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[本]のメルマガ vol.668


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■■ [本]のメルマガ                 2018.01.05.発行
■■                              vol.668
■■  mailmagazine of books          [(ネタバレ含む) 号]
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『刑務所の読書クラブ:教授が囚人たちと10の古典文学を読んだら』

ミキータ・ブロットマン著 川添節子訳
四六判 304ページ 本体2,000円+税 ISBN:9784562054657

殺人犯と『マクベス』を読む…女性教授が刑務所で始めた読書クラブ。壮絶な
人生を歩んできた囚人たちは古典文学を読んで何を思うのか。彼らはやがて思
いがけない視点から物語の核心へと近づいていく。驚嘆のノンフィクション!

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ 『十五少年漂流日記』または『二年間の休暇』

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 運命の糸―新海誠監督アニメ映画「君の名は。」

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 本はなぜ売れなくなったのか?

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

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■トピックス
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■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その19―「冒険の時に何食べる?」

2.『十五少年漂流日記』または『二年間の休暇』

 さて今回は、帰れないかもしれない冒険では、何を食べたのかを見て行きた
いと思う。

 孤島に流され、誰からの援助も受けることなく生きて行かなくてはいけない
としたら、あなたは何を食べるだろう?
 
 私ならば、まずは船に積んであった糧食を食べ、次に海から魚を釣り上げ貝
を拾って食べるだろう。

 そして、その次には?

 この未知の島で食べられるものはあるのだろうか?

 ジュール・ヴェルヌ著『十五少年漂流記』又は『二年間の休暇』で、十五人
の少年たちが出した答えは「肉」だ。

 もし、彼らが日本人の少年だとしたら、米と塩だけでもかなり生き延びられ
ると考えると思う。まずは貝を拾い魚を捕り、野草を食べて生き延びるだろう。

 でも、そうすると、海から離れられない。

 この少年たちのように、島の奥深くに入って行く冒険を始めるには、やはり
この肉のための狩猟というのが、重要な要素になる気がする。

 ヴェルヌは前書きにも書いてある通り、二つのロビンソン物語、『ロビンソ
ン・クルーソー』と『スイスのロビンソン』を参考にこの物語を書いた。主人
公の一人のサーヴィスという少年に、この二つの物語を愛読書として携行させ
ているほどだ。

 クルーソーは、フライデーが現れるまでたった一人だったのに『スイスのロ
ビンソン』では、食べ盛りの少年が四人出てくる。でも、彼らには、ものすご
く物知りな父親がいるし、料理や裁縫や家事全般をやってくれる母親がいる。
 けれど『十五少年漂流日記』は文字通り十二歳から十四歳の食べ盛りの少年
が十五人。確かに、貝を拾ったり野草を摘んだりする程度ではすまない量の食
糧が必要だ。

 それではまず、彼らが船から降ろした食料について見てみよう。あまりにた
くさん翻訳書があるので、最新の翻訳書である岩波少年文庫私市保彦訳の『二
年間の休暇』から引用していく。

 船内にあったのは、乾パン(たっぷりあったとされるが二年間もったとする
のは、少しあやしい)、缶詰、ハム、肉入り乾パン、最上級の小麦粉、豚の挽
肉、コンビーフ、塩漬け肉。二カ月分程の食糧が積み込まれていたらしい。

 飲み物は、ボルドーの赤ワインとシェリーが百ガロン(四百五十リットル)、
ジン、ブランデー、ウイスキーが五十ガロン、百ガロン入りのビールが四十樽
と、様々なリキュールが三十本。

 これらは、香味料にもなるなあと思いながら読んでいたのだが、よく水に数
滴ブランデーをたらした飲み物が出てくるので、毒消しにも使われたのだろう。

 最初の昼食は、貝やイワバトの巣からとった卵。そしてこの段階ですでに
「結局のところ、少年たちが食料不足になることは避けられた」と、結論付け
ている。

 この物語を読みすすんで行くと気になるのは、この島の生き物についての記
述が夥しくあるのに、炭水化物についての記述がほとんどないことだ。穀物や
イモ類を作る農作業はしないので、手持ちの小麦や乾パンで何とかしていった
と類推するしかない。ヴェルヌはパンの心配をするのが嫌なのか、何度も「豊
富にある乾パン」という記述を繰り返している。そして、野菜についても同様
で、野菜不足を言いながらも、缶詰の野菜と野生のセロリとクレソンで済まし
てしまっている。

