[本]のメルマガ

配信済のメルマガのバックナンバーを見ることができます。また、記事に対するコメントもお待ちしております。
[本]のメルマガ vol.765

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■■------------------------------------------------------------------
 ■■ [本]のメルマガ                 2020.9.15.発行
 ■■                            vol.765
 ■■  mailmagazine of book       [穏やかな夜に身を任せるな号]
 ■■------------------------------------------------------------------
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ★PR★ 原 書 房 新刊 ★ http://harashobo.co.jp/
 
 『天使と人の文化史』
 
 ピーター・スタンフォード著 白須清美訳
 A5判 368頁 本体各4,500円+税 ISBN: 9784562057832
 
 翼を持ち白い衣をまとった美しい天使は、人を見守り良き方向へ導いてくれる。
 このような天使のイメージは、いつ、どのようにしてできあがったのか。キリ
 スト教のみならず、さまざまな時代、地域の宗教や伝承を辿る。
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 【連載】………………………………………………………………………………
 
 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 残念ながらお休みです。次回にご期待くださいね。 

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 第135回 フォークソングとともに生きてきた
 
 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → 秋の夜長は、金田一耕助とともに
  
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 ----------------------------------------------------------------------    
 第135回 フォークソングとともに生きてきた
 
  フォークソングっていったいなんだろう?

  最近、読んだ『フォークソングが教えてくれた』(小川真一 著 マイナビ
 新書)を読みながら、そんなことを考えた。音楽評論家の小川真一さんはエフ
 エム豊橋で「ラビットアワー」という番組をやっていて、ぼくも出演させても
 らった。ほとんど初対面だったのに、とてもリラックスして話ができた。『フ
 ォークソングが教えてくれた』は、小川さんのおだやかな語り口で日本のフォ
 ークソングの歴史をわかりやすく解説している。ぼくは、日本のフォーク、フ
 ォークソングというジャンルは、これって本当にフォークソングといっていい
 んだろうか?
  とモヤモヤした気持ちがあった。反戦歌、プロテストソングもあるし、歌謡
 曲といったほうがいいのでは?
  という歌もあるし、いわゆるシティポップスのような歌もあるから、同じジ
 ャンルに括ってしまっていいんだろうか、と思っていたからだ。小川さんの本
 を読みながら、日本のフォークの半世紀ほどの歴史をたどっていくと、なるほ
 ど、と腑に落ちる感じがあった。
 
  この本のサブタイトルに「人生をフォークソングとともに過ごした人に」と
 ある。たぶん、還暦を過ぎたくらいの人が読むと、青春時代から聴いてきた歌
 がよみがえり、思わず口ずさんでしまうんじゃないかな。正直にいうと、ぼく
 は日本のフォークソングの熱心なファンではなかった。それなのに、本に登場
 するほとんどの歌を知っていた。なるほどフォークソングは同世代が共有して
 いた歌だったかもしれない。
 
  中学生、高校生のころ、同級生たちが夢中になっていた拓郎や陽水、こうせ
 つのレコードは一枚も持っていなかった。アルバムを通して聴いたことはなか
 ったし、ヒット曲を歌ったこともなかった。それなのにこの本を読んでいると、
 十代の自分が見てきた風景が目の前にひろがってきた。
 
  高校の教室で授業中、学生服(そのころは標準服といっていた)を着たクラ
 スメイトたちに囲まれて、居心地が悪そうに小さくなっていたジーンズをはい
 た、劣等生の自分の姿が浮かんでくる。
 
  昼休みになると、同級生の立石君が「昨日、こうせつが言っていたんだけど
 さ」なんて話しかけてくる。立石君は、ぼくがギターを弾くことを知っていて、
 ぼくのことをフォーク仲間だと思っているようだった。あのころのぼくは「日
 本のフォークなんて、あんなものフォークじゃない、歌謡曲じゃないか」と頑
 なに思っていたから、いつも曖昧な笑いを浮かべて話を聞いていた。立石君は、
 岡林信康や高石ともや、中川五郎の歌は聴いたことがなかったようだった。高
 田渡も話題になったことがなかったなあ。小学校のころから、フォークを聴い
 てきたぼくは、ジェネレーションギャップのようなものを感じていた。
 
  先日、「昭和の歌」というテーマで短い原稿を書いた。その原稿には、ぼく
 が生まれて初めて意識して聞いた曲のことを書いた。「ホームラン教室」、
 「怪傑ハリマオ」「ポパイ」といったテレビ番組の主題歌を幼いぼくが古いテ
 ープレコーダーに吹き込んだ思い出のことを書いた。原稿を書き終えてからも、
 「昭和の歌」のことを考えた。ぼくが60数年の人生で一番たくさん歌った歌
 はなんだろう?
 
  きっと「友よ」だと思う。岡林信康が1968年にシングル盤「山谷ブルース」
 のB面に収録されたフォークソングだ。いや、ぼくが初めて聴いたのは、通販
 で配布という形で販売されていたURCレコードの「休みの国/岡林信康コンサ
 ート」というアルバムかもしれない。ぼくはまだ小学生だった。私立の学校
 で左翼的な教育をしていたので、ふつう音楽の教科書では採り上げられない
 「友よ」を歌ったのかもしれない。
 
  当時「友よ」は学生運動のテーマソングのようになっていて、新宿駅西口
 地下広場でのフォークゲリラ集会でも歌われていた。もちろんぼくはニュー
 スなどで知っているだけだけれど。
 
  「友よ」を毎日のように歌うようになったのは、中学に進学してからだ。生
 徒会の活動が盛んな学校で、臨海学校、林間学校、学園祭、演劇祭、音楽祭、
 年間を通じて行事ばかりあったし、何かというと集会があった。そこで
 「友よ」を歌う。校歌を歌ったのはほとんど記憶がない。「友よ」を3年間、
 毎日のように歌った。
  「歌」というのは不思議だ。ぼくは左翼ではないし、運動家を目指したこと
 もない。それでも「夜明けは近い」という歌詞とメロディに、いまだにどこか
 に「世の中を変革する思いに胸が熱くなってしまう」のだ。ぼくにとって「フ
 ォークソング」は「友よ」だった。世の中を変える歌、怒りと抵抗の歌だった。
 大好きなギタリスト、ビル・フリゼールがフォークソング
 「WE SHALL OVERCOME(勝利を我らに)」をレパートリーに入れているのは、同
 じような思いなのかもしれないな。
 
   そんなぼくだったから、「傘がない」とか「結婚しようよ」、「石鹸がカタ
 カタ」なんて歌詞をフォークソングだと受け入れられなかったんだろう。でも、
 それは学生生活にうまく溶け込めないぼくの同級生たちへの反抗心だったのか
 もしれない。メロディや和音については、少しジャズをかじり始めたぼくには、
 フォークソングは単純すぎたし、ガキっぽく思えたこともある。
 
  だけど、この本を読んでいると、はたしてぼくは日本のフォークのことをき
 らいだったのだろうか? と考えるようになった。
 
  思い出したことがある。初めて吉田拓郎の曲を知ったときの不思議な衝撃だ。
 それは聴いたことのない、音楽だった。あきらかに岡林信康や高石ともやのフ
 ォークソングとはちがっていた。フォーク・クルセダーズの加藤和彦が作る洒
 落た音とも違っていた。
 
  中学3年生のときだった。ある日、仲が良かった太田君がギターを弾きなが
 ら歌ってくれた。「マークII」という曲だった。だれの歌なんだろう。太田君
 が作ったんだろうか?
  驚いたぼくは太田君にたずねた。吉田拓郎の歌だという。ぼくが初めて吉田
 拓郎の歌を聴いたのは、拓郎自身の歌ではなかったのだ。太田君はまるで自分
 が作った曲のように歌った。ぼくが岡林信康を真似して歌うのとはまったく違
 っていた。とても新しい歌に出会ったように思えた。それから雑誌の広告でエ
 レック・レコードから出た吉田拓郎のアルバムを知った。
 
  ああ、いろんなことを思い出してきた。友人が南こうせつとかぐや姫のイベ
 ントで“サクラ”をやっていたこと、久保講堂や神田共立講堂でのフォークコ
 ンサートに行ったこと、「帰れコール」に怒った遠藤賢司が「お前こそ、
 帰れ!」と怒鳴ったこと、そして、すぐにギターを弾きながら「大きな声だし
 てごめんね?」と歌ったこと……。伝説の中津川でおこなわれた全日本フォー
 クジャンボリーやつま恋コンサートには行っていないけれど、吉田拓郎のライ
 ブはずいぶん見ているなあ。
 
  こうしてみると、フォーク好きではないはずのぼくは、フォークとともに歩
 んできたといえるようだ。マイク真木の「バラが咲いた」、ザ・ブロードサイ
 ド・フォーの「若者たち」、そしてザ・フォーク・クルセダーズの「帰ってき
 た酔っ払い」! こんなふうに幼いころに出会ったフォークソングが、60歳を
 過ぎた今でもギターを弾いて、だれに聴いてもらえるのかわからない歌を作っ
 ている自分の原点なんだろう。

   『フォークソングが教えてくれた』では、過去を振り返るだけでなく、「21
 世紀のフォークソング」の章で、フォークのスピリットを感じさせる現代のア
 ーチストを紹介している。星野源、ハンバートハンバートと一般的に人気のあ
 るアーチストから、ラッキーオールドサン、D・Wニコルズ、蜜などこれから注
 目したいミュージシャンたちをとりあげている。知らなかった蜜っていう男女
 二人組を聴いてみた。アコースティックギター、アコーディオンなどシンプル
 な編成できちんと歌を聴かせる好感が持てる音楽だった。
 
  小川さんには、現代のフォークソングをとりあげた本も書いて欲しいな。若
 いリスナーは、今のアーチストがとりあげている曲から、過去のオリジナルを
 聴いてみると面白いかもしれない。
 
  フォークソングは時代を経て、さまざまなスタイルを見せるようになってき
 た。それでも原点といえる、プロテストソングを歌い続けている中川五郎やよ
 しだよしこのような人たちを忘れてはいけないと思うのだ。
 
 ◎吉上恭太
 文筆業。翻訳絵本『あめのひ』『かぜのひ』は徳間書店から、『ようこそ! 
 ここはみんなのがっこうだよ』はすずき出版から出ています。
 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。
 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017
 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします!
    
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
 ---------------------------------------------------------------------- 
  日に日に夜の長くなる今日この頃いかがお過ごしでしょうか。秋の夜長には、
 推理小説なんていかがでしょう。一度手に取ると最後まで一気に読みたくなっ
 てしまいます。特に横溝正史の金田一耕助シリーズはドロドロした人間関係の
 もつれから連続殺人(だいたい連続します)が起こり、初秋の夜にはぴったりで
 す(?)。
 
  そして金田一耕助シリーズを読む良き伴侶となるのがこちらです。
 
 『金田一耕助語辞典』、文:木魚庵/絵:YOUCHAN、誠文堂新光社、2020
 
  金田一耕助シリーズをはじめ、それにかかわる横溝正史の他の作品について
 も解説してくれていて、私のような入門者にもわかりやすくできています。辞
 典を名乗っていますが小説に出てくる言葉を網羅的に取り上げたものではあり
 ません。項目は絞られて読み物として楽しい辞典となっています。
 
  それにネタバレは一切ありませんので、金田一耕助シリーズ未読の方も安心
 して手に取っていただけます。もっともあらすじを知っていたとしても面白い
 ので、それはあまり関係ないといえば関係ないのですが。
 
  どんな項目があるのかというと、例えば金田一を演じた俳優が取り上げられ
 ています。おなじみの古谷一行や稲垣吾郎は勿論のこと、渥美清や中尾彬も演
 じたことがあるというのが意外です。しかも金田一のビジュアルといえば、着
 物に袴のはずが結構洋装の金田一もいるんですね。ちなみに私は池松壮亮と長
 谷川博己の金田一耕助しか観たことがありません(本書によれば長谷川版金田
 一はかなり異端だったようですが、私は結構好きです…)。
 
  横溝作品は舞台となっているのが80〜50年くらい前なので、今となってはな
 かなかイメージしづらい言葉もでてきます。本書は豊富な挿絵でそれを具体的
 に伝えてくれるのもいいところです。
 
  金田一のファッションでもしばしば使われる言葉の「二重回し」なんて全然
 わからなかったのですが、巻末には金田一の装いについて詳しく描かれている
 ので実にわかりやすい。『八つ墓村』に出てくる懐中電灯も思ってたのとは違
 うはるかにゴツい代物でした。
 
  「温泉マーク」・「二号」といったことばも現在ではあまり使わないですよ
 ね。当時そのことばがどういう意味を伴っていたのかもわかります。こうした
 俗語表現も今後は辞書がないとわからなくなっていくのかもしれません。
 
  精神障碍者が自宅に幽閉されていたり、現在とはだいぶ違う価値観が背景に
 ありますので、そういう点についても解説がなされています。(「座敷牢」・
 「マイノリティを表す表現」の項目等)。
 
  もちろん「金田一耕助勉強家」を称する著者ですので、各作品や登場人物に
 ついても(作品の核心に触れない範囲で)詳しく知ることが出来ます。特にいく
 つかの作品に横断的に登場する、警視庁の等々力警部や岡山県警の磯川警部な
 どいろいろな作品から集まった情報がまとめられており、人物像がよくわかり
 ます。
 
  もちろん金田一耕助についても詳しい。飄々と推理に集中しつつも、人間臭
 い一面も時に見せる、このキャラクターの魅力が伝わってきます。相次ぐ猟奇
 殺人の中でも自分のスタイルを貫く金田一は、やはり物語の要です。もっとも
 謎を解くことは得意でも、犯罪を未然に防ぐのは苦手なのかな…(「殺人防御
 率」の項を参照のこと)。
 
  そんな彼の事務所や住まいの間取りも載っています。色々パトロンがいて生
 活には困っていないとはいえ、金田一先生はかなり立派なところにお住まいで。
 そういえば私の地元にも住んでいたのでした。
 
  そもそも金田一耕助の出てくる作品は77作もあったということも初めて知り
 ました。まだまだ知らないことばかりだと思う反面、まだ未読の作品が沢山あ
 ると思うとそれはそれで嬉しいです。『獄門島』・『悪魔の手毬唄』・
 『八つ墓村』といった大作に目が向きがちですが、長編でないものにも面白そ
 うな作品が多そうです。
 
  読んだことのある人もこれから読む人もぜひページを開いていただけば、小
 説さながらに次の項目をどんどん読み進めていきたくなる辞典です。
 
  ちなみに私は金田一シリーズでは『獄門島』が一番好きです。そもそも笠岡
 の住吉港で、岡山県の金田一ゆかりの地を掲載した地図を手に入れたのが私が
 金田一シリーズを読みだすきっかけでしたので。
 
  なので岡山が舞台の『本陣殺人事件』・『八つ墓村』・『悪魔の手毬唄』な
 ども押しなべて好きです。特に『悪霊島』の少し老いを感じさせる磯川警部が
 いいですね。
 
  鉄道好きとしては『仮面舞踏会』も注目です。踏切脇で時計を見てそろそろ
 急行の通過時刻だなと思う金田一、意外と鉄道マニアなのではないでしょうか。
 等々力警部の列車移動のシーンが長々と描かれたりするのも珍しいと思われま
 す。「無人踏切」・「信越線の熊の平で土砂崩れ」・「草軽電鉄」といった小
 ネタもなかなかです。まあそれを理由に選ぶ人はいないでしょうが。
 
  それでは皆様も本書を傍らに、金田一耕助を読みながらすてきな夜をお過ご
 しください。
   
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。
 
 -------------------------------------------------------------------
 ----------------------------------------------------------------------
 ■あとがき
  先月号、「お盆」とかくべきところを「彼岸」と書いてしまいました。大変
 失礼いたしました。「彼岸」はこれからですね。もう九月半ば。
  副隊長さんが今月ご紹介くださっている金田一耕助語辞典』、文:木魚庵
 /絵:YOUCHAN、誠文堂新光社刊 、私も読ませて頂きましたが大変面白く、寝る
 前に読むにはもってこいの一冊です。映画の金田一耕助の配役ですが、色々な
 ご意見があると思いますが、やっぱり石坂浩二が鉄板だと思います。市川昆の
 映画は女優の美しさが素晴らしいです。佐久間良子は本当に麗しい。岸恵子、
 司葉子、大原麗子、高峰三枝子…。日本の女優の、ねっとりとほの暗く妖しい
 魅力。また最近の金田一は、吉岡秀隆がよかったです。
 
  出版物の価格表記が、特別措置の期限が終わり税込になることが話題となっ
 ています。外税表記が、あくまで「特別措置」として継続されていることを、
 すっかり失念していました。税込表記に政府が拘るのが理解できない。長い流
 通に耐える価格表記は、+税 がいいと、なぜ政府を説得できないのか。
 無力感にギシギシと蝕まれています。            畠中理恵子
 ----------------------------------------------------------------------
 ■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在3972名の読者名の皆さんに配信して
 おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
 ■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
 ■ 今号のご意見・ご質問は
  15日号編集同人 「畠中理恵子」まで nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp 
 ■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
   なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わり
   ・5日号:aguni原口 hon@aguni.com
   ・15日号:畠中理恵子 nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp
   ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
   ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
 ■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
   事務局担当:aguni hon@aguni.com
 ■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
 ■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
 ■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
 ■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
 ---------------------------------------------------------------------
 

| バックナンバー | 08:02 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.764

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■■------------------------------------------------------------------
■■ [本]のメルマガ                 2020.09.05.発行
■■                              vol.764
■■  mailmagazine of books         [確かに全て炭水化物 号]
■■------------------------------------------------------------------
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★PR★ 原 書 房 新刊 ★ http://harashobo.co.jp/

『今日から理系思考!「お家にある材料」でおもしろ科学の実験図鑑』

セルゲイ・ウルバン著 黒木章人訳
B5判 192頁 本体各1,800円+税 ISBN: 9784562057795

卵の上に乗る!? 描いた絵が泳ぎ出す!? ロンドン在住2児のパパが家庭学習
のために考案した、家にある材料で簡単にできて盛り上がる40の科学実験。世
界で300万人のファンを持つ人気実験動画サイトの書籍化!

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その51「続あしながおじさん」その1

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 第127回 時空の暗がり、言葉の暗がり

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ メールにて、インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。

----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

----------------------------------------------------------------------
■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
----------------------------------------------------------------------
その51「続あしながおじさん」その1

 『あしながおじさん』に続編があることを知っている人はどれくらいいるだ
ろうか?
 主人公がジュディから大学生時代の親友のサリーに変わるので正確に言うと
別の小説なのだが、邦題はすべて『続あしながおじさん』になっている。原題
は“Dear enemy”直訳すれば「親愛なる敵様」という感じだろうか?『あしな
がおじさん』と同じように手紙文で構成されていて、宛先は結婚して富豪の妻
になっているジュディとワシントンの若き政治家で恋人のゴードン、そして敵
様と呼ばれる孤児院の嘱託医の三人となっている。
 
 物語は、ジュディが自分の育った孤児院の院長になるようにサリーに依頼し
たところから始まる。ジュディの夫が孤児院を経営する評議会の会長となり、
孤児院を改革することにしたのだ。そして、大学を出て就職もせず実家のある
ウスターの社交界で時間をつぶしているだけのサリーに、白羽の矢を立てたの
だ。最初は驚いたサリーも説得され、自分付きの女中と愛犬を引き連れて、孤
児院にやってくる。そう、サリーは大富豪とまではいわないまでも、かなりの
お金持ちのお嬢様なのだ。働く必要はなく、今まで四回もヨーロッパ旅行に行
ったことがあるし、ジュディ夫婦がやがて移り住むことになるジャマイカにも
観光旅行で行ったことがある。

 ここでいう社交界で暮らすという言葉の意味が実は私にはよくわからないの
だけれど、サリーは自分の本来的な場所は社会事業より「カントリークラブ、
車、ダンス、スポーツ、儀礼」だと書いているので、そういう生活を送ってい
たのだろう。最後の儀礼というのがいわゆる社交のことで、お茶の会や夜会に
招待したり答礼したりのお付き合いのことだと思える。孤児院に赴任した後も
サリーは孤児院周辺の村のお茶会や夜会にも積極に出かけて行き、村周辺の別
荘地に住むお金持ちから、寄付や有力なボランティアの働き手を得たりして、
孤児院の改革に役立てているから、社交にたけている人柄なのだろう。

 ある意味、「お仕事小説」でもあるし、作者の孤児への教育の理念なども読
み取れてとても面白い小説なのだが、今は話題にされることはほとんどない。
その理由はこの本が根底において数々の問題点をはらんでいることにあると思
うのだが、まずは、この本の中の食べ物について見て行きたいと思っている。

 大学時代には秘密にされていた孤児院の生活について、たぶんジュディは熱
くサリーに語っていたに違いない。孤児院では普通、中学卒業程度で孤児を世
の中に出すところを、ジュディは孤児院で働いて子供たちの面倒を見ることに
よってお情けで高校までいかせてもらったようだ。そんな彼女が感じた孤児院
に対する不満やつらさが『あしながおじさん』にも垣間見られたのだが、サリ
ーはその言葉に耳を傾けて、孤児院を改革しようとしていく。

 サリーの目指しているところは、まずは孤児院を教育機関として整備するこ
とのようだ。又、幼いころから世間を知らずに育ち、そのまま女中や農村の働
き手として院から出される子供たちに、常識を身につけさせることも重要な課
題として見ている。そして、何より家庭的な愛情を子供たちに感じさせようと
している。

 そんな良き意志に満ちたサリーを出迎えた食事は、おいしくないものだった
ようだ。職員たちの夕飯のメニュウは「マトン・ハッシュ」(羊肉の細切れと
か煮物と訳されている)とほうれん草とタピオカ・プディング。そう、去年ま
で一世風靡していたあのタピオカなのだけれど、それを粉にして作ったプディ
ングはおいしものではないらしい。職員用でこれならば、子供用はもっとひど
いだろうと書いているから、そうとうまずかったのだろう。食事をおいしく楽
しく食べるという事より、倹約の方が大事にされているのだ。コックは、この
新任の院長に向かって、「当院では、水曜日の晩は、とうもろこし粥を食べる
しきたりだ」と言い聞かせに来たりする。そこで、サリーは同じく新任の嘱託
の医師と二人で、過去の献立表を調べて驚愕する。

ゆでジャガイモ  Boiled potatoes
米のおかゆ    Boiled rice
ブラマンジェ     Blanc mange

 確かに全て炭水化物。

「子供たちが百十一個の小さな糊のかたまりにならなかったのが不思議です」
というのも無理はない。

 でも、私は最初にこの本を読んだ時うっとりしたのだ。ブラマンジェ、羨ま
しい。なぜなら、『若草物語』のこのお菓子に憧れていたから。主人公のジョ
ーが初めて隣家のローリーを訪ねるとき持って行ったお菓子。姉のメグが、牛
乳やコーンスターチなどで作ったプリンやゼリーのような真っ白くて冷たい菓
子。長い間憧れていて、やっと大学生の時にお茶の水のYWCAの食堂で食べてそ
の味を知ったのだ。一緒に食べた友人たちは皆、あの『若草物語』のお菓子よ
ねと言っていたっけ。もちろん、この三種類はジャガイモもコメもコーンスタ
ーチも糊の材料で、頭韻を踏んでいるからこう並べたのだろうけれど、それだ
けではなく『あしながおじさん』の中で、ジュディが「『若草物語』を読まず
に成長したのは大学中で私だけ」というくらい当時のアメリカでも愛されてい
た本へのオマージュのような気もするのだ。

 それはともかく、そんな子供たちの食生活を改善しようと、サリーはこんな
献立表を作成して、一週間の変化にとんだ食事をコックに命じる。

「全粒粉のパン、牛乳と卵入りパン、全粒粉のマフィン、とうもろこし粥、ほ
しぶどうのたっぷり入ったライスプディング、濃い野菜スープ、イタリア風マ
カロニ、糖蜜の入った栗粉菓子、リンゴ入りだんご、ジンジャーパン……」

 水曜日は妥協したようだけれど、コックは期待に応えてくれたのだろうか?
なにせ、このコック、料理の種類をあまり知らないらしく、サリーが院長専用
の食堂で来客をもてなそうとすると、出てくるのは毎回「子牛の圧搾肉」とい
う料理だけ。このpressed vealという料理、調べても調べてもどんな料理かわ
からないままだった。生後六か月の子牛肉というのも日本ではあまり食べられ
ない肉でもあるし、圧搾肉というのは肉の破片をハムのように加工する料理と
あるので、薄切り肉をステーキのように固めたものかなと想像しているところ
だ。サリーも困り果てて、重要な客のときには仕出し屋から牡蠣や雛バトやア
イスクリームを取り寄せている。結局この物語の中でコックは四回も変わるこ
とになるようだ。あるコックには夜逃げされたりもしてしまうのだが、確かに、
百十人分の孤児の食事と職員用の食事を三食作り、来客用のご馳走まで作りあ
げる手腕を求められるのは、なかなか大変な仕事にも思える。

 サリーは、まず医師と共に孤児たちの身体検査をし、多くの子どもたちが貧
血を起こしていることを知る。そして、肝油や牛乳や体操で体質を改善しよう
と試みる。また食事についても、炭水化物だけではなく蛋白質や脂質を正しい
比率でとらせようとする。

