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[本]のメルマガ vol.514

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□■[本]のメルマガ【vol.514】13年9月25日発行 
                  [世界が注目する日本の居眠り 号]
 http://honmaga.net/
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□■     創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4878名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
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★トピックス
→募集中です。

★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→イタリアも健康プームかい!

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→居眠りは日本にしかない睡眠らしい

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→あの世に行く前に原稿は書いといてくださいねw

★「はてな?現代美術編」 koko
→一日美術館の床に座って見たマシュー・バーニー

★「岩のドームの郵便学」内藤陽介
→史上初、教皇のイスラエル訪問

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『パンケーキの歴史物語』(シリーズ:お菓子の図書館)
              ケン・アルバーラ著 関根光宏訳

四六判 192ページ 定価2100円 ISBN:9784562049424

◎トミヤマユキコさん(『パンケーキ・ノート』著者)推薦

「読むほどにお腹がへるパンケーキ文化論。必携です!」
思わず人に話したくなるマニアックで楽しいエピソード満載! レシピ付。

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■トピックス
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■トピックス募集中です!
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■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
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第43回 長寿をめざす方に.....

8月に配信したメルマガ『イタリア猫の小言と夢』(N.218)に「フィレンツェ
人は最も長寿なイタリア人」という記事を書いた。

その根拠になる理由は、イタリア各州と大都市の住民の長寿と死亡のデータだ。
フィレンツェでは男性・女性とも、国の平均寿命である各79.08歳と83.66歳を、
男性は0.5歳、女性は1歳上回っているという。ちなみに南部のナポリはワース
トで、国の平均よりかなり低く、男性が75.82歳、女性が81.33歳で世を終えて
いる。

なにが長寿であることを左右するのか。気候?食べもの?ライフスタイル?性
格や情緒?

フィレンツェ大学の内科の医学教授によると、フィレンツェ人は命を縮めるの
を予防するといわれていることを励行している、とまず挙げる。タバコを吸わ
ず、肥満に気をつけ、野菜や果物を食べ、血液中の脂肪もコントロール下にあ
る。運動も心がけ、フィレンツェ南西部にある森林公園カシーネにでも行けば、
週末にジョギングやウォーキング、自転車を漕ぐ人が大勢いる。

しかも、フィレンツェでは新生児や幼児の死亡率が低く、循環器系疾患の死亡
率も高くない。食べ物が原因であれ、アルコールであれ、ドラッグであれ、中
毒による死や、交通事故による死亡率も国の平均より低い。婦人がん検診のシ
ステムも機能しているという。

単に長寿を望むということではないだろう。なるべく長く、自立した生を全う
したいと、まだ何十年か残っているであろう人生を意識すると必然的に湧いて
くる思いなのではないか。

そこで目にしたのがコッリエーレ・デッラ・セーラ紙の「ライフスタイルを改
善すれば老いるペースを落とせる」とか、「細胞の寿命を延ばす良性のストレ
スのためのルール」というタイトルのニュースだ。しかも、その理由に科学的
裏付けがされているが、細胞や染色体や、テロメアなど、あまり馴染みがない
ことがらで、よりよく知ろうと調べると専門知識の海に溺れそうだ。

科学的裏付けというのは、これらの記事は、ヴェネツィアで開催中の国際会議
《科学の未来》の議題「長寿の秘密」をとりあげている。テロメア(Telomere)
の研究で2009年にノーベル生理学・医学賞を共同受賞したエリザベス・H・ブラッ
クバーン氏の報告や、専門誌“The Lancet Oncology”に載った研究成果に基づ
き、それらの報告をわかりやすくいったのが記事のタイトルなのだ。

テロメアというのは、染色体の末端部にある構造で、染色体の末端を保護する
役をしている。細胞分裂ではまずDNAが複製されるが、細胞の多くは分裂できる
回数に限界があり、それを越えると停止する。その状態を「細胞老化」と呼び、
その分裂を停止した細胞では末端部のテロメアが短くなっていることが観察さ
れた。つまり、細胞が分裂するごとに染色体の末端のテロメア配列がすこしず
つ失われていく、摩滅していく、分裂に寿命があるということだ。それがヒト
個体の老化につながっているといわれる。

