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[本]のメルマガ vol.680

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■■ [本]のメルマガ                 2018.05.05.発行
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■■  mailmagazine of books         [お饅頭におせんべい 号]
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■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その23「女の子の料理」失敗篇

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 「ジョルジュ・ブラック展 絵画から立体への変容―メタモルフォーシス」

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

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■トピックス
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■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その23「女の子の料理」失敗篇

 児童文学の中で女の子が料理をする魅力的な場面のある物語と言えば、まず
は『赤毛のアン』だろう。
 
 六〇年以上にわたって女の子たちが夢中になって読んでいるこの本の舞台は、
何もかもが手作りだった一九〇〇年代初期のカナダ。だからこそ、まだあまり
ケーキなど作ったことのない世代の女の子たちを魅了し続けているのだ。

 例えば、牧師夫婦を招いたお茶会のために、アンと養い親のマリラが用意し
た食べ物の豪奢さと珍しさは今見ても新鮮だ。アンの言葉を借りてご馳走を羅
列してみよう。

「チキンのゼリー寄せ、牛タンの冷菜、それからゼリーは赤いのと黄色いの。
ホイップクリームをのせたレモンパイ、チェリーパイ、クッキーが三種類に、
フルーツケーキ。マリラご自慢のイエロー・プラムの砂糖煮、(中略)そして、
パウンドケーキにさっき言ったレイヤーケーキ」さらにベーキングパウダーを
使ったビスケットに、パン。

 パイが二種類に、ケーキが三種類ですよ。

 初訳は村岡花子さんで戦後の一九五二年。

 お茶といえば、お饅頭におせんべいだった時代の人たちがこれを読んでいっ
たいどう思っただろう。

 しかも、チキンのゼリー寄せ、牛タンの冷菜やパンというからには、これは
食事なのだろうか三時のおやつなのだろうかとわけがわからなくなって、外国
との生活習慣の違いを感じた人も多かっただろう。

 ともかく、初訳から六十六年たってもいまだ魅力的で新訳も出続けているこ
の物語のお料理場面を見て行こう。 

 アンは孤児で、独身のマリラとマシューの兄妹に引き取られた元気で赤毛の
十一歳の女の子だ。とてもお喋りなのに、想像力が豊富で、なにかをしている
最中にもうっとりと物語の主人公を思い浮かべたり、美しいものになんと名づ
けようと考え込んだりして、今現在していることを忘れてしまう。だから物語
の中で、アンは失敗ばかりしている。でも、きちんと謝れば許してもらえるし、
アンは元気に生きていく。

 早くに両親を亡くしたアンは、孤児院に入る前は、子沢山の家に引き取られ
て子守をさせられていた。だから、皿洗いくらいはお手の物なのだが、料理は
したことがないようだった。

 マリラは、アンにこう言っている。

「料理の話だがね、そろそろ手ほどきを始めようかと思っていたところだよ。
でもアン、あんたはあまりにもそそっかしいから、もう少し落ちつきが出て、
しっかりするまではと様子を見ていたんだよ。料理には集中力が大事で、途中
で手を止めてぼんやり想像を始めている暇はないからね。」

 その言葉どおり、まず、こんな失敗をしてしまう。

 親友ダイアナの家に遊びに行き、二人でタフィ―を作るのだが、

「ダイアナがお皿にバターを塗っている間、私はタフィ―のお鍋をかき混ぜな
きゃいけなかったのに、忘れて焦がしてしまったし、タフィ―ができてから戸
口にだして冷ましておいたら、猫がお皿の一枚の上を歩いてしまって捨てるは
めになったの」

 でも、タフィ―作りは面白かったらしい。

 ああ、なんだか少女漫画の原点を思わせる、失敗の名場面だ

 ネコの足跡のついたタフィ―を見てがっかりしながらも、たまらなくおかし
くなって、笑い転げる二人の少女の姿が目に浮かぶ。

 次に料理をするのは、先ほど書いた新しく着任した牧師夫婦を招いてのお茶
会。

 アンはこの頃にはマリラの指導の下に、とても上手にケーキを焼けるように
なったらしい。アラン夫人のために何かして差し上げたいと言って作ることに
なったのが、レイヤーケーキだ。これまた、聞き慣れないケーキだけれど、松
本侑子氏の註によるとレイヤーとは層のことで、
「スポンジケーキを横に薄く切り、その間に、ジャムやゼリーを挟んで層を作
ったケーキ」
と、ある。まず、スポンジケーキがうまく焼けさえすれば大丈夫なケーキのよ
うだ。アンはとにかくケーキが無事膨らむかどうかばかり心配している。どう
もこの時代には、ふくらし粉の粗悪品が出回っていたらしい。でも、ケーキは
無事に「黄金の泡のように、ふんわり軽やかにふくれ上がっていた。アンは嬉
しさのあまり、顔を紅潮させながら、横に切ったケーキの間に、ルビーのよう
な赤いゼリーを何層にもはさみ、ぱっとかぶせた。」