 さらにサリーは孤児たちが愛されているという感覚を得られるように、様々
な工夫もしている。

 例えば凧揚げの日。サリーは近所の地主を説得して羊の牧草地を開放しても
らう。そしてジュディ宛の手紙で「子供たち今丘の上で凧揚げをして走り回っ
ています。そして、息を切らして帰って来ると、ジンジャー・クッキーとレモ
ンジュースが待っていて子供たちはびっくりする予定」と、書くのだ。ただ遊
んだだけなのに、ご褒美がもらえる驚きと嬉しさ。林間学校から帰って来た晩
に大好きなカレーがテーブルで待っているようなそんな思い出がわき起こりま
せんか? そんな家庭では当たり前の喜びを孤児たちにも味合わせようとする
気持ちには嬉しくなるし、きっとサリー自身も子供の心を失っていないんだな
と感じるのだ。

 けれども、ジャガイモ畑を教育用に区分けした菜園にしようとする試みは、
孤児院付きの農夫の反対に合う。まず、孤児院の食事がジャガイモだけでなく
なるので他の野菜を作るようにという提案に対して怒り出し、いわくジャガイ
モやキャベツが自分にとって充分な食べ物なら、お情けで養われている子供た
ちにも充分なはずだと言い出す。教育用菜園などもってのほかで、サリーの言
葉に憤怒の声を上げるのだ。あげくに、なぜか女性の参政権についても語り出
し、自分は評議会から雇われた身だから院長からの解雇には応じないと言い張
るのだった。

 ここら辺は、今読んでもサリーと共に怒りを感じずにはいられない場面だ。
彼だけではなく、年中現れてお喋りをしたがる評議員の老人は、サリーの導入
しようとする「明るい遊戯室、かわいい服、お風呂、もっといい食事や新鮮な
空気、遊びや楽しみ、アイスクリーム、キス」などは孤児たちには身分不相応
だと言い張るし、女性職員の給与も親が養っている身なのだから払わなくても
いいとか言い出す。サリーを若い女性と見て、いつ行っても自分の相手をすべ
きだし自分の指導に従うべきで、人の上に立つのは出過ぎたことだというこの
老人特有の主張は、毎回サリーを怒らせ闘志を掻き立てる。意見を同じくして
共に働いてくれる医師にしても、その不機嫌丸出しの態度や独善性に対して、
いったいどっちが本当の院長なんだと、サリーが怒りに震える場面も多いのだ。

 女性が参政権を持たないほどの昔(一九一五年出版)、そして、主人公が女性
ならではの手段で切り抜けるというような書き方もしないではないジーン・ウ
エブスターではあるけれど、この最後の作品では一味違う強さをサリーに与え
ている。物語が進むにつれ、自分自身が成長したとサリーが語る場面も多い。
院長として先頭に立って物事を改革していく中で変わって行ったサリーが、恋
人との結婚を前に迷う様子には、今の読者でも共感できる点が多いだろう。

 ただ、これをまっすぐ子供や若い読者の手に渡すには、ためらいがある。そ
の点については、長くなったので次回に明らかにしようと思う。

----------------------------------------------------------------------

『続あしながおじさん』ジーン・ウエブスター著 遠藤寿子訳   岩波書店
『続あしながおじさん』            松本恵子訳   新潮文庫
『続あしながおじさん』            畔柳和代訳   新潮文庫
“Dear Enemy”                      Penguin classics

----------------------------------------------------------------------
高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

----------------------------------------------------------------------
■声のはじまり / 忘れっぽい天使
----------------------------------------------------------------------
第127回 時空の暗がり、言葉の暗がり―杉本真維子『三日間の石』(響文社)

 詩人杉本真維子(1973年生まれ 詩集に第58回H氏賞受賞『袖口の動物』や
第45回高見順賞受賞『裾花』などがある)のエッセイ集『三日間の石』(響文
社)は、図書新聞の連載「裏百年まち)をまとめたものである。テーマは日常
雑記。となると、作家や詩人が自身の暮らしぶりをユーモアを交えながら披露
するといった形が定石だろう。普段は出さない素の顔を曝け出して、一般の人
が共感できる喜怒哀楽を面白く描くわけである。肩の力を抜いて楽しめるのが、
新聞連載エッセイの醍醐味だろう。しかし、本書はそこのところがかなり変わ
っている。日常を描いていることに変わりはないが、あっというまに見慣れぬ
回路を作り出して、平穏な日常に穴をあけていく。扱うのはあくまで身辺の出
来事で大きな事件などは起きないのにまるで怪談を読んだような気分に陥る。
それでは本書に収録された話を幾つか紹介してみよう。

 冒頭の「校門の前の黒マント」は、小学校の門の前で教材セットを売ってい
る男のことを書いた一編。子供たちの興味を惹きそうな特典がついていて放課
後は人だかりができている。学校側は子供たちに買うなと繰り返す。そして著
者は買っていった子を目撃する。「それを見とき、なんともいえない、うっと
りと甘い気持ちがした。その子だけ、黒いマントを着た悪魔にそっと呼ばれ、
何かをすでに決意したような唇で、その懐へ自分からすっと入っていくような」。
男の行為は非合法ではないが、学校という子供にとっての権威からは否定され
た存在だ。禁忌の魅惑と禁忌を破ることの恐ろしさ。学校・家庭・友だちとい
った守備範囲の外にぽっかりと空いた異空間の感触。

 「押し入れのなかの異性」も幼い頃の話。保育園のお昼寝の時間、女の子が
押入れの中に連れていかれ、中には男の子たちがいて、女の子は「ぼうっと赤
い顔をして」這い出てくる、ということが何度もあったという。いわゆる「お
医者さんごっこ」のようなものだったのだろうか。そして「私もそのひとりで、
同じく赤い顔をして出てきたような気がする」というのだ。更に著者はいとこ
と炬燵に潜ってくすくす笑いあったという体験も思い出す。著者は口に出され
ることのない「秘密の共有みたいなものは、けっこういろいろな場面に散らば
っている」と述べた上で、「あの押入れのなかで、私は初めて、異性、という
ものに出会った」と回想する。一種の性的ないたずらだが、これに類する経験
は、誰しも多少なりとも記憶にあるのではないだろうか。語られないが確かに
存在するこうした事柄が、人生に影をつけていく。

 「びぼうし!」は富良野線の美馬牛という駅名を知ったことから発する話。
そのアイヌ語語源の魅力的な名前を知ったことが嬉しくて、著者はその名を何
度も口に出し、「透明な風船が口から飛び出していく」ような気分を楽しむ。
そこから話が急展開し、若い頃上京し、東京の男の人が「きみ」という二人称
代名詞を使うのを聞いて驚いたことが話題にされる。著者の出身は長野で、
「きみ」という言葉を使う人はいず、それに代わる言葉もなかったという。そ
して長野では「誰」という言葉が「いいえ」を意味する返事であることを披露
する。話がランダムに膨らんでいくようであるが、使い慣れない言葉に対しぽ
っかーんと無反応に口を開ける幼い頃の自分を想像した上で、著者は「その口
に、びぼうし、という言葉を突っ込んでみたい」と書いて冒頭に戻るのである。
何とも大胆な収拾のつけ方だが、言葉と身体の反応は切っても切れないものが
あり、それを直接読者に伝えるにはこうした話のつなぎ方をせざるを得ないと
いうことだ。

 表題作「三日間の石」は新盆のことを書いた話。いきなり「子どものころ、
掻巻布団が、怖かった」という本筋からややずれた話から始まる。「それは、
人間の形をしていた」というから、お化けのようなものに見えたのだろう。こ
のトーンが全体の雰囲気を支配する。著者の家は新盆の儀式をかなり丁寧に行
っているようだ。「茄子と胡瓜に割り箸をさして、死者になった父の乗り物を
こしらえる」。そして火をつけようとするが難儀する。「だって帰ってくるん
でしょう! ちくしょう! という子どものような地団駄を踏む」とあるので、
霊のために本気になっているのだ。そして、「動かないこころが、半分、石の
ように硬くなって」きて、「最終日、送り火を迎えるころには、私は窓際に置
かれた石であった」という風に自分を石にたとえ、「石はまだ人間に戻れず、
正座したまま、動けずにいた」というように、自分=石のイメージの置き換え
を強引に推し進める。これは幼少の頃感じた掻巻布団の怖さを、自身の身体で
再現しているとも言える。霊と対峙することの緊張感がひしひしと伝わってく
る。

 最後の「何屋でもなく」は不思議なお店を描いた話。転居先のマンションの
向かいにある駄菓子屋は「クリーニング屋にも、文房具店にも、米屋にも見え
る」そうで、つまりはもう積極的に営業する気がなくなった、時代に取り残さ
れた個人商店のようだ。入ってみると、商品は余りなく、著者はアタリクジつ
きのお菓子を台の上に置く。すると驚くことに「お金はいらないですよ」とい
う返事。ぼうっと立ち尽くしていると、店のおばあさんはカッターでクジの辺
りを剥き、「あら残念、ハズレ!」と楽しそうに言うのだ。著者は、子供たち
がクジの当たりはずれに一喜一憂する瞬間に立ち会うことが「お金にはかえら
れないよろこびかもしれない」と考える。著者はもうその店に足を向けること
なく、おばあさんと子供たちの幸福な時間について「この世には想像するだけ
でいい、ということが、きっとある」と結ぶ。店主は店の収入で生活を立てて
いるわけでなく、趣味のような感じで店を開けているのだろう。経済効率が全
てではない。巻頭の作品の「黒マント」の善人版のような一編だ。

 著者は決して超常的な世界や非常識な世界を描いているわけではない。珍事
のようなことが出てこなくもないが、あり得ないという程ではないし、本書は
特に「変わった体験」をウリにしてはいない。出来事を一つ一つじっくり掘り
起こし、眺め回しているだけだ。しかし、そのシンプルな身振りからとんでも
なく幻想的な世界が焼きあがってくる。私は、著者は物事に対する時、無意識
のうちにその裏側の世界を考えてしまうのだと思う。表に見えるものの裏側、
常識に覆われていない時空の暗がりである。つまり、目の前にあるものを観察
しつつ、同時に目をつむっているような態度なのだ。それによって、事物はこ
とごとく現実に置かれた実体から離れ、一種の暗喩と化す。これらの散文にリ
ズムを付与し、現実を更に抽象化する観念を授ければ、目の覚めるような詩が
できあがることだろう。このエッセイ集はいわゆる詩的な修辞を多用している
わけではないが、にもかかわらず著者の詩人としての資質が滲み出るものに仕
上がっている。無意識のうちに、注意を向けた先の時空の暗がりを探し求めて
しまう著者の心が、言葉の暗がりとして、結晶した作品集だと言えるだろう。

*杉本真維子『三日間の石』(響文社 本体2400円)                                
----------------------------------------------------------------------
■「[本]マガ★著者インタビュー」:
----------------------------------------------------------------------

 メールにて、インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
----------------------------------------------------------------------

 少し配信遅くなりました。台風や雷雨、ご用心ください。(aguni原口)

----------------------------------------------------------------------
■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在3978名の読者の皆さんに配信して
おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
----------------------------------------------------------------------
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載された内容を小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
■ 今号のご意見・ご質問は5日号編集同人「aguni」まで hon@aguni.com
■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
  なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わります。
  ・5日号:aguni原口 gucci@honmaga.net
  ・15日号:畠中理恵子 hatanaka3floor@jcom.home.ne.jp
  ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
  ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
  事務局担当:aguni gucci@honmaga.net
■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
---------------------------------------------------------------------

| バックナンバー | 22:58 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.763

■□------------------------------------------------------------------
□■[本]のメルマガ【vol.763】20年8月25日発行
[凶悪犯たちの英雄化 号]
http://honmaga.net/ 
■□------------------------------------------------------------------
□■ 創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4015名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
□■------------------------------------------------------------------

★トピックス
→募集中です
★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→日本より進んでる?イタリアのコロナ対策

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→文学と凶悪犯の投げかけるもの

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→ニューノーマルで、昔の反密集を

★「はてな?現代美術編」 koko
→久しぶりのオークションレポート

★「沖縄切手モノ語り」内藤陽介
→琉球切手始動

----------------------------------------------------------------------
★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp
『英国レシピと暮らしの文化史:家庭医学、科学、日常生活の知恵』

エレイン・レオン著 村山美雪訳
四六判 312ページ 本体2,500円+税 ISBN: 9784562057788

料理だけではない! 美味しいエールの醸造法から疫病から身を守る家庭薬の
実証試験、王様に贈る上級メロンの栽培方法まで。17世紀英国の上流家庭で貴
重な財産とされた「レシピ帳」。それは知の収集と緻密な家庭戦略だった。

----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
募集中です

----------------------------------------------------------------------
■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
----------------------------------------------------------------------
第113回 長期マラソンの道半ば?・・・

今年も早、後半に入っている。なんとも冴えない気分で長期にわたって過ごす
ことになると身にしみていなかったのは甘い。“苦い”だけの年になりそうな
気がしてくる。

現在まで、イタリア人のコロナウイルス(COVID-19)感染者数は約150万人で、
これは公表された数の6倍という「ラ・ナツィオーネ」紙の記事だが、感染率は
2.5パーセント。専門家による説明では「20人に会ったら、50%の確率で1人の
陽性の人がいる」ということになる。これは他の国と並ぶ感染率のようだ。

ローマ以南の州では感染者数も少なくて、感染率も1パーセントに満たない。
ヴェネツィアが州都のヴェネト州では、4人に1人が陽性か陰性かの検査を受け
たと数字が語る。

気になっていたヴァカンスの8月に入ったら、ヴェネト州やエミリアロマーニャ
州やトスカーナ州のリゾート地で若い人が密集するディスコの感染が問題になっ
ている。守るべき人との間隔がとれるはずはなく、混みあっていてマスクなし。
陽性なのに無症状な人も多い世代。感染者の平均年齢が30歳前半とぐっと低く
なった。

ディスコやそれに次ぐホールは屋外でも閉鎖され、または入場者が半減される。
砂浜など公共スペースでのダンスも禁止となり、人の間隔が1メートルでマスク
着用はさらに鉄則になった。

業界は経済的打撃に激怒して、経営者たちは、まるで17世紀のペスト塗リ(ペ
ストの毒を油に混ぜて家の門などに塗ったと非難された)みたいな扱いだと息
まいたよう。自分たちが犠牲にされてしまったのだ、と。

これでコンテ首相は首相令を9月7日まで更新した。マスク着用が一カ月間延長
され、ヴァカンス客の多い地では夜間も着用しなければならない。
街中ではこの暑さのなか、人の集まる「密」の場合以外はマスク・フリーにやっ
となったというのに。

一方、学校閉鎖が7カ月にもなっているとは信じられないが、9月14日から新学
期を無事に始めるというのが強い社会的目標だったよう。
ヴァカンスも楽しめない教師たちは難しい状況に“怯えている”と新聞には書
かれる。

教師たちのジレンマは、生徒の間隔を1メートルとるための新しい一人用の机が
10月に納品されるのか、又はまだ先になるのか確信できないことにある。一人
用の机が遅れるならサージカルマスクが必須となる。6歳の生徒にはマスク着用
で授業なんて無理だろう。
学校再開はしなければならないが、もし教師や用務員や生徒に感染者が出た場
合、責任がどこにあるとするのかが不明だ。ここまで杞憂すれば、怯える。

ほかにも問題はある。生徒の間に必要な間隔をつくれない教室が多いため、リ
ゾートホテルなどを代替利用することも考えられている。観光やリゾート地で
はまだツーリストが少なくて、がら空きのプチホテルも多いようだから。

期待されるワクチンのほうは、開発はイタリアでも進んでいる。ローマ近郊に
所在するバイオテクノロジー企業のワクチンはすでに試験管と動物テストが終
わっていて、ローマのスパランザーニ研究所が18〜55歳までと65〜85歳までの
健康な男女のボランティアを90人選別してワクチン投与を始めるという。

その結果が良ければ、秋にはボランティアの人数を増やした第二段階に入れる
ようだ。
さらに、DNAを介した革新的な技術によるワクチンの医学実験も準備されている
という。こちらは北部のモンザとミラノで80人のボランティアの人を対象にし
ている。

世界的には中国がすでにテストを15件実施しており、ロシアでは早くも10月か
らワクチンを普及させるそうだ。


◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
イタリア・フィレンツェ在住。著書に『天才力 三巨匠と激動のルネサンス (
ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)』(世界文化社)、『メディ
チ家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)。
melmaで16年間、メルマガ「イタリア猫の小言と夢」を発行。

----------------------------------------------------------------------
■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
----------------------------------------------------------------------
イヴァン・ジャブロンカ 高野倫平訳
『歴史家と少女殺人事件 レティシアの悲劇』名古屋大学出版会 3600円
+税

2011年1月。18歳の少女、レティシア・ペレが惨殺され、死体が湖に遺
棄される事件が起こります。犯人の男が累犯者であったことから、監督義務を
怠った当局の怠慢を、サルコジ大統領は厳しく批判します。司法官たちは、こ
れに反発し、フランス全土でストを打ちます。サルコジ政権の進めてきた行政
機構のリストラが、この不手際の遠因にあったからです。事件はグロテスクな
展開をたどります。児童養護施設で育ったレティシアと双子の姉ジェシカの里
親となった男性が、ジェシカに対する強姦容疑で逮捕されたのです。

「三面記事事件」(「ワイドショーネタ」)は、トルーマン・カポーティの
『冷血』や、ノーマン・メイラーの『死刑執行人の歌』など、多くの文学者た
ちの想像力をかきたててきました。しかし、そのために凶悪犯たちが英雄視さ
れ、彼らの加害行為が栄光化されるという倒錯を引き起こしてきたことは否定
できません。被害者に関心が払われることはありませんでした。無残な死を遂
げた少女の実像を描きだすために、高名な歴史家でもある著者は、この事件の
関係者たちに聴き取りを重ねる、社会学的調査に乗り出していきます。

レティシアたちの姉妹は、刑務所への出入りを繰り返し、家族に暴力をふる
う父親と夫の暴力に晒された結果鬱病になった母親の下で育ちました。犯人の
男も、刑務所への出入りを繰り返していますが、子ども時代には父親による虐
待を受けています。加害者も被害者も、暴力の犠牲者だったのです。レティシ
アは、里親の家庭からまじめに職業高校に通い、外食産業のウエイトレスとし
て働き始めます。彼女の類まれな美貌とまじめな仕事への取組みは、職場の人
たちから高く評価されています。彼女は、いかにも幸福そうでした。

カフェで犯人と知りあったレティシアは、酒を飲み、コカインを吸引してあ
げくに殺されています。ここで疑問が生じます。レティシアはまじめな少女で
す。そして順風満帆の歩みをはじめています。そんな彼女がなぜ、破滅的な行
動をとったのでしょうか。事件の数日前、レティシアは彼女のSNSに自殺を
ほのめかす投稿をしています。姉のジェシカから、里親の性暴力について打ち
明けられたことが原因と思われます。信頼していた里親と姉に裏切られたとい
う思いが、彼女に絶望感をもたらしたことは、容易に推測できます。

レティシアの里親は事件の後大統領官邸に招かれています。里親はサルコジ
と同様、レティシアの死を利用して、自らの名声を高めていったのです。里親
を告発したのは、ジェシカでした。レティシアの死を契機としてジェシカは、
里親との依存を断ち切り、自立する道を選んだのです。レティシアの死が、ジェ
シカの再生をもたらしたのです。フランス西部の下層の若者たちの生活世界を
浮き彫りにした本書は、エドガール・モランの『オルレアンのうわさ』を彷彿
させる第一級の社会学的レポートとなっています。ぜひご一読を。

◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「怠ける権利」高文研
http://www.koubunken.co.jp/book/b371637.html

----------------------------------------------------------------------
■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
----------------------------------------------------------------------
今回は「ニューノーマル」な話

昨日のニュースで聞いたのだが「東京の人口増加に陰りが見えた」そう。
東京の大学に行くはずだった学生がオンラインになって地方に留まったままだ
ろうからそれもあるだろうと思いつつ…「都の税収に影響が」と言うアナウン
サーのセリフに「まだ増やす気だったのか」とびっくりした。

東京はとっくにキャパオーバーだったんじゃなかったっけ?

ずいぶん前に危機管理の観点から省庁の地方移転の話など持ち上がっていたと
思うのに全然進んで無いようだ。
テレワークの増加で住居を郊外に移す人も増えている様だがそれでも「都内の
会社勤め」に違いはない。相変わらず大手企業の本社は東京だし。

東京は「密集」をコンセプトにビジネスモデルが確定している様に思う。
ちょっと知った目黒の居酒屋さんの家賃を聞いて「そりゃ、7、8割がた席が埋
まらないとやっていけないよな」と。都会であっても客単価はそれ程あげる訳
には行かないだろうし、となると「ニューノーマルな座席」にしていては満席
になっても赤字が出る。

人が密集する事で地代が上がり、そのせいで賃料が上がり、密集がデフォルト
のビジネスモデルが出来上がる。かなり危ういがなんとかそれで回ったいたモ
ノが今回根底から崩れた様に思うのだが。
いや、東京だけじゃないな。デフレが続いたせいか日本そのものが商売を「密
集」を基本にしてしまったのではないだろうか?
大阪なら黒門市場は普通に買い物が出来る程の人出でそれで充分商売になって
いたはず。
馴染みの居酒屋も今より2割ぐらいは席が少なかったのに潰れず今に至る。
でも一度密集させてしまうと元に戻る事は不可能なのかも知れない。

昔話で申し訳ないが前は花火大会も祇園祭も「2メートルのソーシャルディスタ
ンス」とまではいかないが1mぐらいは優に離れていた。どこへ行っても人の頭
しか見えなくなったのは何時ごろからだろう。
そう思うとニューノーマルはオールドノーマルなのかもしれないね。

そーそー、ニューノーマルになって欲しい事が一つ。
これを機に切符の取れない舞台や東京でしかやってない芝居のライブビューイ
ングを映画館でやって欲しい。大きな舞台は大きな映画館で、小劇場公演はミ
ニシアターで。
これの撮影やら配信やらが新しいビジネスになる。
いかがですか?

◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html
----------------------------------------------------------------------
■はてな?現代美術編 koko
----------------------------------------------------------------------
第109回
『コロナ禍のオークション事情 ――― サザビーズ VS クリスティーズ 』

コロナの影響で当然売り上げが下がったアートマーケットがどうなっているの
か、7月になってぼんやりと様相が掴めるようになってきました。

オークション業界1位のクリスティーズも、業界2位のサザビーズも、なんとか
損失を最小限にとどめた模様。特にサザビーズは、オンラインオークションに
力を入れて、2020年1月から前半期に25億USドルの売上をあげました。
※Artpriceレポート参照

前年度は33億ドルだったので、まぁなんとか踏ん張ってる感じですね。つまり
はアート市場は意外に打たれ強いマーケットということが明らかになってきた
のです。

サザビーズは、昨年アメリカの上場企業からプライベート企業になって、新し
いパトロンPatrick Drahi(パトリック・ドライ)のもと、先を見越したインター
ネットオークションに積極的に参画したことが功を奏しました。

それに7月に入ってから香港でのオークションも上々の売上で、7月の香港での
イブニングセールに至っては売れなかった作品は私が見たところ皮肉にも梅原
龍三郎の油絵だけ。

航空会社や旅行会社の損害と比べると十分満足できる結果です。
それに世の中は日本人コレクター以外は元気がいいのだということですよね。

Patrick Drahiは、フランス-イスラエルの実業家で、日本でいうところのソフ
トバンクグループ孫正義のような感じでしょうか。とにかく借金しまくってい
て、あっちこっちの会社を買収するイメージがあります。しかもフランスの業
界2位の通信会社SFRの持ち主でもあります。

正直、彼はアートコレクターとしては252位にランクされる(le Monde誌 201
9/6/19記事)程度のコレクターで、クリスティーズの筆頭株主François Pinau
lt(フランソワ・ピノー)と比較するとなんだかちょっと違和感ありありの買
収劇でした。

François Pinault氏は1998年からクリスティーズの筆頭株主で、しかも本人が
筋金入りの現代美術コレクターなのです。しかもメセナ活動や自身のコレクショ
ンを展示する世界的評価の高い美術館を持ちます。

おいおいサザビーズ、なんだかな、ってな感じですが、サザビーズ自体はこの
コロナ禍に頑張ったということになります。

もちろんクリスディーズも頑張ってます。
7月には『One』というタイトルで、ニューヨーク・ロンドン・パリ・香港の4か
所でグローバルライブオークションをしました。
落札総額は、$420,941,042 。

この落札状況をみていると、意外と香港が元気だということ。米中摩擦の最中
に、美術品を購入して資産を金の代わりに美術品に変えているのかしら、と思
うほど。

コロナと香港問題のセンシティブな経済的そして政治的状況の中、アートマー
ケットが元気な理由について本当のところを知りたいものです。

世界のトップ富裕層にとってそんな問題とは無関係にお金は世界を巡るのか、
はたまた最近のニューヨークの株式市場と同じように折込済の話だというのか、
いずれにせよ庶民とは無関係な世界が広がっているようです。

□サザビーズ 香港Contemporary Art Evening Sale落札結果(英語)
https://www.sothebys.com/en/auctions/2020/contemporary-art-evening-sal
e-hk0927.html
□クリスティーズ 『One』落札報告レポート(英語)
https://www.christies.com/features/ONE-sale-results-2020-10777-3.aspx

◎koko
円とユーロとドルの間で翻弄されるアートセールコーディネーター。
まぐまぐメルマガ「Sacres Francais!映画と美術とパリジャンと」。
http://www.mag2.com/m/0000191817.html(現在休刊中)

----------------------------------------------------------------------
■沖縄切手モノ語り 内藤陽介
----------------------------------------------------------------------
(2)B円の導入と琉球切手の誕生

1948年6月、戦前の状態を基準とする沖縄の経済復興政策を進めていた米軍当
局は、B型軍票円(戦前の日本円と等価交換された米軍政府発行のB型軍票を基
準とする通貨)を琉球列島全域に共通する法定通貨として一本化した。

