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□■[本]のメルマガ【vol.727】19年8月25日発行
[避けては通れない 号]
http://honmaga.net/ 
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□■ 創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4078名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
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★トピックス
→募集中です

★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→ダ・ビンチは裕福だった?貧乏だった?前編

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→独ソ戦

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→選挙マンガコンクールなんてあったんだ・・・

★「はてな?現代美術編」 koko
→あいちトリエンナーレ2019 来ると思ってたらやっぱり!

★「スプートニクとカガリーンの闇」内藤陽介
→フルシチョフ訪米の駆け引き

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★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp
『時が止まった部屋:遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし』

小島美羽著 本体1,400円+税 ISBN: 9784562056804

孤独死、ごみ屋敷、残されたペットたち--故人の部屋を片づけ、弔いつづけ
る27歳の遺品整理人が、依頼現場をミニチュアで再現。死と向きあってきたか
らこそ伝えたい想いを初書籍化。孤独死が社会問題化するいま、わたしたち一
人ひとりにできることは何か。ミニチュアを通して静かに問う。


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■トピックス
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■トピックス募集中です!
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■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
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第102 回 500年前のレオナルド・ダ・ヴィンチに戻って...【その一】

前回のナタリア・ギンズブルグから、いっきょに五世紀も戻ってしまう。
というのも今年はダ・ヴィンチ没後500年にあたる年なので、イベント以外に研
究者の最新の研究成果が発表されている。

イタリア式にいうと“レオナルド”と名前でいうので、それに従ってみたい。
レオナルドはその生涯にどんな経済状況だったのか? マルコ・カルミナーティ
(Marco Carminati)氏の研究が「イル・ソーレ24オーレ」の記事にある。
さらに、レオナルドが所蔵した本との関係をみた研究も同紙にある。

こちらが二つの記事(イタリア語):
https://www.ilsole24ore.com/art/i-conti-tasca-leonardo-AClijua
https://www.ilsole24ore.com/art/la-biblioteca-leonardo-vinci-ACGXfqO

最初にお断りするが、当然、レオナルドの時代に流通していた貨幣で書かれて
いるので、どのくらいの金額なのかわからないのが残念。記事には数字しか挙
げられていない。
ただ、貨幣の代わりにブドウ畑の土地が提供された例もあり、現在でもその土
地を見ることができるのは興味深い(上記の最初のサイトに写真がある)。

レオナルドの父はフィレンツェ政庁やカトリック教会の公証人だった。嫡出子
でなく、祖父に育てられ、その時代の正統な教育を受けていないためか、自分
のことを教養人ではないといっていたが、同時代知識人や先哲に絶えず対話し
たり比肩を怠らなかったという。

祖父の死後、父親はレオナルドを有数の美術家ヴェロッキオの工房に入らせた。
父親の最初のサポートは、政庁パラッツォ・ヴェッキオの聖ベルナルド礼拝堂
の仕事だった。祭壇画の下絵が委託され、1478年に政庁から初の収入28フィオ
リーニ金貨を受け取るのだが、なんとこの下絵は実現しないのだ。

1481年には、現在ウフィツィ美術館のダ・ヴィンチの部屋に展示されている《
三賢王の礼拝》制作の契約が聖ドナート教会と交わされた。貨幣では300フィオ
リーニ、それに加えてヴァルデルサの土地が与えられると決まったが、現在惜
しまれるように絵画は未完に終わり、したがって貨幣も土地も無に帰した。

その理由は、レオナルドはミラノのスフォルツァ家の宮廷との豊穣な関係を求
めてフィレンツェを去ったからだが、宮廷とのつながりは早急には実現しなかっ
た。

そこでまた数多い祭壇画制作に戻り、《岩窟の聖母》(ルーヴル美術館所蔵)
では画面の内容をめぐって紛争し、その修正にレオナルドは割増料金100ドゥカー
ティを望んだところ、依頼主の信者会はたったの25ドゥカーティを約束。この
時代、フィオリーノ金貨もドゥカート金貨も同じ価値だった。

制作をめぐって今度は法的な紛争になり、1506年にいたるまで紛争は続き、第
二バージョンを制作することで終結した(第二バージョンはロンドンのナショ
ナルギャラリー所蔵)。

