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□■[本]のメルマガ【vol.712】19年 3月25日発行
[「移民」の感覚 号]
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□■ 創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4125名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
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★トピックス
→募集中です

★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→おれはおすすめ、イタリアの小説

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→1964年と2020年のオリンピック

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→感動を押し売りはイヤだ

★「はてな?現代美術編」 koko
→藤田美術館の一部作品売却大成功

★「スプートニクとカガリーンの闇」内藤陽介
→エクアドルの「ソフトな反米」

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★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp

『ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史』

宮崎正勝著
四六判 336頁 本体2,500円+税 ISBN: 9784562056460

亡国の民となったユダヤ人が「ネットワークの民」として貨幣を操り、マイノ
リティながら世界の金融を動かしてこられたのはなぜか。ユダヤ商人、宮廷ユ
ダヤ人のグローバルな活動に着目、経済の歴史の大きな流れを一気につかむ!
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■トピックス
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■トピックス募集中です!
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■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
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第98 回 若手作家の『帰れない山』を読む

久しぶりにイタリアの小説を和訳で読んだ。『帰れない山』、著者は1978年
生まれのパオロ・コニェッティで、関口英子訳。昨秋、帰日した10月に新潮
社から刊行されていた。

この『帰れない山』については栄えある文学賞のストレーガ賞を一昨年に受賞
した時に、メルマガで紹介していたほど興味をもっていた。

北イタリアのモンテ・ローザの麓の山の家で休暇を過ごしながら、ドロミーテ
ィ山群で子供のころから山に魅入られた父親といっしょに山登りを始める著者
らしい語り手ピエトロの口調がとても自然で、とくに山が緻密に十全に書かれ
ていることと、まるでノンフィクションのような軽さで、するすると山の世界
に、それは同時に人物の精神的な内部に入っていける。

「父の山登りには独自の流儀があった。深く考えることは苦手な性質(たち)
で、なにかにつけて意固地に押しの一手で挑むのだ。」

これが書き出しの一行。父親の山登りの特徴が笑いをもって読める。
小説とくればストーリーの展開とか描写の文章に、作者の意識的なものが感じ
られるものだが、ここでは意外に思われるほど淡々と繰り広げられる。

小説なら必ずあるはずの、書き出しの思い入れとか、どう進めるかのプロット
の工夫とか、著者が考えたに違いないと類推する読む側の想像などは、いっさ
い期待されてないともいえるのだ。読み始めたら、著者のリズムで山が人に及
ぼす力に圧倒され、壮大で繊細な世界を追うことになる。

九行目で、すぐに母親が登場する。この母親が意固地で押しの一手の父親に欠
けている人間味をあふれるようにあらわすことが、すぐにこんな秀逸な文章で
理解される。
「あの人は昔から待つのが苦手だった(後略)。誰だろうと、自分よりも高い
位置にいる人を追いかけることにしか関心がなくてね。だから、彼のお眼鏡に
適うためには健脚でなければならなかったの。」

全頁を通して、精緻をきわめる山を登り氷河に挑む描写は、高い山のもつ恐ろ
しさをも、その美観や達成感といっしょに徹底的に味わわせてくれる。両親
や、山村で知り合い、その後かけがえのない友となる牛飼いの少年ブルーノや
その親族の山男たち、ピエトロが付き合うが長続きしない恋人たち。かれらに
つかず離れず、読者は追い始める。

ノンフィクションのような印象を最初に受けたのは読み手の錯覚ではなくて、
著者は実際に主人公と同じくミラノ生まれで、両親とはよく山で過ごし、四千
メートル峰を父親とともに踏破したそうだ。

描かれる山々は、美しいドロミーティや、モンテ・ローザの峰々、そしてピエ
トロがアルピニズムのドキュメンタリーの仕事で行くアンナプルナ山群だ。

父親の死後にピエトロは恋人とトリノに移住して「移民」の感覚を味わうのを
始め、ブルーノのチーズ作りの厳しい経済状況など、自然で淡々とした調子に
ドラマ性も加わる。父母との関係や深く関わる男や女の友だちなどに実在感は
あり、どのように終わるのか待たれた。

