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[本]のメルマガ vol.248
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■■ [本]のメルマガ     2006.05.05.発行
■■         vol.248
■■  mailmagazine of books [GW特盛り 号]
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■■     創刊は1999年5月10日、現在の読者数は6753名です。
■■ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
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■CONTENTS-----------------------------------------------------------

★トピックス

★平成浚師鑑―――印刷屋の現場から/彫竹 
 今回から新連載! 満を持しての登場です!

★「神戸発、本棚通信」 / 大島なえ
→ え?フォークソングの話ですか?

★本年は本とに本を出す!(仮)/aguni(あぐに)
→ 今回は著者インタビュー2本掲載!

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 武満徹の仕事を回顧する企画展をご紹介

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■トピックス
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■第39回 新宿セミナー @ Kinokuniya
『昭和史 戦後篇 1945-1989』(平凡社)刊行記念

半藤一利講演会「昭和史こぼればなし」
敗戦から現代日本を語りまくってこのたび完結した“半藤昭和史”。とは
いえ汲めども尽きぬ歴史の泉。本書からこぼれ落ちた、頗るつきのエピソ
ードをときに張り扇の講談調、ときに落語の人情噺調で流行歌もまじえ(?)
たっぷりお聞かせいたします。寺子屋「授業昭和史」再現の、またとない
機会です。

日時 5月8日(月) 19:00開演(18:30開場)
会場 新宿・紀伊國屋ホール(紀伊國屋書店新宿本店4階)
料金 1,000円(全席指定・税込)
前売
キノチケットカウンター(紀伊國屋書店 新宿本店5F 10:00〜18:30)
ご予約・お問合せ
紀伊國屋ホール 03-3354-0141(受付時間 10:00〜18:30)

■第40回 新宿セミナー @ Kinokuniya
新潮新書3周年『ひらめき脳』刊行記念
茂木健一郎講演会「ひらめきの時代」を生きる

最新の脳科学の知見を用い、0.1秒で人生を変える
不思議なひらめきの正体に迫った、
新潮新書『ひらめき脳』の刊行を記念して、
現在様々なジャンルで活躍中の脳科学者・茂木健一郎氏が、
ひらめきを掴み、人生に活かす方法について語ります。

ひらめきの脳内メカニズムは? ひらめくと脳が喜ぶのはなぜか?
記憶・感情・学習との関係は? ひらめきが生まれ易い環境とは?
創造性の脳内方程式は?
誰もが知りたいひらめきの正体と効用を、
丁寧にわかりやすく説いていきます。

日時 5月14日(日) 19:00開演(18:30開場)
会場 新宿・紀伊國屋ホール(紀伊國屋書店新宿本店4階)
料金 1,000円(全席指定・税込)
前売
キノチケットカウンター(紀伊國屋書店 新宿本店5F 10:00〜18:30)
ご予約・お問合せ
紀伊國屋ホール 03-3354-0141(受付時間 10:00〜18:30)

■新宿セミナー @ Kinokuniya 「書物復権 2006」
第1回「批評・教養の〈場〉再考/再興」
講師:講師:姜尚中、佐藤学、高橋哲哉

日本社会はどこへ向かっているのか? 内外ともに課題が山積するなか、
「批評」の力が減退し、総合的な議論が決定的に不足ではないか、という
危惧が高まっている。明らかに「知の断片化」が進むなかで、「教養」は
いかなる現状にあるのか? 専門分野での仕事はもちろん、政治・社会・
歴史にかかわって鋭い論議で多くの読者の支持を集める三人の講師による、
《批評・教養》をめぐる注目のディスカッション。学問・研究のありかた、
大学をはじめとする教育現場の問題、メディア(書物を含む)の言論状況
が、トータルに問い直されるだろう。

日時 5月16日(火) 19:00開演(18:30開場)
会場 新宿・紀伊國屋ホール(紀伊國屋書店新宿本店4階)
料金 1,000円(全席指定・税込)
前売
キノチケットカウンター(紀伊國屋書店 新宿本店5F 10:00〜18:30)
主催 「書物復権」8社の会
企画 岩波書店/未來社
ご予約・お問合せ
紀伊國屋ホール 03-3354-0141(受付時間 10:00〜18:30)

