[本]のメルマガ

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[本]のメルマガ vol.250.5
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◆◆ [本]のメルマガ   2006.05.31.発行
◆◆       vol.244.5
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◆◆臨時増刊:IN/VOL/VEあるいはVOLへの招待――思想誌VOL創刊記念特集号
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 ◆「臨時増刊号配信のご挨拶」/五月
 
 ◆「「無主・無縁」の絆」/酒井隆史×前瀬宗祐

 ◆「感覚の脱領土化へ」/松本潤一郎

 ◆ 創刊記念イベント情報、および、創刊号書誌データと目次

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「[本]のメルマガ」は、出版人・書店人・著述家などを本業とする同人記者団
による、本をめぐる様々なエッセイと業界情報を配信する、無料メールマガジ
ンです。創刊は1999年5月10日、現在の読者数は6730名です。日本最大の配信
サイト「まぐまぐ」で、「殿堂入りメールマガジン」に認定されています。
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◆「臨時増刊号配信のご挨拶」/五月
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このたび「[本]のメルマガ」では、以文社より今月創刊された新しい思想誌
である『VOL』(ヴォル)を採り上げます。

人文業界ではここ半年ほど、新雑誌の創刊が相次いでいます。昨年11月に水声
社から月刊誌『水声通信』が、今年2月には講談社から「別冊『本』」の位置
づけで不定期刊思想誌『RATIO』(ラチオ)が、3月には東浩紀さんが編
集室局長を務めるGLOCOM(国際大学グローバル・コミュニケーション・セン
ター)の機関誌『智場』(ちじょう)がリニューアルされて、業界内ではさら
に他の新創刊の話を耳にしています。2006年は新思想誌元年となるのかもしれ
ません。

……というようなことをブログで書いたところ、タイミングよく一週間後には
「毎日新聞」夕刊で「思想誌:創刊ブーム 「批評空間」終刊の空白埋める?」
という記事が出ました。ご参照ください。

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/news/20060526dde013040010000c.html

今回「[本]のメルマガ」では、『VOL』編集委員の皆さんと以文社編集部
にご協力いただき、対談とエッセイをお寄せいただきました。今後『VOL』
は年に2、3回の刊行を目指して、内外のアクチュアルな思想=運動=芸術の
動きを伝え、あるいは自らもムーヴメントを起こしていく、とのこと。

「朝日新聞」5月17日文化欄では「フリーター世代の脱力系思想誌」との見出
しで紹介されましたが、脱力系というのとは少し違うのではないかと思います。
創刊号をひっくり返して裏側を見ると、オビに「RE/VOL/TE」と記載されてい
ます。『VOL』は反乱のうちにあるというわけです。

この臨時増刊号は、『VOL』という新たな反乱のうちに読者の皆さんを招待
し、巻き込む(IN/VOL/VE)ために配信されます。

◎五月(ごがつ):「[本]のメルマガ」編集同人。http://urag.exblog.jp
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◆「「無主・無縁」の絆」/酒井隆史×前瀬宗祐
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【前瀬】以文社より新思想誌『VOL』を創刊します。今日は編集委員のお一
人である酒井隆史さんに、本誌『VOL』を読むための補助線を引く意味も込
こめて、いくつかお話を伺っていきたいと思います。

 酒井さんは『自由論』(青土社、2001年)や『暴力の哲学』(河出書房新社、
2004年)などの著作を通じて現代の権力の趨勢を鋭く描き出してこられ、その
先見性は現在の日本の言説空間においても広く浸透しはじめています。

 そういった中、今後の『VOL』を通じた活動は、酒井さんにとって、その
趨勢への「抵抗(もしくは防衛)の実践版」とでも位置づけられうるものにな
るのかもしれません。

 本誌でも垣間見えるように、『VOL』が生まれる一つのきっかけとして、
酒井さんがニューヨークに半年ほど滞在された際の経験や、そこで生まれた人
脈によるものが非常に大きかったと思います。そのインパクトとは一体どのよ
うなものだったのでしょうか。

