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[本]のメルマガ vol.692


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■■ [本]のメルマガ                 2018.09.05.発行
■■                              vol.692
■■  mailmagazine of books      [用心はしつつ、お健やかに 号]
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『史上最悪の破局を迎えた13の恋の物語』

ジェニファー・ライト著 二木かおる訳
四六判 328ページ 本体2,500円+税 ISBN: 9784562055920

ネロとポッパエア、ヘンリー八世とアン・ブーリン、オスカー・ワイルドとダ
グラス卿など、歴史に名を残すカップルたちの別離にまつわる13の逸話。傷心
ゆえの悲しみ、愚かさ、みじめさに突き動かされた人々の奇異な運命を描く。

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その27「究極の食べ物」

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 痛みと笑い―川上亜紀詩集『あなたとわたしと無数の人々』(七月堂)

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

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■トピックス
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■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その27「究極の食べ物」

 究極の食べ物ときいてどんな物を想像するだろう。

 芳しい香りを漂わせ、素晴らしい歯ごたえを持ち、口の中ではとろけてしま
うようなもの。

 それは肉?魚?野菜?果物?それともお菓子だろうか?

 究極の食べ物はそれだけで完璧なので、料理をしなくても食べられるものと
して物語の中に現れる。

 例えばまず思いつくのは、聖書の中のマナだ。

 これは神が与えてくれた食べ物で、空から降ってきた露が大地の上に広がっ
た後に、乾いて残った霜のようなものだという。薄くて壊れやすく、コエンド
ロの種のように白くて、蜜の入ったウエファースのような味がしたと書かれて
いる。

 マナは翌朝まで残すと虫がついて臭くなるので、戒律を守って週六日だけ拾
い集めなくてはならない。そして、安息日の前の日だけ、蓄えることができる
という。

 このマナだけで四十年生きていけたという。

 あまりにありがたいものだけれど、これだけでそんな長い間を耐えられたの
だろうか?

 私はつい、あきなかったのかなと考えてしまう。

 次に、妖精界の究極の食べ物を見てみよう。

 トールキンの『指輪物語』の中に出てくる究極の食べ物といえば、もちろん、
旅ゆく二人のホビット、フロドとサムに、エルフが持たせてくれた携行食糧
「レンバス」だ。 

 それは、

「非常に薄い焼き菓子の形をしていて、外側がうすいとび色に焼け、中がクリ
ーム色をしており、あら挽きの粉でできていました。」

 保存食でもあり、高カロリーで滋養も高く、少し食べればかなりの距離を歩
くことができるという優れもの。この言葉で想像するのは、おいしそうなビス
ケットのような物なのだが、ホビットの二人は、辛い旅程の最後には、これし
か食べられないのに嫌気がさしてきてしまう。 

 サムが

「今は違ったものが食べたくなりましただ。何にもついてねえ、ただのパンを
ちょっぴり、それからジョッキ一杯のーいいや、半杯でもええービールがあれ
ば、さぞ結構だと思うことでしょうて」

と、言い出すのもしかたないだろう。 

 何せ、ホビットは本当のところ、ものすごく食いしん坊なのだ。そもそもの
この物語の発端である『ホビットの冒険』に出てくるご馳走ときたら、滅茶苦
茶食欲をそそられる。 

 魔法使いガンダルフだけをお茶に招待しただけのつもりだったホビットのビ
ルボのところに、ドワーフ小人たちが次々に現れる。

 彼らが要求する物は……。

お菓子に、丸い大きな種入りの焼き菓子にビール、バタつきホットケーキ、コ
ーヒー。一息ついたところに現れた別のドワーフは「赤ブドウ酒を」と言い、
別のものたちは「イチゴジャムとリンゴのパイを」「ほしブドウ入りのパイと
チーズを」「ポークパイとサラダを」「卵」「とりのむしたのとトマトも」等
々と口々に注文してくる。

 さすがのビルボも

「うちの食物ぐらのなかみを、わたしよりくわしく知っているみたいだぞ」
と、怪しむほど、食物ぐらをスッカラカンにしてくれる。 

 つまり、こんな多種多様な食べ物で常に食物ぐらを満たし、一日に何度もお
茶をし、食後のおつまみを用意しないではいられないのが、ホビットなのだ。
彼らにとって、どんなに芳しくおいしい究極の食べ物でも、「レンバス」だけ
で旅をするのはきつすぎるのが、ご納得いただけたろうか。  