■出版社主催 青山表現学校の5月講座開講

青山表現学校では、創作や本作りの実践的なノウハウを著名な作家や編集
者がレクチャーする講座を、5月下旬より多数開催予定。

ライターになる方法 講師:岡崎武志[ライター・編集者]
芥川賞作家 中村文則「小説を書くということ」講師:中村文則[小説家]

など、全37講座開催 詳細はHPへ ⇒ http://www.pub.co.jp/school/
お問合せ:青山表現学校事務局 担当:張替 (はりがえ)
TEL:03-5771-2448  FAX:03-3403-3979  E-mail:school@pub.co.jp

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■平成浚師鑑(へいせいさらいやのかがみ)―――印刷屋の現場から/彫竹
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連載タイトル・筆名の由来
江戸時代、浮世絵版画の版を彫る際の、最もむずかしいとされる髪の毛の
生え際の細緻な部分の彫りを「頭彫り」と呼び、ここは彫り師の組織の中
でも親方クラスの職人が彫っていた。それ以外の比較的簡単な部分の彫り
のことを「胴彫り」といい、弟子が彫る。さらに、最も簡単な、絵柄のな
い部分の彫りを「浚い」といい、見習いクラスが彫る。つまり印刷屋を彫
り師の組織に見立てれば、「浚い師」とはその中でも最も下っ端、かけだ
しのことになる。
彫竹(ほりたけ)は浮世絵版画の彫り師の屋号で、よくあるありふれたも
の。

第一回 月印千江 ―――印刷は複製技術?
第二回 型破りな編集者 ―――安原顕さんのこと(その一)
第三回 型破りな編集者 ―――安原顕さんのこと(その二)
第四回 フランス表紙 ―――印刷の端なき誤解(その一)
第五回 ゴシック体(その一) ―――印刷の端なき誤解(その二)
第六回 ゴシック体(その二)―――印刷の端なき誤解(その三)
第七回 わかりにくい業界用語
第八回 アミ点曼荼羅
第九回 横文字アレルギー

●第一回 月印千江 ―――印刷は複製技術?

練馬区にある「いわさきちひろ美術館」のイベントに参加し、1973年に発
行された絵本「戦火のなかの子どもたち」の誕生秘話を聞くことができた。
版元である岩崎書店の元編集者、池田さんのお話しによると、「戦火のな
かの子どもたち」の中ほどにある子供を抱いた母親の絵は、最初に出た色
校の中にはなく、後から描き足されたものであるという。最初に刷りあが
った色校は、応接間の床にならべられ、関係者全員の目を通してストーリ
ーが再構成された。その過程で、ちひろの他の絵では考えられない、きび
しい目をした母親の肖像が描かれ、挿入された。本来入るはずだった野原
で遊ぶ二人兄弟の絵ははずされ、いくつかの絵は描きなおされた。色校は
ほとんどがさしかえ。ふつうならばイメージスケッチか、原画の段階でな
されるであろう作業が、ここでは一度印刷の現場をまきこんで行われてい
る。また、そのせいか、この本の奥付は後見返しに印刷されている。

だが考えてみれば、一度試してみてから本番ができる、というのが印刷の
特性なのだ。色校とはもともと試し刷りなのだから、すべてさしかえにな
ったからどうこういうほどのことではない。我々はふつう、印刷を複製の
ための技術だと思っているが、それはもともとそうだったのだろうか?

