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[本]のメルマガ vol.647

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■■  mailmagazine of books        [ふいに物語の幕は閉じる 号]
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★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp/

『地図で見るロシアハンドブック』

パスカル・マルシャン著 太田佐絵子訳
A5判 176ページ 本体2800円+税 ISBN:9784562054053

今のロシアが一目瞭然でわかるアトラス! ウクライナ危機、国境の変化、北
方領土、世界の新たな均衡など、ロシア地政学全般を概観する充実した図版と
記述。オールカラー。◎シリーズ既刊『地図で見るアラブ世界ハンドブック』

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ ユイスマンス2.『彼方』

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 手塚治虫『マンガの描き方―似顔絵から長編まで』

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 今回はお休みです

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

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■トピックス
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■『リーブル展 はじまりは、こどものお祭りの絵本』
└──────────────────────────────────

2017年6月7日(水)〜7月3日(月)
場所:青猫書房 〒115-0045 東京都北区赤羽2−28−8
電話03−3901−4080
http://aoneko-shobou.jp/

報告とこぼれ話 6月11日(日)14:00〜15:30 ※要予約20名まで。
「こどものお祭りを取材して」
 中村 博(おまつり絵本の作者)&福井和世(リーブル編集者)

 予約お問い合わせ http://aoneko-shobou.jp/contact.html

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■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その12 ユイスマンス2.『彼方』

 今回はユイスマンスの作品の中でも、黒魔術を描いたことで有名な『彼方』
という作品を食べ物を中心に見て行きたい。

 実はこの物語は、物語よりも食物にしか関心がないのではないかと思えるほ
ど、不思議な食物や香辛料が仔細に書きこまれているのだ。時空を超えてその
食物を共に味わって行こう。

 物語は三つの場所で進行する。

 一ヶ所目は、主人公デュルタルの住居と周辺の現実のパリの町。
 二ヶ所目は、サン・シュルピス寺院の鐘楼の上。鐘突きのカレー夫婦の住む
貧しい住居だ。
 そして、三ヶ所目は青髭と呼ばれたチフォージュの城主ジル・ド・レーの住
む中世の城の中だ。と、いうのも、作家であるデュルタルは、目下ジル・ド・
レーの伝記を執筆中。だから、彼の頭の中は、中世の会話や出来事が次々と甦
っている状態なのだ。

 それぞれの場所で繰り広げられるドラマと、そこで読者に供される不思議な
食物を見て行こう。

 さて、最初の舞台は一八八八年から一八八九年のパリ。
 世紀末の虚弱な知識人らしく『彼方』の主人公デュルタルは、淡泊で及び腰
である。
何に?
色事にだ。

 ある日、作品のファンだという女性からの手紙が届き始めるのだが、なんだ
かうれしくなさそうなのだ。やがて彼女は知り合いの男の妻で、美しく謎めい
たある婦人だとわかってくるのだが、自分からは何もしない。ある日不意に彼
女の方から彼の部屋に尋ねて来て、そしてやっと恋が始まる。 

 だが、ちっともデュルタルは喜ばないのだ。面倒なことになるのはごめんだ
とばかりに嘘ばかりつく。けれどもある日、相手のイヤサントが怪僧ドークル
と知り合いだと知り、黒ミサに行きたさに彼女を利用しようとする。

 そんなデュルタルが、彼女のためにしてあげたことといえば、お茶菓子やボ
ンボンを買いに遠くまで出かけたことくらいだ。
 もちろん独身男の常として、部屋を必死で掃除し磨き上げ、暖炉の前にはお
茶の用意をし、さりげなくクッションを置いたり、化粧直しの道具を洗面所に
準備したりして大わらわではあるのだが…。 

 彼が買ったのは、

「近東地方の薬菓子を思わせるような味の胃健糖と、仏手柑の純良なエキス」

 この何やら怪しげな珍味を手に入れて喜びながらも、

「何もイヤサントの味覚を楽しませてやろうというわけじゃない。人の知らな
い強精剤を食わせて驚かしてやろうという寸法なのさ」
と、心の中でつぶやく態度にはあきれてしまう。

 では、彼女は驚いたのか?その味はどうだったのか?