【酒井】ぼく自身は怠惰でローカルな人間であり、とりわけ海外へと動くのは
好きではありません。といっても、じゃあ家にじっとしているのが好きなのか
というとそうではなく、ともかく自分の居住している界隈をうろついているの
が好きなのです。たぶん、居住を基軸とした「界隈性」のようなものに愛着が
あるのだとおもいます。

 というわけで、めんどくさいので海外に飛んだりすることも少ないのですが、
たまたま大学の方で半年間だけNYに行かせてもらうことができました。そこで
も「界隈性」の匂いがいまだ残るイースト・ヴィレッジ、ロウアー・イースト
サイドあたりをしょっちゅううろついていました。

 到着して10日ほどで大統領選という時期で、9.11以後のニューヨークで大統
領選に出くわしたことは幸運だったと思います。家賃のせいと、クイーンズと
いう黒人音楽ファンにはある種のオーラを放っている地名のせいで、マンハッ
タンではなくクイーンズを住み処にしたのですが、それも正解でした。

 ブルックリンでもブロンクスでもよかったと思うのですが、ともかくマン
ハッタンにしなかったのはよかったとおもいます。ほとんど毎日のように、こ
のクイーンズの住み処からふらふらと出歩いたのですが、そのとき、高祖さん
がニューヨーク論でも克明に描かれているように、ジェントリフィケーション
と9.11以降さらに加速した取り締まりの強化によるマンハッタンの大きな変貌
(実際、ぼくたちが70年代からいろんな映画や小説で頭に描いていたようなマ
ンハッタンはもうほとんどありません)とそれが周囲に波及していく様子がこ
の日々の移動によっても感じとることができました。

 また、それ以上に幸運だったのは、高祖岩三郎さんやその友人・知人のネッ
トワークに触れることができたことです。ユウジ・アゲマツさんやトシダ・ミ
ツオさんのような、アートにかかわりながら長年ニューヨークの変貌を観察し、
そのさまざまなシーンに参加しながら活動をつづけられておられる日本出身の
方々には、今回、『VOL』に登場していただきました。

 トシダさんは、創刊号にも書かれていたように、転換期の非常に重要な時期
にロウアー・イーストサイドに住まわれて、公園をめぐる名高いコンフリクト
や、コミュニティ・ガーデンの運動も経験して来られました。

 ユウジさんも、もともとミルフォード・グレーヴスの弟子として黒人コミュ
ニティに飛び込み、それからニューヨークの写真を撮りながら、ゴミを集める
という、きわめて特異な経歴(?)をもっている人です。

 ユウジさんの写真は、それこそ都市にinVOLveされているというか、絡みと
られているといったニュアンスの、独特の生々しさがありますが、ニューヨー
クだけではなく、西成の写真もふくめ今回の創刊号ではかなり使わせていただ
いています。

 創刊号はその力なしにはありえなかったデザイナーの前田晃伸さんのセンス
もあって、テキストと写真が相互に呑みこみあっている、という感じに第二部
はなっているように思います。

 さて、私がNYに到着した数ヶ月前には、NYで開催された共和党大会をめぐっ
て百万人ちかい抗議者を集めた大規模な行動がありました。大統領選に向け
てその余塵があったのか、もちろんまれにブッシュ支持をアピールするものも
ありましたが、基本的には街中に、反ブッシュ、反共和党の雰囲気がみなぎっ
ていました。

 それは落書きから、ステッカーから、あちこちのアパートに飾られた旗、あ
るいはチャイナ・タウンでは巨大なビルディングの窓の一つ一つに一つずつ文
字が貼り付けられ、それを遠くから眺めるとブッシュを落とせ、といったメッ
セージになるといった具合でした。

 ブッシュが当選した後、街は陰鬱な雰囲気に包まれましたが、1月に予定さ
れていたワシントンDCでの大統領就任式に向けての抗議行動が組織されはじめ
ます。そこでぼくは、フィールドワークというか見学というか、高祖さんに案
内してもらい、教会で開かれている当日の行動に向けての会議に出かけたので
す。

