[本]のメルマガ

配信済のメルマガのバックナンバーを見ることができます。また、記事に対するコメントもお待ちしております。
[本]のメルマガ vol.758

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■■------------------------------------------------------------------
■■ [本]のメルマガ                 2020.07.05.発行
■■                              vol.758
■■  mailmagazine of books       [いかにもニューヨーカー 号]
■■------------------------------------------------------------------
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★PR★ 原 書 房 最新刊★ http://harashobo.co.jp/

『ジャニ研!Twenty Twenty ジャニーズ研究部』

大谷能生・速水健朗・矢野利裕著 本体1,800円+税 ISBN: 9784562057757

ジャニーズ事務所から繰り出されるミラクルな文化の歴史、意味、元ネタ、社
会への影響を、SMAP・嵐世代の批評家たちが徹底考察。SMAP解散、嵐活動休止
宣言、ネット進出、そしてジャニー喜多川死去…激動の時代にアイドルが指し
示すものは? 2012年刊『ジャニ研!ジャニーズ文化論』を大幅加筆増補!

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 発話の揺らめきに宿る社会関係

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その49 祝完結!「ニューヨークの魔法使い」

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ メールにて、インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。

----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

----------------------------------------------------------------------
■声のはじまり / 忘れっぽい天使
----------------------------------------------------------------------
第126回 発話の揺らめきに宿る社会関係
    ―水沢なお「未婚の妹」(詩集『美しいからだよ』(思潮社)より)

 第25回中原中也賞を受賞した水沢なお(1995年生まれ)の詩集『美しいから
だよ』(思潮社)の巻頭は「未婚の妹」という印象的な詩で飾られている。本
詩集の詩は皆物語的な展開を備えているが、この作品は複雑な関係を一際鮮や
かに描いており、詩の未来を感じさせられた。幻想的な設定の作品だが、特に
登場人物の会話が詩の言葉として巧みに使われていて、生々しさを醸し出して
いる。

 この詩は「私」という女性によって語られ、「昨日/ペルシャが死んだ」の
2行で始まる。ペルシャとはどういう人物かは直接説明されない。が、「天鵞
絨の鱗が点々と落ちているのをみつけ追いかけてみると、大きな珊瑚礁の裏で、
小指だけ腐らせて死んでいた」とあるので、人魚のような、異形の種族の話で
あろうことが推測される。

 ペルシャの葬式では女たちが列を作って死を悼むが、その描写が面白い。
「私だったら、目玉をひとつ、持って帰る」と述べた女性は続けて、「ペルシ
ャの目玉が炎の熱でぞんざいに燃えてゆくことを思うとどきどきして嬉しくな
る。瞳が好きだからって、ペルシャの全部を好きになる必要なんてないじゃな
い」と言い放つ。ペルシャは女たちの中で特別な存在のようだが、同時に皆ク
ールに距離を取っているようだ。誰も「泣くこともなく」、納骨の作業は進ん
でいく。 

 そして物語の核に近づく箇所が現れる。「私」の次に納骨する「妹」を、女
たちは「細い糸で絡め取るように」眺める。「妹」は言う。「私がペルシャの
かわりをしなきゃいけないってことでしょ」。つまり、ペルシャはこの種族の
中で特別な役割を背負っていたが、ペルシャが死んだ今、その役を継ぐのは
「妹」だということだ。皆にとってペルシャは「大好きだったからばかにする
んだよ。怖いし悲しいから」という、聖なるが故に差別される、人身御供のよ
うな存在なのだ。更に決定的な言葉は「私たちのパパも、昔は女だったんだわ」
である。ここでようやくこの種族の生態がわかる。この種族は、生まれた時は
皆女性だが、その中から男性になる素質の者が現れ、女たちと交流し子を産ま
せ、繁栄していくのだ。

 家に帰ってからの会話で、「妹」は子宮のことを気にする。「男」になって
からは不要な器官だ。「とっておくことってできないかな」と言った後、「妹」
は「でも私、きっと男になっても忘れないわ。なにもかも、全部忘れない。悲
しいことも全部。それにペルシャの子宮、焼け残ってた。残ってたの」と語る。
今までと異なる役割を振られてもアイデンティティは保持したい。切ない感情
に心打たれる。「私」は自分が燃えるまで死んではだめだと「妹」に言う(ど
うやらここでは「男」は「女」よりも長命のようだ)。「妹」は心の中で「だ
からそれまでお姉ちゃんの子宮二人で大事にしよう。/私はずっとあなたの妹
でいたいだけだから」と呟く。女同士で支えあってきた暮らしの重み。姉妹の
絆の深さにも胸を打たれる。

 その直後のシーンの描出も手が込んでいる。姉妹は久しぶりに布団を並べて
寝る。「妹」は「私」の布団に潜り込み、「私の腹に両腕をまわし/ぴったり
と背中に額をつけて」言うのだ。「朝が来るまで、振り向いちゃだめだよ」と。
夜が明けたら「妹」は変態を遂げるのだろうか。だとすると、これは女同士の
「姉妹」としてのお別れの挨拶ということになろう。ただ、少し残念なのは、
詩の終結に近づくにつれ「私」が現場の当事者という風ではなくなってきて、
ややありきたりなまとめ方をしてしまうところ。書き手としてここは踏ん張っ
て、これから「男」として生きていく「妹」に向けて真情のこもった言葉をか
けて欲しかった。

 この詩は一人称の語りによってできているが、会話の効果的な導入により全
ての登場人物の存在感を際立たせ、彼女らが生きている社会の全体像を臨場感
をもって描き出している。語り手自身が登場人物の一人であることに徹してい
るため、直接的な状況説明はなされない。しかし、登場人物たちの会話を通じ
て、状況が徐々に明らかにされていく。その様はミステリー小説のようでもあ
る。両性具有というテーマ自体はそれほど珍しいものではない。よく知られた
作品ではル=グウィンの『闇の左手』がある。架空の種族の習俗を扱った作品
も今までにあった。会田綱雄の「伝説」がそれである。しかし、「未婚の妹」
にはこれらの作品にはない特徴がある。ナマな会話の導入や細かな仕草の描写
によって個人の身体性を明確にした上で、全てを語り手の抒情として表現する
点である。

 「未婚の妹」は小説的・戯曲的な書法を取り入れているが、重点が置かれて
いるのはあくまで、「私」や「妹」その他の人物のその時々の発話の機微であ
る。その時々の発話の「身体性」を読者に差し出すように言葉が繰り出されて
いると言って良い。小説だったら、ある種族の生態や社会の不思議さを描き出
すことが作品の核となり、そこで個人がどう振舞うかが面白さの鍵を握ること
になるだろう。しかし、詩においては、身体的存在である個の声の微細な表情
の中に、社会が浮かび上がるのである。水沢なおは、受け入れざるを得ない種
族の宿命の哀しみを、姉妹の慈しみの描出の中に浮かび上がらせることに成功
した。個人と社会の複雑な関係が、一言一言の揺らめきに宿っており、それが
感動を呼ぶのである。

*水沢なお『美しいからだよ』(思潮社 本体2000円)                              
----------------------------------------------------------------------
■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
----------------------------------------------------------------------
その49 祝完結!「ニューヨークの魔法使い」
 
 今年一月、シャンナ・スウェンドン著の(株)魔法製作所シリーズの最終巻が
翻訳され、全九巻に及ぶロマンチック・ファンタジーがめでたくウエディング
・ベルの音と共に終わりを迎えた。二〇〇六年に翻訳が始まったこのシリーズ、
なんとアメリカでは五巻目以降出版が打ち切られたのに、日本の読者と出版社
からの熱烈な支持のおかげで、日本で先行翻訳されて書き続けられ、七巻目か
らはアメリカで別の出版社から出版されることになり無事完結したというファ
ンタジーなのだ。

 日本人の、たぶん女性の読者たちの心をなぜ捕えたのかというと、主人公と
その恋人の魔法使いが実にうぶで、ファンタジーの中心にある恋物語がじれっ
たいほど進んで行かないことと、そして何より、主人公が平凡で人の目を引か
ないタイプの女性であることが理由のような気がする。まあ、昔の少女漫画の
王道のように、平凡で自己評価の低い女の子が、王子様に見初められるという
パターンなのだが、魔法の会社で主人公のそれまでの実務経験が評価され、会
社員としての能力が活かされていくのも魅力だし、物語が進むにつれ主人公が
王子様に守られるどころか守ったりする側になって行くという逆転の面白さが
あるのも、その理由だと思う。
 