印刷が現代のように大衆のものになる以前、経典の作成や法令の記録のた
めに使われていた時代には、印刷はなにより校正の道具だった。いいかえ
れば、間違った部分をやりなおし、より完全なテキストを仕上げていくた
めの道具だった。手書きによる模写は、常に同じだけ写し間違いの危険性
にさらされている。それに対して、版は間違ったところだけを直すことに
よって、間違いを減らしていける。どれだけ刷れるか、ということよりも、
《さしかえ可能》である、ということが印刷という技術の優位を示してい
たのだ。そのことによって、印刷は《聖なる》技術だった。

「戦火の中の子どもたち」から30年余を経たいま、コンピュータの登場に
よって、印刷物をつくる工程のうち、「さしかえ可能」な部分はどんどん
印刷屋の関わる部分より前の工程に移行してきている。文字はパソコンで
何度でも書きなおせるし、露出アンダーで撮ってしまった写真だって簡単
に直せる。みな「完全なテキスト」にむけての修正作業だ。だから、印刷
という技術の根源にあった《聖性》は、どんどん影がうすくなってきてい
る。

「戦火のなかの子どもたち」の色校さしかえの話しを聞いたとき、何かそ
れは印刷の《聖性》を取り戻す冒険のように聞こえた。もちろん、そう聞
こえたのは、私にだけだっただろう。

印刷は校正の道具だった、と書いたが、それはまた印刷の一面でしかない。
もっと印刷の本質を端的に言い表した言葉はないものだろうか。世界で初
めて金属活字による印刷を行った韓国では、印刷を、もっと鮮明で示唆に
富んだイメージで表現していた。

それを「月印千江」という。ひとつの月が千の川の水面に等しく映される
ように、ひとつの物体が万物に等しく映されている、という意味だ。いま
我々が「印刷」という言葉から想起するものとの、この違いはいったい何
だろうか。「月」は、どんな山に登り、どんな川を渡れば見えてくるのか。
千の川に映る「月」をめぐる旅に、でかけてみようと思う。

筆者HP:ごろくと工房
http://homepage2.nifty.com/gorokutokobo/

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■「神戸発、本棚通信 / 大島なえ」
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第十三回:70年代的な過ごし方

 ゴールデンウィークど真ん中、お休みだからどこか行こうと言う人、家
でビデオ三昧で映画観るもんね。と思ってる人、いやいや私は仕事さ、連
休なんか嫌いだぁ!と思う人等、五月の連休って意外に悲喜こもごもな様
です。私は、どっちなんだろう。お休みは嬉しいけど、退屈だなぁ。

 さて、ようやく今回のお話です。ちょいと本の話からそれますが、しば
らくお付き合いくださいね。今年の春に偶然、古いレコードを手に入れま
した。『卒業』という古い映画の主題歌のシングル盤レコード。
 サイモンとガーファンクルが歌う「サウンド オブ サイレンス」(し
かしカタカナで書くのが70年代的だね)と言うと、ああ、なつかしい。
と思われる人は推定年齢五十歳以上でしょうか。当初は日本では1968
年に上映されました。私、当時10歳。小学校五年生です。まだ「ガメラ」
や「モスラ対ゴジラ」などを観に連れて行ってもらっておりました頃です。
『卒業』を初めて映画館で観たのは1971年のリバイバル上映の時、よ
うやく中学生になり自分で好きな映画を観に、神戸三宮の映画館にひとり
で入りはじめていた頃です。当時は今より、映画はとても活気があり観客
も多く映画館も沢山あったのですね。今思い出しても、中二になったばか
りの初心な女の子には、『卒業』はなんだか大人の映画だった。ダスティ
ン・ホフマンが若いです。でも映画は、そんな感じでも音楽は気に入り、
すぐ後にお小使い(月2000円)で400円のドーナツ盤のレコードを
三宮の星電社で買った。それが、生まれて始めて買ったレコード。

 当時、巷はフォークブーム。ロン毛にパンタロン型のジーパン穿いた、
ヒッピー風なおじさん兄ちゃんがむさ苦しいヒゲ面で大きな声で歌をうた
っているのを、ボーゼンと見てたように思う。なんせ、13歳から14歳
になる年、勉強しろとうるさく言われていたし、まだまだ親元で塾に通っ
ていた子どもでした。それでも映画に行ったり、レコードを買ったり勿論、
本を何読もうと干渉されることがなかったのは幸いだったんだろう。