 とにかく、この物語では、彼らはどんどん未知の動物に出会って行き、そし
て次から次へとその肉を食べていくのだ。

 それでは、海辺を離れて島の奥へ入って行く彼らの様子を見てみよう。

 最初から、少年たちは弾丸を倹約しなくてはならないと常に戒め合っている
のだが、それでも凄い勢いで狩りをする。鳥を撃ち、獣を撃つ。投げ縄とか罠
とかカスミ網とか、銃以外の捕獲方法も考えだされるのだが、なぜか狩猟の方
法として銃以外は軽蔑する少年たちがいて、決して猟銃を手放さない。猟に耽
る時はご機嫌で、それ以外は不服そうな顔をしているドニファンという少年が
いて、彼の取り巻きたちはとにかく銃を撃ちまくる。きっとそれは一種のスポ
ーツであり、特権意識を感じさせる趣味なのだと思うのだが、現代人の目から
見るとあまりにも奇妙なほど動物を殺戮する。そして、この狩猟少年たちは一
人を除いて自分で獲物を料理しようとはしないのだ。
 
 もっとも十五人もの少年たちが食べる食料というのは、それはすさまじいも
のがあると思う。それなのに肉を捌き料理をし、貯蔵食品を作るのは黒人の見
習い水夫のモコだけ。後半に料理に興味があるサーヴィスが手伝いだすのだが、
考えるだけでかなり無理のある設定だ。まあ、それはともかく、彼らが食べた
ものを見て行こう。

 それでは、まず鳥から。

 現代の私たち日本人はほとんど野鳥料理を食べたことがないと思う。私など、
名古屋コーチンでさえ堅いと言って子供の時泣いたほどだ。せいぜい鴨南蛮ぐ
らいでしか味の想像はつかないのだが、彼らは豪快に鳥を撃ち、焚火や竈で焼
いて食べる。

 海辺で彼らが撃ち落としたのは、イワバトやガン(コクガン)やカモ。とて
も肉がおいしいとされている。これに対して、ウ、カモメ、ユリカモメ、カイ
ツブリはモコがどう調理していいかわからなかったとある。きっと、ヴェルヌ
も食べたことがなかったのだろう。

 もちろん食べたことのない物でも、まことしやかにそのおいしさを謳い上げ
るのが小説だ。そういう架空の味を疑ってしまうのが、フラミンゴを食べる場
面だ。ヴェルヌはフラミンゴの味について「フラミンゴは塩分を吹くんだ水を
好み、その肉はヤマウズラにも負けないほど旨い」などと蘊蓄をたれてみせる。
その上で、狩猟の方法まで解説し、ドニファンが打ちそこなったフラミンゴが
ある時罠にかかったとしている。この美しい「鳥類の立派な代表」であると語
られたフラミンゴも「羽をむしり内臓を抜き香草を詰めてほどよく焼いて」し
まえば、大ご馳走として少年たちに食べ尽されてしまう。確かにね、「手羽先
もモモ肉もたっぷりあって」みんなに行きわたるほどの肉を食べないという手
はないだろう。けれど、「とびきり旨いとされている舌」までみんなで少しず
つ食べたとしているところは、なんだか怪しい。
 
 山の中に偵察の短い旅に出かけると、「とてもおいしいヤマウズラ」やアマ
ツバメ、ツグミ、ガン、ライチョウが飛んでいるのを見つけ、沼地では、カモ
やマガモやタシギも見つける。
 これによって内陸に暮らしても飢えることはないと見極めをつけ、さらに洞
窟を見つけたことにより彼らは海辺を離れ移住する。

 ここまでの鳥肉については、想像がつく味なのだと思う。けれど、少年たち
は、珍しい獣もどんどん狩っていく。牛肉や豚肉以外の四足肉は、せいぜい猪
肉くらいしか食べたことのない私にとっては、想像もつかない動物肉の世界が
繰り広げられる。
 
 まずは、ツクツコ。ジップロットというウサギの白ワイン煮の料理にすれば、
ウサギよりおいしい齧歯類だとされている。ゲッシルイってネズミじゃないか
とぎょっとするのだけれど、まあともかく続けよう。野ウサギのように十分食
用になる灰褐色のマーラ(これまたテンジクネズミ科マーラ属に分類される齧
歯類)、肉がとてもうまいアルマジロの一種ピシー、体の小さなイノシシとい
ったペッカリー、鹿のように敏捷なグァシュリ。

