[本]のメルマガ

配信済のメルマガのバックナンバーを見ることができます。また、記事に対するコメントもお待ちしております。
<< [本]のメルマガ vol.687 | main | [本]のメルマガ vol.690 >>
[本]のメルマガ vol.689


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■■------------------------------------------------------------------
■■ [本]のメルマガ                 2018.08.05.発行
■■                              vol.689
■■  mailmagazine of books        [明日を生きるための力 号]
■■------------------------------------------------------------------
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp/

『あなたはなぜ「カリカリベーコンのにおい」に魅かれるのか
 :においと味覚の科学で解決する日常の食事から摂食障害まで』

レイチェル・ハーツ著 川添節子訳 四六判 本体2,200円+税

食べたい! 食べたくない! そのどうしようもない欲求も、脳をだませばう
まくいく。嗅覚心理学の第一人者が、本当に「満たされる」ための食の科学を
指南する。最新の科学で明らかになった人間の食行動とその理由。

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その26「探偵たちの食生活」<その三 スペンサー>

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 『ライフデザイン スタンフォード式最高の人生設計』

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
■出版関係勉強会「でるべんの会」
└──────────────────────────────────
「出版界のスリップ廃止問題」に関する意見交換

ここ数か月の間に、一部の出版社が書籍に封入するスリップを廃止する動きが
見られ、このことが書店から賛否様々な声が挙がっている。スリップがなくな
ることで在庫管理や発注等が不便になってしまうと訴える書店がある一方で、
すでにPOSデータで管理している書店からは「抜き取って捨てるだけの無駄な
労力、なくてよい」という声もある。
出版業界紙でも記事として取り上げられたこの問題だが、一定の結論を出すに
は議論が尽くされていないのではないか。書店、取次、出版社がそれぞれ自分
の立場を主張し、お互いに理解をしあい、課題を整理する必要があるのではな
いか。
今回「でるべんの会」では、この「スリップ廃止問題」の現状をとらえるため
に、『スリップの技法』を著したフリーランス書店員・久禮亮太氏をゲストに
むかえ、参加者皆さんとの意見交換・討議を行いたい。

○日時:2018年8月6日(月)19:00〜20:30 ※終了後、希望者で懇親会予定あり
○場所:東京・水道橋 貸会議室「内海」 http://www.kaigishitsu.co.jp/access/
○参加者:久禮亮太(フリーランス書店員)、梶原治樹(でるべんの会幹事・
 (株)扶桑社)ほか
○参加費:勉強会のみ 1000円 (懇親会は当日実費徴収)
○申し込み方法:下記サイトよりお申込ください
https://www.kokuchpro.com/event/9c6591ea52e7b0cdb901090363f28b5d/

----------------------------------------------------------------------
■第6回文化通信フォーラムのご案内
└──────────────────────────────────
第6回文化通信フォーラムのご案内

これからの雑誌ビジネスを考える1
『レタスクラブ』がトップシェアをつかめた理由

KADOKAWAの『レタスクラブ』は2017年下期ABC部数が
前年同期比143.2%に達し、web版も月間PVが前年の3倍に
跳ね上がっている。松田紀子編集長と、ウェブ版の責任者が、
紙とデジタル両面で成長させた理由と雑誌ビジネスについて
語ります。

■講師
 KADOKAWAビジネス・生活文化局 生活情報ブランド部部長
  松田紀子氏
 KADOKAWAビジネス・生活文化局デジタル・カスタム部部長
 大家太氏
■日 時:8月21日(火)16時〜18時(終了後懇親会)
■会 場:文化産業信用組合会議室 3階会議室
 〒101-0051 千代田区神田神保町1-101神保町101ビル
■参加料:5000円(懇親会費5000円)
■問い合わせ=電話03(3812)7466
■お申し込み=https://goo.gl/qs1Rvk

----------------------------------------------------------------------
■第 7 回文化通信フォーラムのご案内
└──────────────────────────────────
第7回文化通信フォーラム
これからの雑誌ビジネスを考える2
NewsPicksが紙の雑誌を出した理由