 と、ここまで書いた時に偶然、一冊のPR誌を読んだ。講談社が出して
いる「本」5月号に森達也さんの「ぼくの歌みんなの歌」(29)を読ん
で、これは、どうしても紹介しない訳にはいかない。この中で森達也さん
は友部正人の詩を沢山、引用して紹介している。70年代フォーク世代の
異端児でスナフキンみたいな人と憧憬の言葉を書かれている訳は、引用し
ている詩を読めばよくわかる。当時、私はおぼろげにニュースでしか覚え
ていなかった1972年に起きた連合赤軍事件の翌年発表された、『にん
じん』友部正人(URCレコード)に収録されている「乾杯」の詩は衝撃
的だ。「夜が深みにはまりこみ、バセイだけが生き延びている おでこと
おでここづき合って のんべえさんたち、にぎやかに議論に花を咲かせて
いる ぼくはひとりすまし顔 コップに映ったその顔が まるで仕事にで
も来たみたいなんで なんだか がっかりしてしまう」「乾杯」の詩は長
いがその一章だけでも伝わるものがある。友部正人は凄い。

 残念ながら「乾杯」を友部正人が歌っていた時を私は知らない。もっと
後の大学祭でフォークコンサートをしきりにしていた頃に名前や歌を知っ
たから。かれこれ34年後に詩を読み新鮮さを感じることもある。197
1年に、「卒業」のシングル盤レコードを家に一台だけあった、赤いポー
タブルプレーヤーにレコードをのせて、聞いたことはセピア色ながら覚え
ている。
 大きなジャケットをまず眺めて、レコードを出しプレーヤー盤にのせて、
慎重に針を落とし、スピーカーからゆっくりと音楽が流れだすのは良いも
のだ。それが70年代の残した良さかもしれない。

 ところで本は、どうなってるんだ?と思われそうです。1971年ごろ、
覚えている好きだった本は、『白鳥の歌なんか聞こえない』庄司薫(中公
文庫)で、この後、何故か吉行淳之介にはまり第三の新人作家を読みあさ
るのでした。ま、同級生で知ってる限りでは、そんな女子は他にいなかっ
た。
 やっぱり、どこか変わってたのでしょうか……

◎大島なえ(おおしま・なえ):1958年生。神戸在住のふらふら兼業
主婦もしている。連休は福岡へ一泊で行きます。天神の古本屋めぐりして
ラーメン食べて来る予定。でも何処か行く為に旅行してるみたいな気もし
ている。五月って一年で一番きれいな季節だから家におれないよ。てね。
「ほんの手帖」発行人。書店巡り愛好者。
 http://www.geocities.jp/nmzdrysk/nae/naeix.htm

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■本年は本とに本を出す!(仮)/aguni(あぐに)
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 この連載では「新しい著者を生み出す」活動をしていきたいと思います。
いえ、まあ、活動というか応援ですね。今回は2名の著者のインタビュー
をお送りします。『貨幣と精神──生成する構造の謎』の中野 昌宏さん、
そして『愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ』の琴音さんです。

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<<著者インタビュー 1>>

『貨幣と精神──生成する構造の謎』ナカニシヤ出版,2006年

 中野 昌宏さん(大分大学経済学部) http://nakano.main.jp/blog/
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■この本が誕生したきっかけを教えて下さい。

ええと、きっかけというか、これのもとは博士論文です。私の出身研究科
では博士論文はどんな形であれ公表することが前提となっています。まあ
おそらくどの研究科でもそうでしょう。ともかく論文の形で大学院に提出
したあと、それをそのままもしくは発展させたものを出版しなければなり
ません。この本はそういう意味で私にとって「出版しなければならない」
本でした。それを何とかやりおおせたということです。

■なぜこの出版社に決まったのですか?

