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[本]のメルマガ vol.638

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■■ [本]のメルマガ                 2017.03.05.発行
■■                              vol.638
■■  mailmagazine of books        [オヤジどもに任せると 号]
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★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp/

『鳥瞰図で見る古代都市の世界:歴史・建築・文化』

ジャン=クロード・ゴルヴァン著 吉田春美訳
A4変型判 224ページ 本体4800円+税 ISBN:9784562053759

130におよぶ復元図で甦える、古代世界のパノラマ! 古代都市の景観を精
密な水彩画で再現し、歴史や建築、都市計画をわかりやすく紹介。地中海沿岸
を中心とした9つの地域別に、全88都市の復元図を掲載。オールカラー。

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その9 中條百合子の恋 3 『二つの庭』 第二部

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 編集者の目―土方正志『震災編集者』(河出書房新社)

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

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■トピックス
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■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その9 中條百合子の恋 3 『二つの庭』 第二部

 さて、今回は、『二つの庭』のもう片方にあたる、伸子が素子と暮らす郊外
の家の様子を見てみよう。ここでは、素子が台所の主導権を握っているらしく、
主に京都風の献立が食卓に出されている。 

素子は、
<…夏になれば、鎌倉に粗末な家でもかりて
 …ナジモヴァの「椿姫」を見のがさず、
 日本橋でうまい鰆の白味噌づけを買い、
 はしらとわさびの小皿と並べて食卓を賑わすとか。 >

ということを楽しみ、生活の価値の幾分かを見いだしているようだと描かれて
いる。 

 ここに日本橋とあるのは、その頃の魚河岸が日本橋にあったからで、そこま
で魚を買いに行くということは、実にお洒落で贅沢な生活を表しているのだ。
今なら、デパートの地下でたいていの物を手に入れられるだろうけれど、少し
前までは、本当においしい魚を手に入れたければ築地で買わなくちゃ、という
心意気が東京の主婦にはあった。そこで手に入れる、はしら、つまり貝柱とわ
さびの小皿とは、まさしく季節の一品で、酒飲みにはたまらないおつな一品だ
ろう。若いときに大阪で新聞記者をして祇園で遊ぶ味を覚え、お酒にはそう強
くないけれど飲むのは好きだったというそんな素子のモデル湯浅芳子の姿を彷
彿とさせる粋な小皿料理だ。 
  
 けれど作者は、些末なことに価値を見出す小市民的なインテリという素子像
の象徴のように、この一品を描いている。

 その上、二人の京都旅行のときの、祇園の女将や芸者との遊びの様子を描い
た『高台寺』に描かれた一場面が、少し歪んで物語の中に姿を現わしたりする。
まるで、素子の一種の退廃した一面を読者に感じさせようとしているようだ。

<…素子は、小説を書こうという人間が、何さ!と、屋台の寿司をたべたこと
のなかった伸子を、そういう中に引き入れるのであった。> 

と、祇園の女将や芸妓との交際に相容れない伸子を非難する、素子の世慣れた
姿を作者は描くのだけれど、少し的外れな気もする。 

 この屋台の寿司というのは、志賀直哉の『小僧の神様』にも出てきたけれど、
今で言ったら、屋台のおでん屋や飲み屋のような感触か、それよりもっと手頃
なファーストフードのようなところだろうか。お子様はお断りの場所のようで
もある。百合子の日記にも、帰り道に神楽坂に出ているうまい店に立ち寄って、
二人で寿司をつまむという記述が見られるので、本当に芳子は気軽に入ってい
ったようだ。

 いずれにしろ、自分とは違う人間としての素子像を、屋台の寿司屋を背景に
浮かび上がらせて見せようとしているのだが、逆に、出版社で働き、一人でも
屋台で寿司をつまめる素子に対して、主人公の伸子がいかにお嬢様育ちの作家
だったかを表してしまっているようだ。 

 素子の拵える京都風の料理は、素子好みの狭い世界に自分たちを閉じこめる
象徴のように何度も作品の中に現れる。 

 例えば、「おはぎ」。 

 素子の亡き母の命日に作り始められたおはぎは、最後まで食べられる場面の
ないまま終わってしまう。
 それは、柔らかめに炊けすぎたご飯を丸め始めた頃にやってきた、三人の青
年のせいだった。アナーキストを名乗りルパシカを着てステッキをついた彼ら
は、有名人のところへ訪れては寄付金を要求する最近流行の「りゃく」をしに
来たのだった。