 そして、さらに言えば、ここに展開されるのは魔法の国の物語ではなく、ニ
ューヨークのマンハッタンという舞台で、普通のアメリカ人の世界に入り混じ
っている魔法使いたちの物語だという事が、日本の読者にとって魅力だったの
だと思う。誰もが、ホグワーツの寄宿舎の話を楽しむとは限らない。ニューヨ
ークで普通の会社員生活を送っている若い女性が、普段はどんなところで服を
買ったり、食事をしたり、遊びに行ったり、お酒を飲んだりするのか?そうい
う事を知りたい読者にとって、ニューヨーカーの生活が描かれていることが魅
力だったからこそ、この物語が愛されたに違いないと思うのだ。

 ただし、この作品にも問題はある。精霊、妖精、ニンフ、ノームと様々な魔
力を持つ者たちも同時に生きている世界を書くのが大変なあまり、異人種の姿
がない白人だけのニューヨークを書いたこと。東洋人は幼馴染のインド系アメ
リカ人がやっと四巻目に登場し、アフリカ系アメリカ人に至っては、八巻目に
やっと一人現れるという具合で、この二人がニューヨークで登場人物として一
緒に描かれるのは最終巻だけなのだ。これは逆に白人だけのテレビドラマを見
慣れている日本人読者にとって、ある意味居心地がよい世界を作り上げたのか
もしれないとも思えるところだ。

 そんな魔法の世界と普通の人間の世界が二重写しで存在するニューヨーク生
活の魅力を、ここに描かれる食物から読み解いてみたいと思う。ニューヨーク
の日常の食べ物を、魔法の世界と人間世界との両方の側から見て行こうと思う。
さすがに全九巻は長いので、主に第一巻と第二巻を中心に見て行きたい。

 主人公のケイティはテキサス出身で、大学時代の友人二人とアパートをルー
ムシェアして住んでいる。務めている会社は薄給で、地下鉄に乗らずに片道を
歩いて通うほど倹約している。上司のパワハラに悩んでいたある日、パソコン
に転職をすすめるメールが頻繁に来るようになる。最初は怪しんでいたケイテ
ィだが、上司のあまりの仕打ちに耐え切れず面接を受けに行くことになる。そ
の転職先こそが魔法製作会社、株式会社MSI(マジック・スペル・アンド・イ
リュージョン)。魔術を作って魔法使いに売る会社だったのだ。

 この世界には魔法使いやエルフや様々な妖精が住んでいる。でも、彼らは魔
法を使って人間に見えるという「めくらまし」をまとって生活をしている。普
通の人間というのはみな魔法にかかってしまう体質なので、魔法世界の生きも
のや妖精たちが見えないし、めくらましのせいで相手を人間なのだと思ってし
まうのだという。

 なぜケイティがヘッドハンティングされたかというと、ケイティが免疫者=
イミューンという、絶対に魔法にかからない体質の持ち主だからなのだ。イミ
ューンであるケイティが会社に居れば、魔法使いが怪しげな魔法で相手をだま
そうとしてもばれてしまうというわけだ。そこで、入社早々、魔法を使って姿
を消した(つもりでいる)侵入者を捕まえたり、契約書の違法行為を魔法で隠
しているところを素早く指摘したりして、ケイティは活躍することになる。
 
 物語は、この会社の研究職についているオーウェンという内気な青年とケイ
ティの恋を中心に、違法な魔術を広めようとする魔法使いたちとの戦いが展開
していくのだが、そんなことより、ケイティの日常生活の方が読んでいて楽し
い。

 各巻には、ニューヨークの地図がついていて、物語の舞台の様子が想像でき
る。例えばお金がなくて同僚と外食することもできないケイティが、一人会社
の近くの公園でお弁当を食べる場面。遠くに自由の女神を見えるとあるのはい
かにもニューヨークらしくて、魅力的だ。地下鉄の切符代を惜しんで歩いて会
社に向かう途中に、朝食のベーグルをかじり携帯用のマグに入れたコーヒーを
飲むという描写には、いかにもニューヨーカーという味わいが口の中に広がっ
て行く気がしないだろうか?
 遠くに自由の女神が見えるとあるのは、いかにもニューヨークらしくて魅力
的だ。

 ケイティは料理が趣味なので、悩んでいる時にはアップルパイやシナモンロ
ールを焼いたり、ミートソースの夕飯を作ったりする。その材料を買いに行く
ファーマーズマーケットは、気が付くと他の人には見えない魔法使い専門のお
店、魔法使いの農家が作った野菜を魔法の世界の人だけに売るお店、だったり
するのだ。レストランなども魔法使いが経営していたりするようだが、一般人
にも食事を出していて、悪い魔法使いが客を酔わせて勘定をごまかしたりする
場面もある。時たま魔法に気づく人がいると、彼らはその人に記憶を消す魔法
をかけて忘れさせてしまう。でも魔法にかからないイミューンは幻覚を見たと
悩むことになる。そこで医者に行って精神安定剤等の薬を飲み、魔法を見る能
力は失ってしまうことが多いのだそうだ。

 さて、ケイティがめでたく転職したこの魔法の会社では、誰でも気楽にケイ
ティにコーヒーを出してくれる。最初はいきなり手の中にマグカップが現れる
ことに驚いているようだが、だんだんに慣れてくる。さらに、ケイティはラン
チ代を払う必要もない。頼めば同僚が一瞬にして食べ物を出してくれるからだ。
人事課の秘書のイザベルが手を振るとシュッという音とともに出てくるのは、
サンドイッチとポテトチップスの小さな袋と、ダイエットドクターペッパー。
そして、食べ終わると紙コップや包み紙も、一瞬で手を振って消してしまうの
だ。妖精や巨人族らしい女性たちが、飲み会の計画を立てながら楽しむランチ
タイム。でも、この一瞬で出しくれる食べ物やコーヒーはいったいどこから来
るのだろう?会社が社員の厚生の為に契約していたりしている、魔法使いのコ
ンビニからとってくるのかな等と想像してしまうのは心配のしすぎだろうか?
というのは、私は子供の頃、張天翼著の『宝のひょうたん』という物語を読ん
で震え上がったことがあるからだ。おなかが空いたなと思うと、ひょうたんが
魔法で出してくれるおいしそうな燻製の魚やくるみ飴。実はそれが、どこから
か盗んだものなのだという事が最後にわかって、心配性の私は主人公と一緒に
困り果てたのだ。
 
 けれども、この世界では、飲み物については会社の中は特別なのだという説
明がある。同僚のロッドのアパートに行ってお茶を入れてもらうのだが、魔法
を使わないことを指摘すると、会社内では特別な魔力のパワーが常に流れてい
て、だからみんな魔法を使いやすいのだと言われる。いちから食べ物を魔法で
作るのは大変なことで、しかもおいしいお茶ができるとは限らないのだと、ロ
ッドは説明してくれる。だから、魔法使いも普段は普通に食事を作ったり外食
をしたりするのだそうだ。ケイティが恋人のオーウェンのアパートに行った時
も、オーウェンは普通にコーヒーを入れたり、朝御飯のベーコンエッグをフラ
イパンで作ったり、鍋で昔風のココアを作ってくれたりする。ハンバーグの出
前を取り寄せたり、テイクアウトの白い紙袋に入った中華料理をアパートで食
べたりする場面も何度かある。ここら辺は魔力のない普通人の友人たちと住む
ケイティのアパートでの食生活と何ら変わりはないのだ。

 ただし、コーヒー程度のものは魔法で作れるらしい。だから社内では、コー
ヒーは気楽に手に入るし、物語の後半に出世したケイティには妖精のアシスタ
ントが付くのだが、彼女は暇に任せてコーヒーのフレーバーの魔法を作るのに
夢中になっている。

 例えばこんな具合。

<「コーヒーを入れましょうか」パディータはきまり悪そうに言った。
「ペパーミントモカをお願い。特大サイズでね。それと、ホイップクリームを
増量で。スプリンクルもかけてくれるとうれしいわ」>

 まるで、スターバックスの注文のようで難しい、頑張れパディータ。

 しかも、

<彼女の机の上にカップが出現し、私はそれを手に取った。>

と、あるから、まだ相手の手の中に出せるほど上手くはないのがわかるのだ。

 この物語にはニューヨークの夜の様子も描かれていて、女性同士が飲みに行
く場面などはとても魅力的だ。ルームメイトたちと夜の街に繰り出して、イー
ストヴィレッジのセントマークスプレイスにある小さなカフェの通りに面した
テーブルに腰を下ろしたとか、ヴィレッジのこぢんまりとしたイタリアンレス
トランでブラインドデートをしたとか書かれると、思わず行きたくなってしま
う。