 『指輪物語』の中で二人がおいしそうにレンバスを食べるのは、「二つの塔」
の巻に出てくる子兎の香草入りシチュウが出てくる場面だけだ。
 ゴクリが捕まえてきた小さな子兎をサムが二羽鍋に並べて、香草と貴重な塩
を放り込んで煮込んだシチュウ。フロドとサムの二人はスプーンとフォークを
かわりばんこに使ってそれを食べ、最後にレンバスを贅沢にも半分こずつおご
ることにしたとある。
「宴会と言ってもいいくらいのご馳走になりました」
と、書かれているところを見ると、やっぱりレンバスはデザート代わりの美味
しいお菓子なんだろうなと思うのだ。

 その後は過酷な旅が続いて、干し果物に細く切った干し肉という糧食を食べ
ることもあるけれど、二人はレンバスと水だけで残りの行程を乗り切っていく
ことになる。

「サムの心はともすれば食べものの思い出と、ただのパンと肉への渇望に満た
されるのでした。」

 わかるよ、サム。

 そもそも、このレンバスとは「旅人たちが他のものを食べたり混ぜたりしな
いで、これだけを頼り切っていれば効力が増し、意志や耐える力を与えてくれ
て肉体を不可能なまでに使いこなすことができるようにするもの」なんだそう
だ。これだけを食べることが重要なのだ。デザートではなく。

 だから、最後までがんばってくれ。

と、この長い物語を読んでいるほうもへとへとになりながら、思ったものだっ
た。

 でもこんなものは、科学的に考えられた究極の食べ物の悪夢に比べれば、天
国の味わいだ

 そんな悪名高い食べ物を生み出したのは、ロシア(ソ連と言うべきか)のSF
作家ベリヤーエフ。

 悪夢のように膨れあがった『永久パン』の物語を見てみよう。 

 物語の舞台は、ドイツのある島。住民はほとんどが漁師で、海が荒れれば漁
に出られず、生活はきつくなる一方だ。そんな彼らの村で、何故か最近めきめ
きと太ってきた老人がいる。怪しく思った漁師たちがそのハンス老人を問いつ
めてみると、彼が差し出したのは鍋に入った奇妙な「ねり粉」。それは、島に
暮す科学者が作った実験中の食べ物で、ハンスを哀れんだ博士が実験的に分け
てくれた「永久パン」というものだった。 

「半分食べると、お前は一日中お腹がくちくなる。おまけに、一昼夜たつと、
ねり粉は増えて、かんはまたいっぱいになる…」

と、博士が言うように、これは、栄養価も十分で食べれば健康になり、老人や
赤ん坊の胃にさえ吸収されやすいという優れものなのだ。その上、次の日には
空気の中の栄養分を吸って増えてくれるらしい。形状は、

「まるで、蛙の卵のようで、とても気味が悪いのじゃ。」

が、味は、

「それはそれはおいしくて、ちょうどすり下ろした焼き林檎のような味がした」

と、なかなか心をそそる甘味があるようだ。 

 これを見つけた島の住民は、無理矢理手に入れて増やそうとする。さらにこ
れを知った世界中の人間がこのパンを欲しがり、それを独占しようとした企業
の手先が島に乗り込んできて……と、話の方もすごい勢いで膨れあがっていく。

 そして、ある日永久パンも人知れず膨れあがっていき、島の人々は、逆にそ
れを食べるのに四苦八苦することになる。

 この本が面白いのは、主人公たちが漁師だということだ。目の前には豊かな
海が広がっているのに、魚を食べずに永久パンを食べたり売ったりすることに
夢中になって、漁を忘れてしまう。

 私がこの島の住人だとしたら、まず永久パンの味に飽きてしまうだろう。舞
台が日本だったら、島の住人は永久パンで余った食費でおいしい刺身が買いた
くなり、高級魚が売れて漁が盛んになっていくんじゃないかなんて思ってしま
う。