 彼らときちんと話そうとしたがうまくいかず、釈然としないまま電車賃だけ
を渡して帰らせた伸子は、考え込んでしまって、できてきたおはぎに気持ちが
戻らない。ただひたすら念入りにおはぎをお箸でちぎり続けるだけで、口に入
れようとしないのだ。 
 
 そして、このことは、何日かおいた後でも、伸子に考え続けさせる。無産者
新聞を読みながら、縁側に腰をかけて夏草の茂る庭を眺めながら、自分が日々
を平穏に過ごしていることに、

<一昨日と同じように、 
…今夜も、冷たい京都風な煮にゅうめんをたべるだろう。― >

と、いうことに、
澄明ではない物を感じ、学生運動への弾圧などに考えを移していくのだ。 

 この物語の後書きの中で、百合子はこう書いている。

<日本の社会が、あらゆる階層を通じてとくに婦人に重く苦しい現実を強いて
いることは、人生を愛す気質をもって生れている伸子を一九二七年の空気のな
かで、社会主義へ近づけずにいなかった。「二つの庭」で、伸子は、これまで
人として女として自然発生にあった善意と理性が、人間行動にうつされた場合
の形として、社会主義を見出している。しかし、「二つの庭」で、伸子は、ま
だそのような個人的善意の社会的行動に自分をゆだねてはいないのである。伸
子は組織について無知であり、社会主義的な集団にも属していない。>

 うーん、それにしても、この主人公はぼんやりし過ぎじゃないだろうか。 

 この作品の目的を私は、「伸子がなぜソ連にわたったか」を書いているもの
だと思ってきたのだが、何度読んでも、答えが出ないのだ。
 
 さらに、残念ながらこの作品は、素子が「女を愛する」女性であると高らか
に宣言しているところで、主人公をひるませて見せて自己弁護をし、この女性
二人の間柄を同性愛ではなく友情だったとごまかすことを第一の目的としてい
るようなところがある。

 確かに、中條百合子の湯浅芳子への恋が終わったのは、この時期なのかもし
れない。けれど、百合子の日記を読む限り、この状態へのいらだちを感じてい
るのは百合子より芳子のような気がするのだ。 
 
 もう一度物語の中に戻って食物を見て行こう。

 素子の作る食事は、本当に、こんな風に狭い「夫婦生活」の模倣のようなも
ので、社会の動きに背を向けて、狭い家庭の中で細々と楽しむような生活の象
徴なのだろうか。       

 逆に、二人の生活にある自由の味わいを感じさせる食物の場面が二つある。 
 
 その一つが「おいしい干物」の出てくる場面だ。 

 夕暮れ近くに二人の住む家にぶらりと訪ねてきた素子の友人の男、竹村が、 

「ところで、今日は、引っぱり出しに来たんだ。−ひとつ出かけませんか」 

という。
 彼は、ロシア文学の翻訳仲間で、園芸家。カーネーションが盛りなので見に
来いという。二人は、相談し、素子が、 

「じゃ、行こう。おいしい干物があるから、あれをもってってご飯を食べよう」 

と、出かけることになる。 

 二人はカーネーションで一杯の温室に案内され、伸子は香りに酔ったような
気分になる。その後、竹村の簡素な住居で、

<竹村がへっついをもやし、素子が土間の七輪で鰺のひとしおを焼き、伸子が
笊に入っている茶碗を並べて、むき出しの電燈の下で夕飯がはじまった。>

 なんだかとても自由で、芸術家らしい荒っぽさを感じさせる一場面だ。 
  
 もう一つが、「お土産だったアイスクリームをたべたガラス皿」のある場面。

 二人の共通の友人で小説家のウメ子が遊びに来ている。三人は、あれこれ話
をしながらすっかりくつろいでいる。ウメ子は泊まっていく予定だ。だから、
借り着の素子の浴衣を着ている。三人の話題は、小説の中のリアリズムから、
社会主義、階級論へと移っていく。そんな、三人の前にある、片づけられてい
ないアイスクリームの皿を見ると、生活の主役が自分である女同士の生活を感
じずにはいられないのだ。