ここで、米軍による占領当初の沖縄における通貨がB円に統一されるまでの経緯
を簡単にまとめておこう。

1945年6月の沖縄戦終結と前後して、米軍は占領下の沖縄で“B円”を額面と
する軍票の使用を開始する。この時点での米ドルとの交換レートは1ドル=10
B円。ただし、沖縄本島など、戦争による被害が大きく無貨幣経済を行わざるを
得ない地域もあった。

敗戦直後の1945年9月、大蔵省はGHQの要請を受けて、1ドル=15B円のレートで
(日本円と等価で)占領下でのB型軍票円の発行を承認する。しかし、占領軍が
本土でB型軍票円を使用すれば日本経済の混乱が拡大することが懸念されたため、
日本政府は占領経費を日本円で支弁することを条件に、占領軍による軍票支払
の停止を要請。GHQ側もこれを承認したため、日本本土ではB円軍票はごく少数
が流通しただけにとどまった。

ところで、日本本土では、敗戦後の急激なインフレに対処するため、1946年2
月16日、「金融緊急措置令」と「日本銀行券預入令」が発せられる。

その骨子は、
1946年(以下同)2月17日以降、全金融機関の預貯金を封鎖する
∋埣罎卜通している10円以上の銀行券(旧券)を同年3月2日限りで無効と
する(2月22日に旧5円券も追加)
3月7日までに旧券を強制的に預入させ、既存の預金とともに封鎖する一方、
2月25日から新様式の銀行券(新円)を発行し、一定限度内に限って旧券との
引き換えおよび新円による引き出しを認める

というものだった。いわゆる“新円切り替え”である。
なお、この施策は、当初、1946年夏に実施予定だったが、インフレの進行が予
想以上に早く、2月に繰り上げての実施となったため、新日銀券として、A10
0円および10円券が3 月1日、A5円券が同8日、A1円券が同月20日に発行
されたものの、当初は必要な数量を調達することができなかった。そこで、2
月20日、政府は「日本銀行券預入令ノ特例ノ件」を公布し、1000円、200円、1
00円および10円の証紙4種を発行し、これを旧券の表面に貼付することで、暫
定的に“新円券”として流通させることにした。(証紙貼付銀行券。ただし、
1946年10月末で通用停止)

一方、軍政下の沖縄では、無貨幣経済から貨幣経済の再建のための最初の措置
として、1946年4月15日、第一次通貨交換が行われたが、ここにも、本土の新
円切り替えの影響があった。

すなわち、この時の通貨交換で、米軍政下の琉球地区の法定通貨として認めら
れたのは、B円型軍票円紙幣、⊃憩本銀行券(新円)、5円以上の証紙貼
付旧日本銀行券、ぃ輝潴にの旧日本銀行券および同硬貨(小額紙幣と硬貨は
新円切り替えの対象外で、1946年3月3日以降も有効とされていた)で、沖縄
住民が戦前から所有していた旧円は原則としてすべて回収され、B円軍票と1対 
1で交換された。

ところが、1946年7月以降、本土に疎開していた沖縄本島出身者の引揚げが
実施され、引揚者が日本円を沖縄に持込むようになる。当時の日本本土はハイ
パーインフレの時代で、対ドルの実勢交換レートでは日本円は急速に下落した
が、沖縄では日本本土よりもインフレのスピードが緩かったため、建前として
は等価とされていた日本円を密輸し、建前としては日本円と等価とされていた
B円軍票と交換して差益を得るものが横行した。さらに、貨幣経済の復活により
通貨量も急速に増大したこともあって、沖縄本島でもインフレが急速に進行す
ることになる

そこで、軍政当局は、同年8月5日から20日にかけて、沖縄本島と周辺の離
島にかぎって第二次通貨交換を実施し、B円軍票を新日本円に交換させ、沖縄本
島の通貨をいったん新日本円に統一させた。

一方、米軍政下の奄美大島、宮古、八重山ではB円軍票と新日本円が併用される
状態が続いていたため、9月15日、軍政当局は沖縄本島以外の他の南西諸島にも
同様の布令を出したものの、新日本円不足のため全面的な交換はできず、各種
通貨が混在する状況が続いた。

その後、1947年9月になって、ようやく、北緯30度以南の南西諸島の法定通貨と
して新日本円とB円軍票を併用することとなり、当初の二本建通貨制度が復活す
る。
こうした経緯を経て、1948年になると、東アジアでも東西冷戦が本格化してき
たことから、米国は、沖縄を太平洋戦略の要石として長期的に確保すべく、さ
まざまな布石を打ち始めたが、その一環として、琉球全域における通貨の統一
が図られるようになった。かくして、1948年6月、法定通貨を新たに発行するB
円(新B円)に一本化することが決定され、同年7月16日から21日にかけて行わ
れた第三次通貨交換で、日本円とB円軍票の流通が禁じられ、すべて、新B円に
交換された。

これに合わせて、7月1日、全琉球統一の“琉球切手”(額面は新B円に対応)
が発行され、それまで、各地区で発行されていた暫定切手類は使用禁止となっ
た。

じつは、琉球切手の発行に先立ち、1947年の時点で沖縄地区では独自の切手発
行が試みられ、地元軍政府の依頼を受けた逓信部の比嘉秀太郎が、琉球王国の
紋章や首里城、守礼門を描く切手図案の原案を作成していたが、これは、「民
主的ではない」との理由で、東京の総司令部によって却下されている。

その後、比嘉は新たに四種の図案を制作し、1947年7月31日、これを東京に空
輸。今度は総司令部に承認されたことで、1948年6月7日、日本の大蔵省印刷
局で製造された琉球切手が納品され、7月1日の切手発行となった。

この時発行された切手は、国名の表示が“琉球郵便”となっており、ソテツを
描く5銭および20銭切手
https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/202008251350597ca.jpg

テッポウユリを描く10銭および40銭切手
 https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/202008251351033a6.jpg

御冠船を描く30銭および50銭切手(当局の発表では“唐船” 
https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20200825135100320.jpg 
を描く30銭および50銭切手、

そして農夫を描く1円切手
https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/2020082513510264e.jpg

の7種で、日本本土とのつながりを連想させるような要素は避けられている。
国名表示として“沖縄”ではなく“琉球”が採用されたのは、“沖縄”の語が
狭義には沖縄本島のみを指す言葉であったことにくわえ、琉球王国を大日本帝
国に編入する際に琉球から改称することでこの地域が日本領であることを示す
ために用いられていたこと、さらに、琉球という名称が戦勝国の一角を占めて
いた中国による命名であったことなどが総合的に考慮された結果と考えられる。

また、切手の図案として、御冠船が取り上げられている点にも注目したい。
江戸時代初期の1609年、薩摩藩は幕府の承認を得て琉球王国を征服し、琉球
国王を薩摩藩主の臣下としたが、その一方で、従来通り、琉球国王が明(後に
清)の皇帝に朝貢をつづけることも認めていた。このため、1872年の“琉球処
分”によって琉球藩が設置されるまで、琉球はいわゆる日中両属の時代が続い
た。

切手に描かれた御冠船は、こうした日中両属の時代、中国皇帝から琉球へと
派遣された冊封使が乗ってくる船のことで、王冠や王服などの下賜品を積んで
くることから“お冠の船”とも呼ばれて歓待された。船団は2隻からなり、一
度に約500人を乗せ、夏に南風にのって来琉し、秋から冬にかけて北からの季節
風を利用して帰国するのが通例であった。

こうした題材を、あえて“唐船”の名で切手に取り上げた背景には、かつて
の琉球王国が中国の冊封体制下に(も)あったこと、すなわち、歴史的には日
本が独占的に支配していたわけではないことを示す意図があったことは明らか
であろう。


内藤陽介
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会
員。フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国
家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。
最新作『みんな大好き陰謀論』ビジネス社
電子書籍で「切手と戦争 もうひとつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川
oneテーマ21などがある。

----------------------------------------------------------------------

■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4015名の読者の皆さんに配信してお
り、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。

----------------------------------------------------------------------
■編集後記
今月は、いつも原稿をせかさなければならない竜巻先生が、催促なしに原稿を
送ってきてくださった。酷暑の毎日、夏に雪を降らせる力はないまでも、雹は
降らせることができると踏んで締め切り前に原稿を出されたようだ。

が、バラパラと地面が濡れない程度の雨が降ったのみであった。それでも降ら
せただけ竜巻先生はエライ!w

====================================================
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載されたコンテンツを小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ copyrightはそれぞれの記事の記者が有します。
■ ご意見・ご質問は25日号編集同人「朝日山」まで
メールアドレス asahi_yama@nifty.com
(あっとまーくは、全角ですので半角にしてください)
■ バックナンバーurl http://back.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンidナンバー:13315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
====================================================

◎このメルマガに返信すると発行者さんにメッセージを届けられます
※発行者さんに届く内容は、メッセージ、メールアドレスです

◎[本]のメルマガ
 の配信停止はこちら
⇒ https://www.mag2.com/m/0000013315.html?l=kbi00b11f0

| バックナンバー | 20:50 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.762


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■■------------------------------------------------------------------
 ■■ [本]のメルマガ                 2020.8.15.発行
 ■■                            vol.762
 ■■  mailmagazine of book       [彼岸過ぎてもまだまだ暑い号]
 ■■------------------------------------------------------------------
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ★PR★ 原 書 房 新刊 ★ http://harashobo.co.jp/
 
 『[ヴィジュアル・エンサイクロペディア]世界史を変えた戦い』
 
 DK社編著 トニー・ロビンソン序文 甲斐理恵子訳
 A4変型判 オールカラー 本体3,800円+税 ISBN: 9784562057573
 
 「マラトンの戦い」から「壇ノ浦の戦い」、冷戦時代、湾岸戦争の「砂漠の嵐
 作戦」まで、世界史を大きく変えた140以上の戦いを充実した地図や臨場感
 あふれる図版と共に解説。パンフレット(PDF)⇒ https://bit.ly/2XVGpGa 
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 【連載】………………………………………………………………………………
 
 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 今月はお休みです。次回にご期待くださいませ。 

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 第134回 韓流ロック小説に興奮する
 
 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → 武田信玄に追放された、父・信虎。通説に疑問を投げかける一冊を紹介
  
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 ----------------------------------------------------------------------    
 第134回 韓流ロック小説に興奮する
 
  書店に行ったときの習慣として、とりあえず大好きな英米の翻訳小説が並ぶ
 棚に行く。その横にはヨーロッパなどの翻訳書があるから、その棚も見て回る
 ことにしている。ところが最近は、それよりもアジアの書棚に目をやることが
 多くなった。というより書店でも欧米の本よりもアジアの棚が元気がよくて、
 書棚のスペースも大きくなっているみたいだ。とくに韓国の本はついつい手に
 とってしまう魅力ある本が多い。
 『ギター・ブギー・シャッフル』(イ・ジン 著 岡裕美 訳 新泉社)。
 このタイトルを見ただけで、レジに持っていった。いったいどんなロックな小
 説なんだろう?
 「ギター・ブギー・シャッフル」はベンチャーズがヒットさせた曲で、この小
 説のポイントになっている。いや、作者はこの曲を聴いてこの物語を書こうと
 思ったんじゃないか、というほど重要だ。
 「ギター・ブギー・シャッフル」の主人公、キム・ヒョンは製粉工場を経営し
 ていた父親のもとで裕福な幼少期を過ごした。父親の趣味は音楽でヒョンもク
 ラシックやジャズのレコードを聴きながら育った。才能がなく続かなかったが、
 ヴァイオリンも習っていたお坊ちゃん。
 「砲弾の音が聞こえてきたとき、おれはジャズに耳を傾けていた。」という書
 き出しを読んで、ぼくは、この物語はぜったいに面白いと確信した。
 
  砲弾というのは、朝鮮戦争の三十八度線での銃撃戦のことだった。やがて朝
 鮮戦争で工場が焼かれて、倒産してしまった後は、ヒョンの人生は一変する。
 孤児となり、頼っていた叔父の家でも、家族としてではなく工員のひとりとし
 てタコ部屋に入れられてしまう。
 
  そんなヒョンを支えていたのは、米軍のラジオ局から流れてくるロックンロ
 ールだった。一部屋で折り重なるように寝させられたヒョンだが、鉱石ラジオ
 のダイヤルを進駐軍放送に合わせる。聴こえてくるのは、チャビー・チェッカ
 ー、エルヴィス・プレスリー、コニー・フランシス、ロイ・オービソン……。
 「ラジオの電波は人種や国籍を差別しなかったから、駐屯地の住民もアメリカ
 の最新文化の洗礼を惜しみなく享受することができた」
 
  ヒョンはチャビー・チェッカーを聴きながら布団の中でツイストを踊ってい
 た。
 
  日本でもFENを聴いていた音楽ファンは多かったはずだ。この話に登場する
 曲は、ぼくが子どものころ、ラジオから流れてきた曲ばかりだ。ツイストとい
 うダンスは、ぼくも子どものころ、踊っていた、というか踊らされていた思い
 出がある。カラフルなボーダー柄のTシャツをツイストシャツっていっていた
 んじゃないかな。
 
  小説の各章のタイトルは、当時ヒットした曲の一節から取られている。ディ
 ーン・マーチン、ナット・キング・コール、トニー・ベネットなどが歌った曲
 だ。最近、古い歌ばかり聴いているぼくには、とても嬉しいアイデアだ。
 
  読んでいると舞台となっている1960年前半の韓国・ソウルの風景がヒット曲
 とともに目の前に広がる。日本が高度経済成長期に入り、未来に希望を持ち始
 めていたとき、韓国の多くの若者は貧困にあえいでいた。そして軍事政権のも
 とで未来に希望を持てないでいた。
 
  日本の高景気だって、朝鮮戦争による特需景気が大きかったはずだ。
 
  仕事も住む家も失って、ヒョンは、音楽茶房「ニューワールド」で旧友に再
 会する。そして米軍基地で演奏するミュージシャンたちのヘルパーという楽器
 運びの仕事を紹介してもらう。ここから、ヒョンの新しい人生が始まる。目の
 前にショー・ビジネスの世界が広がったのだ。きらびやかだが、金銭トラブル、
 アヘン中毒といったショービジネスのダークサイドも待ち受けていた。
 
  ある日、ヒョンはアヘン中毒で舞台の出番に現れなかったバンドメンバーの
 代役として急遽ステージに立たされる。そして、見よう見まねでベンチャーズ
 の「ギター・ブギ・シャッフル」を演奏した。正確にいうと、演奏するふりを
 した。そのステージアクトが気に入られて、ヒョンはバンドの正式メンバーに
 抜擢される。夢中でギターを習得したヒョンは「ワイルドキャッツ」と名付け
 られたバンドの一員として、人気を獲得していく。
 
  韓国のパティ・ペイジといわれたキキ・キムという人気女性歌手への恋、バ
 ンドメンバーそれぞれの家庭の事情、ソウルを舞台にした青春グラフィティが
 繰り広げられる。
 
  音楽的な資料としても面白い。米軍キャンプでショーを繰り広げるミュージ
 シャン、ダンサーたちのすがた、オーディションのシステムのこと。そして麻
 薬、暴力がリアルに描かれている。
 「タンタラ」という芸能人を見下した言葉も初めて知った。日本では、いまで
 こそ、ミュージシャンになることを蔑視することはなくなってきただろうが、
 ちょっと前は、韓国と同じように「やくざ」になることと同じように思われて
 いた。たしかにそれに近い人たちが多かったこともあるのだけど。
 
  主人公ヒョンは、ショービジネスの業界用語でヘルプといわれる、バンドの
 楽器運びの仕事についた。日本ではヘルプではなく、「ボーヤ」と呼ばれてい
 た。現在はローディーという仕事としてちゃんとした確立しているが、昔はミ
 ュージシャンの内弟子のような若い人がやっていた仕事だった。いまでもそん
 な人、いるのかな。
 
  ぼくもギターの先生の手伝いでボーヤをやることがあった。ふだん出入りし
 ないナイトクラブに楽器を運んだ。アイ・ジョージさんの店に行ったことがあ
 ったけれど、アイ・ジョージさんはミュージシャンを大切にしていて、ボーヤ
 のぼくにも飲み物を出してくれたっけ。
 
  いまやK-POPは世界中に注目されているけれど、その出発は1960年代の混沌
 とした時代から生まれた。米軍の進駐軍放送で新しいポップスを聴いて、進駐
 軍のクラブで演奏することで技術を磨いてきた韓国のミュージシャンたち。そ
 れはちょうど日本人が戦後にジャズやポップスを獲得していく過程に似ている。
 この小説は生々しく時代を再現していて、K-POPファンだけでなく、いやそれ
 よりも日本のジャズファン、ポップスファンにとってはとても興味深く読める
 はずだ。
 
  作者のイ・ジンは1982年生まれ、今年37歳の女性ということに驚いた。訳者
 あとがきによると、イ・ジンはこの作品で2017年に第五回秀林文学賞を受賞し
 ているが、その審査員である作家チャン・ガンミョンが、「実際に米第八軍基
 地で芸能人として生活した60歳から70歳の人物が自身の経験談を書いた」と思
 ったといっている。それほどリアルに描かれているのだろう。
 
  じつはひとつ疑問が生まれた。ぼくはベンチャーズ世代ではないので、あま
 り詳しくは知らない。ベンチャーズの「ギター・ブギー・シャッフル」を聴
 こうと思って探したが、1958年にこの曲をヒットさせたのはザ・ヴァーチュー
 ズ(The Virtues)というバンドだった。ベンチャーズのディスコグラフィー
 を見ても、1959年から1963年のアルバムには収録されていない。
 
  おかしいな、と思ったら、出版社の新泉社のサイトに「読者の皆様に」とい
 うメッセージがあった。作者が「ベンチャーズというグループと〈ギター・ブ
 ギー・シャッフル〉という曲はともに、60年代当時の米八軍クラブで大人気を
 博した象徴的な存在だったことから、このような設定にしたということです。」
 と書かれている。ベンチャーズのヒット曲ではなかったんだ。
 
  ああ、すっきりした! ちなみにベンチャーズの演奏が収録されているのは、
 1972年の「Rock And Roll Forever」というアルバムだった。「ギター・ブギ
 ー・シャッフル」という曲は、当時の日本ではどんなふうに聴かれていたんだ
 ろう? 日本盤でシングルレコードになっているから、それなりにヒットした
 んだろうか?
 「過去から現在を発見し、現在から過去を観察する」と創作する姿勢を作者
 イ・ジンは語っているけれど、それはまさに小説を読むことの醍醐味でもある
 んだろう。時代も、場所をも越えて日本の読者であるぼくも、ヒョンといっし
 ょにエレキギターをテケテケテケといわせている気分にさせてもらった。

 ◎吉上恭太
 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。詳し
 くはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。
 翻訳絵本『あめのひ』『かぜのひ』は徳間書店から、
 『ようこそ! ここはみんなのがっこうだよ』はすずき出版から出ています。
 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。
 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017
 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします! 
  
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
 ---------------------------------------------------------------------- 
  近年中世の関東地方の歴史については研究が進み、一般向けの書籍も多く刊
 行されています。というわけで今回はそのなかからの一冊です。
 
 『武田信虎』、平山優、戎光祥出版、2019
 
  同社の刊行する中世武士選書の一冊ですが、同シリーズの他のものと比べる
 とひときわ分厚い。そういえば平山氏が角川から出した『武田家滅亡』(角川
 選書、2017)もかなり分厚かったですね…。
 
  武田信虎というのは言わずと知れた武田信玄の父です。信玄に甲斐国を追放
 されたことは知られていますが、その実像について詳しく語った書籍はあまり
 ありませんでした。
 
  サブタイトルは「覆される『悪逆無道』説」となっています。甲斐から追放
 されただけに、信虎の一般的に知られた姿というと、とにかく悪いイメージが
 付きまといます。著名な軍記ものである『甲陽軍鑑』に引かれる、妊婦の腹を
 裂いて胎児の成長過程を見ようとしたなどというエピソードはその際たるもの
 でしょう。その他にも家臣を多く殺害したなどとかく悪評が付きまといます。
 
  そうした悪評を覆すということで、本書は残された史料からその姿に迫って
 いきます。はたして信虎は実際はどういう人物だったのか。
 
  そもそも信虎が武田家の家督を相続したとき、一族はひとつにまとまってい
 ませんでした。特に叔父である油川信恵(あぶらかわ・のぶよし)との争いは家
 督相続のあとにすぐ起こります。この争いでは岩手氏などの武田一族も信恵方
 についてしまい、当主になって早々のピンチでしたが、戦に勝ち信恵を討ち取
 ることに成功します。
 
  しかしその後も栗原・今井・大井といった武田一族と争うことが実に多く、
 狭い甲府盆地の中でしばらく争いが絶えませんでした。また甲斐南部に勢力を
 持っていた一族の穴山氏も、一時武田方から駿河の今川方へ鞍替えしています。
 そもそも信虎以前の武田氏はまだまだその権力基盤もしっかりしていませんで
 した。
 
  それら向背定まらない諸勢力は今川や信濃の諏方といった国外の勢力とも連
 絡を取り合っていたので、屈服させるには時間がかかりましたが、信虎はつい
 に甲斐一国を自らの支配下に置くことに成功します。つまり戦国大名まで武田
 家を成長させたのは他ならぬ信虎だったわけです。また今に続く甲府の町を初
 めて整備したのも信虎でした。
 
  軍事的なピンチもさることながら、当時は頻繁に災害の起こる時代でもあり
 ました。本書にも信虎期の甲斐の災害年表が掲載されていますが、平穏だった
 年は僅かしかありません。この時代は全体に寒冷期で災害が多かったのですが、
 甲斐もそれを免れることはできませんでした。(藤木久志『飢餓と戦争の戦国
 を行く』、朝日新聞出版、2001などをご覧ください)そうしたなかでも信虎は
 着々と勢力を拡大していったわけです。
 
  打ち続く戦乱を乗り越え甲斐を統一し、甲府の町を作り上げた武田信虎です
 が、隣国信濃への進出も見据えて、これからというときに息子の晴信(後の信
 玄)に追放されてしまいます。しかも後世には上述のようなひどいレッテルま
 で貼られてしまうわけです。
 
  なぜそんなことになってしまったのか?もちろんそれをずばり指摘するよう
 な史料は残っていないのですが、著者は様々な視点から検討を行い、信虎の悪
 評の原因を探っていきます。
 
  実は輝かしい名将としての事績が、追放へ至る敷石を敷いていたのであった
 という面があるようで。積み上げていった実績のひとつひとつがどのように追
 放へつながっていったのか、というのが本書の読みどころのひとつでしょう。
 
  ところで信虎は信玄よりも長生きしているんですね。追放後も三十年以上生
 きています。いったい何をしていたのでしょうか?表舞台に出てこないので残
 された手がかりは僅かですが著者は追放後の事績も紹介してくれます。鮮烈な
 前半生に対する長い晩年というのも興味をかき立てます。
 
  伝承などを排し、史料から組み上げた新しい武田信虎像を是非広く知ってい
 ただければと思います。あわせて信虎から信玄を経て勝頼の代までを概観した
 い方には『戦国大名武田氏の戦争と内政』(鈴木将典、星海社新書、2016)が
 コンパクトにまとまっていておすすめです。
 
  また個人的には武田信虎といえば花田清輝『鳥獣戯話』(『鳥獣戯話・小説
 平家』所収、講談社文芸文庫、1988)も忘れがたいところです。花田清輝が偽
 書を混ぜ込み変幻自在な想像力を駆使して描く追放後の信虎も、なかなか魅力
 的です。
  
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。
 
 -------------------------------------------------------------------
 ----------------------------------------------------------------------
 ■あとがき
  連日の暑さ、そして第二波を迎えているコロナ。踏んだり蹴ったりの今夏。
 いかがお過ごしでしょうか。先日、友人とラインで話していて、さすがに家で
 じっとしているのも、人に自由に会えないのも厭きてきた、とのことでした。
 個々によってコロナへの対応は随分ちがうように感じます。三月から一度も外
 食をしていない、と話す同僚。週一は夫婦で近くのレストランで食事をしてい
 る、という同僚。この差がひととの分断を生むように感じることもあります。
 『コロナ禍日記』タバ・ブックス刊 を読んでいます。
  木下美絵、香山哲、円城塔、ニコ・ニコルソン、大和田俊之、谷崎由依、速
 水健朗、田中誠一、楠本まさ、西村彩、マヒトゥ・ザ・ピーポー、王谷晶、福
 永信、栗原裕一郎、中岡祐介、植本一子、辻本力。韓国在、ベルリン在、家族
 持ち、独り者。漫画家、音楽家、作家…様々な17人が、このコロナ禍のもとで
 暮らした三月〜五月くらいまでの日記です。様々なことを恐れ、悩み、考え、
 喜ぶ。すでに経てきた時間をもう一度自分の中に甦えらせてくれます。これか
 らも続く時間を生きるため、自分を省みるいい時間を持てます。畠中理恵子
 ----------------------------------------------------------------------
 ■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4001名の読者名の皆さんに配信して
 おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
 ■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
 ■ 今号のご意見・ご質問は
  15日号編集同人 「畠中理恵子」まで nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp 
 ■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
   なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わり
   ・5日号:aguni原口 hon@aguni.com
   ・15日号:畠中理恵子 nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp
   ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
   ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
 ■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
   事務局担当:aguni hon@aguni.com
 ■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
 ■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
 ■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
 ■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
 ---------------------------------------------------------------------
 

| バックナンバー | 22:00 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.760

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■■------------------------------------------------------------------
■■ [本]のメルマガ                 2020.08.05.発行
■■                              vol.760
■■  mailmagazine of books       [いかにもニューヨーカー 号]
■■------------------------------------------------------------------
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★PR★ 原 書 房 新刊 ★ http://harashobo.co.jp/

