[本]のメルマガ

配信済のメルマガのバックナンバーを見ることができます。また、記事に対するコメントもお待ちしております。
<< [本]のメルマガ vol.708 | main | [本]のメルマガ vol.711 >>
[本]のメルマガ vol.710


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■■------------------------------------------------------------------
■■ [本]のメルマガ                 2019.03.05.発行
■■                              vol.710
■■  mailmagazine of books      [味わいがたまらなく魅力的 号]
■■------------------------------------------------------------------
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp/

『世界の核被災地で起きたこと』

フレッド・ピアス著 多賀谷正子・黒河星子・芝瑞紀訳
四六判 368頁 本体2,500円+税 ISBN: 9784562056392

人類は核の被害をいかに被ってきたか。著名環境ジャーナリストが、福島はも
ちろん世界の事故・被ばく現場、放射性廃棄物を抱える地域を取材。原爆以降
の核被災の歴史を一望、いま世界で何が問われているのかを明らかにする。

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その33「吸血鬼たち」その1.

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 第118回 「対象化する」言葉の身振り

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

----------------------------------------------------------------------
■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
----------------------------------------------------------------------
その33「吸血鬼たち」その1.

その1.バイロンからポリドリ、そして中井英夫へ

 吸血鬼についてあれこれ考えている。実は吸血鬼の物語には、とてもおいし
そうな食物がたくさん描かれているからだ。
 
「なんだって、おまえも吸血鬼なのか?」
 
なんて、言わないでほしい。
 
 もちろん、吸血鬼は食事をしない。少なくとも普通の人間が食べるように一
日三食食べたりはしない。
 
 獲物を狙いその血を吸うという行為はするのだが、これを食事と言い切って
いいかは疑問でもある。様々な作品の中で作者はその行為を、狩りとか愛とか
エネルギーの交換とか言い換えているからだ。

 だが、まるきり食物を口にしないかと言うと、そうでもない。吸血鬼が獲物
である人間に近づく時、吸血鬼はその正体を隠して普通の人間のふりをしなく
てはならない。獲物である人間の家に同居したりもする。その時、どうやって
食物を食べずに生活するのだろうか? やはり少しは何かを口にするのではな
いだろうか?

 そこで、私のお気に入りの吸血鬼の物語から、吸血鬼の食事場面を見て行こ
うと思う。

 数ある物語の中では、登場人物たちが実においしそうな食事をする場面もあ
るのでお楽しみに。
 
 もちろん見るもおぞましい場面があるかもしれないので、繊細な方は少々ご
注意を。
 
 吸血鬼について語るにあたっては、まず、レマン湖のほとりのディオダティ
荘の怪奇談義から始めざるを得ない。
 
 時は、1816年の夏。レマン湖のほとりの別荘で、長雨に降りこめられて退屈
したバイロンは、ドイツの幽霊物語に倣って、めいめい物語を書こうと言い出
す。メンバーはバイロンの侍医ポリドリ、シェリーとその時はまだメアリー・
ゴドウィンだったメアリー・シェリーとその義妹。シェリーは詩を書き、ポリ
ドリは頭をしゃれこうべにされた女性の物語を書こうとして果たせなかったと、
メアリー・シェリーは『フランケンシュタイン』の第三版の序文に書いている。
そう、ここで生み出されたのがメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』
の物語なのだ。そして、バイロンは『断章』を書き、詩『マゼッパ』に添えて
出版した。

 バイロンが生み出したこの『断章』は文字通り最後まで書かれてはいないの
だが、大変魅力に満ちた物語だ。主人公は若い青年。謎に満ちた年上の男性に
惹かれ、欧州旅行に同行してくれるよう頼む。トルコでこの男性は体調が悪く
なり死の間際に青年にあることを頼む。それは、どの月でもいいから九日の日
に指輪をある塩泉に投げ入れて欲しい、そして、次の日またそこに来てくれと
いうもの。今際の際なのに、男性は他にも実に謎めいたことを語りながら死ん
でいく……。
 