 これがもし、夫婦の生活だったら、どうだろう。客と主人が話し込めば話し
込む程、主婦は皿を片づけ、茶を入れ替え、客の布団の支度を始めて、座に着
く暇もないだろう。客が主婦の友人だとしても、あまりくつろげまい。自分が
主役の生活だから、皿もそのまま、会話も自由。

 冷蔵庫もない時代のお土産のアイスクリームは、夏の夜にどんなにおいしく
冷たかっただろうか。この空っぽの皿は充実した生活の器のようだ。 
  
 たとえ作者がどんなに否定しようと、この家の生活は自由で甘く、伸子に安
堵感を与えるものだったように感じる。 

 冒頭部の第四章、伸子が実家からこの家に戻ってくる場面を見てみよう。 

 伸子が門を入ると、台所口の方で、 

「それゃあ、あんまりですよ奥さん!みて下さい、このピンピンですぜ…」 

と、さかんに言っている魚屋の若い者の声がする。

 素子が冷やかしながら、あれこれと魚を買って楽しんでいる様子だ。台所に
は、彼女の赤いパイプからひと筋の煙がゆるく立ち上って、かすかな風で、日
向に流れていく。 

 暗い顔で、実家の様子もあまり語らない伸子の様子に、素子は、女中に言い
つける。 

「きのう貰った五家宝切っておいで、お茶も願いますよ」 

 やっと、我が家にくつろげるという風に、伸子は五家宝をたべ、 

「妙なものが好物なんだなあ」 

と、言いながら、目を細めて素子は煙草に火を付ける。 

 五家宝。きな粉にまみれた、柔らかめのおこしのようなこの菓子は、私も大
好物だ。とても懐かしく素朴なお菓子。昔は、ここにあるように切って出すよ
うな太くて長いお菓子だったらしい。きな粉のなんだか、なだめてくれるよう
な優しい感触がぴったりのこの場面、お菓子のある風景としては、名作中の名
作と私は思っている。 

 今夜は素子が選びに選んだ魚でおいしい夕飯ができるだろう。
 伸子が生活する家は、こんな風に素子の愛情によって守られた家だったのだ。 
 
 この作品の中にあるように、中條百合子は湯浅芳子との生活の中で、雑誌掲
載版から大幅に手を入れて『伸子』を単行本として出す。芳子もチェーホフの
『妻への手紙』を翻訳し出版する。実に充実した生活ぶりを感じる。 
 けれども、この庭を抜け出すために最初に扉を開けたのは、ソ連に行くこと
を決めたのは、湯浅芳子の方だった。どんなに作者が芳子を素子として描き狭
い世界に閉じこめて見せようと、もとから自由の気風をもつ芳子、ロシア文学
者である芳子が、時代の波を感じずにいたはずはない。さらに芳子はこの二人
の甘やかな生活にスポイルされていると感じ、そこから立ち去ろうとしていた。
百合子の心変わりにもいち早く気づき立ち去ろうとしていた芳子の苛立ちを、
百合子は日記に書き留めてはいるが、作品には描いていない。

 さらに、この恋を否定するために、素子の異常性を描いて見せようという試
み、同性愛者であった自分を否定しようという試みや、自分が無垢であること
を描こうとするその筆は、主人公である伸子を異様に子供っぽく見せてしまっ
ていて、ソ連へ出発する伸子の意識の目覚めが描き切れているとは思えないの
だ。

 この作品を食物を通してみる限り、百合子が空っぽの寿司桶と描いて見せた
はずの実家は、亡き家族へのノスタルジーによって、戦前の中流家庭の豊かで
楽しかった生活を感じさせるものとなっている。
 そして、この作品を書きだした時点で確かに百合子の恋は終わっていたのだ
けれど、二人の生活を描くその筆は、二人の間にあった友愛を描かずにはいら
れなかった。幾らおはぎを食べない伸子の姿を描いてこの恋を否定して見せよ
うとしても、女性二人の生活の持つ自由さは、素子のモデルである湯浅芳子の
魅力を語っていく。そして、五家宝を食べる百合子へ向ける芳子のまなざしを
描いたことによって、その愛を語り続けていくのだ。

 ともあれ、大正時代の食生活、それもかなり恵まれた暮らしの東京での生活
が味わえるこの書物、是非、一度おいしく召し上ってみて欲しい。 

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『宮本百合子全集』新日本出版
『二つの庭』 新潮文庫
『百合子の手紙』湯浅 芳子 編集 筑摩書房
『百合子、ダスヴィダーニヤ―湯浅芳子の青春』沢部 仁美 著   文藝春秋
『往復書簡 宮本百合子と湯浅芳子』黒澤亜里子編集 翰林書房