 残念ながら彼女は、仏手柑のボンボンには手も付けないで、胃健糖を銀の杯
に注がせて少し舐めただけだ。

「この薬には丁字の匂いがするが、バラ水に浸した肉桂の花の香りも混じって
いる」

などと、色事の後の二人は落ち着いて語り合う。

 どうも、お菓子というより、何だかドロドロとした液体のイメージらしい。
クローブに薔薇にシナモン。そんな近東の神秘にびくともしない彼女は、やが
て実に退廃した快楽を潜り抜けてきた女であることを明らかにして、最後には
デュルタルを震え上がらせるのだ。 


 さて同じく現代ではあるのだけれど、サン・シュルピス教会の鐘楼の上とい
う不思議な場所にデュルタルは出かけて行き、友人たちと何度も宴を張る。
 メンバーは、医師であるデ・ゼルミー、デュルタル、敬虔なカソリック教徒
のであるだけではなく鐘の歴史にも素晴らしい知識を持つ鐘つきのカレーとそ
の妻。そして後半には、なんと本物の占星術師であるジェヴァンジェーもやっ
て来る。

 もっとも宴といっても豪奢な食べ物が出てくるわけではない。カレー夫婦は
大変貧しく、出身地から送られてくる泡立つ林檎酒とカレー夫人が腕によりを
かけて作ってくれるスープやサラダなどがメインなのだ。独身男の医師のデ・
ゼルミーやデュルタルはぶどう酒やリキュールコーヒーや果物、肉やチーズな
どを余るほど持ち込んで、ご馳走に珍味を付け加えて楽しむのだ。

 大野英士著の『ユイスマンスとオカルティズム』の中では、ジャン・ピエー
ル・リシャールはここの料理を鍋料理(ポ・ト・フ)と呼んでいる。そうか、
ポ・ト・フなら、肉と大量の野菜を同時に料理できるわけだ等と、私は、狭く
て上り下りのきつい鐘楼の上で料理をするカレー夫人に思いをはせる。何しろ、
彼女はここの生活ですっかり足が弱ってしまっていて、この宴会の最後には姿
を消し、デ・ゼルミーが珈琲の支度をする決まりになっているのだ。けれども、
鍋料理という言葉の中にあるよう素朴な感じは、この宴会には当てはまらない
気がする。

 では、その食卓の様子を見てみよう。

 初回のご馳走は、特にメニューが書かれていないのだが、オランダ三つ葉の
矛先と野菜の強い香りがするマホガニー色の肉スープで始まる。

「表面に茶褐色の波をたたえ、黄玉のように泡のたったスープは、薄いわりに
脂肪分が勝っていて、舌ざわりはちょっとくどいけれども、鶏の臓物を煮立て
て味をつけたために、風味は格別であった」

 さすが、美術評論家でもあるユイスマンスだけあって、一皿のスープについ
てこれだけの描写で書きこんでいる。トパーズのきらめきの泡がたったスープ
っていったいどんな味なのだろう。

 それから煮えた肉が持ち込まれ、瓶詰のひしこ鰯(アンチョビ)と酢漬けの赤
キャベツ、チーズなどが添えられる。
 泡立つ林檎酒がばんばん注がれる食卓は、本当に贅沢で芳醇な感じがする。
 時間になるとカレーは鐘を突きに出て行き、部屋は鐘の音の振動で震え、音
は部屋中を渦巻くようだ。そんな敬虔な場所にいながら、彼らの話題はひたす
ら中世の悪魔礼拝についてなのだ。