 古参の反戦グループから大学生のグループ、図書館の活動家グループ、演劇
グループなどなど、小集団がたくさん参加して、長い時間をかけて話し合いが
おこなわれていました。たしか1970年代ぐらいに、日本の社会運動の特徴とし
て海外の目から驚かれたのは無数の小集団の乱立であったと書かれた文章をみ
たことがありますが、まさにそうした小集団がたくさん集まって、自己紹介か
らはじまり共同行動に向けての調整がおこなわれていたのです。

 『VOL』創刊号では、人類学者であるデヴィッド・グレーバーに対しての
高祖岩三郎さんによるすばらしいインタビューがあります。日本ではおそらく
まだあまり知られていないMAUSSのようなフランスの理論グループの新しい試
みと共鳴する人類学的な資本制や国家への興味深い理論的アプローチがかいま
みえます(それは次号でもっと展開されるでしょう)が、同時に、新しい実践
についてもこれまで日本にいてはよくわからなかった事実、そして新鮮な理論
的な切り口がみられます。

 ブラック・ブロックがグループ名ではなく戦術名であること、それがアメリ
カにおいて非暴力直接行動のある挫折から生まれたことの由来など、ぼくは
まったく知りませんでした。グレーバーはシアトルにおいて、自分がそれまで
「夢想していた」ような新しい運動のスタイルが生まれておどろいた、と述べ
てますね。それがDirect Action Network(DAN)だったのです。

 個人主義的でもセクト主義的でもなく、「共通のプロジェクト」に人々が参
加できるオルタナティヴな方法、とされるDANです。そのいわば「ポストモダ
ン」な戦術の形成にクエーカー教徒の蓄積された「直接民主主義的な合意形成
の過程」の影響があったことや、すでに1980年代から「汚染主義」と呼ばれる、
水平的でコンティンジェントな運動の拡散過程が創出されていることも興味深
い。

 そんな脈流が、シアトルを経て、無数の小集団が各々のやりたいことを追求
しながら連帯しあうという、「多様な戦術」へといたりつくとされますが、そ
れまでに、運動がさまざまな試行錯誤や反省によって展開しているのがみえて
きます。

 ぼくはこのグレーバーをおどろかせたDAN的な組織過程の一端をまのあたり
にしたわけです。ニューヨークにいてずっと感じていたのはエートスとしての
アナキズムといったようなものがかなり浸透しているということです。いかに
ジェントリフィケーションと9.11以降に加速する取り締まりで厳しくなってい
るとはいえ(もしかすると息もたえだえかもしれないのですが)、それは感じ
とられました。

 落書きからお金のかかりそうなタイムズ・スクエアふきんのビルボードにい
たるまで街にあふれる無数の反ブッシュ、反共和党のサインにも感じとれたし、
さまざまなタウン誌や最新号が街にあふれる『Village Voice』の誌面からも
しばしば感じとられました。

 また、まだまだあちこちに目立つ独立系書店の、それこそデザインから陳列
している独自のグッズにいたるまでに通底する「インディペンデント」の意識
の強さにもそれは感じとられました。街がつながって生きていると実感するの
はブランドのブティックなどからではなくて、そうしたインディペンデントな
指向性でのつながりが感じとられるといったレベルからですよね。

 会議では、多様な小集団が、大きな組織の一部として規律に服するといった
発想ではなく、その小集団の独自のやりたいことを可能なかぎりやれるように
たがいにサポートしあうといった発想で動いているのがわかりました。そこに
は、古い戦術から目新しいパフォーマンスまですべてが共存しているし、それ
が触発し合って活動全体を構成し、増強するのだ、といった発想のように思わ
れました。

 晴れやかで創造的であり、みんなのやりたいことをどう調整しあって、みん
なで保障するのか、といった伸びやかさがあります。それもグレーバーのイン
タビューを読めば、行動ごとの反省から生まれたものです。つまり、成長する
ものを、どのように最大限に発展させるのか、「萎縮」をいかに跳ね返すか、
ということで頭が使われるのです。