もともとはK書房の編集者の方から本の執筆依頼があり、こちらが「博士
論文を発展させたものを出したいのでそれでよいですか」と聞くと、それ
でよいとのことでしたので、ここで出すことを前提に原稿の修正をしてき
ました。しかしその後、この編集者の方と中身やタイトルや文体などの点
でなかなか意見が折り合わず、5年ほども作業が停滞していました。そこ
で、あまり遅くなっても次の仕事にかかれないし、中身も旬を過ぎてしま
うので、もうこの出版社では自分の思うような本は出せないと判断し、残
念ながらその編集者の方にはお断りを入れました。

その間、ナカニシヤ出版のTさんから別の本の執筆依頼があり、しかもそ
のまた別の本で偶然仕事をすることになったりで、ナカニシヤさんとはつ
ながりができていました。他の出版社にも打診はしてみたのですが、学術
書というのは商業的な成功の見込まれるようなものではありませんので、
なかなか色よい返事はもらえません。そこで仲よくなったこのTさんにお
伺いを立ててみました。当初はやはり難しいとのことでしたが、勤務校の
助成金をつぎ込む条件で出していただけることになりました。

■編集の担当の方に一言!

ご本人にも直接申し上げてますが、足を向けて眠れないと思っております
よ。次の本、がんばりますのでよろしく。

■書籍を形にするまでにいちばん苦労したことは?

まず、内容の充実に加え、叙述の平明化。博士論文ですから、自分がいか
に勉強したか、そのすべてを渾身でアピールする肩に力の入った文章であ
ったわけですが、それをもう少し間口の広いものに変えなければならない。
これ自体もかなりやりにくい仕事です。

そして最大の難関はなんといっても出版社との交渉です。私の場合は出版
は至上命題ではありましたが、あまりにも編集者の意見に従いすぎて、自
分の思うような本が出せなくても逆に意味がありません。編集者にもいろ
んな人がいます。自分のスタイルに合う編集者との出会いがなければ難し
いのだなあとつくづく思いました。

■書籍を出版していちばんうれしかったことを教えてください。

いや、まだ反響もそんなにきていませんし、正直実感ないんですよね。強
いて言えば、献本した人が「ありがとうメール」を送ってくれることでし
ょうか。昔の僚友と再び口角泡を飛ばす議論ができれば最高ですね。

うーん。でもやっぱりいちばんうれしいことは,肩の荷が下りたことでし
ょうね。

■これから本を出したいんだけど、という方にアドバイスを!

上記Tさんもおっしゃっていることですが、院生や若い研究者が自分の最
初の学術研究書を出すときは、とてもお金がかかると考えるべきです。出
版社もボランティアではありませんから、売れないと分かっている本を作
ってくれるはずがありません。内容を詰めてゆく傍らで、文科省の科研費
や各種助成金をとったり、貯金をしたりしてお金の準備もしておいてくだ
さい。最初は印税も出ませんし、献本費もバカになりません。ほとんど自
費出版みたいな勢いです。

でもそれは先行投資です。それをやっておくことで、2冊目からの状況が
よくなるはずです。と私は信じていますが。信じるしかありませんが(笑)。

・最後に御著書の宣伝をどうぞ!

えっとですね。いくつかの方面にすでに宣伝を書かせていただきましたの
でいまさら自分でどう書けばいいのか悩ましいところなので,ソシログの
きしさん(sociologbook.net)がどんな本なのかをコンパクトにまとめて
くれているのを、まるっと引用させていただきます。

ダンスを覚えるためにはあらかじめダンスしていなければならない、コミ
ュニケーションのやり方を学ぶためにはコミュニケーションが必要である、
言語を理解するためには言語を理解していなければならない、商品が交換
されるためには価値が決まっていないといけないけど、その価値は交換さ
れなきゃ決まらない。この本でよく使われるのが「遡及的」「事後的」
「仮想的」「仮説的」なんていうフレーズで、この世界のどこかに「クッ
ションのとじ目」があるはずなんだけど、それは人間にはあるのかないの
かすらわからない。わからないけど、どこかでどうにかして価値や精神や
貨幣や秩序は「発生」して「作動」してるはずだ。こういう状況を描いて
いるのだ。( http://sociologbook.net/log/200603.html#eid227 )

いや「クッションのとじ目」は人間には確実にあるのですが。それはとも
かくそんな感じで、四の五の考えに考えた、難しいというよりはややこし
い、私20代の思考の総まとめであります。そういうわけで「青い」です。
しかし、こういう青い問いかけはほんとは人類に普遍的なものだと思うな
あ!