 それから、乳を出すピクーニャの親子をヤギの一種と思い生け捕りにして連
れ帰る。これはラクダ科の動物なのだが、その他に同じラクダ科のグアナコを
馬の代わりに飼育しようとつれていく。

 次に彼らが捕まえるのは、アグーティ。野ウサギの一種としているが、味は
「白っぽい肉は、少しぱさぱさしていて、ウサギとブタの中間くらいの歯ごた
えだった」そう。足が速すぎて捕まえにくいが、巣穴の前で軽く口笛を吹くと
出てくるので、たやすく捕まえられるそうだ。そんな可愛いやつを殺して食べ
るんだねと思ってしまう私は、やわな現代人なのだろうけれど……。

この他、カバやアンタという名のバクやピューマや熊、アザラシやペンギンも
出てくるのだが、食べないので、深く追求はしない。

 こんな肉をもとに、ヴェルヌが想像力で作り上げたご馳走の食卓を見てみよ
う。

 これは、クリスマスのご馳走のメニュウ。

 アグーティの蒸し煮。
 シギダチョウのサラミ。
 香草を詰めて焼いた野ウサギの肉。
 立派なキジのように翼をひろげ、くちばしを立てたノガン。
 野菜の缶詰三缶。
 ピラミッド型のプディング。
 (アルガバーロの実とコリント産のレーズンが入り「一週間前からブランデ
  ーに浸しておいた、なんともすばらしいものだった」と、ある)
 デザートは、クラレット、シェリー酒、リキュール、そして、紅茶とコーヒ
 ー。

「チェアマン島でのクリスマスを祝うためには素晴らしいご馳走が並んだと、
納得していただけるだろう。」

と、ヴェルヌは自画自賛しているが、ちょっとアルコールが多めな気もする。
近くの川で獲られた鮭の塩漬けもあるはずだが、食卓に上らないところを見る
と、魚はやはりご馳走ではないのだろう。

  冒険物語はいつでも魅力に富んでいるのだが、食事に注目して読んでいく
と、矛盾に気づいてがっかりすることがある。例えば「スイスのロビンソン」
で、サトウキビの自生を見つけるくらいはまあいいとしても、「自生のジャガ
イモ畑」を偶然見つけるという場面には、子供心に、何だよこのご都合主義は
と思ったことがある。

 今回も、あれと思ったところが二か所ほどある。その一つは、アメリカ人の
ゴードンがサトウカエデを見つけて、メイプルシロップを採る所。どう見ても
この島の位置が南半球の南米よりの設定なので驚いた。もっとも、この物語に
は南米にいるはずもないカバも生息していることになっているので、まあ仕方
ないなと思いながら読んでいった。

 けれども、「雌牛の木」に至っては、どう考えればいいのだろう? この木
は、流れ着いたイギリス人女性のケイトが見つけてくれたもので、その名はガ
ラクテンドロン。アメリカ北部によく生えているというものというので、アメ
リカ人のゴードンが確認する。なんと、その木からは牛乳のような樹液が出て、
その味わいは牛乳そっくりで、とてもおいしく、樹液からチーズを作ることも
できるという。さらにロウソクのろうにもなるという実に便利でありがたい木
なのだ。ヴェルヌは、この木について長々と書き、少年たちやモコが大喜びし
たとしている。

 が、そんな木は、この世には存在しない。ヴェルヌの創作なのだ。

 もうすでにピクーニャの乳を利用しているのに、何のためにこんな植物を作
り上げたのかは謎だ。SF世界の父であるヴェルヌが最後に少し、想像の世界
の樹木を作り上げたくなったのかもしれない。ガラクテンドロンという、この
ラテン語の学名ふうなところがインチキ臭を見事に醸し出し、読者をからかっ
ているのがみえみえな気もする。
 