『アメリカが見た山本五十六:「撃墜計画」の秘められた真実』上下

ディック・レイア著 芝瑞紀・三宅康雄・小金輝彦・飯塚久道訳
四六判 本体各2,000円+税 ISBN: 9784562057818, 9784562057825

山本五十六と彼への撃墜計画を指揮した米軍将校ジョン・ミッチェル。時代に
巻き込まれた二人の半生を重ね合わせ、残された手紙の「肉声」を織り交ぜ、
エドガー賞受賞ジャーナリストが新たな人間像に迫る。


■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その50「魔法のケーキ」

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 「学習者中心の教育」という言葉の違和感

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ メールにて、インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。

----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。
                          
----------------------------------------------------------------------
■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
----------------------------------------------------------------------
その50「魔法のケーキ」
 
 この連載ももはや50回目。記念にケーキでも焼かなくてはと思うけれど、お
料理下手な筆者としては、やはり物語の中でケーキを探すこととしよう。

 外国の物語の中には、それはそれはおいしそうなケーキを焼く場面が多々あ
るのだけれど、私が好きなのは、実際に食べられるのかどうかわからないあや
しげなケーキだ。

 前回挙げた『ニューヨークの魔法使い』の物語の中には「だって気持ち悪い
じゃない」と言って、魔法で出してもらうランチを食べたがらない人がいた。
確かに、魔法で作った食べ物には何やらあやし気な匂いがする。本物の食べ物
ではない魔力を食べる感じというか……。そんな中でも「魔法のケーキ」とい
うのは、実にあやしく、味については想像もつかないものがあるみたいだ。
 
 それでも、魔法使いが家族の為に作るケーキというのには、まだ食べられそ
うな気がする。例えば、「イ・ワ・シ!」で始まるD.D.エヴェレスト著の『ア
ーチー・グリーンと魔法図書館』では、魔女のロレッタ・フォックスが焼くケ
ーキはこんな風だ。

 <その缶詰のイワシ入り特製ケーキは、ブルーベリーの入った紫色の砂糖衣
で飾られ、十二本のろうそくが立っていた。>
  
 イワシが挟まったケーキとあるけれど、挿絵ではイワシがろうそくの間から
頭をみせているように描かれていて、尻尾から刺さっている感じだ。いずれに
しろ甘い砂糖衣で飾られた丸いバースデーケーキに、オイルサーディンが刺さ
ったケーキと考えていいようだ。
 このケーキ、ちょっと変わってはいるけれど、何となく味の想像はつく気が
する。切り分けられたケーキからイワシを抜き取って、別々に食べれば、どう
という事もなく食べられるケーキだ。ロレッタが初めて会う甥のアーチのため
に焼いたケーキだもの、奇妙ではあるもののおいしくないわけはない。

 そんなふうにおいしく食べるために作ったケーキではないものもある。材料
は基本的に変わらないのだけれど、このケーキの物語を読んだら、しばらくは
ケーキが食べたくなくなるというほど怖いのだ。
 
 それは、ジョーン・エイキン著の『月のケーキ』
 
 医者である祖父の住む村に預けられていたトムは、ある日、村に住むミセス
・リーから「月のケーキ」を焼くから手伝ってくれと言われる。

 材料はこんな風だ。
 
「桃に、ブランディに、クリーム。タツノオトシゴの粉。グリーングラス・カ
タツムリをひとつかみ」

 そして、三人の友だちに材料を持ち寄ってもらって作るのだという。トムは
殻がエメラルドのビーズのように光るグリーングラス・カタツムリを集めるよ
うに頼まれる。

 満月の夜に月の光をたよりに混ぜあわせ、月の見えなくなった夜に食べる、
そんな月のケーキ。

 いかにも魔力に満ちた食べ物のように思えてくる。

 物語の中では、その材料を混ぜる器やパン屋がそれを焼きあげる匂いなどが
描かれ、どんどんケーキの禍々しさが明らかになって行くのだけれど、「元の
状態に戻りたいと思っている人を助けるためのケーキ」だというこの月のケー
キ、果たして良い魔法なのか悪い魔法なのか、その正体はよくわからない。と
にかく、トムがその分け前の一切れのケーキをどうするかとか、ここから先の
物語については読んでからのお楽しみに触れないでおこうと思う。

 さて、魔法使いが作ったケーキをもう一つ見てみよう。こちらはとてもおい
しそうなのだけれど、やはり口にするのをためらう人もいるだろう。それは、
マーガレット・マーヒー著の『魔法使いのチョコレート・ケーキ』に出てくる
ケーキだ。

 主人公の魔法使いは悪い魔法使い、ではなくて腕の悪い魔法使い。だけど、
お料理はとても上手で中でも、

<たまご十個入れて焼いたカステラに、とかしたチョコレートをかけて、すば
らしいチョコレート・ケーキをつくることができました>

 カステラと訳してあるけれど、あの四角いカステラを焼いているわけではな
く、丸いケーキの土台、スポンジケーキのことだと思う。挿絵によるとそれを
何層にも重ねて、チョコレートをかけているようだ。大きくておいしそうなチ
ョコレート・ケーキだ。

<魔法使いは、チョコレート・ケーキ・パーティを開いて、町じゅうの子ども
を招待したいと思いました>

 それくらい素晴らしいチョコレート・ケーキができたのに、すてきな招待状
も書いて出したのに、子供たちはそのひとを悪い魔法使いだと思って、カエル
か何かに変えられると思って、誰も出かけて行かなかった。
 
 そこで魔法使いは、しおれかけたりんごの木を話し相手に選んで、木に水を
やり、肥料をケーキ型に作って「一切れいかが?」と木にやって、自分も紅茶
とケーキを食べたのだ。

 この本の題名は”The Good Wizard of the Forest“

 そう、こんな風に時を過ごすうちに、魔法使いは木をどんどん植えては肥料
のケーキをやり、気が付けば森の中に住んでいることになって行ったのだ。

 そしてある日、子供たちがやって来る。

 その子たちは、魔法使いが招待した子供のひ孫にあたる世代で、博物館で招
待状を見たのでやって来たのだという。
 
「――あなたのチョコレート・ケーキが、まだのこっているか見にいこうって!」
 
 と、やって来たのだという。

 魔法使いは子供たちに大きい一切れがいいか小さいのがいいかと訊き、みん
なが「大きいの!」と叫ぶと、

<「おかしいな」魔法使いはいいました「私も、大きいのがすきなんだよ」>


 そして、みんなで大きなチョコレート・ケーキを食べたのだ。

 なんだか、とても幸せな気分にさせられる物語なのだけれど、あれ、この魔
法使いは何歳なのだろう?と考えだすと、チョコレート・ケーキもあやしい気
が、少しだけ、ほんの少しだけしてしまう。

 さて、魔法使いたちが作るケーキ、あなたはどれがお好みですか?

 私は食べたいというより「掻き混ぜ棒はハシバミじゃなくてはいけなくて、
月の光はぴったり九回入れて混ぜなくてはならない」なんていう作り方に魅力
を感じて、作ってみたい気分になってきた。

 魔法使いではないけれど、満月の晩にそっと起きて、月の光を混ぜ込んだ黄
色くて丸いケーキを作ってみたい。

 お口に合うかどうか、一切れ食べてごらんになりますか?

 大きく切ってさしあげますよ。


----------------------------------------------------------------------
『アーチー・グリーンと魔法図書館』D.D.エヴェレスト著
 こだまともこ訳 あすなろ書房
『月のケーキ』ジョーン・エイキン著 三辺律子訳   東京創元社
『魔法使いのチョコレート・ケーキ』マーガレット・マーヒー著
                 石桃子訳     福音館書店
----------------------------------------------------------------------

高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

----------------------------------------------------------------------
■ホンの小さな出来事に / 原口aguni
----------------------------------------------------------------------
「学習者中心の教育」という言葉の違和感

 のっけから否定的な話だけれども、この「学習者中心の教育」と言う言葉に、
個人的にはとても違和感を持っている。

 といっても、これが間違っている、と言っているのではなく、むしろ、当た
り前じゃん、と思ってしまうのだ。

 1999年にドラッカーが、監査法人アーサーアンダーセンをスポンサーとした
“将来の学校”カンファレンスでの講演で、このようなことを語っている。

「すでに私たちの頭の中には将来の学校の仕様ができ上がっています。その主
眼は、学ぶことに置かれるはずです。先生の仕事は、学習の意欲を高めること、
学習に力を貸すこと、学習を手伝うこと、学習に助言することなどに移ってい
くでしょう。そのためには、教えることに大変な力を注がねばなりませんが、
その出発点は学ぶことであって、教えることではありません。」(p.153  P.F.
ドラッカー『ドラッカーの講義(1991-2003)』アチーブメント出版)

 ここでわかることは、将来の学校ではなく、今の学校が、学ぶことを主眼に
おいていない、ということである。教えることが目的化している、ということ
であり、なるほど、そこまで説明されると「学習者中心の教育」という言葉の
意味がわかる。

 しかし、やはりどう考えても、そもそもの発想が間違っていると思う自分が
いる。

 子どもの頃から学校の授業が嫌いだった。なんで嫌いだったのかはよく覚え
ていないけれども、とにかく退屈だったので、国語の時間などは教科書の先の
方を勝手に読み進めていた。好きだったのは美術や実験などの授業で、これら
は楽しかった。

 要するに、机について先生が板書して、それをノートに書き写すという、そ
のプロセスが嫌いだったのだ。

 だからといって、別にツッパリになろうとか不登校しようとは思わなったの
は、やはり当時はインターネットが存在しておらず、学校の図書館が魅力的だ
ったからに他ならない。

 こんなことを急に思ったのは、先日、ある先生に教えられて、日本医療教授
システム学会で開催されたオンラインセミナーに参加して、結論から言うと、
とても興味深く楽しい時間だったからだ。

 そもそもこの企画は、『インストラクショナルデザイン理論とモデル』(北
大路書房)刊行記念Webトークライブと題し、監訳者である熊本大学の鈴木克明
先生と、ゲストで登壇される苫野一徳先生(こちらも熊本大学)のお話をお伺
いするのがメインの目的だった。

 さて、この書籍は翻訳書であるが、もともとはグリーンブックと呼ばれる、
インストラクチュアル・デザインの書籍のシリーズの第4巻にあたるもの。第
3巻までがどちらかというと企業の人材育成寄りだったのに対し、今回の第4
巻は生涯教育、もっといえば、学校に踏み込んだ内容になっている。

 セミナーの中でも話題になっていたのが、第5章「カリキュラムの新しいパ
ラダイム」。苫野先生も日本の教育がイギリスを手本として作られて150年経っ
ているが、そろそろ時代に合わなくなってきている。基礎理論は既にあるのに
誰も変えられなかった、というお話をされていて、ただ、私立を中心に、新し
い学校は生まれつつある、というお話をされていた。

 このカリキュラムの話では、もはや「国語・算数・理科・社会は『教育』と
は違う」ということで、そもそもそこから否定しているので、参加者皆さん口
を揃えて過激だと言っていたけれども、そもそも「学習者中心の教育」を考え
た時に、カリキュラムって何なんだろうか、というという疑問がやはりつきま
とう。

 私の子ども時代の話だから、ずいぶんと昔話だが、一方で塾は楽しかった。
友だちと競争しているような感覚があって、問題を解いたりするのが楽しかっ
た。

 今回の『インストラクショナルデザイン理論とモデル』では、ゲーミフィケ
ーションの章が2章ある。そして、コーチングについても記載がある。

 教育的コーチング、自己調整学習、コンピテンシー基盤型教育、課題中心型
インストラクション、これらのキーワードを並べるだけでも、誰もがこれから
先の教育のあるべき姿であると思いつつも、なかなか実現していないし、なか
なか変えられないと思ってきた。それがこのコロナの影響で、一気に加速しそ
うな気配がある。

 知人のあるお母さまがこんな悩みを話してくれた。

 中学生の息子さんがコロナの影響で休校になった際に、自分でテーマを決め
て自分で課題に取り組み、Youtubeに上がっている講義動画を活用して勉強し
ていた。

 ところが、緊急事態宣言が明けて学校に行ったら、あまりの授業の退屈さに
自主的に学校に行くのを辞めてしまった。

 今でも家でYoutubeを見ながら勉強している。母としては、この状況をどうす
ればいいのか?

 とりあえず校長か教頭に事情を話して、認めてもらえば?と言っておいたが、
このコロナでいかに学校の授業が退屈なのか、知ってしまった生徒も多いので
はないだろうか?

 もちろん、学校の先生が努力していないとは言わない。むしろ大変な思いを
して、なんとか理想の教育を実現したいと頑張っておられると思う。

 しかし、その苦労のほとんどは、もともとの「学校教育」というシステムの
立て付けに、そもそもガタがきているのかもしれない。

 ゆとり教育だの生きる力だのと、なんとかコンテンツを入れ替えることで、
時代の流れに合わせようと努力してきたのかもしれないが、もう、そんな小手
先のレベルでごまかせるようなものでもなくなってきている。

 教育工学系のイベントではあったものの、教育哲学の苫野先生のお話が個人
的には面白く、教育の目的は「自由の相互承認」であり、これは市民社会の根
本原理である、と。そのためには、緩やかな協働の場での学びの個別化が必要、
と。

 日本では江戸時代の寺子屋教育、ユダヤ教ではタルムードを活用した教育が、
過去には存在していて、どちらも世界で活躍できるレベルの人材を開発してき
た過去がある。

 今、このコロナ下で何でもあり、になった中で、新しい教育のカタチと言う
ものが、実現していくと面白いな、と思っている。

 苫野先生もおっしゃっていたが、この本は、そんな際に、様々に蓄積された
ノウハウの玉手箱として、「使われる」本になると思う。

 インストラクショナルデザイン理論が先ほども触れたように、どちらかとい
うと企業での教育という文脈で語られてきたこともあり、あまり学校の先生に
はなじみがないタームかもしれない。

 しかし、

 「インストラクショナルデザインって何じゃそりゃ?」

 という学校の先生にもきっといろいろヒントになる一冊かと思う。というこ
とで、日本の公教育がガラリと変わることを夢見て、シェアさせたいただいた
次第である。


 『学習者中心の教育を実現する 
  インストラクショナルデザイン理論とモデル』

 C.M.ライゲルース,B.J.ビーティ,
 R.D.マイヤーズ編 鈴木克明 監訳
 A5判 512頁 定価 本体4500円+税
 ISBN978-4-7628-3111-9 C3037

 http://www.kitaohji.com/index_s.html?200514

----------------------------------------------------------------------
■「[本]マガ★著者インタビュー」:
----------------------------------------------------------------------

 メールにて、インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
----------------------------------------------------------------------

 梅雨明けから連休、お盆と暑くなったら急に休みが増えている気がします。
こういうときはしっかり休んで、体調整えたいですね。(aguni原口)

----------------------------------------------------------------------
■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4005名の読者の皆さんに配信して
おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
----------------------------------------------------------------------
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載された内容を小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
■ 今号のご意見・ご質問は5日号編集同人「aguni」まで hon@aguni.com
■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
  なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わります。
  ・5日号:aguni原口 gucci@honmaga.net
  ・15日号:畠中理恵子 hatanaka3floor@jcom.home.ne.jp
  ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
  ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
  事務局担当:aguni gucci@honmaga.net
■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
---------------------------------------------------------------------

| バックナンバー | 17:31 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.760

■□------------------------------------------------------------------
□■[本]のメルマガ【vol.760】20年 月25日発行
[ダ・ビンチ、いまだに新発見 号]
http://honmaga.net/ 
■□------------------------------------------------------------------
□■ 創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4015名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
□■------------------------------------------------------------------

★トピックス
→募集中です
★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→ダ・ビンチは、古生物学者のはしりでもあつた?

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→蒙昧の結果、滅びる国

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→コロナは、ギャグ漫画家を越えるギャグを連発させる

★「はてな?現代美術編」 koko
→ヤン・ヴォーがわからねぇ!

★新連載 内藤陽介
→「沖縄切手モノ語り」スタート

----------------------------------------------------------------------
★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp

『エネルギーの物語:わたしたちにとってエネルギーとは何なのか』

マイケル・E・ウェバー著 柴田譲治訳
四六判 320ページ 本体2,400円+税 ISBN: 9784562057801

「水」からはじまるエネルギーはつねに人間社会の中心である。エネルギーが
人類とどのようにかかわり進歩してきたか、そして未来はどうなるのか。その
負の面も余すところなく伝え持続可能な明日を探る、新時代の必読書。
----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
募集中です

----------------------------------------------------------------------
■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
----------------------------------------------------------------------
第112回 トスカーナはクジラの化石の地だった ─ 再びレオナルド・ダ・ヴィ
ンチへ

コロナウイルスの危機にみまわれるとネガティブな状況の本を読むことになっ
たが、その危機がまだ完全には収束していない現在、今度はまた過去の天才レ
オナルドに還るの?と思われるかもしれない(思い過ごしだろうけれど)。

イタリアはピサ大学、米国はカリフォルニア州のサン・ディエゴ大学と、二つ
の大学の古生物学者たち四人が、レオナルド・ダ・ヴィンチのアランデル手稿
(大英図書館蔵 The Codex Arundel)のページについて研究発表をした7月21
日付けの記事がある。
このアランデル手稿が書かれたのは15世紀末から16世紀始めで、283ページの文
書という。

上記の古生物学者たちの研究の対象となったレオナルドの紙片には、海の怪物
のような図が描かれており、それまで定まっていた解釈によれば、それはレオ
ナルドが古代文学のテーマを気晴らしともいえる空想で描いた図と考えられて
いた。

書かれた文章も完結しないフレーズや訂正が多いのだが、それでも2014年に米
国の生物学者が、怪物ではなくクジラ目の化石を描いたと仮説を出版するほど
には明白だった。

今回、ピサで発表されたのは、明確にレオナルドが生きていた時代のトスカ─
ナで多数見られたクジラ目の化石を、省察力によって詳細に描いたものと『ヒ
ストリカル・バイオロジー』(Historical Biology)誌に発表された。

レオナルドについては、画家・彫刻家・デッサン画家・建築家・解剖学者・工
学士・哲学者のタイトルがあるが、それに現代の地質学の先駆者という新たな
タイトルがつけ加えられると四人の研究者の一人、アルベルト・コッラレータ
(Alberto Collareta)氏はいう。

その分析によれば、地質学、とくに化石についてのレオナルドの省察力は海洋
脊椎動物を含めている点でさらに幅広く、脊椎動物の古生物学の先駆者であり、
大博物学者として知られるフランス人のジョルジュ・キュヴィエに三世紀も先
んじていると上記の研究発表にある。

さらにコッラレータ氏の発表はこう続く。レオナルド時代のトスカーナはまさ
に“クジラ目の化石”の地であったが、その起源も古い。
つまり、260万年以上遡る鮮新生に後戻りして、アペニン山脈から沿岸平野へと
広がるトスカーナの丘を散策しながら旅ができたとしたら、今日、目にするの
とはかなり違った風景を観察できるだろうと、氏は書いている。

私たちが目にするであろうものは、なんと、世界の表面にたっぷりと多量にあ
る、水なのだ。
鮮新生の270万年間、トスカーナのかなりの領域は多様性に富んだ生物が密集す
る海中にあったのだ。

それから起きた地質学的かつ気候上の大きな変動によって、この領域は型が作
り直され、現状の環境の起源となった。レオナルドが生まれ、青年になるまで
生きたヴィンチ村の高地を含めて、トスカーナの丘の多くは古代の水深の上に
沈積した主として砂と粘土でできており、現在も鮮新生の海洋動物相の残骸が
ある。

化石の出土品が見つかるのは、クジラ、イルカ、ジュゴン、サメなどで、ヒマ
ワリ畑やブドウ畑、丘の側面などからよく出てくるそうだ。
最近の発見には、五百万年前にグロッセートの海に生存したイルカの絶滅種が
あるという。


◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
イタリア・フィレンツェ在住。著書に『天才力 三巨匠と激動のルネサンス (
ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)』(世界文化社)、『メディ
チ家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)。
melmaで16年間、メルマガ「イタリア猫の小言と夢」を発行。


----------------------------------------------------------------------
■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
----------------------------------------------------------------------
磯崎憲一郎 『日本蒙昧前史』文藝春秋 2100円+税

新型コロナウイルスの感染が、再び猛威を振るっています。政府は感染予防に
注意を払うよう呼び掛ける一方、国内旅行を促す「Go to キャンペーン」を
始めました。この国の政治は、支離滅裂です。政治学者の坂野潤治は、21世
紀日本政治の混迷を「崩壊の時代」と評しました。芥川賞作家の著者に、この
状況は「蒙昧」の極みと映じています。日本は「蒙昧」の結果滅びゆく国となっ
た。「蒙昧」は、日本が「もっとも果報に恵まれていた」197、80年代に
かけての時代にすでに兆していた。それが、著者の歴史認識です。

拉致監禁された菓子メーカーの社長。五つ子の父親となったNHKの記者。19
70年の大阪万博で太陽の塔によじ登った「目玉男」。28年間、グアム島の
ジャングルに籠っていた、元日本兵…。著者は当時を象徴する出来事の、有名
無名の当事者たちを次々と登場させています。そこに登場するエピソードは、
興味深いものですが、どこまでが事実で、どこまでがフィクションなのか。当
時の記憶を鮮明にもつ評者にも判然としません。著者は、登場人物たちの辿っ
た数奇な運命を描くと同時に、彼らに時代への批判を語らせています。

「蒙昧」をもたらした主犯の一つは、やはりマスメディアでしょう。日本の
マスメディアが狂い始めたのも、「もっとも果報に恵まれていた時代」におい
てです。マスメディアは、菓子会社の社長を拉致した犯罪グループを英雄に祀
り上げてしまいました。組織的詐欺事件の首魁が取材陣の眼前で殺されていま
す。五つ子の父親は、NHKの記者ですが、土足で自分たちのプライバシーを踏み
にじる、同業者に深い軽蔑の念を抱きます。ジャングルから帰還した元日本兵
は、メディアが作り出した自らの虚像に苦しめられることになります。

「目玉男」と元日本兵に共通するものは、物質万能主義と拝金主義への懐疑の
念でした。「目玉男」は、最愛の姉を交通事故でなくしています。便利さの追
求と引き換えに尊い命が毎日失われている。「人類の進歩と調和」という美名
のもとに機械文明を讃美する万博への抗議の意味をこめて、彼は太陽の塔の目
玉の部分を占拠したのです。元日本兵は、28年間、1円もお金を遣うことな
く過ごしてきました。ところが日本に帰るとみんなの頭にはお金のことしかな
い。そうした風潮に異を唱えるために彼は国政選挙に出馬したのです。

「蒙昧」はこの時代から始まっていた。しかし当時はまだそれに疑問をもち、
異を唱える人がいました。彼らの抗議に共感する人もいたのです。五つ子の父
親の妻、「目玉男」の亡くなった姉、そして元日本への妻。3人は個性的で腹
の座った女性たちであり、闘う彼らの精神的支柱となります。元日本兵は、手
先の器用さを生かして、晩年は陶芸三昧の生活を送ります。彼が長い苦闘の果
てに幸福を掴んだことに安堵するとともに、陶芸に打ち込むその姿には、「蒙
昧」の対極には何があるのかが、暗示されているように思いました。

◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「怠ける権利」高文研
http://www.koubunken.co.jp/book/b371637.html

----------------------------------------------------------------------
■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
----------------------------------------------------------------------
今回は「ギャグ殺し」の話

今政権は漫画家の上手を行きすぎて本当にどうにもこうにも、にっちもさっち
も、兎にも角にもな状態だ。

アベノマスクは言うに及ばず、前に取り沙汰された「お肉券」「お魚券」も凄
すぎて「いや、さすがに現実でそれを考える奴なんて」居ないと思ったらうじゃ
うじゃいたし、GoToなんちゃらの破壊力もなかなかのものだ。
「全てを乗り越えた東京五輪」のセリフも…。

政権のみならず各首長もなかなか侮り難い。
やれ「大阪モデル」とか「東京アラート」とか…フィクションならばまだしも、
言ってて(やってて)恥ずかしく無いのか?

こちらの発想力が貧困すぎるんじゃないかと思うぐらい、「漫画家の斜め上」
じゃなく「真上はるか上空」を行ってくれる。

そして「笑えない」

こんな笑えない議員や組長たちを我々が選んでいると言う、もっと「笑えない
話」がこの「真上はるか上空」に漂っているのだが。

今回のGoToご旅行キャンペーンは瀕死の旅行業界を救うべく、だそうだがオー
バーツーリズムによって「まともに歩けない街」や「何時間も並ばなければな
らない施設」の構造そのものに問題はなかったのだろうか。
「新しい生活」と謳いながら「元に戻ろう」とする。その後押しをなんで税金
を使ってやらねばならない?
「明日から始まりますが詳しくはまだ決まっておりません」最初の説明会はキャ
ンペーンから外された東京で行われたそうで、…ブラックジョークのダブルパ
ンチ。真上も真上「成層圏」まで行ってる。

私がはるか昔に描いた「嗚呼、宴会の灯は消えず」と言うマンガは政府が庶民
パワーを増幅させる「宴会を禁止する」と言うアイデアが元だった。「宴会は
禁止、パーティーは認める」
今、5人以上の会食は自粛して欲しいと要請され、その裏で麻生派の1000人規模
の政治資金集めのパーティーが行われた。

上も上、太刀打ちできない「ギャグ殺し」案件だ。

その作品の中で宴会派の主人公が拘置所内で「づぼらやのテーマソングを歌い
ながら一人宴会をする」シーンがある。

その「づぼらや」もコロナ禍の中、廃業を余儀なくされた。フグが泣いている
ぜ。

◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html
----------------------------------------------------------------------
■はてな?現代美術編 koko
----------------------------------------------------------------------
第108回 『リハビリ美術館探訪 苦痛編 ─── 国立国際美術館』

自粛生活から解放されて、再開が始まった美術館や博物館を訪問し始めました。
フランスでもボチボチ再開され始め、美術好きなフランス人は大喜びです。
会場でのオークションも始まりました。

日本で毎日報告される新規感染者数は、ヨーロッパの国々では感染が収まった
と認識されている数です。日本人は慌てず騒がず、マスクをして注意しながら
淡々と日々の生活を自由に送ればいいと思います。

そんな考えのもと、この春に開催予定で会期延長された関西の展覧会を観に回っ
ています。

素直に楽しむ展覧会もあれば、国立国際美術館の『ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ』
展のように、強制的に脳みそのリハビリを余儀なくされるものもあります。。

作品が体に定着しない!
イメージが染み込んでこない!
なんのことだかわからない!