 別の日のメニューは、デ・ゼルミーがあらかじめ買っておいた羊の腿肉だ。
彼はこれを数日、自宅の窓の傍に吊して風に当てて身を引き締めておいて鐘楼
の家の持って行くという。イギリス風ということだが、生肉の塊へのこういう
扱いこそが、もう私たちにとっては充分異国の料理という気がしてくる。干し
肉とか今でいう熟成肉の感覚なのだろうか?せいぜいベランダにつるした網で
魚の干物を作ることしか思い浮かばない人間にとっては、驚くべき未知の味だ。

 それでは今回コックを引き受けたデ・ゼルミーの様子を見てみよう。彼は肉
をきっちり布巾の中に縫い込んで、乾草一握りと韮の球根、人参の株と玉葱、
肉豆く、月桂樹、立じゃ香草などを入れて、魚のスープで煮こんでいる。

 この羊肉が切り分けられる場面を見てみよう。

「肉はすばらしい赤味をおびていて、刃物をいれると汁が豊かに流れ出した。
一同は裏ごしにした蕪のスープで香りをつけ、風見草の実を絞った白いソース
で甘みを加えた、弾力のある肉の味に舌鼓を打った」

 なんて、手の込んだ料理だろう。

 この日はこの他に、デュルタルが持ってきた酸味のきいたイギリス製のオレ
ンジのジェリーがあり、一同はパンにそれを塗りつけて珈琲を飲みながら、や
って来た占星術師と男性夢魔の話で盛り上がる。

 この占星術師はナポレオン三世の宮廷につかえた男で、卵型の禿げ頭の持ち
主。全ての指に大きな指輪をはめ、その由来をとうとうと語って見せる。いつ
も疑問に思うのだけれど、物語の中の魔女や魔術師は十本の指全部に指輪をし
て現れるのだが、どうやって生活しているのだろう?一度家中にある指輪を試
しにはめてみたのだけれど、何もできなかった。爪を長くしてそれで用事を済
ませているのだろうか?

 まあ、それはともかく、楽しげで偉そうなこの男は、この後ドークルという
黒魔術師を怒らせて呪いを受け、リヨンの神父のところまで行って呪いを解い
てもらう羽目になる。

 と、いうわけで、三回目の宴に彼は来ず、食事も会話もあっさりしたもので、
骨を煮出し油を浮かした濃い金色のスープについての描写はあるが特にご馳走
の描写はない。

 一番素晴らしいご馳走が出てくるのは、四回目の宴だ。

 無事呪いが解けて帰還した占星術師を祝う意味もあってか、奇妙な珍味が並
べ立てられる。

 デュルタルは果物とぶどう酒のほかに「本物のオランダの生姜入パン」とち
ょっと珍しい酒を二種、届けさせておいたという。

 そのオランダの生姜入りパンについての食べ方が長々と書いてある。

「まずこれを薄絹のように薄く切り、次に普通のパンを又薄く切り、両方にバ
ターを塗って重ね合わせて食べるのです。」

 そうするとその風味は新鮮な榛の実、つまりヘーゼルナッツのようなデリケ
ートな味がするだというのだ。生姜がどうやったらナッツの風味に化けるのだ
ろう?

 この日持ち込んだリキュールは、延命長寿の妙薬エリキシルという黒くて漢
方薬のように様々な薬と没薬が入った苦い酒と、オランダ三つ葉入の甘い酒の
二本。
 エリキシルは非常に古い医薬の処方によってつくられていて、アロエに小豆
く、サフランと没薬が入っているらしい。没薬と聞いてはミイラを思い浮かべ
ずにいられない。まさしく長生きできそうな気がしてくる酒だ。これを飲んだ
一行は、そろってその苦さに顔をしかめる。けれども、オランダ三つ葉の甘い
リキュールはウイキョウ酒より柔らかくて女性的で、柔らかい味があったとし
ている。占星術師にはアルコール分が弱すぎて不評だったらしいが、デュルタ
ルは、オランダ三つ葉のかすかな香りが舌の表のどこかに感じられるのを楽し
んでいる。

 ここまで来ては、この香りについて知りたくなりませんか?

