフコフは若く一般的な知名度も高くはなかったた
め、チェルヴェンコフはひとまず首相の座にとどまっていた。

1956年2月、ソ連共産党の第20回党大会でフルシチョフがスターリン批判を
展開すると、同年4月、ジフコフはブルガリア共産党大会を開催し、フルシチョ
フの脱スターリン路線を採用するとともに、フルシチョフの承認の下、チェル
ヴェンコフを解任した。

かくして、1989年まで33年の長きにわたってブルガリアに君臨するジフコフ
体制が本格的にスタートする。

初期のジフコフ政権がフルシチョフの支持を権力の基盤としていたことを考え
ると、1957年10月4日のスプートニク1号の打ち上げ後早々に人工衛星を取り上
げた切手を発行していてもよさそうなものだが、実際には、国際地球観測年の
名目でブルガリアがスプートニク3号の切手

https://blog-imgs-123.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20181225015829835.jpg

を発行したのは1958年11月28日になってからのことである。これは、当時、ソ
連との関係が必ずしも良好ではなかった中国やポーランドよりも遅いのだが、
その背景には、1957年の時点ではスターリン主義の清算の途上にあり、プロパ
ガンダ政策の方向性も必ずしも定まっていなかったため、記念切手の発行も後
手に回ったということなのだろう。

ソ連に忠実であるがゆえに、ソ連の政策転換を前に右往左往せざるを得なかっ
た衛星国の悲哀を感じざるをえない。

内藤陽介
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会員。
フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。最新作『
パレスチナ現代史: 岩のドームの郵便学』えにし書房
電子書籍で「切手と戦争 もうひとつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川
oneテーマ21などがある。

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■編集後記
前回の15日号と今号の原書房の広告が面はゆい。

ま、それはそれとして、人生何度目かの本の増殖がまたひどいことになってき
た。電子書籍で買える本は極力電子書籍にしているので、以前ほどのペースで
はないのだが、それでも本の増殖は止まらない。
この調子では、私は一生インテリア雑誌に出てくるような「書斎」にいること
はないのだろうw

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