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[書評]のメルマガ vol.654

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■■ [書評]のメルマガ                 2018.5.20.発行
■■                              vol.654
■■ mailmagazine of book reviews  [あの長さじゃないとダメなの? 号]
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■コンテンツ
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★「トピックス」
→ トピックス募集中です

★「音楽本専門書評 BOOK’N’ROLL」/おかじまたか佳
→ 『クラシック音楽は「ミステリー」である』

★「目につく本を読んでみる」/朝日山
→ 『中国抗日ドラマ読本』岩田宇伯 パブリブ

★「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
→ 孤独について数冊読んで考えました

★【募集中】献本読者書評のコーナー
→ 献本お待ちしています!

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■音楽本専門書評「BOOK'N'ROLL」/おかじまたか佳
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#95『クラシック音楽は「ミステリー」である』

 佐村河内守の『交響曲第1番HIROSHIMA』が、現代には珍しい「調」のある
クラシック音楽だったこと。
 そして、「そんな作品が書けて、実際に演奏されるかもしれない」という期
待に動かされて、新垣隆がゴーストライターを引き受けてしまったこと。

 前回はそんな話を紹介したが、だとすれば、少なくとも新垣隆は「調」のあ
る交響曲を書きたかった、ということになる。
 つまり、現代音楽が「無調」全盛になったのは、聴衆が求めなくなったから
であって、作曲家側は「古臭くても、やっぱり調のある音楽がいいよね」と思
っている、ということになる。
 少なくとも、一人は。

 いや、実際には、さらにもう一人、そういう作曲家がいる。それが今回取り
上げる『クラシック音楽は「ミステリー」である』の著者、吉松隆だ。

 吉松は音楽大学で作曲を学んだ経験がなく、慶應大学工学部中退。音楽アカ
デミズムとは無縁の場所から現れたせいか、「調」を捨てたいわゆる現代音楽
が、どんどん「非音楽的」になっていく傾向に異を唱え、メロディの復権を掲
げて、「現代音楽撲滅運動」や「世紀末叙情主義」を標榜した。

 デビュー作は『朱鷺によせる哀歌』。近年では大河ドラマ『平清盛』でお茶
の間進出。まー、お茶の間というのも死語ですが笑。
 ともあれ、吉松隆は20回以上作曲コンテストに応募しては落ちることを繰り
返し、自力でここまで到達したという。佐村河内に頼らず、新垣隆も自力で頑
張って「調」のあるシンフォニーを書けばよかったのに……と、これは他人事
ゆえの無責任な感想です。
 で、いま気づきましたが、二人とも「隆」なんだなー。

 さて、そんな吉松隆だが、文筆家としても旺盛な活動をしており、ウィキで
は12冊の著作が上がっている。
 その中の一冊を、今回は取り上げたい。

 本書はもともとブログ「月刊 クラシック音楽探偵事務所」の一部を書籍化
したもの。
 自身の「はじめに」に於ける定義では、「この本は、音楽の中にひそんでい
るそんな「暗号」や「謎」を深読みする(ちょっと怪しい)ミステリーであり、
音楽の世界の「裏側」に踏み込む冒険譚」ということになる。

 全体は5章からなっている。

 第1章は、「バッハと五線譜の中の「暗号」」

 正直言って、この部分を読んだ時はがっかりした。
 既に知っている話だったこともあるが、大して推理するほどのこともない、
ごく単純な「暗号」だからである。

 音の名前として知られるドレミは、もともとラテン語で、それがイタリア語
に転訛した。
 日本の音楽教育のダメなところは、音の名前としてはドレミを採用しながら、
調を示す時には「ハ長調」とか「イ短調」と日本語を使うところだ。
 ドとハが、実は同じ意味――つまり、同じ音の高さを表すことに、ぼくは随
分長い間気づかなった。
 しかも中学生になってギターを弾き始めると、CだのAmだのといった英語が
登場する。
 実はこれ、和音の名前ではあるが、アルファベット自体は音の高さを表して
いる。
 つまり、ド(伊)=ハ(日)=C(英)という関係なのだ。
 Mare(伊)=海(日)=sea(英)と同じことである。
 これを先に言っといてくれればよかったのに。
 ひょっとすると、授業では言っていたのに、ぼくが聞いてなかっただけなの
かもしれないけど。
 ちなみに、イタリア語はドから始まるが、日本語と英語はラに当たるイ、A
から始まる。これも混乱のもとだ。

 それはさておき、この章で取り上げられる楽聖バッハが住むドイツ語圏でも、
英語と同じように、音の名前はアルファベットで表すのだ。ただ、英語ではシ
=Bなのだが、ドイツ語ではシ=H(ハーと読む)、B=シ♭なのが、またやや
こしい。

 とはいえ、要は音の名前がアルファベットで書ける、ということだけご理解
いただければ、この場はいい。
 すると当然、楽譜にある音符を、アルファベットに置き換えて、意味のある
単語にすることが可能であることはおわかりいただけるだろう。
 これを本書では「暗号」と読んでいるのである。
 だから、これを解くのはまったく簡単だ。ドはC、レはD、ミはEと置き換え
てやればいいだけなのだから。

 しかし、使えるアルファベットがAからHまでと少ないので、長い文章は無理。
結局「暗号」と言ったところで、バッハも自分の名前「BACH」=「シ♭・ラ・
ド・シ」というメロディを曲の最後に入れる程度のことしかしていない。
 著者はこれを、画家が絵に記すサインに当たるものとしているが、だからと
いって何かが伝わるわけでもない。
 ただ、未完に終わった遺作「3つの主題によるフーガ」の、一番最後にこの
BACH=シ♭・ラ・ド・シのメロディが出てくるのが、ちょっと面白い。バッハ
ほどの大作曲家が、生涯の最後になって、やっと自分のサインを入れてもいい
と思うほどの曲が出来た、という意味なのだろうか。

 いや、未完に終わっているからには、まだその先があるべきだが、自分には
ここまでが限界だ、後は後世に託す、という意味にも取れる。
 確かにちょっと深読みしてみたくはなるにせよ、ただ、さほどの感銘は受け
なかった。

 ところが、第2章「ショスタコーヴィチ、二重人格の「ファウスト」」にな
ると、俄然面白くなってくる。

 ショスタコーヴィチは、ソ連という国と歩みを同じくした作曲家だ。若くし
て天才と呼ばれたが、時はスターリンによる恐怖政治の時代。すべての芸術は
社会主義リアリズムに奉仕しなければならないとされ、この方針に背いてスタ
ーリンの不興を買えば、死刑もシベリア流刑も、普通に有り得た時代なのだ。

 そんな中で作曲家生活を送ったショスタコーヴィチの鬱屈が、彼を二重人格
に追い込んだ、というのが著者の推理。

 しかも、第10交響曲がリストの「ファウスト」を下敷きにしているところか
ら、自らをファウストに、スターリンを悪魔メフィストになぞらえているので
はないか、と考え、ならばファウストを救う恋人グレートヒェンは誰なのか、
あれこれと推理を繰り広げる。

 さらに面白いのは、第3章「モーツァルト、「ドン・ジョバンニ」殺人事件」
である。

 この有名なオペラは、色事師ドン・ジョバンニが、騎士長の娘にちょっかい
を出し、その結果騎士長と決闘になって殺してしまうところから始まり、さら
に懲りずに今度は村の娘にちょっかいを出してその恋人を敵に回し、正妻には
ストーカーされ、最後は騎士長の亡霊によって地獄へ連れて行かれてしまう、
という話。

 このファンタジーを著者はリアリズムで解釈し、登場人物の誰かがトリック
によって「騎士長の亡霊に地獄へ連れて行かれた」かのように見せかけた、と
考えるのである。
 実際、ドン・ジョバンニの最期を目撃したのは、その忠実な従者ただ一人で
あり、この解釈はあながち無理ではない。たった一人を騙せればいいのだから。

 となると、騎士長の亡霊などというものは存在せず、ドン・ジョバンニは生
きている人間の手によって、殺されたか、拉致されたということになる。
 はたして、その犯人は誰か。

 この章を読んでみるとわかるが、著者は相当なミステリー・マニアでもある
ようだ。
 途中には、銀田一耕助、明智小二郎、御手洗きよし、荒川コナンと、名前を
見ているだけで嬉しくなってしまう名探偵のパロディたちが、喧々囂々の推理
合戦を繰り広げるシーンがあり、それぞれの仮説がアンソニー・バウチャーの
『毒入りチョコレート殺人事件』のように、よく練られているのだ。

 しかも、それらの諸説を凌駕する、驚愕の真相が用意されているところも、
バウチャーの名作を彷彿とさせる。

 さらに、第4章「作曲家たちの「犯罪捜査」風プロファイリング」では、様
々な作曲家のバイオグラフィーから性格を分析。実は作曲家のプロファイルっ
て、連続殺人鬼のそれに似ている、という空恐ろしい事実を指摘する。

 最後の第5章「プッチーニ「トゥーランドット」の謎」では、イタリアの作
曲家が、行ったこともない中国の、それも古代王朝を舞台に描いたオペラの、
あれ、これおかしくない?な点をいくつもあぶり出し、その背景を探っている
のである。

 ところで、ぼくにも、昔からクラシックに関する解けない謎がある。

 中学の時、友達がビゼーの『カルメン』を評して、「これが3分にまとめら
れたら天才なんだがなー」と言っていた。
 まあそれは極論だとしても、クラシック音楽はなんであんなに長いんだろう、
と言うのが長年の疑問なのである。
 室内楽なんかで短いものもあるけど、一般に
「長っ!」
 というのがクラシックに対する印象だ。あんなに長いと、飽きちゃうよね、
実際。

 もっとも、ベートーベンの交響曲は、暗い冒頭(例えば『運命』のハ短調)
が、紆余曲折を経て明るい終結部(ハ長調)に到達するから感動するのであっ
て、それを3分に凝縮したら、大河小説のダイジェストみたいなもので、内容
はわかるけど感動はしない、と言われると、まあそうかな、とは思うのだが。

 でも、やっぱり長いよなー。
 どうしても、あの長さじゃないとダメなの?


吉松隆
『クラシック音楽は「ミステリー」である』
2009年12月20日 第一刷発行
講談社+α新書

おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン
再就職活動に備えて、会社に入ってからこれまでのキャリアを振り返る作業を
のんびりやっています。思い出に浸りつつ、結局これまでにどんなスキルを積
み上げてきたのか確かめてみるのも、初めての経験にして一興です。

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■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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『中国抗日ドラマ読本』岩田宇伯 パブリブ

 4月10日の発売以来、日本よりも中国で話題になり、彼の地で大論争を引き
起こしている本である。

 ほとんどオールカラーでコストがかかってる。モノクロはアニメの紹介のあ
たりだけだが、なぜここだけモノクロなのかは謎である。「時代背景完全無視
!反日プロパガンダどころか、もはやギャグ」という帯の文句から、内容は想
像できよう。

 内容はタイトル通り、中国で製作されている抗日ドラマの解説本で、21作品
が紹介され、あらすじと人物相関図をつけた後に、ドラマシーンの写真付きで
解説という名の突っ込みが入っている。抗日ドラマだから共産党員が主人公の
作品ばかりなのかと最初は思っていたが、そうでもない。

 大げさな脚色で日本兵士をばたばた倒していく中国版水戸黄門みたいな共産
党英雄の話かと思っていたら、それも違う。

 いや、大げさにあり得ないことをやっていて、あるいは何も考えずにイケイ
ケと撮影しているように見えて、それが笑いを誘うのは間違いないのだが、単
なる宣伝映画以上に大まじめにエンタテイメントを作っているように思えた。
たとえば、読む前は日本人が一方的に、一面的な悪者に描かれていると思って
いたが必ずしもそうではない。意外とバラエティがある。

 日本軍に美人の女性将校や学ラン姿の忍者部隊がいたり、カンフー使いの抗
日英雄や「北斗の拳」のケンシロウみたいな、触れただけで相手を殺すキャラ
がいたりする。作中の80年間、顔が変わらない人もいたりする。そう書けば確
かに笑える。「吉岡ダンス」とか、実際見たら笑いが止まらなくて苦労するの
ではないか?

 作品内に登場するモノも面白い。1930〜40年代を描いている映画の主人公の
乗っているバギーにデジタルメーターがあったり、戦前が舞台なのに懐中時計
がクオーツだったりする。ここまで来ると、もはやネタとしてウケを狙って作
っているんじゃないかと疑うレベルだ。

 で、「ほう、中国人というのはそんな拙劣なドラマを見て満足していたのか
w」と、中国人を馬鹿にするネタが出来たと思った人は、認識不足だ。だって
考えてみて欲しい。日本人を馬鹿にするつもりなら、日本軍の女性将校の配役
に美女を持ってくるはずがない。ばかげたドラマかも知れないが、意外と真面
目に作っているように思えた。

 本の中にも書いてあるが、中国の映画作りのテクニカルの水準は決して低く
ない。中国の映画技術はもともと戦前にあった満映(満州映画協会)が源流と
なっていて、これまで多くの秀作を作ってきた歴史がある。香港映画のノウハ
ウも当然入ってきているだろう。

 最近日本で話題になった中国映画としては「空海 KU-KAI 美しき王妃の謎」
があるが、これを拙劣な映画と言う人はいないはず。言い換えれば、レベルが
低いから、こういうドラマを作っているわけでは、決してない。

 実際、抗日映画の製作現場では外国人スタッフを使っていることもあるし、
ハリウッド帰りの韓国人スタッフが戦争シーンを作っていたりする。大量のエ
キストラを使える優位性もあるし、日本よりも優れた部分も少なくないそうだ。

 そして無視できないのが中国共産党の意向だ。抗日ドラマは基本中国共産党
の意向に沿って作られるが、そうした中で中国の映画人は真剣に自分の作品を
撮ろうとしていると見るべきだろう。

 たとえば日本でも現代劇でやれば、どことは言わないが猛烈に批判してくる
組織や市民が出てくるのが容易に想像できるテーマがある。そういうテーマを
描くのに現代の代わりに江戸時代の設定にしたり、SFにして300万光年向こ
うの惑星の話にするとかして非難を回避するテクニックは多くの人が知ってい
る。

 同じことが、抗日映画という舞台を設定して、中国でも行われているのでは
ないか?

 そんなことを思うのは、コラム扱いになっている抗日ドラマに出てくる日本
人俳優のインタビューを読んだからだ。彼らが見ている映画づくりの現場は、
「中国共産党の意向に沿った作品しか作れない」といった嘆きが聞こえる無気
力な現場ではないし、日本よりも厳しい基準でドラマを作っていることがうか
がえる。

 日本人俳優が媚びて「日本悪い」と言っておれば人気が出たり、生き残れた
りするほど甘い世界じゃない。演技力があるのが前提だろうが、日本人として
誇りを持っている人でないと、観客もこついはダメな俳優だと見抜く。中国人
の目は節穴ではないのだ。

 そう考えると、次のような仮説が生まれる。私は映画作りなどしたことがな
いのでよくわからないが、日本で実際に映画を作る人が見たら、むしろ日本に
はない制限のかかった製作環境の中で、彼らはこんな風に頑張っているのか・
・・日本の映画作りのプロたちは、そんなことを考えるのではないか?

 この本は、一種のお笑いとして売れるのだろうし、それはそれでいいのだけ
ども、日本の、あるいはハリウッドで働くプロの映画人、ドラマ人たちはどん
な評価をするのだろうか? 普通書評を書く人は、自分の評が一番的確だと思
って書くと思うが、この本に限ってはプロのドラマ制作者とか映画人の書評を
読みたくなる。

 内容も珍しいが、人の書評が読みたくなる本というのも、また珍しい。


(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)

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■「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
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孤独について数冊読んで考えました

 最近、「孤独」とタイトルがついた本が多くありませんか?
 揃ってまあまあの売れ行き…ということは、これからもまた柳の下を狙って
ぞろぞろと出ることでしょう。

 立ち読み、買って読み、借りて読みした中で、わかったことは孤独本は傾向
が3つぐらいに分かれるということです。

 1つめが、「孤独はいいもんだぜ」のエッセイ本です。

 一番売れている下重暁子『極上の孤独』、五木寛之『孤独のすすめ』がこの
代表。
 犖鋲箸老なものと思われがちだが、ほんとうはすばらしいもの瓩箸い趣
旨で、それ以上でもそれ以下でもありません。
 『孤独のすすめ』(それにしても、まんまなタイトルやなあ。五木先生だと
このタイトルでいいんですね。また、またタイトルはひねらないほうがいいと
いう典型かも。勉強になります)には、「私は歳を重ねるほど、人間は孤独だ
からこそ豊かに生きられると実感する気持ちがつよくなってきました」とあり
ます。
 孤独だからこそ豊かに生きられる……ふふふ。いや失礼しました。

 以下、青春、朱夏、白秋、玄冬の話や、下山の景色、学生期から遊行期の話
と、五木先生の総まとめ的なお話が続いていて、ものすごい安定感です。
 年を重ねると耳新しいことを聞くのはつらいですね。おとぎ話のようなこれ
まで聞いてきたことをもう一度聞くのが安らぐので、しばし孤独を忘れること
ができるでしょう。

 下重さんの著書もこれと同じだと思います。
 しかし、ほんとうに孤独な人、孤独に悩む人の気持はこれでは癒されません。
孤独エッセイには、人から離れてあえて一人になって自分を見つめるカッコイ
イ自分に酔ってる感があり、孤独なオレを見て見てという自己主張が感じられ
ます。

 孤独と孤立は違うと言われます。
 社会の中で孤立している人を救いになるという観点が見当たらないのがこれ
らの本の特徴と言えます。

◎ひとりではなくソロ?

 「孤独」という言葉は「おひとりさま」「ひとりぼっち」(若い世代的に言
うと「ぼっち」)、など時代時代で新しい言葉を派生させてきました。
 「おひとりさま」にはシングル女性の自虐と同時に矜持が感じられ、「ぼっ
ち」には集団から浮く存在へのからかいや恐れが含まれています。

 最近、気になったのが「ソロ」という言葉です。

 これまでとどう違うのか、『ひとりぼっちこそが最強の生存戦略である』
(名越康文著)を読んでみました。
 タイトルは「ひとりぼっち」とありますが、大事なのは一人の時間=ソロタ
イムであると書かれています。

 群れの中で空気を読んだり忖度していると疲れるので、そんなときは1人に
なって自分を見つめなおして疲労を回復しましょうという趣旨です。
 孤独な人がどうしたらいいのかではなく、現役でバリバリやっている人をあ
えて孤独にして癒し、休息させる感じです。
 そのためには呼吸法とか大きな木に抱き着くなどが効果的と、今、流行のマ
インドフルネス的な話が盛り込まれています。
 一方で、「1つの習慣を身につけるには2週間本気を出さないといけない」
とか上昇志向と裏腹なところがおもしろいですね。

 この本を読んで、アメリカのIT関係者とかが禅の思想とか、マインドフル
ネスに注目している理由がなにかがなんとなくわかった気がしました。
 まあ、ホントに疲れているのだとは思うけれど本来の老荘思想を源流とする
東洋的な考え方ではなく、また再び戦うための疲労回復療法として「孤独」と
か「ソロタイム」を位置付けているんじゃないかと思いました。

◎孤独を社会問題ととらえる

 孤独と孤立とは違うとさきほど述べました。

 これだけ人がいるのに、だれからも関心を持たれない孤立は、やはり社会で
解決していかなければいけない問題だと指摘しているのが『超ソロ社会 独身
大国・日本の衝撃』(荒川和久著)です。

 本文250ページに及ぶ力作で、2035年には人口の半数が独身になる日本の現
状を述べ、家族や社会がどのように変化するかを考察しています。
 結婚や血縁による家族ではない、新しい家族を構築することへの期待や、独
身者が支えるマーケットの可能性についてなどが書かれていておもしろいです。

 今回、時間切れで読めなかったのですが、『男の孤独死』(長尾和宏著)と
いう本でも、孤独を扱っていて、これはリアルな医療現場から発言されていま
す。

 「孤独」は文学や哲学の範疇に含まれると思っていましたが、そうなると社
会学や医療問題まで、(介護も含まれるので政治問題にもなる)幅広いジャン
ルを巻き込む壮大なテーマだということだということがわかりました。


大友舞子(おおとも・まいこ)
昭和20年代生まれのフリー編集&ライター。関東生まれで関西在住。

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。
・『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』(エディット・パルク)
  http://web.kyoto-inet.or.jp/people/cogito/%8Fo%94%C5%88%C4%93%E0/%8Ex%82%A6%8D%87%82%A2%81E%8Aw%82%D1%8D%87%82%A2.html

・『追憶 下弦の月』(パレードブックス)
  http://books.parade.co.jp/category/genre02/978-4-434-23989-2.html

・『元アイドルのAVギャル瀬名あゆむ、アイドルプロデューサーになる』
 (コアマガジン)
 http://www.coremagazine.co.jp/book/coreshinsho_024.html

 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

・希望の書籍名:
・送付先ご住所・名前:
・筆名(あれば):
・書評アップ先の媒体予定:
・コメント:

 をご記入の上、下記までメールください。

 表題【読者書評参加希望】
 info@shohyoumaga.net

 皆さんのご応募、お待ちしております。

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 このコーナーの仕組みはとてもカンタンです。

1)まず、出版社の皆様より、献本を募ります。冊数は何冊でもOKです。下記
 まで御自由にお送り下さい。(著者の皆様からの直接の献本はご遠慮くださ
 い。かならず出版社からの献本をお願い致します。)

 〒142-0041 東京都品川区戸越5-4-3 アズ品川ビル4階
       ビズナレッジ株式会社内 [書評]のメルマガ 献本 係

2)このメルマガ上で、その本を読んで、書評を書きたいという方を募集します。
 先着ではなく、文章執筆実績と熱意優先で選ばせていただきます。(過去に
 執筆された文章などございましたら、合わせて御連絡ください。)

3)発行委員会はいただいたメールの中から、ピックアップし、献本いただいた
 本を送付します。(残念ながら提供いただいた冊数に応募数が満たない場合
 には、60日後に古本屋に売却します。)

4)ちなみにここでいう書評というのは、当メルマガに掲載する記事ではありま
 せん。送付先御本人分のブログ、あるいはアマゾンや楽天などのオンライン
 書店でも結構ですし、ブクログなど、専用のサイトでも構いません。つまり
 は当メルマガではないどこかリンクのできる外部に書評をアップお願いしま
 す。(あまりにも短いものは書評とは呼べませんので、文字数の条件を設け
 ました。書評は500字以上でお願い致します。)

5)献本を受け取った方は、1ヵ月後のメルマガ発行日までに、どこかに書評を
 掲載し、そのURLを発行委員会に送付します。(もし、本を受け取りなが
 ら期日までに書評を書かない場合には、以降、送付は致しません。

6)ちょうど一ヵ月後のメルマガにて、書いていただいた書評のURLを紹介さ
 せていただきます。期日に間に合わない、あるいは書けないという場合、送
 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

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■あとがき
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 さすがに5月もこの時期になると、初夏っぽい季節を感じますね。このまま
梅雨無しに夏がいいなぁ。(あ)

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 や中央アジアを中心とする関係各国への影響から、EU等の経済圏との比較ま
 で、グローバルな視点から解説。「一帯一路」解説本の決定版!
 
【連載】………………………………………………………………………………

 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 第53回「著作権法を巡る話題」

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 第107回 旅する本屋

 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → ダムの歩き方!ダム愛好家が増えている?
  