ついにミラノのルドヴィーコ・イル・モーロ公の寵愛を受け、宮廷や大聖堂(
ドゥオーモ)財産管理委員会へのコンサルティングを請け負う。
それ以外に収入として住み込みの徒弟から毎月一人当たり4〜5ドゥカーティ
の下宿代が入るようになった。
ネットで調べたら、ヴェネツィアでは1ドゥカートで一週間食べられた(ただ
し一日一食)と記述があるので、徒弟の食事代はこの額で賄えたと想像できる。

有名なエピソードは、サライのあだ名でよばれた最愛の弟子ジャン・ジャコモ・
カプロッティが、支払った下宿代よりも法外な出費をレオナルドにさせたこと。
主な出費は衣類だったとか。
1492年6月にレオナルドが家の金庫を開けて、フィオリーノからドゥカート、ソ
ルド、リラを合わせると811リラあった。
上記の情報では1ドゥカートは6リラだから、この現金でほぼ3人が1年間食べら
れたのではないだろうか。

レオナルドの生母が2年後の1494年に死去するが、その年にレオナルドがすでに
制作をかなり進めていたイル・モーロ公の父フランチェスコ・スフォルツァの
馬の青銅像が公によって中止と決まる。経済的に手痛い事態だった。イル・モー
ロ公に書簡で新しい仕事を要請すると、公からの返事はスフォルツァ城内の部
屋(現在のアッセの間)の装飾とサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の
食堂の《最後の晩餐》制作を告げられる。

この仕事への報酬は貨幣ではなく、ヴェルチェッリーナ門の外に広がる約1ヘ
クタールのブドウ畑だった。サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の近く
で、土地としては将来性のある評価の高い地区という。

イル・モーロ公の治世に陰りが見え、フランス勢がその権力剥奪をめざしてい
た。レオナルドの心中は安穏とはいえず、ブドウ畑の土地に建築と耕作の許可
をつけて公示してくれるよう求める。それから土地の評価額を調べ、1400ドゥ
カーティと知る。なお、現金を安全に管理できるように計らった。

1499年4月、徒弟の未払勘定の始末をつけ、家にある全現金をチェックして128
0リラと確認。それを幾つかの布袋に分けて入れ、奇妙なことに目立つところに
置いた──棚の上や釘の入ったガラス瓶の中とか。狙いやすい金庫にボロキレ
に包んで入れたのは大した額ではなかった。

8月にイル・モーロ公はミラノから逃亡。レオナルドは持ち金をフィレンツェに
移し、サンタ・マリア・ヌオヴァ病院の貸方に600フィオリーニの大金を入金。

ミラノを後にすると仕事や後援者を求めてマントヴァからヴェネツィア、ロー
マへと移り、1502年には占星術師に未来を占わせた支払いまで見つかっている
ようだ。

1504年、フィレンツェ政庁からフレスコ画を依頼され、《アンギアーリの戦い》
の下絵を1505年2月までに仕上げることで、毎月15フィオリーニが支払われるこ
とになった。

(次号に続きます) 


◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
イタリア・フィレンツェ在住。著書に『天才力 三巨匠と激動のルネサンス 
(ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)』(世界文化社)、『メディ
チ家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)。
創刊から15年のメルマガ「イタリア猫の小言と夢」は、melmaの地域情報部門
で2007年メルマガ・オブ・ザ・イヤー受賞。ほぼ隔週で発行中です: 
http://www.melma.com/backnumber_86333/
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■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
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大木毅 『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』岩波書店 860円+税

日本では第二次世界大戦によって、約300万もの尊い人命が失われました。
しかし、独ソ戦においては、それに数倍する人々が命を落としています。とり
わけソ連が受けた被害は甚大で、1939年当時約1億9000万人だった総
人口のうちの、実に2400万もの人命が失われています。激しい戦闘が行わ
れていただけではなく、「ジェノサイド、収奪、捕虜虐待が繰り広げられた」
ために、人類史上空前絶後の惨害が生まれたのです。本書はこれまで明
らかにされてこなかった独ソ戦の全容をコンパクトにまとめた好著です。