 NewsPicksは6月に雑誌『NewsPicksMagazine』を創刊。
書籍「NewsPicksBook」も14点を発行し、ベストセラーが
相次いでいる。佐々木紀彦CCOに紙の書籍、雑誌を出す
理由と、これからのメディアのあり方について聞く。

■日時:9月10日(月)16時〜18時(懇親会18時30分から)
■会場:文化産業信用組合会議室
 〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-101神保町101ビル
■参加料:5000円(別途懇親会あり・会費5000円)
■問い合わせ=電話03(3812)7466
■詳細・お申し込み=https://goo.gl/mUAqtX

----------------------------------------------------------------------
■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

----------------------------------------------------------------------
■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
----------------------------------------------------------------------
その26「探偵たちの食生活」<その三 スペンサー>

 数ある探偵小説の中で料理をする場面が一番多いのは、ロバート・B・パー
カーが生み出した、ボストンのタフな探偵スペンサーの物語だろう。
 スペンサーの人気は凄いもので、一九七三年に『ゴッドウルフの行方』でデ
ビュウし作者が亡くなった一年後に出た『春嵐』(二千十一年)至るまで、全
三十九作が翻訳され文庫化もされている。
 
 これは、読者にとってはとてもありがたいのだ。

 登場人物が探偵とその恋人のスーザン、そして凄腕の殺し屋の友人のホーク。
その他おなじみのギャングとその部下の殺し屋たち。ほとんどそのメンバーさ
え覚えておけば、いつこのシリーズの中の一冊を手にとっても楽しめる。出張
先や所用で出かけた知らない街の本屋や図書館にも必ずあって、時間つぶしの
一冊としていつでも気楽に手に入れることができるのだ。
 
 そして、私にとってうれしいことに、必ず料理をする場面かレストランかバ
ーに行く場面があり、おいしそうな食べ物が沢山出てくるのだ。
 
 用事があって時間をつぶさなくてはいけない時、例えば家族の為に病院に薬
を取りに行って延々と待たなくちゃいけないような時、おいしそうなものを食
べたり飲んだりする小説はとても力になる。面倒くさい仕事をした後の食欲も
なくした帰り道にそういう本を読めば、まあ料理はともかく何かおいしいもの
を買って食べようかなという気にはなるのだ。
 
 そういう便利で力をくれる本について私が頂点に置いているのはもちろん池
波正太郎の作品群なのだが、それはまた別の機会に語ることにして、ボストン
に住むタフな探偵の食生活を見ていくことにしよう。

 実はこの作品は殆ど全巻読んだことがあると思っていたのだが、なぜか第一
巻である『ゴッドウルフの行方』を読んでいなかった。そこで、この探偵のデ
ビュウ作を読んでみると、まず気づかされるのは、スペンサーが自分のために
しっかりと料理をしていることだ。朝起きると、きちんとハムエッグやししと
うがらしとトマト入りのスパニッシュオムレツやホットビスケットなどを作り、
コーヒーを飲んでから、依頼人の求めに応じて町に出る。
 そして、依頼人の娘テリーを保護した時には、彼女のためにも料理をする。

「冷凍庫からトリの骨なしの胸肉を四つ取り出した。ワイン、バター、クリー
ム、マッシュルームと一緒にトリ肉を煮た。火が通るのを待つ間にサラダの材
料を用意し、ライムジュース、ハッカ、オリーヴ油、蜜、ワイン酢でドレッシ
ングを作った」

 ほとんどレシピのような記述だ。

 このトリ料理はたぶん私も作ったことがある。でもドレッシングの材料はな
かなか珍しいし、よくこれだけのものを家にそろえているなあと思う。それだ
けでも、スペンサーが常に家で料理をする人間であることがわかる。

 この第一巻を読んで思ったのだが、ハードボイルドな女流探偵たちは皆この
作品に影響を受けているようだ。

 例えばスペンサーが依頼人であるテリーの父に呼び出され、豪邸の一室で高
価なブランディを薦められて飲む場面。

「極上等の酒で、喉を通るときに液体のような感じがほとんどしない。このよ
うなブランディを人に出すところをみると、まんざらくだらない人間でもなさ
そうだ」なんてスペンサーは思うのだが、もちろん皮肉なんだろう。