 ヴェルヌが作り上げた夢の島でのご馳走の旅はいかがだったろうか。

 この物語を参考に、冒険の時に何を持っていき、何を食べたいか? を考え
ていただけたら幸いだ。

 そして、そんな島での冒険を、ぜひ五感で味わってみて欲しい。

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『完訳ロビンソン・クルーソー』ダニエル・デフォー著 中公文庫
『スイスのロビンソン』ヨハン=ダビット=ウィース著  学習研究社
『二年間の休暇』ジュール・ヴェルヌ著      岩波少年文庫
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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■声のはじまり / 忘れっぽい天使
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第111回 運命の糸―新海誠監督アニメ映画「君の名は。」
 
 話題の映画「君の名は。」(新海誠監督)をやっと見ることができた。但し、
1月3日のテレビ朝日のテレビ放映で。この作品は2016年に公開され、大きな
評判を呼んだ。日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞し、ハリウッドで実写映
画化の話もあるそうである。ぼくは長編映画をテレビやPCで観るのが好きで
ないが、劇場に行きそびれているうち、地上波で放映されることを知り、本コ
ラムで取り上げることを決めた。本格的なアニメ映画は大きな画面で観ると印
象が変わってくることがあるので、その点はあらかじめ断っておきたい。
 
 本作に興味を持ったのは、本作が人物(男女)の「入れ替わり」ものであり、
かつ、タイムスリップものという、ひねりのあるストーリーを持つためだ。事
前に設定を読んだが、よく考えたなあという感じだ。小説版がベストセラーに
なったのも頷ける。下記はストーリーの概略(ネタバレ含む)だが、複雑な構
成の故に伝えるのが難しいので、興味を持たれた方はぜひ実物を鑑賞して欲し
い。
 
 主人公は二人、女子高校生の三葉(みつは)と男子高校生の瀧(たき)。三
葉は、糸守(いともり)と呼ばれる田舎町に住む神社の娘で、田舎の生活に飽
き飽きしている。祖母は神主、三葉自身も巫女をつとめることがある。母親は
亡くなっており、父親は家を出て政治の世界に入り今は町長である。瀧は東京
都心に住んでおり、父親と二人暮らし。絵を描くのが得意で、レストランでア
ルバイトをしている。世間が日本に近づく彗星のニュースで持ち切りになって
いる折、突然、二人の体が入れ替わってしまう。一旦は元に戻るが、その後も
断続的に入れ替わる日が出る。最初は驚く二人だが、そのうち誰かと入れ替わ
っているということがわかってきて、互いの生活についての注意をケータイに
書き残したりするようになる。やがて入れ替わりは起こらなくなる。瀧は記憶
にある風景(抉られてできたような巨大な穴に水がたまって池になっている)
をスケッチし、それを頼りに旅をし糸守を探し当てるが、そこは3年前に彗星
の破片が落ち、住民のほとんどが亡くなった被災地だった(三葉たちも亡くな
っている)。瀧は3年前の三葉と入れ替わっていたわけだ。瀧は三葉が巫女と
して奉納した口嚙み酒(口の中で噛んだ米を発酵させた酒)を飲んで再度の入
れ替わりを祈願する。3年前の彗星落下の日にタイムスリップした瀧は三葉と
入れ変わり、騒動の後、住民を避難させることに成功する。その際、瀧と三葉
は元の体に戻り、一瞬だけ相手を確認することができることができたが、しば
らくすると記憶が消え、相手の名前すら思い出せなくなる。数年後、就活中の
瀧は東京で暮らすことになった三葉と偶然出会い、呼び止める。誰であるか思
い出せないまま、互いが大事な相手だと瞬時に悟り、涙を流しあう。
 
 パッと見た感じの特徴は、アニメであるにもかかわらずアクションが淡白な
こと、その分、静止画像が美しいこと、である。例えば、瀧が本来の自分には
ない女性の胸を触って驚くシーン。こういうところでは描写をくどくして観客
の笑いを取る手もあるだろうが、新海は意外とあっさり終わらせてしまう。少
年少女が今までとは全く別の体、生活を経験するのだから、普通のアニメータ
ーであればここぞとばかりに様々なエピソード、面白おかしいリアクションを
詰め込むだろう。だが、新海誠はそうしたシチュエーションのおいしさに対し
冷淡であり、さらっと描いただけで通り過ぎてしまう。その代わり、全体を映
す「絵」は美しい。特に滅びの悲調を帯びた彗星落下のシーンは、息を飲むほ
どである。アニメーションは動きを生々しく描き、登場人物の喜怒哀楽を浮か
び上がらせるのが醍醐味だ。しかし、本作はむしろ登場人物を一歩引いたとこ
ろから描き、遠景を大事にする。何というか、挿絵つきの小説を読む感じに近
い。
 