 この物語の唐突な終わり方は逆にここから広がる物語の可能性を示し、読者
の想像力をかきたてる。

 ポリドリもそれを感じたのだろう。物語の発端はほとんどこの枠組みのまま
『吸血鬼』を書くのだ。イギリスに初めて現れた小説としての『吸血鬼』。け
れども、雑誌社がこの物語の作者をバイロンとしたため、バイロンとポリドリ
の抗議にもかかわらずこの作品はバイロン作としてヨーロッパ中に広まり、人
々を魅了し、何十年にもわたる吸血鬼ブームを呼び起こした。だが、ポリドリ
は失意のまま早逝する。

 そんな不運な運命をまとった物語ながら、この小説は見事にバイロンの系譜
を継いでいると言える。そしてその系譜とは例えばオスカー・ワイルドの作品
などにもみられるようなホモセクシュアルな愛を描いたもので、現代ではBL
などともよばれているゲイ文学の系譜なのだ。

 それでは、まずこの小説の中をさぐって行こう。

 物語は奇妙な年上の男性ルスヴン卿に魅了されたオーブレーという裕福な青
年が、欧州旅行に出かける計画をルスヴン卿に打ち明け、ルスヴン卿から同行
の意を受け、大喜びで出かけていくところから始まる。けれども、ルスヴン卿
の行いには邪悪なものがあり、ためらいを感じ始めた頃、オーブレーは後見人
たちから、ルスヴン卿が極悪漢であるから直ちに手を切るようにという内容の
手紙を受け取る。彼は、ルスヴン卿が若い伯爵令嬢を毒牙にかけるのを阻止し、
一人でギリシャに旅立つ。ここで、間借りをした家の純朴な娘から、土地に伝
わる不死の吸血鬼の奇譚を聞く。ある嵐の一夜、彼女が森の小屋の中で吸血鬼
に襲われるのをみたオーブレーは、助けようとして果たせず、病に陥る。やが
て追いついてきたルスヴン卿が、手厚い介抱をしてくれ、二人はまた仲直りし
て旅に出る。だが、その道中で山賊に襲われ、ルスヴン卿は亡くなってしまう。
彼は今際の際に、一年間は自分の死を口にしないようにとオーブレーに誓わせ
る。ロンドンに戻ってしばらくたった時、ルスヴン卿がいつのまにか生き返っ
て社交界に出没しているのを知る。だが沈黙の誓いはオーブレーを脅えさせ狂
気に追い込み、ルスヴン卿が狙いをつけた自分の妹を守ることもできない。ル
スヴン卿と結婚した妹は吸血鬼に貪りつくされた姿で発見され、卿は姿をくら
ますのだった。

 これを読んでまず驚いたのは、吸血鬼の吸血場面がないことだった。
 ルスヴン卿は誰にも咬みつかない。牙も出さない。蝙蝠にもならない。ただ
その餌食たる若い女性が犠牲になったとあるので、血を吸われたのだろうと分
るだけだ。
 さらに、ルスヴン卿は魅力ある男として社交界の宴席に必ず招かれるとある
ので、飲食を人間のようにしているはずなのだが、残念ながらそういう場面も
ない。残念だ。

 この小説は見事にバイロンを踏襲し、青年の年上の男性への憧れと、無力感
と破滅が描かれていて、ある意味その実人生においてポリドリがバイロンに感
じたものを想像させずにはおかない。

 だからといって、本の中の食物を描かずに終わるわけにもいかないので、こ
の系譜に連なる小説をもう一つご紹介しようと思う。

 ある青年が近所の行きつけのスナック”彼”でに出会う。

……カウンターに並んだ客としきりに悪魔の話に興じているのが関心を唆った。
……

 興味ある奇妙な話題を盛んに話す”彼”に惹かれ、スナックに行くたびにぼ
んやりとグラスを片手にその話を聞きいていた青年は、ある日その隣の席に座
ることができ、言葉を交わすようになる。そして、親しくなり、水曜と土曜の
宵にはカウンターで話をする約束をする。
 
 不思議な符号に満ちた話は幾晩も続く。

……悪魔、変光星、馬の首星雲、洞窟の壁画、フランス革命暦……

 やがて、青年は期待に満ちた思いで待ち受けるようになる。

 そう、”彼”が首筋に触れる夜を。

 さてこの物語にも残念ながらいわゆる吸血場面はない。”彼”には牙もなく
喉元に咬みついたりもしないのだ。

 ただ、この物語で不思議に思うのは、毎週水曜と土曜、二人は延々とスナッ
クのカウンターで話を続け「ふたりは遅くまで飲んだ」とまで書かれているの
に、”彼”が何を飲んだかは一度も描かれていないのだ。夜のスナックなら、
おつまみくらい食べただろうに。