 サンタ・テレサの探偵キンジーやシカゴの探偵ヴィクにも、大金持ちの家に
呼びだされ、まだ午前中だったり昼間だったりするのに高価なワインやブラン
ディを一緒に飲む場面がある。そして同じように、こんな高価なもので朝から
うがいをする気にはならないと心の中で皮肉を言うのだ。

 さらに、この物語のギャングに呼び出され脅される場面など、あまりにヴィ
クの物語と似ていて呆れていたら、作者のサラ・パレツキーが来日時に一番影
響を受けた作家として、ロバート・B・パーカーをあげていたということを知
った。

 後続の作家たちは皆ここから学んだのだろう。

 ところで、この作品ではハードボイルドの常で、女たちは皆、依頼人の妻や
娘までスペンサーの腕の中に倒れ込むのだが、あまり楽しそうでもない。誘惑
や恋の匂いがしない、まるで相手を慰めるために仕方なく応えているような情
事のシーンになってしまっている。

 そこで、作者は第二巻である『誘拐』でスペンサーにある女性と恋に落ちさ
せる。そして、その女性が永遠の恋人として、ほとんどすべての作品に顔を出
すことになって行く。

 彼女の名前はスーザン。黒髪で浅黒い肌のユダヤ人。年齢は三十代後半。出
会った時にはスクールカウンセラーだったが、やがて、ハーヴァート大学で博
士号をとり、精神科医を開業する。
 スペンサーに言わせると、
「頭がよくて、いくぶん自己中心的、気性が激しく、頭の回転が速くて、ひじ
ょうにタフ、ひじょうに愉快、とても料理が下手で、美しい」
のだそうだ。
 そういうわけでその後の巻では、ほとんどスペンサーは彼女のために料理を
する。

 回が重なるにつれ、スペンサーのスーザンへの愛着に読者が飽きないように
するためか、スーザンは大学の講座に通う頃からスペンサーと距離を置くよう
になり、やがてはサンフランシスコに就職して彼の元を去り、二人はそれぞれ
浮気をするのだが、またよりを戻して延々と食事とベッドを共にすることにな
る。

 熱心な読者も、呆れながらそれに付き合わざるを得ず、仕方なく、あれこれ
彼女のことを考えるはめになる。
 あまりに魅力がない彼女のことを、白いドレスを着ていたからハードボイル
ド小説に特有の運命の女なのだと読み解くあとがきまである。(『誘拐』文庫
版あとがき「宿命の女、スーザン」香山二三郎著)
 又、スーザンの拒食症じみた振る舞いとその幼児性を指摘し、さらに彼女が
いなくなる日を望む実に痛快なあとがきもある。(『虚空』単行本あとがき
「スーザンが餓死する日」北川れい子著)ちなみに、この文章は実にスカッと
するので、スペンサーを愛する読者は是非ご一読を。
 
 さて、そんな彼女と最初のデートのためにスペンサーが作ったのは、ポーク
・テンダーロイン・アン・クルート。ブタのフィレ肉をパイ皮で包んで焼いた
もの。なんと、パイ皮から自力で作っているところが驚きだ。青リンゴと人参
とオニオンのシードル煮も添え、カンバランドソースを作り、大きなトマトを
スライスしてドレッシングをかけたサラダも用意している。フランスパンも買
って来て、飲み物はウォッカギムレットにラインのワイン。
 レストラン級の料理で、私もスーザンと一緒に驚いてしまった。

 探偵に料理を教えたのは、父と叔父たちだという事だ。母親は交通事故で亡
くなってしまったから彼は男手のみで育てられ、大工だった父や叔父は何もか
も自分で作ることを彼に教えたらしい。その後は独学でメニュウを増やしてい
ったようだ。

 さて、スペンサーはほとんどの作品で料理を作り続けるのだが、そのあまり
の魅力に『スペンサーの料理』というレシピも付いたエッセイ集が早くも一九
八五年に出ている。さらに、二〇〇八年には『ロバート・B・パーカー読本』
という解説書が出て、その中にも「新・スペンサーの料理」という章があり、
スペンサーの作る料理の背後にあるアメリカを知るのに最適なエッセイが楽し
める。