 けれどこの物語では、海は打ち捨てられたままだ。

 やがて、増えすぎたパンが人も家も飲み込んでしまい、捨て場に困ったパン
は海に捨てられ、海の滋養を得たパンはますます膨れあがって増えていき、や
がては、人類の滅亡の危機を予感させていく……。と、話は進んでいく。 

 もうこれは絶対、パンを発酵させる場面を見ていて思いついたなと感じる物
語だ。

 この物語が収められている一九六三年度版の「ベリヤーエフ少年科学空想小
説選集6」の解説には、「酵母とクロレラ」が載っている。四〇年たった今で
も、クロレラは相変わらず不人気で、ここでのご推薦の宇宙食にもなっていな
い。

 人間は科学的に優れたものよりも、食べ慣れた物(例えばラーメンやアイス
クリーム)をもって、宇宙に行きたがるからだ。

 この永久パンを一度は味見してみたいと思うのだけれど、お腹の中で膨れあ
がってはじけてしまったらどうしよう等と思ってしまう。永久パンは大気中の
栄養素をもとに作られるというのだから、逆に食べたものを内部から食い尽く
すのではないかという恐怖心も起こる。そして、体の中から膨れ上がっていく
のではないだろうか?一応原作では、そちらの作用はないことになっているみ
たいだが…。 

 それにしても、食べ物の方が人間を飲み込んでしまうという恐怖は耐え難い。

 物語の中の宇宙では、ロバート・シェクリイの『人間の手がまだ触れない』
のように、食べるという観念の違う宇宙人に出会ってしまうこともある。

 赤色矮星に辿り着いた腹ぺこの地球人二人が、無人の倉庫で見つけた食料を
食べようとする。宇宙語の辞書を片手に缶詰の説明を読みながら。でも、そこ
にあるのはゼリーのようなゴムのようなくすくす笑う赤い物体や、「誰でもヴ
ージイを飲む」と書いてある桶から現れ、躍動して襲ってくる液体のようなも
のばかり。実は、この星の住人は毛穴からしみ出した何かを、「飲むより飲ま
れる方を好んでいた」らしく、桶には実は「ヴージイは誰でも飲む」と書いて
あったのだ。

 膨れあがった永久パンに飲み込まれるのが好きな宇宙人もいるのかもしれな
い。 
 
 「食べる」という概念まで狂ってしまった宇宙に行き着いてしまっては、究
極の食べ物を目指す旅は、どうも続けられないようだ。 

 そろそろ、ここらで旅の終わりとするにしよう。

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『指輪物語』J・R・R・トールキン著           評論社
『ホビットの冒険』J・R・R・トールキン著        評論社
『ベリヤーエフ少年科学空想小説選集6』
             アレクサンドル・ベリャーエフ著 岩崎書店
『人間の手がまだ触れない』ロバート・ シェクリイ著   ハヤカワ文庫SF
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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■声のはじまり / 忘れっぽい天使
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第115回 痛みと笑い
     ―川上亜紀詩集『あなたとわたしと無数の人々』(七月堂)

 芸術家の伝記的事実はしばしば作品の鑑賞に影響する。歴史的・社会的な背
景だけでなく、交際相手との関係などのプライベートな事実も、作品の印象を
大きく左右するものである。ゴッホが自ら耳を切ったとか、ショパンがサンド
と恋人関係にあったといったようなことは、最早作品と切り離せない。作品は
作者によって創造されるわけだが、作者もまた作品の一部なのかもしれない。
しかし、作者の実人生に拘り過ぎると作品に込められた作者の本来の意図を読
み損なう危険も出てくるので難しいものである。

 詩集『あなたとのわたしと無数の人々』(七月堂)の作者川上亜紀は、詩集
の刊行前に50歳の若さで亡くなっている。実はぼくは彼女の知人なので、その
事実を知った時は大きなショックを受けた。彼女は長い間難病と戦っていた。
最後の本となってしまった今度の詩集も、本人を知っている身からすると、詩
のどの言葉も自らの遠くない死を予感したものに思えて、涙が出そうになって
しまう。しかし、本詩集には闘病について触れている詩は一編もない。切迫し
た実人生から離れて彼女が詩の中で生きようとした人生とは何だったのか、そ
れについて考えてみたい(作者を「川上さん」と呼びたいところだが、本コラ
ムは敬称略で書いているため、それを踏襲する)。