…青年はいつもより長く、余分にウィスキーグラスを手にしていた…

 と、あるので、”彼”も同じ酒を飲んでいたに違いないと思っている。

 たぶん”彼”は、その長い指でナッツの入ったガラス皿をもてあそびながら
も、決して口にしなかっただろうとも想像するのだ。

 読者の方は是非、バーのカウンターに座る時、あるいはウィスキーグラスを
手にする時、”彼”の姿を捜してみて欲しい。吸血鬼がいかなる味わいをこの
琥珀色の液体に見出したのかを思うこと、それが今宵の絶好のおつまみになる
だろう。

と、いうわけで、今回はここまで。

 次回は、美しく謎に満ちた少女の吸血鬼の食物を見て行きたい。

----------------------------------------------------------------------

「血と薔薇のエクスタシー 吸血鬼小説傑作集」 幻想文学出版局
『影の狩人』中井英夫著「書物の王国12吸血鬼」図書刊行会
『解題 浪漫派の交流の中から』須永朝彦著
『断章』  ジョージ・ゴードン・バイロン著
『吸血鬼』       ジョン・ポリドリ著
『フランケンシュタイン』 メアリー・シェリー著 光文社古典新訳文庫

----------------------------------------------------------------------

高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

----------------------------------------------------------------------
■声のはじまり / 忘れっぽい天使
----------------------------------------------------------------------
第118回 「対象化する」言葉の身振り
    ―シャルル・ボードレール(山田兼士訳)『パリの憂愁』(思潮社)

 ぼくは翻訳詩を余り読まない。外国語ができないぼくは、原詩の言葉の音楽
性はどうなっているんだろうかということが気にかかり、悔しい想いが先に立
ち、読むのを躊躇してしまうのだ。その中で、シャルル・ボードレール(1821
-1867)の詩は別格で、若い頃から愛読してきた。反道徳的なもの、不愉快な
もの、醜いもの、それまで詩のテーマにされなかったものをクローズアップし、
更にそれを意表を突く視点から表現する。思考の稼働領域を広げようとする強
い意志に魅されてしまうのである。

 ボードレールの2冊の詩集『悪の華』と『パリの憂愁』のうち、一般的に知
名度が高いのは圧倒的に前者だろう。大胆に価値の転倒を歌い上げるこの詩集
は、発表当時スキャンダラスな話題を呼び、風俗壊乱の罪で罰金刑に問われた
という。『悪の華』はすごい詩集だと思うが、ぼくが何度も読み返したのは
『パリの憂愁』の方だった。『パリの憂愁』は散文詩集で明確なプロットがあ
り、読みやすかったこともあるが、それ以上に内容面で共感するところが多か
った。『悪の華』は負の道徳的価値観を、ある意味、元気よく肯定的に描いて
いると言える。そのやや抽象的でペダンティックな表現は、負の価値観に則っ
たヒロイズムを感じさせる。ひねりにひねった表現ではあるが『悪の華』は青
春の文学なのだろう。しかし『パリの憂愁』にはヒロイズムやダンディズムは
ない。裏切られた期待、冴えない生活、浮かない気分、中年期(ボードレール
の人生では晩年にあたるが)にさしかかった人間の真情が伝わってくる。と同
時に、そうした「冴えないもの」を高次から見つめる詩人としての確かな目が
感じられる。その両義的で複雑な味わいがたまらなく魅力的なのだ。

 昨年秋に思潮社から刊行された山田兼士訳・解説の『パリの憂愁』は、この
不思議な風韻の詩集について改めて考える機会を与えてくれた一冊だ。訳者の
山田兼士は、各編ごと懇切丁寧な解説を書いている。きびきびとした訳文も良
いが、この解説は研究者らしく言葉の裏の裏まで考え尽くしていてすばらしい。
本稿では素で読んだ印象を大切にしたいため、山田の解釈に触れるのは控える
ことにするが、各詩への解説は単なる解題を超えた、踏み込んだ内容の批評先
品であり、是非実際にお手に取って確かめていただきたいと思う。