原題は「Le otto montagne(八つの山)」という。中央の最も高い須弥(スメ
ール)山を囲み八つの山があるとの古代インドの世界観からくるらしい。
年老いたネパール人から、ピエトロは「要するに、おまえさんは八つの山をめ
ぐっているんだな」といわれる。ネパール人は地面に八つの山と八つの海を描
く。

和訳のタイトルになった「帰れない」の言葉は、著者は最後に初めて書いてい
る。中央の高い山でなく、八つの山をめぐるしかないピエトロをタイトルにし
た。

短編小説の書き手として評価されていた著者の最初の長編小説で、いわゆる小
説らしい魔力や魅惑というよりも、どこか懐かしいような清々しい読後感は格
別だった。イタリア各地の高校や専門学校の学生の投票によるストレーガ賞ヤ
ング部門でも受賞したのも、商業性がないだけに注目されたようだ。

この小説のイタリア語が、かれと同世代でこれほど見事に書ける作家がそれほ
ど多くない、と評価されているのも興味を惹かれる。

https://www.shinchosha.co.jp/book/590153/


(書評と訳者あとがきがあります。)

◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
イタリア・フィレンツェ在住。著書に『天才力 三巨匠と激動のルネサンス 
(ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)』(世界文化社)、『メデ
ィチ家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)。
創刊から15年のメルマガ「イタリア猫の小言と夢」は、melmaの地域情報部門
で2007年メルマガ・オブ・ザ・イヤー受賞。ほぼ隔週で発行中です: 
http://www.melma.com/backnumber_86333/
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■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
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ロバート・ホワイティング著 玉木正之訳『ふたつのオリンピック 東京19
64/2020』文藝春秋2400円+税

1962年、著者は空軍兵士として、東京府中市の米軍基地に配属されていま
す。東京オリンピックを控えた、猥雑なエネルギーに満ち溢れた東京の街は、
カリフォルニアの田舎町から来た若者を魅了してやみませんでした。除隊後も
彼は日本に長くとどまり、上智大学に学んでいます。英会話学校の講師等の
様々な仕事に就く傍らで著者は、後に「ナベツネ」と呼ばれる高名なジャーナ
リストや、金持ちの医者、東大出の超有名企業の社員等のエリートから、暗黒
街の顔役に至るまでの幅広い層の日本人との交流を重ねていきます。

若き日の著者が無上の楽しみにしていたのは、居酒屋のテレビでプロ野球中継
や人気アニメ「巨人の星」を観ることでした。日本野球のレベルの高さに驚嘆
し、星飛雄馬の苦闘に涙しながらも著者は、プロ野球と日本の社会(会社?)
に多くの共通点があることに気づきます。自己犠牲の上に立つ組織への貢献が
求められること。長時間のハードワークが成功を生むと信じられていること。
「ガイジン」は差別され、白眼視されており、組織の中で十全な仲間として認
められていないこと。プロ野球は日本の社会を映し出す鏡なのです。

1970年代にアメリカに帰った著者は、『菊とバット』を上梓します。野球
を通しての日本文化論である同書は、日米でベストセラーとなりました。著者
は東京に戻ってきます。著名なジャーナリストとして凱旋を果たした著者は、
プロ野球界の「不都合な真実」を暴き続けます。球団批判ともとれる外国人選
手のことばをありのままに報じる。巨人戦の公表されている観客数が、東京ド
ームの収容人数を上回るものであることを明らかにする…。球団とその御用記
者たちとによって、著者には「危険人物」のレッテルが貼られたのです。

岸内閣は日米安保条約を国会で強行採決した際、やくざを議場に入れて野党議
員を排除しました。総会屋に「地上げ」。日本の大企業も、やくざを利用して
きたのです。興行の世界もまたやくざとの関わりは深く、「紳士たれ」の球団
も例外ではありませんでした。やくざが日本社会の中枢に深く食い込んでい
る。これもまた「不都合な真実」の一つです。日本の闇社会を取り扱った「東
京アンダーワールド」は、著者の代表作の一つです。闇社会からも反感を買っ
た著者は、「安全な日本」で命の危険に晒される、不条理を味わいます。