人の体で、生殖細胞は細胞分裂を繰り返してもテロメアが短くならない。この
ため生殖細胞はテロメアが長いままの配列を子孫に伝えることができる。なぜ
短くならないかというと、エリザベス・ブラックバーン氏が発見したテロメア
を合成する酵素テロメラーゼに、テロメアDNAを維持する働きがあるかららしい。

それなら、テロメアが摩滅して短くならないようにすれば、体の老化も抑制さ
れるのだろうか。どうすれば短くならないのか?
米国の研究者たちは、5年間、35人の男性のテロメアと酵素テロメラーゼの働き
を測定するために、かれらのライフスタイルを変えながら、定期的に血液検査
を続けた。

一つのグループはいつもの自分なりのライフスタイルを続けた。もう一つのグ
ループは、定期的に運動をし、健全な食生活をし、リラックスするレッスンを
受け、抗ストレスの活動に参加した。
5年後にどんな結果が出たか。なんと、後者の、ライフスタイルを改善したグルー
プの男性のテロメアは10%長くなり、改善しなかった前者のグループのテロメ
アは3%短くなっていたという!もちろん、この結果は、さらに広く深く、研究
される必要があるそうだが。

さて、上記に、長寿であることを左右するのは性格や情緒?と書いたが、まさ
かそれがそれほど関わっているとは考えなかったが、エリザベス・ブラックバー
ン氏の報告では、喪に服したり、出産で失職したりしてストレスを受けた妊婦
から生まれた新生児のテロメアは短く、大きな期待はもてないという。プシケ
(精神)がどうあるかで人の寿命に影響が及ぶ---それに科学的説明がされたと
納得させられる。

また、ブラックバーン氏によれば、テロメアの摩滅が、戸籍による年齢とは異
なる、その人の生物学的な真の年齢と関わっていることになる。テロメアは細
胞の損傷を修復するため、それが行われる限り病気をしないというから、年齢
とともに大きくなる、予測されるガン・糖尿病・アルツハイマーなどに罹るリ
スクにも関係してくる。今日、テロメアの長さが寿命の長短を意味するのだ。

ある記者は、遺伝子に“書かれている”平均125年という寿命に近づくには、ポ
ジティブなストレス(たとえば、好きで、満足感のある仕事をし、定期的に休
暇をとり、ちっちゃなテクノロジー機器にいつも接続するようなことはせず)、
少食で、自然が与えるものを食し、快く運動をし、仕事や自分自身に対して、
食べるものにまで、自分のすること全てに愛をもってすること、と締めくくっ
ている。


◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
フィレンツェ在住のフリーランス。3月に「天才力 三巨匠と激動のルネサンス
(ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)」(世界文化社)を刊行。
『メディチ家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)既刊。[メルマ
ガ『イタリア猫の小言と夢』は、melmaの2007年メルマガ・オブ・ ザ ・イヤー
受賞。
http://www.melma.com/backnumber_86333/
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■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
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『世界が認めたニッポンの居眠りー通勤電車のウトウトにも意味があった!』
ブリギッチ・シテーガ著 畔上司訳 
阪急コミュニケーションズ 1700円+税

 電車の乗客の様子を観察してゼミで報告した学生がいました。彼女によれば、
電車内での人々の行動は概ね、

1.何か(新聞、スマホ等々)を観ている。
2.何もしていない。
3.寝ている。

の3つに分けられます。昼間の時間であれば1が多数派だが、朝早い通勤時間だ
と圧倒的に3の人たちが多いと彼女は言っていました。長時間通勤で削られる睡
眠時間を、電車内で補っているのでしょう。朝のラッシュ時には、各車両に一
人か二人は立ったまま寝ている猛者もいるのだとか。ここまでいけばもはや居
(立?)眠りも名人芸の部類です。