 ところが、このケーキは大失敗だった。牧師夫人が奇妙な表情をして食べる
様子を見たマリラは叫ぶ。

「アン・シャーリー」
「一体全体ケーキに何を入れたの」

 原因はふくらし粉ではなく、ヴァニラの香料。マリラが古いヴァニラの瓶に
痛み止めの塗り薬を入れておいたのが原因なのだが、風邪で鼻がつまっていた
アンには匂いがわからなかったらしい。アンは泣き崩れるが、優しい牧師夫人
に慰められ、その日は楽しく過ぎ去る。でも、ケーキはブタの餌となってしま
うのだ。

 なんだかこんな失敗話が続くアンの物語だが、どうも最後の方にはアンは無
事、料理上手になっているようだ。物語の後半、第三十章になるとこんな一節
がある。

「リンド夫人とマリラが、客間でくつろいでいると、アンはお茶を入れ、ホッ
トビスケットをこしらえた」

 註によるとホットビスケットとは「ビスケットより柔らかくて厚いお茶菓子」
とのこと。これは焼き立てを食べるものなので、リンド夫人とマリラがお茶を
飲んでいる間に、ササッと粉をこねて焼き上げたのだろう。大したもんだと思
う。

 でも、少し、つまらない気もしてくる。

 それでは、別の物語から、お料理を失敗する場面をお見せしよう。

 それは、ケストナーの『ふたりのロッテ』のルイーゼの料理場面だ。この物
語は夏休みの林間学校で、まるで見分けがつかないほど似ている二人の女の子
が出会うところから始まる。二人は自分たちが親の離婚によって引き離された
双子なのだと気づく。それぞれが父親と母親のもとでばらばらに育てられたの
だ。林間学校が終わると、二人は相手に成りすまして、会ったことのない父親
や母親のもとに行くことにする。

 ルイーゼはロッテのふりをして母のもとに行く。忙しい母は駅に迎えに来て
はくれるのだが、また、勤め先に戻ってしまう。そこで、ルイーゼは、夕飯の
支度をしなくてはならない。なにしろ、ルイーゼが成りすましているロッテの
方は「小さな主婦さん」と、呼ばれるほど、家事の名人なのだ。これに対して、
ルイーゼは普段お手伝いさんの作った料理を食べるか父親と外食をする生活を
送っているので、料理は生まれて初めてなのだ。

 ルイーゼは、初めて見る町に出かけて行き、買い物をしなくてはならない。
その品物は、

「肉屋で、赤味と脂身のまざった牛のあばら肉の細切れを半ポンド……腎臓と
骨を少しつけてもらう」
「食料品屋で、スープ用の野菜とヌードル」

と、なんだか本格的な感じだ。

 ルイーゼが作ろうとしているのはお母さんの大好物の、

「牛肉入りのヌードルスープ」

 これが、どんなに大変なことか。

 何しろ、初めての台所で、生まれて初めてお料理をするのに、誰も傍にいて
手伝ってはくれない。

ヌードルをゆでるとき、塩はどのくらいいれるのだったっけ?
「大さじ半分」

ハーブソルトは?
「ひとつまみ」
ひとつまみっていったいぜんたいどれくらい? 

それから「ナツメグをおろす」
おろし金はどこ?