 けれど、これだけの膨大な物語の中で料理を作り続ける探偵に対し、シリー
ズの中でだんだんスーザンが拒食症じみた振る舞いをし始め、またまたスペン
サーが「食べないスーザン」を全面的に肯定している様子には、なにやらぞく
りとした感触を覚えてしまうのだ。

 例えば、飲み物について。

 スペンサーはスーザンの個性として、彼女は冷たい飲み物が嫌いで、オレン
ジウォッカやダイエット・コークでさえぬるいのを飲むと言っているのだが、
この初登場の『誘拐』では、スーザンは赤ワインを氷で冷やして出したスペン
サーに、自分も同じ趣味だと言っている。そして彼女は決してビールを飲まな
いということになっているのだが(三十一巻『背信』)、六巻目の『レイチェ
ルウォレスを探せ』では、ボストンのクインシイ・マーケットのスタンドで牡
蠣を食べながら、ちびちびとした飲み方ながらもビールのお代わりをしている。

 けれども、そんな初期の健啖家のスーザンはどんどん消えて行って、何もか
も少しずつしか飲まなくなり、お気に入りのリースリングの白ワインも「ごく
少量しか飲まない」ようになり、二十五巻目の『ペイパードール』では、二〇
分かけてやっとグラスの四分の一のシャンパンを飲んでみせ、その後も一ミリ
グラム単位で飲んでいく。一ミリグラムってどうやって飲むのだろう?今度シ
ャンパンを飲むと時に試してみようと思うのだが、こんな飲み方では泡もなく
なってしまうだろう。

 あげくの果てに二十九巻の『笑う未亡人』では「スーザンはマティーニのミ
クロ飲みをやっていた」となるのだ。ミクロではもう試す気にもならない。
 
 食べ物についても同様だ。どんどん食べる量が減って行って、レストランで
の食事の仕方を見ると、小食を通りこした彼女の食べ方は決してエレガントで
はなくて気味が悪い。でも、スペンサーはそんな「小鳥の量くらいしか食べな
い女」のために料理をし、レストランで彼女が食べない様子をうっとり見つめ
続けるのだ。

 スペンサーほどの大男と食べる量が違うのがわかるし、アメリカのステーキ
なら半分で十分だろうから、その残りはスペンサーに食べてもらえばいいし、
飼い犬のお土産に持って帰るのも賛成だ。
 二十二巻目の『虚空』で、レモン・ローステッド・チキンの皮を切り離して
いるスーザンを見ながら、スペンサーが「彼女は体重にかけては用心深く、絶
対に脂肪を食べない」と言い、なにか皮肉めいたことを語っているのはダイエ
ットについての男性のあたりまえの反応だろう。
 けれども、三十一巻の『背信』の朝食場面で、スペンサーが「ポーチドエッ
グ付きのコーン・ビーフ・ハッシュを、スーザンが時間をかけてベイグルの半
分を食べていた」というくらいの食べ方の差ならわかるのだが、「彼女はベイ
グルの端をちぎって、クリーム・チーズを目薬の一滴ほど塗り付けた」と書か
れてしまうと、少々病的なダイエット風景に思えてきてしまう。

 最後の作品の『春嵐』でも、車の中でサブマリンサンドイッチをばらばらに
してまるでサラダをつまむように食べる行儀の悪いスーザンの様子が描かれる。
いわゆる炭水化物ダイエットでもしているのだろうか?

 あげくに、スペンサーと入ったレストランで「夢のようなブランチ」を食べ
る場面を見ると、確かに彼女の食べ方は小鳥のようになってしまっている。

「スーザンはベリーのシャンパン・サバイヨン仕立てを副菜に取っていた。そ
れだけで彼女の一食分を超えるかもしれない」
「スーザンはまだ細々とベリーを食べていた。ときおり粒にサバイヨンをわず
かに乗せ口に運んでいる」

 その間に、スペンサーはパッションフルーツのカクテルを飲み、マグロのタ
ルタルソースがけを食べている。レストランにやって来たギャングにすすめら
れた神戸牛の肉団子も食べたかもしれない。

 その間にスーザンは、ブラックベリーを半分食べて微笑む。

 スペンサーはステーキと卵にとりかかっている。

 そして、スーザンはいちごとブルーベリーを食べるのだ。

 せっかく精神科医になったのに、なぜスーザンはこんな拒食症じみた女性に
なり、スペンサーもそれを受け入れているのだろう。時たまスーザンが人並み
の食欲を見せると、スペンサーはうろたえるようになって行く。