 欧米からの来訪者に日本人の居眠りは、非常に奇異に映るようです。日本は
治安のよい国ですが、欧米の治安のよい国でも公衆の面前で居眠りをする人は
いないようです。日本が「居眠り大国」である理由を文化人類学者である著者
は、睡眠文化という観点から説明しています。世界の睡眠文化は、夜しっかり
眠って昼間は起きている「単層睡眠文化」とシェスタの習慣があるラテン諸国
のような「昼寝文化」。そして日本のように昼寝の時間は設定されていないが、
居眠りに寛容な「仮眠文化」の3種に大別できると著者は言います。

 単層睡眠文化の欧米諸国では、「一時に一事」というモノクロニクルな時間
観念が支配しています。モノクロニクルな世界では、支配的な活動に没入する
ことが求められ、「副次的(ながら)活動」は排除されます。他方ポリクロニ
クルな世界は、「ながら族」にとても寛容。日本は明治以降、欧米の後を追っ
てモノクロニクルな世界に参入し経済発展の道をひた走りました。しかし前近
代の根が、簡単に絶てるものでもありません。日本人が居眠りという副次的活
動に対して寛容なのも、ポリクロニクルな世界の残滓と著者はみています。

 また日本は、勤勉な人ほど夜も寝ないで勉強したり働いたりしているという
思い込の強い国だと著者はいいます。なるほど。「4当5落」などということ
ばも僕らの受験生時代にはありました。だから昼間居眠りをすることは、勤勉
の証として許容されると著者は言います。昼間の「支配的活動」をおろそかに
して、勤勉の証も何もないものだと思いましたが。また日本の大人が会議での
居眠りに寛容なのは、日本の大方の会議は形式的なものに過ぎず、寝ていても
誰も困らないからだという指摘に妙に納得したのは私だけでしょうか。

 では何故「ニッポンの居眠り」を「世界が認めた」のか?単層睡眠ではエネ
ルギー切れがおき、大きな事故の原因になります。短時間の昼寝や居眠りはと
ても身体によいとは睡眠研究者の一致した見解。そして以下は私見です。世界
中どこでも仕事中にSNSに発信する人が増えています。脱工業化の時代を迎えた
世界はポリクロニクルの方へと回帰しつつあるようにみえます。様々な分野で
世界の先端を走りながら、ポリクロニクルの時代の残滓をとどめてきた日本。
その象徴としての居眠りに世界の注目が集まるのは理の当然です。

◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「ジェラシーが支配する国」高文研
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■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
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今回は「彼岸」の話

電車に乗っていて前々から疑問に思う事があった。なぜ赤ちゃんは「幸せそう」
に眠り、お年寄りは「苦しそう」に眠るのか?だ。

赤ちゃんや幼い子供たちは本当に幸せそうに気持ち良さそうに眠っている。一
方、高齢者は眉間にシワを寄せ、今にもうめき声が聞こえるのではないかと思
うぐらいの表情で眠っている人が多い。苦しそうで起こしてあげたくなるぐら
いだ。

そんな疑問を持って人を観察していると表情の変化は「赤ちゃんから子供→青
年、中年、老人」年齢に比例して険しくなって行く。

で、いろいろ推理した結果「眠る事は彼岸に行く事」だと言う結論に達した。

聞くところによると彼岸は良い処らしい。穏やかで美しくて心安らかに過ごせ
る処だと。

だから赤ちゃん達はあんなにも幸せそうに眠るのだ。そして目覚めればまた日
常が普通に始まる。

ところが…
年を取ると「帰れないのではないか?」と言う不安に駆られるのだと思う。も
しかしたらこのままこちらの住人になってしまうのでは?いやいや、まだやら
なければならない事は沢山ある、今こちらに住み着く訳にはいかない!