 もはや、ここらへんで、ルイーゼはパニックになりかかっている。

 しゅんしゅんたぎる鍋に囲まれて、ルイーゼは手順がわからずおろおろして
しまう。肉が煮えたかどうだか、何度もフォークでつついてみるが、わからな
い。鍋のふたで指をやけどし、野菜をきざんで手を切ってしまう。おろし金も
こしきも見つからない、

 パニックになってへたへたと座り込みながらも、ルイーゼは果敢だ。お母さ
んが帰って来るあと二十八分の間になんとかしようと立ち上がるのだ。

 でも、ケストナーは言う。

「けれど、料理をするというのは特別ななにかだ。決心すれば、高い塔からと
びおりることはできるだろう。けれど、意志の力だけでは、ヌードルと牛肉を
料理することはできない」

 おいおい。

 まあ、そういうわけで、料理はできないままルイーゼは、完全にへたばって
うずくまってしまう。そして、今にも泣きそうになって、

「おこらないで、お母さん。わたしごはんがつくれなくなっちゃったみたい」

と言って、帰ってきた母親をびっくりさせてしまう。

 母親が手伝って無事にこのお料理はおいしく出来上がり、しばらくは母親が
料理を引き受け、ロッテのふりをしているルイーゼがもう一度!料理を覚え直
すという事になり、この場は無事おさまる。

 実は、私はこの場面を見るたびに、ケストナーは実によくわかっているなあ
と思うのだ。

 料理は時たまパニックを呼び込むのだ。

 全然知らないお台所で料理をしたことは数回くらいしかないけれど、料理を
作って何十年かの経験のある私でも、勝手のわからない台所で、勘を働かせて
調味料を見つけ出したりしながら料理をするのは、とても大変なのだ。まして、
それが作ったこともない料理だったら、まずおいしく作れる自信など私にはな
い。

 そして、今でさえ、初めてのメニュウを料理するときや、失敗しそうになる
たびに、私は少しパニックになる。料理は、火、油、熱湯との闘いだからだ。
ほんの一瞬の油断や勘違いで、何が起きるかわからない。料理にも料理人にも。

 だから、私はこの場面を読むたびに、いまだにドキドキしてしまう。

 そして、

「あら、とってもおいしいじゃないの、ね?」

と、言ってくれる母親の声にほっとするのだ。

 この後、ルイーゼはロッテに成りすましながら、どんどん料理を覚えていく。
物語が進んでいき、母親が二人のたくらみに気づいたことをルイーゼが知るの
も、数週間後の台所での料理の最中だった。

 子どもは、キッチンでいそがしく立働いている。おなべのふたが、かたかた
と鳴る。中では、なにかがとろとろと煮えている。その日のメニュウは、

「ポークリブに、ザウアークラウトに塩ゆでじゃがいも」

 うーん、おいしそう。母親じゃないけれど、

「お料理の上達が早いのね」

と、言いたくなってしまう。

 たった九歳の子供が、いくらそれが好きなのだと言ってもロッテのように、
嬉々として母親のために家事をするという設定は、少々無理がある気がするし、
異議を唱えたい気持ちになってしまう。でも、このルイーゼがパニックに落ち
ながら初めて料理をしようとする場面の見事さは、何ものにも代えがたいリア
リティがあって、子供の料理場面の最高峰だと思うのだ。

 これに比べたら、例えば『若草物語』の中の「ある実験」の章でジョーがす
る料理の失敗など、どうってことはない。

 夏休みになって、みんなが怠け気分でいたある日、お母さんはわざと女中の
ハンナに休みをやって、自分も何もしないという。長女のメグは朝ご飯を作る
のだが、そのオムレツは焦げているし紅茶は苦く、バーキングパウダー入りの
クッキーはぶつぶつだらけ。

 なんと、お母さんはそれを食べたふりをして捨ててしまい、あらかじめ用意
しておいた食べ物を食べるのだ。こういうところが、私はこのお母さんが苦手
に思うところなのだが……。まあ、それはさておき、昼食は次女のジョーが一
手に引き受けると言い出す。それだけではなく、隣家の少年ローリーまで招待
するという。そのメニュウは、

「コンビーフにじゃがいも、アスパラガスにロブスター―、レタスのサラダに、
ブラマンジェに、いちご」

の予定だったのだが、まず、パンは酸っぱくなって黒焦げに焼き上がるし、一
時間もゆでたアスパラは穂先が崩れ茎は固くなり、苦労したサラダのドレッシ
ングは出来上がらず、苦心して殻を剥いたロブスターの身は貧弱でレタスの影
に隠れてしまい、ブラマンジェはだまになってしまう。