 それぞれの家にとまりに行く夜、スペンサーはたいてい夕飯を作る。スーザ
ンの家では持ち帰り料理や出前をとることが多い。けれど日曜の朝には、スペ
ンサーがコーン・マフィンを焼いたり、ブルーベリー入りのパンケーキを焼い
たりする。家族なら普通の場面だけれど、恋人同士としては異様なのかもしれ
ない。餌を与えられ過ぎて嫌になった小鳥のように、拒食症じみていくスーザ
ンという風にも読めてくる。

 今回、記憶になかった本は取り寄せて殆ど全巻を読み直したのだが、作者の
スーザンの描き方には矛盾が多い。例えば彼女は料理が苦手なのだがまるきり
しないわけでもなく、二回目のデートでスペンサーを自宅に招いた時にはカス
レを用意している。まあ、出来合いのものだったかもしれないが。その他にも
同居を試みた『ダブル・デュースの対決』では、自分のためだけにパスタとサ
ラダを作っている。だが、作者は残酷なことにこの作品の中でスーザンにスペ
ンサーのために料理をさせている。新聞に載っていたというレシピで作ったブ
ランズウィックシチュウはもちろん失敗で、ルーがダンプリングのような塊に
なって浮かんでいるものとなった。これは家庭料理なら許される範囲だと思う。
けれど、スーザンはまずいと思いながら食べるスペンサーに我慢ができない。
というわけで同居は解消され、彼女は料理ができない女性という事になって行
き、三十巻の『真相』では、

「私、生まれてこの方、サンドウイッチを作ったことは一度もないと思うわ」

 とまで言うようになって行く。これは真っ赤な嘘で、それ以前の巻には何度
もサンドイッチを作る場面が出てきているのだ。

「スーザンはなぜスペンサーのために料理をしないのだ」とか「フェミニズム
の影響で料理をしないのか」という疑問や見解を抱く男性の読者が多いようだ
が、前述のようにスーザンは料理をしているし、『笑う未亡人』では、ノーカ
ロリー・バター風味・スプレーをふりかけたハムや卵のフィンガー・サンドイ
ッチを用意して、サイクリングにスペンサーを連れ出している。

 作者がそんなスーザンの過去を無視して、まるきり料理をしない女性に彼女
を仕立てて行き、スペンサーと食事をするときには極度の小食となる女性にし
ていったと読むべきだろう。

 はっきり言ってレストランで会食中に相手が食欲を示さないのは別れのサイ
ンだと思うのだが、スペンサーも作者も絶対にそれを認めず、スーザンをただ
ダイエット中の女性と言い張っているような気もする。

 そんな矛盾を感じながらこの作品群を読み直していくうちに気づいてしまっ
たことがある。それは、スペンサーが実にたくさんの人を殺しているという事
だ。もちろん正当防衛だったり、人の命を守るためだったりするのではあるの
だが……。もしかするとこの物語は探偵ものというよりも、自分自身の信念に
よって殺人も辞さない生き方をする男と、そんな男を愛する女との物語なのか
もしれない。

 スペンサーにとって、料理は明日を生きるための力だ。

 自分自身と恋人のためにひたすら料理をするスペンサーの姿には、常に死と
隣り合わせの稼業を生きている自己を肯定していく意志のようなものを感じる。
そして、全身をもって矛盾した女スーザンを愛するスペンサーは、そんな自分
を肯定してくれることを、スーザンに求めているのかもしれない。