 調べてみるとウイキョウというのは、アニス、フェンネルとも呼ばれる香辛
料のことだけれど、日本ではあまりなじみがない。ウイキョウ酒とは、アニス
酒とかバスティスというリキュールのことを言うらしい。
 けれど、このオランダ三つ葉は、おなじみのあれです。セロリです。セロリ
のほのかに香るリキュールというのは、特に飲みたくはないけれど、まあ許容
範囲という気はする。

 とにかく、彼らはスープと野菜の大皿を味わい、様々な香辛料入の食物の味
を批評しながら、ひたすら語り続ける。

 敬虔な信者のカレーの住居で、しかもそこは教会の鐘楼の中なのに、彼らの
話題は悪魔主義と黒ミサについて終始する。
 と、いうのも、デュルタルは愛人の手引きで現実の黒ミサに参加しようと目
論んでいるからだ。

 ここで、パリを離れて、今度は中世の宴に飛んでみよう。

 後に青髭と呼ばれたチフォージュの城主ジル・ド・レー。彼はジャンヌ・ダ
ルクに仕えた敬虔な男であったのだが、財産を失い始めてから錬金術に耽り、
悪魔主義に走り始めていた。彼が青髭と呼ばれ恐れられたのは妻を殺したせい
ではなく、領地の子供たちをさらって殺害したためだった。 
 そんな中世の悪魔主義者の饗宴は、ありとあらゆる感覚を煽り立てる目論見
で作られた刺激的なものだった。

 ユイスマンスは、次々と肉や香辛料の名前を羅列してみせる。

牛肉、鮭、鮒のコロッケ。
子兎や小鳥の赤身。
あついソースをかけた肉団子や乳房型の肉饅頭。
鷺、シャコ、孔雀、五位鷺および白鳥などの焼き肉。
未熟なぶどう液に浸した猟獣肉。
ナントの八目鰻。
胡ろやホップやタンポポや葵のサラダ。
マヨラナ、肉豆くの殻、コエンドロ、紅花、芍薬、まんねんろう、そぼおぎ、
ヒップ、林檎の種、生姜がなどで調味した強烈な料理。
胃袋に拍車をかけて酒の虫をあおる、香気が強くて酸味のかかった料理。
油の濃い饅頭菓子や、そくずの花とかぶらのサンドイッチ。
肉桂をふりかけ、榛の汁にまぶした米。
シチュー煮の肉。
そのあおりを受けて乾されるのは、

ビールや発酵させた桑の実の汁。
燗をした渋色のぶどう酒。
肉桂糖とアーモンドとじゃ香とを合わせた強いカクテル。
金色の斑点をたたえた強烈な酒。
狂的な飲み物の数々。

 何もかもが強烈だけれど、食欲があまりそそられない。現実においしく食べ
るものとは思えない。ただ、資料を書き写し言葉を選びながら、ユイスマンス
は楽しんだろうなと思える。
例えば、
「肉桂糖とアーモンドとじゃ香とを合わせた強いカクテル」
シナモンとアーモンドとじゃ香を合わせたら、いったいどんな香りがするとい
うのだろう? 香りというよりひどい匂いになってしまう気がする。でも、ユ
イスマンスの目には、シナモン砂糖の白と茶色の輝きと、アーモンドの実の薄
皮の茶色と象牙色が混じり合う美しさしか見えていなかったのではないだろう
か?
 さらに、私もこれを書き写しながら、難しすぎる漢字は省いていったのだが、
翻訳者田辺貞之助も楽しんだろうなと思うのだ。難解で画数の多い漢字で表さ
れる異国の情緒というものがこの食物の中に込められているからだ。

 とにかく、こんな饗宴で官能を燃え立たせ、ジル・ド・レーと友人たちは悪
行に耽っていったのだ。

 さて、ここに書きだした香辛料については不思議に思った人も多いに違いな
い。例えば強烈な香辛料の中に、ひっそり紛れている「林檎の種」は果たして
スパイスとしての効能があるのだろうか。