 本書には不条理な出来事を描いた詩が多数収められている。超自然的な、い
わゆる怪談ではないのだが、怪談以上に既存の日常的な意識を食い破るスリリ
ングさがある。「不都合なガラス売り」はその代表格。冒頭で普段行動的でな
いくせに衝動にかられて突発的な行動を取る人がいる、と一般論的に述べた後、
自身のとんでもない体験を語る。ガラスを売り歩く商人を呼び止め、アパート
の7階まで昇らせた挙句、商品にケチをつけて帰らせ、そればかりか路上を歩
く商人の荷物めがけて鉢植を落として商品のガラスをメチャメチャにしてしま
うという内容だ。話者は「ほんの一瞬にせよ悦楽の無限を見出した者のことだ、
地獄落ちの永遠などかまうものか?」とウソぶく。この作品が掌編小説でなく
詩であるのは、自らの奇異さに驚きつつ奇異を成し遂げてしまう意識のありよ
うをイメージの層で捉えているからではないかと思う。冒頭で一般論として述
べた「そういう性質の人々」に、いつのまにか自身が当事者として加わり積極
的に行為してしまう。透徹した意識が撓み、暴発する様を、更に高次の意識が
歪なグラフのように描き出していく。お話としての面白さを超えた、メタ認知
の様態の面白さが特徴的な詩だ。

 貧困に目を向けた作品も複数ある。ボードレールは父の遺産を散財したこと
で禁治産者の扱いを受け、しばしば母親に金の無心をしている。これらの作品
には、贅沢と困窮の両方を経験した彼の社会に対する意識が明瞭に伺える。
「菓子」は旅をしている時の体験を描いた作品。休憩時にパンを取り出すと、
汚い恰好の少年がパンを凝視しながら「菓子」と囁く。哀れに思ってパンをひ
と切れ彼に手渡すが、そこへもう一人浮浪児が現れ、パンを争って先の少年と
喧嘩を始める。精根尽き果てて二人が喧嘩を止めた時、パンは最早食べ物とは
呼べない屑になり果てていた。それを見た話者は「実に見事な国があるものだ、
そこではパンが菓子と呼ばれ、完全な兄弟殺しの闘いを引き起こすのに十分な
美味とされるのだ!」と呟く。ここで描かれるのは、一般の貧困を超えた貧困、
最下層の人間の貧困である。金に困った経験のあるボードレールは、貧困の極
限というものについて考えてみようと思い立ったのだろう。その結果生まれた
のが、「パン」と「菓子」の言葉の対比関係である。小麦で作られた食べ物が
「パン」と呼ばれているうちは、世界はまだ既存の日常の枠の中にある。だが、
「菓子」と呼ばれるようになると世界は全く違った様相を纏うようになる。
「菓子」という単語一つで、日常が異世界に変わってしまったのだ。

 ボードレールは多くの女性と交際し、彼女たちは彼にとってインスピレーシ
ョンの源となった。「情婦たちの肖像」は、賭博場に集った4人の男たちが、
つきあってきた女性について語りあうという詩。この詩には前作と考えられる
別の詩「天職」がある。それは4人の少年が気にかかったことをそれぞれ語る
というものである。少年たちがどんな大人になったかということを女性とのつ
きあいを通じて描くというわけだ。芝居に関心を持った少年は男勝りな性格の
美女とつきあって疲れ果て、神の実在を信じていた少年は従順だが不感症の女
とつきあって嫌気が差し、家のメードに性的関心を抱いていた早熟な少年は多
情な女性とつきあって裏切られた。作者自身を投影したと思しき、世界を流れ
歩く楽師たちへの憧れを語った少年は、自分を完全にコントロールしようとす
る女性とつきあって束縛の苦しみを味わった。希望は気楽に語れるものだが、
生身の女性は他者であり、思い通りにできるものではない。しかし、実は思い
通りにできないところに他者としての女性の魅力があるわけだ。お気楽だった
彼らは女性の姿を纏った「現実」と出会って挫折し、冴えない姿を曝け出すが、
それでも人生は続いていく。その「〈生〉を加速するために」彼らは「新しい
酒壜を注文するのだ」。