 『あなたとわたしと無数の人々』は生活の機微を現代小説のような緻密なタ
ッチで描くことを基調としているが(彼女はもともと小説家を目指しており
『グリーンカルテ』(作品社)という著作もある)、突如として奇抜なイメー
ジを挿入し、大胆な流れを作ることを大きな特色にしている。「蜂たちはどこ
へ?」は、「閉め切った家を掃除しに行った」ことを回想する詩。ベランダに
古い蜂の巣が落ちていて作者は捨ててしまった。「わたし」はそのことを不意
に思い出し、「蜂たちはどこへ?/暗黒の宇宙に飛び出してしまったのか」と
問う。そして眠りにつく直前、「宇宙を飛んでいく蜂たちの羽音が聞こえて/
暗闇のなかで目を開けるがもちろん/なにも見えはしないのだ」ともう一度思
い起こすのだ。蜂そのものを見ていない。巣を片付けただけだ。が、その何気
ない行為が心に引っかかりを与え、怖いような勇ましいような、暗黒を搔き乱
す「羽音」を生み出す。現時点は春、掃除しに行ったのは「昨年の寒い曇天の
日」で時空の交差も面白い。

 「寒天旅行」も大胆な発想が魅力の詩。「わたし」は新幹線に乗って窓の外
の雪景色を眺めている。その雪の様子から寒天ゼリーを連想した「わたし」は
「そのなかにわたしも静かに入って温かくなるまで固まっていてもいい」など
と考えた挙句、「梅田駅周辺をよく混ぜあわせて砂糖を加えたものに心斎橋の
スライスと中之島公園を細かく砕いた大坂のキタを散らして寒天ゼリーで固め
て皿に盛る」という「大阪の寒天ゼリーよせ」という名の珍妙なスイーツ(?)
を考案する。大坂への旅行は「寒天旅行」に早変わりしてしまった。

 「水道橋の水難」は、水道橋の駅に「巨大な水道の蛇口のオブジェ」が「あ
るような気がしていた」けれどそんなものは見当たらなかった、と始まる。水
道橋には校正教室があり、「わたし」はそこに通っている。本を出したことの
ある「わたし」にとって、細かなミスも見逃さない校正者は「神」のような存
在なのだ。「わたし」の履いている靴は擦り減っており、「こんな靴では、そ
う、神にはなれないよ」とやや落ち込んだ調子で呟き、詩人としての自信もな
くしかけたところに、「振り返ると空には大きな水道の蛇口が浮かび/誰かの
大きな手がその蛇をひねるのが見えた」と、何だこれ、と叫びたくなるような
急展開がやってくる。街には大量の水が溢れ、「わたし」は欲しかった赤い靴
への未練もなくなり、校正教室も通り過ぎ、「クマ泳ぎネコ泳ぎしながらずっ
と遠くまで行くだけさ」と、スッとした感じで終わる。

 「ベートヴェンの秋」は、マンションの修繕工事中に、部屋の中でベートー
ヴェンのピアノソナタのCDを聞くという設定である。工事の騒音を聞いた
「わたし」は、「子どもを産まず子どもを育てず昼間から家にいる女を攻撃す
る会」みたいな連中が来たのかと思ってしまう。ドリルの音は「ワルトシュタ
イン」ソナタのパッセージに似ており、「わたし」は「独身で子どももいなか
った」ベートーヴェンに、ドリルに対抗してもらう気になったりする。やがて
工事員は帰り、夕闇の中に静かな「月光」ソナタが流れる。子どものいない女
性を揶揄することは差別の典型だが、残念ながら世間一般ではそうした差別や
偏見が後を絶たない。工事の音を聞いて世間から攻撃されている気分に陥った
「わたし」は、同じ芸術家で独身でもあったベートーヴェンに助けを求めると
同時に癒しを得る。工事が終わり、戻ってきた静寂は、「わたし」に今のまま
で良いと、慰めてくれるかのようだ。