 ぼく自身はアナキストではありません。しかし、さまざまな場所で陰湿さば
かり目立つ日本で、いま一番、欠落しているのがこのようなエートスとしての
アナキズムであるように思いました。そしてこのエートスとしてのアナキズム
に根づくことがないかぎり、自由とかデモクラシーといったものは実質性をも
ちえずに、枯れてしまうのではないか。

 そこで、ぼくはたまたま原稿を書く機会もあって19世紀の偉大なアメリカ的
思想家であるヘンリー・デヴィッド・ソローにすごく惹かれたのです。ジェフ
ァーソンからソローに引かれるアメリカの思想の線も強力にアメリカに作用し
ていますね。今回の創刊号にも翻訳を掲載している、ピーター・ランボーン・
ウィルソン(ハキム・ベイ)も現代版ソローといった趣きもあります。

【前瀬】よく言われるようにアナキズムの思想には理論的な弱さが一面ではあ
るとは思いますが、しかし、酒井さんがおっしゃるように「エートスとしての
アナキズム」のようなものが現在の日本社会あるいは言説の場において決定的
に欠けているのは間違いないと思います。

 こうした、もはや「ファシズム」と呼んでもいいような社会の閉塞感の中で、
『VOL』が志向する「自律的な場」を作る試みはさまざまな困難がつきまと
うでしょう。しかし、日本でも面白い動きがいくつか起こってきていますし、
これからも起こってくると思います。そのあたり、現状分析もふくめ、酒井さ
んがどのようにお考えかお聞かせいただけますか。

【酒井】たしか、フェリックス・ガタリかジル・ドゥルーズどちらかが、マク
ロに考えれば情勢はつねに絶望的だ、と言っていたように思います。この言葉
は現在の日本社会に完璧にあてはまるでしょう。つまりマクロな次元に絶望以
外のサインを読みとるのは非常に困難です。

 このところ日本で起きたことも、多くの社会でネオリベラリズムの台頭期に
高揚するポピュリズムに構造は似ています。たとえばイギリスでは、人種差別
を梃子にして、マイノリティと共謀するエリート官僚、労働組合、リベラル左
派勢力の連合体といったターゲットがつくられ、それを攻撃することでネオリ
ベラリズムへと人々は動員されていきました。

 とはいえ、イギリスはこの時代、そのようなヘゲモニー戦略に対抗するサブ
カルチャーを豊富に生みだしたように思います。映画の『ブラス』は日本でも
知られていますが、それ以外にも事例がたくさんありますし、サッチャーとい
えば当時、ロックの世界ではたいがい極悪人として扱われていました。

 つまり、ある場所にいけば、支配的なイデオロギーや価値観とはべつのそれ
が息づいていて、それを相対化できる場所がある。ここでは今号に掲載された
Radio Maroonのエッセイの線に沿って(相対的に)自律した場所があるといっ
てもいいかと思います。

 日本では、こうした相対的に自律した場所がとても希薄になってしまったの
ではないでしょうか。たとえばRadio Maroonがエッセイで自律空間の一例とし
てとりあげた『探偵物語』の平川町。あの場所は、ある意味で伝統的な「悪場
所」のエートスを維持している有象無象の空間です。そのような空間における、
網野善彦的にいえばヨーロッパでは「アジール」に対応する「無主・無縁」的
な原理にもとづく人間の絆を、日本の大衆文化は好んで描いてきたように思い
ます。

 網野はこの「無主・無縁」の原理に近代的な「自由」や「平等」などの理念
を根づかせることが、日本において近代的理念を実質化させる一つの道だと論
じていました。それによって、「無主・無縁」的原理をも克服すべき「前近代
性」だとしてネグレクトする日本の近代的な知のかまえを批判したのです。