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 ■トピックス
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 三つのイベントをご紹介します。
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 ■「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人
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 第53回「著作権法を巡る話題」
 
 こんにちは。ゴールデンウィークはみなさまいかがお過ごしだったでしょうか。
 わたしは,前半はとある原稿執筆に専念し(しかも書き上がってません),後
 半は後期高齢者のお世話であちらこちらに出かけてきました。某所でいただい
 たジンギスカン鍋は美味でした。
 
 さて4月は,著作権を巡る動きがいくつもありました。その最たるものは著作
 権法の改正(1)で,4月17日には衆議院を通過し,参議院で審議入りするはずが,
 国会空転のあおりを被って,ようやく最近実質的な審議に入ったところです。
 この稿を執筆している時点ではまだ成立しておらず,改正点に関してある程度
 の見通しはあるものの,あまり先走るのもナニですから,今回は今次改正につ
 いては触れるのを控えます。
 
 さて,2018年4月13日に知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議が「インターネ
 ット上の海賊版サイトに対する緊急対策」を決定しました(2)。これはいわゆ
 る「海賊版サイト」対策として,「漫画村」など3つのサイトを指定してブロ
 ッキング(遮断)することを,刑法が定める「緊急避難」措置と解釈し,ブロ
 ッキングの実施をISP等に暗に要請したものです。これを受けて4月23日には
 NTTグループがブロッキングを実施したました(3)。
 
 日本国内ではこれまでいわゆる「児童ポルノ」に限定して,これも「緊急避
 難」としてブロッキングが実施されてきたものでしたが,同時にブロッキング
 の根拠となる「法制度の整備に向けて検討する」と謳っているとは言え,今回
 のブロッキングに至る経緯とその決定の内容を見るにつけ,あまりに拙速であ
 り,なおかつ「著作権」が時の為政者の都合で何事かをなす際の「錦の御旗」
 として機能してしまったことを,我々は憂えなければならないのではないかと
 愚考しますが如何でしょうか(4)。
 
 特に,今回のブロッキングを歓迎している大手出版社の関係者は,自分で自分
 の存立基盤を突き崩していることに思いが至らないのかなあ,と嘆息しきりで
 す(5)。マンガのビジネスモデルが大正年間より続いてきた「円本モデル」か
 ら電子書籍への移行の過渡期にありビジネスモデルとして盤石の地盤を築いて
 いるとは言い難いものの,「緊急避難」を謳う今回のブロッキングがISP利用
 者の「通信の自由」を侵害していることは明らかであり(6),大手出版社が
 ロビイングで獲得したのであろう「緊急避難」が他のケースに濫用され思想信
 条の自由を侵害することはない,と言い切れるのでしょうか。
 
 たまたま2018年4月には九州大学附属図書館の蔵書がいわゆる「自炊」のため
 破壊された状態で発見されるという事件が起きています(7)。これは,「電子
 書籍の未普及が招いた悲劇」でも「研究熱心さが招いた暴走」でも何でもな
 く,社会の秩序を維持するための法制度への挑戦であり,このような行為を図
 書館関係者は厳しく指弾しなければなりません。わたしが図書館関係者の端く
 れとしてこの件に「教育的指導」などと甘いことを言いたくないのは,この蔵
 書毀損事件から漫画村の件までが,著作権と社会秩序もしくは社会倫理にかか
 わる地続きの事件だと踏んでいるからです。著作権を保護しなければならない
 のはもちろんのことですが,だからといって著作権を錦の御旗にして棍棒よろ
 しく振り回し,必要な法整備なきまま「通信の自由」に踏み込もうとする国家
 権力による著作権の保護を求める,出版業界における権力との距離感の欠如と
 いうところまでを,著作権法制度の運用,さらには著作権教育の一連の問題と
 して提起する必要があると思うのです。
 
 これは大学図書館のみならず,広く図書館業界,関係者において著作権法制度
 の理解と的確な運用がこれまで以上に求めらる社会状況にあると思うのですが,
 それにもかかわらず図書館業界内における今回のブロッキングをめぐる議論は
 低調に見え,蔵書毀損事件が「電子書籍の未普及」に話がすり替えられている
 ように見えるのが残念です。
 
 では,また次回。
 
 注記:
 (1) 著作権法の一部を改正する法律案(概要)
     http://www.mext.go.jp/b_menu/houan/an/detail/__icsFiles
                               /afieldfile/2018/02/23/1401718_001.pdf
 
 (2)インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策
     https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/honpen.pdf
 
 (3)海賊版サイト、NTTが接続遮断へ 
                                  政府要請受け初実施:朝日新聞デジタル
     https://www.asahi.com/articles/ASL4R4Q81L4RULFA01G.html
 
 (4)社説 サイト遮断 NTTの説明が聞きたい | 信濃毎日新聞[信毎web] 
     http://www.shinmai.co.jp/news/nagano
                                   /20180425/KT180424ETI090007000.php
 
 (5)出版業界はブロッキング問題で岐路に立っている ≪ マガジン航 
     https://magazine-k.jp/2018/05/01/editors-note-32/
 
 (6)政府の海賊版サイト対策「あまりにも早急で杜撰」、「漫画村」
                        「Anitube」「Miomio」遮断へ - 弁護士ドットコム 
     https://www.bengo4.com/internet/n_7717/
 
 (7)ゴミ袋から九大図書館の蔵書78冊 背表紙だけの本も:朝日新聞デジタル 
     https://www.asahi.com/articles/ASL4N63PVL4NTIPE038.html
     専門性から発覚…九大院生、大学図書館の本盗んだ疑い
                                                   :朝日新聞デジタル 
     https://www.asahi.com/articles/ASL4T3H7VL4TTIPE00P.html

 ◎停雲荘主人
 大学図書館の中の人。南東北在住。好きな音楽は交響曲。座右の銘は「行蔵は
 我に存す,毀誉は他人の主張,我に与らず我に関せずと存候。」(勝海舟)。 
 
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 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
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 第107回 旅する本屋

 
  4月29日(日)に行われた不忍ブックストリートの一箱古本市は、お天気にも
 恵まれて、盛況のうち、無事に終わりました。それにしても通算20回というのは、
 すごいなあ、と思う。すでに歴史っていう感じがする。ぼくは、助っ人という形で
 ほとんど参加しているけれど、
飽きることがない。さすがに歳のせいか、全部の
 スポットをまわると疲労困憊になってしまうけれど。時間が足りなくてゆっくり箱
 の中の本を見ることが出来なくても、全部の箱を見たくなってしまう。

 
 一年に一度、一箱古本市でしか会えない人もいる。職業もどんなバックグラウ
 ンドを持っているかも知らない、でも顔合わせで久しぶりに会うと、気持ちが通
 じ合うような気がする。一箱古本市が、そして本が結んでくれた縁だろう。

 
 本というのは不思議な力を持っているようだ。

 
 そんなことを思いを強くしたのは『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』
 (内田洋子著 方丈社)を読んだからだ。読みながら「ヘーっ」とか「「ホーッ」と
 か
 声をだして何度も驚き、感嘆のため息をついた。著者の内田洋子がヴェネツィア
 の古書店で「何世紀にもわたり、本の行商で生計を立ててきた村がある」ことを
 知ったことからこの猊垰弋弔世本当瓩諒語が始まる。籠いっぱいの本を担
 いでイタリア中を旅した行商人がいて、そのおかげで各地に書店が生まれ、「読
 むということ」が広まったというなんてこと、本当にあったんだ。

 
 著者が訪れたヴェネツィアの古書店がとても良い。路地の奥にひっそりと開いて
 いる古書店。店主と親しくなり、修行先を尋ねると「代々、本の行商人でしたの
 で」と答える。なんでもトスカーナ州のモンテレッジォという山村から、すべてが始
 まったという。


 多分、本好き、古書店好きな人ならば、「はじめに」を読んだだけで、この本の虜
 になるだろう。ぼくも書店で立ち読みをして、すぐにレジに持っていった。古書店
 のちょっと暗い店内が頭に浮かび、古い本の匂いがしてくるようだった。

 
 イタリア生活が長い著者も知らなかった山奥の小さな村モンテレッジォ。ネットで
 検索してもそれほどの情報が現れない村、山奥の辺鄙な場所にあり、これとい
 った観光資源もない小さな村だ。農繁期の夏から収穫期の秋にかけて、イタリア
 各地では祭りが行われる。モンテレッジオの収穫祭は、ワインでもソーセージで
 も、きのこでもなく、本なのだという。本を祀って踊る祭りがあるなんて!
 と著者でなくても興味がわいてくる。そして「行ってみることですね」と古本屋の
 老店主の一言に押されて出かけることになる。知らない世界への旅の予感。胸
 がわくわくしてくる。ノンフィクションなのだが、ファンタジーを読んでいるようだっ
 た。著者といっしょに冒険の旅に出かける気分。こんなにわくわくさせる本に出
 会ったのは久しぶりだ。

 
 どうしてモンテレッジォという村が本と深く結びついていくのか、村を訪ね、数少な
 い村の人たちに話を聞きながら、疑問を解いていく。大飢饉、ナポレオン、小さな
 村がイタリアの中世の歴史とどのように関わってきたか、そしてなぜ村人が籠い
 っぱいの本を売る旅に出るようなになったのか。それは壮大なドラマだった。

 
 ナポレオンの時代、本は、高価で一般人には手に入らなかった。モンテレッジォ
 の行商人は、小さな出版社から売れ残りや猝あり瓩遼椶鮹闇阿暴犬瓩毒笋
 に歩いた。当時、知識欲は旺盛でも、経済的にまだ余裕がなかった人々は本の
 行商人が来るのを心待ちにしていたという。
 オーストリアに支配されていた時
 代には、禁書を運んだこともあったという。注文を受けて、こっそりと届けたこと
 もあったという。文化の密売人だったのだ。 
 
 ファシスト政権下、憲兵たちが禁書の検閲に来たときには、こっそりとポルノ本
 を売った。憲兵が来ると「ご本尊様が入荷してます」と耳打ちした。憲兵は禁書
 の検閲に来ては、実際には「ご本尊様」を持ち帰った。「禁書取りが禁書買い」
 になったわけだ。

 
 小さな、貧しい村はこうやって本を愛して、本を愛する人のためにきびしい歴史
 の試練を知恵を使って生き延びてきた。そしてモンテレッジォの村人たちは「本
 があるから生きてこられた」と、本への感謝祭を開いた。それがイタリアのもっ
 とも由緒ある文学賞のひとつである『露店商賞』で、1953年最初の受賞者は
 ヘミングウェイだった。この賞は、文芸評論家も記者も出版社も加わらず、本屋
 だけで決定する文学賞だ。日本の「本屋大賞」の原点はモンテレッジォにあっ
 たわけだ。

 
 日本では、書店にとって苦しい状況が続いている。ぼくが若い頃から通ってい
 た青山ブックセンター六本木店が6月に閉店するというショッキングなニュース
 が流れた。東京でも書店が商売として成り立たない時代が来ているのだろう
 か?
 
 
 読み終えたあと、この本を熱心に勧めていた小さな書店の若い店主の顔や、
 近所にある、小さな書店の素敵な棚を思い浮かべた。ここにだってモンテレッ
 ジォの村人たちの誇りを持った書店があるのだ。

 
 ◎吉上恭太

 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。詳し

 くはトマソン社のサイトを見てください。
 http://tomasonsha.com/ 。

 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。

 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017

 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします! 
 
  
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 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
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  海外旅行に必須のガイドブックといえばダイヤモンド社『地球の歩き方』シ
 リーズが有名ですが、今回そのラインナップに新たな一冊が加わることになり
 ました。
 
 『ダムの歩き方』、萩原雅紀監修、ダイヤモンド社、2018
 
  「はじめてのダム旅入門ガイド」と銘うたれております。ついに地球の歩き
 方編集部もダムマニアの毒気にやられ…、もとい感化されたのですね。喜ばし
 い限りです。やっぱりダムは現物を見て楽しむのが一番ですから。ダム見学っ
 てハードルが高そうと思ってる方にお薦めです。
 
  第1章ではダムマニアがプランニングする選りすぐりのモデルプランが18も
 あります。プランに従って車を走らせれば、特に見ておくべきダムを効率よく
 回ることができます。対象の地域は北海道から九州までありますので、色々な
 地域の人に参考にしてもらえるのではないでしょうか。
 
  第2章は日本中のダムから厳選した100のダムを紹介しています。前章では触
 れられなかった特徴あるダムもこちらに載っていますので、あわせて回れば楽
 しさ倍増間違いなしです。
 
  もちろん旅の楽しみはダム見学のみにあらず。ダムカレーを食したり、ダム
 カードを集めたりの他にも温泉等の観光情報もしっかり記載されています。美
 味しい食事の情報もしっかり載っていますが、ところどころ食糧調達困難の注
 意書きもあるので気をつけましょう。
 
  しかし、ダムに行ってみたいけどどこをどう見ればいいのかよくわからない
 という方も多いはず。でもモデルプランにはそれぞれテーマがありますので、
 注目ポイントも自ずと浮かび上がってきます。
 
  たとえば「神戸ダム三兄弟を訪ねる」プランでは主役は千苅ダム・立ヶ畑ダ
 ム・布引五本松ダム(の三兄弟)が主役です。やっぱり神戸に行ったらこの三
 箇所ははずせませんね。(とか言いつつも私は立ヶ畑ダムしか行ったことがな
 い…時間の都合で。)
 
  これらのダムはいずれも作られてから100年近くが経過していますので、も
 はや土木遺産級の歴史的建造物です。しかもそれでいて今なお現役で神戸市民
 の水道用水を供給し続けています。
 
  ダム自体の装飾などつくり自体も優美に仕上がっており、途中に挟まってい
 る21世紀に完成した石井ダムと比べると全然違うことがわかります(石井ダム
 も近づいて見学できるいいダムです)。ダムの鑑賞ポイントがよくわからない
 という方は、まずビジュアルでぐっとくるダムへ行ってみるのもいいかもしれ
 ません。
 
  まあ実は鑑賞とか難しいことを言わなくても良かったりもします。神奈川県
 の宮ヶ瀬ダムでは、ケーブルカーに乗ったり観光放流があったりダム湖に遊覧
 船もあります。正直なところダム自体にさほど興味がなくても、一日楽しめる
 ようなスポットになっています。観光できるダムは富山県の黒部ダムだけでは
 ないんです。
 
  見学の申し込みをしなくてもダム内部に入れるダムもあります。監査廊と言
 われるダムの内部の管理用通路やエレベーターが太っ腹にも開放されているダ
 ムがあるんですね。実は普通の人が思ってる以上にダムは開かれているんです。
 資料館が併設されているところも多いですし、ダムの管理所の人もかなりフレ
 ンドリー。ダムカードを配るついでに色々なお話を聞かせてくれたりします。
 第2章の個別のダム紹介にはそういった情報も出ています。
 
  ということで皆さんも本書片手にぷらっとダムに行ってみるところから始め
 てみるのはいかがでしょうか。
 
  え…車に乗らないから行けない?
 
  そう、ひとつだけ(ひとつだけのはず)難があるとすると、紹介されているル
 ートのほとんどが車での移動が前提になっていることです。「ダムへの交通」
 のページでも車移動が薦められていますし。車がないと無理かと思いがちです。
 
  でも神戸の三兄弟は徒歩と電車で巡れるコースになっていますし。バスまで
 含めれば容易にアクセスできるダムも沢山あります。秩父の浦山・合角・滝沢
 ・二瀬の4ダムや、先に挙げた宮ヶ瀬ダムも大丈夫。逆にハイキング気分でダ
 ムまでの道をはるばる歩くのも達成感がありますけどね。
 
  何を隠そう(?)ここまでダムをプッシュしている私自身が車を運転しないで、
 これまで色んなダムを巡ってきたのですから。極度に山奥のダムでなければ
 大丈夫。里山をふらふら歩くのもなかなか良いものです。
 
  それではこの春は皆さんも本書片手に楽しいダム旅を楽しんできてくださ
 い。 
 
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。
 
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 ■トピックス
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 ■ 川口ブックマーケット                          〜埼玉県川口市
 └───────────────────────────────── 
 事前登録した「店主さん」が決められたスペースでの古本を販売する古本市です。
 誰でも気軽に「店主」になれる古本市です。本を探しながら歴史ある川口の街を
 歩いてみませんか。

 開催日 :2018年5月19日(土)11:00〜17:00
             雨天決行 ※雨天の場合は川口神社向いの金山町会館で開催予定。

 会 場 :川口神社(埼玉県川口市金山町6-15)
 
 アクセス:JR川口駅東口より徒歩約10分
 
 主 催 :川口ブックマーケット実行委員会
  
 協 力 :川口市立映像・情報メディアセンター メディアセブン
 
 問合せ :khitohako@gmail.com 
 URL  :http://khitohako.blogspot.jp/

 ■ 「手紙」 川上未映子×マームとジプシー「みえるわ」ツアーの記録  〜Title
 └─────────────────────────────────

 川上未映子さんの詩を、マームとジプシーを主宰する演劇作家・藤田貴大さんが
 演出し、女優の青柳いづみさんによる一人芝居として上演する。
 「みえるわ」と題したこの作品は、2018年の春に、全国10都市11会場を巡演しま
 した。
 その旅を記録した「手紙」を展示いたします。
 写真と文は橋本倫史さん、デザインは名久井直子さんが手がけた37通の「手紙」
 です。

 ◆会期:2018年6月7日(月) - 25日(金)
           時間12:00 - 21:00 水曜・第三火曜日休み
          *イベント開催日(6月8日、14日、18日)は18:00にて終了

 ◇場所:Title 〒167-0034 東京都杉並区桃井1-5-2 
             八丁交差点すぐ セブンイレブン隣 
           JR中央線荻窪駅から青梅街道を西荻窪方面に歩いて
                                     、10分とすこし。
 
 【展示によせて】
 
 演劇というものは、現在という瞬間にだけ存在します。記録映像を残すことは可
 能でも、上演とはやはり別物で、その時間に劇場に足を運んだ俳優と観客のあ
 いだにだけ存在しうるものです。それに対して、ドキュメントとして書き記された
 言葉は常に過去にあります。そこに書き綴られた風景というのは、すでに過ぎ
 去ってしまったものです。その言葉というのもまた、読者の目に触れる瞬間から
 見れば、過去に綴られたものです。
 
 どうすれば現在という瞬間にだけ存在する演劇を記録することができるのか。
 そこで僕は、手紙としてドキュメントを書き記すという方法を選んでみました。
 ツアーに密着して全国を巡りながら、その土地土地で言葉を綴り、旅先から手紙
 として発送する。片面にはテキストが、片面には写真が印刷された手紙は、それ
 ぞれの土地の風景印を押してもらって投函しました。全部で37通をかぞえる、旅
 の記録です。(橋本倫史)
 
 
 
 彼の目に映っていた、みえるわ。言葉の瞬間に、目を凝らし、耳を澄まし、綴り、
 過ごした日々は、どういう風に、どこへ届いて、だれに残るのだろう。
 藤田貴大(マームとジプシー主宰・演劇作家)
 
 
 
 三月が終わり、大好きな四月がやってきて、五月を通り越して、そうしてまた六月
 になる。
 わたし達のみたもの、みなかったもの、かたちのないもの、ほんとうにはないもの、
 それらは言葉となって、ずっとずっと残ってゆく。
 青柳いづみ(女優)
 
 
 
 過去も、未来も思い出も想像も、ぜんぶが「今」に立ちあがる不思議。そしてその
 「今」は、言葉にすることができないということによってのみ存在するという、これ
 また不思議。
 わたしら何をしてるねやろ。何にむかって何のために、一回きりや今を、なんで
 別のものに置き換えていくことをやめられんのやろ。
 藤田くんが青柳さんを、橋本さんがふたりを、青柳さんが藤田くんを、言葉がみん
 なを、みんなが言葉をみている四月、今どこに?
 川上未映子(作家)
 
 
 
 *イベント会期中の6月18日(月)、橋本倫史さんと木村衣有子さんのトークイベント
 「風景を記述する」を開催します。お申し込みは、こちらのページよりお願いします
 : http://www.title-books.com/event/4510
 
 橋本倫史(はしもと・ともふみ) 

 橋本倫史(はしもと・ともふみ)

 1982年生まれ。広島県東広島市出身。2007年よりライターとして活動。また、2007
 年にリトルプレス『HB』を創刊。以降、『hb paper』、『SKETCHBOOK』、『月刊ドライ
 ブイン』などいくつかのリトルプレスを手がける。また、マームとジプシーの活動に密
 着し、『沖縄観劇日記』、『沖縄再訪日記』、『Firenze,2013』、『イタリア再訪日記』、
 『まえのひを再訪する』などを刊行。
 
                       〜Title HPより抜粋させていただきました。 
 


 ■ 『北欧に学ぶ小さなフェミニストの本』刊行トークイベント  〜ひるねこBOOK
 └─────────────────────────────────

 『北欧に学ぶ小さなフェミニストの本』(岩崎書店)刊行を記念してイベントを開催し
 ます。
 
 訳者である枇谷玲子(ひだに・れいこ)さんをお招きして、男女平等の先進国と言
 われるスウェーデンの社会やフェミニズムの動きなどについて、また北欧語翻訳
 者としての普段のお仕事のことも伺いたいと思います。
 
 北欧の社会や子どもの本、フェミニズムなどに関心のある方、ぜひご参加ください。
 
 お待ちしております!
 
 ◆日時:2018年6月8日(金)18:30〜20:00 
           営業時間 11:00〜20:00 5月⇒毎月曜日定休、6月⇒毎火曜日定休

 ◇場所:ひるねこBOOKS 〈台東区谷中2-1-14-101〉
          千代田線根津駅1番出口より徒歩約6分

 ★定員:10名

 ●参加費:1,000円(当日お支払い)

 ◎営業の詳細、MAPはこちら⇒http://hirunekodou.seesaa.net/article/455909 
  
 ----------------------------------------------------------------------
 ■あとがき GWも終わり、暑かったり寒かったり何だか暮らしにくい毎日ですね。
 湿度が高いと頭に靄がかかったようで、いつも以上に鈍い感じです。ナナロク社から
 『猫はしっぽでしゃべる』という本が出ました。熊本で橙書店という本屋の主人・
 田尻久子さんが書いたエッセイ。まだ初めの方しか読めていませんが、誠実な文章
 に惹かれました。本を売る現場の声を楽しみながら読んでいきたいです。畠中理恵子
 ----------------------------------------------------------------------
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 おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
 ■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
 ■ 今号のご意見・ご質問は
  15日号編集同人 「畠中理恵子」まで nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp 
 ■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
   なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わり
   ・5日号:aguni原口 hon@aguni.com
   ・15日号:畠中理恵子 nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp
   ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
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■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その23「女の子の料理」失敗篇

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 「ジョルジュ・ブラック展 絵画から立体への変容―メタモルフォーシス」

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

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■トピックス
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■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その23「女の子の料理」失敗篇

 児童文学の中で女の子が料理をする魅力的な場面のある物語と言えば、まず
は『赤毛のアン』だろう。
 
 六〇年以上にわたって女の子たちが夢中になって読んでいるこの本の舞台は、
何もかもが手作りだった一九〇〇年代初期のカナダ。だからこそ、まだあまり
ケーキなど作ったことのない世代の女の子たちを魅了し続けているのだ。

 例えば、牧師夫婦を招いたお茶会のために、アンと養い親のマリラが用意し
た食べ物の豪奢さと珍しさは今見ても新鮮だ。アンの言葉を借りてご馳走を羅
列してみよう。

「チキンのゼリー寄せ、牛タンの冷菜、それからゼリーは赤いのと黄色いの。
ホイップクリームをのせたレモンパイ、チェリーパイ、クッキーが三種類に、
フルーツケーキ。マリラご自慢のイエロー・プラムの砂糖煮、(中略)そして、
パウンドケーキにさっき言ったレイヤーケーキ」さらにベーキングパウダーを
使ったビスケットに、パン。

 パイが二種類に、ケーキが三種類ですよ。

 初訳は村岡花子さんで戦後の一九五二年。

 お茶といえば、お饅頭におせんべいだった時代の人たちがこれを読んでいっ
たいどう思っただろう。

 しかも、チキンのゼリー寄せ、牛タンの冷菜やパンというからには、これは
食事なのだろうか三時のおやつなのだろうかとわけがわからなくなって、外国
との生活習慣の違いを感じた人も多かっただろう。

 ともかく、初訳から六十六年たってもいまだ魅力的で新訳も出続けているこ
の物語のお料理場面を見て行こう。 

 アンは孤児で、独身のマリラとマシューの兄妹に引き取られた元気で赤毛の
十一歳の女の子だ。とてもお喋りなのに、想像力が豊富で、なにかをしている
最中にもうっとりと物語の主人公を思い浮かべたり、美しいものになんと名づ
けようと考え込んだりして、今現在していることを忘れてしまう。だから物語
の中で、アンは失敗ばかりしている。でも、きちんと謝れば許してもらえるし、
アンは元気に生きていく。

 早くに両親を亡くしたアンは、孤児院に入る前は、子沢山の家に引き取られ
て子守をさせられていた。だから、皿洗いくらいはお手の物なのだが、料理は
したことがないようだった。

 マリラは、アンにこう言っている。

「料理の話だがね、そろそろ手ほどきを始めようかと思っていたところだよ。
でもアン、あんたはあまりにもそそっかしいから、もう少し落ちつきが出て、
しっかりするまではと様子を見ていたんだよ。料理には集中力が大事で、途中
で手を止めてぼんやり想像を始めている暇はないからね。」

 その言葉どおり、まず、こんな失敗をしてしまう。

 親友ダイアナの家に遊びに行き、二人でタフィ―を作るのだが、

「ダイアナがお皿にバターを塗っている間、私はタフィ―のお鍋をかき混ぜな
きゃいけなかったのに、忘れて焦がしてしまったし、タフィ―ができてから戸
口にだして冷ましておいたら、猫がお皿の一枚の上を歩いてしまって捨てるは
めになったの」

 でも、タフィ―作りは面白かったらしい。

 ああ、なんだか少女漫画の原点を思わせる、失敗の名場面だ

 ネコの足跡のついたタフィ―を見てがっかりしながらも、たまらなくおかし
くなって、笑い転げる二人の少女の姿が目に浮かぶ。

 次に料理をするのは、先ほど書いた新しく着任した牧師夫婦を招いてのお茶
会。

 アンはこの頃にはマリラの指導の下に、とても上手にケーキを焼けるように
なったらしい。アラン夫人のために何かして差し上げたいと言って作ることに
なったのが、レイヤーケーキだ。これまた、聞き慣れないケーキだけれど、松
本侑子氏の註によるとレイヤーとは層のことで、
「スポンジケーキを横に薄く切り、その間に、ジャムやゼリーを挟んで層を作
ったケーキ」
と、ある。まず、スポンジケーキがうまく焼けさえすれば大丈夫なケーキのよ
うだ。アンはとにかくケーキが無事膨らむかどうかばかり心配している。どう
もこの時代には、ふくらし粉の粗悪品が出回っていたらしい。でも、ケーキは
無事に「黄金の泡のように、ふんわり軽やかにふくれ上がっていた。アンは嬉
しさのあまり、顔を紅潮させながら、横に切ったケーキの間に、ルビーのよう
な赤いゼリーを何層にもはさみ、ぱっとかぶせた。」

 ところが、このケーキは大失敗だった。牧師夫人が奇妙な表情をして食べる
様子を見たマリラは叫ぶ。

「アン・シャーリー」
「一体全体ケーキに何を入れたの」

 原因はふくらし粉ではなく、ヴァニラの香料。マリラが古いヴァニラの瓶に
痛み止めの塗り薬を入れておいたのが原因なのだが、風邪で鼻がつまっていた
アンには匂いがわからなかったらしい。アンは泣き崩れるが、優しい牧師夫人
に慰められ、その日は楽しく過ぎ去る。でも、ケーキはブタの餌となってしま
うのだ。

 なんだかこんな失敗話が続くアンの物語だが、どうも最後の方にはアンは無
事、料理上手になっているようだ。物語の後半、第三十章になるとこんな一節
がある。

「リンド夫人とマリラが、客間でくつろいでいると、アンはお茶を入れ、ホッ
トビスケットをこしらえた」

 註によるとホットビスケットとは「ビスケットより柔らかくて厚いお茶菓子」
とのこと。これは焼き立てを食べるものなので、リンド夫人とマリラがお茶を
飲んでいる間に、ササッと粉をこねて焼き上げたのだろう。大したもんだと思
う。

 でも、少し、つまらない気もしてくる。

 それでは、別の物語から、お料理を失敗する場面をお見せしよう。

 それは、ケストナーの『ふたりのロッテ』のルイーゼの料理場面だ。この物
語は夏休みの林間学校で、まるで見分けがつかないほど似ている二人の女の子
が出会うところから始まる。二人は自分たちが親の離婚によって引き離された
双子なのだと気づく。それぞれが父親と母親のもとでばらばらに育てられたの
だ。林間学校が終わると、二人は相手に成りすまして、会ったことのない父親
や母親のもとに行くことにする。

 ルイーゼはロッテのふりをして母のもとに行く。忙しい母は駅に迎えに来て
はくれるのだが、また、勤め先に戻ってしまう。そこで、ルイーゼは、夕飯の
支度をしなくてはならない。なにしろ、ルイーゼが成りすましているロッテの
方は「小さな主婦さん」と、呼ばれるほど、家事の名人なのだ。これに対して、
ルイーゼは普段お手伝いさんの作った料理を食べるか父親と外食をする生活を
送っているので、料理は生まれて初めてなのだ。

 ルイーゼは、初めて見る町に出かけて行き、買い物をしなくてはならない。
その品物は、

「肉屋で、赤味と脂身のまざった牛のあばら肉の細切れを半ポンド……腎臓と
骨を少しつけてもらう」
「食料品屋で、スープ用の野菜とヌードル」

と、なんだか本格的な感じだ。

 ルイーゼが作ろうとしているのはお母さんの大好物の、

「牛肉入りのヌードルスープ」

 これが、どんなに大変なことか。

 何しろ、初めての台所で、生まれて初めてお料理をするのに、誰も傍にいて
手伝ってはくれない。

ヌードルをゆでるとき、塩はどのくらいいれるのだったっけ?
「大さじ半分」

ハーブソルトは?
「ひとつまみ」
ひとつまみっていったいぜんたいどれくらい? 