 みんな一口食べては、食べ残すという具合。

 でも、ジョーは最後に出すフルーツにだけは自信を持っていたのだ。いちご
に、まっ白なお砂糖の衣をかけて、生クリームをピッチャーにたっぷり用意し
て差し出すと、

「きれいなガラス皿がみんなにいきわたり、白いクリームの海に浮かぶ小さな
バラ色のイチゴの島々をながめて、みんながうれしそうにしている」

 ところが……。

 みんなは一口食べて大騒ぎになる。ジョーは砂糖と間違えて、塩をかけてい
たのだ。冷蔵庫に入れ忘れていた生クリームも酸っぱくなってしまっていた。

 でも、この大失敗に怒り出す人は誰もいず、ローリーが笑いだすとジョーも
涙が出るほど笑ってしまい、ご近所の口うるさい老婦人まで一緒になって皆大
笑いのうちに、この悲惨な昼食会は終わるのだ。

 こんなふうに物語の有名な失敗場面を読んでいくと、料理の失敗なんて、ど
うってことないさ、と思えてくる。いつかはおいしいものが作れるし、お腹が
すけば何でもご馳走。「小さな主婦さん」になんてなる必要は全然ない。元気
にのんきにやっていこう。

 そんなふうに、アンやルイーゼやジョーの失敗は、なんだか明日の糧になる。
それが女の子のお料理場面失敗篇の魅力なのだ。

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『赤毛のアン』ルーシー・モード・モンゴメリー著 松本侑子訳 集英社文庫
『ふたりのロッテ』エーリヒ・ケストナー著 池田香代子訳 岩波少年文庫
『若草物語』ルイザ・メイ・オルコット著 海部洋子訳 岩波少年文庫
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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■声のはじまり / 忘れっぽい天使
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第113回 空間を慈しむ手つき
―「ジョルジュ・ブラック展 絵画から立体への変容―メタモルフォーシス」

 ジョルジュ・ブラックと言えば、ピカソとともにキュービズムを創始した画
家ということで知られている。中学校や高校の美術の教科書にもその作品がキ
ュービズムの典型例として載っていたはずだから、現代の日本人にはなじみの
深い画家だろう。しかし、一時共同制作を行っていたピカソに比べると圧倒的
に影が薄い。作風を次々と変化させ、私生活も派手だったピカソに比べると、
いかにも職人気質でドラマに欠ける感じがするからだろうか。

 パナソニック汐留ミュージアムで開催中の「ジョルジュ・ブラック展 絵画
から立体への変容―メタモルフォーシス」は、絵画ではなく、立体作品、それ
もジュエリーや陶器、工芸作品を軸に展示した珍しい企画展だ。うっかりキュ
ービズムの画家ブラックの姿を楽しみに来てしまった人は肩透かしを喰うこと
だろう。展示品は基本的に装飾芸術に分類されるもので、自己表現欲をギラギ
ラと押し出したものではない。しかし、それだけに、ブラックが造形一般に対
して抱いている好みを露出させたものになっていると思える。

 ジョルジュ・ブラックは1882年にパリの北西アルジャントゥイユで生まれ、
装飾画家のもとで絵を学んだ。印象派の絵に影響された後、フォービズムの運
動に参加。ピカソの「アヴィニョンの娘たち」やセザンヌの作品に刺激を受け
て、1908年から物を複数の視点から眺めて総合する、いわゆるキュービズムに
よる絵画の制作を開始する。ピカソと共同制作も行っており、2人の作品は見
分けがつかないほど類似したこともあったという。1963年にパリで死去。

 この企画展の目玉は、ジュエリークリエイターのエゲル・ド・ルレンフェル
ドとのコラボレーションであるジュエリー作品群である。最晩年の仕事であり、
ブラックは体調不良のため、これらの作品をまとめた「ブラック・ジュエリー
展」に足を運ぶことなく開催された年に亡くなっている。キュービズムのブラ
ックがこんな作品を作っていたとは知らなかった。館内で上映されていたビデ
オによると、ブラックはかねてから「質感」というものに強い関心を持ってい
たようだ。絵画においても絵具に砂を混ぜるなどして、厚みやザラつきを強調
する試みを行っていた。本格的に彫刻を制作したいという欲求もあったものの
なかなか機会が訪れず、晩年になって、エゲル・ド・ルレンフェルドとの出会
いにより、その意志が満たされる形になった。

 作品の多くはギリシャ神話を題材にしている。「トリプトレモス」(ブロー
チ)は放射線状に伸びる金の串に二羽の銀色の蝶々を遊ばせ、ルビーの赤紫で
アクセントを加えた作品。トリプトレモスは穀物の種を世界中に撒いて農耕を
教えたとされる。豊穣の喜びを爆発させたかのようなダイナミックな形状だ。
「三つの恩恵」(ブローチ)はゼウスの娘である三美神を三羽の鳥で表した作
品。金・銀・白の鳥たちが首を触れ合わせる様子が何とも平和的でかわいらし
い。「アルキュオネ」(ネックレス)は金とダイヤモンドによる、ゴツゴツし
た形状の作品。アルキュオネを死んだ夫のもとに行こうとして鳥になってしま
った女性だが、木の葉を思わせる不定形で複雑な姿が彼女の苦悩と情熱を表し
ているのだろうか。