 しかし『探偵物語』の80年代以降、ポスト近代化によって徹底的に消されて
いるのはこの「伝統」であるように思います。結局、網野さんが言われたよう
に、ここが希薄化するにつれて、自由にせよなんにせよ西洋的理念は実質性を
どんどん失っている。それも一因となって、この社会のどこにあっても同質化
への圧力が果てしなく強まっている。そしてそのことが、ポピュリズムがファ
シズムの方へと溢れでていく誘因となっているのではないか。

 たとえば、人が「国歌」を歌っているかどうか、さらに、どれほどの声で
歌っているかどうかを調べて、それによって当人を評価するといった振る舞い
はネオリベラリズムではありません。これはファシズムです。

 日本社会には人を窒息させる二重の拘束があるようにつねに感じます。それ
は拘束に抵抗すること、拘束からはみ出ること、それ自体を無力化しようとす
る拘束です。この拘束は国家から来るものではありません。身近もふくめた
「世間」から来るもので、それに対応して強力な「自粛」の文化があらわれま
す。この「自粛」の文化は、ニーチェのいうような、ルサンチマン、つまり、
みずからの無力を他者にも強制しようとする動きのなかであらわれる。足の引
っ張り合いですね。

 だからこの無力は、他者に対する攻撃性とは矛盾しません。こうした二重性
は日本だけのものではないでしょうが、日本ではきわめて強力であるといえる
でしょう。そしてこの拘束は主要には文化の次元が担っている。

 ドゥルーズだかガタリによれば、原則的にはマクロにはつねに絶望的であり、
そうでないものはミクロにしかないのです。要するに、あんまりモル単位で、
つまりマクロな視点で世界をみるなということでしょう。グレーバーも、世論
調査のようなかたちで表象としてあらわれる「公衆」が実在すると考えるとこ
ろに罠があるといったことを述べています。

 実際に、いかにマスレベルではほとんど反映されることがなくなったとはい
え、この「無主・無縁」のエートスからおもしろいものをたくさんつくってき
た長い伝統をもつ日本社会で、おもしろいことがないはずがない。それは足し
げく動いているとあちこちで見えてきるように思います。

【前瀬】近年特徴的なのは、マクロな視点からの嵩に懸かった物の言い方が蔓
延し、「無主・無縁」の絆のようなものがどんどん無価値なものとして背後に
追いやられてしまっていることですね。

 しかし、あえて楽観的に言えば、そのような「物言い」が暗に指し示すよう
な状況に満足している人は非常に少ないはずですし、「無主・無縁」の絆のよ
うなものこそが、本来、自由やデモクラシーが賭金とすべきものでもあるわけ
ですね。

 ……さて、2006年において、また編集委員のお一人として、今後の『VOL』
に期待されるのはどういったことでしょうか。

【酒井】まず2号が出ることでしょうか(笑)。それはウソですが、今回の
「アヴァン・ガーデニング」の特集で意図したことの一つは、Radio Maroon、
五所純子さんなどの文章にもあらわれてますが、「暮らし」といったことにか
かわることができれば、ということです。

 矢部史郎と山の手緑の新しい本も最初のタイトル案は『暮らしでポン』
(『愛と暴力の現代思想』青土社、2006年)だったようですが(笑)、結局、
どんな抽象的な思想をとりあげていても、こんな途方もなく世知辛い世の中で、
どう「暮らし」ていけばよいのか、「暮らし」をどう考えるか、「暮らし」を
どうするか、ということにつねに結びついていけたら、と思います。

 また『VOL』それ自体が、相対的な自律性をあらわす空間となり、そうし
た空間をつくるための媒介となればいいな、ということです。最初の編集委員
は場をともかくつくったということにすぎず、どんどん編集委員も増やしてい
きたいし、おもろいことを考えとります、やっとります、といった若い書き手
に対してどんどん開いていきたいです。意外とそういう場所は少ないですから。

【前瀬】本当にそうですね。今日はありがとうございました。


◎酒井隆史(さかい・たかし):1965年生。大阪府立大学人間社会学部助教授。
著書に『自由論』青土社、『暴力の哲学』河出書房新社、共訳書にネグリ/
ハート『〈帝国〉』以文社、などがある。