 石井美樹子著の『中世の食卓から』によると、東洋的なものは皆スパイスと
見なされていたので「米と干し果物」もスパイスとされていたと書かれている。
そして、いかに刺激的な香りを食卓に漂わせるかが料理人の腕の見せ所だった
らしい。

 この後ジル・ド・レーは、食卓で感覚を刺激し官能に走ったことを宗教裁判
の席で罪として告白するのだが、もしかすると、この程度の豪華な食物が並ぶ
のは当時の城主としては当然の食卓風景だったのかもしれないのだ。 
 
 中世ではジル・ド・レーは強い香辛料を振りかけた食物で感覚を麻痺させ、
罪の中に浸っていった。

 これに対して前世紀末の鐘楼の中では、知識人階級が感覚を研ぎすませて食
物やリキュールの中の香辛料を味わっている。彼らにとって香辛料は、中世の
「感覚を麻痺させる」作用とは違うようだ。逆に、何か奇妙な憧れをかきたて
る、別世界への鍵のように見えてくる。

 大野英士著の『ユイスマンスとオカルティズム』の中では、ジャン・ピエー
ル・リシャールによる「一、罰を受けた食物」「二、犯罪的な食物」「三、シ
ュルピスの食物」という説が紹介されている。

 一は、身体的なレヴェルでネガティヴな食物という事で、風味がなく味が決
まっていない混ぜ物入りの食物の事らしく、デ・ゼルミーが語ったような街の
食堂の食物のことを指すらしい。現代でいうならば添加物満載のコンビニ食の
ようなものだろう。
 二は、ジル・ド・レーの食べる中世の香辛料たっぷりの食物を指すらしく、
香辛料は「死を隠ぺいする仕掛け」としている。
 三は、カレー夫人の作る鍋料理(ポ・ト・フ)のことを指しているという。
教会という場所で作られ食べられるカレー夫人の料理は素朴でありながらも恩
寵を受けた素晴らしい食物という事になる。

 だが、デ・ゼルミーは鐘楼の下でスープを作りながら鍋に様々な香辛料を放
り込み、デュルタルは香辛料のきいた食物や酒を持ち込んで、会食者は皆その
香辛料をかぎ分け、うっとりと味わっている。彼らが敬虔なる教会の中で感覚
の享楽にふけっているということも、見逃してはいけない気がするのだ。

 さて、そんな中でデュルタルは黒ミサに参加するが、魔術の実在を信じ切れ
ず、儀式のおぞましさだけを感じてイヤサントとも手を切る。

 その場では、聖パンが穢されている様子が描かれている。けれども、この聖
パンというものは、信者の口に入れられるものでありながら、食物ではない。
これを信仰の象徴として尊重する意識のもとで見ない限り、黒ミサやイヤサン
トの行為はさほど恐怖を感じさない。信仰なき現代の私たちがその描写から受
け取るのは、おぞましいというよりせいぜい不潔という印象だ。そして、デュ
ルタルはデ・ゼルミーに黒ミサの様子を話し、所詮あんなものはヒステリーの
饗宴とくさすのだった。

 最後の宴のご馳走は、カレー夫人の心尽くしだ。
 黒くて苦い延命長寿の妙薬エリキシルを凝りもせず舐めている彼らに供され
たのは、

お素麺の入ったスープ。
冷肉のサラダに塩漬け鰊とオランダ三つ葉を添えたもの。
チーズで炒めた馬鈴薯のおいしいピューレ。
果物。
新しい林檎酒。

 特に、このピューレは田舎風の竈で焦がしたという、表面にキャラメルを塗
って金色の艶をつけたお菓子のように見える一皿で、とてもおいしかったらし
く、一同大絶賛だった。

 おいしいもので一杯の鐘楼の外は、一八八九年のパリの街。ちょうどブーラ
ンジェ将軍の選挙に街中が沸き返っている。

 魔術が存在した中世という時代の深い信仰の力に憧れながらも、何も信じ切
れない科学の時代の知識人たち。彼らの生きている時代にも自称魔術師は存在
し、この物語のように黒ミサが行われたり、魔術で呪いをかけたり、その呪い
を解いたりの騒動は本当にあったようだ。