64年のオリンピックのころの東京は、水洗トイレも一般家庭にはなく、立小
便が当たり前の恐ろしく不潔な街でした。現在の東京は清潔な街で、コンピュ
ータで蓋の開くトイレすらあります。野茂、イチロー、松井…。日本から次々
と大リーグのスーパースターが生まれています。64年当時には想像もつかな
かったことです。複雑な事情をもつ生家から逃げるように日本に来た著者も、
外国特派員クラブの理事長を務めるまでになりました。ふたつのオリンピック
の間に、著者も東京も目覚ましい変貌と成長を重ねていったのです。

◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「怠ける権利」高文研
http://www.koubunken.co.jp/book/b371637.html

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■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
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今回は「感動」の話

先日、イチローが引退した。条件さえ整っていたらまだまだ…本当に50まで
やれたのでは?と思う部分もあるが、それでもお疲れ様と言いたい。
で、それに「感動した」話ではない。

延長12回勝ち越しのヒットを打ってお立ち台に立った選手にアナウンサーが
「イチローにかこつけた感動的なコメント」を引き出そうと必死なのがなんと
もみっともなくて白けてしまった事だ。

彼がイチローに憧れてとか師と仰いでるとかも散々言っていたし、イチローが
途中交代した時の彼の様子を見ていたら彼の気持ちは充分わかった。性格に難
ありの私もそれなりにセンチメンタルになっていた。

ところがである。
勝ち越し打を打った選手にはまずその事をメインに聞くべきだろう。
「それはさておきイチロー」そりゃ失礼なんじゃないですか?

彼は抑制の効いた発言で応えていたが聞いているこっちがイラッとしてきた。
「感動テロ」と言う言葉がある。「2人の感動的なエピソード」的な事を引き
出そうとする姿勢はまさしくそれに思えた。

憧れリスペクトした選手が引退する。心の中には去来するものが多々あるだろ
う。だがそれは個人的なもの、人に言われて披露するもんじゃない。何度も繰
り出される「感動エピソードをお願いします」のインタビューに「ええ加減に
せんかい!」とTVに毒づいてしまった。

いつからこんな風に感動を強要する様になったんだろう?メディアが感動がス
ベらず廉価なコンテンツとして認識してからだろうか?だがあからさまな感動
の押し付けは元になるモチーフの価値さえも下げてしまう。

ずいぶん昔の話だが特攻隊をモチーフにしたミュージカルを「安易な感動モ
ノ」と言って友人から総スカンを食った覚えがある。でも本来描くべきは若者
をそんな風に仕立て上げた構造であってそれに言及しない作品を「安易」と言
った事に間違いないと思う。

だが友人たちは「これに涙しないなんておかしいだろう」と。
それは感動を強要する今の形に似ている様に思える。

◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html
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■はてな?現代美術編 koko
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第94回 『藤田コレクション─── 中国美術市場の現状』

もうすぐ桜が開花するというのに、まだまだ冷え込みがきつくて掘りごたつか
ら抜け出せません。

今日は午後から京都へ行くつもりですが、出かける自信がなくなってきまし
た。菅原道真は梅を愛しましたが、当時は中国文化の影響で貴族は梅を愛でて
いたわけですよね。浮世絵も梅の絵がたくさんあるし、日本=桜というのはほ
んの100年の話なんですよね。

吉野の桜や醍醐の花見などその昔から桜を愛でる習慣はありますが、今の桜の
イメージは特に江戸の終わりから明治初めにかけてソメイヨシノが拡がったか
らなのでしょうね。

道真公が廃止したといわれる遣唐使派遣ですが、その影響で国風文化が花開く
こととなります。でも日本人はそれまでしっかりと中国芸術を受容していたわ
けですから、その後の日本人もしっかりと中国文化を消化して自分のものにし
ていきました。

何が言いたいかというと、日本人には中国芸術を深く愛する心が備わっている
ために、商売で富を得た数寄者がそれらをコレクションするのは当然のことだ
ったということです。