と、とんだ体たらくな状態で、展示室内を行きつ戻りつ、最終的には絶望的な
気持ちを抱え会場を後にするのでした。

この日は、ミュージアムショップに置いてあった、会田誠の『天才でごめんな
さい』の展覧会カタログをパラパラめくって心を落ち着かせる、そんな結末に
なってしまったのです。

□『ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ』展 国立国際美術館サイト
http://www.nmao.go.jp/exhibition/2020/danh_vo.html

ヤン・ヴォー(Dahn Vo)は1975年、ベトナム・バリアに生まれ、現在はベル
リンとメキシコ・シティを拠点に世界各地で活躍。4歳の時にベトナムからの難
民として、海上でデンマークの船に救助され難民キャンプを経てデンマークに
移住。コペンハーゲン王立美術学校、フランクフルト(ドイツ)のシュテーデ
ル美術学校で学んだアーティストです。

日本での個展はこれが初めてで、以前はヨコハマトリエンナーレなどに出品さ
れていたらしいのは、あとからわかったことです。

私を悩ましたのは、ベトナムについての絶対的知識不足、そして言葉が大きな
意味を持っていそうなのに十分にニュアンスを理解できない言語の壁、視覚的
に興味がもてないことへの焦燥感、などなど。

ピンとこないのがここまで重なると、やはり絶望的になってしまいます。

私が現代美術館へ足を運ぶのは、理解するために作品鑑賞するわけではありま
せん。それは結果です。

そもそもはただ好きになり、好感を持った事物に対して理解したくなる衝動に
駆られるのが楽しいからです。。

理解したくなる気持ちが起これば、もうしめたもの。
あとはひたすら精進あるのみ。

ところが今回は、額装されたフランス語の手紙(宣教師が死刑になる前に父親
に向けて書いたもの)を読んで内容がわかったとしても、「それが何なんじゃ!」
みたいな。

辛うじて木枠に収まったシャンデリアを観た時になんとなく興味が持てたかな。
でもホワイトハウスのレターヘッドにキッシンジャーのサインがある複数の手
紙も、「だからなんなん?」の有様。

屈辱的美術館探訪後、ピンとこないことへのくやしさから調べはじめる始末。
自宅でヤン・ヴォーのオークション落札状況を確認。
「えー、結構するじゃん・・・・吃驚!」

※高いものならば2000万円ほどの価格がついている作品もありました。
基本は数百万円台のものが多いようでした。
別に価格が全てではないので、あくまで参考程度です。

2011年のインタビュー記事を読んでも、やっぱり肌に馴染まないというか、不
思議な虚無感。

しばらくは日々の移動電車の中で、展示を思い出しては漠然と想う日々が続く
ことになりました。

□Art-it 「ヤン・ヴォーインタビュー」記事(日本語)
https://www.art-it.asia/u/admin_ed_feature/d0NKgOxvJsimL4w1IZck

歴史的文書や事物を分解して再構築する作業をしていることはわかったけれど、
心に響くまでにはまだ時間がかかりそうです。

ただ言えることは、展示している事物が全て本物であることが、この展示を堅
牢な質の高いものにしていることは間違いないです。

私がミュージアムショップ内で会田誠の展覧会カタログに身を寄せたのは、視
覚的直観的な感情を持ちたかったからなんだろうと思います。
椹木野衣氏のコラムの中に、「現代美術館の存在意義」について以下のような
文章がありました。

≪未だ価値の定まり切らない同時代の表現に対して、広く論議を募り、私達の
美術の歴史を前進させるために存在する・・≫
私も少しは前進できるかな?

結論:国立国際美術館にはいつも感謝しております。

◎koko
円とユーロとドルの間で翻弄されるアートセールコーディネーター。
まぐまぐメルマガ「Sacres Francais!映画と美術とパリジャンと」。
http://www.mag2.com/m/0000191817.html(現在休刊中)

----------------------------------------------------------------------
■沖縄切手モノ語り 内藤陽介
----------------------------------------------------------------------
(1)ニミッツ布告と占領時代の開幕

第二次世界大戦末期の沖縄戦は1945年3月26日、米第77歩兵師団が慶良間諸
島の座間味島など数島に上陸したことから始まった。

慶良間諸島に上陸した米軍は、即日、“太平洋艦隊司令長官・太平洋区域司
令官兼米国軍占領下の南西諸島及びその近海の軍政府総長 チェスター・ニミッ
ツ米海軍元帥
https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20200725000239789.jpg 

の名で米国海軍軍政府布告第1号を公布した。つづいて沖縄本島に上陸した19
45年4月1日にも同名の布告を公布、4月5日には読谷村比謝に軍政府(琉球
列島軍政府。長官はニミッツ)を開設した。

この米国海軍軍政府布告第1号は、米軍占領地おいて日本政府の全ての行使権
を停止し、南西諸島及び近海並びにその居住民に関するすべての政治及び管轄
権並びに最高行政責任が、占領軍司令官兼軍政府総長、米国海軍元帥であるニ
ミッツの権能に帰属すると宣言するもので、同布告の第10号までは“ニミッツ
布告”と総称される。

ニミッツは、1885年2月24日、テキサス州フレデリックスバーグ生まれ。1905
年に114人中7番の成績で海軍兵学校を卒業後、少尉候補生として東アジア航海
に参加した際、日本海海戦の勝利で一躍時の人となっていた東郷平八郎と会話
して大いに感銘を受けたという。

その後、第一次世界大戦中に大西洋潜水艦隊参謀長。1939年に海軍省航海局長
を歴任し、日米開戦直後の1941年 12月、太平洋艦隊司令長官に任命され、陸軍
のダグラス・マッカーサーが担当した太平洋南西部を除く太平洋における最高
指揮官となった。

1942年6月にはミッドウェー海戦で勝利を収め、以後、ソロモン海戦、ギルバー
ト諸島の戦い、マリアナ沖海戦、フィリピン進攻で軍功を挙げ、マッカーサー
と並ぶ米軍の象徴的存在として、1944年12月、海軍元帥に昇進。日本の戦時歌
謡「比島決戦の歌」では「いざ来いニミッツマッカーサー 出て来りゃ地獄へ逆
落とし」と歌われた。

日本側に「来い」と言われるまでもなく、ニミッツは沖縄戦を指揮して米軍に
勝利をもたらしたが、7月31日付で軍政長官は陸軍大将のジョゼフ・スティルウェ
ルに交替してニミッツは沖縄を去るが、彼の名前で出された“ニミッツ布告”
は、1972年5月の沖縄の本土復帰まで効力を保ち、現在に至るまで沖縄の米軍
基地問題の原点となっている。

その後、ニミッツは、1945年9月2日、戦艦『ミズーリ』での降伏調印式に参加
し、1945年12月から1947年12月まで海軍作戦部長を務めて引退。1966年2月20
日、80歳で亡くなった。

さて、1945年6月23日(ただし、異説もある)、80日を超える激戦の末、司
令官・牛島満中将が摩文仁の司令部壕で自決したことにより日本軍による組織
的な抵抗は終了。沖縄は米軍占領下に置かれた。その後、玉音放送が行われた
8月15日には米軍政下の行政機構を作るための準備機関として沖縄諮詢委員会
が発足。米軍の軍政区域は沖縄・奄美の全域に拡大されることになり、宮古諸
島は12月8日、八重山諸島は12月28日、奄美群島・トカラ列島は翌年2月2日に軍
政下に入った。

翌1946年1月29日、東京の総司令部により「若干の外郭地域の日本からの統治
上及び行政上の分離に関する総司令部覚書(外郭地域分離覚書)」が発せられ、
「北緯30度以南の琉球(南西)諸島(口之島を含む)、伊豆諸島、南方諸島、小笠
原諸島及び硫黄列島並びに他のすべての外郭太平洋諸島(大東諸島、沖ノ鳥島、
南鳥島、中ノ鳥島を含む)」は正式に日本の行政権から分離され、同年4月22日、
諮詢委員会は琉球列島米民政府(奄美・沖縄・宮古・八重山の4地区におかれ
ていた。以下、民政府)へと改組される。

沖縄が“日本”から切り離されたことを示しているのが、

http://blog-imgs-23.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20051210014053.jpg

の郵便物である。

1945年8月の終戦に伴い、日本から海外宛の郵便物は取扱停止となったが、同
年11月、葉書に限って、まず、旧外地(ただし、当初はソ連占領地域は除く)
などとの郵便交換が再開された。

この郵便物は、そうした状況の中で、このカバーは沖縄宛に差し出されたもの
で、差出人の発想では、沖縄は“日本”の一部だったのだろうが、米国側はす
でに沖縄は日本から切り離されており、占領当局の視点では、日本から沖縄宛
の郵便物も“外国郵便(国際郵便)”という扱いになった。

この結果、当時の規定では、日本から沖縄宛には、葉書の差出しか認められず、
封書を差し出すことは認められないという結論が導き出され、この郵便物もルー
ル違反ということで差出人に返戻された。なお、郵便物には、「国際郵便通信
トシテ許可セラレタルモノハ端書(=葉書)ノミナルニ付キ此ノ手紙ハ差出人
ニ返送ス」との事情説明の付箋が付けられている。

ところで、この時期、広義の“琉球”として日本政府の施政権から分離された
地域の状況は、地区によって大きく異なっていた。

たとえば、戦闘により徹底的に破壊された沖縄本島の場合、米軍は住民に対し
て無料で生活物資を提供する変わりに無償労働を提供させるという、実質的な
無貨幣経済政策が採られていたこともあって、当初は郵便物も無料で取り扱わ
れていたが、1946年7月1日になって、ようやく、有料での郵便の取扱が再開
された。ただし、当初は切手の代わりに郵便物に料金徴収済みであることを示
す印を押して対応しており、切手は使用されていなかった。

https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20200724221450adc.jpg
は、1947年5月5日、1種(普通便)、30銭などの数字が書き込み、具志川局
の料金別納印を押して差し出された郵便物)

これに対して、同じ沖縄地区であっても、戦争の被害が比較的軽微だった久
米島(沖縄本島の西100キロに位置する)では、早くも1945年10月1日には米軍
政下での郵便が再開され、これにあわせて謄写版印刷の暫定的な切手(久米島
切手) http://blog-imgs-23.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20051210015027.jp

が発行されている。ただし、1946年4月に沖縄地区で民政府が発足すると、久
米島はそこに編入され、切手の発行も停止されてしまう。

一方、宮古地区や八重山地区では、当初は島内に残存していた日本切手が使
用されていたが、宮古地区では1946年2月から日本切手に逓信部長・富山常仁
の認印を押捺した暫定切手(富山印切手)
http://blog-imgs-37.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/2009112708443125a.jpgが
使用されるようになった。米軍政下の体制が整い始めるなかで、戦前に売られ
ていた切手と、米軍政下で売られた切手を区別するため必要が生じたためであ
る。

また、八重山地区では、1947年5月末日限りで日本切手が使用禁止となり、沖
縄地区同様、切手を使わずに料金徴収済の印を郵便物に対応する時期を経て、
1948年1月から、日本切手に逓信部長・宮良賢副の認印を押した暫定切手(宮
良印切手 )http://blog-imgs-23.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/2008030501143
0.jpg

が使用されている。
この間、沖縄地区でも、1947年11月1日、日本切手に通信部長・平田嗣一の認印
を押捺した暫定的な切手(平田印切手)が使用されることになったが、沖縄本
島の郵便局はほとんどすべて焼失し、戦前の日本切手の在庫もほとんどなかっ
たため、戦後、日本本土から切手・葉書を持ち込んで平田の印が捺されている。
なお、物資不足の折から、平田印が捺された葉書のうち、売れ残りの在庫となっ
たものは、1948年以降、“通信事務”の印を押して郵政当局の業務用の通信に
使用された。

https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20200724234848154.jpg
は平田印の捺された通信事務用の葉書 

さらに、奄美地区でも、当初は日本切手がそのまま使用されていたが、1947年
12月1日、日本切手に“検”の字の印を押した暫定切手(丸検切手)
http://blog-imgs-55.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20131110174418a73.jpg 
が発行され、1948年2月1日以降、無加刷の日本切手は使用停止となった。
このように、奄美まで含めた種々雑多な地域の連合体として始まった“沖縄
”の米軍政は、東西冷戦が進行してく中で、1948年夏頃から徐々にRYUKYUSとし
て統合されていくことになる。

内藤陽介
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会
員。フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国
家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。
最新作『みんな大好き陰謀論』ビジネス社
電子書籍で「切手と戦争 もうひとつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川
oneテーマ21などがある。

----------------------------------------------------------------------

■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4015名の読者の皆さんに配信してお
り、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。

----------------------------------------------------------------------
■編集後記
おそらくは七十代の方から最近読んだ「テロリストのパラソル」藤原伊織の感
想を聞いた。かつて江戸川乱歩賞と直木賞をタブル受賞した本で、私も乱歩賞
受賞後すぐに読んだ覚えがある。

2大文学賞受賞作だけに、決してつまらない作品ではないが、世間が激賞する
ほど良い作品だとは当時は思えなかった。

この方も、最初はそう思っていたらしい。しかし出版された年と著者のプロフィー
ルを見てから「ああ、なるほど!」と納得して、すばらしい作品なんだと分か
るようになったとか。

どういうことかというと、かつて学生運動に身を投じていた人が、この作品の
出版年である1995年ごろ、何を考えて生きていたのか。ほぼ同時代に生きてい
た自分には身に染みるようにわかる・・・おそらく文学賞の審査員たちもそう
ではなかったか?ということらしい。もちろん今では考えが変わっているから、
何の予備知識もなしに読むと評価が変わるわけだ。

読者(要は自分)の生きてきた時代と出版のタイミングで作品評価がこうも違っ
てくるとは思わなかったと、読んだ本人も驚いておられた。

====================================================
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載されたコンテンツを小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ copyrightはそれぞれの記事の記者が有します。
■ ご意見・ご質問は25日号編集同人「朝日山」まで
メールアドレス asahi_yama@nifty.com
(あっとまーくは、全角ですので半角にしてください)
■ バックナンバーurl http://back.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンidナンバー:13315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
====================================================

◎このメルマガに返信すると発行者さんにメッセージを届けられます
※発行者さんに届く内容は、メッセージ、メールアドレスです

◎[本]のメルマガ
 の配信停止はこちら
⇒ https://www.mag2.com/m/0000013315.html?l=kbi00b11f0

| バックナンバー | 21:16 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.759

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■■------------------------------------------------------------------
 ■■ [本]のメルマガ                 2020.7.15.発行
 ■■                            vol.759
 ■■  mailmagazine of book       [Where are you gonna go?号]
 ■■------------------------------------------------------------------
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ★PR★ 原 書 房 新刊 ★ http://harashobo.co.jp/
 
 『[フォトミュージアム]世界の工場廃墟図鑑』
 
 デイヴィッド・ロス著 岡本千晶訳
 A4変型判 224ページ 本体5,000円+税 ISBN: 9784562057719
 
 崩れ落ちそうな無人の建築物から、錆びついた金属の塊や瓦礫、巨大な採掘場
 跡まで、壮大で不気味な雰囲気をまとった遺物たち。世界各地の鉱工業・産業
 の名残を紹介する。パンフレットはこちら ⇒ https://is.gd/LfrNDx
 
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 【連載】………………………………………………………………………………
 
 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 今月はお休みです。次回にご期待ください!

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 第133回 おっさんたちの誇り
 
 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → 寄生?共生?生物のハードな世界を伝える一冊です。
  
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 ----------------------------------------------------------------------   
 第133回 おっさんたちの誇り

  都知事選挙前に読まなくては、と『女帝  小池百合子』(石井妙子 著 
 文藝春秋)を読んだ。読みながら何度も気分が悪くなった。カイロ大学卒業か
 ら始まる疑惑だらけの人生、つぎつぎと人を欺き、役に立たない人を切り捨て
 ていく。こんな人物を都知事に再び選んで、新型コロナの対策を任せてしまう。
 絶対に無理だ。思想らしい思想を持ち合わせず、ただ自分の虚栄心のため
 に都民を巻き添えにしようとしている。恐怖でしかない。

  でも結果は、小池百合子の圧倒的勝利だった。開票即当選確実なのだから、
 恐れ入る。都知事選の結果には、わかりきっていたこととはいえ、失望感の
 大きさは考えていた以上のものがあって、鬱々としてしまっている。意図的に
 無風選挙にしていたようなメディアの姿勢に憤りを感じるし、衆院選を視野に
 入れて、まるで都知事選を予行演習のようにした山本太郎にも疑問を感じるし
 なあ。なんだかモヤモヤ感が残ってしまう。
 『ワイルドサイドをほっつき歩け』(ブレイディみかこ 著 筑摩書房)を手
 に取ったのは、まだ都知事選の公示前だった。ブレイディみかこの著書は、大
 ヒットとなった『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 』(新潮社)
 を読んでいた。この本ではイギリスの自分の子どものことをとりあげて、イギ
 リスの子どもたちのこと、多様な人種の中で暮らすこと、教育のことなどを切
 れ味のいい文章で書いていて、この本がベストセラーになるってことは、日本
 も変わっていくかもしれない、なんて希望を持ったのだけど。
 
  それで書店に並べられたこの新刊を手に取った。タイトルもいいしなあ!
 
  副題の「ハマータウンのおっさんたち」にもグッときた。
 だって、おっさん!だもの。
 
  読んでみると、おっさんは、まさにぼくと同じ世代の野郎どもだった。前作
 で子どものことを書いた作者が選んだテーマは、ロンドンに住む60歳前後の
   おっさんたち(おばさんたちも)だった。そして、イギリスのおっさんたち
 は、ぼくのようにみんなモヤモヤを抱えて生きている。
 
  イギリスといえば、ブレグジットつまりイギリスの欧州連合離脱が話題にな
 ったばかり。といっても、ふだんボーっとニュースを見ているぼくは、ブレグ
 ジットというのは、EUからの移民を快く思わない人々が中心になっていて、そ
 れは人種差別にも繋がってしまっている、そしてイメージだけでいうと、その
 中心になっているのは保守的な古い考えにとらわれたおっさんたちだ。
 
  でもそんな単純なことではないようだ。
  イギリスでは、EU離脱、政治の腐敗、排外主義など諸悪の根源はおっさんで、
 とくに「けしからん」存在と見なされているのが、労働者階級のおっさんらし
 い。
 
  だけど、おじさんにも言い分があるし、同じ労働者階級のおっさんたちにも
 いろいろなタイプがある。この本に登場するおっさんたちの、じつにチャーミ
 ングなこと!
  愛すべきおっさんたちなのだ。なんども映画にしたらいいのに! と思った
 くらいだ。
 
  この本は、第1章と第2章から成っている。第1章はEU離脱、競争激化社会、
 緊縮財政などの問題を前にして戸惑いながらも抵抗するおっさんたちのすが
 たを描いたエッセイが21編が収められている。
 
  登場するのは、著者や「連れ合い」の友人で名前は仮名となっているが、実
 在の人物だ。ページをめくると、あれ、「主な登場人物」の一覧がついている。
 翻訳小説のようだな。
 
  登場するおっさんは、元自動車派遣修理工、スーパーマーケット勤務、タク
 シーの運転手、塗装業など仕事もさまざまだ。ほとんどの人が裕福ではなく、
 生活のために今も働き、世の中にぶつくさ文句をいいながら、暮らしている。
 それは、ケン・ローチ監督の作品に出てくるような光景というか、ドキュメン
 トタッチの映画を見ているようだ。
 
  ひとりひとりの人物像が浮き上がってきて、生き生きとしていて魅力的だ。
 きびしい状況にあっても、みんなバイタリティがあって、こちらの鬱々とした
 気分さえ吹き飛ばしてくれるようだ。
 
  第1章の最初のエピソードからして、短編小説のような面白さだった。主人
 公はレイ。元自動車修理工で1956年生まれだ。仕事のストレスからアル中にな
 り、それが原因で妻子に逃げられた経験がある。酒を断ち、家族のいない生活
 のさびしさを紛らわせるためにスポーツジムに通うようになった。そこで30代
 のセクシーな女性、レイチェルと知り合う。そして同棲を始めることに! 
 
  なんてうらやましい!
  ただ世の中そんなに甘くない。レイはプレグジットの是非を問う国民投票で
 離脱票を入れてしまうが、残留派のレイチェルはそれを許さず、二人のあいだ
 にはけんかが絶えなくなる。
 
  レイ自身もイギリスがEUを離脱することになろうとは思っていなかった。ど
 うせ残留派が勝つだろうから、できるだけ追い上げて政府やEU官僚をビビらせ
 てやろうと思っていたそうだ。まさか、こんなことになろうとは、と意外な展
 開に戸惑っているプレグジット賛成派も多いのかな。
 
  なんとかレイチェルと仲直りしようとしたレイは、右腕上腕部に漢字で
 「平和」とタトゥーを入れたそうだ。なんで漢字なのか、わからないけれど。
 でも、どうやらレイチェルも気に入って、とりあえず二人の仲は元のさやにお
 さまった。あとで著者に送られてきたメール画像のタトゥーの文字は「平和」
 ではなく「中和」となっていた…。そしてその後の二人は…。
 
  スキンヘッドで眼光鋭く、マッドネスのファンという、ちょっと強面のステ
 ィーブ(1958年生まれ)の話も好きだ。スーパー勤務のスティーブは、本好き
 でいつも図書館を利用していた。しかし緊縮財政のため、図書館が閉鎖になっ
 てしまう。公式には“閉鎖ではなくコミュニティーセンター内に移転”という
 ことだった。だが案の定、遊戯室のすみっこにダンボールが並べられて、その
 中に子どもの本が入れられているだけだ。大人向きの本は一冊もなかった。そ
 れでもスティーブはそこに通って図書館のデリバリーサービスを使って、遊戯
 室で読書した。パンクおっさん、さぞかし子どもたちや母親に怖がられたと思
 いきや、スティーブは絵本選びを頼まれるほどの信頼を得ていく。
 
  こんなふうにイギリスで長く、しかも労働者階級の中で暮らしていなくては
 わからない話が満載だ。読んでいると、イギリスのおっさんは、やっかいだな
 あ、と思うことも多い。うっかり政治の話なんかしようものなら、面倒臭いこ
 とになりそうだ。日本ではどうなんだろう?
  ぼくたち、おっさんって、こんなに政治のことを熱心に話しているんだろう
 か?
  きちんと議論しているんだろうか? 
 
   イギリスのおっさんは、難儀なことがあってもユーモアを忘れず、生き延び
 るために一生懸命なのだ。きっとイギリスで保育士の資格を取得して、失業者
 や、低所得者が無料で子どもを預けられる託児所で働いてきた著者だからこそ
 書ける文章だ。
 
  第2章は、解説編でイギリスの世代や階級についてくわしく書かれている。
 日本でも「団塊世代」、「バブル世代」とか「ゆとり世代」など世代のギャッ
 プが問題になることはあるけれど、イギリスのほうがより世代ギャップに緊張
 感があるようだ。
 
  ベビー・ブーマー世代とは、1946年から1964年までに生まれた人々。この本
 に世登場するおっさんたちの世代だ。この世代はまだイギリスの福祉制度が機
 能していた。だから、世の中に反抗してちょっとぐらい道を踏み外しても制度
 によって保護された。しかしミレニアム世代といわれる1981年から2000年代初
 頭に生まれた世代は経済低迷の時代に就職することを余儀なくされた。まとも
 に働いても生活が保障されないのだ。この差は大きいだろう。
 ぼくの若い頃、イギリスといえば「ゆりかごから墓場まで」といわれるほど社
 会保障制度が有名だった。その象徴といえるのがNHS(国民保健サービス)だ。
 この制度のこと、そして現状がどうなっているかも、この本を読むまで知らな
 かった。医療サービスが無料で受けられる制度は、ベビー・ブーマー世代にと
 ってイギリスの誇りのようだ。それがサッチャー政権あたりから緊縮財政が始
 まって制度が大きく変化してしまった。おっさんたちがプレグジット賛成に投
 票した大きな理由に、離脱すればEUへ拠出する資金をNHSのために使えるという
 キャンペーンがあったためという。結局、デマだったらしい。
 
  イギリスでも日本でもまったくひどいことばかりあるもんだ。

  へこたれないおっさん、レイの言葉が勇気づけてくれる。

  「絶望、なんてロマンティックなことは、上の階級のやつらがすることよ」
 って。

 ◎吉上恭太
 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。詳し
 くはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。
 翻訳絵本『あめのひ』『かぜのひ』は徳間書店から、
 『ようこそ! ここはみんなのがっこうだよ』はすずき出版から出ています。
 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。
 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017
 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします! 
  