 彼らは、教会の鐘楼からパリの町を見下して座っている。美味しいものでお
なかはいっぱいなのに、苦々しく現世を語り合いながら。

 そして、ふいに物語の幕は閉じるのだ。 

 最後に、これを読みながらあまりに香辛料やハーブの名前が多いので、現代
の一般的な表記をあげておく。漢字が難しすぎてここに反映できないものもあ
るので、ほんの少しだけ。

丁字=グローブ
肉桂=シナモン
オランダ三つ葉=セロリ
立じゃ香草=タイム
小豆く(しょうずく)=カルダモン
胡ろ(ころ)=ユウガオ、またはヒョウタンの別名。
肉豆く(にくずく)=ナツメグ
榛(はしばみ)=ヘーゼルナッツ
まんねんろう(万年朗)=ローズマリー
マヨラナ=ハナハッカ=マージョラム

 今宵は、この中の一品を使ったお料理を召し上がりながら、例えばオランダ
三つ葉、つまりセロリ入りのスープかサラダなどを召しあがりながら、十九世
紀末に思いをはせて欲しい

 その時かける音楽は、是非、サティを。

 そうすれば、中世の饗宴とはいかなくても、十九世紀末のパリの食卓の風景
が、あなたの中に甦って来るだろう。

『彼方』         J.K.ユイスマンス著(創元推理文庫) 
『中世の食卓から』       石井美樹子著 (ちくま文庫) 
『ユイスマンスとオカルティズム』 大野英士著   (新評論)

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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に、『みち
のく怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■ホンの小さな出来事に / 原口aguni
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手塚治虫『マンガの描き方―似顔絵から長編まで』

 小学生の頃、クラスにマンガ絵のうまい女子が居て、しかも性格も良かった
ので、休み時間などに、みんなにマンガ絵の描き方を教えてくれていた。今で
も覚えているのは女の子の目の描き方。黒丸と白丸描いて、上下をカッコで描
いてまつ毛書いて、という一連の流れは今でも覚えていて、教え上手だったの
だなぁ、と今から考えれば思う。ただ、顔の輪郭などの描き方がわからなかっ
たために、今でも目しか描けない。

 たぶん、中学時代だと思ったけれども、姫路の方に住んでいた親戚の叔父叔
母の家に、ひとりで泊まりに行ったことがあって、なんで行ったのかはさっぱ
りわからないのだけれども、そこである本を見つけた。

 叔父叔母は国語教師で、私は今でもそうだが、人の家に行くと本棚を見てど
んな本があるのか探すという、いまいち失礼な癖があり、他の本はまったく記
憶にないのだが、夜、寝る前に、手塚治虫の書いた『マンガの描き方―似顔絵
から長編まで』という新書を発見した。光文社のカッパのシリーズで、ヒゲオ
ヤジに手塚治虫がマンガを描いてみせている、という表紙だった。

 その夜、夢中になって読んで、結局、その本をもらって持って帰ってきた。
どうも私はそういうことが多かったらしく、大阪の祖母の家では『項羽と劉邦』
全3巻を読み切れなくて、これももらって帰ってきた記憶がある。割と私は人
に本をあげる方なのだが、これは幼少時代、自分があちこちからもらっていた
からなのかもしれない。

 で、まあ、この本は確かに内容はマンガの描き方を手塚治虫が教える、とい
う内容ではあったのだが、では、実際にこれでマンガが描けるようになったか
と言えば、まったくならなかった。

 というか、実際のところ、この本で描かれていることを実践しようとさえ、
思わなかった。

 やる気があるなしの問題なのだろうか? 漫画家というのは今でもあこがれ
ていて、もしかしたらこれからでもできるんじゃないだろうか、くらいの幻想
を持っているのだけれども、でも、実践しなかった。