そんなこたぁ誰でもわかっているでしょうが、ついつい欧米に目が向きがちな
昨今、素晴らしい中国芸術コレクションについてメディアで取り上げられない
のが現状です。

その最たる例がこの春から奈良国立博物館で開催される『藤田美術館展』で
す。
≪大阪市の中心部にある藤田美術館は、明治期に活躍した実業家・藤田傳三郎
(1841〜1912)と、その息子平太郎、徳次郎によって収集された、9件の国宝
を含む日本・東洋美術の屈指のコレクションを所蔵する美術館≫であります。

□奈良国立博物館サイト
http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/04public/02museum/01north_area/nara-
kokuritsuhakubutsukan/event/1j43stqa3k/

現在藤田美術館は古い建物の改修のため、2022年4月のリニューアルオープン
まで閉館になっています。その間に上記の展覧会が開催されるわけです。

金利の低下で財団の経営が困難に陥り、その起死回生策が膨大なコレクション
の一部売却、それもほんの一部の売却でした。

所蔵コレクションを売却して新しいコレクションを購入したりするのは海外で
はよくあることですが、日本では珍しいことです。
それが話題にならなかったことについて、週刊文春が下記のように書いていま
す。

□週刊文春オンライン
https://bunshun.jp/articles/-/2160

とにかくこのオークションは大成功で、エスティメートの数十倍もの金額でハ
ンマープライスがでたのでした。
なのに、なのに、日本ではあまり騒がれなかったのです。
2017年3月、クリスティーズ ニューヨークでのオークションの結果は以下の
通り。

□Important Chinese Art from the Fujita Museum (Chrities 英語)
https://www.christies.com/important-chinese-art-from-26905.aspx?
lid=1&dt=220320190931&saletitle=#lot_6061275

30点の作品で、総額300億円。
目玉は『六龍図』で、55億円ほどで落札。
青銅器も素晴らしい作品が揃い、概ね各35億円超えで落札。

□藤田美術館の中国美術コレクション (美術手帖) 
https://bijutsutecho.com/magazine/insight/1847

2018年のオークション取扱い動向をみると、アメリカ38% 中国29% イギ
リス18% フランス4% ドイツ1.7% イタリア1.3% その他8%
(※Artpriceから抜粋)

去年はアメリカとイギリスが好調でしたが、それでも中国は29%。中国の購入
意欲はまだまだ高く、そこに飛び込んできた藤田美術館作品オークションでし
た。

中国本土では度重なる戦火や文化大革命などの影響で美術品が残っていない
し、最高の中国コレクションは台湾にあるため、必死に買い戻しに走っている
姿が目に浮かびます。

本当に藤田美術館はいいタイミングで決断したなと思うのです。
これで2022年の素晴らしいリニューアルが実現できるなら、中国美術ファンで
なくても喜ばないといけません。

来月の展覧会も待ち遠しいですが、2022年の春も待ち遠しいkokoです。

◎koko
円とユーロとドルの間で翻弄されるアートセールコーディネーター。
まぐまぐメルマガ「Sacres Francais!映画と美術とパリジャンと」。
http://www.mag2.com/m/0000191817.html(現在休刊中)
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■スプートニクとガガリーンの闇 14 内藤陽介
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エクアドル切手のスプートニク

1822年、スペインの支配から解放されたエクアドルは“南部地区”として大コ
ロンビア(現在のヴェネズエラ、コロンビア、エクアドル、パナマの全域と、
ガイアナ、ブラジル、ペルーの一部に相当)に組み込まれた。しかし、大コロ
ンビアは分裂し、1830年にエクアドルも独立を宣言。これに伴い、ペルーと
の間でペデモンテ=モスケラ議定書が締結され、マラニョン=アマゾン水系が
両国の国境と定められた。