それから「ナツメグをおろす」
おろし金はどこ?

 もはや、ここらへんで、ルイーゼはパニックになりかかっている。

 しゅんしゅんたぎる鍋に囲まれて、ルイーゼは手順がわからずおろおろして
しまう。肉が煮えたかどうだか、何度もフォークでつついてみるが、わからな
い。鍋のふたで指をやけどし、野菜をきざんで手を切ってしまう。おろし金も
こしきも見つからない、

 パニックになってへたへたと座り込みながらも、ルイーゼは果敢だ。お母さ
んが帰って来るあと二十八分の間になんとかしようと立ち上がるのだ。

 でも、ケストナーは言う。

「けれど、料理をするというのは特別ななにかだ。決心すれば、高い塔からと
びおりることはできるだろう。けれど、意志の力だけでは、ヌードルと牛肉を
料理することはできない」

 おいおい。

 まあ、そういうわけで、料理はできないままルイーゼは、完全にへたばって
うずくまってしまう。そして、今にも泣きそうになって、

「おこらないで、お母さん。わたしごはんがつくれなくなっちゃったみたい」

と言って、帰ってきた母親をびっくりさせてしまう。

 母親が手伝って無事にこのお料理はおいしく出来上がり、しばらくは母親が
料理を引き受け、ロッテのふりをしているルイーゼがもう一度!料理を覚え直
すという事になり、この場は無事おさまる。

 実は、私はこの場面を見るたびに、ケストナーは実によくわかっているなあ
と思うのだ。

 料理は時たまパニックを呼び込むのだ。

 全然知らないお台所で料理をしたことは数回くらいしかないけれど、料理を
作って何十年かの経験のある私でも、勝手のわからない台所で、勘を働かせて
調味料を見つけ出したりしながら料理をするのは、とても大変なのだ。まして、
それが作ったこともない料理だったら、まずおいしく作れる自信など私にはな
い。

 そして、今でさえ、初めてのメニュウを料理するときや、失敗しそうになる
たびに、私は少しパニックになる。料理は、火、油、熱湯との闘いだからだ。
ほんの一瞬の油断や勘違いで、何が起きるかわからない。料理にも料理人にも。

 だから、私はこの場面を読むたびに、いまだにドキドキしてしまう。

 そして、

「あら、とってもおいしいじゃないの、ね?」

と、言ってくれる母親の声にほっとするのだ。

 この後、ルイーゼはロッテに成りすましながら、どんどん料理を覚えていく。
物語が進んでいき、母親が二人のたくらみに気づいたことをルイーゼが知るの
も、数週間後の台所での料理の最中だった。

 子どもは、キッチンでいそがしく立働いている。おなべのふたが、かたかた
と鳴る。中では、なにかがとろとろと煮えている。その日のメニュウは、

「ポークリブに、ザウアークラウトに塩ゆでじゃがいも」

 うーん、おいしそう。母親じゃないけれど、

「お料理の上達が早いのね」

と、言いたくなってしまう。

 たった九歳の子供が、いくらそれが好きなのだと言ってもロッテのように、
嬉々として母親のために家事をするという設定は、少々無理がある気がするし、
異議を唱えたい気持ちになってしまう。でも、このルイーゼがパニックに落ち
ながら初めて料理をしようとする場面の見事さは、何ものにも代えがたいリア
リティがあって、子供の料理場面の最高峰だと思うのだ。

 これに比べたら、例えば『若草物語』の中の「ある実験」の章でジョーがす
る料理の失敗など、どうってことはない。

 夏休みになって、みんなが怠け気分でいたある日、お母さんはわざと女中の
ハンナに休みをやって、自分も何もしないという。長女のメグは朝ご飯を作る
のだが、そのオムレツは焦げているし紅茶は苦く、バーキングパウダー入りの
クッキーはぶつぶつだらけ。

 なんと、お母さんはそれを食べたふりをして捨ててしまい、あらかじめ用意
しておいた食べ物を食べるのだ。こういうところが、私はこのお母さんが苦手
に思うところなのだが……。まあ、それはさておき、昼食は次女のジョーが一
手に引き受けると言い出す。それだけではなく、隣家の少年ローリーまで招待
するという。そのメニュウは、

「コンビーフにじゃがいも、アスパラガスにロブスター―、レタスのサラダに、
ブラマンジェに、いちご」

の予定だったのだが、まず、パンは酸っぱくなって黒焦げに焼き上がるし、一
時間もゆでたアスパラは穂先が崩れ茎は固くなり、苦労したサラダのドレッシ
ングは出来上がらず、苦心して殻を剥いたロブスターの身は貧弱でレタスの影
に隠れてしまい、ブラマンジェはだまになってしまう。

 みんな一口食べては、食べ残すという具合。

 でも、ジョーは最後に出すフルーツにだけは自信を持っていたのだ。いちご
に、まっ白なお砂糖の衣をかけて、生クリームをピッチャーにたっぷり用意し
て差し出すと、

「きれいなガラス皿がみんなにいきわたり、白いクリームの海に浮かぶ小さな
バラ色のイチゴの島々をながめて、みんながうれしそうにしている」

 ところが……。

 みんなは一口食べて大騒ぎになる。ジョーは砂糖と間違えて、塩をかけてい
たのだ。冷蔵庫に入れ忘れていた生クリームも酸っぱくなってしまっていた。

 でも、この大失敗に怒り出す人は誰もいず、ローリーが笑いだすとジョーも
涙が出るほど笑ってしまい、ご近所の口うるさい老婦人まで一緒になって皆大
笑いのうちに、この悲惨な昼食会は終わるのだ。

 こんなふうに物語の有名な失敗場面を読んでいくと、料理の失敗なんて、ど
うってことないさ、と思えてくる。いつかはおいしいものが作れるし、お腹が
すけば何でもご馳走。「小さな主婦さん」になんてなる必要は全然ない。元気
にのんきにやっていこう。

 そんなふうに、アンやルイーゼやジョーの失敗は、なんだか明日の糧になる。
それが女の子のお料理場面失敗篇の魅力なのだ。

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『赤毛のアン』ルーシー・モード・モンゴメリー著 松本侑子訳 集英社文庫
『ふたりのロッテ』エーリヒ・ケストナー著 池田香代子訳 岩波少年文庫
『若草物語』ルイザ・メイ・オルコット著 海部洋子訳 岩波少年文庫
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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■声のはじまり / 忘れっぽい天使
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第113回 空間を慈しむ手つき
―「ジョルジュ・ブラック展 絵画から立体への変容―メタモルフォーシス」

 ジョルジュ・ブラックと言えば、ピカソとともにキュービズムを創始した画
家ということで知られている。中学校や高校の美術の教科書にもその作品がキ
ュービズムの典型例として載っていたはずだから、現代の日本人にはなじみの
深い画家だろう。しかし、一時共同制作を行っていたピカソに比べると圧倒的
に影が薄い。作風を次々と変化させ、私生活も派手だったピカソに比べると、
いかにも職人気質でドラマに欠ける感じがするからだろうか。

 パナソニック汐留ミュージアムで開催中の「ジョルジュ・ブラック展 絵画
から立体への変容―メタモルフォーシス」は、絵画ではなく、立体作品、それ
もジュエリーや陶器、工芸作品を軸に展示した珍しい企画展だ。うっかりキュ
ービズムの画家ブラックの姿を楽しみに来てしまった人は肩透かしを喰うこと
だろう。展示品は基本的に装飾芸術に分類されるもので、自己表現欲をギラギ
ラと押し出したものではない。しかし、それだけに、ブラックが造形一般に対
して抱いている好みを露出させたものになっていると思える。

 ジョルジュ・ブラックは1882年にパリの北西アルジャントゥイユで生まれ、
装飾画家のもとで絵を学んだ。印象派の絵に影響された後、フォービズムの運
動に参加。ピカソの「アヴィニョンの娘たち」やセザンヌの作品に刺激を受け
て、1908年から物を複数の視点から眺めて総合する、いわゆるキュービズムに
よる絵画の制作を開始する。ピカソと共同制作も行っており、2人の作品は見
分けがつかないほど類似したこともあったという。1963年にパリで死去。

 この企画展の目玉は、ジュエリークリエイターのエゲル・ド・ルレンフェル
ドとのコラボレーションであるジュエリー作品群である。最晩年の仕事であり、
ブラックは体調不良のため、これらの作品をまとめた「ブラック・ジュエリー
展」に足を運ぶことなく開催された年に亡くなっている。キュービズムのブラ
ックがこんな作品を作っていたとは知らなかった。館内で上映されていたビデ
オによると、ブラックはかねてから「質感」というものに強い関心を持ってい
たようだ。絵画においても絵具に砂を混ぜるなどして、厚みやザラつきを強調
する試みを行っていた。本格的に彫刻を制作したいという欲求もあったものの
なかなか機会が訪れず、晩年になって、エゲル・ド・ルレンフェルドとの出会
いにより、その意志が満たされる形になった。

 作品の多くはギリシャ神話を題材にしている。「トリプトレモス」(ブロー
チ)は放射線状に伸びる金の串に二羽の銀色の蝶々を遊ばせ、ルビーの赤紫で
アクセントを加えた作品。トリプトレモスは穀物の種を世界中に撒いて農耕を
教えたとされる。豊穣の喜びを爆発させたかのようなダイナミックな形状だ。
「三つの恩恵」(ブローチ)はゼウスの娘である三美神を三羽の鳥で表した作
品。金・銀・白の鳥たちが首を触れ合わせる様子が何とも平和的でかわいらし
い。「アルキュオネ」(ネックレス)は金とダイヤモンドによる、ゴツゴツし
た形状の作品。アルキュオネを死んだ夫のもとに行こうとして鳥になってしま
った女性だが、木の葉を思わせる不定形で複雑な姿が彼女の苦悩と情熱を表し
ているのだろうか。

 陶器作品も面白い。「ペルセポネ」(壺)は一筆書きに近いようなサラッと
したタッチで、冥界の女王の顔を描いた作品。威厳と不気味さと優雅さが入り
混じった表情が魅力的だ。「ペリウスとネリウス」(皿、壺)はブラックが繰
り返し描いたテーマの作品で、ペリウスとネリウスはポセイドンが不遇な娘テ
ューローに産ませた双子の兄弟で数奇な運命を辿る。2人は禍々しさを感じさ
せる、いびつな姿の黒い鳥として表現される。「アケロオス」(陶板)は、二
匹の大きな目をしたひし形の魚を描いた作品。アケロオスは川の神なので魚を
モチーフにしたのだろう。背景は濃いブルーでこれは水を表していると思われ
る。魚の後にあるのは岩だろうか。尾が大きく、すばしっこく元気に泳ぐ躍動
感に満ちている。

 ブラックは規模の大きな彫刻には手を染めなかったようだが、小型の彫刻作
品は残している。「アレイオン」は言葉を話すことのできる馬。耳をぴんと立
て、長い口を開いて、何か喋っているようだ。「セレーネ」は、デフォルメさ
れた女性の横顔を描いた作品。セレーネは月の女神で馬車で夜空を駆け巡った
とされる。作品は蝶々の羽のような形態で、右側が顔て、左側が風になびく髪
に見える。顔の表情の描出は簡素だが、やや傾いた、バランスの不安定な全体
の形状が不思議な色気を醸し出す。「グロウコス」という魚の彫刻には頭部を
含む体半分にアメジストが使われている。グロウコスは海神だが、その異貌を
アメジストのゴツゴツした質感が際立たせている。

 これらの作品を直に見ると、装飾芸術と言っても画家が造形したものなのだ
なあという印象が残る。優雅な形態であっても、どこかしら滑らかさを拒否す
る部分があり、身に着けたりインテリアとして部屋に飾ったりするには迫力が
ありすぎる。それはブラックの装飾芸術作品の長所であって、短所ではない。
ゴツゴツ・ザラザラを強調した、このいかにも「手作り」な感じ。これらの作
品を眺めていると、画家ブラックが目指していたものがわかる気がするのだ。

 本展にはキュービズムの油彩2点が展示されている。「静物」(1911)と
「楽譜のある静物」(1927)で、空間をバラバラにして再構成した、ブラック
と言えば誰もがすぐ思い出すような感じの作品なのだが、ジュエリーや陶器を
鑑賞した後に見ると今までと違った感想が浮かんでくる。彼は恐らく目の前に
ある空間をべたべた触って慈しむようにしながら、これらの作品を描いたのだ。
構成の工夫にとどまらず、塗り重ねた絵具の凹凸も気にしながら、二次元芸術
と言われる絵画に、触覚性と立体感を盛り込もうとしたのではないか。

 前述のように今回の展示作品の多くはギリシャ神話からテーマを取っている。
ヨーロッパの人間であるブラックにとって、ギリシャの神々は幼少の頃から親
しんできた精神的に近しい存在であったろう。空想の産物ではあるが心の中で
は頑として生き続けてきた懐かしい存在。そうしたものを造形するにあたって、
スマートさを避ける姿勢に共感を覚える。神話は造形されて、厚みを持ち触れ
ることのできるモノとして生まれ変わった。現実に存在するものはどこかしら
いびつな部分を持たないわけにはいかない。ブラックはゴツゴツ・ザラザラし
た感触を強調することで、現実の存在となった神々を愛でているのではないか
と思うのである。

*「ジョルジュ・ブラック展 絵画から立体への変容―メタモルフォーシス」
 パナソニック汐留ミュージアム 会期:2018/4/28-6/24

*ベルナール・ジュルシェ著/北山研二訳
『ジョルジュ・ブラック 絵画の探求から探求の絵画』(未知谷 本体4000円)

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:
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 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

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■あとがき
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 GWが終わりました。個人的にはあっという間でした。(aguni原口)

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 始まって、街の中の架け橋となるお寺をめざし、若き住職は奮闘中!
     
 【連載】………………………………………………………………………………
 
 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 第52回「評伝と書評の難しさ」

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 
第106回 国を愛すること

 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → 「フィールドノート」というツール
  
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 ■トピックス
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 ふたつのイベントをご案内しています。
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 ■「散慮逍遥月記」 / 停雲荘主人
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 第52回「評伝と書評の難しさ」
 
 こんにちは。
 
 近頃,興味深い書評を見かけたので,遡ってその書評が取り上げていた書籍を
 読んでみました。その書籍は書評を読むより前に入手していたものですが,パ
 ラパラと繙いてみたところ,げんなりするようなことが書いてあったので放り出し
 てあったものでした。それをわざわざ気を取り直して読む気にさせた書評という
 のは,

 「戦後公立図書館発展史の中の前川恒雄さんの実践と思想」
                                      山口源治郎,出版ニュース2018年4月上旬号

 です。そして読んだ書籍は
 
 『前川恒雄と滋賀県立図書館の時代』田井郁久雄著,
                                                    出版ニュース社,2018年2月
 
 でした。著者の田井氏がが前川恒雄にインタビューし,その記録を基に再構成さ
 れた著作のようで,取材対象である前川のことを書きながら時に(裏方であるは
 ずの)田井氏の私感が全面に出てくる,しかもそれはいわゆる評伝というものと
 いうよりは,田井氏自身の著作(『図書館の基本を求めて』シリーズ,大学教育出
 版)で田井氏が展開している論旨の繰り返しという,伝記としては破格の構成を
 とっています。わたしが編集者だったら,田井氏の私感はすべて削除して前川自
 身の考え方をもっと書き込め,というところでしょうが,著者はもとより,取材対象
 であった前川もこの構成を了としたから斯様な書籍に仕上がっているわけで,こ
 の書籍を「警世の書」とする狙いがあったのかと思われます。
 
 おっと,話が先走りました。この書籍で取り上げられている前川恒雄(1930−)
 は,日本図書館協会の事務職員として『中小レポート』という通称で知られる
 『中小都市における公共図書館の運営』(1963)の編集に携わり,日野市立図
 書館の館長に転じて「徹底した資料提供」を前面に押し立てた公共図書館経を
 実践し,その実践を『市民の図書館』(1970)という形で世に送り出した,この国
 の戦後公共図書館を先導したふたつの書籍に深く関わった,この国の戦後公共
 図書館の立役者のひとりと評価されていい人物です。『移動図書館ひまわり号』
 (初版は筑摩書房,1988,復刻版は夏葉社,2016)では日野市立図書館の実
 践について,『われらの図書館』(筑摩書房,1987)では自身の公共図書館観を,
 盟友であった石井敦との共著『図書館の発見』初版では公共図書館の役割を熱
 く簡明に解説し,1970年代から90年代にかけて公共図書館の躍進とその市民
 権の獲得に果たした役割と功績は計り知れないものがありました。
 
 さて1980年に前川恒雄は滋賀県立図書館の館長に就任します。当時の滋賀県
 知事だった武村正義−のち中央政界に転じ,新党さきがけの党首として大蔵大
 臣,官房長官を歴任した政治家−の要請によるものでした。標題の通り,この書
 籍では滋賀県立図書館時代の前川恒雄について,これまであまり語られて来な
 かった,もしくはひとの口の端に上ることはあっても文章化されてこなかったエピ
 ソードなどを盛り込んで詳しく書かれています。わたしには未知の内容も多く,意
 外に面白く読める書籍でした。何より田井氏の文章は明快で歯切れがよい。ある
 知人から「田井氏は『書ける』ひとですよ」という評価を聞いたことがありましたが,
 なるほどと思わせます。
 
 前川恒雄自身はあまり自己に言及しないひとのようで,批判的なひとからは「前
 川さんは自らの失敗を語らない」「イギリスへの留学についてほとんど何も言わ
 ない」と評されていますが,巷間前川の失敗と評されることの多い日野市の助役
 からの降格については,この書籍では意外にも当人は肯定的に捉えているよう
 で(あとから振り返っての評価であることもあるでしょうが)なかなか興味を引かれ
 るところです。またイギリス留学については,前川がその時の資料を捨ててしま
 ったことを惜しんでいるエピソードが「あとがき」で紹介されるにとどまっています
 (p232)。興味深いのは,田井氏が一貫して前川を「非政治的な人間」として描き
 出すことに意を尽くしていることで,例えば石井敦のことは「マルクス主義者」と言
 い,「前川は明確な政治思想を掲げるようなことはしていない」(p36)とその対比
 を際立たせています。
 
 読める文章であるだけに,わたしが感じたこの書籍の問題点もわかりやすく浮
かび上がってきます。例えば,36ページに出てくる『中小レポート』の成立過程
 など,まるで石井敦と前川恒雄しか存在しないような書きぶりですが,わたしは
 他の『中小レポート』に関わった方々(例えばこの書籍にもチラッと登場する黒
 田一之)を存じ上げており,石井・前川の両人だけが文章化したかのような表
 現には違和感が残ります。そして『中小レポート』の編集委員長であった清水正
 三の名前は別件で登場するものの,『中小レポート』の関係者としては出てこな
 いのは如何なものですかね。総じてこの書籍は,清水正三の扱い方といい,前
 川の後半生における敵役として登場させられている栗原均の描き方といい,日
 本図書館協会事務職員時代以降に前川に関わったひとびとを,田井氏がおの
 れの好みで選別し役柄を割り付けたのではないかと思えるほど,その描き方が
 恣意的に感じられます。生涯の盟友であった石井敦ですら,この書籍の中では
 前川の引き立て役でしかない。
 
 そしてこの書籍を読んでいて困る(?)のは,先にも述べたように,とにかく田井
 氏の公共図書館に対する私感がそこかしこに散りばめられていることです。わ
 たしが冒頭の記した「げんなりするようなこと」もこれに類することです。その私
 感が前川恒雄の実践や思索を後付たところから来ているものだ,と田井氏自身
 は考えているのだろうけど,開館日と閉館日をめぐる議論(p102),「ビジネス支
 援」への呪詛(p134)などのように,わざわざ前川の伝記であるはずのこの書籍
 で展開する必要のない私感も多く,それがこの書籍の「伝記」もしくは「記録」とし
 ての価値を損なっているのは残念です。本来であれば田井氏は前川恒雄の実践
 と思索を以て,自らの思考を代弁させなければならない立場であるにもかかわら
 ず,おのれが前面に出て何かを語ることがこの書籍では多すぎます。矩を超えて
 いるのではありますまいか。
 
 この書籍の内容に照らし合わせるに,山口源治郎氏の書評は贔屓の引き倒しの
 ようなものであり,その手放しの高評価を疑うところから,わたしは『前川恒雄と
 滋賀県立図書館の時代』を読み始めたと言っても過言ではありません(苦笑)。
 その感想は上に書いたとおりであり,山口氏の書評のように一点の曇りもなく前
 川恒雄を神格化する方向にはとても向かえるものではない,というのがこの書籍
 の評価です。
 
 ところで,山口氏の書評にはひとつ引っかかる箇所があります。
 
 “図書館研究の業界には『市民の図書館』とその執筆者である前川さんの言説を,
 「貸出至上主義」と批判する人々がいる。このような人々は『市民の図書館』を実
 際に読み,前川さんの実践や言説を十分理解した上で批判しているのかと,疑問
 に思うことがある。自己に都合のよい『市民の図書館』像を勝手に作りあげ,前川
 さんの言説の一部を切り取って批判しているとすれば,図書館研究としての科学
 性も信頼性も無くしてしまうことになる。”
 
 「戦後公立図書館発展史の中の前川恒雄さんの実践と思想」山口源治郎,
 出版ニュース2018年4月上旬号p8
 
 ここで山口氏が言っていることは,要するに論敵の主張が「見解の相違」ではなく
 「認識不足」だと言っているわけです。永井荷風だったか,日華事変の頃に「最近
 は相手の意見を『見解の相違』ではなく『認識不足』と称するのが流行っているが
 云々」と指摘していたのと同じく,論敵を「認識不足」とするのはファシズム−とい
 うのが言い過ぎならプロパガンダ−のやり口であることが問題なんですね。「認識
 不足」とレッテルを貼れば,レッテルを貼った側はその意見を「取るに足らないも
 の」として処理できてしまう。
 
 貸出至上主義批判者のひとりであるわたしは,『市民の図書館』はもちろんのこと,
 『われらの図書館』も『図書館の発見』新版(初版は気がつくのが遅く入手は間に
 合いませんでしたが図書館で借りて読みました)も『前川恒雄著作集』も自腹切っ
 て購入し,読んでいます。『市民の図書館』について,山口氏が信奉するただひと
 つだけの「読み」を以てそれが正統であり,他の「読み」を認めないのが山口氏の
 唱える“科学性”なのでしょうか。『市民の図書館』の功と罪,明と暗はすでに歴史
 として研究の素材とされるべき対象であり,2018年の現在において「『市民の図
 書館』は戦後公立図書館の大いなる飛躍を作り出す導きの書となるとともに,現
 代日本の公立図書館の基本形としての意味を持つことになったのである」(出版
 ニュース2018年4月上旬号p8)という「読み」だけが正統であるという姿勢は,結
 局のところ師説を正典として奉るだけで何の発展性もなく,少なくとも近代市民が
 担う民主制下の社会科学としては成立し得ないのではありますまいか。
 
 わたしは,1990年代を境に前川恒雄の考え方が変化したところがあるのではな
 いか,それは親しい後輩であった伊藤昭治率いる日本図書館研究会読書調査研
 究グループの活動に影響を受けたからではないか,と考えています。それが『図
 書館の発見』初版(1973)と新版(2006)の間にある,埋めようのない思索と品位
 の落差の原因であろうと。それが前川にとってよいことだったのかどうか,わたし
 はそれを判断する材料を持っていません。
 
 では,また次回。
 
 ◎停雲荘主人
 大学図書館の中の人。南東北在住。好きな音楽は交響曲。座右の銘は「行蔵は
 我に存す,毀誉は他人の主張,我に与らず我に関せずと存候。」(勝海舟)。
 
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 ----------------------------------------------------------------------  
 
第106回 国を愛すること

 
  ぼくはポーランドのワルシャワにいた。いまから30数年前のことだ。ワルシャワ
 大学に勤めていた父が帰国するというので、荷物運びの手伝いという口実で出
 かけることにした。ちょうど勤めていた会社を辞めたときだったのもいいタイミング
 だった。

  戒厳令こそ、すでに解かれていたが、まだベルリンの壁は崩壊していず、空港
 に到着すると、銃を携えた警備兵がこちらをじっと見ていた。

  社会主義の国を訪れるのは初めてのことで、最初のうちは緊張していたのだが、
 ワルシャワ大学の学生たちは日本語がうまかったし、とても気さくにつきあってく
 れたので、楽しく日々が過ぎていった。