そんな恐怖感から必死でこの世に戻ろうとして、結果あの様な苦しそうな表情
になる。そう考えれば「年齢に比例して表情が険しくなる」理由もわかろうと
言うものだ。

そして最後の最後、「ああもうここにいよう」と決心した時、赤ちゃんと同じ、
いやそれ以上の穏やかな顔になるのだろう。

うん、そうに違いない。

通勤時間2時間半が週に2回もあると妄想は果てし無く広がる。

妄想するか、本を読むか、居眠りする…
おっと危ない!向こうに行くところだったぜ。

◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html
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■はてな?現代美術編 koko
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第43回 『衝撃の体育会系映像作家 ─── マシュー・バーニー  』

今回は長らく彼のニュースを見ないなぁと思っていたアーティストについて書
くことに決定。

そういえば、2002年、その作品の全貌をパリ市立美術館で観た時の衝撃は今も
忘れられません。

正直言ってただただ映像を食い入るように見つめるのみでした。

映像を全部観るのにほぼ終日美術館の冷たいコンクリートの床に座り込んだの
はこれが最初で最後です。

このアーティストの名はMattew Barney(マシュー・バーニー)。

実はこの人、アイスランドの歌姫ビョークのパートナーで、彼女との間に一人
娘がいるアメリカの現代アーティストです。

彼の経歴はちょっと変わっていて、高校時代はアメフトの選手でイエール大学
で医学を専攻していたようですがその後進路変更してアートの世界へ身を投じ
ました。

1967年生まれなのでまだまだ若いアーティストになりますが、2006年発表の映
画『Drawing Restraint9』の公開後、全然彼の活動を知る機会がありませんで
した。

それと共にパートナーであるビョークの活動の話も聞かなくなったので心配し
ていた今年夏のフジロックにビョークが来るというニュースを見て安心しまし
た。

喉にポリープが出来て歌えなかったということでしたが、今年のフジロックや
5年ぶりの東京単独公演も無事行われどうやら歌姫復活のようです。彼の才能が
世に出たのは学校を卒業して2年ほどたった1991年のことです。

1992年にはすでにその後のシンボルとなるファンタジックな生き物が映像に現
れ、カッセルのドキュメンタ9に作品を出展します。

そして翌年、ホイットニービエンナーレに『Drawing Restraint7』と35回ベ
ネツィアビエンナーレに『Aperto93』を出展します。

次の年にはあの伝説の『Cremaster』シリーズにとりかかります。

1996年には第一回Hugo boss賞を受賞、アーティストとしてはかなり順調な経歴
です。

そこで言わずもがな、私がパリ市立美術館でお尻が痛くなっても観たいと思っ
た作品群、それは『Cremaster』のことです。

映画的手法と彫刻と写真、そして物語を同じ作品に詰め込んで最高の音楽を付
ける、それがこの『Cremaster』という作品なのです。

□Cremaster公式HP
http://www.cremaster.net/#

サイクルは1〜5までありますが、時系列に縛られることなく1994年からクレ
マスター4を撮り始めます。

本人自身がその映像に出てくるほとんどの役をこなし、その合間に彼のイコン
達であるノーマン・メイラーやリチャード・セラ、そして初代ボンドガールの
ウルシュラ・アンドレスのような人物を配します。

ややこしいストーリーに不可解な登場人物達が織り成す神話の世界、これがマ
シュー・バーニーの創造した映像に落とし込まれて私達を引き込むのです。

正直あまり面白くない部分もありますが、総体としてこれは素晴しい芸術作品
に仕上がっています。

エンターテイメント作品ではなく、映像美術作品としてのクレマスターは美術
映像史のページを間違いなく飾る壮大な作品です。

この作品に登場する彼自身の肉体美や運動能力もこの作品の効果を倍増してい
ます。

メイク技術や映像を埋め尽くすありとあらゆる制作オブジェは完璧に創造され
てパーフェクトに具現化されています。

私なんかでも頭の中でなにやら面白いことを想像しては夢見ることはあります
が、それを実際に絵にしろだとか映像にしろと言われれば無理ですよね。

ここまで奇想天外な神話の世界を映像化する能力があるなんて羨ましいとしか
いいようがありません。それがアーティストなんだと再認識させられます。

かかった費用も半端なものではないですが、その結果は百聞は一見にしかずで
す。

全部観る必要はないので『クレマスター3』ぐらいは観てみていいのではない
でしょうか、といっても182分ほどありますが。

アイルランドとスコットランドの巨人神話から始まり、クライスラービルやグッ
ケンハイム美術館を舞台に、義足のアスリート エミー・マランスがバーニー
と共にパフォーマンスを繰り広げます。