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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
 く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■声のはじまり / 忘れっぽい天使
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第107回 編集者の目―土方正志『震災編集者』(河出書房新社)

 東日本大震災から6年。その記憶はいまだに生々しい。地震の規模の大きさ
に加え、津波の被害があり、更に原発事故という人災も伴った。直接被害に遭
わなかった人でも、多かれ少なかれ、あの日から日本は変わってしまった、と
いう感慨を持っているのではないだろうか。その「うまく言えない部分」を掬
うのが「震災関連本」の役目であり、これから紹介する『震災編集者』(河出
書房新社)もその中の一冊と言えるが、被災した当時者である著者の職業が編
集者であるというところに、他の本とは違った面白さがある。

 本書は2016年の2月に刊行されている。1年前の本だが、ここに書かれてい
る内容は現在の状況にも当てはまることが多く、改めて読むにふさわしいもの
であろう。著者土方正志は1962年北海道生まれの編集者/ライターで、荒蝦夷
という出版社の運営者でもある。東北学院大学の卒業で仙台に住み、雑誌『仙
台学』や叢書『東北知の鉱脈』など、地域性を重んじる本を刊行していた著者
は、あの日を境に自ら被災者となり、めげることなく山形に場所を移して出版
活動を続けた。

 「めげることなく」と書いたが、当然ながらその過程に絶句する程の困難が
つきまとっていた。「自宅マンションは揺れにより全壊」「社員わずかふたり
の零細出版社は不安に包まれた。これで終わりかと覚悟もした」という状態だ
ったが、山形に着くと「思いもよらぬ支援の動き」があった。山形市内の本屋
がすすんで「荒蝦夷支援ブックフェア」を開催してくれ、各地の本屋もそれに
続いたのだ。これは荒蝦夷の本の企画に関わった文芸評論家東雅夫の呼びかけ
によるところが大きいという。著者たちは物資が乏しい中、苦労してガソリン
を入手しては在庫を運び出し、注文に応じていた。

 もちろん当地の書店も甚大な被害を受けている。気仙沼市のある本屋は、建
物こそ無事だったが、店内は泥の海。体験を語り合ううちに店主は「もういち
ど商売をしてみるか」という気になった。泥で汚れた『仙台学』を見つけた著
者が持ち帰っていいですか、と尋ねたところ、「あんたじゃなく、俺が今日の
記念品としてもらっておくよ」と答えた−。人のやる気・元気というものは、
他の人とのつながりによって生まれてくるのだなあと実感させられる。

 著者は被災後の心の拠り所は芸術や文学にあると考え、東北学院大学の連続
公開講座「震災と文学」のコーディネートに携わった。講座は驚くほど盛況で、
受講者のアンケートには熱い想いが綴られていたという。「読者だけでなく、
私たちもまた被災地に暮らしながら自らを鎮めるための『なにかを求めて』本
を編んでいる」「被災地の読者の転変を見詰めながら本を編む。被災地で本を
作る私たちの役割はここにあるのかもしれない」。出版社と読者が顔を見せあ
い、本や文学を通じて個人対個人として向き合う。広告の力で売るのとは違う
本の姿は、出版社側、受講者側の双方にとっても新鮮だったようだ。

 震災前年の2010年より、著者は文芸評論家の東雅夫らと「みちのく怪談」と
いう怪談のコンテストを開催していた。「みちのく」をテーマにした怪談掌編
のコンテストで、東雅夫、民俗学者の赤坂憲雄、作家の高橋克彦が選考委員を
つとめた。荒蝦夷は『みちのく怪談名作選』などの本の刊行や怪談関連のイベ
ントを積極的に行っていたが、震災に見舞われ、これらの活動「みちのく怪談
プロジェクト」がたちゆかなくなる危機に直面した。その際、力になってくれ
たのが全国の怪談同好の士であり、「ふるさと怪談トークライブ」と題したイ
ベントを各地で開催され、収益は「みちのく怪談プロジェクト」に寄せられた。
「怪談は死者と生者を繋ぐ文芸であり、鎮魂と慰霊の文芸でもある」(東雅夫)
というコンセプトのもとに行われたイベントはどこも熱気に満ちていたという。
怪談は鎮魂の文学であり、その土地の歴史や文化を語る地域の財産であるとい
う位置づけが何ともユニーク。失われていくものは、語り継がれることで、共
同性そして普遍性を獲得していくのだろう。