ヒットラーが独断で独ソ戦をはじめ、作戦指導にまで口出しをしたために、ド
イツは負けた。ジェノサイド等の残虐行為はナチスの主導で行われており、国
防軍は関与していない。こうした「国防軍神話」が長くドイツでは生きていま
した。本書は、近年の研究成果に基づいて、「国防軍神話」を真っ向から否定
しています。独ソ戦の構想は、早くから国防軍の中に持たれていました。物量
だけではなく作戦面においてもドイツはソ連に劣っており、国防軍兵士は戦地
で、略奪や捕虜虐待、婦女暴行等の残虐行為にふけっていたのです。

ドイツの戦争目的には、通常の戦争というだけではなく、ドイツ人の贅沢な暮
らしを維持するために占領地から収奪することと、劣等人種であるスラブ人を
殲滅する世界観戦争という3つの側面がありました。占領地域の人々に対する
略奪は、ナチスの人種イデオロギーによって正当化されていきます。敗色が濃
厚になればなるほど、ヒットラーは歪んだ世界観に固執するようになりました。
勝利を得ることではなく、スラブ民族の皆殺し自体が戦争の目的になってしまっ
たのです。それが、夥しい犠牲者を出す原因となりました。

ドイツが戦争準備をしているというゾルゲらの警告をスターリンが無視したた
めに、ソ連は緒戦において大敗を重ねていました。形成の逆転を図ったスター
リンは、独ソ戦に「大祖国戦争」という名前を与えます。ナポレオンを打ち破っ
た「祖国戦争」以上の救国の戦いとして独ソ戦を位置づけたのです。このシン
ボル操作は見事な成功を収めます。救国のための聖戦にソ連の軍民は燃え立ち
ます。しかし戦争を聖化する意識は、捕虜の虐待や占領地域の民間人への暴行・
略奪等、敵に対する蛮行を正当化する方向にも作用したのです。

1945年4月。ソ連はベルリンに侵攻します。独ソ戦での勝利によって、東
ヨーロッパにおける戦後の支配権をソ連は手にしました。ドイツについて不思
議に思うことがあります。敗戦が明らかになった時、なぜ第一次大戦における
ような民衆蜂起が起こらなかったのか。ドイツの市民は東方を略奪するナチの
政策によって、豊かさを享受していた。その共犯意識と特権的立場を失うこと
への恐れから、彼らはナチスを支持し続けたと著者は言います。普通の人たち
が負う戦争責任という問題を考えさせられた一冊でもありました。


◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「怠ける権利」高文研
http://www.koubunken.co.jp/book/b371637.html

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■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
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今回は「選挙」の話

ずいぶん長い間、神戸市選挙管理委員会の「明るい選挙を考えるマンガコンクー
ル」の選考委員をさせていただいている。
いわゆる啓発活動の一環で、先輩の一コマ漫画作家さんから引き継いで今にい
たっているのだが、毎年「今年は応募が減っていて」が最初の話題に上るよう
になって久しい。
小学生から一般まで広く公募はしているが基本は若年層の投票率UPを目指すモ
ノで、応募の方法やら賞金額やらを考えるとまあそれも宜なるかなと思う。

啓発活動とは言え「公」がやる事だから制約も多いし、選挙がなければ予算が
つかない部署だそうで(選挙があったらあったで少ない人員がフル活動している
事を川西市の過労死の件で初めて知った)コンクールにそれ程力も入れられない
のかも知れないが、それでももっとやれる事はあるのになぁと毎年歯痒い思い
をしている。

しかし今回の話題はそちらではなく子どもたちの感覚の変化の方だ。

昔は先生に言われて(多分美術の時間などに)ムリムリ出したであろう作品の中
にも「汚職」とか「賄賂」「公約違反」と言う文字やアイデアが見受けられた
のだが、ここ何年かはほぼゼロに近い。


◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html
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■はてな?現代美術編 koko
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第99回 『Tabooについて考える ─── あいちトリエンナーレ2019』

今回は避けては通れない時事ネタです。
いろんな方々が様々な意見を発信している≪あいちトリエンナーレ2019≫です
が、アートに携わる端くれとして自分の意見をまとめました。