 でも、これが会社の同僚の妖精たちと出かけると、一筋縄ではいかないお出
かけとなる。ダウンタウンの薄暗いバーで妖精たちとコスモポリタンを飲むこ
とから始まった夜は、気が付けば王子様を探して、セントラル・パークの池に
カエルを探しに行くことになる。もちろん、キスをすれば魔法が解けて王子様
級の男が現れる可能性はある……。うーん、私はコスモポリタンはやめておこ
う。

 毎回、魔法を悪用しようとする魔法使いの勢力(悪徳資産家や、権力志向の
エルフやマフィアまがいの魔法集団等々)と戦いながら物語が進んでいくのだ
が、第一巻と第二巻以外にも、ニューヨークのおしゃれなデートスポットやセ
レブがやって来るレストランなどが沢山描かれる第三巻、そして書店が舞台と
なる第七巻などは、とても食べ物的に魅力的だ。特に第七巻で、ケイティが書
店のカフェで働くことになった場面は私のお気に入りだ。なんでこんなにまず
いコーヒーとスコーンをみんな食べに来るのだろうと店員仲間と愚痴を言い合
っているところがあって、書店でコーヒーを飲むのがかっこいいと思う人が多
いからでしょう、というのには思わず笑ってしまった。私もあのかじると粉だ
らけになるスコーンは本屋には向かないと思いながらも、本屋のカフェで食べ
たいくちなのだ。書店のコーヒーハウスには奇妙な魅力があると思うのは、日
本人もニューヨーカーもエルフも(ここは、秘密です)同じなんだなと思えてし
まう。

 でも、こんなにおいしそうでおしゃれな町に住んでいながら、ケイティとオ
ーウェンのお気に入りはピザを取り寄せて食べながら、テレビで映画を見なが
ら過ごす夜。まあ、だから結婚がゴールなんだろうけれど……。

 まあ、それはともかく、いつか魔力のない私も、魔法使いの世界を見つけて
イミューンとして活躍してみたい、そんな気になる物語だ。その時まで、全九
巻を読み直しながら、ケイティのようにハンドバックに気付け用の上等のチョ
コレートを忍ばせ、準備おさおさ怠ることなく備えていくつもりでいるのだ。

 もし、地下鉄の中で羽の生えた人を見かけたら、目をこする前にもっとじっ
くり観察してみよう。たぶん、それが魔法界へ入るきっかけとなるはずだから。

----------------------------------------------------------------------
『ニューヨークの魔法使い (株)魔法製作所』
シャンナ・スウェンドソン著 今泉 敦子訳  創元推理文庫  

『赤い靴の誘惑(株)魔法製作所』
『おせっかいなゴッドマザー(株)魔法製作所 』
『コブの怪しい魔法使い(株)魔法製作所』
『スーパーヒーローの秘密(株)魔法製作所』
『魔法無用のマジカルミッション(株)魔法製作所』
『魔法使いにキスを(株)魔法製作所2and season』
『カエルの魔法をとく方法 (株)魔法製作所2and season 』
『魔法使いのウエディング・ベル(株)魔法製作所2and season 』
『宝のひょうたん』張天翼著 魚返善雄訳 宮脇紀雄文
「少年少女世界の名作文学第44巻」 小学館
----------------------------------------------------------------------

高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

----------------------------------------------------------------------
■「[本]マガ★著者インタビュー」:
----------------------------------------------------------------------

 メールにて、インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
----------------------------------------------------------------------

 なんと!というほどでもないですが、今回も無事にほぼ日付通りに配信出来
ました。次回も頑張ります!(aguni原口)

----------------------------------------------------------------------
■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4048名の読者の皆さんに配信して
おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
----------------------------------------------------------------------
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載された内容を小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
■ 今号のご意見・ご質問は5日号編集同人「aguni」まで hon@aguni.com
■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
  なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わります。
  ・5日号:aguni原口 gucci@honmaga.net
  ・15日号:畠中理恵子 hatanaka3floor@jcom.home.ne.jp
  ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
  ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
  事務局担当:aguni gucci@honmaga.net
■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
---------------------------------------------------------------------

| バックナンバー | 14:48 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.757


■□------------------------------------------------------------------
□■[本]のメルマガ【vol.757】20年6月25日発行
[有料レジ袋 号]
http://honmaga.net/ 
■□------------------------------------------------------------------
□■ 創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4065名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
□■------------------------------------------------------------------

★トピックス
→募集中です
★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→休載です

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→今こそソンダク

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→STAY HOMEからWALKING、そして空き巣か竜巻か

★「はてな?現代美術編」 koko
→休載です

★特別寄稿 内藤陽介
→レジ袋有料義務化反対の理由

----------------------------------------------------------------------
★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp

『時が止まった部屋:遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし』
小島美羽著 本体1,400円+税 ISBN: 9784562056804

【フジテレビ「ザ・ノンフィクション」6月21日放送(孤独死の向こう側:27歳
の遺品整理人)で大反響!】孤独死、ごみ屋敷、残されたペットたち——故人
の部屋を片づけ、弔いつづける27歳の遺品整理人が依頼現場をミニチュアで再
現。死と向きあってきたからこそ伝えたい想いを初書籍化。
----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
募集中です
----------------------------------------------------------------------
■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
----------------------------------------------------------------------
スーザン・ソンタッグ 富山太佳夫訳 『隠喩としての病 エイズとその隠
喩』 みすず書房 3200円

私は石田純一という人が大好きです。かの「不倫は文化」発言。まさにそのと
おりだと思いました。不倫がなければ、『アンナ・カレーニナ』も『ボヴァリー
夫人』もこの世に存在しないのですから。10歳も歳が違わない義父の東尾修
に、へこへこと頭が上がらないのもおかしい。それだけに彼が新型コロナウイ
ルスに感染した際、テレビで謝っていたことには失望しました。彼の行動に、
軽率な面があったのかもしれません。しかし病人は、本来労わられるべきもの
です。病人を指弾し、謝らせる社会は、それこそ病んだ社会です。

著者のソンタグが乳癌に罹った時、彼女は病そのもののもたらす苦痛だけで
はなく、癌患者を道徳的能力的劣者とみなす風潮にも打ちのめされます。19
世紀を代表する病は結核でした。結核は、空気を扱う「きれいな」器官である、
肺に生じます。かつて結核は、過剰な情熱をもち、たとえば詩人のような感受
性の鋭い人が罹る病気だと考えられていたのです。結核には高みに昇るイメー
ジが託されていました。高原のサナトリウムに収容された結核患者の命は静か
に燃え尽き、天へと召されていくという表象が広まっていました。

20世紀を代表する病は、癌です。癌は、排泄器や生殖器のような「恥ずかし
い」部位にも生じます。ロマン主義の世紀に、結核は精神性と結びつけられて
いましたが、高度資本主義の世紀に癌は、欲望と結びつけられます。欲望やス
トレスをコントロールすることのできない、競争社会の敗者が癌に罹ると人々
は信じていたのです。癌患者が経験するのは、一つには強い恥の意識です。癌
に罹った人は、「なぜ自分が?」と問います。癌は懲罰と受け止められていま
した。癌患者は、恥だけではなく罪の意識にも苦しめられたのです。

20世紀末には、結核はもとより癌も、必ずしも不治の病ではなくなりました。
これらの病気に託された隠喩も和らいでいきます。しかし、性行為を介して伝
染するエイズの出現は、病をめぐる隠喩を再燃させていったのです。感染病対
策は、これまで戦争の隠喩で語られてきました。「侵略」、「戦い」、「殲滅」、
「勝利」等々のことばが、頻繁に用いられてきたのです。病気とその治療を戦
争の隠喩で語ることに、著者は強く反対しています。「病気をデーモン化する
発想から、患者に罪を着せる方向への移行は必然である」(102頁)。

病はただ病として扱い、病人に対して適切な治療を施せ。過剰な意味を病に付
与して患者を苦しめるな。これが自らの闘病体験から導きだされた著者の結論
です。コロナ禍の日本で感染者は、「自粛」の「和」を乱す非同調者として指
弾を受けます。現在の東京都知事は、「夜の街」ということばを用いることで、
この病に道徳的意味を付与したがっているようにみえます。コロナとの戦いを
「第三次世界大戦」に喩えた安倍首相には、開いた口が塞がりません。安倍政
権こそが日本の癌だ、などといえばソンタグに怒られるでしょうが。

◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「怠ける権利」高文研
http://www.koubunken.co.jp/book/b371637.html

----------------------------------------------------------------------
■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
----------------------------------------------------------------------
今回は「歩く」話

「ステイホーム」だ「リモート授業」だとほとんど家から出ない生活が続いて
いる。

元々漫画家なんて家業は引きこもりの延長みたいなもので、結構仕事をしてい
た時などは、ほぼ一日中机の前というのも珍しくなかった。

漫画の仕事より講師の仕事がメインになってからは逆に移動が多くなって一時
は分刻みで学校のハシゴをしていた時もあった。その時は逆に「少しは机の前
に座れよ!」な状態だったりも色々あって講師業も縮小傾向になったがそれで
もなんだかんだと外出する時間は多かった。

それがいきなり「ほぼ家生活」に。

「まあ、昔の漫画三昧生活に戻ったと思えば」と軽く考えていたが、若い頃の
引きこもりと歳をいってからの引きこもりでは筋肉量の減りが全然違う事に気
づいた。
ただでさえ「膝が」「腰が」「肩が」「足裏が」「右手の親指の付け根が」と
言って整形に行っては、全て「加老のせい」で片付けられてしまう昨今、この
ままではヤバイと家の周りを歩く事にした。

「郊外型住宅」
聞こえはいいが単なる田舎で車がなければ生活が出来ない場所に住んで30年近
く。駅と家の往復ぐらいしか歩く事は無かった。

だが「郊外型住宅」とはつまり「宅地開発された住宅と店舗しかない」場所で
店舗は閉まっているため歩くと言っても「人の家を見て回る」しかする事がな
い。
そして下手に住宅地の中に足を踏み入れると戸建てダンジョンと言う迷路には
まり込んでしまうのだ。

微妙に曲がった宅地内の道路は三半規管を迷わせ、帰路に向かっているはずが
どんどん遠ざかってしまう現象にパニックになりそうになり(単に方向音痴と
もいえるが)人から見たら空き巣の下調べのようにも。

それでも何度か歩くうちに「この辺りは開発初期、この辺はバブルの前のお買
い得な物件」「おお、この区画は敷地面積がデカい!このサイズだと二世帯住
宅か?」「なんかバブリーな物件です事。分譲当時はんー千万だっただろうか」
などと。

空き巣から不動産屋のようになって行く。

歩く事で血流が良くなりひいては脳を活性化させる事に繋がる様なのだが…私
の場合、漫画のアイデアとか文章の整理とかではなく不純な興味だけに特化し
ている様だ。

この辺りの開発住宅地は山を切り開いて出来ているのでほんのちょっと足を伸
ばすと森やら谷やらがある。
真に脳の活性化を求めるならその辺まで行けば良いのだが、本格的に遭難の恐
れがあって今は躊躇している。


◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html

----------------------------------------------------------------------
■特別寄稿 レジ袋有料化に反対する! 内藤陽介
----------------------------------------------------------------------
7月1日から、プラスチック製買物袋(以下、レジ袋)の有料化が全国で義務
付けられ、無料配布は禁止される。

この問題については、筆者は、自らがコメンテーターとして出演した文化放
送のラジオ番組、「おはよう寺ちゃん」でも幾度となく述べた通り、絶対に反
対の立場である。今春、この問題を初めて取り上げた頃は、ほとんど世間の反
響はなかったが、今月に入り、いよいよ制度の実施が近づいてくるなかで、ツ
イッターで#レジ袋有料化に反対します とのハッシュタグのついたあるツイー
トをリツイートすると、思いの外多くの反響が寄せられ、以後、毎日、この問
題についての発信するようになった。

そこで、今回は改めて、なぜ、筆者は「レジ袋有料化」(正確には、「レジ
袋有料化の制度的な義務化」というべきなのだが、煩雑になるので、本稿では、
以下、単に「レジ袋有料化」という場合には、「制度としての義務化」の意味
を含むものとしたい)に反対するのか、その点について、少し長文になるがま
とめておきたい。

1.経産省の掲げる目的の合理性への疑念
「レジ袋有料化」を進めている経済産業省(経産省)は、今回の有料化制度
は「プラスチックごみの削減」が目的であり、「廃棄物・資源制約、海洋プラ
スチックごみ問題、地球温暖化などの課題に対し、プラスチックの過剰な使用
を抑制し、賢く利用していく必要がある」と主張している。

しかし、プラスチックごみ全体の中で、レジ袋、しかも不法投棄されるレジ
袋のみが海洋プラスチックごみ問題において大きな比重を占めているとは考え
にくい。
そもそも、プラスチックごみの削減を主張するのであれば、買い物をした後
のレジ袋の中に入っている弁当や菓子など、個々の商品の包装等(もちろん、
その中には一般人には過剰包装のように見えても、製品の品質保持のために必
要なものも少なからずあるのだろうが…)を簡素化したほうがはるかに効果的
なのではないのか。

また、レジ袋の多くはポリエチレンでできており、多くのユーザーはそれをご
み袋として再利用している。ポリエチレンのゴミ袋/レジ袋は自治体の焼却炉
で高熱で燃焼されればダイオキシンも発生しないばかりか、生ゴミを燃やす際
の燃焼補助剤にもなっている。したがって、レジ袋のみをやり玉に挙げて、そ
の削減が環境対策になると主張するのはかなりの無理がある。

この点については、レジ袋の製造元である清水化学工業株式会社(以下、清水
化学)のサイトに、詳しい説明が出ている。
http://www.shimizu-chem.co.jp/message.html

したがって、環境やエコという観点からしても、環境対策としてレジ袋(のみ)
の削減を目指すのであれば、最低でも、清水化学の主張を完膚なきまでに論破
したうえで、一般国民を説得する必要がある。

ところが、昨年6月3日、当時の原田義昭環境相は、省内での記者会見で、小売
店などで配られるレジ袋について「無償配布してはならないという法令を速や
かに制定したい」と述べて、有料化の方針を打ち出した際、「レジ袋がプラご
みに占める割合は多くないが、有料化は(削減の)象徴になる」と強調してお
り、レジ袋のみを削減することがプラスチックごみの削減につながらないこと
を自白している。

目指すべき政策目標の達成には資するところが少ないとわかっていながら、生
贄としてレジ袋を取り上げるのは、あまりにも不見識ではないか。

さらに、6月25日付で、環境省は、タレントの西川きよし氏と東京海洋大学名誉
博士のさかなクン氏、それにモデルのトラウデン直美氏の3氏をレジ袋有料化の
“広報大使”に任命した。おそらく、3氏はタレント活動の一環として深く考
えずに引き受けたということなのかもしれない。

しかし、いやしくも、さかなクン氏は、東京海洋大学名誉博士という称号だけ
でなく、客員准教授というポストにもついている。したがって、さかなクン氏
は、海洋大学の教育・研究者という、いわば広義の専門家としての立場から、
「レジ袋がプラごみに占める割合は多くない」との原田前環境相の発言があり
ながら、それでもなぜ、あえてレジ袋のみを規制対象とする今回の「レジ袋有
料化」の広報大使を引き受けたのか、また、清水化学のサイトに記載されてい
るような内容についてどのように考えているのか、自説を明らかにする社会的
な責任があるのではないか。

もっとも、レジ袋問題に限らず、いわゆる “環境問題”についての意見は、多
分に個々人の人生観や世界観と深く結びついており、それゆえ、人々の感情を
刺激するものとなりがちだ。その結果、レジ袋問題に関しても、規制推進派(
将来的には廃止すべきとの主張も含む)と容認ないしは現状維持派との間では、
多くの場合、感情的な表現の応酬になって感情的な亀裂を深めるだけの結果に
なることが多い。
そこで、今度は、いったん環境問題から離れて、レジ袋有料化を制度として
義務付けることの何が問題なのか、考えてみよう。

2.店の自主的な判断を妨害してよいのか
誤解のないように言っておくが、筆者は、それぞれの店が自分の判断でレジ
袋を有料で販売することには反対しないし、レジ袋をもらってなにがしかのお
金を請求されたら素直に支払う。ただし、レジ袋を有料にするのか、無料で提
供する(そのコストは別の形で商品等に転嫁されている)のか、その選択は、
あくまでも、それぞれの店の経営方針なり、扱い商品の性質、顧客対応のため
の行動オペレーションや万引対策などを総合的に考慮して、彼らが自主的な判
断すべきものである。

1円でも安く商品を提供したいのでレジ袋の費用は消費者に負担してほしい
というビジネスモデルは当然あってよいし、筆者もこれまで、その種の店は何
度となく利用してきた。