 2011年以後、承知の通り、震災をテーマにした多くの本、「震災関連本」が
刊行された。それらはまさに玉石混淆で、中には便乗本としか呼べないような
安直な造りの本もある。著者は他の2人の仙台市の編集者とともに毎年末にそ
の年のベストテンを選んでブックフェアを企画したりしていたが、書店員から
声をかけられ、同じメンバーで「二年目のいま読むべき震災本」を50冊選ぶこ
とになった。著者は選書している最中に「被災地で必要とされる本と被災地の
外で必要とされる本はどうやら違う」と気づき、結果としてそのリストは「編
集者としての目線と、被災者としての目線、そして被災地に暮らすひとりの生
活者としての目線」が交錯するものとなった。が、それでも足りないものが出
てくる。リストを見たある書店員に「コミックや実用書がない! オヤジども
に任せるとこれだから!」とダメ押しされ、10冊を追加して60冊のリストとし
たという。災害を切り口にした本の場合、直接被害を受けた人とそうでない人
の間では大きな温度差が生まれる。その温度差を否定するのでもなくもちろん
肯定するのでもなく、様々な立場を、必死に想像を巡らしながら受け止めてい
く姿勢がうかがえる。

 著者は、以前より災害ということに関心を持ち、ライターとして各地に取材
に出かけていた。1995年に起きた阪神・淡路大震災については、発生後から5
年間にわたって現地に足を運び、2冊の著書もある。東日本大震災後、荒蝦夷
の本を扱ってくれていた書店、海文堂に電話をかけたところ、「既刊をみんな
送って下さい。平台をあけて待ってます」との返答をもらったという。縁の深
い神戸だが、著者は自ら被災者になって、神戸の経験をどう活かすかについて
考えを巡らせる。神戸には被害の現場をそのまま保存する施設が幾つもある。
開館の際に、地元の住民から「災害の傷跡を売り物にするなんて」と反発を受
けたところもあったそうだ。それでも、やがて評価は反転し、施設に足を運ぶ
住民が増えていったという。東北の沿岸被災地でも同様の問題が起き、震災遺
構として保存を望む声と解体撤去を望む声が同時にあがった。著者は後者に理
解を示しつつ、被害の実像を子孫に伝える意義を訴える。当時者の気持ちを大
切にして、自らの主張をするにしても無理強いしない著者の姿勢は、被災地に
足を運び続けた経験の厚みから生まれたものであろう。

 編集者である著者は、息を飲むような悲惨な情景をまのあたりにしても、慟
哭するだけではいられない。この惨事をどんな人にどう伝えるのか。この事態
に対して、どんな人がどのように思うのか。そしてどんなことをどのように訴
えていけばいいのか。自分自身の体験さえ、多角的に分析せずにはいられない。
著者の体は1つだが、頭は10くらいあるのではないかと思わせるほど、人の
「立場」の多様性についての考察は鋭く、繊細で暖かい。人の中にするりと入
っていって、上手に相づちを打って本音を聞き出し、それを本という形に結晶
させる。そしてできあがった本を携えては、また人と人との縁を紡ぎ、次の企
画につなげていく。本書に収められた文章には編集者の性としか言えないもの
が染みこんでいるように感じられたのだった。

*土方正志『震災編集者 東北の小さな出版社<荒蝦夷>の5年間』
(河出書房新社 本体価格1,600円)

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:
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 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

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■あとがき
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 原稿待ちと、編集子自身の引っ越しのために遅くなりました。個人的な話で
恐縮ですが、2011年3月から住んでいたところを引き払いました。ちょうど震
災直後、ガソリンも電気も不足している中での引っ越しでしたので、いろいろ
大変だったことを思い出しました。

 身近に被災者が居たこともあり、直接的な被災・被害ではありませんが、い
ろいろ大変な思いや不安な思いもしたなぁ、としみじみとしていました。

 ってなわけで、やはり6年も住んでいるといろいろ物があふれ、想定以上に
引っ越しは大変でした。…という言い訳でした。(aguni原口)

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