というか、すでに2015年3月から5月発行の「本」のメルマガ(568/571/574号)
にて表現の自由について稚拙ながら当時思ったことを書いています。

元々それを書こうと思ったのはざっくり以下のような理由からです。
1.フランスでの生活で、心に深く衝撃を与える作品こそがアートであるとの結
論に至っていたから

2.Charlie Hebdo(シャーリー ヘブド)のテロ事件(568号)を経て、表現の
自由には覚悟が必要で、命をかけるほどに大切なテーマであると再認識をした
から

前者は、アートは娯楽ではなく、もっと深い部分で心に響くもので、価値観や
人生観に疑問を投げかけるものだという話。後者については、フランスでは風
刺漫画が一般的な表現方法で、結構キツイ絵が本の表紙を飾っていることも多
く、頻繁に論争が起こるので避けては通れないテーマでした。

イスラム教を信仰している人からみれば、キオスクに不敬な戯画が並ぶという
ことがどれほど不快なことか!

それでも尚且つ表現の自由を貫き通すCharlie Hebdoの作家達の戦う態度を通し
て、表現の自由について考えずにはいられなかったのです。当時問題の中心に
あったマホメッドの戯画は、今回でいう「昭和天皇の写真を燃やす」という動
画と似たアンタッチャブル(=Taboo)な主題です。

結論から先に書いておきます。
不敬と感じる作品であっても、展示に税金を投入されていても、言論の自由は
守らなければならない。

但し、偏った政治プロパガンダ色の強い展示ではなく、もっと様々な視点から
捉えられた企画の必要がある。

今回のような政治プロパガンダを目的とした作品はアートではない。
百歩譲っても、やると決めたら脅迫に屈して中止してはいけない。

公共の場で、エロ・グロや宗教に関する過激な主題の扱いについてはどこの国
でも賛否両論が巻き起こります。表現の自由を守るには表現者も鑑賞者も、そ
の間に立つ関係者すべてにそれ相応の心構えが必要であるとつくづく感じます。

このメルマガでその論争に挑む作品の数々を紹介してきました。
タブーに敢えて挑戦して、鑑賞者の心を動揺させ、今後の人生に何かしらの影
響を与える作品制作を目指すアーティスト達です。
論争を巻き起こした日本作家として、大浦信行さん≪遠近を抱えて≫(571号)
とろくでなし子さんの作品(574号)などを取り上げています。

その大浦信行さんこそ、今回のあいちトリエンナーレ2019の『表現の不自由展・
その後』で話題になっている昭和天皇の写真を燃やす動画作品の作者です。
以前書いたように、彼の版画は天皇を批判する政治プロパガンダ作品ではなく、
大浦氏の自画像の延長にある作品でした。
今回の騒動を踏まえてインタビューで大浦氏は以下のように言っています。
≪「表現の不自由展・その後」に展示した20分の動画は、前作の映画『靖国・
地霊・天皇』の映像を中心に、来年公開予定の『遠近を抱えた女』の映像を少
し加えたものです。
これはさらに1986年に富山の美術展に出品した版画『遠近を抱えて』から続い
ている一つながりの作品なんです。
同じ主題をずっと継続して描いてきたんですね。
登場するのは従軍看護婦の女性で、出征する前の日に母親に別れを告げ、次は
靖国で会いましょうと語る。
これは実話をもとにしたもので、前作『靖国・地霊・天皇』の映像です。次の
作品である映画『遠近を抱えた女』は既に海外の映画祭に出品しているのです
が、同じ従軍看護婦の女性が主人公です。
その女性に抱え込まれた「内なる天皇」、それを「昇華」させていくというの
が、『遠近を抱えて』を燃やしていくシーンなんですね。
そのシーンは1時間40分の映画の中ではごくわずかなのですが、今回の20分の
動画にそこを含めたために、そこだけが取り出されて騒ぎになってしまいまし
た。
しかも、天皇制を批判するために燃やしたという全く誤った解釈がなされてし
まったのですね。
僕自身には天皇を批判するとか冒涜する意図は全くありません。僕自身の「内
なる天皇」を従軍看護婦の女性に託して祈りを捧げるということなんです。≫

□Yahooニュース(参考記事)
https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190816-00138640/

これって、今年初めにテレビで話題になった兵庫県明石市の市長のとんでも発
言と似てませんか?
最初に流された1分強の録音では「殺してこい」という言葉だけがクローズアッ
プされましたが、結局全録音を聞くと随分と受ける印象が違ったはずです。
作品を切り取ってそこだけ非難するなんて、表現の自由以前の問題です。