というつぶやきを、宣伝文句に代えさせていただきたいと思います。

■ありがとうございました!

ありがとうございました。

(参考
 http://nakano.main.jp/blog/archives/2006/03/post_57.html
でAmazonとbk1へのリンク、ジュンク堂さん『書標』「自著を語る」原稿
とともに詳しく見ることができます。

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<<著者インタビュー 2>>

『愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ』幻冬舎,2006年

 琴音さん http://blog.kotone.org/
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■この本が誕生したきっかけを教えてください。

私は非常な高齢出産だったために、管理職のマンションには同年代の遊び
友達もいないという環境で育ちました。そんな用事の私の大好きな一人遊
びがお話を作ることで、最初は、口述筆記で、文字を覚えると、飽きるこ
となく物語を書いていました。

いつしか作家になりたいと思っていた私は、高校の頃、断片的なモチーフ
を思いつきます。でも、いくら考えても、一つのストーリーにまとまりま
せん。数年も、そうして放置しておいたイメージが、ある一瞬で、細部ま
ではっきりと出来上がった作品となって降りてきました。現在は、宝塚の
トップ・オブ・トップであり、理事も兼ねていらっしゃる轟悠さんのポー
トを偶然、見たのがきっかけです。舞台人の光は、21世紀の新しいヒロイ
ン像に命を吹き込んでくれたと思っています。そして、親友をなくした時、
自分を支えるための祈りとして、この小説を打っていました。轟悠さんに
呼び覚まされた喜びと、一生、忘れられない悲しみ。真逆の感情の中で、
出来上がったのがこの作品です。

■なぜ、この出版社に決まったのですか。

当初、本作『愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ』は、第17回日本ファ
ンタジーノベル大賞優秀賞受賞作として、新潮社から出版が決定していま
した。しかし、もろもろの問題から新潮での出版が困難となり、賞を辞退
することとなりました。その後、刊行のお話し合いを、いくつもの出版社
と重ねました。結果、最も、好条件だったのが、ライブドアパブリッシン
グです。昨年末、同社から、上梓されたのですが、ライブドアショックの
あおりを受け、ライブドアパブリッシングの経営状態が極度に悪化し、版
権を引き上げざるをえない状態になりました。その時、だめ元で、グルー
プ会社である幻冬舎に移籍願いを出したのですが、針の穴にらくだが通っ
たというわけです。刊行決定の報には、本当に驚きました。

■書籍を形にするまでに一番苦労したことは?

私自身は、原稿も上がっていましたし、執筆面での苦労は感じませんでし
た。ただ、ライブドアショックで、全く、本が売れなくなり、また、編集
者さんたちは取引先への説明に手一杯。決まっていたプロモーションは次
次、キャンセルという状態の中で、全くの白紙から、自分ひとりで、書店
営業やプロモーションの交渉をし続けたことが、楽しくもありましたが、
反面、ひどい重圧でもありました。

■書籍を出版して一番嬉しかったことを教えてください。

私は、ブログを通じて、読者の方と交流を図っていますが、感動した、涙
が止まらなかった、一生の宝物です、そんなコメントを読ませていただく
と、真実、この物語を書いてよかったと思います。読者の方と近い交流を
心がけている分、嫌なこともあるのですが、この時ばかりは感謝の気持ち
で胸がいっぱいになります。そして、もう一つは、装幀を手がけてくださ
った、世界的なアートデザイナーの中島英樹さんとお会いできたことです。
どういうわけか、私のことを気にかけてくださって、非常に親しくさせて
いただいております。学ぶところの多い方ですから、メールをいただくた
びに、本当に、嬉しいなぁと思います。