その一方で、たとえば、汁の出る弁当類や植物、園芸用の土、衣料のクリーニ
ング、通常のエコバッグには収納しづらい大型の商品(ホームセンターなどで
はよくある)、未使用の郵便切手(湿気で裏ノリがべとついたり、折れ曲がっ
たりするのを防ぐには袋があったほうが良い)など、これまでの日本人の生活
の中で、レジ袋ないしはポリエチレンの袋に入れてお客に渡すことが前提になっ
ている商品も少なくない。そうした商品を扱う店では、当然のことながら、レ
ジ袋のみを別料金で精算するのはきわめて不便で、レジ袋の値段はあらかじめ
商品に転嫁しておかなければ極めて効率が悪い。

さらに、スーパーマーケットのように、顧客が自分でエコバッグ等に商品を
詰めるスペースが確保されていない店舗の場合、店側の顧客対応のオペレーショ
ンは根本的な変革を迫られる。

また、いままでは、商品を購入した客には専用のレジ袋に入れて持ち歩いても
らうことで万引の防止策にも立っていたが、客が自分のカバンに入れた商品が、
果たして店の商品を万引きしたものなのか、それとも、店外から持ち込んだも
のなのか、識別は困難になるだろうし、“冤罪”のトラブルも多発することが
予想される。

店側の多くは、こうした事情をすべて勘案して、いままで自分のビジネスモデ
ルに合った方式を採用してきたのであって、伊達や酔狂でレジ袋を無償で配っ
ていたわけではない。そうした個別の事情を無視して、国や自治体が制度とし
て、レジ袋の有料化を義務づけ、さらには無償配布までをも禁じるのは、どう
みても、営業妨害や嫌がらせの類ではないのか。あるいは、大げさな話かもし
れないが、『日本国憲法』でも保障された経済的自由権の侵害にさえ当たるの
ではないかと筆者は考えている。

3.増税への懸念
レジ袋を義務的に有料化するということは、国が新たな規制を作るというこ
とだ。また、環境やエコを大義名分に、広く国民から強制的になにがしかのお
金を集めるのは、事実上の税金といってもよい。

ちなみに、レジ袋の「有料化」に際しては、1枚ずつ値段をつけて商品とする
ことが義務付けられており、たとえば、「2枚目以降は無料」「会員は無料」
といった提供の仕方は違法とされている。ということは、国民が強制的に買わ
されることになるレジ袋には、当然、消費税が課税される。環境省によると、
わが国では年間300億枚、乳幼児を除いた国民一人あたり約300枚を使用してい
るとのことだが、仮に、今回の「有料化」によってレジ袋の使用量が半減して
150億枚になったとして、レジ袋1枚が平均4円で販売されればその売り上げは
600億円、これに10%の消費税がかかるとすると60億円(8%なら48億円)が自
動的に増税となる。国全体の財政規模からすれば微々たる金額ではあろうが、
そこに釈然としない気持ちを持つ国民は多いのではないか。

また、今回のレジ袋問題に関して、小泉進次郎環境大臣は、「レジ袋有料化
をきっかけとしたライフスタイル変革を進める」としているが、その小泉大臣
と環境省は“炭素税”の導入に熱心であることが知られている。

炭素税は“温暖化対策”を名目に、欧州などで導入されている税で、国など
が二酸化炭素の排出量に価格をつけたうえで、企業や一般国民が排出量に応じ
て税金を支払うというのが基本的な仕組みだ。わが国でも、2004年前後に検討
されたが、経済成長を阻害するとの財界の猛反対で実現せず、代わりに、2012
年、エネルギー関連業に限定的に負担を求める地球温暖化対策税(課税額はCO
2、1トン289円)が導入された。

これに対して、2018年、環境省は大臣諮問機関として“カーボンプライシン
グの活用に関する小委員会”を立ち上げ、炭素税の議論を活発化させている。
こういう状況の下で、科学的な根拠があいまいなまま、「レジ袋削減は環境
に良いことだから、レジ袋の有料化を義務付けるのもやむを得ない」というこ
とになってしまうと、そこから「エコと言えば国民は黙って金を出す」、「環
境対策といえば国民は文句を言わない」という空気が醸成され、炭素税の導入
へとつながる懸念が大いにある。

こうしたことをいうと“滑りやすい坂理論”だとの批判が必ず出てくる。
しかし、東日本大震災の後には、明らかに復興を阻害することが予想されてい
ながら復興税が導入されたこと、社会保障財源の確保を名目に第二次安倍政権
は消費税率を二回あげたが、実際には、社会保障費は消費税を含む一般財源で
賄われており、消費税が社会保障財源であるというのは詐術に等しいものとなっ
ていることを、我々は経験から知っている。

そうした経験を踏まえて、あらためて、レジ袋有料化についての政府の広告を
見てみると、有料化を推進する5省の名があり、その筆頭は財務省である。財
務省が筆頭になっているのは建制順であって他意はないという指摘はありうる
が、それでは、なぜ、そもそも財務省がレジ袋有料化の旗振り役に名を連ねて
いるのか。

やはり、レジ袋有料化は、財務省にとって推進すべき(=省益にかなう)政策
と考えているのであろう。過去の経緯を見ても、そこから、財務省が炭素税の
導入をはじめとして“環境”名目での増税をにらんでの地ならしとして、今回
のレジ袋有料化を位置づけようとしているとの懸念を持つのは自然な思考では
ないか。

消費税が導入された時、その大義名分は直間比率の見直しと、税制の簡素化だっ
た。そうれならば、一定の年数が経過したところで、消費税の導入後、直間比
率はどのように変化し、それが国家国民に与えた功罪はいかなるものであった
か、十分に検証し、国民的な合意を得る(よう努力する)のが筋であろう。し
かし、そうした検証結果が国民に共有されることのないまま、突如、消費税は
社会保障の財源だという議論のすり替えがなされ、社会保障財源確保のために
は消費税の増税もやむなしとの“世論”が作られていった。しかも、実際には
社会保障は一般財源で賄われているから、消費税収の一部は社会保障に使われ
ているかもしれないが、別の部分は他の歳出に宛てられているから、消費税=
社会保障財源というのは悪質な詐術である。

こうした“前科(あえてこういう)”があるから、仮に炭素税が導入されても、
果たしてそれが純粋に温暖化対策や環境対策に使われるものとなると無邪気に
信じられるほど、筆者はお人よしではない。

日本経済が長期のデフレに苦しむ中、増税は経済成長を抑制し、景気を落ち込
ませるマイナス面が大きいことは、すでに多くの日本人が身を以て証明してい
る。したがって、日本の国力を増強させたいと真剣に考えているなら、新税な
いしは増税につながりかねない芽は早めに摘んでおくべきで、そのためにも、
国の制度として、レジ袋の有料化を一律義務化することにも反対の声をあげね
ばなるまい。

4.衛生面での問題
現在、新型コロナウイルスの感染拡大を予防することが全国民にとっての喫緊
の課題となっていることは言うまでもなかろう。その場合、衛生面から考える
なら、むしろ使い捨てのレジ袋を奨励したほうが適切ではないか。

もちろん、エコバッグを使っている人の中には、毎回、洗濯・除菌して常に清
潔になるよう心掛けている人もいるだろうが、現実には、それは少数派で、多
くの人はなかなか洗濯などしていないだろう。

昭和30年代までは、買い物籠に新聞紙や経木でくるんだ肉や魚を入れて持ち歩
き、帰宅後、荷物を出した後も駕籠自体はそのまま放置して、そこから雑菌が
発生して衛生面のトラブルが生じることは珍しくなかった。その後、家庭での
冷蔵庫の普及とあわせて、毎回新品のレジ袋を使い捨てにする習慣が定着して
いったことで、衛生環境は劇的に改善された。
じっさい、ツイッター上では、コンビニ店員の中には、客からエコバッグに商
品を入れるように言われてバッグの中を見たところ陰毛が付着していた、エコ
バックそのものが黄ばんでいて異臭を放っていたなど、レジ袋ではなく、エコ
バッグを使うのが明らかに不潔な例も多く報告されている。

じっさい、米国では、しばらく前にレジ袋の有料化を始めて、大半の利用者が
エコバッグを使うようになっていたが、昨今のコロナ禍でエコバッグが不衛生
であることが取り沙汰されると、多くの店でレジの係員が客のエコバッグに触
れることを拒否したことから、使い捨てのレジ袋が復活している地域も多い。