 「馬たちは草原を越えてゆく」は、子どもの頃、かわいがってくれた叔母を
訪ねたことを、大人になった現在の視点で描いた詩。家には何頭もの木彫りの
馬があり、子どもの「わたし」は絨毯の上に並べて遊ぶ。絨毯を草原に見立て、
馬たちが助け合って進む様子を「ハヤク行かないともう雪が降る/病気で倒れ
てしまった馬のそばにべつの馬がかけよってゆく」といったように、物語風に
展開させていく。一方で、訪ねた時のことやその周辺を小説的に描出していく。
「うちは子どもがいないから と叔母はよくわたしにそう言った/大人になっ
たら自分も誰かにそう言うのだろうか/わたしは密かに考えたりした(誰にわ
たしはそう言うのだろうか)」というくだりにドキリとさせられる。子どもの
頃の視点と大人になった現在の視点が重なり、叔母の人生と自分の人生が重な
る。思うようにいくこと、いかないこと、人生にはいろいろあるが、それでも
「馬たちはゆっくりと草原を越えてゆく」の一行で詩は締めくくられ、そうし
た全てのことを受け止めている「わたし」の姿が浮かび上がる。

 表題作の「あなたとわたしと無数の人々」は父母の会話の中によく出てくる
「オガワのトラさん」にまつわる詩。留置場に入れられたことがあり、ベート
ーヴェンの第九を歌うのが趣味、ドイツに行ったこともあったが、もう「シン
ジャッタ」という。「わたし」にとっては小耳にはさんで少し興味をそそられ
る程度の人物で、深く詮索するほどの関心はない。本名さえわからない。しか
し、堆積した記憶の中で「それでもオガワのトラさんは雲の上で第九を歌って
いて/いまでは父もそこに加わって夢のオーケストラを指揮していて/さきに
いっていたSさんは雄猫のルリを撫でてくれているのだ」と神話の人のような
存在になっていく。「わたし」は「このさきにはもうほんとうに恐ろしいこと
などありはしないと思う」とシリアスになりかけるが、直後、詩は「オガワの
トラさんは雲の上で…。」と軽い調子で締めくくられる。この気分の交代の描
出は重要である。「雲の上」に行くことは恐ろしいことなのだが、「雲の上で
歌うオガワのトラさん」を楽しく想像することは生者の特権だ。誰しもいつか
は「雲の上」に行かざるを得ないが、今はとりあえず「雲の下」で生きている
のである。

 この詩集の作品は全て何らかの意味で、素の自分を受け止めようとする意志
を示している。それはあっけらかんとした楽観性とは無縁のものである。求め
たが得られなかったもの、望んだが叶わなかったこと、そうした苦さを含んだ
自己肯定なのである。ありのままの自分を認めるということは、本来そうした
ものではないだろうか。そこには、残されたもの、得られたもの、抱きとめて
くれるものがある。つまり、自分のかけがえのない居場所を発見できるのであ
る。それは挫折を噛みしめたことのある者だけが味わえる幸せだ。痛みを伴っ
た幸せではあるけれど。

 そんな切ない心情を、川上亜紀は、涙ではなく笑いで表現する。それもかな
り大胆でダイナミックな笑いだ。そこに彼女の詩人としての特質がある。涙は
読者に一定の心情への同一化を促すものだが、笑いは話者と読者の間に適当な
距離を作る。そして、一定の気分に凝り固まる状態から解放させてくれる。あ
りのままの自分とは、行き当たりばったりに生きて自由に感じる、躍動的な自
分でもあるのである。痛みを持って過去を振り返り、自分に残されたものを抱
きしめた上で、そこから飛躍して軽やかに呼吸する。川上亜紀は、そんな人生
を詩の中で生きようとしたのではないだろうか。

*『川上亜紀詩集 あなたとわたしと無数の人々』(七月堂 本体1200円)

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:
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 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

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■あとがき
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 発行準備作業中に飛び込んできた、北海道胆振東部地震のニュースに驚きま
した。

 現地では、停電、断水、余震と大変、不安な状況かと思います。しかし、パ
ニックにならず、用心はしつつ、お健やかに過ごされることを祈っております。
(aguni原口)

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