 
  音楽好きの若者とも友人になって、彼にワルシャワのレコード店や楽器店を案
 内してもらった。レコード店も楽器店も対面式の販売だった。つまりカウンターが
 あって、レコードや楽器は店員のうしろに飾ってあった。客は店員に「あのレコー
 ドが欲しい」とリクエストをする。店員は商品をカウンターの上に置いて、「これか
 ?」と確認して販売する。

  こんなふうに客は直接触れることはできないようになっている。餌箱(レコード棚)
 をあさるのに慣れているぼくにはとても不思議な光景だった。ぼくは、ポーランドで
 人気のあるロックバンドを教えてもらい、レコードを何枚か注文した。友人がバンド
 の名前をいうとカウンターの向こう側にいる店員は面倒臭そうに棚からレコードを
 取り出した。日本円に換算すれば、一枚数百円から千円ぐらいの値段だったが、
 ポーランド人には高価だったのかもしれない。西側、つまりイギリスやアメリカのレ
 コードは一枚も置いていなかった。たぶんドルショップに行かなくては手に入らない
 のだろう。あったとしても高価なのだろう。

  これは聞いた話なのだが、楽器店では客は楽器を選ぶことができないらしい。た
 とえばギターを買いに行くと、店員はうしろに吊ってあるギターをカウンターに置く。
 このギターではなく、となりにあるものが欲しいといっても、店員は「だめだ」とひと
 こと。しかたがなしに店員が選んだギターを買ってきたという。
 こんなことを書くと
 ポーランド人におこられちゃうな。もちろんポーランド人が性格が悪いわけではない。
 みんな親切だしフレンドリーな人が多かった。店員の態度は制度のせいなのだろう
 と思う。どこの店でもおしなべて無表情で不機嫌そうだった。客に対するホスピタリ
 ティは感じられなかった。

 
  その日の夕方、友人の部屋に行った。彼は時計に目をやるとラジオのスイッチを
 入れた。ノイズまじりに音楽が聴こえてきた。ドアーズの「ライト・マイ・ファイア」だっ
 た。おそらくウィーンあたりのラジオ局の放送だろう。こうやって西側の音楽を聴い
 ているのだといった。

  日が翳りはじめた部屋で、ときおり遠くなるジム・モリスンの歌を聴きながら、友
 人は窓のむこうの空を見つめながら、「まったく、くだらない」とつぶやいた。
「国」
 を考えるとき、ぼくはなぜかこの光景が目に浮かんでくる。国の制度のために好き
 な音楽を自由に聴くことが出来ない。たかが音楽かもしれないが、ぼくには国家と
 いう存在が実にリアルに感じられた経験だった。いまから30数年前のこと、いまの
 若者はこんな時代のことはきっと知らないだろう。

 
  高橋源一郎の『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』(集英社新
 書)を読んだ。新書ではあるけれど、これは小説といってもいいし、若い人たちに向
 けたファンタジーであるといってもいいと思う。

  主人公の小学生「ぼく(ランちゃん)」とその仲間たちが、夏休みの研究に「くにを
 つくる」ことにする。「くに」をつくるには「国旗」や「憲法」を決めなくてはならない…
 架空の小学校を舞台にして、子どもたちが「くに」をつくることを通して国家の在り
 方を考えていく物語だ。

  たんに国家や憲法の解説ではなく、「くに」をつくるという発想で国家の理想的な
 形を考える手法がわかりやすい。きっと子どもにも読みやすいのではないかと思う。
 素直な子どもたちもいいが、ランちゃんの両親、小学校の園長ハラさんは知的で個
 性的であり、彼らの子どもたちを見守る姿勢に「理想の大人」を見るような気がする。
 なかなかできることではないが、こんなふうに子どもたちと接することが出来たらい
 いだろうな。

  あとがきを見ると、高橋源一郎は21世紀版の『君たちはどう生きるか』(吉野源三
 郎 著 岩波文庫)を目指して書いたという。そして現在が吉野源三郎が立ち会っ
 た時代に似てきているような気がするといっている。

  ツイッターのタイムラインで人気フォークデュオ・ゆずの新曲の歌詞を読んでゾッと
 した。いつだったか、テレビで徴兵制のことを議論していた。若者が徴兵に反対す
 る意見をいうと、年配の女性評論家が「あなたは国を愛していないのか!
  もし敵が攻めてきたとき、銃をとらないというのか!」とすごんだ。あのときのギラ
 ついた目を思い出したからだ。

 
  さて今月末、4月29日(日)は不忍ブックストリートの一箱古本市です。もう20回
 になるんですね。ぼくも助っ人として、どこかのスポットに立っています。どんな本
 と出会えるか、とても楽しみです!

 ◎吉上恭太
 
 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。詳し

 くはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。
 
 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。

 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017
 
 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします! 
 
 
  
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 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
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  高校生くらいの頃、予備校のパンフレットなんかに綺麗なノートがいっぱい載
 っていたりするのを見て、思わずため息をついてしまったものです。私なんぞは
 居眠りをしつつ授業を聴いてるもので、板書を写しているだけであるにもかか
 わらず、ノートに何が書いてあるか判別不能だったのですから。
 
 そんな思い出もありつつ手にとった本はこちら。
 
 『フィールドノート古今東西』、梶丸岳・丹羽朋子・椎野若菜編、古今書院、2016
 
  「100万人のフィールドワーカーシリーズ」と銘うたれたシリーズの第13巻にあ
 たります。フィールドワークにまつわるあれこれを網羅した本シリーズのなかで、
 本書はフィールドノートにスポットを当てています。
 
  フィールドノートというのは、言わずもがなではありますが、調査地で気づいた
 様々なことを記録するノートですが、ひとくちにフィールドノートといってもそこに
 記録されている内容は、観察する対象によって色々です。

  理系の研究者は割と着眼するところが決まっていて、ある程度の様式があり、
 そこにデータを記入していくという感じのフィールドノートも多くあります。西表
 島のカタツムリの研究者のフィールドノートは、必要な情報が数値と記号で表さ
 れていて、その典型と言えるでしょう。
 
  一方で文系の研究者は一見研究の内容と結びつかないようなことまで記録
 に残している印象があります。研究対象の人にフィールドノートに書いてもらう
 ということもあるようです。
 
  図書館で史料漁りをしていた史学科学生だった私にとっては、こうしたフィー
 ルドノートを垣間見ることは非常に刺激的です。大学時代にもっと外に出て勉強
 すればよかった、とか思いましたね。
 
  寄稿している研究者の皆さんも、相手あってのことなので上手くいかなかった
 り失敗したりして今のフィールドノートを作り上げてきた(そして今も進化中)わけ
 です。それができるまでの悪戦苦闘(?)ぶりもまた本書の読みどころの一つでも
 あります。勝手ながらノートを見てるとなんだかフィールドワークって楽しそうだ
 なあと思えてきます。
 
  ちなみに歴史学者もフィールドワークをしないわけではありません。その辺に
 ついては『古文書はいかに歴史を描くのか』(白水智、NHKブックス、2015)をお
 読みください。学生時代にも「歴史学者は足腰が大事」といわれた覚えもありま
 す。
 
  デジタル全盛の時代にあっても、手書きフィールドノートが使われているのが
 多いのも特徴でしょうか。ノートに書かれた内容の整理はパソコンでするでしょう
 し、もちろんデジカメでの写真、ICレコーダーでの録音なども併用されています
 が、紙に記録することの利点もあります。
 
  水を被ってもデータが飛ばないとか…基本的なことですがけっこう大事です。
 そして時には研究対象の人とのコミュニケーションツールになったりもするよう
 です。いちばんフィールドノートのIT化が進んでいたように感じたのは、ミュージ
 アム研究者の人でしたがそれでも手書きノートも大事なツールのようです。
 
  巻末の座談ではデジタルツールは何でも記録してしまうけど、ノートは自分が
 必要と思ったところだけが記録してあるとも言われています。だからノートの情
 報は質が高い(逆に記録を落とすともうどうにもならないという欠点もあるわけで
 すが)。そういったところも手書きフィールドノートが現役の理由かもしれません。
 
  と、くどくど述べてきましたけれど、フィールドワークなんてしないし関係ないね
 と思われてしまうかもしれません。しかしフィールドワークは学者だけがするも
 のというわけではありません。寄稿している研究者の方々も以下のように言って
 います。
 
 「思考の旅の始まりとしてのフィールドノートは研究者だけの専売特許ではなく、
 誰もが実践可能な知的技法の一つなのではないだろうか。」(増野亜子、p,47)
 
 「読者の皆さんには、日常的にフィールドノートをとるという生活をお勧めしたい。
 ひたすら溜め込んだ断片的な情報が、ある日突然一つのストーリーとなって浮
 かび上がってくる感覚はフィールドノートと共に生きることならではの醍醐味で
 あろう。」(柚洞一央、p,73)
 
  皆さんも出かけたときにポケットにノートを一冊忍ばせて、出会った興味のあ
 ることを書き込んでいけば、その積み重ねの中から新たな発見があるかもしれ
 ません。
 
  私も旅の記録はデジカメで済ませていたのですが、最近写真の整理をしてい
 て、何だかわからない写真が多くなってしまった(情報の質が低い典型か?)の
 で、今後は旅先で出会った面白そうなことはノートに記録していこうと思ってい
 ます。
 
  
 ◎副隊長
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。

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 ■トピックス
 -------------------------------------------------------------------

 ■ Book! Book! Miyagi@こみち市
 └─────────────────────────────────
 ◆日時:2018年4月28日(土)10:00〜15:00

 毎月28日に新寺界隈でにぎわう「新寺こみち市」と合同で本の市をひらきます。
 宮城、福島、東京、秋田から個性豊かな本屋やショップ、コミュニティースペース
 が集まります。地域にとけ込む定期市と一緒に、生活に必要な食べものや生活
 雑貨を手に取る延長で、この日は本との出会いも楽しんでいただけますよう、
 ご来場をお待ちしております。

 ◇会場:新寺こみち市会場
      仙台市若林区新寺小路緑道〜新寺五丁目公園
     *Book! Book! Miyagiの会場は新寺五丁目公園。
      仙台駅より歩いて10分。

            新寺こみち市 http://www.komichiichi.com
          *駐車場の案内については上記のサイトをご覧ください。

 【出店者】
 石巻まちの本棚(石巻市)  NEWS STAND SATAKE(南三陸町)
 ちいさいおうち(多賀城市) スローバブックス(丸森町) イースト・リアス(気仙沼市)
 岡田書店(福島県楢葉町) 阿武隈書房(いわき市)
 うさぎや、Books & Cafe コトウ(福島市) 
 ブックギャラリーポポタム(東京) 6jumbopins、のら珈琲(秋田) RE プロジェクト、
 風の時編集部+3.11オモイデアーカイブ、 メアリーコリン、
 古書水の森、火星の庭、Book! Book! Sendai(仙台市)


 ■ 第20回 不忍ブックストリート 一箱古本市
 └─────────────────────────────────
   谷中・根津・千駄木エリアの書店、雑貨店、ギャラリー、カフェなどの店舗や
 施設の軒先をお借りして、一人が一箱分の古本を持ち寄って販売する
 青空古本市、それが「不忍ブックストリートの一箱古本市」です。
 
 誰でも参加できて、一日だけの「本屋さんごっこ」を愉しめるイベントです。
 
 ◆日時:2018年4月29日日曜日 11時〜16時30分 *雨天決行

  ----------------------------------------------------------------------
 ■あとがき
 また、遅れた配信となってしまいました。申し訳ありません。
 日が注ぎ、気持ちいい季節になってきました。本のブックイベントも
 このGW多いようです。どこかに出かけて、新しい本やひとと会いたいですね。
                                畠中理恵子
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[本]のメルマガ vol.677

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『図説 ケルト神話伝説物語』

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「マビノギオン」やアルスター物語群、フィン物語群といった写本に取り込ま
れ、ときに大きく形を変えて受け継がれてきたケルトの神話。魅惑的な古代の
営みを伝える神話物語を180以上の図版とともに集大成。オールカラー。

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その22「男の子の料理」

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 我は求め訴えたり

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

----------------------------------------------------------------------
■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その22「男の子の料理」

 「男の子の料理」なんて題名をつけたものの、私には男性がお料理すること
についての偏見はない。たぶんそれは、母方の祖父が料理上手で、普段でもサ
サッとお酒のつまみを作ったり、大勢の客が来るときなどは率先して包丁を握
ったりする人だったからだろう。父はまるきり料理ができなかったけれど、そ
の違いについては特に考えたこともなかった。母と祖父は「手先が器用」であ
ることを誇っていたので、不器用な父は料理が苦手なのだろうと思っていたし、
生まれつき不器用な私は料理に向かないんだろうなと漠然と思っていた。
 
 ところが世間に出てみると、料理をすることが男の沽券にかかわるとかいう
人が多数いて、しかも、女性が料理できないと一生嫁に行けないとか言って責
めたがる人も大勢いることに気づいた。

 そんな、バカな。

 小学校の家庭科の授業でも、目をみはるようなきれいな切り口のサンド+イッ
チを作る男子もいれば、ジャガイモの皮も剥けない女子(代表は私)もいた。
家庭科を男子にも受けさせる高校に通っていた時のお菓子つくりの特別学習は、
男女問わずすごい人気だった。それなのに、何故できないことを誇り、下手な
女子を責めたりするのだろう?

 今回は、児童文学の中での魅力的な男の子の料理の場面を見ながら、そこに
こめた作者の気持ちをさぐってみたいと思う。

 まずは、エーリヒ・ケストナー著『点子ちゃんとアントン』から。

 点子ちゃんが仲良しのアントンの家を訪ねる場面。アントンは病気で寝てい
るお母さんのために夕飯を用意しているところだ。

 そのメニュウは、ゆでたジャガイモにかき卵。

 その様子を眺めている点子ちゃんは、全然お料理をしたことがないらしい。
アントンが、袋からなにやら白いものを、鍋に割入れた卵と水に振りかけるの
を見て、

「どうしてお砂糖を入れたの」

なんて、きく。

「小麦粉だよ。かき卵を作るんだけど、小麦粉と水を入れると、量がふえるん
だ」

点子ちゃんはこくんとうなずいた。

「じゃがいもの塩ゆでには、塩はどれくらい入れるの?五百グラムの袋ぜんぶ?
それとも半分?」 
 
アントンは、大きな声で笑った。

 それは笑うだろう。まあとにかく、点子ちゃんは裕福な社長の娘で、お料理
を知らないまま育っているようだ。

 正しいお塩の量は「ナイフの先に何杯か」だそうで、「お塩一つまみ」はど
れだけか迷う身にとっては、少しわかりやすいかもしれない。

 この後マーガリンを入れたフライパンに卵を流し入れてかき混ぜ、点子ちゃ
んもかき混ぜるのを手伝って、かき卵は無事に出来上がる。ゆでじゃがいもも
よいころ合いでぐちゃぐちゃにならずに出来上がり、アントンとお母さんは、
お母さんの寝室でそれを食べる。
 お母さんによると、アントンは、ハンバーグもできるらしい。

 アントンがお料理ができることに、点子ちゃんはとても感心したらしく、そ
のことについて色々なところで発言している。

 例えば、アントンの担任の先生に。
(私は子供の頃、ここがこの物語の一番すごいところだと思っていた)点子ち
ゃんはアントンの通う男子校に自家用車を乗り付ける。そして、担任の先生と
お話ししたいと言って教員室に入って行く。丁寧な言葉で、けれど堂々と、先
生に、教室で眠そうにしているアントンは怠けているのではなく、病気で働け
ない母親の看病や夜のアルバイトで疲れているのだという事を説明するのだ。
小学生が自分の学校以外の先生の教員室に行くという事だけでもすごいのに、
アントンの秘密も守りながらアントンの状態について語り、先生の誤解を解い
て友人の窮状を救おうとする。

「……でも、だれかがごはんを作らなくちゃならないでしょう?だれがやって
いると思いますか?アントンが作っているんです。じゃがいもの塩ゆでとか、
かき卵とか、いろいろ。すっごくじょうずなんです!」

 ところで、話は変わるが、この先生へのセリフのラスト。

「すっごくじょうずなんです!」

を、旧訳の高橋健二訳では

「とにかく、すてきなのよ!」

とあって、料理の技術よりアントンがすてきだという事に比重がある感じで、
子供心に先生相手にのろけて見せるなんてすごいなと思ったのだ。

 その他にも、いろいろな事件の後で、お父さんにもこう言う。

「社長、あの子ね、お料理だってできるのよ」

 たかが、かき卵と言うなかれ。この時代の偏見はいかに強かったことか。

 このアントンの料理について、ケストナーは料理場面のある章の終わりに
「立ち止まって考えたことその2」という、作者自身の考えを付け加えている。

「みんなが、どう考えるかぼくにはわからない。男の子が料理することを、み
んな当たり前と思うだろうか?」で始まるこの文章の中で、パウルという少年
と病気のお母さんのためにお料理をすることについて問答している。そして、
「だって、料理なんて、男のすることじゃないもん」
と、恥ずかしがる男の子に、誇りに思っていいことだと説得しようとするのだ
が、男の子は恥ずかしいから料理をするときには鍵をかけてやるとか、家政婦
を頼むからやる必要がないとか言い出す。作者は、「わからない子だね、まっ
たく。」
と、言い終えている。
 これが、1931年。戦前のドイツの常識だったのだろう。

 ケストナー自身は、両親はそろっていたのだが家庭は貧しく、働く母親のた
めに、料理をすることがあったらしい。親孝行のために、生活のために、料理
その他の家事をすることを蔑まれてはたまらないという気持ちがあったのだろ
う。

 とにかく、このかき卵の場面だけ見ても、「卵に水と小麦粉を足すとかさが
増す」という、貧しさも空腹も知っている作者にしか描けない場面であること
がよくわかるだろう。

 こんど、卵が足りない時に試してみようか?

 でも、うっかりするとお好み焼きになってしまいそうな気がしないでもない、
かき卵の作り方だ。

 最近読んだ本にも、かき卵を作る男の子の話がある。

 それは、レベッカ・ステッド著の『うそつきとスパイ』の中の一場面だ。物
語は、父親が会社を首になったので家を手放した一家がマンションに引っ越し
てくるところから始まる。母は看護師で当面の間、夜間勤務を増やしている。
主人公のジョージは、運よく同じアパートに住む男の子セイファーと友達にな
る。セイファーの家に日曜日のお昼に遊びに行った時、その日の昼食のお料理
係であるセイファーが、おいしいスクランブルエッグを作ってくれて、「こつ」
を教えてくれる。

 物語の舞台はニューヨークのブルックリン。ジョージ親子が夕飯をとるのは
近所の中華料理の店とピザの店。朝ごはんもレストランでパンケーキやサンド
イッチを食べる。その様子見ていると、都会だなあと思う。でも、だんだん少
し奇妙に思えてくる。

 外食しすぎじゃないか?
 
 ジョージはある日、家で、セイファーに教わったようにチーズ入りのスクラ
ンブルエッグを作り、きゅうりのサラダを添えて父親と食べる。

「スクランブルエッグは大好きだ」お父さんは明るい声で言った。「大好物な
のをすっかりわすれていた」

 そこで父親は、自分がずっと料理をしていないことに気づくのだ。

 夜間勤務だから昼間の物語の中に姿を現わさない看護師の母が、実は入院中
だという事が明らかになってくる。毎日看病に通い、病状が悪くなるとふいに
病院に呼び出されたりする日々の中で、失意の父親は呆然としていたのだろう。
息子の料理を食べて、やっと、自分が料理をすればいいと気づくのだ。

 ジョージが料理を作り、親子でテーブルをはさんでそれを食べて、やっとジ
ョージは、学校でいじめに合っていることなどを打ち明けられるようになる。
こわれかけていた家庭が戻って来たのは、このジョージのスクランブルエッグ
のおかげだったような気がしてならない。

 さて、ここらでセイファーの教えてくれたおいしいかき卵のコツを皆様にも
伝授しよう。それは、

「うまいスクランブルエッグを作るコツは、弱火でいためること」

 ためしてみてください。
 ほんわりとやさしい味がしそうな気がします。


 現在の日本では、お弁当屋さんやコンビニで温かい食事を買うことができる。
でも、コンビニ弁当は高い。もし、その家が貧しい家庭であったとしても、ガ
スや水道が止められていなければ、食材を買って調理した方が安くつくだろう。
仕事で疲れ切った母親がいた時、あるいは病気だった時、日本の子供たちも料
理を始める。

 池田ゆみる著の『川のむこうの図書館』では、小学校六年生の竜司が野菜炒
めを作る場面がある。
 竜司の家は母子家庭で、引っ越しを繰り返している。母親は昼間スーパーの
レジ係で働いてから、いったん帰って食事を作り、夜は居酒屋で働くという生
活をしている。時間がない時はお金が置いてあって、竜司はコンビニでお弁当
を買って食べる。
 でも、時たまお金が置いてない時もあるのだ。
 給食で必ずお代わりをすることにしている竜司だが、人気メニュウでお代わ
り希望者が殺到するとじゃんけんで決めることになり、負けると空腹がつらい。
 竜司は自分から率先して物事を始めたりしない男の子のように描かれている。
学校で理科の実験や家庭科の実習があっても、後ろの方でひっそりと眺めて過
ごす。
 だから、ある日母親が病気で調子が悪い時に、うっかり野菜炒めを作ると言
ってしまい、自分でもびっくりしてしまう。

 そして、家庭科の教科書を引っ張り出し、冷蔵庫から食材を出すと、

「教科書を見ては野菜を切り、またのぞいては調味料を用意し、いちいち確認
しないと前に進まない」
という感じで料理をしていく。

 でも、野菜に火が通りジャージャーと音がし出すと、しだいにおいしそうな
匂いもして来て、野菜炒めは無事でき上がる。

 ケストナーの物語と違ってこの親子は抱き合ったりしないけれど、それでも
母親はぶっきらぼうにお礼を言う。竜司は驚いて、隣の部屋に横になりに行く
母親の細い背中を見送るのだ。

 この物語は文字通り図書館が舞台なので、竜司はその後図書館で料理の本を
借りてくるようになり、買い物もするようになっていく。

 竜司の作ったブタの薄切り肉の野菜炒めは、キャベツが少し焦げたところが
おいしそうで心に残る。

 どんな時代になっても、ケストナーがあきれたパウル少年のように、男が料
理するのを格好悪いと思ったりする人はい続けるだろう。けれども食べ物を煮
炊きすることは生きていくための必要最低限の技だ。 

 料理をするという事は親への愛情でもあるとともに、親離れすることでもあ
る。

 今日も物語の中の少年たちはフライパンを火にかざし、そして、少し先へと
進んで行くのだ。

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『点子ちゃんとアントン』  エーリヒ・ケストナー著池田香代子訳
                         岩波少年文庫
『点子ちゃんとアントン』  エーリヒ・ケストナー著 高橋健二訳
                           岩波書店
『ウソツキとスパイ』    レベッカ・ステッド著  樋渡正人訳
                           小峰書店
『川のむこうの図書館』   池田ゆみる著      さえら書房
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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■ホンの小さな出来事に / 原口aguni
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我は求め訴えたり

 誕生日を迎えていつのまにかほぼアラフィフになってしまった。いろいろ考
えることも多いけれども、それにつけても、年を取れば取るほど、若いころに
影響を受けたことが自分の生き方というか、人生の選択を左右しているなぁ、
ということに気づく。

 たぶん、高校生の頃から大学時代に掛けて、私が影響を受けた人物の一人が、
この『我は求め訴えたり』という書物を書いた人物である。今は無き、NES
COから発行、発売は文芸春秋社。1987年に1刷で、私が持っているのは1990
年の6刷だから、結構、売れたのかもしれない。著者はデーモン小暮。

 この本の面白いところは、巻末のあとがきを「小暮ヨシノブ」が書いている
ことだろう。いわゆる「世を忍ぶ仮の姿」の人である。いかにデーモンのせい
でひどい目にあっているか、ということが書かれていて面白い。

 本の内容自体はデビューの話とか、解散の話とか、信者であればよく知って
いる聖飢魔IIの話が多い。知らない人は面白いかもしれない。早稲田大学の早
稲田フォークソングクラブ(WFS、そういえば、知り合いも複数、入ってい
た。)で結成されたことや、リーダーのダミアン浜田殿下が実家に帰ってしま
うことになって一度、解散したこと。ところが解散前に受けていたオーディシ
ョンに合格していたので続けることになったことなど。

 そういう話よりも個人的に面白かったのは、デーモン小暮あるいは小暮ヨシ
ノブがどういう生き方を選択し、結果、どうなったかという自伝的要素である。

 時系列で整理すると、アメリカで幼稚園から小学2年生まで過ごしたらしい
こと、クラシック好きな家族が居て、姉がピアノを習っていたこと。子どもの
頃にその練習を聞いているうちに耳コピしてクラシックを歌っていたこと。高
校は「日本一校則が厳しい」私立高校だったこと。大学時代は、音楽、演劇、
エンターティナーの3つの方法でメジャーになることを目指していたこと。

 聖飢魔IIというと世間的なイメージは「蝋人形の館」だろうが、実際にはあ
あいうストーリー仕立ての曲は珍しい。デビュー時の曲は「悪魔組曲作品666
ニ短調」で、ダミアン浜田殿下の手によるもの。黒ミサという名にふさわしく、
讃美歌風の荘厳な曲。聖飢魔IIの曲を通して聞いてみると、クラシックの雰囲
気があちこちに見える。ダミアン浜田殿下の音楽性のバックボーンはわからな
いが、まあ、数学の先生になるくらいだから論理とか美学とかありそうだし、
いわゆるクラシックやヘヴィメタルの「様式美」というところで、デーモン小
暮とダミアン浜田の音楽性が一致したのではないか、と思える。

 そこに独特の演出やエンターティンメント性、演劇性が混ざり合って、聖飢
魔IIになっていくわけだけれども、なにしろ最初から1999年で解散が決まって
いたコンセプトのバンドである。しかもデビュー前に一度、解散しちゃってい
るバンドである。商業主義に踊らされたとも言えるが、逆に言えば、デーモン
小暮という新リーダーのポテンシャルがそこまで高かったのだと思える。