エミー・マランスの美しさに目を奪われることも度々。

色彩の美しさ、音楽の巧妙さ、デコの素晴しさ、、、、ちょっと誉めすぎでしょ
うか、いやいや衝撃的な作品でした。

クレマスターの作品の元はカッセルのドキュメンタで発表した『OTTOshaft』と
いう作品でした。

そこから発展させたのがクレマスターシリーズだと彼自身が語っています。

「クレマスター」とは睾丸につながる腱をつつみこみ、温度によって伸びたり
縮んだりする筋肉を意味し、卵巣と陰嚢の間にある可変的な中間地帯であるこ
とから、性の曖昧さや未分化というテーマを通奏低音として持つこのシリーズ
のタイトルに用いられているそうです。

これは彼の妹の結婚式の時に出席していた同郷のドクターに話の構想を話した
ところ教えてくれた筋肉の名前だそうでうす。

今更ながらそんなテーマがあったのかと変な感慨にふけっています。

とにかくストーリーは難解極まりないのです。

この難解なストーリーのコンセプトにご興味がある方は下記のインタヴュー記
事をお読みください。

自己弁護になるかもしれませんが、今日本語で読んでも難解なので、当時フラ
ンス語で読んでさっぱりわからなかった自分がいたのは当然だと思います。

□金沢21世紀美術館 マシュー・バーニーインタビュー(2003)

http://www.kanazawa21.jp/tmpImages/videoFiles/file-52-3-file-3.pdf

このような映像作品の値段というものがどのようにして決められるのかは定か
ではありませんが、この映像の一こまを抜き取ったプリント作品はもちろん一
般に買っていただけるものとして売られています。

例えばクリスティーズでの過去の履歴を見ると下記のようなものであればサイ
ン入りで数千万円の値段がつくものもありますし、そうでないものもあります。

□クリスティーズ過去の売買結果

http://www.christies.com/lotfinder/prints-multiples/matthew-barney-
cremaster-5-her-giant-4907259-details.aspx?from=searchresults&
intObjectID=4907259&sid=e65d998a-f749-45f0-a143-a86048fb5344

さて最後に、私が見逃してしまった作品『Drawing Restraint9』(2006)につい
て一言。

この作品については見逃してしまった理由というものがあります。

それは作品紹介を読んでいて、アート作品としてはコンセプトが非常に薄っぺ
らく、エンターテイメント作品としてはとても退屈そうな映画だったからです。

その安直さはビョークが大の日本びいきであることと関係していると思います
が、日本が舞台になっていただけに残念。

いつか私のこの偏見を横に置いてこの映画を鑑賞しないといけないと思ってい
ます。

その他参考Web

□Cremaster3 The Order (youtube)
http://www.youtube.com/watch?v=Nx8jhc2Frh4

□OTTOshaftについてのコメント (Tate gallery)(英語)
http://www.tate.org.uk/whats-on/tate-britain/exhibition/art-now-
matthew-barney-ottoshaft

マシュー・バーニーが今後の活躍のニュースを早く目にしたいと思うアーティ
ストの一人であることに間違いはありません。

でもあれだけの大作を創ってしまうと次を創るのは至難の技でしょうか。

ビョークも復活したようですし、我慢強く次を期待してじっと待っている私で
す。
O
◎koko
苦節10年、円とユーロとドルの間で翻弄されるアートセールコーディネーター。
まぐまぐメルマガ「Sacres Francais!映画と美術とパリジャンと」(通常は隔
週、現在不定期発行) 発行中。
http://www.mag2.com/m/0000191817.html
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■岩のドームの郵便学10 内藤陽介
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 1956年のナセルによるスエズ運河の国有化宣言とそれに続く第2次中東戦争(
スエズ動乱)の結果、英仏軍の攻撃をしのぎ切ったエジプトのナセル政権とそ
のイデオロギーであるアラブ民族主義はピークに達し、ナセル政権を支援して
きたソ連に対するアラブ諸国(特に、民族主義政権の)親近感は急速に増大し
ていった。