◎前瀬宗祐(まえせ・そうすけ):1976年生。以文社編集部所属。
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◆「感覚の脱領土化へ」/松本潤一郎
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○芸術と政治の接点を探る季刊誌『VOL』創刊に寄せて  

この度、以文社から季刊誌『VOL』を創刊しました。『VOL』は芸術と政
治の接点を探ることを目的として、世界各地のアクチュアルな理論や運動を紹
介しつつ、この国の言説の体制に揺さぶりをかけていくことを目指しています。
私も末席ながら編集委員を務めさせていただいています。ここでは芸術と政治
の接点を、ポール・ヴィリリオの映画論を例に挙げて、話させていただきます。

映画と戦争は、知覚・感覚の軍事的編制を担う点において、外延を等しくする
と、『戦争と映画機宗獣粒个諒若觸僉戞癖針渕劵薀ぅ屮薀蝓次砲妊凜リリオ
は主張します。戦争の本質は力・脅威の誇示にある。よって誇示はときに偽装
(シミュラークル)でさえあると。

戦争はまた情報戦でもあります。具体的戦闘よりはむしろ、状況に関してどれ
だけの情報を持つかということ自体を誇示し合うことに戦争の要があるとヴィ
リリオは言うのです。

現実に戦うのではなく現実の捉え方を争うこと。敵にダメージを与えるのでは
なく、どれだけダメージを与えられるかを誇示し合うこと。それこそが戦争に
おける現実的認識なのです。言い換えれば、戦争の知覚には幻覚の次元が含ま
れます。

ところで映画は、映画もまた、日常とは異質の視覚を観者に装填させ、さらに
は撮影・編集技術を通して非日常的・幻覚的事態を現出させると言えます。ゆ
えに戦争は映画と同様、ときに偽装でさえある知覚の編制を担うわけですね。

映画を観るとき、私たち観客は偵察機の視点を獲得した操縦士となり、操縦席
に座らされ、上空飛行してスクリーン上を観測する。戦争=映画におけるこの
幻覚の編制を、ヴィリリオは「知覚の非物質化」と呼んでいます。

尤もヴィリリオの思考は或る種のミリタリー・マニアの饒舌とは異質です。彼
の議論で興味深いのは、戦争=映画的知覚の編制が現代産業社会に浸透してい
るという指摘です。

例えば百貨店は、第一次世界大戦後の一時期、アメリカ合衆国に出現した巨大
映画館の設計思想を受け継いでいる。そこでは商品体系全体が非物質的知覚を
通して表現される間取りが実現されていて、巨大映画館における人々への集合
的記憶の配備と同型の構造が見られるというのです。

消費体制における幻覚の機能を担う(映像をも含めた)諸複製品の氾濫を考え
ると、この議論には説得力があります。しかしここからさらに見えてくるのは、
知覚の非物質化は消費の領域だけではなく、労働の領域においても進行してい
るのではないかということですね。

ポスト・フォーディズム体制における「労働の非物質化」を考えるうえでも、
ヴィリリオの戦争=映画論はきわめて示唆的です。

ヴィリリオによると第一次世界大戦後、未だ劇場が都市中心部で活況を呈して
いた頃、アメリカ合衆国では都市郊外に無声映画を上映する映画館が設置され
ていた。その初期において、映画の観客層は移民をも含めた貧しいプロレタリ
アート層だったということです。

そして彼らはスクリーンに、約束された土地を、永遠の祖国への願望を幻視し
たのだとヴィリリオは述べます。祖国と生産手段から解放されたプロレタリ
アートの知覚、それも約束の地という幻想と混淆した知覚において、戦争と労
働もまた混じり合うのです。