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
 ---------------------------------------------------------------------- 
  寄生生物という名前を聞くとなにやら不気味な印象を抱いてしまいます。し
 かし怖いもの見たさというか、不思議とそれに惹かれてしまう自分がいること
 も否定できません。『冬虫夏草ハンドブック』(盛口満、2009、文一総合出版)
 なんか買ってきてしまったりして。この本もそんな流れで手に取ってしまいま
 した。
 
 『えげつない!寄生生物』、成田聡子、新潮社、2020
 
  寄生というのは著者によれば、それぞれ別の生き物が同じところにいる
 「共生」のひとつの形態ということです。「共生の中には、互いに得をする相
 利共生、片方が利益を得る片利共生の他に、片方が利益を得て片方が害を被る
 場合があり、これを寄生と呼んでいます」(p,1)ということで、される側が害
 を被るのが寄生ということになります。
 
  上に挙げた冬虫夏草のような菌類などが寄生生物としては思い浮かぶところ
 ではありますが、それだけにとどまらない多様な寄生のかたちを見せてくれま
 す。
 
  例えばカッコウ。この鳥も寄生する生物として取り上げられています。その
 やり口は皆さんも御存知の託卵です。ほかの種類の鳥の巣に自分の卵を産みつ
 けて育てさせるという方法ですね。
 
  ただほかの鳥に育ててもらうだけならかわいいものですが(?)、実際にはカッ
 コウの雛は他の鳥の雛より数日早く孵り、ライバルである本来の雛たちを殺し
 てしまうというではありませんか。託卵して他の親に育てさせるのは親鳥にと
 っては楽なものかもしれませんが、実は子どもの方は産まれる前から完全なア
 ウェイで独りぼっちという厳しい状況なわけで、雛も生まれてすぐに修羅の道
 を歩むことになるわけです。
 
  そして寄生される側も黙っていません。託卵される鳥のほうも回数を重ねる
 ごとにカッコウの卵を見破るようになったり、託卵された巣を放棄したりして
 対抗します。
 
  寄生するほうが一方的に寄生される側を利用するというイメージがあります
 が、実際のところ寄生する方も必死です。寄生する側とされる側が激しい攻防
 戦が繰り広げられているところが、カッコウの寄生戦略の見どころです。
 
  しかしそんな激しい攻防が見られないものに、アカシアアリの例があります。
 アカシアアリはアカシアの木の蜜を食べ(飲み?どっちでもいいですが)、ア
 カシアの木に存在するちょうどいい穴に暮らしています。
 
  そしてアカシアアリはそうした好条件の住まいであるアカシアの木を守るべ
 く、自分たち以外の虫が寄ってくると駆除したり、アカシアを脅かす植物の蔓
 が巻きついてくるとそれも切断します。実際このアリを駆除してしまうと一年
 以内に大半のアカシアは枯れてしまうといいます。
 
  と、ここまで読んで気づいたと思われた方もいるかもしれませんが、これは
 著者の言うところの相利共生です。実際研究者のあいだでも相利共生だと思わ
 れていたのですが、実はアカシアの蜜には重大な罠が隠されていたのです。こ
 の場合アカシアがアリに寄生していると言うのでしょうか、大きいものが小さ
 いものに寄生しているというのはちょっと意外な感じも受けます。
 
  もちろん寄生という言葉から受ける不気味な印象を地でいくものもあります。
 ゴキブリに寄生して最後はその体を食い破って出てくるハチとか、カマキリの
 体に寄生して最終的にその体を水辺に導いて入水させるハリガネムシなど、な
 かなかインパクトがあります。とりわけこれらの寄生する生き物の戦略として、
 相手の行動を支配するというものがあります。
 
  テントウムシに寄生するテントウハラボソコマユバチというハチは、テント
 ウムシの体に卵を産みます。そして幼虫はテントウムシの体を食べて成長し、
 その体の隙間から出てきて(なんだか気持ちの悪い表現ですが)蛹になります。
 蛹は無防備な状態なのですが寄生されたテントウムシが腹に抱えてが守ってく
 れます。そして最終的にテントウムシの懐からハチは成虫になって去って行き
 ます。
 
  なんでテントウムシがわざわざ蛹を守るようなことをするのかというと、ハ
 チに卵を産みつけられたときに一緒にウイルスも送り込まれているとのことで、
 このウイルスが幼虫が出てきたときにテントウムシの脳細胞を破壊して、そう
 するように仕向けているようなのです。ウイルスまで使って行動を支配すると
 はテントウハラボソコマユバチ恐るべし。
 
  なのですが、真に驚くべきなのはそうして体は幼虫に食われ脳細胞はウイル
 スに破壊されたテントウムシの4分の1が、ハチが体を去った後も生き残るとい
 うことです。そこまでされてもなお生き延びることができるテントウムシこそ
 真に恐るべし、なのかどうかはわかりませんが…。
 
  その他にも本書では色々な寄生生物が紹介されています。寄生する側も宿主
 を使い倒してやろうと様々な手法を編み出してきたことがよくわかります。そ
 う思うと「えげつない」はやや言い過ぎの感もありますが。楽しいイラストも
 添えられていますので実際はあまりえげつなさを感じずに読み進められるはず
 です(たぶん)。
 
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。
 
 -------------------------------------------------------------------
 ----------------------------------------------------------------------
 ■あとがき
  この度の豪雨で被災された方々にお見舞い申し上げます。
  また今年も水の脅威に苦しめられています。コロナ禍でも感じていますが、
 自然の大きな力に試されているのでしょうか。自分の足元を改めて見つめる
 日々です。
  福岡の弦書房さんから、少し前に『川の中の美しい島・輪中―熊本藩豊後
 鶴崎からみた世界』(長野浩典著)が刊行されました。【輪中(わじゅう)】とは、
 「比較的大きな河川の下流の沖積低地(川の中にある島状の土地)で、堤防
 囲まれた集落をさす。江戸時代後期、高田(熊本藩の飛び地、現・大分市)
 では輪中のことを「塘囲(ともがこい)の地」といった。「塘」はすなわち堤防の
 ことである。」(本誌より)水害を克服してきた祖先の知恵など、日本の抱えて
 きた歴史がここに在ります。                 畠中理恵子
 ----------------------------------------------------------------------
 ■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在名の読者4026名の皆さんに配信して
 おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
 ■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
 ■ 今号のご意見・ご質問は
  15日号編集同人 「畠中理恵子」まで nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp 
 ■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
   なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わり
   ・5日号:aguni原口 hon@aguni.com
   ・15日号:畠中理恵子 nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp
   ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
   ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
 ■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
   事務局担当:aguni hon@aguni.com
 ■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
 ■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
 ■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
 ■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
 ---------------------------------------------------------------------
 

| バックナンバー | 15:09 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.758

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■■------------------------------------------------------------------
■■ [本]のメルマガ                 2020.07.05.発行
■■                              vol.758
■■  mailmagazine of books       [いかにもニューヨーカー 号]
■■------------------------------------------------------------------
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★PR★ 原 書 房 最新刊★ http://harashobo.co.jp/

『ジャニ研!Twenty Twenty ジャニーズ研究部』

大谷能生・速水健朗・矢野利裕著 本体1,800円+税 ISBN: 9784562057757

ジャニーズ事務所から繰り出されるミラクルな文化の歴史、意味、元ネタ、社
会への影響を、SMAP・嵐世代の批評家たちが徹底考察。SMAP解散、嵐活動休止
宣言、ネット進出、そしてジャニー喜多川死去…激動の時代にアイドルが指し
示すものは? 2012年刊『ジャニ研!ジャニーズ文化論』を大幅加筆増補!

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 発話の揺らめきに宿る社会関係

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その49 祝完結!「ニューヨークの魔法使い」

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ メールにて、インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。

----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

----------------------------------------------------------------------
■声のはじまり / 忘れっぽい天使
----------------------------------------------------------------------
第126回 発話の揺らめきに宿る社会関係
    ―水沢なお「未婚の妹」(詩集『美しいからだよ』(思潮社)より)

 第25回中原中也賞を受賞した水沢なお(1995年生まれ)の詩集『美しいから
だよ』(思潮社)の巻頭は「未婚の妹」という印象的な詩で飾られている。本
詩集の詩は皆物語的な展開を備えているが、この作品は複雑な関係を一際鮮や
かに描いており、詩の未来を感じさせられた。幻想的な設定の作品だが、特に
登場人物の会話が詩の言葉として巧みに使われていて、生々しさを醸し出して
いる。

 この詩は「私」という女性によって語られ、「昨日/ペルシャが死んだ」の
2行で始まる。ペルシャとはどういう人物かは直接説明されない。が、「天鵞
絨の鱗が点々と落ちているのをみつけ追いかけてみると、大きな珊瑚礁の裏で、
小指だけ腐らせて死んでいた」とあるので、人魚のような、異形の種族の話で
あろうことが推測される。

 ペルシャの葬式では女たちが列を作って死を悼むが、その描写が面白い。
「私だったら、目玉をひとつ、持って帰る」と述べた女性は続けて、「ペルシ
ャの目玉が炎の熱でぞんざいに燃えてゆくことを思うとどきどきして嬉しくな
る。瞳が好きだからって、ペルシャの全部を好きになる必要なんてないじゃな
い」と言い放つ。ペルシャは女たちの中で特別な存在のようだが、同時に皆ク
ールに距離を取っているようだ。誰も「泣くこともなく」、納骨の作業は進ん
でいく。 

 そして物語の核に近づく箇所が現れる。「私」の次に納骨する「妹」を、女
たちは「細い糸で絡め取るように」眺める。「妹」は言う。「私がペルシャの
かわりをしなきゃいけないってことでしょ」。つまり、ペルシャはこの種族の
中で特別な役割を背負っていたが、ペルシャが死んだ今、その役を継ぐのは
「妹」だということだ。皆にとってペルシャは「大好きだったからばかにする
んだよ。怖いし悲しいから」という、聖なるが故に差別される、人身御供のよ
うな存在なのだ。更に決定的な言葉は「私たちのパパも、昔は女だったんだわ」
である。ここでようやくこの種族の生態がわかる。この種族は、生まれた時は
皆女性だが、その中から男性になる素質の者が現れ、女たちと交流し子を産ま
せ、繁栄していくのだ。

 家に帰ってからの会話で、「妹」は子宮のことを気にする。「男」になって
からは不要な器官だ。「とっておくことってできないかな」と言った後、「妹」
は「でも私、きっと男になっても忘れないわ。なにもかも、全部忘れない。悲
しいことも全部。それにペルシャの子宮、焼け残ってた。残ってたの」と語る。
今までと異なる役割を振られてもアイデンティティは保持したい。切ない感情
に心打たれる。「私」は自分が燃えるまで死んではだめだと「妹」に言う(ど
うやらここでは「男」は「女」よりも長命のようだ)。「妹」は心の中で「だ
からそれまでお姉ちゃんの子宮二人で大事にしよう。/私はずっとあなたの妹
でいたいだけだから」と呟く。女同士で支えあってきた暮らしの重み。姉妹の
絆の深さにも胸を打たれる。

 その直後のシーンの描出も手が込んでいる。姉妹は久しぶりに布団を並べて
寝る。「妹」は「私」の布団に潜り込み、「私の腹に両腕をまわし/ぴったり
と背中に額をつけて」言うのだ。「朝が来るまで、振り向いちゃだめだよ」と。
夜が明けたら「妹」は変態を遂げるのだろうか。だとすると、これは女同士の
「姉妹」としてのお別れの挨拶ということになろう。ただ、少し残念なのは、
詩の終結に近づくにつれ「私」が現場の当事者という風ではなくなってきて、
ややありきたりなまとめ方をしてしまうところ。書き手としてここは踏ん張っ
て、これから「男」として生きていく「妹」に向けて真情のこもった言葉をか
けて欲しかった。

 この詩は一人称の語りによってできているが、会話の効果的な導入により全
ての登場人物の存在感を際立たせ、彼女らが生きている社会の全体像を臨場感
をもって描き出している。語り手自身が登場人物の一人であることに徹してい
るため、直接的な状況説明はなされない。しかし、登場人物たちの会話を通じ
て、状況が徐々に明らかにされていく。その様はミステリー小説のようでもあ
る。両性具有というテーマ自体はそれほど珍しいものではない。よく知られた
作品ではル=グウィンの『闇の左手』がある。架空の種族の習俗を扱った作品
も今までにあった。会田綱雄の「伝説」がそれである。しかし、「未婚の妹」
にはこれらの作品にはない特徴がある。ナマな会話の導入や細かな仕草の描写
によって個人の身体性を明確にした上で、全てを語り手の抒情として表現する
点である。

 「未婚の妹」は小説的・戯曲的な書法を取り入れているが、重点が置かれて
いるのはあくまで、「私」や「妹」その他の人物のその時々の発話の機微であ
る。その時々の発話の「身体性」を読者に差し出すように言葉が繰り出されて
いると言って良い。小説だったら、ある種族の生態や社会の不思議さを描き出
すことが作品の核となり、そこで個人がどう振舞うかが面白さの鍵を握ること
になるだろう。しかし、詩においては、身体的存在である個の声の微細な表情
の中に、社会が浮かび上がるのである。水沢なおは、受け入れざるを得ない種
族の宿命の哀しみを、姉妹の慈しみの描出の中に浮かび上がらせることに成功
した。個人と社会の複雑な関係が、一言一言の揺らめきに宿っており、それが
感動を呼ぶのである。

*水沢なお『美しいからだよ』(思潮社 本体2000円)                              
----------------------------------------------------------------------
■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
----------------------------------------------------------------------
その49 祝完結!「ニューヨークの魔法使い」
 
 今年一月、シャンナ・スウェンドン著の(株)魔法製作所シリーズの最終巻が
翻訳され、全九巻に及ぶロマンチック・ファンタジーがめでたくウエディング
・ベルの音と共に終わりを迎えた。二〇〇六年に翻訳が始まったこのシリーズ、
なんとアメリカでは五巻目以降出版が打ち切られたのに、日本の読者と出版社
からの熱烈な支持のおかげで、日本で先行翻訳されて書き続けられ、七巻目か
らはアメリカで別の出版社から出版されることになり無事完結したというファ
ンタジーなのだ。

 日本人の、たぶん女性の読者たちの心をなぜ捕えたのかというと、主人公と
その恋人の魔法使いが実にうぶで、ファンタジーの中心にある恋物語がじれっ
たいほど進んで行かないことと、そして何より、主人公が平凡で人の目を引か
ないタイプの女性であることが理由のような気がする。まあ、昔の少女漫画の
王道のように、平凡で自己評価の低い女の子が、王子様に見初められるという
パターンなのだが、魔法の会社で主人公のそれまでの実務経験が評価され、会
社員としての能力が活かされていくのも魅力だし、物語が進むにつれ主人公が
王子様に守られるどころか守ったりする側になって行くという逆転の面白さが
あるのも、その理由だと思う。
 
 そして、さらに言えば、ここに展開されるのは魔法の国の物語ではなく、ニ
ューヨークのマンハッタンという舞台で、普通のアメリカ人の世界に入り混じ
っている魔法使いたちの物語だという事が、日本の読者にとって魅力だったの
だと思う。誰もが、ホグワーツの寄宿舎の話を楽しむとは限らない。ニューヨ
ークで普通の会社員生活を送っている若い女性が、普段はどんなところで服を
買ったり、食事をしたり、遊びに行ったり、お酒を飲んだりするのか?そうい
う事を知りたい読者にとって、ニューヨーカーの生活が描かれていることが魅
力だったからこそ、この物語が愛されたに違いないと思うのだ。

 ただし、この作品にも問題はある。精霊、妖精、ニンフ、ノームと様々な魔
力を持つ者たちも同時に生きている世界を書くのが大変なあまり、異人種の姿
がない白人だけのニューヨークを書いたこと。東洋人は幼馴染のインド系アメ
リカ人がやっと四巻目に登場し、アフリカ系アメリカ人に至っては、八巻目に
やっと一人現れるという具合で、この二人がニューヨークで登場人物として一
緒に描かれるのは最終巻だけなのだ。これは逆に白人だけのテレビドラマを見
慣れている日本人読者にとって、ある意味居心地がよい世界を作り上げたのか
もしれないとも思えるところだ。

 そんな魔法の世界と普通の人間の世界が二重写しで存在するニューヨーク生
活の魅力を、ここに描かれる食物から読み解いてみたいと思う。ニューヨーク
の日常の食べ物を、魔法の世界と人間世界との両方の側から見て行こうと思う。
さすがに全九巻は長いので、主に第一巻と第二巻を中心に見て行きたい。

 主人公のケイティはテキサス出身で、大学時代の友人二人とアパートをルー
ムシェアして住んでいる。務めている会社は薄給で、地下鉄に乗らずに片道を
歩いて通うほど倹約している。上司のパワハラに悩んでいたある日、パソコン
に転職をすすめるメールが頻繁に来るようになる。最初は怪しんでいたケイテ
ィだが、上司のあまりの仕打ちに耐え切れず面接を受けに行くことになる。そ
の転職先こそが魔法製作会社、株式会社MSI(マジック・スペル・アンド・イ
リュージョン)。魔術を作って魔法使いに売る会社だったのだ。

 この世界には魔法使いやエルフや様々な妖精が住んでいる。でも、彼らは魔
法を使って人間に見えるという「めくらまし」をまとって生活をしている。普
通の人間というのはみな魔法にかかってしまう体質なので、魔法世界の生きも
のや妖精たちが見えないし、めくらましのせいで相手を人間なのだと思ってし
まうのだという。

 なぜケイティがヘッドハンティングされたかというと、ケイティが免疫者=
イミューンという、絶対に魔法にかからない体質の持ち主だからなのだ。イミ
ューンであるケイティが会社に居れば、魔法使いが怪しげな魔法で相手をだま
そうとしてもばれてしまうというわけだ。そこで、入社早々、魔法を使って姿
を消した(つもりでいる)侵入者を捕まえたり、契約書の違法行為を魔法で隠
しているところを素早く指摘したりして、ケイティは活躍することになる。
 
 物語は、この会社の研究職についているオーウェンという内気な青年とケイ
ティの恋を中心に、違法な魔術を広めようとする魔法使いたちとの戦いが展開
していくのだが、そんなことより、ケイティの日常生活の方が読んでいて楽し
い。

 各巻には、ニューヨークの地図がついていて、物語の舞台の様子が想像でき
る。例えばお金がなくて同僚と外食することもできないケイティが、一人会社
の近くの公園でお弁当を食べる場面。遠くに自由の女神を見えるとあるのはい
かにもニューヨークらしくて、魅力的だ。地下鉄の切符代を惜しんで歩いて会
社に向かう途中に、朝食のベーグルをかじり携帯用のマグに入れたコーヒーを
飲むという描写には、いかにもニューヨーカーという味わいが口の中に広がっ
て行く気がしないだろうか?
 遠くに自由の女神が見えるとあるのは、いかにもニューヨークらしくて魅力
的だ。

 ケイティは料理が趣味なので、悩んでいる時にはアップルパイやシナモンロ
ールを焼いたり、ミートソースの夕飯を作ったりする。その材料を買いに行く
ファーマーズマーケットは、気が付くと他の人には見えない魔法使い専門のお
店、魔法使いの農家が作った野菜を魔法の世界の人だけに売るお店、だったり
するのだ。レストランなども魔法使いが経営していたりするようだが、一般人
にも食事を出していて、悪い魔法使いが客を酔わせて勘定をごまかしたりする
場面もある。時たま魔法に気づく人がいると、彼らはその人に記憶を消す魔法
をかけて忘れさせてしまう。でも魔法にかからないイミューンは幻覚を見たと
悩むことになる。そこで医者に行って精神安定剤等の薬を飲み、魔法を見る能
力は失ってしまうことが多いのだそうだ。

 さて、ケイティがめでたく転職したこの魔法の会社では、誰でも気楽にケイ
ティにコーヒーを出してくれる。最初はいきなり手の中にマグカップが現れる
ことに驚いているようだが、だんだんに慣れてくる。さらに、ケイティはラン
チ代を払う必要もない。頼めば同僚が一瞬にして食べ物を出してくれるからだ。
人事課の秘書のイザベルが手を振るとシュッという音とともに出てくるのは、
サンドイッチとポテトチップスの小さな袋と、ダイエットドクターペッパー。
そして、食べ終わると紙コップや包み紙も、一瞬で手を振って消してしまうの
だ。妖精や巨人族らしい女性たちが、飲み会の計画を立てながら楽しむランチ
タイム。でも、この一瞬で出しくれる食べ物やコーヒーはいったいどこから来
るのだろう?会社が社員の厚生の為に契約していたりしている、魔法使いのコ
ンビニからとってくるのかな等と想像してしまうのは心配のしすぎだろうか?
というのは、私は子供の頃、張天翼著の『宝のひょうたん』という物語を読ん
で震え上がったことがあるからだ。おなかが空いたなと思うと、ひょうたんが
魔法で出してくれるおいしそうな燻製の魚やくるみ飴。実はそれが、どこから
か盗んだものなのだという事が最後にわかって、心配性の私は主人公と一緒に
困り果てたのだ。
 
 けれども、この世界では、飲み物については会社の中は特別なのだという説
明がある。同僚のロッドのアパートに行ってお茶を入れてもらうのだが、魔法
を使わないことを指摘すると、会社内では特別な魔力のパワーが常に流れてい
て、だからみんな魔法を使いやすいのだと言われる。いちから食べ物を魔法で
作るのは大変なことで、しかもおいしいお茶ができるとは限らないのだと、ロ
ッドは説明してくれる。だから、魔法使いも普段は普通に食事を作ったり外食
をしたりするのだそうだ。ケイティが恋人のオーウェンのアパートに行った時
も、オーウェンは普通にコーヒーを入れたり、朝御飯のベーコンエッグをフラ
イパンで作ったり、鍋で昔風のココアを作ってくれたりする。ハンバーグの出
前を取り寄せたり、テイクアウトの白い紙袋に入った中華料理をアパートで食
べたりする場面も何度かある。ここら辺は魔力のない普通人の友人たちと住む
ケイティのアパートでの食生活と何ら変わりはないのだ。

 ただし、コーヒー程度のものは魔法で作れるらしい。だから社内では、コー
ヒーは気楽に手に入るし、物語の後半に出世したケイティには妖精のアシスタ
ントが付くのだが、彼女は暇に任せてコーヒーのフレーバーの魔法を作るのに
夢中になっている。

 例えばこんな具合。

<「コーヒーを入れましょうか」パディータはきまり悪そうに言った。
「ペパーミントモカをお願い。特大サイズでね。それと、ホイップクリームを
増量で。スプリンクルもかけてくれるとうれしいわ」>

 まるで、スターバックスの注文のようで難しい、頑張れパディータ。

 しかも、

<彼女の机の上にカップが出現し、私はそれを手に取った。>

と、あるから、まだ相手の手の中に出せるほど上手くはないのがわかるのだ。

 この物語にはニューヨークの夜の様子も描かれていて、女性同士が飲みに行
く場面などはとても魅力的だ。ルームメイトたちと夜の街に繰り出して、イー
ストヴィレッジのセントマークスプレイスにある小さなカフェの通りに面した
テーブルに腰を下ろしたとか、ヴィレッジのこぢんまりとしたイタリアンレス
トランでブラインドデートをしたとか書かれると、思わず行きたくなってしま
う。

 でも、これが会社の同僚の妖精たちと出かけると、一筋縄ではいかないお出
かけとなる。ダウンタウンの薄暗いバーで妖精たちとコスモポリタンを飲むこ
とから始まった夜は、気が付けば王子様を探して、セントラル・パークの池に
カエルを探しに行くことになる。もちろん、キスをすれば魔法が解けて王子様
級の男が現れる可能性はある……。うーん、私はコスモポリタンはやめておこ
う。

 毎回、魔法を悪用しようとする魔法使いの勢力(悪徳資産家や、権力志向の
エルフやマフィアまがいの魔法集団等々)と戦いながら物語が進んでいくのだ
が、第一巻と第二巻以外にも、ニューヨークのおしゃれなデートスポットやセ
レブがやって来るレストランなどが沢山描かれる第三巻、そして書店が舞台と
なる第七巻などは、とても食べ物的に魅力的だ。特に第七巻で、ケイティが書
店のカフェで働くことになった場面は私のお気に入りだ。なんでこんなにまず
いコーヒーとスコーンをみんな食べに来るのだろうと店員仲間と愚痴を言い合
っているところがあって、書店でコーヒーを飲むのがかっこいいと思う人が多
いからでしょう、というのには思わず笑ってしまった。私もあのかじると粉だ
らけになるスコーンは本屋には向かないと思いながらも、本屋のカフェで食べ
たいくちなのだ。書店のコーヒーハウスには奇妙な魅力があると思うのは、日
本人もニューヨーカーもエルフも(ここは、秘密です)同じなんだなと思えてし
まう。

 でも、こんなにおいしそうでおしゃれな町に住んでいながら、ケイティとオ
ーウェンのお気に入りはピザを取り寄せて食べながら、テレビで映画を見なが
ら過ごす夜。まあ、だから結婚がゴールなんだろうけれど……。

 まあ、それはともかく、いつか魔力のない私も、魔法使いの世界を見つけて
イミューンとして活躍してみたい、そんな気になる物語だ。その時まで、全九
巻を読み直しながら、ケイティのようにハンドバックに気付け用の上等のチョ
コレートを忍ばせ、準備おさおさ怠ることなく備えていくつもりでいるのだ。

 もし、地下鉄の中で羽の生えた人を見かけたら、目をこする前にもっとじっ
くり観察してみよう。たぶん、それが魔法界へ入るきっかけとなるはずだから。

----------------------------------------------------------------------
『ニューヨークの魔法使い (株)魔法製作所』
シャンナ・スウェンドソン著 今泉 敦子訳  創元推理文庫  