 こうした事態を憂慮した米国のアイゼンハワー政権は、1957年1月、議会に
対して中東基本政策(アイゼンハワー・ドクトリン)を提出する。

 アイゼンハワー・ドクトリンは、「中東の聖地が無神論的唯物主義を讃える
支配のもとに屈するのを座視することはできない」としたうえで、

1.国家の独立を支える経済力を確立させるため、中東のいかなる国にも援助を
与える。

2.希望する国に対しては軍事援助のための計画を立案する。

3.国際共産主義に支配されている国々からの武力による侵略に対して、支援を
求める国に米軍を派遣する。

4.経済的・軍事的援助供与のための大統領の権限を強化する。

ことを主要なポイントとしていた。

 はたして、アイゼンハワー・ドクトリンの発表から間もない1957年4月、ま
さに聖地エルサレム(旧市街)を支配下に置くヨルダンで、政府軍の一部によ
る反国王の反乱が発生する。

 この時の反乱の本質は、1954年に反欧米を掲げてシリアで発足したアラブ民
族主義連合政権がヨルダンの王制転覆を狙って企画したものだった。アラブ民
族主義の究極の目標は、西洋列強によって分断された現在のアラブ諸国を再統
合し、イスラエルを解体してアラブの統一国家を建国することにあったが、そ
のためには、既存の(アラブ世界の)国際秩序を受け入れている親西側政権を
打倒しなければならないというロジックが導き出される。

この文脈においては、英国による中東分割の過程で誕生したヨルダンの親英王
制は、まさしく格好の標的であった。

 これに対して、国王フサインは反王制クーデターを国際共産主義による介入
として米国に支援を要請。冷戦思考に凝り固まっていた米国は、ヨルダンから
の要請に何ら疑念をさしはさむことなく、アイゼンハワー・ドクトリンを発動
し、地中海の第6艦隊を派遣。

さらに、サウジアラビア(アイゼンハワー・ドクトリンを支持し、米国の軍事
援助を受け入れていた)もヨルダンを支援し、反乱はまもなく鎮圧され、ヨル
ダンは“中東の聖地”の管理者として、西側社会からのお墨付きを得ることに
成功する。

 こうした経緯をふまえて、1964年1月4日、ローマ教皇パウロ6世が、エルサレ
ム、ベツレヘム(ヨルダン領)、ナゼレ(イスラエル領)の3聖地を訪問した。
現地滞在時間はわずか11時間だったが、教皇自身による聖地訪問は、史上初の
ことである。さらにいえば、現職の教皇がイタリアを離れたのも、さらには、
飛行機に乗ったのも、このときが初めてのことであった。

http://blog-imgs-55.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/2013092510592485a.jpg は
教皇の訪問を記念して、訪問当日、アンマン=ローマ間のエアメールで運ばれ
た郵便物。封筒には空港での教皇を撮影した写真が印刷されており、ヨルダン
発行の岩のドームの切手が貼られている。

 パウロ6世は1897年、北イタリアのサレッツォ生まれ。1920年に司祭となり、
第二次大戦中は、バチカン国務長官ルイジ・マリオーネ枢機卿の下、イタリア
のファシスト党やナチス・ドイツとの交渉などを担当する一方で、1944年にマ
リオーネ枢機卿が亡くなると、国務長官の代行としてレジスタンスの保護にも
尽力。1953年にミラノの大司教に、1958年に枢機卿に任じられ、1963年、教皇
ヨハネ23世の死去により教皇に選出された。

 ヨハネ23世は、1962年からカトリック教会の近代化と刷新のため、第2バチカ
ン公会議を開催。公会議は、第1会期(1962年10月11日--12月8日)、第2会
期(1963年9月29日--12月4日)、第3会期(1964年9月14日--11月21日)、第
4会期(1965年9月14日--12月8日)に分けて行われたが、ヨハネ23世は1963
年6月に亡くなったため、第2会期以降は、後を継いだパウロ6世が取り仕切っ
ている。

 教皇の聖地訪問は公会議の第2会期が終わった直後の1964年12月、“純然た
る個人の巡礼”として電撃的に発表されたが、実際には、当時はバチカンとの
間に正式の国交がなかったヨルダン、イスラエル両国(ちなみに、バチカンと
イスラエルの国交樹立は1993年、ヨルダンとの国交樹立は1994年である)との
間で、教皇の即位直後から入念に準備が進められていたはずだ。