 これは監督が、個々の登場人物の感情を生々しく描くことよりも、「運命の
糸」という観念を描くことを重視しているからのように思える。この作品の眼
目は「ズレ」である。身体のズレ、性のズレ、空間のズレ、時間のズレ、人間
関係のズレ。ズレの諸相をこれでもかとばかりに描き、普通なら絶対にあり得
ない出会いを、引き延ばすことによって期待させ、至高の瞬間として演出する。
三葉と瀧は、素のままの人間同士としては特に惹かれあう要素はない。そうし
たことは一切描かれていない。同じ土地で育って交流を持ったとしても、友人
や恋人のような濃密な関係になったかどうかはわらない。三葉と瀧が惹かれあ
うのは、容姿や性格のためではなく、あくまで外部的な要因による。つまりズ
レを意識させられることからくるのである。共通した趣味や思想を持つのでも、
自分にはない何かに憧れるのでもなく、ズレを共有することで強い絆が生まれ
るのだ。
 
 本作のハイライトは、タイムスリップ後の二人が池の淵に立ち、「声はすれ
ども姿は見えない」状態に置かれたシーンだろう。二人は互いの存在を確かめ
ようとするが、姿が見えないために覚束ない。姿が見えるようになった短い間、
二人は互いの名前を覚えていようと決意するが、別れた瞬間から記憶は薄れ始
め、名前を思い出せなくなってしまう。惨事から住民を救わなければと奔走し
つつ、瀧という名前を忘れたことに苦悩する三葉の姿は感動的だ。覚えておか
なければならない大事な人がいるということは胸に刻まれていても、記憶を消
されたために、肝心のその人の名前を思い出せない。「君の名は。」は、1950
年代の菊田一夫の人気ラジオドラマのタイトルの借用である。戦時中、名前も
知らずに別れた男女が様々な障害の後に再会するストーリーと聞いているが、
「運命の糸」は、障害にもかかわらず切って切れないほどに強い、のではなく、
障害やズレがあるからこそ切っても切れないものになるのだろう。
 
 21世紀の「君の名は。」が生まれた背景には、インターネットによる人間関
係の変化という要素があったのではないかと推測する。ネット上では匿名・偽
名で存在することが可能であり、遠く離れた場所同士であっても容易にコミュ
ニケーションが取れる。そのコミュニケーションは、対面の場合とは異なり、
相手と同じ時間を共有しなくてもかまわない。空間のズレと時間のズレがある
のは当たり前のことであり、アカウントが消されてしまえばコミュニケーショ
ン自体も途絶えてしまう。孤独な個と個のやりとりの危うさ、不安が、この作
品の底流にある気がする。
 
 本作はその危うさを救うものとして神道を持ってくる。国家宗教ではない、
地域で代々受け継がれてきた神道である。神主である三葉の祖母はことあるご
とに「結び」という言葉を口にする。糸守の氏神は古くは「結び」と呼ばれて
おり、その力で人と人、時間と時間を「結ぶ」のだという。祖母は三葉たちに
紐を編むことを教え、編まれた「組紐」は「結び」を象徴するものである。瀧
は入れ変わった際にこの「組紐」を自分の持ちものとしていたが、池の淵での
邂逅の折に三葉に返した。瀧は神から振られた役割を全うし、三葉にバトンタ
ッチしたのだ。遥か昔から惨事を予知していた土地の神様が「運命の糸」を用
意していたとも言える。こうした神秘主義的なアイディアは昭和の「君の名は。」
には全くなかったものだ。やや飛躍した見方だが、ネット時代の個と個のコミ
ュニケーションは、最早神秘の力によるのでなければ救えないほど危うい、と
いうことにもなろうか。
 
 但しネットによるコミュニケーションもここ数年でかなり変わってきた。S
NSの猛烈な普及により、インターネットは匿名性のメディアというよりは署
名性のメディアに変わってきたと思う。IDを詮索されてプライバシーが裸にさ
れる、ということでは必ずしもない。匿名の中に隠れるのではく、自ら名乗っ
て活動する人が増えてきたということ。その意味で「君の名は。」は、今より
少し前、2000年代前半のネットでのコミュニケーションのありようを比喩化し
た物語のように見える。
 