しかし、この国境線には両国ともに不満を持っていたため国境での小競り合
いが続き、1936年になってようやく、当時の実効支配ラインを元にした国境
が確定される。

ところが、その後も国境地帯では小規模な武力衝突が続いたため、1941年
7月5日、マラニョン川以北のアマゾン地方の領有権を主張するペルー側は、
エクアドルが1936年の協定に違反して国境を侵犯したとしてエクアドルに宣
戦布告。エクアドルの防衛態勢が整わないうちに、アマゾン地方などを占領し
た。

翌1942年1月、日米開戦を受けてリオデジャネイロで米州外相会議が開催
されると、これに合わせて、米国、ブラジル、アルゼンチン、チリの4ヵ国の
調停により、エクアドルとペルーの和平協定として「リオ議定書」が調印さ
れ、ペルーによるアマゾン地域の領有が追認された。ただし、その後もアマゾ
ン地域をめぐるペルーとエクアドルの対立はくすぶり続け、1995年のセネパ
戦争を経て、エクアドルがアマゾン地域を放棄することを承諾し、独立以来の
国境紛争はようやく終結したのは1998年のことである。

1942年のリオ議定書により、エクアドルはアマゾン地域の20−25万平方
キロの領土を喪失したことで、当時のカルロス・アロヨ・デル・リオ政権は窮
地に追い込まれ、1944年5月、軍、共産党、社会党を巻き込んだ民衆蜂起に
より崩壊。1939年の大統領選挙でアロヨに敗れた後、クーデターを企てて失
敗し、コロンビアに亡命を余儀なくされていた元大統領、ホセ・マリア・ベラ
スコ・イバーラが左派系の民主同盟に推されて大統領に当選した。

しかし、第二次ベラスコ政権下では腐敗政治とインフレが進んだため、1947
年に軍事クーデターが発生。ベラスコはアルゼンチンに亡命する。

翌1948年に行われた大統領選挙では、自由党系のガーロ・プラサが当選。プ
ラサ政権の時代にも地震や軍の叛乱などはあったが、石油メジャーのシェル石
油によって東部アマゾンの油田開発が進んだほか、1949年にはユナイテッ
ド・フルーツ社(現チキータ)がエクアドルに誘致され、バナナはエクアドル
最大の輸出品目となる。

こうした状況の下、1952年の大統領選挙にあわせてベラスコが帰国。ベラス
コは出身母体の自由党に加え、左派系の“人民勢力集合(CFP)”と連合し、大
統領選挙で勝利を収めて、同年9月1日、3度目の政権を獲得した。

しかし、9月12日、グアヤキルを中心に反政府暴動が発生し、ベラスコの自
由党とCFPの対立が先鋭化すると、同年12月、ベラスコはCFP党首のカルロ
ス・ゲバラ・モレノをはじめとする指導者を逮捕し国外追放し、独裁権力を獲
得。以後、彼の任期中の4年間は、保守のキリスト教社会運動(MSC)、極右
のエクアドル国家主義革命行動(ARNE)が与党となり勢力を伸張した。

1952−56年の第3次ベラスコ政権下では、エクアドル経済はバナナ・ブーム
と呼ばれる好景気に見舞われ、“進歩の時代”とよばれる開発ラッシュが続い
た。

すなわち、この間、311校の学校が建設されたほか、道路も1359キロが建
設、1057キロが改修され、コスタ(太平洋岸の亜熱帯低地)では富裕層が生
まれた。

その反面、農村部では階層分化が進んだため、農地改革を求める農民も少なか
らずあったが、ベラスコ政権はこれを強権的に弾圧していた。たとえば、
1953年8月6日、ピンタグのメルセド農場で発生した争議は労働者の大虐殺
により鎮圧され、1955年の鉄道労働者の全国ストライキは政府の非常事態宣
言によって中止に追い込まれた。

こうした保守強硬路線に対しては貧困層の不満も強かったが、ベラスコはそれ
を “ソフトな反米”の姿勢でガス抜きしようとした。もともと、エクアドルを
含むラテンアメリカ諸国の一般国民の間には、事実上の宗主国として自国の政
治・経済を実質的に支配している米国へ不満が鬱積しているが、エクアドルの
場合には、そこに加えて、彼らの領土を奪った「リオ議定書」は米国(とラテ
ンアメリカの有力諸国)によって押し付けられたものという不満があったか
ら、米国を本気で怒らせない程度の“ソフトな反米”は、国民世論の収攬にはき
わめて効果的な手段となりうる。