 そのことをうかがわせるのが、1964年1月4日の教皇の聖地訪問当日にヨルダ
ンが発行した4種の記念切手である。切手は4種セットで、左に教皇、右にヨ
ルダン国王のフセイン1世の肖像を配するというフォーマットは各種共通だが、
中央に取り上げられている風景はそれぞれ異なっている。

具体的には、15フィルス切手がアクサー・モスク、35フィルス切手が岩のドー

http://blog-imgs-55.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20130925112211ab2.jpg

50フィルス切手が聖墳墓教会、そして80フィルスがベツレヘムの聖誕教会であ
る。エルサレムの聖地のうち、ユダヤ教の聖地である「嘆きの壁」は取り上げ
られていないが、これは、アラブ国家としてのヨルダンが“ユダヤ人国家”の
イスラエルと敵対している以上、止むを得まい。

 いずれにせよ、当時のヨルダンでは切手の製造は英国の印刷会社に委託され
ており、数カ月の準備期間が必要なことから考えると、教皇の訪問当日に記念
切手を発行するためには、公会議の第2会期が始まった1963年9月の時点では、
ヨルダン政府は教皇の聖地訪問を受け入れることを決定し、その準備に取り掛
かっていたと考えるのが自然であろう。

 ところで、教皇がこのタイミングでエルサレムを訪問したのは、もちろん、
“純然たる個人の巡礼”ではなく、東方正教会の最大の権威であるコンスタン
ティノープル総主教(全地総主教)のアシナゴラスと会談することにあった。

 アシナゴラスは、1886年、ギリシャ北西部のイピロス地方のヴァシリコ生ま
れ。1910年に輔祭(主教・司祭の助手)になり聖職者としてのキャリアをスター
トさせ、コルフ主教、南北アメリカ大主教を歴任し、1948年にコンスタンティ
ノープル総主教となった。

 総主教就任後は、キリスト教の宗派を超えた結束を目指すエキュメニズムに
積極的に取り組んだことで知られる。エキュメニズムは、もともとはプロテス
タントにおいて始まった運動であるが、1937年、この運動を促進するための組
織として、正教会を含む世界教会協議会設立の合意が成立した。ただし、カト
リックは世界教会協議会には参加せず、第2次世界大戦の勃発もあり、協議会
の成立は戦後に持ち越されることになった。

 ところが、1947年末の国連によるパレスチナ分割決議案を機に英領パレスチ
ナが内戦状態に陥り、1948年5月にはイスラエルが建国を宣言して第一次中東
戦争が勃発。キリスト教にとっての聖地も紛争の直接的な危機にさらされるこ
とになったこともあり、1948年8月23日、協議会は急ぎ設立されることになっ
た。ちなみに、「1948年のイスラエル建国以来、聖地の平和のために努力して
きた」というのが、協議会の自己認識である。

 一方、当初、エキュメニズムとは距離を置いてきたカトリックだが、1958年
に教皇に就任したヨハネ23世は、エキュメニズムに熱心に取り組んだ。

 すなわち、ヨハネ23世は、1500年代以来、初めて英国教会大主教をバチカン
に迎え、正教会へも公式メッセージを送ったほか、東西冷戦の解決を模索し、
1962年のキューバ危機においても米ソ双方の仲介に尽力している。カトリック
教会の近代化をめざして、第2バチカン公会議を開催したのも、こうした流れ
に沿ったものであった。

 ヨハネ23世の後継教皇となったパウロ6世は、前教皇の遺志を継いでエキュメ
ニズムにも取り組み、1963年、アシナゴラスに親書を送っている。何でもない
ことのようだが、ローマ教皇がコンスタンティノープル総主教に親書を送った
のは、実に、1584年、教皇グレゴリオ13世がイェレミアス2世に対して、グレ
ゴリオ暦の採用に関しての書簡を送って以来、約380年ぶりのことである。