このような指摘をすると、自分のエコバッグは清潔さを保っているから大丈夫
だという反論もあるのだが、公衆衛生というのは、どれほど個人が衛生に気を
使っていようと、誰かが“穴”をあけてしまったら元も子もない。外出時に必
ずマスクを着用している人たちは、自分の感染予防もさることながら、万一気
づかずに感染していたとしても他人には感染させてはならないとの意識を持っ
ていると思われるが、絶対にマスクをしない人たちがそうした意識を共有する
ことはあるまい。それと同じことで、自分は気を使っているから大丈夫、は公
衆衛生では通用しない。

そもそも、新型コロナウイルスで我が国の感染者・死者が他国に比べて低水準
で抑えられてきたのは、多くの国民が、政府や自治体の指示に従い、不要不急
の外出を避け、外出時にはマスクを着用して社会的距離を取り、帰宅時にはう
がい・手洗いを励行するなどの行動に努めてきた結果である。

これに対して、梅雨に入り、ただでさえ食中毒などが増加するこの時期に、拙
速なかたちでレジ袋の有料化が制度として義務付けられてしまうと、上手の手
から水が漏れる如くコロナ対策に穴が開き、いままでの成果が水の泡になりか
ねない。

少なくとも、これまでの国民の努力を足蹴にするようなかたちで、衛生的なレ
ジ袋を削減し、むざむざ不衛生になりかねない環境を、政府が率先して作ろう
としている愚は何としても食い止めなければならない。

筆者とて、なにも環境問題の重要性を頭から否定するわけではないが、現在
のわれわれにとっては、衛生問題は、まさに国民一人一人が生きるか死ぬかの
問題であり、緊急性が高いことは言うまでもなかろう。
エコも環境も、まずは命あっての物種である。

5.拙速な制度導入で良いのか
ところで、もともと、レジ袋有料化の義務付けを前に、経産省は3月から説
明会を開始するとしていたが、ウイルス感染防止を理由に開催を無期延期にし
たままの状態が長らく続いていた。

一応、5月21日から経産省のサイト内で説明の動画の配信は始まったが、そ
の時点では説明会の開始の告知話されておらず、6月17日になって、ようやく、
説明会の参加募集が始まったばかりだ。

そらならば、いまからでも、大々的にレジ袋有料化の説明会についても広報を
行うべきなのだが、筆者の知る限り、説明会の参加募集がようやく始まったこ
とについて知っている人は驚くほど少ない。このような状況では、説明会の開
催も、アリバイ作りのために形式的にやっただけで、国民がよくわからないま
ま新制度を強行しようとしているとみられても仕方ないだろう。

じっさい、6月18日付の『中日新聞』には、「業界団体から何も連絡がなく、
自分も周りの経営者も最近まで例外など制度を勘違いしている部分があった」
との鮮魚店の声が掲載されていたが、現場に十分な説明もないまま、オペレー
ションの大幅な変更を伴う施策が強行されてしまえば、現場が大混乱に陥るの
は当然のことだ。
そうした現場の混乱をよそに、6月25日、環境省は3人のタレントを“広報大使
”に任命したが、そもそも、制度開始1週間前に任命される“広報大使”なんて、
どれほどの意味があるのか。そんなことをする前に、やるべきことは山ほどあ
るのではないか。

仮に、いままで述べてきたような反対論をすべて押し切って「レジ袋有料化」
を強行するにしても、制度実施のための説明会を延期したなら、その日数分は
制度の実施も延期するのが道理ではないのか。具体的には、3月開催予定だっ
た説明会が6月17日以降に延期になったのだから、制度開始も、スライドして3
ヵ月、5月21日の動画投稿を基準にしても最低50日は延期しなければなるまい。

以上、あらゆる角度から考えて、現状のまま、7月1日からレジ袋有料化を義務
付ける動きには、何一つ賛成できる要素はない。速やかに制度の中止(少なく
とも延期)を要求する。

内藤陽介
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会
員。フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国
家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。最新作『
日韓基本条約 (シリーズ韓国現代史1953-1965)』えにし書房
電子書籍で「切手と戦争 もうひとつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川
oneテーマ21などがある。

----------------------------------------------------------------------

■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4065名の読者の皆さんに配信してお
り、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。

----------------------------------------------------------------------
■編集後記
内藤先生のレジ袋の件、おそらくはたった1人から始めて、現在少しづつ大き
なうねりになりつつある。

私も内藤先生の主張には賛成で、「地球に優しい」とか「エコ」と言えば何で
も通るような風潮に反発を覚える。自分勝手な感情や利権を通すために言って
るとしか思えないような主張も少なくないからだ。

たとえば、ラウンドアップのせいでガンになったという人がいるが、いったい
どうしたら校庭を管理する程度の仕事でラウンドアップに暴露するのか、意味
が分からない。しかも使っていたのはモンサント製ではなく他社のジェネリッ
クなのに。
https://www.afpbb.com/articles/-/3185756

ラウンドアッブは除草剤散布機に適量放り込んで水で一般には100倍に薄めて散
布されるが、通常薬剤に体が接触することなどない。当然飲んだりすることも
ない。いったいどんな使い方をしていたのか?

言い換えれば、1車線分しか幅のない生活道路でフェラーリを全力疾走させて
事故を起こしてフェラーリに損害賠償せよとするようなことがおきているわけ
だ。

日本を、こんな馬鹿な判決を出すような裁判所をもつ国にしてはならない。

====================================================
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載されたコンテンツを小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ copyrightはそれぞれの記事の記者が有します。
■ ご意見・ご質問は25日号編集同人「朝日山」まで
メールアドレス asahi_yama@nifty.com
(あっとまーくは、全角ですので半角にしてください)
■ バックナンバーurl http://back.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンidナンバー:13315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
====================================================

| バックナンバー | 22:43 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.756


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■■------------------------------------------------------------------
 ■■ [本]のメルマガ                 2020.6.15.発行
 ■■                             vol.756
 ■■  mailmagazine of book        [そして、半年経ちました号]
 ■■------------------------------------------------------------------
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ★PR★ 原 書 房 新刊 ★ http://harashobo.co.jp/
 
 『イギリス王立植物園キューガーデン版 世界薬用植物図鑑』
 
 M・シモンズ/M・ハウズ/J・アーヴィング著 柴田譲治訳
 B5変型判 224ページ 本体3,800円+税 ISBN: 9784562057382
 
 270種以上の薬用植物を美しい図版とともに解説。人類が薬用植物を記録し
 てきた5000年の伝統に現代的視点をくわえ、薬理効果や薬草ガーデニング
 の情報もそえた。パンフレットはこちら ⇒ https://is.gd/u7wBFg

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 【連載】………………………………………………………………………………
 
 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 第67回「余計なことばかり」

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 第132回 背筋を伸ばす言葉
 
 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → 動物とともに生きることを考えさせられるコミックの紹介です。
  
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「散慮逍遥月記」停雲荘主人
 ----------------------------------------------------------------------
 第67回「余計なことばかり」
 
 こんにちは。
 大学もオンラインを中心にして再開し,わたしのオンライン講義も軌道に乗っ
 てきたところです。とはいえ,どうしたことか,このところお会いしたことのある
 方の訃報が続き,わたしも残りの人生のほうが短くなってきたなあ,と若干の
 焦りを以って訃報に接する今日このごろです。
 
 論文執筆のための調査でもプライベートでの探しものでも,調べ物で検索を
 かけていると余計な,ではなく思いがけない事物に当たってしまい,気がつい
 たら探すべきものを忘れて目の前に飛び込んできたものに関心が移ってしま
 う,ということを年がら年中やらかしています。だから文章を書くための時間が
 いつも足りなくなってしまうわけですが(苦笑),それはさておき。
 
 先日,本来の探しものと全然違うものに引っかかってしまったのは「ウルトラ
 セブンの最終回」というネタです。それまで何を探していたのか,いまでもまっ
 たく思い出せないという有様なのですが,そこで久しぶりに,「ウルトラセブン」
 の最終回ではローベルト・シューマンのピアノ協奏曲イ短調作品54が使われ
 ていたことを思い出しました。モロボシ・ダンがアンヌ隊員に,自分がウルトラ
 セブンであることを告白するシーンで,突然画面の色調が変わり,あの印象的
 な冒頭−オケがドンと半拍先に出てピアノがタラン,タランタランタランタラン〜
 と降りていく−がBGMに流れていく,というものです。そのあともとぎれとぎれ
 にシューマンが使われ,最後に改造パンドン(一度ウルトラセブンに倒された
 パンドンという怪獣が,アイスラッガーで切られたところを機械化されて再度
 セブンと戦う)がセブンのアイスラッガーにばったり倒れるところで第1楽章の
 コーダが流れて戦いが終わります。
 