かくして、1955年、ベラスコ政権は、米国漁船2隻が200海里領海内に侵入
したとして拿捕し、米国相手に“マグロ戦争”をしかけたほか、1956年1月、布
教のためアマゾン低地に入った5人の米国人宣教師人が、先住民のアウカ族に
より惨殺された際にも、ベラスコ政権は先住民に対して同情的な態度を示すな
ど、“ソフトな反米”の姿勢を採ることになった。

さて、エクアドルの大統領は任期4年の連続再選不可であるため、1956年8
月31日の任期満了をもってベラスコは退任し、後任の大統領には、ベラスコ
政権の閣僚でMSC創設者のカミロ・ポンセ・エンリケが選挙で当選して就任
した。

その後、院政を敷いて政界への影響力を維持したいベラスコと、現職大統領と
してベラスコの影響力を排除したいポンセの間で激しい権力闘争が展開される
が、新旧大統領の間で政策そのものに大きな差異はなかった。

1958年12月にエクアドルが発行した“国際地球観測年”の切手
https://blog-imgs-125.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/
20190325164116b0c.jpg 
に、ソ連の人工衛星が登場しているのは、米国の裏庭であるラテンアメリカに
おいて、ソ連に対する肯定的な評価がタブー視されていた環境の中で、あえ
て、“進歩の時代”のイメージに重ね合わせるかたちで、国民のガス抜きとし
て、“ソフトな反米”の気分を表現しようとした結果なのかもしれない。

しかし、当時のエクアドル政府には“ソフトな反米”の演出により国民のガス抜
きを測ろうとする傾向があったものの、そのことは、彼らが容共的ないしは親
ソ的な立場であったことを意味するものではない。

はたして、1958年末までに、バナナ・ブームの好景気が終焉を迎えると、エ
クアドル国内では失業と社会不安が広がったが、その対策として、1959年以
降、政府は民間企業の従業員に失業保険を適用する一方、左翼系の労働運動に
対しては依然として厳しい弾圧の姿勢で臨んでいる。

ちなみに、1959年、発足間もない革命キューバの外交使節団を率いて各国を
歴訪したチェ・ゲバラは、ユーゴスラヴィアでティトーと会談した際、「エク
アドルは革命キューバに対して宥和的」との見通しを語っていたが、それが幻
想でしかなかったことは、1961年、米国が反キューバの文脈で提唱した“進歩
のための同盟”にエクアドルが嬉々として参加し、外部(=ソ連)からの専制
に対して結束して立ち向かうことを誓約していたことからも明らかである。


内藤陽介
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会
員。
フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。最新作『
チェ・ゲバラとキューバ革命』えにし書房
電子書籍で「切手と戦争 もうひとつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川
oneテーマ21などがある。

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り、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。

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■編集後記
昨日、ソムリエの田崎真也氏の日本酒をテーマとした講演を聞いていたのだ
が、ビックリした。彼は日本酒が好きで、プライベートではワインは飲まず、
もっぱら日本酒を飲んでいたと言う。

で、「どーしてヨーロッパの人はワインなんてマズイの飲むんだろうかと、ず
っと思っていた」と・・・え、ウソでしょ?自分の耳を疑った。

そこから、フランス料理にはワインだが、実はフランス料理には合わせられな
い食材でも日本酒なら合わせることにフランス人たちも気が付いてきていると
のこと。

サラダとドレッシング、卵料理、チーズが、ワインに合わせられない三大料理
で、そんな料理でも日本酒なら合わせられるとか、いわゆるペアリングの話を
されていた。

しかし一番印象に残ったのは、フランスで料理関係の講演会か何かで、そうい
うことを話そうとしていると、直前に話していたフランス料理の大御所に同趣
旨のことをしゃべられてしまって慌てたというくだり。

本人はウケると思ってしゃべっておられたと思うし、私にはウケたけど、聴衆
にはウケませんでしたw
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