■これから、本を出したいんだけど、という方にアドバイスを。

小説ではなく、人文書を志望している方が多いと聞きましたので、ライタ
ーと翻訳の経験から学んだことも交えて、僭越ですが、アドバイスを。ま
ず、自分の頭で考える癖をつけること。これは、当たり前と思われるかも
しれませんが、よくよく辿ってみると、自分の中にある意見というのは、
何かを読んだり、見たり、聞いたり、要は、他人の受け売りであることが
ほとんどです。それでは、一生、出版という世界には入っていけないと思
います。誰もしていない経験、持っていない知識、自分だけの切り口、独
創性を身につけることが大切です。文体を磨き、知識を積むためにも、ど
んなジャンルの本でも読むべきです。そして、常に他人に読まれることを
意識したわかりやすい文章を書くこと。そして、夢が叶うまで、諦めない
ことではないでしょうか。

■最後に、御著書の宣伝をどうぞ!

拙著『愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ』は、不可解な自殺を遂げた
元恋人の地図に導かれ、都心のスラム街にある一軒のアパートで、『告白
を聞く』という仕事につくことになった私が、客やアパートの住人との交
流、同居人であるイップとの恋愛を通じて、真の感情、愛情に目覚めてい
く物語です。小説の中にちりばめられた謎は、ある晩の爆弾テロに収束し、
ストーリーはクライマックスを迎えます。傷ついているがゆえに優しすぎ
る人々の紡ぐ奇妙な愛、究極の愛。最後の純愛小説と銘打ってありますが、
キャッチコピーに偽りはございません。また、男性読者にも支持されてい
る恋愛にとどまらない深いテーマを備えた作品です。どうか、5月15日に
は、中島さんの日本初の装幀ともども、お手に取っていただければ幸いで
す。公式ブログでは、さまざまなイベントを行っています。一度、御覧い
ただけると嬉しいです。ありがとうございました。

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さて、今回の著者インタビューはいかがでしたか?
インタビューにお答えいただける著者の方、まだまだ募集中です。

最初の一冊の感動を、ぜひシェアしてくださいませ!

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■声のはじまり / 忘れっぽい天使
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「文化」を生きた音楽家
−「武満徹 Visions in Time」

 1989年に亡くなった作曲家・武満徹の仕事を回顧する企画展「武満
徹 Visions in Time」(東京オペラシティ・ギャラリー)
には、この手のものにしては珍しい程の入場者がつめかけていた。CDや
本もたくさん出ているし、顔も(あの個性的な風貌!)よく知られている。
だって「現代音楽」の作曲家ですよ。ブーレーズやシュトックハウゼンよ
り多少聞きやすいサウンドを備えているからといって、鼻歌で歌えるよう
なメロディーがあるわけでなし。たくさんの映画音楽を作曲したからか?
 いや、武満の作った映画音楽でニーノ・ロータのような大衆的な人気を
博しているものはないはずだ。そもそも、同じ前衛でも岡本太郎のように、
「よくわかんないけど何となく元気が出る」作風ではないのだ。息を潜め
て聞くのでなければ味わいきれない、聞き手に極度の緊張を強いる音楽…
それが武満徹の音楽だ。

 1930年生まれの武満が音楽で身を立てようと決意したのは15歳の
時で、つまり終戦の年で、見習い士官が聞かせてくれたシャンソンに感銘
を受けたからだという。紙に鍵盤を書いた「紙ピアノ」を持ち歩いて勉強
したというから、随分苦労をしたのだろう。それでも18歳の頃には作曲
を始め、20歳の時には新作曲派協会に入会できたのだからたいした才能
だ。そこで詩人・瀧口修造に出会い、2年後には瀧口の詩をテーマにした
名曲「遮られない休息」を書く。1959年にストラヴィンスキーが「弦
楽のためのレクィエム」を絶賛し、以後着々と世界的な名声を築きあげる
ことになる。