 三葉と瀧は、裸でぶつかりあいながら事に当たったのではない。彼らは、お
おいなる力によって予定された役割を敏感に察知し、力を尽くしたのだ。しか
しながら、好みの問題となるが、ぼくはおおいなる神秘の力が人を動かして人
類を救うといった構図の作品が苦手だ。宮崎駿の名作「風の谷のナウシカ」も
そうだが、人の上に立つ神秘の存在が重苦しく感じられるのである。同じアニ
メ作家であれば、「おおかみこどもの雨と雪」の細田守のような人の方が好き
である。「おおかみこどもの雨と雪」は狼男を愛した女性が二人の子供を産み
育てる話だが、その際、女性は子供たち自身に狼として生きるか人として生き
るかを選ばせる。あくまで子供たちの意志を尊重し、自己決定させるのだ。狼
に変身するという神秘的な力が人の意志の上に立つことは決してない。
 
 三葉と瀧は糸守の神に導かれて行動したわけだが、予定されたものを食い破
り、個人として強い意志を見せる姿もまた活写されている。それが本作を奥行
きのある作品に仕立てている。記憶を消し去られてなお、大事な人にまた出会
いたいという想いを持ち続けた点だ。糸守の住民を救った時点で、予定された
二人の役目は終わったはずである。記憶を消された後は、それぞれの人生を幸
せに生きれば良いだけだ。しかし、二人は覚えていたいと願い続けた。それは
神秘の力を超えた、生身の人間の意志の力だ。一つ目の「運命の糸」は糸守の
神が準備したものだが、二つ目の「運命の糸」は彼らが自ら紡いだものだ。本
作を見終わった時の、切なさを超えた爽やかな印象は、彼らの人間としての成
長を見届けた満足感からくるのだと思う。
 
*新海誠監督映画「君の名は。」(2016 コミックス・ウェーブ・フィルム)
*『小説 君の名は。』(角川文庫 本体価格560円)

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■ホンの小さな出来事に / 原口aguni
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本はなぜ売れなくなったのか?

 …というタイトルで書こうと思ったけれども、ネタ探ししていくうちに結論
が変わってきてしまったことを、まずは最初にお詫びしておきます。

 今年は執筆の方に力を入れようと考えていて、前回もお話した通り、どこか
の出版社から出そうかなぁ、と思ったものの、どうも出版社から出して売れる
気も、収入が入る気もしなくて、どうしたもんかと出版業界の現状を調べ始め
たのでした。

 紀伊国屋新宿南口店閉店のニュースや、ジュンク堂の大量出店&赤字垂れ流
しの話、取次、印刷会社による書店への出資の話、それからAmazonの中小版元
囲い込みの話などを読むにつけ、何か切ない気分になってきたのでした。

 これじゃ、本は売れなくなるよね。

 そう思ったのでした。

 実際、私は本を結構、買っていますが、欲しいと思う本はほとんどが品切。
書店員時代に大量入荷&大量返品を見ているせいか、新刊にはあまり手を出さ
ないですし、ましてやワゴンの本なんか買わないので、結局、儲かっているの
はAmazonだけ、ということになっています。

 特に最近、ときどき立ち寄る本屋はひどいなーと思います。ほぼ平積みしか
なく、基本書はまったくない。これじゃ、広告見てネットで買っても同じじゃ
ん、と思います。

 そんな中でも一店だけ、結構、好きな本屋があって、これは東京駅の丸の内
側改札内サウスコートにある HINT INDEX BOOK という本屋さん兼カフェ。最
近、業界情報に疎いので、どんな方が仕切っているのか、まったくわからない
のですが、通路側の面陳など、丸の内のビジネスパーソン向けなんだろうな、
というセレクトがなかなか。この広さだと選書も絞り込んでいるでしょうし、
大型店と違って働きやすいだろうな、とか思ったりします。