 この本を読むと、インディーズに対する批判、メディアに対する批判なども
あるが、若者に向けてのメッセージも多く見られる。

 例えば、こんな感じである。

「才能は、たくさん伸ばそうと思えば、伸びる芽は幾つもあるのだ。ジャガイ
モにたくさんの芽があるように」(P94)

「神に頼るな、自分の胸に訊け!」(P153)

「先駆者の模倣をしつづける者は創造主たりえぬ」(P178)

「”普通”の人間なんてェものは、どこにも存在しない」(P180)

「真実の世界像は、この世の中にある瞳の数だけ存在するのである。諸君達ひ
とりひとりが、いわばそれぞれの世界の中心なのだ。」(P184)

「「俺がこの世を変えてやる」というくらいの心意気で臨めば、たとえそこま
で至らなかったにしても自分の人生の活路は開く。自分のことくらい変えられ
るのだ。」(P224)

「自分の感性に誇りをもて。諸君らはそれぞれ最高不可侵の素晴らしい感性、
価値観を所持しているのであり、それはいかなる外部からの圧力にも屈する必
要のないものばかりなのである。自分で判断し、自分でいいと思ったことは貫
け。何でも他人に従ってばかりおる者に待っているのは『死』あるのみである。」
(P244)

 いやー、かっこいい。まさにロックだけれども、年配の方から見れば、お前、
何様やねん、と言われそうな名言である。

 で、こういうことを真面目に主張しても突っ込まれない奇跡のポジションが
あって、それが「正体は悪魔なんです」というポジション。人間ではないなら、
人間界の基準を当てはめられない。つまり何を言っても自由である。

 ただまあ、こういうことをフォークギターに乗せて歌っていたら、それはそ
れでダサいので、壮大なスケールのセットで火を噴いたり生き血を飲んだりし
ながら重厚な音を大音量で流しまくる、ってことになったのが、デーモン小暮
率いる新・聖飢魔IIであり、その主張している「自分を信じろ、お前は自由だ」
というメッセージと、エンターテインメント性の高さに魅了されたのが、いわ
ゆる「信者」だったんだろうなぁ、と思う。

 で、この本の話はここまでだけれども、その後、聖飢魔IIはいわゆる「信者」
を集めての「ミサ」というモデルで1999年の解散を迎える。最初の大教典(ア
ルバム)「悪魔が来りてヘヴィメタる」は某専門音楽雑誌で0点をつけられた
というのは有名な話だけれども、「お茶の間にヘヴィメタを」のスローガン通
りに紅白歌合戦に出場したり、オリコンで1位を取ったりした。その後、やや
ブームは去って、音楽評論家からは「古い」などと言われて、その後、解散を
向かえるものの、その後、だいたい5年毎に「再結成」して「ミサ」を行って
いる。

 そんな中で、時代は変化しており、Youtubeなどで彼らの演奏が配信される
ようになると、日本だけではなく海外にも「信者」が現れるようになった。一
度、見てもらればわかるが、彼らのミサのセットの凝り方も半端なものではな
く、そこにあの風貌で演奏である。いかに悪魔といえども、おそらく当時は、
「インスタ映え」な時代が来るとは想像もしていなかったと思うが、彼らの強
烈な個性がむしろ海外で、イロモノではなくエンターティメントとして評価さ
れているのは面白い現象だと思う。

 いや、しかし、久々に読み返してみると、自分も随分、妥協して生きるよう
になってたなーと反省。大学時代、文芸サークルに入って文芸賞に応募したり、
編プロ経由で本を書いたり、古本屋まわって印刷費稼ぎのために編集のバイト
を引き受けたり、そういう行動も随分、影響を受けていたんかな、と思う。ち
ょっと若いころの自分のエネルギーを思い出しました。

 誰でも自分なりの、そういう本、あるのではないかと思います。たまには恥
ずかしがらずにそういう本のページをめくってみるのも、良い経験かもしれま
せん。

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:
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 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
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■あとがき
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 またまた配信が遅くなりました。(aguni原口)

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[本]のメルマガ vol.675


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 展した三都を料理史家が実際に訪れて資料を渉猟、香辛料がもたらした栄枯盛
 衰は都市の文化と政治、そして人間をどのように変えたのか。
      
 【連載】………………………………………………………………………………
 
 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 第51回「カオスをコスモスにする仕事のキモを学ぶ,ということ」

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 第105回 一杯のコーヒーから

 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → 短歌はおもしろい!
  
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 ■トピックス
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 一つご紹介いたします。
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 ■「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
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 第51回「カオスをコスモスにする仕事のキモを学ぶ,ということ」

 こんにちは。もちろん時事問題には関心が大アリで,この国の行く末を心配す
 ることでは人後に落ちないつもりですが,取り敢えず今回は別の話を。
 
 来年度,と言っても,もう来月からに迫っていますが,紆余曲折あって勤務先
 の司書課程で「情報資源組織論」「図書館情報技術論」というふたつの講義を
 受け持つことになりました。今日は「情報資源組織論」のお話をしましょう。
 
 この講義は,わたしが大学で学んだ頃は「分類・目録論」という,1980年代ま
 での図書館学,そして図書館の現場における「専門性」の専門性たるゆえんを
 説く講義であったのでした。しかし1990年代以降は図書館業務の電算化に伴い,
 様々な館種の図書館にMARCが広く行き渡りコピーカタロギングが当たり前のよ
 うに行われるようになると,基本的に書籍を整理する業務を学ぶ「分類・目録
 論」と,分類作業と目録作成を柱とした,いわゆる「図書館員の専門性」論は
 図書館を論じる舞台の第一線から遥か後方に退くことになります。分類・目録
 論の栄光と転落は,例えば『図書館に訊け!』(井上真琴著/筑摩書房/2004年
 8月/ちくま新書486)でも,図書館内における目録担当部屋の消滅,という形
 で描かれています。
 
 のち,1996年度の図書館法施行規則の改定により,「分類・目録論」は「資料
 組織概説」と名称を変えますが,これは図書館で扱う「資料」が書籍と雑誌の
 枠を超えたことを考慮しての変更だったと記憶します。日本図書館協会が編集
 ・出版している『日本目録規則1987年版』の改訂も,片方では目録の電算化を
 見据えて,目録作成の方式を基本記入方式から記述ユニット方式へ変更すると
 いう改革を行う一方で,図書館が扱う目録の範囲を書籍から大きく範囲を広げ
 て雑誌のみならず,地球上に存在する人間の知的生産の結果をすべて図書館で
 扱い,目録化するという壮大な実験をしているのではないか,とあらぬ誤解を
 招きかねないほど様々な資料について,目録化を可能にする改訂が施されてい
 きます。講義の名称は変更されましたが,扱うべき図書館資料の内実と学ぶ対
 象に大きな変化はなく,「分類・目録論」の教科書の内容を引き継いだものが
 「資料組織概説」の教科書となっていました。
 
 そして2012年度より「資料組織概説」は「情報資源組織論」と再度名称を変更
 します。図書館業務において機械化・電算化と言われ,世の中ではOA化と称さ
 れていたものが,情報技術(Information Technologyもしくは
 Information and Communication Technology)の発達に伴い,情報化・情報社
 会の大きな進展に飲み込まれる形でインターネットが世界を席巻し,いまやほ
 とんどの社会人がスマートフォンでインターネットにアクセス可能なほどの基
 盤整備が急速に実現している社会において,図書館学もまた「図書館情報学
 (Library and Information Science)」に衣替えしています。図書館もまた
 「情報」「情報化」とは無縁ではいることはできず,情報を図書館の活用でき
 る「資源」として扱い,これを図書館間で共有し,利用者に提供できるような
 形で整理しておかなければならない時代を迎えています。
 
 もともと図書館が所蔵する書籍や雑誌に分類を施しその目録を作成する,とい
 う一連の作業は,片や目録を作成することにより財産の管理を行うことが目的
 のひとつであり,他方で利用者(来館者)の求めに応じてすばやく的確な資料
 を提供することをもうひとつの大きな目的としていたわけですが,現在では
 「情報」という名称の下に集約される,当該図書館が所蔵していない(所有し
 ていない)資料をも整理し提供できるようにすることが,これからの「目録」
 作成者には求められるようになってきている,というのが,「情報資源組織論」
 という名称変更の主たる眼目ではないか,とわたしは見立てているのですが,
 さてどうでしょうか。司書養成カリキュラムの2011年度改訂後もなお,旧来の
 分類・目録論の枠から一歩も出ようとしていない情報資源組織論のテキストも
 あるのが現状です。
 
 こんなことを考えながら,「情報と知識の違いは」「情報資源とは何か」「図
 書館情報学における組織化とは何ぞや」「情報資源の組織化とは」「情報を的
 確に利用者に伝えるとき,図書館は何をする必要があるのか」などを15回に渡
 って講義してまいります。今日は花粉症とそのクスリに負けたので,この続き
 はまた後日。
 
 では,また次回。
 
 ◎停雲荘主人
 大学図書館の中の人。南東北在住。好きな音楽は交響曲。座右の銘は「行蔵は
 我に存す,毀誉は他人の主張,我に与らず我に関せずと存候。」(勝海舟)。
 
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 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
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 第105回 一杯のコーヒーから

 
  読書と珈琲というのはよく似合う。たとえば植草甚一を読むと喫茶店に行き
 たくなるし、MJBの緑の缶が欲しくなる。山川直人の漫画『コーヒーもう一杯』
 (ビームコミックス)を読んだときは魔法瓶に珈琲を入れて公園に持って行きた
 くなった。

  久しぶりにインスタントコーヒーを買ってきた。近所のスーパーマーケットの
 棚には、4種類ほどの瓶詰めのインスタントコーヒーが並んでいた。意外と少
 ないな。いまはドリップ式やスティックのものが主流みたいだ。ぼくはラベルに
 有機栽培珈琲と書かれた50グラム瓶を買った。無性にインスタントコーヒーを
 飲みたくなったのは、片岡義男の新刊『珈琲が呼ぶ』(光文社)を読んだから
 だった。意外にも片岡義男には、いままで珈琲をテーマにしたエッセイ本はな
 かったという。
 先日、「片岡義男.com」に「わたしと片岡義男」というテーマで
 いエッセイを書かせていただいた。原稿を書きながら、ぼくは片岡義男をたくさ
 ん読んでいたわけではないけれど、ずいぶん影響を受けてきたのだなあ、と改
 めて思った。それはエッセーに書いたように「気まぐれ飛行船」というラジオ番
 組を聴いていたからかもしれない。インターネットなどなかった時代だから、片
 岡義男が語るアメリカは、遠い異国の匂いがした。この番組でかかる古いジャ
 ズに夢中になったし、ハワイのポップスも初めて聴いた。そうそう「ハセガワ・
 ゼネラル・ストア」というCMソングは楽しかった!
  youtubeで「Hasegawa General Store」を検索すると聴けます。

  それから40年が経って、いま『珈琲が呼ぶ』を読んでいると、自分が20歳に
 もならない、「気まぐれ飛行船」を聴いていたころに戻ったような気分になった。
 片岡義男の語り口はあの頃のままだ。珈琲をテーマに、ビートルズのサイン
 をめぐる話、アイスコーヒーという“不思議な飲み物”、「小サナ喫茶店」という
 タンゴの名曲と話題はバラエティに富んでいる。古い喫茶店の椅子に座るため
 に京都に行くなんて、うらやましい。写真ものっているが、じつに魅力的な椅子
 だった。

  最近は純喫茶ブームのようで本や雑誌なども見かける。ぼくもついつい買っ
 てしまうのだけど、雑誌で紹介されている店をさがして出かけることはない。な
 んか違うなあ、と思うのだ。たまたま近くにいったら入るとか、知人に連れてい
 ってもらうとか、そういうものだと思うから。いや、わざわざ出かけるのが、ただ
 面倒くさいからかな。

  もちろん珈琲をめぐる音楽についても素敵なエッセイが載っている。ボブ・ディ
 ラン、トム・ウェイツ、スザンヌ・ヴェガなど歌の背景にある物語が書かれている。
 印象に残ったのは、「一杯のコーヒーから」という歌について書かれた短いエッ
 セイ。ぼくはこの服部良一のが書いた名曲が大好きなのだけど、この本を読む
 までその時代背景などまったく気にしていなかった。「一杯のコーヒーから夢の
 花咲くこともある」、というほのぼのとした歌は、昭和14年に発売されていた。
 日本が太平洋戦争に向かっていく中で生まれた歌だったのだ。いったいどのよ
 うな気持ちでこの服部良一はこの美しいメロディを書いたのだろう。たまたまぼ
 くが持っている古いアメリカ製のギターは1938年製だった。あらためてこのギタ
 ーが生まれた時代を思うと、その弦の響きが深い音に聞こえてきた。

  この本に登場する、いくつかの喫茶店には行ったことがある。経堂育ちだった
 ぼくは、どこかで片岡義男とすれ違っていたかもしれないな。そういえば植草甚
 一はよく見かけた。目立つものなあ、あのファッション。片岡義男さんは、農大通
 りをひとつ裏にはいったところにあったNIZANには行ったことがあるだろうか?

  本を読みながら、自分が通っていた喫茶店のことを思い出していた。ぼくは高
 校生の時代、ほとんどを喫茶店で過ごしていた情けない学生だった。そのころ
 通っていた新宿の喫茶店はもう存在しない。成人映画館の並びにあったカミー
 は、珈琲を頼むとアイスクリームがついてきた。カトレアのマッチは擦ると色のつ
 いた炎が出た。腹をすかせた高校生がよく行ったのは、新宿なのに「六本木」と
 いう喫茶店。トーストが食べ放題で、薄暗い店内をウェイターがトーストをのせた
 トレイを持って店の中をまわっていた。珈琲を一杯だけ注文して、トーストを何回
 もお代わりした。友人と1時間ほどいて、出ようとすると、またほかの友人がやっ
 てくる。結局、トーストを頬張りながら4時間以上もねばることになる。なんて迷惑
 な客なんだ!
 
  
 いったい何を話していたんだろう?
  女の子にはもてなかったから、恋愛の話はしなかった。受験には興味がな
 かったから、勉強の話もしなかった。たぶん、名画座に何を見に行くかを相談
 したり、筒井康隆の本のことや、がきデカの話、それに当時ほとんどだれも知
 らなかった、はっぴいえんどという日本語の歌詞を歌うロックバンドのことだった
 かもしれない。

  このころに喫茶店で無駄に過ごしていなければ、もうちょっとましな暮らしをして
 いたかもしれない、と思うこともある。でも、この時間がなければ、いまの自分は
 いないし、還暦を過ぎてもずっとつきあっている友人とも出会わなかった。

  そんなことを考えながら飲んだインスタントコーヒーは、やたらと苦かった。スプ
 ーン2杯の砂糖とミルクをたっぷりと注いでみた。懐かしい味がした。


 ◎吉上恭太

 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。詳し

 くはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。
 
 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。

 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017

 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします! 

 
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 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
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  先日新聞を読んでいたら、歌人の谷川電話の連載を発見しました(「あなたは
 どこに 短歌はここに」)。5回で終わってしまってちょっと残念。エッセイ風の文章
 に交えて短歌を紹介していくスタイルでとても面白かったです。
 
  というわけで久しぶりに短歌でも読んでみるかと思ったわけですが…。大きな
 書店へいくとそれなりの数の歌集があって、どれが自分にとって向いているの
 かもわからず、目移りしてしまいます。そんな歌集コーナーに平積みになってい
 たのがこちら。
 
 『短歌タイムカプセル』、東直子・佐藤弓生・千葉聡編著、書肆侃侃房、2018
 
  この本は編者3人が選んだ、戦後から2015年までに歌集を刊行した歌人115人
 から、ひとりあたり20首収録したものです。歌人が故人の場合を除き基本的に20
 首は自選となっています。
 
  目次を見ると岡井隆・馬場あき子といった教科書にも載っているような歌人もい
 れば、穂村弘や枡野浩一もいるし、もっと下の世代の歌人まで幅広く選ばれてい
 ます。
 
  岡井隆といえば現代歌人の中でも名の知れた人物ですが、私は勝手に難しい
 歌が多いに違いないと思い込んでいました(分厚い思潮社の『岡井隆全歌集』全
 4巻が私にそう思い込ませたのに違いない、ということにしておいて下さい)。
 しかし
 
 眠られぬ母のためわが誦む童話母の寝入りし後王子死す  (p,45)
 
 など作者の生活に即した平易な(と感じた)歌もあり、必ずしもそうではなかったと
 (恥ずかしながら)知りました。食わず嫌いは良くないですね。
 
  枡野浩一は自選の20首を時系列順ではなく配列を独自の順番にしています。
 何人かの歌人は時系列にしたがって恋愛の歌を詠み、子供が生まれ、という自
 らの生活の流れに応じた歌が並んでいたりするのですが、枡野の場合は全くそ
 れを感じさせません。
 
  彼の短歌は読み手の気持ちに寄り添ってくるような感じでしょうか。
 
 こんなにもふざけたきょうがある以上どんなあすでもありうるだろう (p,196)
 
 「ふざけたきょう」のふざけ具合には触れない、「何か」があってそう感じたうち
 の「何か」に触れないことで、かえって読み手の心に入ってくるのではないでし
 ょうか。
 
  なんて20首ばかりでそんなこと言いだすのは早計なのですが、枡野浩一の
 歌は好きです。
 
  歌人の日々の暮らしが歌われ、心の澱が歌われ、短歌というものは色々な
 ものを表現できるわけですが、中にはこんなものもあります。
 
 おれか おれはおまえの存在しない弟だ ルルとパブロンでできた獣だ (p,186)
 
  フラワーしげるのこの歌はどう解釈すればいいのでしょうか。もちろん短歌が
 現実しか詠めないなんてことはないので、全くの創作でもいいわけですが、そ
 れにしてもこれはかなりすごい。
 
  「ルルとパブロン」と改めて言われるとあれですが、市販の風邪薬の「ルル」と
 「パブロン」です。風邪薬でできた獣…、偉そうなこと言ってる割にはショボそうな
 感じがプンプンします。しかも弟のくせにずいぶん態度がでかいじゃないか。
 
  とりあえずフラワーしげるの言葉遣いのセンスはすごい。それは十分伝わって
 きます。
 
 もういやだ死にたい そしてほとぼりが冷めたあたりで生き返りたい (P,49)
 
  こちらはぐっと若い1980年生まれの岡野大嗣の歌。そんなこと出来っこない
 のはわかっていても、こんな瞬間があったりしますよね。
 
 人間のふり難儀なり帰りきて睫毛一本一本はづす (p,16)
 
  こちらも1980年生まれの石川美南の歌。何となく心が弾まない感じの歌を選んだ
 のはまあ私の趣味の問題でしょう。これからきっと折々気に入った歌を「むやむや
 と口の中にて」呟きながら生きていくのだと思います。
 
  編者のひとり佐藤弓生は「それぞれの『好き』をさがしに、本書をひらいて」(p,243)
 ほしいと言っています。口ずさみたくなる一首が、さらには歌集を読みたくなる歌人
 がきっといるのではないかと思います。皆さんもぜひ本書をパラパラとめくりながら、
 現代短歌の世界をブラブラしてみてはいかがでしょうか。
 
  ところで冒頭に出てきた谷川電話は2015年までに歌集を出していなかったので、
 本書には収録されていません。『恋人不死身説』という歌集(いいタイトルですね)
 を同じ書肆侃侃房から2017年に出しているので、そちらを読んでください。
   
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。
 
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 ■トピックス
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 ■ 小出亜佐子×野中モモ×ばるぼら
     「日本のZINEについて知ってることすべて−80年代インディー編」
    『日本のZINEについて知ってることすべて』刊行記念
 └─────────────────────────────────
 ◆日時:2018年3月31日土曜日 15時〜17時(14時半開場)

 ◇場所 : 本屋B&B
       東京都世田谷区北沢2-5-2 ビッグベンB1F
             TEL 03-6450-8272
             mail  hello<AT>bookandbeer.com
                   ※<AT>の部分は「@」に直してください。
 
 ★入場料:1500円 + 1 drink order
 
 
 ☆出演:小出亜佐子/野中モモ/ばるぼら
  
 小出亜佐子(こいで・あさこ)
 1985〜1989年までミニコミ『英国音楽』主宰。最後の2号にフリッパーズ・ギター
 の前身ロリポップ・ソニック参加のソノシートをつけたがために、身に余る評価を
 受けました。1993年から『米国音楽』に参加。現在は引退し、ぐ〜たら主婦兼
 主に80年代音楽墓掘り人。近年の仕事にred go-cartの7インチレコード
 『sprites gave』(2018/galaxy train)のライナーノーツ執筆。
 
 野中モモ(のなか・もも)
 文筆・翻訳業。オンライン書店「Lilmag」店主。著書に『デヴィッド・ボウイ 
 変幻するカルト・スター』(筑摩書房)、訳書にキム・ゴードン『GIRL IN A 
 BAND キム・ゴードン自伝』(DU BOOKS)、ダナ・ボイド『つながりっぱなしの
 日常を生きる─ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの─』(草思社)、
 アリスン・ピープマイヤー『ガール・ジン「フェミニズムする」少女たちの参
 加型メディア』(太田出版)などがある。
 
 ばるぼら
 ネットワーカー、古雑誌蒐集家、周辺文化研究家。著書に『教科書には載らな
 いニッポンのインターネットの歴史教科書』『ウェブアニメーション大百科』
 (共に翔泳社)、『NYLON100%』『岡崎京子の研究』(共にアスペクト)。赤田
 祐一との共著で『消されたマンガ』(鉄人社)、『20世紀エディトリアル・オ
 デッセイ』(誠文堂新光社)がある。
                                    HPより抜粋
 ----------------------------------------------------------------------
 ■あとがき 
 いつも大変お世話になっております。
 今回もぎりぎりになってしまい申し訳ありません。桜が咲いたり、雪が降ったり、
 暖かく販ぞででも大丈夫になったり、三月は目まぐるしい月ですね。
 どうぞご自愛くださいませ。また、来月。畠中理恵子拝
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[本]のメルマガ vol.674

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■■ [本]のメルマガ                 2018.03.05.発行
■■                              vol.674
■■  mailmagazine of books      [「天才認定」されなかった 号]
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『帝国の最期の日々』(上下)

パトリス・ゲニフェイ&ティエリー・ランツ編 鳥取絹子訳
四六判 本体各2,200円+税 ISBN:9784562054589, 9784562054596

すべての帝国はいずれ滅びる。しかし帝国主義は永遠に死なない……時代も地
域も異なれば、形も違っているアレクサンドロスの帝国から現代のアメリカま
で、2500年にわたる20の帝国の崩壊をまとめて取り上げた初の歴史書。

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ 『枕草子』2「ぽりぽり篇」

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 金村修・タカザワケンジ『挑発する写真史』(平凡社)

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

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■トピックス
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■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その21『枕草子』2「ぽりぽり篇」

 前回に続き、『枕草子』の中の食物を見ながら、千年を超える旅に出てみた
いと思う。

 引用するのは旺文社文庫版の段数。書き出しも少し表記するので、その他の
本で読むときは、そこから調べてみて欲しい。今回は、思い切ってほとんど私
の意訳です。

 今回はあまり優雅ではない食物ばかりをあげてみよう。

 まずは、第九十五段の五月のドライヴの様子から。

「五月の御精進のほど……」

で始まる章なのだが、これはかなり長い物語なので、ざっと粗筋を述べてみよ
う。

 五月と言っても旧暦なので今の六月。五月雨と書いてもそれは、梅雨の雨の
こと。あまり用事もない頃なので退屈した清少納言は、

「ほととぎすの声を聞きに行かない?」

と、同僚に声をかけ出かけることになる。

 お許しも出て、梅雨なので特別に牛車を殿舎に横づけにしてくれたので、さ
っそうと車に乗り込み四人で賀茂の奥の方に向かう。

 道中に高階明順の家があり、声をかけると主人もいるというので中に入る。
そこは田舎家めいた実に風流な造りの家で、ほととぎすもうるさいほど鳴いて
いる。

 明順は近所の女たちを集めて、稲核(いねこき)などの農作業の様子を見せ
たり、粉ひき歌など歌わせたりして、もてなしてくれる。そして、唐絵にかい
てあるような大きな懸盤(食事をのせる足つきの台)にご馳走を並べてすすめ
てくれる。けれども、女房たちは、なかなか手を出そうとしない。

 明順は、

「普通は主人の方が困って逃げ出してしまうほどお客の皆さんはお食べになる
のに、どうして、召し上がらないのですか。この蕨などは私が今朝摘んできた
ものなのですよ。高いお膳が嫌なのですか?『はいぶし』に慣れた方々ですか
らね」

などと言って笑わせてくれる。

 女房たちは普段、一人ずつのお膳で、おかずも器に分けてよそってある食事
を食べているので、皆で大テーブルにずらりと並んで大盛りの料理に手を出し
て食べるのは、まるで宮廷で働く下位の女官の食事風景のようで、手を出しか
ねて困っているらしい。

 ここで言われている「はいぶし」というのは、岩佐美代子さんの研究で解明
された宮中の作法で、高貴な方の前で食事をご相伴するときに、食物を畳の上
(のお盆等の上など)に置き、肘を畳、あるいは膝の上に乗せて食べるやり方
のことなのだ。この方法は、明治天皇の宮中でもなされていたようで、

「お陪食等のご前でいただく時には手のひじを膝の上に乗せて、なかばおじぎ
をしたような形で戴かなければならない」

と、山川三千子著の『女官』に書かれている。こんな姿勢では、食べ物がまっ
すぐ入って行かないような気がしたと言っている。めったに一緒に食事などで
きない方の前だから、畏まっていただきます、という作法だろうか。

 とにかく、明順が躍起になってもてなしてくれるので、清少納言は蕨に少し
だけ箸をつけるのだが、その時

「雨がふってきました」

と、下男が言ってきたので、みんなまた牛車に乗ってここを立ち去る。

 この田舎の別荘めいた家での、もてなしの料理がどんなものだったかを知り
たいけれど、出てくるのは「下蕨」だけなのだ。想像するしかない。例えば田
辺聖子著の小説『春はあけぼの』では、作者はこんな鄙びたご馳走を書き連ね
ている。

「野老(ところ)やら、蕨のおひたし、青菜のあつもの、瓜の塩漬け、川魚の
塩焼き」

 ああ、そうだったかもしれないと、私もご馳走のぎっしりのった幻の大懸盤
を思い浮かべてしまう。

 この後、卯の花の枝を山ほど車にさしたり、その評判を広めさせようと若い
侍従を呼び出してからかったりしながら、清少納言たちは中宮のもとに帰って
行く。そして、肝心のほととぎすの歌を作れないまま帰ってしまったので困っ
たという話なのだ。

 それから二、三日後、同僚から、その蕨の味はどうだったの?ときかれ、思
いだすのはそっちなの?と笑った中宮から

「下蕨こそ恋いしかりけれ」

という下の句を示されたので、

「ほととぎすたづねて聞きし声よりも」

とつけたので、大笑いされ、この共作の歌は大評判となったという。

(はるばる聞きに行ったほととぎすの声より、
 蕨のご馳走の方が恋しいな)

 そう、私もその味を知ってみたい。
 
 こんな風に、人を笑わせる清少納言ではあるが、時たま人の悪口も言う。

 百四段の
「正弘はいみじう人に笑わるる者かな」
(正弘は、とっても人に笑われちゃう人なのよね)

で始まる章は、言動が人より変わっている文章生の源正弘のことを書いていて、
こんなことをしたとか、あんなことをして又人に笑われた等と書いている。

 例えば、正弘の家は染物や裁縫などの専門家の家で、すばらしい仕立ての立
派な装束を着ているのに、正弘はわざと生地を紙燭に近づけて焦がしたりする。
みんなで、ほんと、あれを着ているのが正弘じゃなかったらかっこいいのにね
え、と言い合っている。なんて具合。

 でも、憎らしげというより「この変人」という感じで、この若い文章生を見
ているようで面白い。

 その中で気になるのは、殿上の間(天皇直属の宮中の事務室とでも言うべき
だろうか)では、懸盤(テーブル)で食事をする時には、蔵人の頭が座ってから
食べ始めるという規則があるのに、ある時、正弘はこっそり豆を一盛り取って
清涼殿の小障子の向こうで食べていたと書かれているところ。誰かが気づいて
小障子を開けたので、その姿が丸見えになり皆が大笑いしたという話だ。きっ
とそれは煮豆ではなく炒り豆だったのだろう。小障子の向こうでポリポリ音が
して、さてはと、そっと小障子を開けて見せる蔵人の姿が目に浮かぶ。ほら、
時を超えて豆をかじる音が聞こえてくる気はしないだろうか?