 今から思えば、この本を読んで感じるのは、手塚治虫のすごさである。マン
ガ愛とか、研究熱心さとか、ちょくちょく挟まれる手塚治虫のエピソードに、
言ってみれば「引いて」しまうのだ。

 手塚治虫ってすごいよなー

って思ってしまうようなマンガの描き方。これ手塚治虫のマンガ観を知るため
の読み物としては面白いけれども、タイトル的には駄目じゃん、と今になって
思う。

 大学時代、図書館の地下の資料庫の中で、講談社の手塚治虫全集が揃ってい
るのを発見して、その膨大さに驚いた。何しろインターネットもない時代だか
ら、こんなにたくさん描いていたんかーとびっくりした。

 で、大学の休講やサボリの度に図書館に出入りし、全巻読破するぞ!と思っ
ていた。

 ところが、手塚治虫の作品ってのは、面白いものと面白くないものがあるこ
とに気がついた。天才・手塚治虫だけれども、それは今でも思うけれども、ど
うもやはり古さというか、なんでこれ描いたん?みたいなものもまじっている。

 しかも、その量が結構、多い。

 そのあと、いろいろテレビ等で手塚治虫論を見るにつけ、結局、手塚治虫の
作品の中には、エンターテインメントとして完成されているものと、表現方法
の実験的な要素が強いもの、あまり絵的に得意とは思えない分野にチャレンジ
したものなどがあるんだなぁ、ということがわかった。

 チャレンジも、当時であれば目新しかったのかもしれない。しかし、それを
数十年経って読み返すと、もはや古く見えてしまうのは、これは仕方のないこ
とだろう。

 個人的には『W3』のストーリーはめちゃめちゃインパクトあって面白かっ
た。しかし、表現は古さを感じる。実写映画とかにしたら、アベンジャーズみ
たいにならないかな?

 またまた、なぜか心に残っている『ドン・ドラキュラ』。手塚治虫作品の中
でも、あまり話題にされることのないひとつではないかと思うけれども、個人
的には好きだった。あまり話が転がらずに3巻で終わってしまったが、本来は
いろんなモンスターが出てくる話になれば面白くなりそう。Wikipedia を見る
とブラックジャック連載後に、まったく逆の作品を、ということで描いたらし
いが、よくよく考えてみれば、ブラックジャックと登場人物の配置が同じであ
る。ただ、ブラックジャックには病気と患者という要素がストーリーを膨らま
せていたのに対して、単に血を吸う吸血鬼、しかも、吸われているときには催
眠だか何だかで記憶がない、というのでは、話にバリエーションを持たせられ
ない。

 これもある意味、実験だったのかなーと思う。

 漫画家にもいろいろなタイプが居て、ひとつひとつの作品に対して思い入れ
が強すぎるのか、なかなかストーリーが終わらず、結局、未完で終わってしま
うタイプもいれば、手塚治虫のように、片っ端から描いて描いて、どんどん完
結させていくタイプも居る、ということだろう。

 そして、その手塚治虫のすごさをストレートに語られてしまうと、「とても
真似できない」と思ってしまうわけで、それが手塚治虫の書いた『マンガの描
き方』という本だったと思う。

 なんていうか、手塚治虫は読者に対し、これくらいの覚悟がないとマンガは
描けないんだぞー、とプレッシャーを与えたかったのではないだろうか…。

 というのは、少しうがった見方だろうか?

----------------------------------------------------------------------
■「[本]マガ★著者インタビュー」:
----------------------------------------------------------------------

 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
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 前回、この欄で予告しましたダイエットですが、予想以上に体重が落ちて、
現在、−5.5キロを達成しました。

 ただ、このくらいになりますと、なかなかここから先が落ちず、逆に少しリ
バウンドしては落ちて、の繰り返しのような状態。

 そろそろジムにも行って、プロのアドバイスを受けないとなーと考えていま
す。

 前回、ここで宣言したらうまくいったので、味をしめて、また1か月後に報
告する、と宣言しておきます。

 来月をお楽しみに!(aguni原口)

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