「シミュラークル社会では一切が幻想であり、現実も戦争も存在しない」と
いった消費社会分析とヴィリリオの議論が一線を画すのはここですね。

第一次世界大戦以降、世界経済は全面的に戦争経済に突入したのではないか、
フォーディズム以前・以降という区分とはまた別に、現在の消費・監視の体制
とは、戦争経済の延長ではないかとすら、思えてくる。そしてプロレタリアー
トがスクリーンに幻視した約束の地を、再領土化(商品化)することでハリ
ウッドは生まれたとヴィリリオは分析を進めます。

だとすれば、消費・監視の体制が貫徹する現在、ドゥルーズ/ガタリが『千の
プラトー』において論じた「来るべき民衆」に、映画という芸術行為が呼びか
けることもまた可能なのではないか。

商業化された映画を脱領土化する創造行為の実践を、現代のプロレタリアート
への呼びかけとして、知覚=幻覚の再編制を通して、行うことができるのでは
ないか。今度は約束された土地ではなく、それを渇望する「来るべき民」を、
私たちは映画を通して見つける作業を行ってゆくことができるのではないか。

政治と芸術が知覚の編制において切り結ぶ一つのかたちが、ここにあります。
ランシエールやスティグレールが指摘するように、そしてドゥルーズやヴィリ
リオがすでに認識していたように、政治とはすぐれて美的感性・感覚的なもの
に関わるのです。

もちろん、ベンヤミンが述べていた「政治の審美化」に対する抵抗であるかぎ
りにおいて。『VOL』は、そうした政治と芸術の合成平面における実践に他
なりません。『VOL』を通して、政治と芸術の合成平面における新たな実践
と理論を模索する運動を、継続させてゆくことができればと、思っています。

このムーヴメントが、みなさまの支持をかちえることができるよう、願ってい
ます。


◎松本潤一郎(まつもと・じゅんいちろう):1974年生。『VOL』編集委員。
フランス文学専攻。共著書に『ドゥルーズ――生成変化のサブマリン』白水社、
訳書にバディウ『聖パウロ』河出書房新社、ベナサジャグ+ストゥルヴァルク
『反権力』ぱる出版、などがある。
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◆イ ベ ン ト 情 報◆

◎VOLとはなにか――運動と思想

紀伊國屋書店新宿本店5階主催 月例フェア企画「じんぶんや」第二十二講

以文社より刊行の新しい思想雑誌『VOL』の刊行を記念し、紀伊國屋書店新
宿本店5階人文書売場にて、フェアを開催いたします。編集委員9名の皆さん
から、各3冊の関連本をご紹介いただき、さらに各本へのコメントもいただき
ました。それらブックリストや、編集委員の平沢剛氏による寄稿も載せた小冊
子を店頭にて無料配布いたします。新宿にお立ち寄りの際は、是非お越し下さ
いませ。(2006年6月3日(土)〜6月30日(金))

http://www.kinokuniya.co.jp/04f/d03/tokyo/01.htm


◎「脱‐政治化」する現在をめぐって

パネリスト:萱野稔人・渋谷望・平沢剛
日時:2006年6月4日(日)15:00〜17:00(14:30開場)
会場:青山ブックセンター本店内・カルチャーサロン青山
定員:100名様
入場料:¥500(税込)電話予約の上、当日精算
電話予約&お問い合わせ電話:03−5485−5511
受付開始:2006年5月6日(土)10:00〜

理論と実践を横断する思想誌『VOL』の創刊を記念し、編集委員の三人によ
るトークを開催! マスメディアはおろか、社会空間あるいは大学の言説の場
においても「脱‐政治化」と呼びうるような動きが日々進行する現在、そこで
は一体何が行われようとしているのか。政治とはなにか、そして国家、社会、
芸術とはなにかをラディカルに問い直す。

萱野稔人(かやの・としひと)1970年生。政治哲学。『国家とはなにか』(以
文社)
渋谷望(しぶや・のぞむ)1966年生。社会学。『魂の労働』(青土社)
平沢剛(ひらさわ・ごう)1975年生。映画研究。編著に『アンダーグラウンド・
フィルム・アーカイブス』(河出書房新社)

http://www.aoyamabc.co.jp/events.html#ao20060604_1
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◆『VOL』書誌データおよび目次◆