 この最終回で使われたシューマンの録音は,若くして難病で亡くなったディヌ・
 リパッティ(1917-1950)というピアニストがヘルベルト・フォン・カラヤン指揮の
 フィルハーモニア管絃楽団と1948年4月に,EMIに録音したものです。むかし
 から名演の誉れ高い録音ですが,わたしが全曲を通しで聴いたのは,EMIが
 ワーナーに買収されてカラヤンのボックスが発売された中で
 “Karajan and His Soloists I 1948-1958”という8枚組を手に入れたときでした。
 
 で,この録音を聴いたところ,どうもピンとこない。40歳そこそこで,後年の
 べったりなレガートなどどこにも見当たらない颯爽としたカラヤンの指揮ぶりは,
 それは見事なものですが,リパッティのピアノがどうにもよくわからない。同じ
 カラヤンのボックスには,ワルター・ギーゼキング(1895-1956)というピアニ
 ストとカラヤンが1953年8月に録音したシューマンが収録されていますが,
 わたしの好みはギーゼキングの方なのですね。何しろ,これまで聴いたことの
 あるシューマンのピアノ協奏曲の録音の中でよかったもののひとつが,ギーゼ
 キングがカール・ベームの指揮するザクセン国立歌劇場管絃楽団(現在のドレ
 スデン国立歌劇場管絃楽団)と1940年頃に録音した演奏であり,こちらの
 ギーゼキング/カラヤンもそのむかしFM放送で流れたものをエアチェックしたカ
 セットテープを時々聴いていたので,慣れている,ということはあるのかもしれ
 ませんが,それにしても,これも一緒に収録されているリパッティとカラヤンに
 よるモーツァルトのピアノ協奏曲ハ長調K.467を聴いてもリパッティがピンとこ
 ない。むかし読んだ五味康祐のエッセイでリパッティの演奏を
 「作・リパッティに聴こえる」と評していたのはこのことかとも思いました。
 
 それでは,と,例の給付金を当てにして,ブザンソンというところでリパッティが
 生涯最後にひらいた演奏会(1950年9月16日)の録音を購入してみました。
 これはEMIからも出ていたものですが,たまたまINA
  (Institut National de l'Audiovisuel,フランス国立視聴覚研究所。図書館関
 係者としてこのINAという施設について興味があって,以前文庫クセジュで出て
 いる本を購入して読んだことがあります)で見つかったRTF
 (Radiodiffusion-Television Francaise)によるオリジナルのマスター・テープ
 をINAがリマスターしたというCDが2018年の暮に出ていたので,そちらを手に
 入れたところ,何となくですがリパッティの演奏がどのようなものであるか理解
 できたような気がします。まるでベートーヴェンの頃のピアノフォルテのように
 「鳴らさない,響かせない」ピアノの弾き方で,どうしたらそうなるのかはよくわ
 からないのですが時空が歪むのですね。バッハのパルティータでも終わりが
 聴こえてこなくて,終結部でも「これで終わり」のように弾かないし聴こえない。
 5分なら5分で曲が終わるはずなのに,聴いていていつ終わるんだ,全然終わ
 らないじゃないか,という感覚に陥ります。いつまでも延々と音楽が鳴り続け
 ているような。それでいて,大変に音楽の密度が濃い。2ヶ月半後に亡くなる
 瀕死の病人が弾いているとは思えない。リパッティの病状が悪化すると,
 ロンドンのEMIのプロデューサーだったウォルター・レッグが,わざわざジュネ
 ーブに録音機材を持ち込んで,リパッティの体調が良くなったと聞くやセッション
 を組んで演奏を録音した,という話もうなずけます。リパッティは他のピアニスト
 からは隔絶した,特別なピアニストだったのでしょう。
 
 これも旧聞に属しますが,いつだったかどこかに出かけようと土曜の朝,クル
 マを出したらたまたまラジオがかかっていて,そこで読まれている小説に名
 前は出てこないもののどう考えてもリパッティをモデルにした人物(?)が出
 てくる。おやおや,いまどきリパッティとはマニアックなことであるな,と,その
 不思議な味わいの朗読劇を聴きながらクルマを走らせました。あとで調べて
 みたら,どうやら恩田陸「二人でお茶を」という作品だったらしかった(読んだ
 わけではないので確証はありませんが)ことも思い出して,リパッティの演奏
 の持つ力を改めて考えさせられることになりました。
 
 
 ……さて,どうしたものかと思いつつ,本当はここで書かねばならないだろう,
 ある訃報については他日を期します。ごめんなさい。
 
 では,また次回。
 
 ◎停雲荘主人
 2019年4月から司書養成が本務のはずの大学教員兼大学図書館員。
 南東北在住。好きな音楽は交響曲。座右の銘は「行蔵は我に存す,毀誉は
 他人の主張,我に与らず我に関せずと存候。」(勝海舟)。
 
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 ----------------------------------------------------------------------   
 第132回 背筋を伸ばす言葉
 
   最近、言葉が空虚に響いているように感じる。国会の中継を見たら、だれも
 が感じるんじゃないだろうか?
  総理をはじめ大臣たち、役人たちの国会での答弁の言葉は、あまりに上っ面
 で辟易する。大手の広告代理店にあれだけ儲けさせているんだから、もっと言
 葉に気を付けるようにアドバイスしてもらえばいいのにね。いや、もうコピー
 ライターの時代はとっくのとうに終わっているのかもしれない。ぼくのような、
 ふんわりとなんとなく気持ちのいいだけのコピーに酔ってきた世代が今の空疎
 な言葉の時代を作ってしまったのか。
 
  先日、何気なく手にとった本を読んで、言葉に真摯に向かい合うことを考え
 て、背筋を伸ばした。いま、必要なのは「言葉」なのだ。ちゃんとした「言葉」
 に出会いたかった。
 
  そんなとき見つけたのが、『のどがかわいた』(大阿久佳乃 著 岬書店)。
 だった。黄色いソフトカバーにモノ・ホーミーのシンプルな線で描かれたイラ
 ストがじつに愛らしい。フランス装というらしい。洒落ている。「きれいな本
 だなあ」と思わず手にとっていた。
 
  著者の大阿久佳乃はこの本が刊行されたときは、まだ19歳(2000年生まれ)
 だったという。
 
  大阿久さんは、同世代、つまり高校生が詩を読む機会があまりに少ないこと
 に疑問を持ち、詩の扉をひとつでも増やしたいと、詩を読むことをテーマにし
 たフリーペーパー「詩ぃちゃん」を2017年から発行している。『のどがかわい
 た』は、前半を「詩ぃちゃん」、後半に書き下ろしのエッセイを加えている。
 
  ぼくは、こういう前知識はほとんどなく、読み始めた。だから著者の大阿久
 さんが高校生活に馴染めずに、不登校を経験していることも知らなかった。
 
  本の前半、「詩ぃちゃん」は「詩、読みますか?」で始まる。こんなふうに
 問われると、ぼくは「はい」とは答えられない。読んでいるというには、あま
 りに少ないもの。
 
  詩人もたくさんは知らないし、詩がわからないというコンプレックスから、
 ときどき人がいい、という詩集を買うことがあっても、正直にいって夢中にな
 った経験はない。
 
  八木重吉、山之口獏、茨木のり子、吉野弘とぼくでも知っている詩人が登場
 するが、それらの詩の味わい方を読んでいると改めて、いいなあ、と思う。そ
 んなふうに詩の味わい方、わからない詩に出会ったときのこととかが書いてあ
 って、気になる言葉、文章をメモしようと思ったら、あっというまに付箋だら
 けになってしまった。
 
  ふだん詩を読むことが少ないぼくには、詩がわかる、という感覚がわからな
 い。詩を読んだとき、いいなあ、と思うことはあっても、わかる、というのと
 はちょっとちがうと思う。
 
  そんなぼくには「思い出す」という章が面白かった。詩を読む作法のようだ
 った。詩を読むときの心の動きが書かれていて面白かった。詩をこんなふうに
 説明してもらったことはなかったと思う。
 
  詩を読んでから、その後、日常生活にもどって、たとえその文面を忘れてし
 まっても、どこかに記憶が残っている。その言葉、イメージがふとしたときに
 よみがえることがある。その「思い出す」ということが、詩をわかることにつ
 ながるようだ。小説を読んだとき「共感」を感じることがあるけれど、詩の場
 合は共感以上のもの、むしろ「一体となる」経験を与えてくれる、という。
 
  ああ、僕は詩を読んだとき「一体となる」経験をしたことがないなあ。きっ
 とまだまだ詩ときちんと向き合ってこなかったからだろう。もっと、たくさん
 の詩を読まなければこの経験は出来ないんだろう。
 
  そういえば思い出したことがある。両親ぐらいの世代だと詩はもっと身近に
 あったようだ。最近も83歳になる叔母が
 「アイルランドのような田舎へ行こう……」と丸山薫の『汽車にのって』を暗
 唱してくれたことがあって、聞きながら目の前に風景が現れて感動したことが
 ある。なかなかいいものだった。こんなふうに詩が身近にあるのはうらやまし
 く思った。
「一体となる」といえば、それは音楽でも同じことがいえるように思う。いま、
 ぼくが一体化するのは、詩ではなくて歌詞なのかな。ここのところ、ずっと頭
 の中で鳴り響いている。ローリングストーンズの古い曲、
 「ストリート・ファイティングマン」だ。
 「Well, then what can a  poor  boy  do
   Except to sing for a rock n roll band」
 「貧乏な少年にはロックンロールを歌う以外に何ができる」というフレーズを
 聴くと胸が熱くなる。こういうのも詩と一体化することなんだろうか?
 