 陶器作品も面白い。「ペルセポネ」(壺)は一筆書きに近いようなサラッと
したタッチで、冥界の女王の顔を描いた作品。威厳と不気味さと優雅さが入り
混じった表情が魅力的だ。「ペリウスとネリウス」(皿、壺)はブラックが繰
り返し描いたテーマの作品で、ペリウスとネリウスはポセイドンが不遇な娘テ
ューローに産ませた双子の兄弟で数奇な運命を辿る。2人は禍々しさを感じさ
せる、いびつな姿の黒い鳥として表現される。「アケロオス」(陶板)は、二
匹の大きな目をしたひし形の魚を描いた作品。アケロオスは川の神なので魚を
モチーフにしたのだろう。背景は濃いブルーでこれは水を表していると思われ
る。魚の後にあるのは岩だろうか。尾が大きく、すばしっこく元気に泳ぐ躍動
感に満ちている。

 ブラックは規模の大きな彫刻には手を染めなかったようだが、小型の彫刻作
品は残している。「アレイオン」は言葉を話すことのできる馬。耳をぴんと立
て、長い口を開いて、何か喋っているようだ。「セレーネ」は、デフォルメさ
れた女性の横顔を描いた作品。セレーネは月の女神で馬車で夜空を駆け巡った
とされる。作品は蝶々の羽のような形態で、右側が顔て、左側が風になびく髪
に見える。顔の表情の描出は簡素だが、やや傾いた、バランスの不安定な全体
の形状が不思議な色気を醸し出す。「グロウコス」という魚の彫刻には頭部を
含む体半分にアメジストが使われている。グロウコスは海神だが、その異貌を
アメジストのゴツゴツした質感が際立たせている。

 これらの作品を直に見ると、装飾芸術と言っても画家が造形したものなのだ
なあという印象が残る。優雅な形態であっても、どこかしら滑らかさを拒否す
る部分があり、身に着けたりインテリアとして部屋に飾ったりするには迫力が
ありすぎる。それはブラックの装飾芸術作品の長所であって、短所ではない。
ゴツゴツ・ザラザラを強調した、このいかにも「手作り」な感じ。これらの作
品を眺めていると、画家ブラックが目指していたものがわかる気がするのだ。

 本展にはキュービズムの油彩2点が展示されている。「静物」(1911)と
「楽譜のある静物」(1927)で、空間をバラバラにして再構成した、ブラック
と言えば誰もがすぐ思い出すような感じの作品なのだが、ジュエリーや陶器を
鑑賞した後に見ると今までと違った感想が浮かんでくる。彼は恐らく目の前に
ある空間をべたべた触って慈しむようにしながら、これらの作品を描いたのだ。
構成の工夫にとどまらず、塗り重ねた絵具の凹凸も気にしながら、二次元芸術
と言われる絵画に、触覚性と立体感を盛り込もうとしたのではないか。

 前述のように今回の展示作品の多くはギリシャ神話からテーマを取っている。
ヨーロッパの人間であるブラックにとって、ギリシャの神々は幼少の頃から親
しんできた精神的に近しい存在であったろう。空想の産物ではあるが心の中で
は頑として生き続けてきた懐かしい存在。そうしたものを造形するにあたって、
スマートさを避ける姿勢に共感を覚える。神話は造形されて、厚みを持ち触れ
ることのできるモノとして生まれ変わった。現実に存在するものはどこかしら
いびつな部分を持たないわけにはいかない。ブラックはゴツゴツ・ザラザラし
た感触を強調することで、現実の存在となった神々を愛でているのではないか
と思うのである。

*「ジョルジュ・ブラック展 絵画から立体への変容―メタモルフォーシス」
 パナソニック汐留ミュージアム 会期:2018/4/28-6/24

*ベルナール・ジュルシェ著/北山研二訳
『ジョルジュ・ブラック 絵画の探求から探求の絵画』(未知谷 本体4000円)

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:
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 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
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■あとがき
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 GWが終わりました。個人的にはあっという間でした。(aguni原口)

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