作品の全体を踏まえても尚且つ、天皇の写真を燃やすことが不敬で許されない
というなら、ここにこそ議論の余地があり展示した価値もでてきますよね。
個人的には天皇の写真をわざわざ燃やすのは好みではないですが、それでもやっ
ぱり展示拒否にするのは間違いだと思います。
Tabooはあってはならないのが原則です。

今回の問題点を明らかにしていると思うのは、宮台真司氏の解釈でした。
パブリックアートとアートは折り合いが悪いという指摘はその通りなのです。
鑑賞者の心構えを地域芸術祭の場で求めることは難しいというのが話の本題だ
ろうと思います。
興味のある方は下記YouTubeをご覧ください。
□「表現の自由」を守るためにはそれ相応の覚悟と準備が必要だ(videonewsc
om)
https://www.youtube.com/watch?v=vB6u200aRWY

今回の最大の問題は、これらの複雑な展示を捌ききれなかった総監督の津田大
介氏とそれを任命した愛知県知事ということになります。
政治プロパガンダそのものの『表現の不自由展・その後』は、最初の意図がす
でに歪んでいたのだろうと思うのです。
それをごまかす小細工や言い訳は、ちょっとうんざりします。
個別作品(「従軍慰安婦像」や「まぬけな日本人の墓」)についても思うとこ
ろは満載ですが、これは各展示作品の些末な話に過ぎません。
今回は言及しないことにしました。
参加の参加アーティストの動きは下記の記事で。
□美術手帖
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/20344

余談になりますが、あいちトリエンナーレ2019に関する茂木誠先生のなかなか
面白いYouTubeがありました。
気が利いていて面白いです。
□さいたまトリエンナーレ(タイトルまでギャグってます。笑)
https://www.youtube.com/watch?v=KGDEEN2XfuM


◎koko
円とユーロとドルの間で翻弄されるアートセールコーディネーター。
まぐまぐメルマガ「Sacres Francais!映画と美術とパリジャンと」。
http://www.mag2.com/m/0000191817.html(現在休刊中)
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■スプートニクとガガリーンの闇 22 内藤陽介
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フルシチョフ訪米

1957年10月のスプートニク1号の打ち上げ成功以降、西側世界では、戦略爆撃機
や戦略ミサイルの数において、ソ連は米国を凌駕しているという“ボンバー・
ギャップ”や“ミサイル・ギャップ”の議論が説得力をもって語られていた。
実際には、米国は経済力・軍事力ともに終始一貫してソ連を圧倒していたが、
ソ連は、西側に蔓延していた“誤解”を活用して、「ソ連に対する圧力と攻撃
は深刻な反撃を招きかねないので、ソ連とは一定の妥協をはかり、平和共存を
目指すべきだ」という国際世論を誘導しようとした。その真の目標は、米ソ両
国の軍縮という形式をとって、米国により多くの核兵器を削減させ、ソ連包囲
網を緩和させようという点にあったことはいうまでもない。
そうした誘導に沿って、西側世界でも、「ソ連の宇宙開発は純粋な科学技術研
究で平和目的のものである」、「米国が膨大な核兵器を保有するがゆえに、ソ
連は、自衛のため、やむを得ず最低限の核を保有しているのみである」といっ
た論調がソ連に親和的な左派リベラル勢力を中心に盛んに唱えられるようにな
る。
こうした世論工作の総仕上げとして計画されたのが、フルシチョフの訪米だっ
た。
すでに1958年1月、フルシチョフはミンスクにおいて、“平和共存”に基づいて
話し合いによる国際問題を解決すべく、首脳会談を提唱していたが、1959年1
月27日から2月3日にかけて開催されたソ連共産党第21回大会では、大会直前、
第一副首相のアナスタス・ミコヤンが非公式訪米を成功裏に終えたことを受け
て、次のように演説している。