 けれども、スーザンの拒食症じみた振る舞いは、そんな彼への微かな拒絶で
あり、衰弱と死への傾斜を表しているようにも思える。

 きっと、そのことにもスペンサーは愛着を感じているのだろう

 スーザンは殺人者でもある彼の姿を映す鏡となり、彼は鏡に映る自分の姿を
うっとりと見つめて続けているようだ。

 というわけで、皆さまには過激なダイエットなどに走らずに、おいしいスペ
ンサーの料理を楽しんでほしい。本格的な料理が面倒な場合は『レイチェルウ
ォレスを探せ』で、スーザンが作ったおいしいハムのサンドイッチでもいい。
スペンサーに言わせるとそのハムは、ミラートンで作られた「塩と糖蜜で保存
処理をしてヒッコリイで燻製にする」ものだそうだが、そこまで凝らなくても
いい。ただ、その味に思いを馳せて、普通のハムサンドイッチを食べてみて欲
しい。そうすれば、味覚の想像力によって最上の食事ができるだろう。それこ
そが、面白い本を読んだ時の本当の醍醐味なのだ。
    
----------------------------------------------------------------------
『ゴッドウルフの行方』ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『誘拐』       ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『レイチェルウォレスを探せ』

           ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『虚空』       ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ノヴェルズ 
『ペイパードール』  ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『笑う未亡人』    ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『真相』       ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『背信』       ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『春嵐』       ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『スペンサーの料理』    東理夫・馬場啓一著 早川書房
『ロバート・B・パーカー読本』早川書房編集部・篇 早川書房
『スペンサーという者だ ロバート・B・パーカー研究読本』
                  里中哲彦著 論創社
----------------------------------------------------------------------
高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

----------------------------------------------------------------------
■ホンの小さな出来事に / 原口aguni
----------------------------------------------------------------------
『ライフデザイン スタンフォード式最高の人生設計』

 「人生100年時代」とか「働き方改革」とか、キャッチコピーみたいな政
治が続いていると、個人と国家の関係について疑問を持ってしまう。なんとな
く統計とか人口動態とか言われると、自然現象なので災害よろしく抗えないよ
うな気になってしまうが、結局のところ、今と自分のことしか考えていなかっ
た政治や行政の人たちが、未来のことまで考えて政策を遂行してこなかったの
を、国民に責任を押し付けようとしているとしか見えないからだ。

 さて、そんな政治はもうとっくに終わっているとしても、ひとつ諦めてはい
けないのは教育というか文化というか、あるいは我々の生き方。つまりは自分
の人生というものだ。こればっかりは、他人にどうこう言われたくない。

 では、これからどういう人生を送りたいと考えるのか、ということは、これ
はこれで結構、考えるのがしんどい話である。

 人生のビジョンを描いたり、夢を描くツールなんてのは、仕事柄、結構、扱
ってきている。理想像を描く、という意味ではどんなツールもワークも一定の
意味と価値があると思っているけれども、心の満足度というか、こういう人生
を送りたい、というものではないような気がしていた。

 そんなとき、これからの日本人にとって必要な能力は「ライフ(人生)デザ
イン」能力なんではないか、とふと思って、検索してみたらこの本に出会った。

 ビル・バーネット&デイヴ・エヴァンス著 千葉敏生訳
 『ライフデザイン スタンフォード式最高の人生設計』(早川書房)
 https://amzn.to/2OINPWZ

 著者の2人はスタンフォード大学デザイン・プログラム内にライフデザイン
・ラボを設立した人らしい。で、この本の中心は、学生たちが将来、どんな仕
事につくべきか、ということを考えるというワークブックのようなものになっ
ている。

 この本の冒頭で「ワーク・ライフ・バランスの4つの分野」というものが紹
介されている。これが個人的に、いちばんインパクトがあった。

 その分野とは、「健康」「仕事」「遊び」「愛」。

 うーむ。と自らの人生を振り返り、うなってしまった。

 この本によると、「健康」というのは「心(感情)」「体(肉体)」「精神
(メンタル)」の3つとのこと。「体(肉体)」の健康のことは気にしてても、
「心(感情)」と「精神(メンタル)」の健康のことを気にしている人は少な
いんではないだろうか? アンガーマネジメントとかストレスケアとかの講座
のにぎわいぶりを見ると、そう思ったりもする。

 「仕事」とは、有償・無償関係なく「人類社会に対する貢献」のすべてだそ
うだ。このメルマガのコラムを書いているのも、これに当たるってことになる。

 あとの2つが問題である。

 「遊び」とは「楽しいこと」。サッカーの試合のようなものは含まないそう
だ。勝利、出世、目標達成のための活動は遊びとはみなされない。「純粋に楽
しむための活動」が「遊び」である。