ぽりぽり。

この御所で働く人々の食事の様子がわかる一場面でもある。

 同じように殿上の間で気になるのが、和布、ワカメの話だ。

「里にまかでたるに、殿上人などの来るをもやすからずぞ人人はいひなすなる」
(第八十段)
(里帰りをして実家にいる時に、殿上人などが訪ねてくるのをあれこれ人が言
 っているみたい)

 清少納言が長い間宮廷から下がっていた時の事。人の口がうるさいので、今
住んでいる家のことは、少しの人にしか教えていなかった。けれど、清少納言
の前夫の橘則光はさすがに元夫だけあって見当をつけてやって来る。

 この則光は、六位という下級の官吏だけれど、蔵人(天皇の膳の給仕や秘書
的役割を担う官吏)なので、昇殿を許され殿上人になっていた。その為、宮中
では清少納言と顔を合わせてしまう。そこで、二人はいったいどういう仲なの
だと人にきかれ、

「まあ、兄のようなものです」

と、答えたらしい。

 それから則光は、宮中では、せうと(兄)というあだ名で呼ばれていたとい
う。そのあだ名がそれぞれの口語訳によって様々で、「お兄さま」とか「兄貴」
とかになっているのが読んでいて面白い。

 何となくそれだけでも滑稽味を感じる男なのだが、妙に気のいいところがあ
り、宮中で清少納言が褒められると、わざわざ、とてもうれしかったと言いに
来たりする様子が描かれている。
 
 そして、この段では、則光がこんなことを話に来たとしている。

 ある日、殿上の間に上司である藤原斉信がやって来て

「妹の家を教えろ」

と、言ってきた。

「知らない」

と、言い張ったのだが、目の前に清少納言の家に出入りをしている源経房が素
知らぬ顔をして座っているので、目があったらきっと笑い出してしまうと思っ

「台盤の上に布のありしを取りてただ食ひに食ひまぎらはししかば、中間にあ
 やしの食ひものやと人人見けむかし」

(テーブルの上にあったワカメを取ってむしゃむしゃ食べてごまかしたんだ。
 食事時でもないのに変なもの食べてと皆に思われただろうな).

 なんだか、可愛げのある男でとてもおかしい。

 さて、そこで清少納言は「家のありかを教えないでね」の暗号にワカメを使
おうと思い立ったらしい。斉信が妹の家を申せと本当にうるさくて大変だから
家を教えていいか?と則光が手紙をよこしたときに、何も文章は書かないで一
寸(3.3cm) ほどのワカメを包んで返事とした。ところが、肝心の則光はワカ
メ事件をもうすっかり忘れていて、その後やって来て、何であんな変なものを
包んでよこしたんだ?あれは何のつもりなんだ?と訊いてくる。なんだか、憎
たらしくなってワカメと海女を引っ掛けた和歌を書いて返事をした。

「かづきするあまのすみかをそことだにゆめいふなとやめを食はせけむ」

(海に潜って姿を見せない海女のように、絶対に私の居所を知らせないでとい
 う意味で、ワカメを食べさせようとしたんじゃないかしら)

 すると則光は、なんで歌なんて詠むんだよ、読むもんか、と和歌を書いた紙
を扇であおぎ返して、帰ってしまった。

 『枕草子』ではこんな風に、人が良くて鈍い男という描き方をされている則
光だが、実は歌人でもあり、『今昔物語』(第23の15) にその武勇を描かれて
いるというのが意外なところだ。

 でも、それより則光が食べたワカメの味の方が私は気になる。台盤の上に置
いてはあったけれど、まだ殿上人用の食事として出来上がっていなくて料理の
最中だったのではないだろうか? そして、一生懸命噛んで喋るまいとするく
らいだから、相当の量を口に頬張ったのに違いない。少しでも味がついていた
らいいなと思うのは、彼の魅力にはまったせいだろうか。

 さて、最後にまた、類聚という同じようなものを集めた文章に戻ってみよう。

第二十九段の「心ゆくもの」
(胸がすっとするもの)
 ここには、美しい衣装がこぼれて見える牛車がかっこよく走っている様子や、
細くて白く美しい美濃紙に細い細い筆で手紙が書いてあるものや、陰陽師に祓
えをさせる様子等々のたくさんの物事が上げられているのだが、食物として唯
一あげられているのは、水なのだ。

「夜、寝起きて飲む水」

 現代語訳も必要がない、寝起きの水。ただの水。

 寝苦しい夜にのどをつたう冷たい水。
 今も昔も、胸がすっとするもの代表だろう。

 それなのに、注釈に、

「この一文により、清少納言は酒を飲んだかと言われるが、いかがであろうか。」

と、書かれている。

 あれまあ、酔い覚めの水ですか?
 
 確か、清少納言は酔っ払いの男たちが嫌いだったはず。

 第二十六段の「にくきもの」でも、

「また、酒飲みてあめき、口をさぐり、鬚ある者はそれをなで、盃こと人に取
 らするほどのけしき、いみじうにくしと見ゆ。」
(また、お酒を飲んでわめいたり、口をせせったり、ひげを生やしている人は
 それを撫でながら、盃を押し付けて飲めと無理強いしているのは見苦しい。)

で始まる部分があり、お酒の席での男たちの酔態を見事に描いている。

 そして、下っ端ならともかく、いい身分の人がみっともないと清少納言は言
い捨てている。実は、この頃の貴族の宴会は、そんなに上品ではなく、貴族で
あってもぐたぐたに酔っぱらったりしたらしい。ライバルの紫式部も『紫式部
日記』にそんな宴会から逃げ出した様子を書いている。宴会で酔っぱらいがや
ることは今も昔も同じで、身分にも関係ないのだ。

 それなのに、たったこれだけでお酒のみの異名を得てしまうとは、清少納言
も気の毒に。でも、それだけ身近に感じられる人なのだとも思える注釈の一文
だ。

 まだまだ見逃した文章もあるとは思うけれど、今回はここまで。
 ぜひ『枕草子』を片手に、おいしいものを召しあがってみてください。

 さしあたっては、お豆などいかが?

 ぽりぽり。
 
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『枕草子』          池田亀鑑校訂 岩波文庫
『平安朝の生活と文学』     池田亀鑑著 角川文庫
対訳古典シリーズ『枕草子』 田中重太郎訳注 旺文社文庫
『宮廷文学のひそかな楽しみ』 岩佐美代子著 文春新書 
『枕草子のたくらみ』「春はあけぼの」に秘められた思い」
 山本淳子著 朝日新聞出版
『春はあけぼの』        田辺聖子著 角川文庫     
『紫式部日記』            宮崎荘平訳注 講談社学術文庫
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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■声のはじまり / 忘れっぽい天使
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第112回 現在に接続する歴史
―金村修・タカザワケンジ『挑発する写真史』(平凡社)

 芸術の歴史を綴った本を読むと、少し複雑な気持ちにさせられる。政治の歴
史であれば、その時代に影響を与えた人物というのは比較的明確であり、そう
した人物の業績を拾っていけば政治の流れを確実に追うことができるだろう。
芸術の歴史にももちろんそういう人はいる。しかし、芸術の世界で実効性とい
うものは、政治におけるように最重要の要素ではない。芸術は表現であり、表
現は人の内面の問題である。それは「成果」では測れないものだ。

 歴史を辿ろうとすれば、この技法・概念は誰それが発見した、ということを
手掛かりにしないわけにはいかないが、芸術の歴史を天才の歴史と割り切って
しまうと、「天才認定」されなかった多くの芸術家の真摯な精神の営為を見過
ごすことになっしまう。

 今回取り上げる金村修とタカザワケンジの対談集『挑発する写真史』(平凡
社)は、そうしたジレンマを鋭敏に感じ取りながら写真芸術の歴史を語っいる。
金村修は1964年東京生まれの写真家。東京綜合写真専門学校を卒業し、2000年
に史上2番目の若さで土門拳賞を受賞。ニューヨーク美術館が行った展覧会に
おいて「世界に注目される6人の写真家の1人に選ばれたこともある。タカザ
ワケンジは1968年群馬県生まれの写真評論家。早稲田大学を卒業後、写真全般
についての多くの文章を発表する傍ら、東京造形大学他で非常勤講師を務める
など、写真の教育・啓蒙活動に勤しんでいる。

 本書は写真の通史ではない。2013年に定期的に開催された写真史講座を単行
本化したものである。写真史を年代順に淡々と辿るのではなく、テーマ別に著
名な写真家たちを数名ずつ選び、対比させる形でその仕事を吟味する。そして
2人はその作業を極めて慎重に行っている。

 「歴史は矛盾したもの同士の衝突で、その衝突に勝ち残ったものだけが歴史
を更新していく。歴史はだから勝者の歴史だし、そんな勝者が中心を演じる写
真史にはまるで興味がなかった」(金村)

 「授業の冒頭で、私はいつも、受講生の方たちにこう言っている。『写真家
は、それぞれの写真史を持っている。みなさんも、自分の写真史を持ってほし
いし、自分がつくっている作品が、写真史の中のどのような作品と関連がある
かを知ってほしい」(タカザワ)

 写真史は英雄列伝ではなく、写真に興味がある人が各々の視点で各々が作り
上げていくものだという認識が根底にある。この本の気持ち良いところは取り
上げた写真家たちを、敬愛はしても神聖視することはせず、必要なエッセンス
を気取らない態度で的確に抽出していくところにある。

 「アジェの写真って、けっこう余分なものが写ってますよね。ちょっとだけ
通りが写ってるとか、ちょっとだけ看板が見えるとか。おまけっていうか。そ
ういうものが写ってくるところが、写真らしいリアリティを感じる」(タ
カザワ)

 「写真は写した主題以外のものが写ってしまうと、そちらに目がいく。主題
よりも画面の細部。近代写真の原点が、ここにあるような気がしますね」(金
村)

 こうした指摘は、ウジェーヌ・アジェを崇拝する人の口からはなかなか聞け
ないものではないだろうか。一つの光景を美しい絵のように撮るのでなく、ノ
イズも拾ってしっかり記録する。2人はそこに「歴史」を見出す。

 また、次のような個所では、写真の「芸術」としてのポジションに、踏み込
んだ疑問を投げかける。

 「スティーグリッツは、写真を芸術として認めさせようとしたけれど、写真
の存在そのものが芸術の獅子身中の虫、みたいな」(タカザワ)

 「真実を追求をすること、内面を告白することによって芸術になるというこ
とと、写真は対立する。写真は写せば写すほど、現実が真実という概念から遠
ざかっていることを明らかにするわけだから」(金村)

 貴族の文化を基盤に発展していった絵画と、大衆文化を基盤に発展していっ
た写真。両者の間で「真実」という概念の重みにズレがあるというのだ。


 表現として写真を志すことに対しては次のような発言がある。春日昌昭の写
真について。

 「写真を撮るのが面白い、ということで撮っていたわけで。行為だけが突出
してる。結果はどうでもよかったんじゃないかな。じゃあ、何のために? っ
て言われると……。この時代からでしょうね。『何のために?』という目的が
なくても、やる写真家が出てきた」(金村)

 「なるほど。職業としての写真家じゃないんですよね。/これは『写真家』
の定義に関わることですけど、一般に写真家というと、写真で食べてる人、プ
ロフェッショナル・フォトグラファーということになるけど、写真史を見てい
くと、歴史をつくってきた写真家は、必ずしも写真で食べている人ばかりでは
ない。むしろ、新しい表現をつくり出してきた人の中には、その作品では稼げ
なかった、あるいは稼いでいない人がたくさんいる」(タカザワ)

 生活の糧にはならないが、趣味でやっているわけではなく、写真を撮るとい
う行為そのものに人生を賭ける。表現の基盤が個人という単位に収斂すると、
当然そのような感じになるだろう。それがある種のダンディズムを形成するこ
とにもなると思う。但し、「一生無為なまま写真を撮り続けて、無為なまま死
んでいってもいいんじゃないかっていう人は、もうあんまりいない」(金村)
そうだ。

 本書には夥しい数の人名が登場する。これらの人名は、2人が評価を下すた
めではなく、写真の現在にとってどんな意味があるのかを吟味するために引か
れる。評価の固定化は、むしろ積極的に避けられている。それぞれの写真家が
一生を賭けて追及したものの現在における可能性について、つまり現在も生き
て動いているものとして、言及されるのである。歴史を過去の問題ではなく現
在の問題として捉える。芸術の歴史を扱った本で、こうした趣向のものは余り
ない。

 欲を言えば、それぞれの写真家が、見る人とどう関わってきたのか、その辺
りの話をもう少し読みたいところだった。表現というものは、表現者の内部で
完結するものではない。表現というものは伝えていくものであり、表現の先に
は他人の存在がある。撮る行為に没入する、個人性が極まった表現の先には、
たとえ大衆的な人気が得られなくても、大きな評価を受けられなくても、「知
る人ぞ知る存在」でありたいと願う気持ちが隠されていると思われる。無為な
ままに写真を撮り続けたいという人が少なくなったということは、「知る人ぞ
知る存在」を目指すことにリアリティが感じられなくなってきたということで
はないだろうか。尖鋭的な表現を行ってマニアに喜ばれるより、身の周りにい
る人たちを突き動かしたいという欲求が勝ってきているのではないか。だとす
ると、表現を交換しあう場作りの問題も、歴史から学べるのではないか。そん
なことも考えさせられたのだった。

*金村修・タカザワケンジ『挑発する写真史』(平凡社 本体価格2300円)

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:
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 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

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■あとがき
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 さまざま事情が重なり、配信が遅くなりました。(aguni原口)

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 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 第50回「図書館制度・経営論雑感」

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 第104回 今も生きる「君たちはどう生きるか」

 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → 「モジテツ」ってご存知
  
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 ■トピックス
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 ふたつのイベントをご案内しています。
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 ■「散慮逍遥月記」 / 停雲荘主人
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 第50回「図書館制度・経営論雑感」
 
 立春も過ぎてようやく1月の大雪が溶け始めたかと思ったら「立春寒波」とや
 らでまたしても大雪。日本海側の豪雪が伝えられていますが,みなさまには如
 何お過ごしでしょうか。気がついたらこの連載,今回で第50回を迎えました。
 読んでいただいているみなさまのおかげですありがとうございます。
 
 先月の連載記事で転居したことをお伝えしましたが,その後始末がまだまだ尾
 を引いていまして,今月の記事を書くために取り上げるネタをあれこれアイデ
 ア出ししていると,参考にするべき文献がまだ段ボール箱の中にある,という
 壁にぶつかってしまうこともしばしばです。勤務先の1,2年生ともに出すべき
 単位は出したので,新年度までには何とか段ボール箱を片付けて,すでに2月
 だというのにまだ何を担当するのかわからない出講の準備に支障のないように
 したいところです。
 
 平成29年度は,勤務先の図書館情報学担当教員が病気療養で出たり引っ込んだ
 りしていたため,前後期とも学期の途中から講義を引き継ぐという荒業でした。
 特に前期はいわゆる「引き継ぎ」なしで講義を引き受けたため,元の担当者が
 準備していた内容をわたしが大幅に変更してしまったので,面食らった学生も
 多かったのではないかと思います。元の担当者がニューヨーク市公共図書館に
 関する課題図書の輪読会を予定していたところに,日本国内の公共図書館の地
 方自治体における経営論をぶちこんだのは,あとで学生に訊ねたら「買った本
 が無駄にw」と言われましたが,わたしに言わせれば「あれはサービス論なら
 テキストになるけど,制度・経営論のテキストではないよ(苦笑)」というと
 ころでした。
 
 図書館制度・経営論はわたしが司書課程を受講していた頃には存在しなかった
 課目で,前々回のカリキュラム改定で「図書館経営論」が課目となり,前回の
 改定で「図書館制度・経営論」となったものです。縦割りにやかましいひとに
 言わせると「司書課程は公共図書館に勤務する司書を養成するもので,大学図
 書館や学校図書館に勤務する者を育成する課程ではない」とのことですが,現
 行の図書館制度・経営論のテキストと称するモノを繙いてみると確かにその通
 りで,モノによっては公共図書館以外の図書館には一言半句も触れていないテ
 キストが存在します。なるほど日本図書館協会の認定司書は公共図書館員対象
 で,試行時の提出書類では公共図書館以外の大学図書館勤務などの経歴は「図
 書館類似業務」としてひとくくりにされていたなあ,といじわるなわたしは連
 想してしまうわけですが(苦笑),このあたり図書館業界人の一部に見られる
 「公立図書館」を「公共図書館」上位概念に置く,という呼称の不思議な扱い
 にも通じる傲慢さを感じるわけです。
 
 「公立図書館」と「公共図書館」の使用法といえば,ある翻訳書では
 “Public Library”の訳語にひたすら「公立図書館」を当てていて,さてこの
 本はアメリカ合衆国の公共図書館を取り扱っているのになあ,と索引をあたっ
 てみたら“New York Public Library”を「ニューヨーク・パブリック・ライ
 ブラリー」と表記していたのに出くわして爆笑してしまったことがあります。
 何が何でも「公共図書館」という言葉を使いたくないのでしょうが,アメリカ
 合衆国の公共図書館事情を知る友人曰く「USAの公共図書館は自治体の予算だ
 けで運営されているところはほとんど存在しておらず,住民の寄付が運営費の
 大半を占めている公共図書館も少なくないよ」とのことで,国内の敵ばかりに
 目がいくあまり,結果として学問を曲げてしまっている翻訳者たちの傲慢な姿
 勢に不 快な思いをしたことです。
 
 この連載でも一,二度触れたと記憶してますが,政治/行政というものを考え
 るとき,「公」あるいは「公共」というものはイコール「官」ではなく,また
 「官」が担うもののみが「公共」ということでもないはずです。指定管理者委
 託を「民営化」と言い募るひとたちと,何が何でも「公共図書館」という言葉
 を使おうとしないひとたちはどこかで臍の緒がつながっているのでしょうが,
 「私」の領域の集合がコミュニティであり「公共」であることを考える能力が
 あるのであれば,「お上の事には間違はございますまいから」との信心の下に,
 公共からすべての「私」を排除し続けることが公共を支える正しいやり方では
 ないことはおわかりのはずです。
 
 斯様な書籍も存在しますので,講義の準備のためには文献を博捜して講義の主
 題に相応しい文献を準備するとともに,多様な視点を批判的かつ相対的に並列
 させる必要があるのです。少なくとも「公立図書館」のみを正しい表記とし,
 他の表記を(あからさまに書いてなくても)排除する書籍は,公共図書館を論
 じる講義には相応しくない書籍でありましょう。
 
 では,また次回。
 
 ◎停雲荘主人
 大学図書館の中の人。南東北在住。好きな音楽は交響曲。座右の銘は「行蔵は
 我に存す,毀誉は他人の主張,我に与らず我に関せずと存候。」(勝海舟)。
 
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 ----------------------------------------------------------------------  
 第104回 今も生きる「君たちはどう生きるか」
 
   遅ればせながら『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎 著 岩波文庫)を
 読んだ。いまだに駅の中にある書店にも羽賀翔一によって漫画化された『漫画
 
  君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)と講談社版の本が平積みにされ
 ている。歴史的名著といわれているから、もちろんタイトルは知っていたけれ
 ど、ぼくは読んでいなかった。還暦を迎えたぼくの世代なら、中学生のころに
 読んだ人が多かったんじゃないかな。宮崎駿監督の新作長編アニメーション映
 画のタイトルが『君たちはどう生きるか』になっていることも知った。そうい
 うわけで、やっぱり気になって岩波文庫版で買った。読むならマンガよりもま
 ず原作だろう。それにしてもベストセラーの本を買うのって、それもだいぶ時
 間が経ってから買うのってちょっと照れくさいものだ。

 
  じつは『君たちはどう生きるか』のタイトルは知っていたといったけれど、
 ここまで話題になる本とは思っていなかった。思い出してみると、学校で薦め
 られたことも、児童文学に関わっていた両親の本棚にもこの本はなかったよう
 に思う。いつだったか子どものころ、両親がこの本のことを話題にしていたこ
 とを覚えている。だから、ぼくの記憶の片隅にはこの本は常にあったのかもし
 れない。当時、生意気なガキだったぼくは「君たちはどう生きるか」なんて余
 計なお世話だ、とそっぽを向いていたのかもしれない。
『君たちはどう生きる
 か』は児童文学者・評論家の吉野源三郎が子どもたちに社会科学、社会の仕組
 みを教えるために書いた児童文学で1937年に新潮社から出ている。もう80年も
 前の本なのですね。読んでみるとあまり古臭さは感じない。貧困、差別、いじ
 めなど現代にも通じる問題が扱われているし、というか、いまも昔も同じなの
 ですね。ちっとも進歩していないというわけか。

 
  主人公は本田潤一という15歳の中学2年生であだ名をコペル君という。2年ほ
 どまえに父親をなくしてはいるが、勉強もスポーツも出来る育ちのいい少年だ。
 話は、コペル君の学校生活を中心に進んでいく。貧乏な友人に対するいじめ、
 横暴な上級生、親友との友情、そして裏切り……そんな出来事を通してコペル
 君は成長していく。コペル君には叔父さん(母親の弟)がいる。大学を出てか
 ら間もない法学士である叔父さんは理知的でコペル君がさまざまな出来事に悩
 み、迷うことがあると励まし、ときに叱咤する。この本にはときおり、この叔
 父さんがコペル君のために書いた「おじさんのノート」が入っている。それが
 読者への解説にもなっていて、これが自然科学から社会、歴史など話題は豊富。
 こんな本を教科書にしたら授業が面白くなるのでは、劣等生のぼくも勉強した
 かもしれない、なんて思った。そしてここでは、知識だけではなく、ものの見
 方、考え方、さまざまな視点から物事を考えることを教えている。

 
  たしかにお説教もあるのだが、読んでいて楽しい。スポーツアナウンサーご
 っこで野球の早慶戦を再現するところなんて笑ってしまう。そうそう、このこ
 ろはプロ野球よりも早慶戦のほうが人気があったんだ。
 
 古い児童文学は、いまのリアルな感じとちがう分、外国のファンタジーを読
 んでいる感じもする。なんでこんなに面白い本を中学生のときに読まなかった
 んだろう。ちょっと悔やんだ。
 
 
 なによりも文章が美しくて読みやすい。もちろん古くさいところはあるのだ
 けど。第1章の、コペル君が叔父さんと銀座のデパートの屋上に上がり、街を
 見下ろすシーンを読んだときに、グッと胸を掴まれてしまった。雨に煙る街の
 風景が目の前に現れて、自分もコペル君といっしょに“発見”した気分になる。
 挿絵もいいなあ、と思ったら脇田和だった。

 
  この本は山本有三が編纂した『日本少国民文庫』の1冊として出版された。
 第1回配本である山本有三の『心に太陽を持て』が出たのが1935年だった。
 1931年にいわゆる満州事変で日本の軍部がいよいよアジア大陸に侵攻を開始し
 てから4年後、国内では軍国主義が日ごとにその勢力を強めていた時期、と吉
 野源三郎が「作品について」で書いている。『君たちはどう生きるか』が出版
 された1937年は盧溝橋事件がおこり、そして中日事変となり、以後8年間にわ
 たる日中戦争が始まった年だった。日本がファシズムに染まっていき言論統制
 がきびしくなって、ものを言えない時代に少年少女を守るために出された本だ
 ったのだ。けっして教えさとすという「上から目線」ではない。教えるという
 よりも、自由にものを言うこと、自由にものを考えることを伝えたかった吉野
 源三郎の叫びだったのではないか、と思う。
 
 
 それにしても、どうして『君たちはどう生きるか』がこのように多くの人に
 読まれるようになったんだろう?
 