VOL 01
以文社 06年5月刊 定価税込2,310円 B5変形判並製カバー装208頁
ISBN4-7531-0247-5 http://www.ibunsha.co.jp/

編集委員:萱野稔人・高祖岩三郎・酒井隆史・渋谷望・田崎英明・平沢剛・
松本潤一郎・松本麻里・矢部史郎

カバー・本文デザイン:前田晃信、市川衣梨

理論/芸術/運動をラディカルに組み替える新理論誌VOLの誕生。若手思想家
を中心に「思考の場所」を取り戻す!!

VOLUME ONE - WHAT IS THE POLITICAL
第1特集 政治とはなにか

DISCUSSION 討議
「政治とはなにか」白石嘉治+酒井隆史+田崎英明+萱野稔人+松本潤一郎

MONOGRAPHS 論考
「政治についての10のテーゼ」ジャック・ランシエール/杉本隆久+松本潤一
郎=訳
「ドゥルーズと可能的なもの――政治における非主意主義について」フランソ
ワ・ズーラビクヴィリ/大山載吉=訳
「政治・平等・出来事――いま政治を考えるためのブックガイド」酒井隆史
「無意識と政治――ドゥルーズ・ジジェク・バディウ」松本潤一郎
「何も起こらない世界――延命か中断か」篠原雅武

ESSAYS エッセイ
「埒外な彼女たち・埒外な取引」松本麻里
「収奪とミクロ搾取――マイク・デイヴィス『スラムの惑星』について」ケン・
カワシマ/比嘉徹徳=訳
「(小さな)政治が充満する」矢部史郎
「亡霊たちのブローバック」渋谷望

SERIAL INTERVIEW 連続特別インタビュー
Global Activism, Global Theory 01
「新しいアナーキズムの政治」デヴィッド・グレーバー/高祖岩三郎=聞き手
History of Movements 01
「運動のオートノミーをめぐって」粉川哲夫/平沢剛=聞き手

VOLUME TWO - AVANT-GARDENING
第2特集 アヴァン・ガーデニング

MONOGRAPHS 論考
「アヴァン・ガーデニング」ピーター・ランボーン・ウィルソン(ハキム・ベ
イ)/金田智之=訳
「庭=運動〔アヴァン・ガーデニング〕以後」高祖岩三郎
「VIVA ロイサイダ・リブレ」ビル・ワインバーグ/近藤真里子=訳
「集客都市の暴力」原口剛

INTERVIEW インタビュー
「大地の奪還をめざして」ラファエル・ブエノ/高祖岩三郎+酒井隆史=聞き
手/比嘉徹徳=訳

ESSAYS エッセイ
「NYコミュニティガーデン盛衰史」トシダ・ミツオ
「台所とお化けたち」五所純子
「世界を震撼させなかった3日間のように」究極Q太郎
「コインランドリー・グルーヴ――生き抜くために必要なこと」RADIO MAROON
「ゲリラ・ガーデニング N.Y.C.」アゲマツ・ユウジ

VOL/CRITIC VOL/BOOK
巻末別帖コーナー 時評・書評

「PSE法は階級の問題である」二木信
「西成の〈経験〉――SHINGO☆西成というラッパーについて」村上潔
「〈帝国〉を追いかけて 富山妙子の仕事」菊池亮
「IRREGULAR RHYTHM ASYLUMヨリ」成田圭祐
「文学の名において――ネオリベラリズムに抗するために」白石嘉治
「都市空間をめぐるアート/闘争、そして活動家〔アクティヴィスト〕の理論」
高祖岩三郎


第2号=今秋刊行予定
第一特集「BASIC INCOME」、第二特集「Deleuze CINEMA」。
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9.11 米同時テロ
こんにちわ。小島コーヒーです。 いきなり衝撃画像で申し訳ない。 画像は『 9....
| 小島コーヒーブログ | 2006/09/11 5:42 PM |
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