 これまで物語としての骨格がはっきりした叙事的な詩を紹介してきたが、孤
独な胸のうちを吐露した叙情的な詩も少なくない。その場合でも、ボードレー
ルは決して一本調子に歌を奏でることはない。「二重の部屋」は自室で一人静
かに過ごすひとときを描いている。誰も邪魔する者のない部屋で自由気儘に夢
想に耽るひとときは、孤独を愛する話者にとって「至高の生」を生きる時間で
あり、「歓喜にあふれた永遠」にも思えるものだった。が、そこへ「妖怪」が
入ってくる。その「乱暴な一撃」によってそれまでの陶酔は吹き飛んでしまう。
「妖怪」とは何か? それはどうやら「現実」のことである。話者の外部にあ
って、話者の意志に従わず、話者の行動に制約を設ける。その力が端的に示さ
れるのは老いと死と衰退を運ぶ「時間」においてである。さっきまで楽園のよ
うだった部屋は、「狭苦しく不快感に充ちた」ものに変わり果ててしまった。
話者は時間が「その二本の針で、まるで私を牛か何かのように追い立てる」よ
うに感じる。詩の前半では話者は自分の人生を主体的に楽しんでいるが、後半
では擬人化された「時間」によって、奴隷のように「生きさせられ」ている。
情景としては、男が一人、部屋に佇んでいるだけなのに、詩の言葉は地獄落ち
を語るようにドラマティックである。

 『パリの憂愁』は、それまで詩が扱ってこなかったような散文的な事象、い
や、どんな散文も扱わなかった微細な事柄を大胆に主題に据えている。しかし
この詩集の真価はその独創的な題材の選び方にあるのではない。対象を描くに
あたって、対象を殊更に「対象化する」身振りをもって語る、その語り口にあ
る。それは、絶えず物事の自明性を疑い、見慣れた現実から日常性を剥ぎ取っ
ていく。話者は、あたかも自身の主体性を切り崩すかのように、絶えず逡巡し
ながら語るのだ。自分自身をも対象に加えながら語る、つまり自己言及を底に
秘めた語りなのである。

 ボードレールは序文で「律動も脚韻もなく音楽的で、魂の抒情的運動にも夢
想の波動にも意識の突発的振動にも適応するほど、十分に柔軟で十分に対照の
激しさをもった、詩的散文の奇跡」を夢みた、と書いている。外形からはっき
りわかる韻律を持たないこれらの詩からは、一定の方向に進まない、寄せては
返すような意識の律動が生々しく感じられる。この律動のことをボードレール
は言葉の「音楽」と呼ぼうとしたのではないだろうか。『パリの憂愁』には作
曲家・ピアニストのフランツ・リストに捧げた詩がある。リストは晩年、無調
の音楽を夢想し、調性感の曖昧な曲を書いた。リストが現代音楽への扉を開い
たように、ボードレールは現代文学への扉を開いたのかもしれない。

*シャルル・ボードレール(山田兼士訳・解説)『パリの憂愁』
(思潮社 本体2200円)

----------------------------------------------------------------------
■「[本]マガ★著者インタビュー」:
----------------------------------------------------------------------

 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
----------------------------------------------------------------------

 配信遅れました。すみません。(aguni原口)

----------------------------------------------------------------------
■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4137名の読者の皆さんに配信して
おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
----------------------------------------------------------------------
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載された内容を小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
■ 今号のご意見・ご質問は5日号編集同人「aguni」まで hon@aguni.com
■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
  なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わります。
  ・5日号:aguni原口 gucci@honmaga.net
  ・15日号:畠中理恵子 hatanaka3floor@jcom.home.ne.jp
  ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
  ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
  事務局担当:aguni gucci@honmaga.net
■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
---------------------------------------------------------------------

| バックナンバー | 13:24 | comments(0) | trackbacks(0)
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://back.honmaga.net/trackback/979335
トラックバック
SEARCH
[本]のメルマガ
哲学・思想・社会などの人文書や、小説や詩など芸術の最前線、書籍の出版流通、電子出版などの「本」の現在を気鋭の出版社員、書店員が伝える、まさに[本]のメルマガです。
発行周期発行周期:月3回
バックナンバーバックナンバー:すべて公開
マガジンIDマガジンID:0000013315

メールアドレス:

メールアドレス:
Powered by まぐまぐ
※読者登録は無料です

コーチ募集(コーチングバンク) 無料 コーチング カーディーラー経営品質向上 CSR コンプライアンス 経営倫理 実践研究 BERC フリーラーニング
LATEST ENTRY
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
CALENDAR
S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>
ARCHIVES
LINKS