  文芸評論家の斎藤美奈子や小説家の高橋源一郎が気になることを指摘してい
 た。日本が再び軍国化しつつあること、ヘイトスピーチ、安保法制、共謀罪な
 どぼくたちをとりまく状況がだんだん息苦しくなってきたことが、この本が求
 められる要因になっているのではないか?
 
  2018年の日本が1937年当時の状況と似ているからだ、という。昔、中学生だ
 ったぼくが読むように薦められなかったのは、当時、それほど切羽詰まった状
 況ではなかったからかもしれない。でもいまの子どもの未来は、けっして明る
 くない。アルマーニの制服なんて、笑ってすまされることではないだろう。
 
 ◎吉上恭太

 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。詳し

 くはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。

 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。
 
 
 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017

 
 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします! 
 

  
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 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
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  先月は私事によりお休みを頂きました。おくればせながら今年もよろしくお
 願いいたします。
 
  早速ですが今月の本はこちら。
 
 『もじ鉄』、石川祐基、三才ブックス、2018
 
  「もじ鉄」の「もじ」は「文字」のこと。鉄道に乗るのが大好きな「乗り鉄」
 や鉄道写真を撮りまくる「撮り鉄」などと同じ言い方ですね。もじ鉄の興味の
 対象は鉄道にまつわる文字が興味の対象です。特に駅名標・各種案内表示など
 のデザインやフォントなどに注目していきます。
 
 ちなみに駅名標というのは、よくホームの天井からぶら下がっていたりする、
 現在地の駅名と両隣の駅が書いてあるアレです。

  それはまたずいぶんマニアックな…。とお思いの方もいらっしゃるとは思い
 ますけれども。旅先で見かける地元とは違う会社の駅名標に旅情を感じて、思
 わず写真に取ってしまったりすることは結構あるのではないでしょうか。
 
  もじ鉄もその延長線上にいると思っていただければ、少しは理解しやすいか
 もしれませんね(月と太陽ぐらい距離が違う可能性もありますけれども)。そ
 ういえば昔一緒に働いていたYさんは、上下に細いラインカラーが入っていた
 都営地下鉄の旧タイプの駅名標がいいと言っていたっけ(違っていたらごめん
 なさい)。
 
  本書はその中でも駅名標に大注目。日本全国の鉄道会社の駅名標の写真を集
 めて、漢字・ひらがな・英字のフォントやデザインに注目していきます。もち
 ろん皆さんの地元で見かけるヤツも収録されている(はず)です。
 
  もちろん会社ごとに駅名標が違うのは、鉄道マニアでなくとも知っているこ
 とではありますが、こうして一堂に並べると、改めて各社のこだわりなどが見
 えてきます。特に文字のフォントが意外と各社バラバラなのは驚きです。もっ
 ともひとめ見て「このフォントは○○」だというような眼力を持ち合わせてい
 ないので、普段気づかないのは仕方ないのですが…。
 
  角ばった文字だけでなく、丸みを帯びた文字もありますし、箱根登山鉄道な
 どでは隷書体を使用しています。視認性だけでなく自社のイメージ戦略として
 フォントを選んでいるのですね。
 
  と思いきや、京浜急行電鉄の京急新子安駅には3種類のフォントの駅名標が
 同居しています。けっこう更新のペースの都合などで統一されてなかったりも
 します。(けどやっぱり京急といえばあの斜めに傾いだ文字ですよね)。
 
  洗練されたデザインというと、どうしても都市部の大手鉄道会社を思い浮か
 べがちですが、地方私鉄も色々と工夫を凝らしています。茨城県のひたちなか
 海浜鉄道では、グッドデザイン賞を受賞した(駅ごとに違う)駅名ロゴを採用し
 ています。えちぜん鉄道田原町駅のフキダシ風駅名標などもかなり印象に残り
 ます。
 
  オリジナル書体で駅名標を作成した近江鉄道や大井川鉄道の「国鉄っぽいフ
 ォント」もおもしろいですね。「国鉄っぽいフォント」という名前のフォントが
 あることを初めて知りました。あと阿佐海岸鉄道の創英角ポップ体の駅名標
 も珍しい。確かにこのフォントの駅名標は見たことがないかもしれません。
 
  駅名標といえば、かつての国鉄では白地に黒文字でしたけれども、現在の駅
 名表は黒や青地に白抜きのところも多くなっています。JRも各社ごとにコーポ
 レートカラーで駅名標をデザインしています。そうするとマニア的には逆に絶
 滅危惧種の旧デザインのものや、国鉄時代のものに目が行ってしまったりもし
 ます。
 
  著者もなかなかの曲者(失礼)なのでしょうか。駅名標を熱く語るその文章も
 また特徴的です。しばしばの脱線やセルフ突っ込みが多用された文章はかなり
 癖があります。読み手の好き嫌いもかなり分かれるかもしれませんが、きっと
 それは「もじ鉄」という新しい分野を開拓した者の恍惚と不安…ではなく照れと
 自負なのではないかと思います。…というのは考えすぎでしょうか。
 
  またひとつ注目ポイントが増えて、鉄道の旅が楽しくなることうけあいです
 ね。
 
 ◎副隊長
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。

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 ■トピックス
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 ■ アート・アーカイヴ資料展XVI 「影どもの住む部屋-瀧口修造の書斎」
 └─────────────────────────────────
 
 ◆日時:2018年1月22日 [月] ー 3月16日 [金]
    10:00-17:00(月曜から金曜まで/土日祝日は閉室)
 
 ◇慶應義塾大学アート・スペース

           〒108-8345 東京都港区三田2-15-45
                      慶應義塾大学三田キャンパス南別館1F
           最寄駅:JR山手線・京浜東北線田町駅、地下鉄三田線三田駅、
                   大江戸線赤羽橋
 ★入場無料
 
 
 これは「書斎」というべきものか。
 それこそ「影どもの住む部屋」というべきか。−瀧口修造「白紙の周辺」
                                 (『余白に書く』みすず書房、1966年)

 

 瀧口修造(1903-1979)は詩人、美術批評家であると同時に、50年代にはタケ
 ミヤ画廊を中心に展覧会のオーガナイザーとしての活動を、60年代には造形的
 な実験を開始し、領域を横断する活動を実践した人物である。
 本展は諸資料を通して瀧口の書斎を映し出す試みである。書斎とは、制作を行う
 場所であり、制作プロセスの中で様々な思考や記憶が縦横無尽に飛び交う場
 所すなわち「影ども」の住む部屋である。
 瀧口が書斎で試みていた様々な資料群の布置の改変を写真を通じて見出すとと
 もに、『余白に書く』という書物に着目し、その初出印刷物の展示において、
 書物へと結晶化する事前と事後の状態の比較を行う。つまり書斎写真を書斎
 に住まう「影ども」の映像の群れとして見ること、そして結晶化した『余白に
 書く』という書物を書斎の模型のひとつとして考え、その制作プロセスへと還
 元して見ることで、過ぎ去った書斎での出来事と瀧口の制作それ自体について考
 える試みである。
                           ―HPより抜粋ー

 
 ■ てくりのもりおか市、開催します! 2/15〜3/31    B&B下北沢にて
 └─────────────────────────────────
 本屋B&Bでは、岩手県盛岡市の日常を綴り15年続くリトルプレス
 『てくり』編集部さんとともに、2/15〜3/31の期間、
 盛岡の空気をお届けするフェアを開催します!
 
 発売したばかりの『てくり』最新25号は、「クラフターズ」特集。
 盛岡でものづくりをする人々にスポットをあてています。
 表紙、左手にうつっているのは、
 菜園の家具・インテリアショップHolzの平山さん。
 このコーナーでも、Holzの手がけた商品をずらりと展開します。
 
 ◇場所:〒155-0031 東京都世田谷区北沢2-5-2 BIG BEN B1F
                      TEL 03-6450-8272
   
  ----------------------------------------------------------------------
 ■あとがき
 二月も半ば。今年の冬は厳しかったですね。でも、そこかしこに確実に春は
 来ています。明るい春を迎えたいものですね!          畠中理恵子
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[本]のメルマガ vol.671


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る恐るべき女たちは、なぜ恐れられるのか、どのように恐怖と結びつけられる
のか。「怖い女」の原型を世界の女神神話から解読する!

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ 1『枕草子』 1「きらきら篇」

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ アースシーの風

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

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■トピックス
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■トピックスをお寄せください
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 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その20『枕草子』 1「きらきら篇」

 『枕草子』と聞くと古文の授業を思い浮かべてうんざりする方もいるかもし
れないが、私にとってこの本は、千年の時を越えてさせてくれるタイムマシー
ンのような読み物なのだ。この本の中にある食物を辿って、清少納言の魅力に
迫ってみたい。 
 
「えっ、清少納言って漢字を少し知っているからって、宮廷で私はこんな風に
人気者だったのよ、と言ってまわっている嫌な女じゃないの?」

と言う、あなた。
それは、ライバルの紫式部が日記に記した悪い噂。
信じてはいけません。

 もちろん、これはやりすぎじゃないかというところも時たまある。けれども、
なんといっても清少納言がすごいのはユーモアがあるところなのだ。情けない
自分の姿を書き、定子中宮のすばらしさを描く。その為には、いくら自分が笑
いものになってもいい。いや、みんなが笑いながら読んでくれれば、もっと楽
しい。そういう気概に満ちているから、誰もがこの扉を開けて千年の旅に出て
いくことができるのだ。
 
 そんな『枕草子』には、きらきらと美しい宮廷での生活や研ぎ澄まされた感
覚でとらえた美しくおいしい食物が描かれているのだが、同じくらいあたりま
えの食物やそれを食べる普通の人々の姿がユーモアをもって描かれてもいる。
 そして、千年という時を越えているのに、今も次から次へと新しい研究書が
出ている。そういう研究書を読んでいると、研究者たちが思いもかけないつっ
こみを入れていることがあって、思わず吹き出してしまうことがある。そんな
本は他にはない。これこそ『枕草子』という書物の魅力、というよりやはり清
少納言の人柄のなせるわざではないかと思うのだ。
 
 それではまず、「きらきらするような食物」から始めよう。
 引用するのは旺文社文庫版の段数と口語訳。( )内は、筆者の意訳。書き出
しも少し表記するので、その他の本で読むときは、そこから調べてみて欲しい。
 
「あてなるもの……削り氷にあまづらいれて、新しきかなまりに入れたる」
(四〇段)

 こんな風に、ある言葉に合わせて、いくつかのものを上げていくのを類聚と
いうのだそうだ。あてなるもの、つまり上品で美しいものとして、清少納言は
様々なものを思い浮かべていく。その中で、食物として真っ先にあげられるの
が、この「かき氷に甘いシロップをかけて新しい金属の器にいれたもの」なの
だ。金属の器というと、そう、少し前までは、ホテルやレストランや喫茶店で
は、アイスクリームが必ず銀色の足の付いたカップに入れて出されていたのを
思い出す。金属製のカップに入れると溶けにくいというのもあったろうけれど、
あのウエハスが添えられたアイスクリームには、なにか特別な感じが漂ってい
た気がする。

 蔦の樹液を煮詰めたものとされる甘葛(あまづら)という甘味料は、室町時
代にはすたれたとされているが、最近、奈良女子大学で再現実験がされたよう
だ。ホームページに行くとその方法や味わいなどが記されている。
 この甘葛(あまづら)も氷も特権階級しか手に入らない献上品の食物だから、
清少納言が実際にこんな風に食べたかどうかはわからない。憧れを込めてこう
書いたのだとも思える。

 この文章は、さらに続いていて、

「……いみじううつくしきちごのいちごなどくひたる」

で、閉じられている

「とても可愛らしい幼子がいちごなどたべているのも」

上品で美しいものにあげているのだ。

 そうか、苺ももうこの時代にあったんだという驚きとともに、幼児の赤い唇
に挟まれた真っ赤な苺のみずみずしさが感じられる文章だ。こういった子供の
可愛い瞬間を絵画や写真のように切り取って見せるのが、清少納言は実にうま
い。そして、千年前の人間も今の私も同じ感覚だと思う瞬間、古典は扉を開き
タイムマシーンに変身する。
 
 さて、それではかのライバル紫式部が嫌った、清少納言が描く宮廷生活の中
での食物を見て行こう。

「頭の弁御もとより、主殿司ゑなどやうなるものを……」

で、始まる第百二十八段。

「(藤原の行成さまからと言って使いの者が)絵のようなものを白い色紙に包
んで梅の花のとてもきれいに咲いたのをつけて持ってきた」

 けれども、それは絵ではなく、餅だん(へいだん)だった。

 藤原行成がふざけて、昼間に歩くこともできないほど醜い私が使いに持たせ
ますと言って贈ってよこしたのがこの餅だん。行成はさらに、お役所のやり取
りのような文章をつけてきたので、どう返事をすればいいのか清少納言は悩む。

 註によると餅だんは、二月の列見と八月の定考(六位以下の官吏を実見し選
抜する行事と、評価をして加階昇任を定める行事)に公卿などに供されるとあ
るので、イメージとしては、お役所の行事の後に配られるお弁当ということろ
か。なんだか、男性社会の食物という感じで、困った清少納言は、この餅だん
を配られた時は何か受け取りを出すのだろうかと人に尋ねるのだが、相手は、

「いえ、ただ食べるだけですよ」
 と言う。

 贈物にはお礼の和歌を返すのがその頃のきまりなのだが、清少納言は悩んだ
末に、紅梅を添えて、

「自分で餅だんを持って来ない『下部』はまことに『レイタン』だと存じます」
(自分で餅だんを持って来ないあなたって、とっても冷淡)
と、返答した。

 なんて気が利いているんだあ!と行成は感動してすぐやって来て褒めまくる。
こんなことを書くなんて自慢話のようで恥ずかしいと清少納言は言っているけ
れど、中宮も天皇も感心したと書いているから、もうこれは完全な自慢話。

 でも、それより気になるのは、餅だん!

 説明や註によるとガチョウや鴨の子を雑菜等に合わせたものを餠で包んで四
角に切ったものらしい。中国渡りの唐菓子とされているので、イメージとして
は中華まんじゅうかハンバーガーというところか。和歌より漢詩やお役所文の
方が似合いそうな食物だけれど、そういう男社会の言葉を使わず軽くいなした
ところが、行成や他の人たちにも受けたのだろう。

 餅だんは虎屋文庫で復元していて『和菓子を愛した人たち』という本やホー
ムページで、四角いサンドイッチのような画像を見ることができる。

 さて、次は復元されていない憧れの食物を見てみよう。それは、「青ざし」
というもの。

「三条の宮におはしますころ、五日の菖蒲の輿などもてまゐり、薬玉まゐらせ
などす」(二百二十五段)

 で、始まる物語。五月の節句に中宮のところに妹君や子供たち(皇女や皇子)
がやって来て、献上された薬玉を身につけたりしてわいわいがやがや楽しんで
いた時の事。

「青刺(あおざし)といふもの持て来るを」
(青ざしというお菓子が贈られてきたので)
 きれいな青い薄紙を優美な硯のふたの上に敷いて、その上にこのお菓子をの
せて中宮に差し上げた。

その時、
「ませごしにさぶらふ」
つまり、「垣根越しの品です」とさしあげたところ、中宮はすぐにその青い紙
を引き裂いてそこに和歌を書いてくださった。
(ここから先の和歌には、私の意訳をつけます)

 これは清少納言が古い歌、

「垣根越しの麦を食べたがる馬のように、近づけないあなたを慕っている」

という意味の歌を引用したもので、中宮定子はぴんと来たらしい。 

「みな人の 蝶や花やと いそぐ日も わが心をば 君ぞ知りける」

 清少納言が、これは麦のお菓子ですよと言いながら「いつも憧れています」
という気持ちを表し、定子が
「世の中の人が皆、若君たちに、いそいそと浮かれている時に、あなただけは
私だけを見ていてくれて、わかってくれているのね」

と返した、なんだか涙が出るような場面。この後、お産で身罷られてしまう中
宮定子と清少納言の心が通い合う名場面なのだが、ここは涙をこらえてお菓子
を見てみよう。

 註によるとこのお菓子は、
「青麦のもやしを煎り、臼で挽いて粉とし、糸のようにひねって作った菓子」
と、ある。モヤシ、つまり麦の種子から芽が出てきたところを炒って粉にして
練って作るお菓子だという。麦モヤシを乾燥させて麦芽を作り、米の粥に合わ
せて水飴を作る方法はすでに行われていたようだが、飴とは少し違う気もする。

 他の書物には
「麦の未熟なものを煎って皮を去り、そのまま臼で静かに挽き、糸のようによ
りよりにした菓子」
という説明があって、どちらが正しい製法なのかはわからない。

 唐渡りのお菓子という説や日本最古の菓子とする説もある。江戸時代までは
あったという話もあるので、いつか復元される日を楽しみに待とうと思う。

 さて、欲を言えばきりがないのだか、私としては「甘葛(あまづら)をかけ
た削り氷」も「餅だん」も「青ざし」も、その味わいについて一言書いてもら
いたかったなと思う。

 ここにあげたもので今すぐに味わえるのは苺だけ。「うつくしきちご」では
ないけれど、苺を食べる時はこの一文を思い出して「あてなるもの」を見出し
た清少納言に思いをはせてみようと思う。そして、あなたが恋人や子供と一緒
に苺を味わう時、そのくちびるにある苺は、きっと一千年の時の向こうと同じ
輝きを見せてくれるに違いない。

 こんな風に優雅に宮廷で暮らして、暇なときには草紙に文字を書き連ねてい
るような印象の清少納言なのだが、実はさっそうと牛車に乗ってドライヴにな
ど出かけたりしているのだ。
 
 次回は、そんな清少納言の笑える名場面の食物を見て行こうと思っている。


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『枕草子』          池田亀鑑校訂 岩波文庫
『平安朝の生活と文学』    池田亀鑑著 角川文庫
対訳古典シリーズ『枕草子』  田中重太郎注 旺文社文庫
『宮廷文学のひそかな楽しみ』 岩佐美代子著 文春新書 
『枕草子のたくらみ「春はあけぼの」に秘められた思い』
               山本淳子著 朝日新聞出版
『和菓子を愛した人たち』   虎屋文庫 山川出版社
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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■ホンの小さな出来事に / 原口aguni
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アースシーの風

 アーシュラ・クローバー・ル=グウィンさんが2018年1月22日に亡くなった、
と聞いたとき、失礼な話、まだ御存命であったことに驚き、大きな影響を受け
た作家さんとして、非常に残念に思った。

 大きな影響というのはやはりゲド戦記である。初めて読んだのはたぶん、小
学生のときだったと思う。確かそのときには女性作家であるとは知らなかった。

 で、どれくらい今、知っているかというとほとんど知らない。ということで、
Wikipediaを見てみた。

 アーシュラ・K・ル=グウィン(Wikipedia)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%83%BBK%E3%83%BB%E3%83%AB%EF%BC%9D%E3%82%B0%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3

 1929年10月21日にカリフォルニア州バークレーで生まれた。父親はドイツ系
の文化人類学者のアルフレッド・L・クローバーで、1901年にコロンビア大学
でアメリカ合衆国初の人類学の博士号を取得し、カリフォルニア大学バークレ
ー校でアメリカで2番目の人類学科を創設した。母親は、夫が研究で係わった
アメリカ最後の生粋のインディアン「イシ」の伝記を執筆した作家のシオドー
ラ・クラコー・ブラウン。(中略)この年代においては、カトリックの聖女で
ある聖ウルスラ(Saint Ursula)は、教会典礼暦に掲載される聖人で、その祝日
はこの日だった。このため、聖ウルスラに因んで、アーシュラ(Ursula)と名づ
けられた。(中略)子供時代は、父親がカリフォルニア大学バークレー校で教
えていた関係でバークレーで育つ。神話、伝説、おとぎ話や、ポードリック・
コラム、アスビョルンセンの本をよく読み、父からはインディアンの伝説を聞
かされた。(中略)10代にはロード・ダンセイニを愛読し、また兄たちとSF雑
誌を読み、好きな作家はルイス・パジェットだった。大学はラドクリフ・カレ
ッジに進学、フランスとイタリアのルネサンス期文学を専攻し、コロンビア大
学で修士号を取得している。1953年にフルブライト奨学生としてパリに留学し、
その後フランスに渡り、そこで知り合った歴史学者チャールズ・A・ル=グウィ
ン(Charles Le Guin)と知り合い、その年に結婚。帰国後に夫は州立ポートラ
ンド大学の教授となり、オレゴン州ポートランドに住む。

 子どもながらに、魔法のひとつかのような不思議な名前にも魅了された。そ
れはこういう経緯で生まれたのかと納得した。

 名前が変わる、というのは現代の日本の男性にとってはあまり馴染みのない
体験だが、女性は結婚すると名前が変わる。そういうこともあって、ゲド戦記
では真の名というコンセプトになったのかな、と『闇の左手』を読んだときに
思った。

 SF作家でありながら、どちらかというと、一般的にはファンタジーで評価
されている不思議な作家。ゲド戦記は『影との戦い』『こわれた腕輪』『さい
はての島へ』で三部作だと思いきや、『帰還 - 最後の書』『アースシーの風』
『ゲド戦記外伝』と続く。

 確か、家に全部あったはずなのだけれども、いざ、探してみるとなぜかこれ
が消えている。売ったり捨てたりした記憶はないから、誰かに貸したのかもし
れない。唯一、本棚に残っていたのが『アースシーの風』だった。しかも意外
なことに、未読だったことに気が付いた。

 ここから先は、ゲド戦記シリーズのネタバレ要素を含むので、未読で知りた
くない方は飛ばしてください。

 ゲド戦記シリーズは子どもの頃に出会って何度も何度も読んだので、かなり
自分の人生脚本にも影響を与えられている。『影との戦い』は1968年、『こわ
れた腕輪』は1971年というから、ほぼ私が生まれた頃の作品だ。そして、おそ
らく多くのクリエイターの方にも影響を与えただろうから、その方々が繰り返
し繰り返しそのモチーフを使うことにより、かなり刷り込まれているように思
う。

 例えば、宮崎駿さんは相当なファンであったらしく、ナウシカの前にゲド戦
記を映画化したかったらしい。で、考えてみれば、ナウシカはきっとゲド戦記
をやりたかったのではないかと思う。竜の代わりに王蟲ってことである。イメ
ージ的には『さいはての島へ』だろうか。

 私がいちばん好きな宮崎作品はラピュタだけれども、これは『こわれた腕輪』
のモチーフである「因習に囚われた少女を救う」を使ったものとも思える。

 最初の作品『影との戦い』はどうだろう。これはなかなか再物語化しにくい
作品だが、よく考えると『鋼の錬金術師』にも通じるところがある。Wikipedia
によると、魔法学校というコンセプトはハリー・ポッターにも影響を与えたと
いうことなので、そのインパクトの大きさがわかるというもの。スターウォー
ズの暗黒面の考え方にも影響を与えているかもしれない。

 しかし、これらの作品は決してゲド戦記ではない。超えるとか超えないとい
う話ではなく、すべてエンターテインメント化しており、もともとのル=グウ
ィン作品が持っている「暗さ」というものが抜け落ちている。

 この「暗さ」が実はル=グウィン作品の特徴でもあり、オリジナリティでも
あるように思う。ではその「暗さ」というのがどこから来るかと言えば、その
文章で描かれる世界そのものの描写もあるが、ル=グウィン作品に共通した人
間への視線ではないかと思う。

 自己が分離してそれを探す旅。役割を演じることを許容された少女の自己解
放。そして生と死を巡る旅…。ル=グウィンはインディアンなど西洋とは異質
の文明が持っていた思想を西洋風のファンタジー世界に持ち込んで、私たちの
生き方を問うてきているように思える。

 最終巻『アースシーの風』では、非常にインパクトのある形で西洋世界の思
想的崩壊が語られる。西洋世界の力の象徴である竜は去って行き、その代わり
に人々は「死の恐怖」から解放されます。野蛮民族であるはずのカルカド人が
持っている「輪廻」の思想を受け入れることにより、平穏で愛に満ちた生活を
送ることが、死の恐怖に怯え、力を得て世界を支配しようとすることよりも尊
いのである、といった物語の結末を迎える。

 この物語はハッピーエンドなのでしょうか? 3組の男女の愛が結実するこ
とで物語が終わる。しかし読み手は何か重いものをずしんと渡されたようで、
決して良かった良かった、と思えるような読後感ではない。(少なくとも大人
が読むと。)

 それは以前、私たちの世界が思うようにならないものを何とかしようとする、
竜が去る以前の世界であるからではないだろうか。この物語が描かれたのは、
2001年。おそらくこの物語を幼少期に読み、影響を受けたクリエイター達がも
やもやした読後感から新しい物語を生み出していったとき、世界は変わってい
るのかもしれない。『アースシーの風』の原題は、THE OTHER WIND。まさに別
な風が吹き始めた世界のお話。

 お悔やみを申し上げるとともに、彼女の想いが世界を良い方向に変えること
を信じつつ、祈りたいと思います。そして、自分に何ができるのか、ちょっと
考えてみたくなりました。

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:
----------------------------------------------------------------------

 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
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 2月目にして、またも配信遅くなりました。来月はもう少し早めに送れるよ
うに、もう少し頑張りたいと思います。

 ってか、『アースシーの風』のゲドに倣って、穏やかで落ち着いた生活を目
指したいと思います。(aguni原口)

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★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→今年のイタリアは美術展ラッシュ

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→ケイト・フォックスの著書があるって知ってました?