 「愛」は「説明不要」らしい。「愛のあるなしは一発でわかる」とのこと。
「愛がなければ人間は活動する意欲を失ってしまう」とのこと。愛にはいろい
ろなタイプがあるが「つながっているという感覚」が含まれるという点が共通
している。

 ということらしい。このコラムを読んでいる方も自分の今の人生について、
考えてみて欲しい。

 「人生100年時代」にしても「働き方改革」にしても、経済産業書の旗振
りのせいか、「仕事」と「体(肉体)の健康」のことばかり話題に上るような
気がしているが、「心(感情)の健康」「精神(メンタル)の健康」「遊び」
「愛」については、どことなく置き去りにされているような気がしている。っ
ていうか、「遊び」や「愛」については担当省庁もないのだから、これは政府
に頼っているわけにもいかない。

 そして、この本にも書いてあるが、この4つの分野について、誰か他人が誰
かの人生を評価することはありえない。あくまでも、これらのバランスをどう
取るのかを自分で決めることが大事なのであり、それが「ライフデザイン」と
いう考え方なのである。

 ちなみにこの本では「デザインシンキング」の考えた方に基づいて、アイデ
ア創造、プロトタイピング、行動主義、選択などの手法が紹介されている。こ
れはこれで参考になる人も多いだろう。

 しかし、「遊び」「愛」をどうやって「増量」したらよいか、という方法に
ついては書かれていない。これは自分にとっては、結構、深刻な問題なんだと
いうことに気づいた。

 で、思ったのは、結構、ライフデザインにこの「遊び」「愛」が減って行っ
ている人というのは、特に男性で、年齢が高くなってしまっている人に多いの
ではないだろうか、ということだ。

 もちろん「誰か他人が誰かの人生を評価することはありえない」ので、あく
までも「そう思った」というだけのことなのだけれども、最近、仕事ばかりで
ちょっと引きこもりがちだったのを改めて、少しは「つながり」を求めて「遊
び」に出かけようと思ったので、この観点が、このコラムを読んでいただいた
どこかの誰かの、もう少し幸せな「ライフデザイン」に役に立ったら嬉しいな、
と思ったので、今回は紹介した次第である。

----------------------------------------------------------------------
■「[本]マガ★著者インタビュー」:
----------------------------------------------------------------------

 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
----------------------------------------------------------------------

 めずらしく発行日に発行です。って、当たり前といえば当たり前なんですが。

 考えてみたら、このメルマガで4000人以上の方とつながれているんだなぁ、
と思うと、それはそれで幸せなことかなー、と思ったりもします。

 執筆者も若干名、募集中です。完全に無報酬ですが、自分のコラムを発信し
て読んでもらう&書き貯めることに価値を見いだしてくださる方、サンプル原
稿とともに御応募ください。(aguni原口)

----------------------------------------------------------------------
■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4252名の読者の皆さんに配信して
おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
----------------------------------------------------------------------
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載された内容を小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
■ 今号のご意見・ご質問は5日号編集同人「aguni」まで hon@aguni.com
■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
  なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わります。
  ・5日号:aguni原口 gucci@honmaga.net
  ・15日号:畠中理恵子 hatanaka3floor@jcom.home.ne.jp
  ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
  ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
  事務局担当:aguni gucci@honmaga.net
■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
---------------------------------------------------------------------

| バックナンバー | 15:52 | comments(0) | trackbacks(0)
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://back.honmaga.net/trackback/979321
トラックバック
SEARCH
[本]のメルマガ
哲学・思想・社会などの人文書や、小説や詩など芸術の最前線、書籍の出版流通、電子出版などの「本」の現在を気鋭の出版社員、書店員が伝える、まさに[本]のメルマガです。
発行周期発行周期:月3回
バックナンバーバックナンバー:すべて公開
マガジンIDマガジンID:0000013315

メールアドレス:

メールアドレス:
Powered by まぐまぐ
※読者登録は無料です

コーチ募集(コーチングバンク) 無料 コーチング カーディーラー経営品質向上 CSR コンプライアンス 経営倫理 実践研究 BERC フリーラーニング
LATEST ENTRY
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
CALENDAR
S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< October 2018 >>
ARCHIVES
LINKS