 この企画展を見て回ると、武満徹は随分いろいろな分野に関心を向け、
多くの人と交流を持っていることがわかる。ケージや高橋悠治らの現代音
楽畑の人はもとより、特にサム・フランシスやジャスパー・ジョーンズ、
大竹伸朗らの美術家たちとの熱くてまめな交友ぶりには驚かされてしまう。
そもそも武満が作曲活動を始めると同時に関わった、瀧口修造を中心とし
たグループ「実験工房」は、ジャンルをクロスオーバーした芸術家の連帯
を謳ったものだった。こうした芸術家たちの「横のつながり」は、今では
すっかり衰退してしまった。展示品の数々を見ると、彼が単なる仕事の都
合で様々なジャンルの芸術家たちとつきあっていたのではなく、非常に個
人的なレベルで、友人として「好きで」交わっていたのだということがわ
かる。彼は、「芸術家」という人種が好きで好きでたまらなかったのだろ
う。

 武満徹の音楽は、ヨーロッパの20世紀前半の音楽、特にフランス印象
主義の音楽、特にドビュッシー、を核にして発展している。日本やアジア
の伝統音楽、ケージの偶然性の音楽、モダンジャズへの関心も、20世紀
のヨーロッパ音楽への傾倒が根っこにあってこそのものではないかと思う。
「非ヨーロッパ圏の音楽の発見」は他ならぬヨーロッパ人たちの手によっ
てなされたのであるし、ケージの仕事は戦前のダダやシュールレアリズム
の影響なしには考えられない。またモダンジャズの和声法は印象派の音楽
のそれを基礎の一つとしている。武満トーンと呼ばれるあの独自の響きは、
20世紀前半のクラシック音楽の富を徹底的に見つめ直すことで成ったも
のではないか。すばらしく魅惑的な響きは、しかし悪く言えばある枠を超
えることのない、意外と幅の狭いものにも聞こえる。ケージの、「トウル
は美に拘りすぎる」という指摘は、ケージが捨て去ろうとしていたクラシ
ック音楽にむしろ積極的に回帰していこうとする武満の保守的な態度を突
いたものと思える。

 武満徹の曲のタイトルは実に文学的というか、イメージ豊かなものであ
る。「地平線のドーリア」「ノヴェンバー・ステップス」「ウォーター・
ウェイズ」…。その詩的なタイトルを見ていると、武満が全ての音楽を標
題音楽として書いていたのだということがわかる。その根底にあるのは、
既存の芸術作品への追憶の情である。「鳥は星形の庭へ降りる」は星の形
に刈った有名なデュシャンの頭をモチーフにしているし、「Far ca
lls,Coming far!」はジョイスの小説を下敷きにしている。
未完の絶筆は、「ミロの彫刻のように」というタイトルだった。武満の作
品は基本的に、芸術へのオマージュとして創られた芸術なのだ。

 彼の仕事の底には、文化というものへの強い憧れがある。武満徹が敬愛
した詩人の瀧口修造は、その点、恐らく武満と逆の考えを持っていた。瀧
口は、表現が文化として固形化され、評価されることを嫌った。そのため
に、職業であった美術批評が困難になってしまった程だ。作品として結晶
する以前の、表現する心の状態を何より重視し、詩の末尾にわざわざ「未
完」と書き入れることもあった。しかし、戦禍の最も過酷な時期に多感な
青春期を過ごした武満には、文化を享受するということは、究極の幸福と
して感じられていたのではないだろうか。

 武満徹の芸術は、多岐にわたるように見えるが、政治や生活、大衆への
無関心のことを考えると、実は自閉的ですらあるように思える。すぐれた
芸術作品が、民族の財産として国家に守られていくことを露ほども疑った
ことがなかったに違いない。それはそれでいい。文化に憧れ、文化を創造
し、文化の普及に努めることに全身全霊を尽くしたその生涯は、やはり偉
大なものだったと思わざるを得ない。表現の大衆化が進んで、芸術家が文
化人を指すものでなくなっている今、武満徹について考えることは、「文
化」というものの意味合いの変遷について考えることでもあるのではない
だろうか。

*「武満徹 Visions in Time」(東京オペラシティ・ギャ
ラリー)会期:2006年4月19日−2006年6月18日

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■あとがき

 aguni です。今回はGW特盛り号となりました。GWも後半、ゆっくり
お楽しみいただけますと幸いです。

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