我々はすでに何度も、ソ連と米国という二大国が平和維持のうえで大きな
責任を持っていることを指摘した。…両国間においては、お互いに領土的要求
はいままでも存在しなかったし、現在も存在していない。両国民が衝突する理
由はないのに、ソ連と米国の関係は長期にわたって変則的なままである。…米
国にも、ソ連との善隣友好関係の支持者の数が増えていることは、訪米したミ
コヤンに対する歓迎ぶりからも明らかである。…(平和共存の)途をとるから
には、両当事者は大きな相互理解の努力、大きな忍耐力、そして、もし望むな
ら、大きな寛容を発揮しなければならない。

これを機に、フルシチョフ訪米のための地ならしが本格的に始まり、1959年
6月には第一副首相のフロル・コズロフが訪米。翌7月には、7月24日に、モスク
ワで開催の“米国産業博覧会”の開会式に出席するという名目で米副大統領リ
チャード・ニクソンがモスクワを訪問する。
博覧会会場に展示してあった米国製のキッチンおよび電化製品を前に、フル
シチョフとニクソンは、米国の自由経済とソ連の計画経済を対比し、資本主義
と共産主義のそれぞれの長所と短所について討論した。その際、ニクソンが消
費財の充実と民生の重要性を堂々かつ理路整然と語ったのに対して、フルシチョ
フは自国の宇宙および軍事分野における成功を感情的にまくしたてた。いわゆ
る“キッチン論争”である。
キッチン論争でのフルシチョフの態度は、ソ連の経済力が米国に到底及ばな
いことを熟知していたが故の焦りによるものであるのは明らかだったから、米
大統領のアイゼンハワーは、豊かで自由な米国社会を実際に見せれば、フルシ
チョフは、いっそう平和共存路線にかじを切るだろうと考えた。
かくして、1959年9月15日から27日までの13日間、フルシチョフは、夫人と3
人の子供ともども、アイゼンハワーの招待を受けて、ソ連首相として初の訪米
を果たした。
米国側は、フルシチョフに対してアイオワ州の成功した個人経営の大農場を
見せ、社会主義型の国営農場・集団農場の失敗を認めさせようとしたが、もと
より、フルシチョフも本心では米国の優位を十分に認識しているがゆえに、社
会主義の優位を象徴する宇宙開発の実績を強調しつつ平和共存を訴えざるを得
なかった。
国連総会に出席して、世界各国の軍備全廃を提案したフルシチョフは、9月
25−27日、メリーランド州キャンプ・デイヴィッドにあるアイゼンハワーの別
荘で首脳会談を行う。会談では、軍縮、ベルリン危機、貿易、人物交流などの
諸問題について話合いが進められ「すべての重要な国際問題は、武力に訴える
ことなく、交渉による平和的手段によって解決されるべきである」ことについ
て意見が一致した。
その一方で、フルシチョフは、アイゼンハワーにルナ2号が月に運んだペナン
トのレプリカを渡しながら、「米国も必ずや月に到達してソ連のペナントを見
つけるでしょう。ソ連のペナントがお待ちしていますよ。米ソのペナントは、
きっと、平和と友好の下に共存することになります」と得意げに語ったという。
フルシチョフ帰国後の10月27日、ともかくも米ソ首脳会談が無事に終了した
ことを受けて、ソ連は、ワシントンの連邦議事堂とモスクワのクレムリンを並
べて描く記念切手( https://blog-imgs-111.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/201
90825171829829.jpg )を発行した。そのデザインは、両者の間には地球が描か
れており、宇宙空間におけるソ連の優位を暗示させるような内容になっている

内藤陽介
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会員。
フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。最新作『
パレスチナ現代史: 岩のドームの郵便学』えにし書房
電子書籍で「切手と戦争 もうひとつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川
oneテーマ21などがある。

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■編集後記
お盆の直後に用事があって上京したのだが、宿が高いの何の。。。民泊がどん
どん増えたと話題になっていた頃、これでホテル代が下がると思っていたが、
全然下がっている感じじゃない。ましてや夏休み中である。

困ったなぁと思っていて、ふと考えた。23区の通勤圏までOKとしたらどうかと
探すと、茨城県まで行くと安い宿があった。それでも上野から一時間もかから
ない。往復の電車代もそんなにかからないというか、茨城まで行って、たった
これだけかと驚いた。

地方の人には、案外使えるノウハウかも知れないねこれはw
ちなみに15両編成の電車にも驚いた。新幹線かい!

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