 エキナカでもあり、飲食店でもあり、利益率は確保されるんで、あまりプレ
ッシャーもないんではないでしょうかね? のびのび選書できそうです。

 逆に何か景気の良い話は?と思って探し始めたのは、出版業界の会社ランキ
ング。

 売上高、利益率、社員の給料なんてランキングを見ていて、ちょっと、ある
ことに気づいてしまいました。

・出版業界 売上高ランキング (平成27-28年)
 https://gyokai-search.com/4-hon-uriage.htm

・出版業界 経常利益ランキング (平成27-28年)
 https://gyokai-search.com/4-hon-keijyo.html

・出版業界 利益率ランキング (平成27-28年)
 https://gyokai-search.com/4-hon-riritu.htm

・出版業界 総資産ランキング (平成27-28年)
 https://gyokai-search.com/4-hon-sisan.htm

・出版業界 平均年収ランキング (平成27-28年)
 https://gyokai-search.com/4-hon-nensyu.htm

 まあ、儲かっているのは結局、広告やWEBサービスを持っているところな
のね、と思いながら眺めていたのですが、

 なんか、一社だけ、いわゆるお堅い出版社が混じってません?

 そう、平均年収、堂々一位の「東洋経済新報社」です。

 というわけで、なんでこの会社がすごいのか、ぱっとわからなかったので、
ホームページを拝見。本当は財務諸表が見たかったのですが、どうやらそれは
サイトにはない模様…。

 そうか、四季報か、というのは、まあ、賢明な読者様でしたら、私が気づく
前に気づかれたと思うのですが、しかし、それにしても、例えばウェブ戦略が
魅力的だったり、妙にコンテンツが様々な世代向けに配信されていたりと、そ
れだけじゃないような気がする…。

 ということで、ちょっと見てみたおそらくリクルート向けのサイトにこのよ
うな表記が。

・数字で見る東洋経済新報社
 http://corp.toyokeizai.net/recruit/data

 の、いちばんした。

「『会社四季報』では国内の全上場会社3550社のすべてに担当記者を貼り付け
 ています。 若手でも入社2年目には50社を担当します。」

 ああ、これか、と思ったのでした。

 もう一社。実は気になる出版社があって、それは文響社さん。『夢を叶える
ゾウ』の水野敬也さんの絡んでいる会社、ということもありますが、『うんこ
ドリル』にしても、その前の犬猫の写真+コメント本にしても、電車広告など
の使い方がうまく、アイデア頼みの企画力がものすごいな、と、出版業の可能
性を感じさせると常々、思っていました。

 で、会社案内を改めてみてみると、あ、水野さんが社長じゃなかったんだ…。

・文響社
 http://bunkyosha.com/company/

 で、関連会社の「ミズノオフィス」が気になり、クリック。

・プロフィール
 https://www.mizunokeiya.com/profile/index.html

 ここに文響社社長のプロフィールもありました。

「ドイツ証券、リーマンブラザーズ証券でトレーダーとして株式売買に従事後、
 2008年4月ミズノオフィスを創業、代表取締役社長に就任。」

 あ、なるほど、と。

 2つの会社を見て思うのは、そのバックボーンに「マーケティング」と「投
資」のノウハウがあるんじゃないか、と思ったのです。ここでいう「マーケテ
ィング」というのはテクニックではなく、こうすればうまくいく、こうすれば
うまくいかないという、ひとつの事業に対する直感的なモノの見方のことを言
っています。

 つまり、出版社にとって本や雑誌、ひとつのWEBコンテンツは普通の会社
でいうところのひとつの「事業」。誰にどんな内容で書いてもらい、どんなデ
ザインに仕上げるか、ということを、ひとつの事業計画を立てるようにプラン
ニングし、仕掛けていけるノウハウを、ごくごく自然に身につけなければなら
ない。

 そんなことを思ったのでした。

 しかるに、おそらく、出版の現場にはそういう訓練を受けてきた人の数が少
ないのではないでしょうか?

 まあ、文響社は無理にしても、トレーニングでなんとかなる話なのかな、と
思えるのは、東洋経済新報社を見ての感想です。

 儲けるノウハウを知らない人がオペレーションしたら、そりゃ儲からないで
しょう。「編集」という実作業なんて、外注先はいくらでもいます。今の出版
業界に必要なのは、出版物を「ビジネスプロダクト」として考えることのでき
る、「ビジネスプロデューサー」としての編集者なんじゃないかな、と思った
のでした。

 って、そういう通信教育の講座を作ったら、売れますかね?(笑。

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:
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 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

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■あとがき
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 今年最初の5日号です。なんと、珍しく5日に配信できました。

 本年もまたお付き合いのほど、よろしくお願い致します。(aguni原口)

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