 その後、バチカンとコンスタンティノープル総主教庁との水面下での接触は
頻繁に行われるようになり、1963年末、パウロ6世の聖地訪問が発表されると、
これに呼応するかたちでアシナゴラスがエルサレムを訪問し、旧市街の東に位
置するオリーブ山での歴史的な直接会談が実現。パウロ6世とアシナゴラスと
の会談では、1054年の相互破門(総主教ミハイル1世と教皇レオ9世が互いに相
手を破門したとされる事件)の解消が宣言された。

 もちろん、教皇と総主教が相互破門の解消を宣言したところで、長年にわた
るカトリックと正教会の溝が直ちに埋まることはなく(実際、正教会内の保守
派はこの点に関してアシナゴラスを厳しく批判している)、あくまでも儀礼的
なものではあったが、キリスト教史に残る事件であることには違いない。

 教皇と総主教の会談を受け、ヨルダン郵政は、急遽、会談の成功を記念する
切手の制作を開始し、9月18日、10フィルス、15フィルス、25フィルス、50フィ
ルス、80フィルスの5種類セットを発行した。

http://blog-imgs-55.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/201309252022155b9.jpg は
そのうちの25フィルス切手

 切手のデザインはすべて共通で(ただし額面によって色が違う)、オリーブ
山から眺めたエルサレムの旧市街を背景に、左から、パウロ6世、フセイン、ア
シナゴラスの3人の肖像を配している。パウロ6世とフセインの間にはアクサー・
モスクが、フセインをアシナゴラスの間には岩のドームが描かれているのがミ
ソだ。

 イスラム世界では、二大聖地であるメッカ・メディナの管理者として、毎年
イスラム歴12月のメッカ大巡礼を無事に取り仕切ることができる者こそが“イ
スラムの盟主”であるとする考え方がある。かつてのアッバース朝しかり、オ
スマン帝国しかり、さらに、現在のサウジアラビアしかり、である。

 こうした思考回路に基づくのなら、“巡礼者”としてエルサレムにやってき
た教皇を受け入れ、無事に帰還せしめたヨルダン政府は、そのことによって、
自分たちが聖地エルサレムの正統な管理者であることを証明したことになる。

 当然のことながら、ヨルダン政府としては、そのことを広く内外にアピール
するための手段として、国家のメディアである切手を最大限に活用する。その
際、イスラム教徒が国民の多数を占めるという環境を考えれば、聖地エルサレ
ムのアイコンとして、“岩のドーム”が優先的に選ばれるのは自然な成り行き
といえよう。
 ちなみに、教皇の聖地訪問1周年を記念して1965年に発行された記念切手

http://blog-imgs-55.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/201309252044211de.jpg
には、岩のドームを挟んで微笑むパウロ6世とフセインの肖像が描かれている。


◎内藤陽介(ないとう・ようすけ)
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会員。
フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。最新作『
蘭印戦跡紀行』彩流社 電子書籍で「切手と戦争 もうひとつの昭和戦史」復

http://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-1910-1.html
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/blog-entry-2906.html
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■編集後記
先月の本の話題といえば、松江市市教育委員会の「はだしのゲン」閲覧に関す
る迷走がある。右から言われて制限して、左から反論されて撤回という、あま
りに情けない対応を根拠にして教育委員全員クビにしていいほどだと思う。

それにしても思うのは、「はだしのゲン」閲覧制限を求める根拠として残酷な
シーンがあることをあげているのは、低レベルもいいところだ。

これまでも残酷なシーンを描くマンガはいろいろあったし、今は「進撃の巨人」
が大ヒット中だ。これなんか「はだしのゲン」よりひどい残酷なシーンが何倍
もある。なんてこっちの方を問題にしないのか・・・しょせんケチをつけたい
だけのことだったのだろう。

と、同時に思う。最近、一部の子供向けアニメは難し過ぎないか?「進撃の巨
人」もそれなりに込み入ったストーリーだし、「宇宙戦艦ヤマト2199」なんか
も昔の作品をリアルタイムで見ていた者としてはワンランク以上高度な内容に
なっているように見える。

これで今の子供はついてこれるのか・・・ついてこれるなら、彼らは我々の世
代よりもよほど頭がいい。

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