『赤い靴の誘惑(株)魔法製作所』
『おせっかいなゴッドマザー(株)魔法製作所 』
『コブの怪しい魔法使い(株)魔法製作所』
『スーパーヒーローの秘密(株)魔法製作所』
『魔法無用のマジカルミッション(株)魔法製作所』
『魔法使いにキスを(株)魔法製作所2and season』
『カエルの魔法をとく方法 (株)魔法製作所2and season 』
『魔法使いのウエディング・ベル(株)魔法製作所2and season 』
『宝のひょうたん』張天翼著 魚返善雄訳 宮脇紀雄文
「少年少女世界の名作文学第44巻」 小学館
----------------------------------------------------------------------

高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

----------------------------------------------------------------------
■「[本]マガ★著者インタビュー」:
----------------------------------------------------------------------

 メールにて、インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
----------------------------------------------------------------------

 なんと!というほどでもないですが、今回も無事にほぼ日付通りに配信出来
ました。次回も頑張ります!(aguni原口)

----------------------------------------------------------------------
■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4048名の読者の皆さんに配信して
おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
----------------------------------------------------------------------
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載された内容を小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
■ 今号のご意見・ご質問は5日号編集同人「aguni」まで hon@aguni.com
■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
  なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わります。
  ・5日号:aguni原口 gucci@honmaga.net
  ・15日号:畠中理恵子 hatanaka3floor@jcom.home.ne.jp
  ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
  ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
  事務局担当:aguni gucci@honmaga.net
■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
---------------------------------------------------------------------

| バックナンバー | 14:48 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.757


■□------------------------------------------------------------------
□■[本]のメルマガ【vol.757】20年6月25日発行
[有料レジ袋 号]
http://honmaga.net/ 
■□------------------------------------------------------------------
□■ 創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4065名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
□■------------------------------------------------------------------

★トピックス
→募集中です
★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→休載です

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→今こそソンダク

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→STAY HOMEからWALKING、そして空き巣か竜巻か

★「はてな?現代美術編」 koko
→休載です

★特別寄稿 内藤陽介
→レジ袋有料義務化反対の理由

----------------------------------------------------------------------
★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp

『時が止まった部屋:遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし』
小島美羽著 本体1,400円+税 ISBN: 9784562056804

【フジテレビ「ザ・ノンフィクション」6月21日放送(孤独死の向こう側:27歳
の遺品整理人)で大反響!】孤独死、ごみ屋敷、残されたペットたち——故人
の部屋を片づけ、弔いつづける27歳の遺品整理人が依頼現場をミニチュアで再
現。死と向きあってきたからこそ伝えたい想いを初書籍化。
----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
募集中です
----------------------------------------------------------------------
■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
----------------------------------------------------------------------
スーザン・ソンタッグ 富山太佳夫訳 『隠喩としての病 エイズとその隠
喩』 みすず書房 3200円

私は石田純一という人が大好きです。かの「不倫は文化」発言。まさにそのと
おりだと思いました。不倫がなければ、『アンナ・カレーニナ』も『ボヴァリー
夫人』もこの世に存在しないのですから。10歳も歳が違わない義父の東尾修
に、へこへこと頭が上がらないのもおかしい。それだけに彼が新型コロナウイ
ルスに感染した際、テレビで謝っていたことには失望しました。彼の行動に、
軽率な面があったのかもしれません。しかし病人は、本来労わられるべきもの
です。病人を指弾し、謝らせる社会は、それこそ病んだ社会です。

著者のソンタグが乳癌に罹った時、彼女は病そのもののもたらす苦痛だけで
はなく、癌患者を道徳的能力的劣者とみなす風潮にも打ちのめされます。19
世紀を代表する病は結核でした。結核は、空気を扱う「きれいな」器官である、
肺に生じます。かつて結核は、過剰な情熱をもち、たとえば詩人のような感受
性の鋭い人が罹る病気だと考えられていたのです。結核には高みに昇るイメー
ジが託されていました。高原のサナトリウムに収容された結核患者の命は静か
に燃え尽き、天へと召されていくという表象が広まっていました。

20世紀を代表する病は、癌です。癌は、排泄器や生殖器のような「恥ずかし
い」部位にも生じます。ロマン主義の世紀に、結核は精神性と結びつけられて
いましたが、高度資本主義の世紀に癌は、欲望と結びつけられます。欲望やス
トレスをコントロールすることのできない、競争社会の敗者が癌に罹ると人々
は信じていたのです。癌患者が経験するのは、一つには強い恥の意識です。癌
に罹った人は、「なぜ自分が?」と問います。癌は懲罰と受け止められていま
した。癌患者は、恥だけではなく罪の意識にも苦しめられたのです。

20世紀末には、結核はもとより癌も、必ずしも不治の病ではなくなりました。
これらの病気に託された隠喩も和らいでいきます。しかし、性行為を介して伝
染するエイズの出現は、病をめぐる隠喩を再燃させていったのです。感染病対
策は、これまで戦争の隠喩で語られてきました。「侵略」、「戦い」、「殲滅」、
「勝利」等々のことばが、頻繁に用いられてきたのです。病気とその治療を戦
争の隠喩で語ることに、著者は強く反対しています。「病気をデーモン化する
発想から、患者に罪を着せる方向への移行は必然である」(102頁)。

病はただ病として扱い、病人に対して適切な治療を施せ。過剰な意味を病に付
与して患者を苦しめるな。これが自らの闘病体験から導きだされた著者の結論
です。コロナ禍の日本で感染者は、「自粛」の「和」を乱す非同調者として指
弾を受けます。現在の東京都知事は、「夜の街」ということばを用いることで、
この病に道徳的意味を付与したがっているようにみえます。コロナとの戦いを
「第三次世界大戦」に喩えた安倍首相には、開いた口が塞がりません。安倍政
権こそが日本の癌だ、などといえばソンタグに怒られるでしょうが。

◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「怠ける権利」高文研
http://www.koubunken.co.jp/book/b371637.html

----------------------------------------------------------------------
■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
----------------------------------------------------------------------
今回は「歩く」話

「ステイホーム」だ「リモート授業」だとほとんど家から出ない生活が続いて
いる。

元々漫画家なんて家業は引きこもりの延長みたいなもので、結構仕事をしてい
た時などは、ほぼ一日中机の前というのも珍しくなかった。

漫画の仕事より講師の仕事がメインになってからは逆に移動が多くなって一時
は分刻みで学校のハシゴをしていた時もあった。その時は逆に「少しは机の前
に座れよ!」な状態だったりも色々あって講師業も縮小傾向になったがそれで
もなんだかんだと外出する時間は多かった。

それがいきなり「ほぼ家生活」に。

「まあ、昔の漫画三昧生活に戻ったと思えば」と軽く考えていたが、若い頃の
引きこもりと歳をいってからの引きこもりでは筋肉量の減りが全然違う事に気
づいた。
ただでさえ「膝が」「腰が」「肩が」「足裏が」「右手の親指の付け根が」と
言って整形に行っては、全て「加老のせい」で片付けられてしまう昨今、この
ままではヤバイと家の周りを歩く事にした。

「郊外型住宅」
聞こえはいいが単なる田舎で車がなければ生活が出来ない場所に住んで30年近
く。駅と家の往復ぐらいしか歩く事は無かった。

だが「郊外型住宅」とはつまり「宅地開発された住宅と店舗しかない」場所で
店舗は閉まっているため歩くと言っても「人の家を見て回る」しかする事がな
い。
そして下手に住宅地の中に足を踏み入れると戸建てダンジョンと言う迷路には
まり込んでしまうのだ。

微妙に曲がった宅地内の道路は三半規管を迷わせ、帰路に向かっているはずが
どんどん遠ざかってしまう現象にパニックになりそうになり(単に方向音痴と
もいえるが)人から見たら空き巣の下調べのようにも。

それでも何度か歩くうちに「この辺りは開発初期、この辺はバブルの前のお買
い得な物件」「おお、この区画は敷地面積がデカい!このサイズだと二世帯住
宅か?」「なんかバブリーな物件です事。分譲当時はんー千万だっただろうか」
などと。

空き巣から不動産屋のようになって行く。

歩く事で血流が良くなりひいては脳を活性化させる事に繋がる様なのだが…私
の場合、漫画のアイデアとか文章の整理とかではなく不純な興味だけに特化し
ている様だ。

この辺りの開発住宅地は山を切り開いて出来ているのでほんのちょっと足を伸
ばすと森やら谷やらがある。
真に脳の活性化を求めるならその辺まで行けば良いのだが、本格的に遭難の恐
れがあって今は躊躇している。


◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html

----------------------------------------------------------------------
■特別寄稿 レジ袋有料化に反対する! 内藤陽介
----------------------------------------------------------------------
7月1日から、プラスチック製買物袋(以下、レジ袋)の有料化が全国で義務
付けられ、無料配布は禁止される。

この問題については、筆者は、自らがコメンテーターとして出演した文化放
送のラジオ番組、「おはよう寺ちゃん」でも幾度となく述べた通り、絶対に反
対の立場である。今春、この問題を初めて取り上げた頃は、ほとんど世間の反
響はなかったが、今月に入り、いよいよ制度の実施が近づいてくるなかで、ツ
イッターで#レジ袋有料化に反対します とのハッシュタグのついたあるツイー
トをリツイートすると、思いの外多くの反響が寄せられ、以後、毎日、この問
題についての発信するようになった。

そこで、今回は改めて、なぜ、筆者は「レジ袋有料化」(正確には、「レジ
袋有料化の制度的な義務化」というべきなのだが、煩雑になるので、本稿では、
以下、単に「レジ袋有料化」という場合には、「制度としての義務化」の意味
を含むものとしたい)に反対するのか、その点について、少し長文になるがま
とめておきたい。

1.経産省の掲げる目的の合理性への疑念
「レジ袋有料化」を進めている経済産業省(経産省)は、今回の有料化制度
は「プラスチックごみの削減」が目的であり、「廃棄物・資源制約、海洋プラ
スチックごみ問題、地球温暖化などの課題に対し、プラスチックの過剰な使用
を抑制し、賢く利用していく必要がある」と主張している。

しかし、プラスチックごみ全体の中で、レジ袋、しかも不法投棄されるレジ
袋のみが海洋プラスチックごみ問題において大きな比重を占めているとは考え
にくい。
そもそも、プラスチックごみの削減を主張するのであれば、買い物をした後
のレジ袋の中に入っている弁当や菓子など、個々の商品の包装等(もちろん、
その中には一般人には過剰包装のように見えても、製品の品質保持のために必
要なものも少なからずあるのだろうが…)を簡素化したほうがはるかに効果的
なのではないのか。

また、レジ袋の多くはポリエチレンでできており、多くのユーザーはそれをご
み袋として再利用している。ポリエチレンのゴミ袋/レジ袋は自治体の焼却炉
で高熱で燃焼されればダイオキシンも発生しないばかりか、生ゴミを燃やす際
の燃焼補助剤にもなっている。したがって、レジ袋のみをやり玉に挙げて、そ
の削減が環境対策になると主張するのはかなりの無理がある。

この点については、レジ袋の製造元である清水化学工業株式会社(以下、清水
化学)のサイトに、詳しい説明が出ている。
http://www.shimizu-chem.co.jp/message.html

したがって、環境やエコという観点からしても、環境対策としてレジ袋(のみ)
の削減を目指すのであれば、最低でも、清水化学の主張を完膚なきまでに論破
したうえで、一般国民を説得する必要がある。

ところが、昨年6月3日、当時の原田義昭環境相は、省内での記者会見で、小売
店などで配られるレジ袋について「無償配布してはならないという法令を速や
かに制定したい」と述べて、有料化の方針を打ち出した際、「レジ袋がプラご
みに占める割合は多くないが、有料化は(削減の)象徴になる」と強調してお
り、レジ袋のみを削減することがプラスチックごみの削減につながらないこと
を自白している。

目指すべき政策目標の達成には資するところが少ないとわかっていながら、生
贄としてレジ袋を取り上げるのは、あまりにも不見識ではないか。

さらに、6月25日付で、環境省は、タレントの西川きよし氏と東京海洋大学名誉
博士のさかなクン氏、それにモデルのトラウデン直美氏の3氏をレジ袋有料化の
“広報大使”に任命した。おそらく、3氏はタレント活動の一環として深く考
えずに引き受けたということなのかもしれない。

しかし、いやしくも、さかなクン氏は、東京海洋大学名誉博士という称号だけ
でなく、客員准教授というポストにもついている。したがって、さかなクン氏
は、海洋大学の教育・研究者という、いわば広義の専門家としての立場から、
「レジ袋がプラごみに占める割合は多くない」との原田前環境相の発言があり
ながら、それでもなぜ、あえてレジ袋のみを規制対象とする今回の「レジ袋有
料化」の広報大使を引き受けたのか、また、清水化学のサイトに記載されてい
るような内容についてどのように考えているのか、自説を明らかにする社会的
な責任があるのではないか。

もっとも、レジ袋問題に限らず、いわゆる “環境問題”についての意見は、多
分に個々人の人生観や世界観と深く結びついており、それゆえ、人々の感情を
刺激するものとなりがちだ。その結果、レジ袋問題に関しても、規制推進派(
将来的には廃止すべきとの主張も含む)と容認ないしは現状維持派との間では、
多くの場合、感情的な表現の応酬になって感情的な亀裂を深めるだけの結果に
なることが多い。
そこで、今度は、いったん環境問題から離れて、レジ袋有料化を制度として
義務付けることの何が問題なのか、考えてみよう。

2.店の自主的な判断を妨害してよいのか
誤解のないように言っておくが、筆者は、それぞれの店が自分の判断でレジ
袋を有料で販売することには反対しないし、レジ袋をもらってなにがしかのお
金を請求されたら素直に支払う。ただし、レジ袋を有料にするのか、無料で提
供する(そのコストは別の形で商品等に転嫁されている)のか、その選択は、
あくまでも、それぞれの店の経営方針なり、扱い商品の性質、顧客対応のため
の行動オペレーションや万引対策などを総合的に考慮して、彼らが自主的な判
断すべきものである。

1円でも安く商品を提供したいのでレジ袋の費用は消費者に負担してほしい
というビジネスモデルは当然あってよいし、筆者もこれまで、その種の店は何
度となく利用してきた。

その一方で、たとえば、汁の出る弁当類や植物、園芸用の土、衣料のクリーニ
ング、通常のエコバッグには収納しづらい大型の商品(ホームセンターなどで
はよくある)、未使用の郵便切手(湿気で裏ノリがべとついたり、折れ曲がっ
たりするのを防ぐには袋があったほうが良い)など、これまでの日本人の生活
の中で、レジ袋ないしはポリエチレンの袋に入れてお客に渡すことが前提になっ
ている商品も少なくない。そうした商品を扱う店では、当然のことながら、レ
ジ袋のみを別料金で精算するのはきわめて不便で、レジ袋の値段はあらかじめ
商品に転嫁しておかなければ極めて効率が悪い。

さらに、スーパーマーケットのように、顧客が自分でエコバッグ等に商品を
詰めるスペースが確保されていない店舗の場合、店側の顧客対応のオペレーショ
ンは根本的な変革を迫られる。

また、いままでは、商品を購入した客には専用のレジ袋に入れて持ち歩いても
らうことで万引の防止策にも立っていたが、客が自分のカバンに入れた商品が、
果たして店の商品を万引きしたものなのか、それとも、店外から持ち込んだも
のなのか、識別は困難になるだろうし、“冤罪”のトラブルも多発することが
予想される。

店側の多くは、こうした事情をすべて勘案して、いままで自分のビジネスモデ
ルに合った方式を採用してきたのであって、伊達や酔狂でレジ袋を無償で配っ
ていたわけではない。そうした個別の事情を無視して、国や自治体が制度とし
て、レジ袋の有料化を義務づけ、さらには無償配布までをも禁じるのは、どう
みても、営業妨害や嫌がらせの類ではないのか。あるいは、大げさな話かもし
れないが、『日本国憲法』でも保障された経済的自由権の侵害にさえ当たるの
ではないかと筆者は考えている。

3.増税への懸念
レジ袋を義務的に有料化するということは、国が新たな規制を作るというこ
とだ。また、環境やエコを大義名分に、広く国民から強制的になにがしかのお
金を集めるのは、事実上の税金といってもよい。

ちなみに、レジ袋の「有料化」に際しては、1枚ずつ値段をつけて商品とする
ことが義務付けられており、たとえば、「2枚目以降は無料」「会員は無料」
といった提供の仕方は違法とされている。ということは、国民が強制的に買わ
されることになるレジ袋には、当然、消費税が課税される。環境省によると、
わが国では年間300億枚、乳幼児を除いた国民一人あたり約300枚を使用してい
るとのことだが、仮に、今回の「有料化」によってレジ袋の使用量が半減して
150億枚になったとして、レジ袋1枚が平均4円で販売されればその売り上げは
600億円、これに10%の消費税がかかるとすると60億円(8%なら48億円)が自
動的に増税となる。国全体の財政規模からすれば微々たる金額ではあろうが、
そこに釈然としない気持ちを持つ国民は多いのではないか。

また、今回のレジ袋問題に関して、小泉進次郎環境大臣は、「レジ袋有料化
をきっかけとしたライフスタイル変革を進める」としているが、その小泉大臣
と環境省は“炭素税”の導入に熱心であることが知られている。

炭素税は“温暖化対策”を名目に、欧州などで導入されている税で、国など
が二酸化炭素の排出量に価格をつけたうえで、企業や一般国民が排出量に応じ
て税金を支払うというのが基本的な仕組みだ。わが国でも、2004年前後に検討
されたが、経済成長を阻害するとの財界の猛反対で実現せず、代わりに、2012
年、エネルギー関連業に限定的に負担を求める地球温暖化対策税(課税額はCO
2、1トン289円)が導入された。

これに対して、2018年、環境省は大臣諮問機関として“カーボンプライシン
グの活用に関する小委員会”を立ち上げ、炭素税の議論を活発化させている。
こういう状況の下で、科学的な根拠があいまいなまま、「レジ袋削減は環境
に良いことだから、レジ袋の有料化を義務付けるのもやむを得ない」というこ
とになってしまうと、そこから「エコと言えば国民は黙って金を出す」、「環
境対策といえば国民は文句を言わない」という空気が醸成され、炭素税の導入
へとつながる懸念が大いにある。

こうしたことをいうと“滑りやすい坂理論”だとの批判が必ず出てくる。
しかし、東日本大震災の後には、明らかに復興を阻害することが予想されてい
ながら復興税が導入されたこと、社会保障財源の確保を名目に第二次安倍政権
は消費税率を二回あげたが、実際には、社会保障費は消費税を含む一般財源で
賄われており、消費税が社会保障財源であるというのは詐術に等しいものとなっ
ていることを、我々は経験から知っている。

そうした経験を踏まえて、あらためて、レジ袋有料化についての政府の広告を
見てみると、有料化を推進する5省の名があり、その筆頭は財務省である。財
務省が筆頭になっているのは建制順であって他意はないという指摘はありうる
が、それでは、なぜ、そもそも財務省がレジ袋有料化の旗振り役に名を連ねて
いるのか。

やはり、レジ袋有料化は、財務省にとって推進すべき(=省益にかなう)政策
と考えているのであろう。過去の経緯を見ても、そこから、財務省が炭素税の
導入をはじめとして“環境”名目での増税をにらんでの地ならしとして、今回
のレジ袋有料化を位置づけようとしているとの懸念を持つのは自然な思考では
ないか。

消費税が導入された時、その大義名分は直間比率の見直しと、税制の簡素化だっ
た。そうれならば、一定の年数が経過したところで、消費税の導入後、直間比
率はどのように変化し、それが国家国民に与えた功罪はいかなるものであった
か、十分に検証し、国民的な合意を得る(よう努力する)のが筋であろう。し
かし、そうした検証結果が国民に共有されることのないまま、突如、消費税は
社会保障の財源だという議論のすり替えがなされ、社会保障財源確保のために
は消費税の増税もやむなしとの“世論”が作られていった。しかも、実際には
社会保障は一般財源で賄われているから、消費税収の一部は社会保障に使われ
ているかもしれないが、別の部分は他の歳出に宛てられているから、消費税=
社会保障財源というのは悪質な詐術である。

こうした“前科(あえてこういう)”があるから、仮に炭素税が導入されても、
果たしてそれが純粋に温暖化対策や環境対策に使われるものとなると無邪気に
信じられるほど、筆者はお人よしではない。

日本経済が長期のデフレに苦しむ中、増税は経済成長を抑制し、景気を落ち込
ませるマイナス面が大きいことは、すでに多くの日本人が身を以て証明してい
る。したがって、日本の国力を増強させたいと真剣に考えているなら、新税な
いしは増税につながりかねない芽は早めに摘んでおくべきで、そのためにも、
国の制度として、レジ袋の有料化を一律義務化することにも反対の声をあげね
ばなるまい。

4.衛生面での問題
現在、新型コロナウイルスの感染拡大を予防することが全国民にとっての喫緊
の課題となっていることは言うまでもなかろう。その場合、衛生面から考える
なら、むしろ使い捨てのレジ袋を奨励したほうが適切ではないか。

もちろん、エコバッグを使っている人の中には、毎回、洗濯・除菌して常に清
潔になるよう心掛けている人もいるだろうが、現実には、それは少数派で、多
くの人はなかなか洗濯などしていないだろう。

昭和30年代までは、買い物籠に新聞紙や経木でくるんだ肉や魚を入れて持ち歩
き、帰宅後、荷物を出した後も駕籠自体はそのまま放置して、そこから雑菌が
発生して衛生面のトラブルが生じることは珍しくなかった。その後、家庭での
冷蔵庫の普及とあわせて、毎回新品のレジ袋を使い捨てにする習慣が定着して
いったことで、衛生環境は劇的に改善された。
じっさい、ツイッター上では、コンビニ店員の中には、客からエコバッグに商
品を入れるように言われてバッグの中を見たところ陰毛が付着していた、エコ
バックそのものが黄ばんでいて異臭を放っていたなど、レジ袋ではなく、エコ
バッグを使うのが明らかに不潔な例も多く報告されている。

じっさい、米国では、しばらく前にレジ袋の有料化を始めて、大半の利用者が
エコバッグを使うようになっていたが、昨今のコロナ禍でエコバッグが不衛生
であることが取り沙汰されると、多くの店でレジの係員が客のエコバッグに触
れることを拒否したことから、使い捨てのレジ袋が復活している地域も多い。

このような指摘をすると、自分のエコバッグは清潔さを保っているから大丈夫
だという反論もあるのだが、公衆衛生というのは、どれほど個人が衛生に気を
使っていようと、誰かが“穴”をあけてしまったら元も子もない。外出時に必
ずマスクを着用している人たちは、自分の感染予防もさることながら、万一気
づかずに感染していたとしても他人には感染させてはならないとの意識を持っ
ていると思われるが、絶対にマスクをしない人たちがそうした意識を共有する
ことはあるまい。それと同じことで、自分は気を使っているから大丈夫、は公
衆衛生では通用しない。

そもそも、新型コロナウイルスで我が国の感染者・死者が他国に比べて低水準
で抑えられてきたのは、多くの国民が、政府や自治体の指示に従い、不要不急
の外出を避け、外出時にはマスクを着用して社会的距離を取り、帰宅時にはう
がい・手洗いを励行するなどの行動に努めてきた結果である。

これに対して、梅雨に入り、ただでさえ食中毒などが増加するこの時期に、拙
速なかたちでレジ袋の有料化が制度として義務付けられてしまうと、上手の手
から水が漏れる如くコロナ対策に穴が開き、いままでの成果が水の泡になりか
ねない。

少なくとも、これまでの国民の努力を足蹴にするようなかたちで、衛生的なレ
ジ袋を削減し、むざむざ不衛生になりかねない環境を、政府が率先して作ろう
としている愚は何としても食い止めなければならない。

筆者とて、なにも環境問題の重要性を頭から否定するわけではないが、現在
のわれわれにとっては、衛生問題は、まさに国民一人一人が生きるか死ぬかの
問題であり、緊急性が高いことは言うまでもなかろう。
エコも環境も、まずは命あっての物種である。

5.拙速な制度導入で良いのか
ところで、もともと、レジ袋有料化の義務付けを前に、経産省は3月から説
明会を開始するとしていたが、ウイルス感染防止を理由に開催を無期延期にし
たままの状態が長らく続いていた。

一応、5月21日から経産省のサイト内で説明の動画の配信は始まったが、そ
の時点では説明会の開始の告知話されておらず、6月17日になって、ようやく、
説明会の参加募集が始まったばかりだ。

そらならば、いまからでも、大々的にレジ袋有料化の説明会についても広報を
行うべきなのだが、筆者の知る限り、説明会の参加募集がようやく始まったこ
とについて知っている人は驚くほど少ない。このような状況では、説明会の開
催も、アリバイ作りのために形式的にやっただけで、国民がよくわからないま
ま新制度を強行しようとしているとみられても仕方ないだろう。

じっさい、6月18日付の『中日新聞』には、「業界団体から何も連絡がなく、
自分も周りの経営者も最近まで例外など制度を勘違いしている部分があった」
との鮮魚店の声が掲載されていたが、現場に十分な説明もないまま、オペレー
ションの大幅な変更を伴う施策が強行されてしまえば、現場が大混乱に陥るの
は当然のことだ。
そうした現場の混乱をよそに、6月25日、環境省は3人のタレントを“広報大使
”に任命したが、そもそも、制度開始1週間前に任命される“広報大使”なんて、
どれほどの意味があるのか。そんなことをする前に、やるべきことは山ほどあ
るのではないか。

仮に、いままで述べてきたような反対論をすべて押し切って「レジ袋有料化」
を強行するにしても、制度実施のための説明会を延期したなら、その日数分は
制度の実施も延期するのが道理ではないのか。具体的には、3月開催予定だっ
た説明会が6月17日以降に延期になったのだから、制度開始も、スライドして3
ヵ月、5月21日の動画投稿を基準にしても最低50日は延期しなければなるまい。

以上、あらゆる角度から考えて、現状のまま、7月1日からレジ袋有料化を義務
付ける動きには、何一つ賛成できる要素はない。速やかに制度の中止(少なく
とも延期)を要求する。

内藤陽介
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会
員。フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国
家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。最新作『
日韓基本条約 (シリーズ韓国現代史1953-1965)』えにし書房
電子書籍で「切手と戦争 もうひとつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川
oneテーマ21などがある。

----------------------------------------------------------------------

■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4065名の読者の皆さんに配信してお
り、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。

----------------------------------------------------------------------
■編集後記
内藤先生のレジ袋の件、おそらくはたった1人から始めて、現在少しづつ大き
なうねりになりつつある。

私も内藤先生の主張には賛成で、「地球に優しい」とか「エコ」と言えば何で
も通るような風潮に反発を覚える。自分勝手な感情や利権を通すために言って
るとしか思えないような主張も少なくないからだ。

たとえば、ラウンドアップのせいでガンになったという人がいるが、いったい
どうしたら校庭を管理する程度の仕事でラウンドアップに暴露するのか、意味
が分からない。しかも使っていたのはモンサント製ではなく他社のジェネリッ
クなのに。
https://www.afpbb.com/articles/-/3185756

ラウンドアッブは除草剤散布機に適量放り込んで水で一般には100倍に薄めて散
布されるが、通常薬剤に体が接触することなどない。当然飲んだりすることも
ない。いったいどんな使い方をしていたのか?