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→詰まらないのはスマホのせい

★「はてな?現代美術編」 koko
→フェリペ二世の好きな画家

★「スプートニクとカガリーンの闇」内藤陽介
→スプートニク2号の“特攻”

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■トピックス
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■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
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第86回 2018年はまた美術展が目白押し

昨年、イタリアで開催された美術展の収支はすこぶる快調というメディア記事
がある。入場者数もチケット販売高もブームいえるほどの盛況だったようだ。

ヴィチェンツァで開催中のゴッホ展、ミラノの王宮のカラヴァッジョ展は好調
で継続中という。最終日は、ゴッホ展が4月8日。カラヴァッジョ展は今月の28
日終了だったが、1週間延期されて2月4日になっている。

そして今年も見逃せないものが目白押しというのだ。

北はミラノから南はシチリアのパレルモまで、その間にあるヴェネツィアやフィ
レンツェやローマなどの各地で、ピカソ、マルグリット、ミケランジェロなど
の美術展だけでなく、写真展や音楽関連のイベントがある。

テーマや作品がかなり専門的なのもあるだろうし、日本の美術愛好家の嗜好や
興味に合わないのもあるかもしれないが、イタリアへの旅を考えていらっしゃ
る方に役立つかもしれず、また、知ったことで旅が企画されることがあればい
いと思う。

北から始めよう。会場などの詳細は最後に。
ブレ−シャで、“ピカソ、デ・キリコ、モランディ。19−20世紀の傑作100”が
ある。ブレーシャの県と都市にある傑出した個人コレクションから集められて
いる。20世紀初期にイタリアで始まったフチュリズムから形而上絵画、また、
それに反動する主張の絵画と幅が広い。ピカソ作の静物画の傑作(雄牛の頭部が
描かれた1942年の作品)が初公開されるのも売りで、すでに今月の20日から始ま
り6月10日までだ。

ミラノでは、メキシコの現代絵画のアイコンであるフリーダ・カーホの隠れた
視点を紹介するという“Frida Kahlo. Oltre il mito”(フリーダ・カーホ、
伝説をこえて)が始まる。会期は2月1日から6月3日まで。イタリア初公開の作
品もあるので期待される。
絵画100点以上は油彩、水彩、デッサンで、それに写真が加わり、フリーダの青
の家からだけでなく、広範囲な2大コレクションOlmedo と Gelman所蔵の作品と
いう。

自画像の多いフリーダの作品群から、家族関係のトラウマやディエゴ・リヴィ
エラとの結婚の苦悩、叶わない母になる希求、病との闘いを分析し、短絡的な
フリーダ観を打ちくだく意図がありそう。
あまりに知られている作家だからこそ、ただ虚心坦懐に観たい。

パヴィーアで開催されるアメリカ人の写真家スティーヴ・マッカーリー(
Steve McCurry)の100点以上の写真展“スティーヴ・マッカーリー. アイコン
ズ”はどうだろう。
かれの40年になるキャリアでは、インド、アフガニスタン、ビルマ、日本、キュー
バ、ブラジルと、内面が切りとられた映像やイメージが足跡のように残されて
いる。〈アフガニスタンの少女〉で有名な写真家の作品はウィキでも見られる
が、写真展には心が広がる感じがある:
http://www.stevemccurrysansepolcro.it/
会期は2月3日−6月3日。

ローマで行われるミュージック関連のイべントでは、ピンク・フロイドがロン
ドンの成功のあと、19日に“The Pink Floyd Exhibition: Their Mortal 
Remains”のオープニングがあったばかり。マルチで感覚に訴える歴史的バンド
のイベントに没入できるのは7月1日まで。

かつてヴェネツィアに女性誌の取材で行っていたときに、明日はピンク・フロ
イドが来るというのでびっくりするような人の増え方だったのを思い出す。ヴェ
ネツィア駅の階段もサッコ・ア・ペーロ(羽毛の入った寝袋)を持った若者でいっ
ぱいだった。ただこのバンドのイベントのあとはゴミの山だったと話題になっ
た。

さて、これぞ見逃せないといわれている、イタリア美術のフォロワーたちに興
味深い美術展もあるのだ。

それはエミリア・ロマーニャ州のフォルリーで開催される“L’Eterno e il 
tempo tra Michelangelo e Caravaggio”(永遠なるものとミケランジェロ−カ
ラヴァッジョの間で)、会期は2月10日から6月17日まで。

時代はルネサンスの終焉からマニエリズまでで、欧州史としての魅力と定説だ。
ローマ略奪(1527)からカラヴァッジョの死(1610)にいたる90年間に満たない期
間に重要な文化上の動向が起きた:ミケランジェロの〈最後の審判〉(1541)が
あり、近代の始まりといわれるガリレオ・ガリレイの論文『星界の使者』(
Sidereus Nuncius) の発表(1610)なのだ。

タイトルにある2人の他に出展される画家のほんの一部をあげると、ラファエッ
ロ、ヴァザーリ、ポントルモ、コレッジョ、エル・グレコ、イ・カッラッチ、
ティツィアーノ、ヴェロネーゼなどなど、テーマがどう浮き彫りにされるか。

6月まで開催される美術展はまだまだある。
ローマでは3月に、風景と自然の巨匠、歌川廣重展がクイリナーレ元厩舎で開催
され、230点の浮世絵が展示される。〈江戸百景〉〈東海道五十三次〉や人気の
ある動物・花・昆虫など、原画や元のままの版画も紹介され、話題になりそう
だ。

ミラノの王宮でも2月下旬から“デューラーとルネサンス、ドイツとイタリアの
間で”が始まり、3月には“印象主義と前衛派”展でモネ、ドガ、ルノワール、
ピカソなどの50点が観られる。

今年の後半にはピサでルネ・マルグリット展もあり、パレルモで10月に開催の
アントネッロ・ダ・メッシーナ展やフィレンツェのウフィツィ美術館でレオナ
ルド・ダ・ヴィンチの没後500年となる2019年に先駆けて公開される、レスター
手稿展には、個人的な関心も大ありだ。

これらについてはまたの機会に...。

詳細を最初から順に:
*“Picasso, De Chirico, Morandi, 100 capolavori del XIX e XX secolo” 
会場Palazzo Martinengo、ブレーシャ

*“Frida Kahlo. Oltre il mito” 会場はMUDEC(Museo delle Culture)、ミ
ラノ

*“Steve McCurry . Icons”会場Scuderie del Castello Visconteo(ヴィスコ
ンティ城元厩舎)、パヴィーア

*“The Pink Floyd Exhibition: Their Mortal Remains”会場はMacro Spazio 
Expo、ローマ    
*“L’Eterno e il tempo tra Michelangelo e Caravaggio” 会場は教会堂を
再生したMusei di San Domenico(サン・ドメニコ美術館)、フォルリー

*“Utagawa Hiroshige”会場はScuderie del Quirinale(クイリナーレの元厩舎
)、ローマ 

◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
イタリア・フィレンツェ在住。著書に『天才力 三巨匠と激動のルネサンス (
ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)』(世界文化社)、『メディ
チ家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)。
3月に創刊15年を迎えるメルマガ「イタリア猫の小言と夢」は、melmaの地域情
報部門で2007年メルマガ・オブ・ザ・イヤー受賞。ほぼ隔週で発行中です: 
http://www.melma.com/backnumber_86333/
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■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
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『イングリッシュネス』みすず書房
ケイト・フォックス 北條文香他訳 3200円

レヴィ・ストロースの『悲しき熱帯』。マーガレット・ミードの『サモアの
思春期』。文化人類学者といえば、「未開」とされる社会でフィールドワーク
を行う人々がイメージされます。文化人類学とは、人々の行動を規制する文化
のコードを解明する学問。「未開」社会ばかりではなく、現代の先進文明も文
化人類学の研究対象となりえます。持ち前の美貌でテレビでも大人気の著者が、
パブや競馬場などでの人々の何気ないやりとりのなかから、イギリス人らしい
行動様式(イングリッシュネス)の特質を浮かび上がらせていきます。

ここで疑問が生じます。グローバル化が進展した今日、イギリスの「国民性」
を語ることにどんな意味があるのか。著者の答えは明快です。世界の70憶が
単一の文化に取り込まれていくはずもない。グローバル化と言いながら、ナショ
ナリズムや部族化(国家より小さな単位に愛着を示す傾向)は、かつてない高
まりをみせている。「国民性」は消え去るものではない。文化的マイノリティ
たちも、自分たちの文化を保持しながらも、「イングリッシュネス」を取捨選
択しながら取り入れ、同時に新たな何かをそこに付け加えている。

イギリス人はシャイな人々です。よほど親しくならない限り、自分の職業や
出身校等、プライバシーを晒すことにひどく慎重です。自慢や自己宣伝の類は
ご法度。自己卑下や自虐が大好きです。同じ英語圏の国でもアメリカ人とは大
違いです。自分を笑うユーモアは、イギリス人の身についた習性です。大真面
目になり、むきになることを彼らは何より嫌います。ロイヤル・ウエディング
にも外国人に比べてはるかに無関心。テロの犠牲者に対する大げさな追悼の表
現も好みません。自己抑制こそが「イングリッシュネス」の特質です。

イギリスはいまなお階級社会としての性格を強くとどめています。階級を分
けるものは、職業や所得ではなく、「文化資本」の有無だと著者は言います。
「文化資本」の有無が端的に表れることば遣いに、人々は非常に神経質になり
ます。「パードン」や「トイレット」は労働者階級のことばとして、中流階級
以上の人々は使用を避けます。労働者階級は中流の人々のことば遣いを「BBC英
語」と揶揄している。パブや競馬場のような社交の場で、人々は一定の作法に
基づきながら自己抑制を解除し、階級の隔たりを超えて親しく交わります。

シャイで自己抑制を美徳とするイギリス人は、著者も言うように日本人とと
てもよく似ています。イギリス人であれば、「日本を取り戻す」、「人づくり
革命」等々の安倍首相の大げさな言葉遣いには、強い嫌悪感を示すことでしょ
う。イギリス人によく似た日本人が、何故こうした言説を受け容れていくのか。
知りたいところです。著者は自分を、「ポップ人類学者」と卑下していますが、
日本の若い「ポップ社会学者」の著作とは異なり、本書は深い学問的な蓄積と、
豊富なデータの収集をもとに書かれています。是非ご一読下さい。


◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「ジェラシーが支配する国」高文研
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■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
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今回は「ちょっとそこを詰めて」の話

今現在、日本がどんどん悪い方向に舵取りをされているにも関わらず何の報道
もされない末期的な症状を見るにつけ、腹立たしくて血圧も上昇気味。そんな
血圧をちょっと下げるためにもぼんやりした話題をセレクトしてみた。

エッセイのタイトルにもなっている「ちょっとそこを詰めていただけませんか?」

電車の中でなぜか微妙な隙間を空けて座る方たちを見ていて「言いたくてもな
かなか言えない」そんな話をしようと思いつけたタイトルだが、スマホの普及
率の上昇に連動するかの様に隙間の数が急上昇している。

先日、そんなに混み合ってる訳でもないが、まあまあの乗客数なのに見事に全
員がこぶし1個から1個半空けて座っている車両に遭遇した。2駅ほど過ぎたあ
たりで立つ人も多くなっているにもかかわらずその隙間はいっこうに詰まる気
配がない。

なぜか?
全員がスマホに没頭して周りを見ていないから。

考えれば始発駅でいきなり満員ならそんな隙間が出来るハズはない。ゆったり
座れる状態で隣の人がキツキツに座って来たら変なヤツだと思うだろう。

ばらけて座る人の隣に微妙な隙間を空けて次の人が座る。次の人も同じ様にちょっ
と隙間を空ける。横の人が近づいてきたらその人との空間を確保するため、こ
れまた少しだけ腰の位置をずらす。そうやって全員が微妙な隙間を作る車両が
出来上がって来たのだろう。

それはいい、と言うか理解出来る。問題はその後の事だ。結構な人が立ってい
て、もちろん自分の前にもつり革につかまって立っている人がいる。ちょっと
詰めれば1人や2人座れるってもんだ。なのになぜ?

答えは「気づいていない」が7割「何となくアクションを起こせない」2割
残りの1割は「権利は私に有る」と考えている人かも。

この7割の気づかない原因はやはりスマホの様だ。本を読んでる人も没頭はし
ているがスマホへの没頭感はそれ以上。。画面に集中する余り周りが全く見え
ていない、と言うより意識の外にある。

「そろそろ混んで来たから詰めようかな」
ぼんやり周りを眺めていればそんな気持ちにもなるだろうが意識外ではどうし
ようもない。

気になるのはこの中のかなりの確率で依存性の人たちがいるであろう事。
前に子どもがうろうろしているにもかかわらずスマホに夢中な両親の話を書い
たけど、この「微妙な隙間車両」に乗っていると全員がそんな人たちか、また
は予備軍に見えてしまった。

◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html
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■はてな?現代美術編 koko
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第82回
『オランダ南部でアート鑑賞1ざっくり歴史前編:ヒエロニムス・ボス』

年をまたいでのベルギー・オランダ紀行の続きとなりました。
今年もボチボチと美術について書いていきますので宜しくお願いします。

昨年秋にはアントワープ旅行の経験を交えてお伝えしました。
今回はその続きでベルギー・オランダの国境をまたいでのご案内です。
固有名詞などの表記にバリエーションがありなかなか統一して書けないところ
もありますがご了承ください。

オランダの国土は九州ほどで人口も1700万人に至らず、絶えずドイツやフラン
ス、スペインの大国の脅威から身を守りながら、そして低地の国土を水から守
りながら、地政学的には苦しい道を歩んできた国です。

どうやってそれでもジパングにまで貿易をするほどの世界覇権をもつ時代を迎
えることができたのか、昔から不思議でした。

フランスで生活し始めた時は言語の壁と手前のベルギーが面白くて、ゆっくり
とオランダを巡る機会がありませんでした。寛容の街アムステルダムには遊び
にいくことはあってもその他の町にはなかなか行けなかったです。

些末なことですが、オランダについて一番の驚きは、ルーブル美術館のコレク
ションの作品解説版上に頻繁に≪La Haye≫という町の名前が出てきて「どこだ、
これ?」ってなんとなく思っていたのがハーグのことだとわかった時。
「へぇ〜、そうだったんだ!」

オランダ語読みなら、町の名前は<デン・ハーグ>。
フランス語表記と英語表記、さらにオランダ語表記がそれぞれに変化すること
はヨーロッパの町ではよくあることですが、でもねぇ〜って。
ややこしい。。。

ハーグといえばオランダ第3番目の都市で、オランダ王室が留まるこの地に国際
司法裁判所があることで日本人にも知られているはず。
実質上のオランダの首都です。
政治行政機能や各国大使館もすべてハーグにあるそう。

そんなハーグに向かってベルギーアントワープから車で真っ平な景色が続く道
をひた走りました。ベルギーも真っ平ですが、当然オランダ旅行中は山や丘ら
しいものは見えません。

川を渡るときは橋より地下をくぐるほうが多かったですね。サッカーでも有名
ですがオランダの国色はオレンジ。そのオレンジの由来は、国父と慕われるオ
レンウェイ公ウィルヘルム1世(1533-1584)の名前からきています。

オラニエ公と書くこともあるし、フランス語でいえばオランジュ公、昔の日本
の教科書ならオレンジ公。。。そう、オレンジといえば・・・てなことでオレ
ンジ色がカントリーカラーとなっています。

国歌もウィルヘルム1世を歌っているらしく、世界で一番古い国歌という記述
もWikiに書いてありました。ちなみにオランジュという町は昔フランスのブル
ゴーニュ公国の一部に属するオランジュという町の名前からきています。

現在のオランダは、英語でネザーランド、仏語でペイバ、つまりは≪低い土地
≫という意味の名前となっています。オランダという名前はHollande(ホランド)
州からきていて、まさにこの州にハーグをはじめとする有力な町があったので、
後世はホンラド=オランダのようになったそうです。

オランダはベルギーフランドル地方と同じくフランドル絵画の土地です。
オランダのアーティストといえば、フェルメール、ヤン・ステーン、フランツ・
ハルス、レンブラント、ゴッホ、モンドリアン、デ・クーニング、エッシャー・・
・巨匠の名前が並びます。ここはアート好きなら立ち寄らずにいられないお宝
満載の国です。

上記以外にオランダ出身の画家でその作品がスペインのプラド美術館のお宝1
5選に入る人物がいます。

初期フランドル派であり異端の画家、ヒエロニムス・ボス(1450-1516)がその
方。

彼の生涯はよくわかっていませんが画家一族の出身で、彼の代表作三連祭壇画
『快楽の園』をめぐる話を通じてオランダの1500年代の歴史をざっくり見るこ
とができます。

そもそもどうして『快楽の園』がプラド美術館にあり、プラドには10点のボス
作品が収蔵されているのか。
実際ボスの作品は現在世界中で30点ほどしか残っていないにも関わらずです。
□快楽の園 (wiki)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%AB%E6%A5%BD%E3%81%AE%E5%9C%92

『快楽の園』の作品依頼をしたのは、ナッサウ=ヴィマンデン伯エンゲルベル
ト2世という説が有力です。エンゲルベルト2世は当時ボスがいたス・ヘルトー
ヘンボスという町の会合に1481年に出席していたことがわかっています。

ナッサウ家は神聖ローマ皇帝カール5世に仕えていました。1517年にブリュッ
セルのナッサウ伯爵邸の装飾の一つとしてこの絵の記述が登場。ウィルヘルム
1世は父ナッサウ=ディレンブルグ伯ヴィルヘルム1世と母ユリアーナ・ツー・
シュトルベルグの長男だったため、1544年従兄のルネ・ド・シャロンの戦死を
うけて父方からネーデルランドの所領と母方の叔父から相続していた南フラン
スのオランジュ公国を共に相続しオランウェイ(オラニエ)・ナッサウ家の当
主になりました。

あ〜ややこしい。。。
つまりは、こうしてウィルヘルム1世はボスの『快楽の園』の持ち主となったっ
てわけです。

当時のウィルヘルム1世はカール5世に仕え、その死後は息子のフィリペ2世に仕
えるのですが、フィリペ2世がガチガチのカトリックでプロテスタントも多いオ
ランダ民衆を苦しめたので、その後スペインハプスブルグに反旗を翻すことと
なりフィリペ2世がフランドル地方へ派遣したアルバ公フェルナンドによってこ
の祭壇画は没収となります。

将来のオランダ国父オレンウェイ公ウィルヘルム1世がスペインハプスブルグ家
に反旗を翻ることになるのは、オランダ独立戦争(八十年戦争)を主導するこ
とになるからです。

この反乱の結果として、ネーデルラント17州の北部7州はネーデルラント連邦共
和国として独立し、北部7州は1581年にスペイン国王フェリペ2世の統治権を否
認し、1648年のヴェストファーレン条約によって独立を承認され現在のオラン
ダの原型となりました。

途中で戦争脱落した10州はカトリックの地域で現在のベルギーやルクセンブル
グとなっていきます。

フィリペ2世はボスが大好きだったようで、ウィルヘルム1世はこの『快楽の園』
の譲渡を拒否し、最後の最後まで隠し通そうとしたらしいのです。

彼の死後、アルバ公から作品が流出し競売にかけられたのを結局フィリペ2世が
購入し、エル・エスコリアル修道院の自身の寝室に飾っていたというのですか
ら、この『快楽の園』はオランダの歴史と共に持ち主を渡り歩いた作品と言え
ます。

この作品自身が素晴らしいのは言うまでもないのですが、この奇妙奇天烈な祭
壇画は時空を超えて今の私達も魅了してしまう不思議ちゃんなのでした。

不思議ちゃんの作品についてはいろんなところで語られているので興味があれ
ばぜひ読んでみてください。

私は30年ほど前に貧乏旅行中にこの絵を鑑賞しました。その時はまだよく美術
のことを知らなくて、プラドの他のお宝みるのに大変でした。
要はベラスケスとピカソで手一杯でした(笑)
今行けば、プラドのフランドル絵画の見方が随分変わることでしょう。

『快楽の園』ドキュメンタリー映画も現在日本で公開中です。
□快楽の園 ドキュメンタリー映画(美術手帖)
https://bijutsutecho.com/insight/8444/

◎koko
円とユーロとドルの間で翻弄されるアートセールコーディネーター。
まぐまぐメルマガ「Sacres Francais!映画と美術とパリジャンと」。
http://www.mag2.com/m/0000191817.html(現在休刊中)
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■スプートニクとガガリーンの闇 5 内藤陽介
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スプートニク2号

1957年10月4日、ソ連は人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功したが、
当初、ソ連の最高権力者であったフルシチョフは人工衛星の打ち上げを単純に
科学技術上の問題と考えており、そのことの持つ軍事的ないしは政治的な意味
をほとんど理解していなかった。ところが、全世界が大騒ぎになるのを見た彼
は、ただちに、事態の重大さを認識する。

10月10日、開発責任者のセルゲイ・パヴロヴィチ・コロリョフを呼び出したフ
ルシチョフは、11月7日のロシア革命40周年記念日までの、もうひとつ、よりイ
ンパクトのある衛星を打ち上げるよう指示した。

1ヶ月以内に2発目の衛星を打ち上げるという無理難題に困惑したコロリョフは、
とっさに、犬を載せたスプートニクを打ち上げることを提案する。

第二次大戦後のロケット開発の文脈の中で、1949年以降、犬を載せたロケット
の打ち上げ実験が行われていた。実験動物としては、当初、犬と猿が候補とさ
れていたが、躾が容易で飢えにも強く、なおかつ、見栄えが良い(実験成功の
暁には、大々的にそのことが報じられることが考慮されたためである)などの
理由から犬が採用となったのである。このため、犬を載せるためのコンテナや
生命維持装置などには制作実績があった。

ただし、それらのロケットは高度80キロまでで、犬もパラシュートで回収され
ていた。これに対して、そもそも、大気圏再突入の技術が不十分であるがゆえ
に、長距離弾道ミサイルではなく、人工衛星を打ち上げざるを得なかった当時
の技術力では、衛星に載せた犬を“回収”することは不可能である。

それでも、軌道上に打ち上げた衛星に何らかの動物を長時間滞在させ、さまざ
まなデータを取ることは、将来の有人宇宙飛行の布石として、説得力のあるプ
ランであり、フルシチョフを大いに満足させた。実際、フルシチョフは、側近
でロシア・ソヴィエト連邦社会主義共和国首相(翌1958年、ソ連第一副首相に
昇格)のフロル・ロマノヴィチ・コズロフを担当者として直々に任命し、進捗
状況を毎日報告させている。

スプートニク2号の衛星本体は円錐形で、送信機のほか、犬を入れたコンテ
ナと生命維持装置、血圧、心拍数、呼吸数、心電図などの記録装置、紫外線な
らびにX線測定装置などを搭載していたため、スプートニク1号(質量83.6圈
よりも大幅に重い質量は508圓箸覆辰拭

衛星に載せられる犬は、スペースの都合から、体重6キロ以下、体長は35セ
ンチを越えない雌犬(排泄の時に片足を上げない)のうち、実験結果の撮影の
ために体色は白もしくは明るいもの、ロシア原産の種であること、などの条件
の下、航空医学アカデミーが手持ちの10匹の中から3匹を選び、最終的に、巻
き毛の“クドリャフカ”という名の犬が選ばれた。

クドリャフカは、もともと、医学研究目的に保護施設から航空医学アカデミー
に送られた雑種犬だったが、性格が大人しく、打ち上げまでの期間、毎日、数
時間コンテナの中に入れられていても、ほとんどじっとしていて動かなかった。
コンテナの内部は立ったり座ったりできる程度のスペースがあり、食糧は高カ
ロリーのゼリーが20日分、毎日一定量、自動的に供給される仕組みになってい
た。

ちなみに、この犬は“ライカ犬”という名前でも知られているが、これは、ソ
連側が犬種を“ロシアン・ライカ”と発表したことによる。

ロシア語の“ライカ”は“吠える”を意味する動詞の“лаять(ラヤート)
”から派生した名詞で、もともとは、ロシア北部およびその周辺地域で伝統的
に飼われてきた猟犬全般を指す語だったという。このため、たとえば、シベリ
アン・ハスキーを“ヤクート・ライカ”、サモエドを“サモエド・ライカ”と
呼ぶこともある。
国際畜犬連盟(FCI)が認定する“ライカ”犬としては、ロシアおよびシベリア
原産の犬から作出されたラッソ・ヨーロピアン・ライカ、ウエスト・シベリア
ン・ライカ、イースト・シベリアン・ライカの3種があるが、このほかにも、コー
レル・ライカ、ツングース・ライカ等のように、実際に猟犬として使用されて
いるものの、詳細がよくわからないものも少なからずある。

さて、クドリャフカを乗せ、10日分の酸素と食糧と実験データを取るための各
種の計測器を積み込んだスプートニク2号は、スプートニク1号の打ち上げか
ら1ヵ月後の1957年11月3日、バイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、記念
切手

https://blog-imgs-108.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20180125171258a5e.jpg

も発行された。
ただし、このとき発行された記念切手には、打ち上げのハイライトともいうべ
き犬の姿はどこにも描かれておらず、代わりに、クレムリンを背景に描いてい
るのは、衛星の打ち上げが革命40周年の記念事業であったという事情を如実に
反映しているといってよい。もっとも、クドリャフカに関しては、切手のデザ
イナーには実験の詳細な内容など知らされていなかった可能性は高い。

なお、スプートニク2号からの地上への通信は11月10日に途絶え、機体そのも
のも打ち上げ162日後の1958年4月14日に大気圏に再突入し消滅したが、打ち上
げ後4周目にしてすでに衛星からの信号では生体反応は確認できなかったとい
う。これが正しければ、衛星はおよそ100分で地球を一周していたから、6時間
後にはすでにクドリャフカは死んでいたということになるが、当時のソ連当局
者は「ライカ犬は1週間程度生きていた」と発表している。

いずれにせよ、クドリャフカの宇宙飛行は国家のために片道燃料で死地に向か
う“特攻”のようなものだったから、英国動物愛護協会はライカの死に対して、
ソ連に抗議。これに対して、ソ連側は、追悼のためとして、在りし日のライカ
の姿を描いたパッケージのタバコ“ライカ”

https://blog-imgs-108.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20180125174556997.jpg

を発売した。
なお、かつて、クドリャフカが訓練を受けた、モスクワのペトロフスキー公園
の南西にある航空宇宙医学研究所には、スプートニク2号の打ち上げから40周
年にあたる1997年、“ライカ”の記念碑が建てられた。

内藤陽介
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会員。
フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。最新作『
リオデジャネイロ歴史紀行』えにし書房
電子書籍で「切手と戦争 もうひとつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川
oneテーマ21などがある。

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ケイト・フォックスの著書、お楽しみいただけましたでしょうかw?いや、私も
原稿をいただいたときに「まさか!」って思いましたからw

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