言い換えれば、1車線分しか幅のない生活道路でフェラーリを全力疾走させて
事故を起こしてフェラーリに損害賠償せよとするようなことがおきているわけ
だ。

日本を、こんな馬鹿な判決を出すような裁判所をもつ国にしてはならない。

====================================================
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載されたコンテンツを小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ copyrightはそれぞれの記事の記者が有します。
■ ご意見・ご質問は25日号編集同人「朝日山」まで
メールアドレス asahi_yama@nifty.com
(あっとまーくは、全角ですので半角にしてください)
■ バックナンバーurl http://back.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンidナンバー:13315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
====================================================

| バックナンバー | 22:43 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.756


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■■------------------------------------------------------------------
 ■■ [本]のメルマガ                 2020.6.15.発行
 ■■                             vol.756
 ■■  mailmagazine of book        [そして、半年経ちました号]
 ■■------------------------------------------------------------------
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ★PR★ 原 書 房 新刊 ★ http://harashobo.co.jp/
 
 『イギリス王立植物園キューガーデン版 世界薬用植物図鑑』
 
 M・シモンズ/M・ハウズ/J・アーヴィング著 柴田譲治訳
 B5変型判 224ページ 本体3,800円+税 ISBN: 9784562057382
 
 270種以上の薬用植物を美しい図版とともに解説。人類が薬用植物を記録し
 てきた5000年の伝統に現代的視点をくわえ、薬理効果や薬草ガーデニング
 の情報もそえた。パンフレットはこちら ⇒ https://is.gd/u7wBFg

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 【連載】………………………………………………………………………………
 
 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 第67回「余計なことばかり」

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 第132回 背筋を伸ばす言葉
 
 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → 動物とともに生きることを考えさせられるコミックの紹介です。
  
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「散慮逍遥月記」停雲荘主人
 ----------------------------------------------------------------------
 第67回「余計なことばかり」
 
 こんにちは。
 大学もオンラインを中心にして再開し,わたしのオンライン講義も軌道に乗っ
 てきたところです。とはいえ,どうしたことか,このところお会いしたことのある
 方の訃報が続き,わたしも残りの人生のほうが短くなってきたなあ,と若干の
 焦りを以って訃報に接する今日このごろです。
 
 論文執筆のための調査でもプライベートでの探しものでも,調べ物で検索を
 かけていると余計な,ではなく思いがけない事物に当たってしまい,気がつい
 たら探すべきものを忘れて目の前に飛び込んできたものに関心が移ってしま
 う,ということを年がら年中やらかしています。だから文章を書くための時間が
 いつも足りなくなってしまうわけですが(苦笑),それはさておき。
 
 先日,本来の探しものと全然違うものに引っかかってしまったのは「ウルトラ
 セブンの最終回」というネタです。それまで何を探していたのか,いまでもまっ
 たく思い出せないという有様なのですが,そこで久しぶりに,「ウルトラセブン」
 の最終回ではローベルト・シューマンのピアノ協奏曲イ短調作品54が使われ
 ていたことを思い出しました。モロボシ・ダンがアンヌ隊員に,自分がウルトラ
 セブンであることを告白するシーンで,突然画面の色調が変わり,あの印象的
 な冒頭−オケがドンと半拍先に出てピアノがタラン,タランタランタランタラン〜
 と降りていく−がBGMに流れていく,というものです。そのあともとぎれとぎれ
 にシューマンが使われ,最後に改造パンドン(一度ウルトラセブンに倒された
 パンドンという怪獣が,アイスラッガーで切られたところを機械化されて再度
 セブンと戦う)がセブンのアイスラッガーにばったり倒れるところで第1楽章の
 コーダが流れて戦いが終わります。
 
 この最終回で使われたシューマンの録音は,若くして難病で亡くなったディヌ・
 リパッティ(1917-1950)というピアニストがヘルベルト・フォン・カラヤン指揮の
 フィルハーモニア管絃楽団と1948年4月に,EMIに録音したものです。むかし
 から名演の誉れ高い録音ですが,わたしが全曲を通しで聴いたのは,EMIが
 ワーナーに買収されてカラヤンのボックスが発売された中で
 “Karajan and His Soloists I 1948-1958”という8枚組を手に入れたときでした。
 
 で,この録音を聴いたところ,どうもピンとこない。40歳そこそこで,後年の
 べったりなレガートなどどこにも見当たらない颯爽としたカラヤンの指揮ぶりは,
 それは見事なものですが,リパッティのピアノがどうにもよくわからない。同じ
 カラヤンのボックスには,ワルター・ギーゼキング(1895-1956)というピアニ
 ストとカラヤンが1953年8月に録音したシューマンが収録されていますが,
 わたしの好みはギーゼキングの方なのですね。何しろ,これまで聴いたことの
 あるシューマンのピアノ協奏曲の録音の中でよかったもののひとつが,ギーゼ
 キングがカール・ベームの指揮するザクセン国立歌劇場管絃楽団(現在のドレ
 スデン国立歌劇場管絃楽団)と1940年頃に録音した演奏であり,こちらの
 ギーゼキング/カラヤンもそのむかしFM放送で流れたものをエアチェックしたカ
 セットテープを時々聴いていたので,慣れている,ということはあるのかもしれ
 ませんが,それにしても,これも一緒に収録されているリパッティとカラヤンに
 よるモーツァルトのピアノ協奏曲ハ長調K.467を聴いてもリパッティがピンとこ
 ない。むかし読んだ五味康祐のエッセイでリパッティの演奏を
 「作・リパッティに聴こえる」と評していたのはこのことかとも思いました。
 
 それでは,と,例の給付金を当てにして,ブザンソンというところでリパッティが
 生涯最後にひらいた演奏会(1950年9月16日)の録音を購入してみました。
 これはEMIからも出ていたものですが,たまたまINA
  (Institut National de l'Audiovisuel,フランス国立視聴覚研究所。図書館関
 係者としてこのINAという施設について興味があって,以前文庫クセジュで出て
 いる本を購入して読んだことがあります)で見つかったRTF
 (Radiodiffusion-Television Francaise)によるオリジナルのマスター・テープ
 をINAがリマスターしたというCDが2018年の暮に出ていたので,そちらを手に
 入れたところ,何となくですがリパッティの演奏がどのようなものであるか理解
 できたような気がします。まるでベートーヴェンの頃のピアノフォルテのように
 「鳴らさない,響かせない」ピアノの弾き方で,どうしたらそうなるのかはよくわ
 からないのですが時空が歪むのですね。バッハのパルティータでも終わりが
 聴こえてこなくて,終結部でも「これで終わり」のように弾かないし聴こえない。
 5分なら5分で曲が終わるはずなのに,聴いていていつ終わるんだ,全然終わ
 らないじゃないか,という感覚に陥ります。いつまでも延々と音楽が鳴り続け
 ているような。それでいて,大変に音楽の密度が濃い。2ヶ月半後に亡くなる
 瀕死の病人が弾いているとは思えない。リパッティの病状が悪化すると,
 ロンドンのEMIのプロデューサーだったウォルター・レッグが,わざわざジュネ
 ーブに録音機材を持ち込んで,リパッティの体調が良くなったと聞くやセッション
 を組んで演奏を録音した,という話もうなずけます。リパッティは他のピアニスト
 からは隔絶した,特別なピアニストだったのでしょう。
 
 これも旧聞に属しますが,いつだったかどこかに出かけようと土曜の朝,クル
 マを出したらたまたまラジオがかかっていて,そこで読まれている小説に名
 前は出てこないもののどう考えてもリパッティをモデルにした人物(?)が出
 てくる。おやおや,いまどきリパッティとはマニアックなことであるな,と,その
 不思議な味わいの朗読劇を聴きながらクルマを走らせました。あとで調べて
 みたら,どうやら恩田陸「二人でお茶を」という作品だったらしかった(読んだ
 わけではないので確証はありませんが)ことも思い出して,リパッティの演奏
 の持つ力を改めて考えさせられることになりました。
 
 
 ……さて,どうしたものかと思いつつ,本当はここで書かねばならないだろう,
 ある訃報については他日を期します。ごめんなさい。
 
 では,また次回。
 
 ◎停雲荘主人
 2019年4月から司書養成が本務のはずの大学教員兼大学図書館員。
 南東北在住。好きな音楽は交響曲。座右の銘は「行蔵は我に存す,毀誉は
 他人の主張,我に与らず我に関せずと存候。」(勝海舟)。
 
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 ----------------------------------------------------------------------   
 第132回 背筋を伸ばす言葉
 
   最近、言葉が空虚に響いているように感じる。国会の中継を見たら、だれも
 が感じるんじゃないだろうか?
  総理をはじめ大臣たち、役人たちの国会での答弁の言葉は、あまりに上っ面
 で辟易する。大手の広告代理店にあれだけ儲けさせているんだから、もっと言
 葉に気を付けるようにアドバイスしてもらえばいいのにね。いや、もうコピー
 ライターの時代はとっくのとうに終わっているのかもしれない。ぼくのような、
 ふんわりとなんとなく気持ちのいいだけのコピーに酔ってきた世代が今の空疎
 な言葉の時代を作ってしまったのか。
 
  先日、何気なく手にとった本を読んで、言葉に真摯に向かい合うことを考え
 て、背筋を伸ばした。いま、必要なのは「言葉」なのだ。ちゃんとした「言葉」
 に出会いたかった。
 
  そんなとき見つけたのが、『のどがかわいた』(大阿久佳乃 著 岬書店)。
 だった。黄色いソフトカバーにモノ・ホーミーのシンプルな線で描かれたイラ
 ストがじつに愛らしい。フランス装というらしい。洒落ている。「きれいな本
 だなあ」と思わず手にとっていた。
 
  著者の大阿久佳乃はこの本が刊行されたときは、まだ19歳(2000年生まれ)
 だったという。
 
  大阿久さんは、同世代、つまり高校生が詩を読む機会があまりに少ないこと
 に疑問を持ち、詩の扉をひとつでも増やしたいと、詩を読むことをテーマにし
 たフリーペーパー「詩ぃちゃん」を2017年から発行している。『のどがかわい
 た』は、前半を「詩ぃちゃん」、後半に書き下ろしのエッセイを加えている。
 
  ぼくは、こういう前知識はほとんどなく、読み始めた。だから著者の大阿久
 さんが高校生活に馴染めずに、不登校を経験していることも知らなかった。
 
  本の前半、「詩ぃちゃん」は「詩、読みますか?」で始まる。こんなふうに
 問われると、ぼくは「はい」とは答えられない。読んでいるというには、あま
 りに少ないもの。
 
  詩人もたくさんは知らないし、詩がわからないというコンプレックスから、
 ときどき人がいい、という詩集を買うことがあっても、正直にいって夢中にな
 った経験はない。
 
  八木重吉、山之口獏、茨木のり子、吉野弘とぼくでも知っている詩人が登場
 するが、それらの詩の味わい方を読んでいると改めて、いいなあ、と思う。そ
 んなふうに詩の味わい方、わからない詩に出会ったときのこととかが書いてあ
 って、気になる言葉、文章をメモしようと思ったら、あっというまに付箋だら
 けになってしまった。
 
  ふだん詩を読むことが少ないぼくには、詩がわかる、という感覚がわからな
 い。詩を読んだとき、いいなあ、と思うことはあっても、わかる、というのと
 はちょっとちがうと思う。
 
  そんなぼくには「思い出す」という章が面白かった。詩を読む作法のようだ
 った。詩を読むときの心の動きが書かれていて面白かった。詩をこんなふうに
 説明してもらったことはなかったと思う。
 
  詩を読んでから、その後、日常生活にもどって、たとえその文面を忘れてし
 まっても、どこかに記憶が残っている。その言葉、イメージがふとしたときに
 よみがえることがある。その「思い出す」ということが、詩をわかることにつ
 ながるようだ。小説を読んだとき「共感」を感じることがあるけれど、詩の場
 合は共感以上のもの、むしろ「一体となる」経験を与えてくれる、という。
 
  ああ、僕は詩を読んだとき「一体となる」経験をしたことがないなあ。きっ
 とまだまだ詩ときちんと向き合ってこなかったからだろう。もっと、たくさん
 の詩を読まなければこの経験は出来ないんだろう。
 
  そういえば思い出したことがある。両親ぐらいの世代だと詩はもっと身近に
 あったようだ。最近も83歳になる叔母が
 「アイルランドのような田舎へ行こう……」と丸山薫の『汽車にのって』を暗
 唱してくれたことがあって、聞きながら目の前に風景が現れて感動したことが
 ある。なかなかいいものだった。こんなふうに詩が身近にあるのはうらやまし
 く思った。
「一体となる」といえば、それは音楽でも同じことがいえるように思う。いま、
 ぼくが一体化するのは、詩ではなくて歌詞なのかな。ここのところ、ずっと頭
 の中で鳴り響いている。ローリングストーンズの古い曲、
 「ストリート・ファイティングマン」だ。
 「Well, then what can a  poor  boy  do
   Except to sing for a rock n roll band」
 「貧乏な少年にはロックンロールを歌う以外に何ができる」というフレーズを
 聴くと胸が熱くなる。こういうのも詩と一体化することなんだろうか?
 
  詩のことだけでなく、文章を書くこと、それをフリーペーパーとして多くの
 人に読んでもらうことについても書いている。そして悩んでもいる。
 
  それは文章を書いたり、絵を描いたり、音楽をやっている人ならば、だれも
 が感じることなのだろう。
 
  大阿久さんは、他人が読むものだ、と意識すると、書くべき「感じたこと」
 や「思ったこと」より、「感じたかったこと」、「思いたかったこと」を書こ
 うとしまいがちになる、という。きっと優等生であったから、学校では「書い
 てほしいこと」「こう思うべきだろう」という期待に応えようとしてきた癖が
 残っているという。もちろん、そういう考え方で書いた文章はたいていつまら
 なくなることもわかっている。といって、本音をつかまえておくのも難しくて、
 文章を書くときは「本当に思ってる?」と自分に問いただすことの繰り返し、
 といっている。
 
  難しいよね、本当に。文章を書くとき、「自分がどう思うか」より「どう思
 われたいか」を考えていることがあるもの。
「書くことは難しい、けれどやっぱり楽しい。自分どうしでかくれんぼしている
 みたいです」という大阿久さんの言葉がとてもいい。
 
  ああ、ぼくなんか、かくれんぼで隠れているうちに、すっかり忘れられてし
 まった子どもの気分になることがあるよ。
 
  フリーパーパーを発行することについて悩んでいることを書いているけれど、
 それは何かを表現するためにメディアを使っている人、たとえばCDなどを制作
 するミュージシャンにとって教えられることが多いと思う。
 
  大阿久さんは、たとえフリーペーパー「詩ぃちゃん」が見知らぬ多くの人た
 ちに読まれるようになっても、多数の人たちに向けて書かないようにしている。
 それは「詩ぃちゃん」が「詩」をテーマにしているからだ。詩は演説ではなく
 て、一人の詩人が一人一人に向かって書いたもの。けっして不特定多数を対象
 い書いたものではない。もし、不特定多数の人に向けた文章を書いてしまうと
 「詩」の存在を殺してしまうのではないかと危惧するからだ。
 
  それでも発行したい、と思うのは不特定多数に読んでほしいという気持ちが
 あるからだろう、と大阿久さんは悩む。発行したい気持ちとは、なんだろう。
 自己主張なのか?
 物ができることの達成感? 褒められたいから? 
 大阿久さんは、「ふたつのまったく別方向を向いている気持ち」に釈然としな
 い気持ちを抱いている。
 
  詩でも絵、写真、そして音楽でも、どんなものでも表現するときに、その表
 現はだれに向けたものなんだろう。自分のためならば、発表する必要はないも
 のね。でも作品をだれかに評価してもらいたい、多くの人に知ってもらいたい、
 という気持ちがあるからだ。
 
  ぼくも含めて多くの“売れない”ミュージシャンは、いつも
 「だれのために」歌っているのか考えている。
 
  『のどがかわいた』という本は、詩のことを書いているけれど、「詩の本」
 ではないと思う。もちろん「詩の入門書」ではない。
 
  どうしてこんなに、ぼくの心を揺さぶったのか、それは著者の大阿久佳乃さ
 んが詩、言葉と向き合うことで、考えたり悩んでいることを真摯に文章に書こ
 うとしているからだ。それは国会でしばしば使われる「真摯」とはまったく違
 う、ときにヒリヒリするような、血の通った言葉だ。


 ◎吉上恭太
 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。
 詳しくはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。
 翻訳絵本『あめのひ』『かぜのひ』は徳間書店からから、
 『ようこそ! ここはみんなのがっこうだよ』はすずき出版から出ています。
 
 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。
 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017
 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします!  
 
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
 ---------------------------------------------------------------------- 
  動物を飼うことはとても楽しいことです。しかしそれとともにその動物に対
 して最期まで面倒を見るという責任を負うことでもあります。この後者の面に
 特にスポットを当ててこの漫画は描かれています。
 
 『きみにかわれるまえに』,カレー沢薫,日本文芸社,2020
 
  ただそれだけでなく各話の主人公が抱えている葛藤―それは社会から背負わ
 されているものだったりするのです―が動物との暮らしによって浮き上がって
 くるというのも特徴といえるでしょう。
 
  例えば第5戒(第5回ではなく)「私たちはやることが多すぎて優先順位を間
 違えます」では、年老いた犬と飼い主の独身女性が登場します。
 
  彼女(茶川さん)は会社勤めをしているのですが、日々残業に追われる日々
 です。しかも計画的なものではなく、急に課長という名の人に仕事を振られる
 のですね。しかもその頼み方が「〜さんが子どもの用事でいないから」という
 感じの言い回しで。
 
  いやいや子育て中の従業員の穴埋めは課長が(会社が)考えてくださいよ。
 という話ではありますがひとの良い茶川さんは、これを毎度引き受けてしまい
 ます。そこには断ると角が立つからできれば断りたくないという気持ちもはた
 らいています。また独身の自分が子育て中の人の穴を埋めなければいけないと
 いう負い目のようなものも感じているようなのです。
 
  全然そんなこと気にしなくていいのに。本当は彼女は年老いた(率直に言え
 ば一緒にいられる時間は残り少ない)愛犬のシンタロウと一緒に過ごす時間を
 今は何よりも大切にしたいのに。
 
  私も経験がありますが年老いた動物はそれはそれでいとおしいものです。ち
 ょっとさびしい部分があることも確かですが、それでもできる範囲で生きてい
 こうとする動物の姿を見ていると、一緒に生きてきてよかったと思えます。世
 話が大変な時もありますけどねもちろん…。
 
  そんな日々を送る茶川さんでしたがいよいよシンタロウの具合が悪くなって
 いきます。独身なのでシンタロウをおいて仕事に行かざるをえません。最終的
 にはシンタロウは天寿を全うするわけですが、そのとき彼女がとった行動がこ
 の戒の「戒」たる所以といえるでしょう。(どうなったかは読んでのお楽しみと
 いうことで…)。
 
  思い起こされるのが、小説家の保坂和志が会社員だった頃、長年飼った犬が
 死んでしまい目を泣きはらしながら出社してきた同僚に「おまえ、なんで休ま
 なかったんだよ。犬が死んだんなら会社なんか休めよ」といったというエピソ
 ード(保坂和志,「いつまでも考える、ひたすら考える」,草思社,2013)です。
 
  ペットは家族なんて言葉は今や当たり前のように世間に広まっているように
 感じられるのですが、はたして本当に世の中でそう思われているのかは謎です。
 もちろん人と動物は違う。それを差し引いても、子どもの用事で早く帰るのと
 病気の動物が心配だから早く帰る、このふたつを並べてみた時後者はけっこう
 認められなかったりしそうな気がします。(一応書いておきますがどっちが重
 要かということではないですよ。)
 
  第14戒の主人公佐伯主任も老犬を飼う独身女性で、日々衰えていく愛犬の
 トムに寂しさを感じています。自らも含めて老いていくことにマイナスのイ
 メージを強く抱いています。本当はそんなに悲しまなくてもいいのに。若い
 方が価値があるという世間の物差しを実感させられます。自分では若さなん
 て関係ないと思っていても、やっぱり世の中は…みたいな諦観に落ち込むこ
 とはありがちかもしれません。
 
  ほかの「戒」にも「強い父親像」に引っ張られてか大事にしていた猫が死ん
 でしまったのに、悲しむのをこらえようとする男性もでてきます。別に男が
 飼い猫の死に際し泣いてもいいわけですが、なぜかこのお父さんは一人のと
 きでさえ(!)泣くことを潔しとしません。
 
  本書の中で著者が表立って、老いることはよくないことだとか、男はむや
 みに泣かないとか、世の中に漂うステレオタイプな人間像を批判しているわ
 けではありません。しかしそうした人間像を内面化することで悩んだり苦し
 んだりする主人公がしばしば登場することからも、それを批判的に描いてい
 るように感じます。動物との生活によってそういったことに気づかされると
 いうお話もあります。そうした点の描写が本書のひとつの柱となっているよ
 うに思います。
 
  もっともそれに限らず動物を飼うと、病気がちだったり言うこと聞かなか
 ったり、それにストレスを感じる自分にうんざりしたり、面倒を見るために
 行動が制限されたりと色々ブルーな精神に落ち込むことはあるものです。冒
 頭に書いた通り動物を飼うのは決して楽しいことばかりではありません。結
 婚したいなら犬は保健所に連れていけとかいう男はぶん殴るぐらいの覚悟が
 必要なのです。
 
  とまあちょっと厳しい感じの話になってきましたが、やっぱり動物ととも
 に生きるのはすばらしいことです。最終ページ3段目のコマはとりわけ最高
 ですね。動物との暮らしはバラ色の事ばっかりじゃないぜということを言っ
 ているのに、やっぱり動物との暮らしは素晴らしいと思わせてくれる素敵な
 漫画です。
    
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。
 
 -------------------------------------------------------------------
 ----------------------------------------------------------------------
 ■あとがき
  坪内祐三さんが亡くなって五か月経ちます。この度、本の雑誌社から
 『本の雑誌の坪内祐三』が刊行されます。
 「私は、『本の雑誌』からの原稿依頼は、基本的に、すべて引き受けること
 している(中略)。スタッフ・ライターという言葉があるけれど、雑誌は、ある
 筆者が繰り返し繰り返し何度もその雑誌に登場することによって、その
 雑誌のカラーやにおいが明確なものになって行く。(後略)」(P44)
 『本の雑誌』のスタッフ・ライターの一人と自負していらした坪内さんは、
 様々なテーマで寄稿されていて、どの膨大な内容は、出版史として大変
 興味深いです。中身が濃いのでなかなか読み進めないのですが、ひとつ
 ひとつ誠意をこめて書かれているのが伝わってきます。その早すぎる死を、
 改めて惜しまずにはいられません。 ほんとうに残念です。    畠中理恵子
 ----------------------------------------------------------------------
 ■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4066名の読者名の皆さんに配信して
 おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
 ■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
 ■ 今号のご意見・ご質問は
  15日号編集同人 「畠中理恵子」まで nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp 
 ■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
   なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わり
   ・5日号:aguni原口 hon@aguni.com
   ・15日号:畠中理恵子 nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp
   ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
   ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
 ■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
   事務局担当:aguni hon@aguni.com
 ■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
 ■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
 ■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
 ■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
 ---------------------------------------------------------------------
 
 

| バックナンバー | 08:55 | comments(0) | -
SEARCH
[本]のメルマガ
哲学・思想・社会などの人文書や、小説や詩など芸術の最前線、書籍の出版流通、電子出版などの「本」の現在を気鋭の出版社員、書店員が伝える、まさに[本]のメルマガです。
発行周期発行周期:月3回
バックナンバーバックナンバー:すべて公開
マガジンIDマガジンID:0000013315

メールアドレス:

メールアドレス:
Powered by まぐまぐ
※読者登録は無料です

コーチ募集(コーチングバンク) 無料 コーチング カーディーラー経営品質向上 CSR コンプライアンス 経営倫理 実践研究 BERC フリーラーニング
LATEST ENTRY
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
CALENDAR
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< September 2020 >>
ARCHIVES
LINKS