  詩のことだけでなく、文章を書くこと、それをフリーペーパーとして多くの
 人に読んでもらうことについても書いている。そして悩んでもいる。
 
  それは文章を書いたり、絵を描いたり、音楽をやっている人ならば、だれも
 が感じることなのだろう。
 
  大阿久さんは、他人が読むものだ、と意識すると、書くべき「感じたこと」
 や「思ったこと」より、「感じたかったこと」、「思いたかったこと」を書こ
 うとしまいがちになる、という。きっと優等生であったから、学校では「書い
 てほしいこと」「こう思うべきだろう」という期待に応えようとしてきた癖が
 残っているという。もちろん、そういう考え方で書いた文章はたいていつまら
 なくなることもわかっている。といって、本音をつかまえておくのも難しくて、
 文章を書くときは「本当に思ってる?」と自分に問いただすことの繰り返し、
 といっている。
 
  難しいよね、本当に。文章を書くとき、「自分がどう思うか」より「どう思
 われたいか」を考えていることがあるもの。
「書くことは難しい、けれどやっぱり楽しい。自分どうしでかくれんぼしている
 みたいです」という大阿久さんの言葉がとてもいい。
 
  ああ、ぼくなんか、かくれんぼで隠れているうちに、すっかり忘れられてし
 まった子どもの気分になることがあるよ。
 
  フリーパーパーを発行することについて悩んでいることを書いているけれど、
 それは何かを表現するためにメディアを使っている人、たとえばCDなどを制作
 するミュージシャンにとって教えられることが多いと思う。
 
  大阿久さんは、たとえフリーペーパー「詩ぃちゃん」が見知らぬ多くの人た
 ちに読まれるようになっても、多数の人たちに向けて書かないようにしている。
 それは「詩ぃちゃん」が「詩」をテーマにしているからだ。詩は演説ではなく
 て、一人の詩人が一人一人に向かって書いたもの。けっして不特定多数を対象
 い書いたものではない。もし、不特定多数の人に向けた文章を書いてしまうと
 「詩」の存在を殺してしまうのではないかと危惧するからだ。
 
  それでも発行したい、と思うのは不特定多数に読んでほしいという気持ちが
 あるからだろう、と大阿久さんは悩む。発行したい気持ちとは、なんだろう。
 自己主張なのか?
 物ができることの達成感? 褒められたいから? 
 大阿久さんは、「ふたつのまったく別方向を向いている気持ち」に釈然としな
 い気持ちを抱いている。
 
  詩でも絵、写真、そして音楽でも、どんなものでも表現するときに、その表
 現はだれに向けたものなんだろう。自分のためならば、発表する必要はないも
 のね。でも作品をだれかに評価してもらいたい、多くの人に知ってもらいたい、
 という気持ちがあるからだ。
 
  ぼくも含めて多くの“売れない”ミュージシャンは、いつも
 「だれのために」歌っているのか考えている。
 
  『のどがかわいた』という本は、詩のことを書いているけれど、「詩の本」
 ではないと思う。もちろん「詩の入門書」ではない。
 
  どうしてこんなに、ぼくの心を揺さぶったのか、それは著者の大阿久佳乃さ
 んが詩、言葉と向き合うことで、考えたり悩んでいることを真摯に文章に書こ
 うとしているからだ。それは国会でしばしば使われる「真摯」とはまったく違
 う、ときにヒリヒリするような、血の通った言葉だ。


 ◎吉上恭太
 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。
 詳しくはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。
 翻訳絵本『あめのひ』『かぜのひ』は徳間書店からから、
 『ようこそ! ここはみんなのがっこうだよ』はすずき出版から出ています。
 
 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。
 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017
 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします!  
 
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
 ---------------------------------------------------------------------- 
  動物を飼うことはとても楽しいことです。しかしそれとともにその動物に対
 して最期まで面倒を見るという責任を負うことでもあります。この後者の面に
 特にスポットを当ててこの漫画は描かれています。
 
 『きみにかわれるまえに』,カレー沢薫,日本文芸社,2020
 
  ただそれだけでなく各話の主人公が抱えている葛藤―それは社会から背負わ
 されているものだったりするのです―が動物との暮らしによって浮き上がって
 くるというのも特徴といえるでしょう。
 
  例えば第5戒(第5回ではなく)「私たちはやることが多すぎて優先順位を間
 違えます」では、年老いた犬と飼い主の独身女性が登場します。
 
  彼女(茶川さん)は会社勤めをしているのですが、日々残業に追われる日々
 です。しかも計画的なものではなく、急に課長という名の人に仕事を振られる
 のですね。しかもその頼み方が「〜さんが子どもの用事でいないから」という
 感じの言い回しで。
 
  いやいや子育て中の従業員の穴埋めは課長が(会社が)考えてくださいよ。
 という話ではありますがひとの良い茶川さんは、これを毎度引き受けてしまい
 ます。そこには断ると角が立つからできれば断りたくないという気持ちもはた
 らいています。また独身の自分が子育て中の人の穴を埋めなければいけないと
 いう負い目のようなものも感じているようなのです。
 
  全然そんなこと気にしなくていいのに。本当は彼女は年老いた(率直に言え
 ば一緒にいられる時間は残り少ない)愛犬のシンタロウと一緒に過ごす時間を
 今は何よりも大切にしたいのに。
 
  私も経験がありますが年老いた動物はそれはそれでいとおしいものです。ち
 ょっとさびしい部分があることも確かですが、それでもできる範囲で生きてい
 こうとする動物の姿を見ていると、一緒に生きてきてよかったと思えます。世
 話が大変な時もありますけどねもちろん…。
 
  そんな日々を送る茶川さんでしたがいよいよシンタロウの具合が悪くなって
 いきます。独身なのでシンタロウをおいて仕事に行かざるをえません。最終的
 にはシンタロウは天寿を全うするわけですが、そのとき彼女がとった行動がこ
 の戒の「戒」たる所以といえるでしょう。(どうなったかは読んでのお楽しみと
 いうことで…)。
 
  思い起こされるのが、小説家の保坂和志が会社員だった頃、長年飼った犬が
 死んでしまい目を泣きはらしながら出社してきた同僚に「おまえ、なんで休ま
 なかったんだよ。犬が死んだんなら会社なんか休めよ」といったというエピソ
 ード(保坂和志,「いつまでも考える、ひたすら考える」,草思社,2013)です。
 
  ペットは家族なんて言葉は今や当たり前のように世間に広まっているように
 感じられるのですが、はたして本当に世の中でそう思われているのかは謎です。
 もちろん人と動物は違う。それを差し引いても、子どもの用事で早く帰るのと
 病気の動物が心配だから早く帰る、このふたつを並べてみた時後者はけっこう
 認められなかったりしそうな気がします。(一応書いておきますがどっちが重
 要かということではないですよ。)
 
  第14戒の主人公佐伯主任も老犬を飼う独身女性で、日々衰えていく愛犬の
 トムに寂しさを感じています。自らも含めて老いていくことにマイナスのイ
 メージを強く抱いています。本当はそんなに悲しまなくてもいいのに。若い
 方が価値があるという世間の物差しを実感させられます。自分では若さなん
 て関係ないと思っていても、やっぱり世の中は…みたいな諦観に落ち込むこ
 とはありがちかもしれません。
 
  ほかの「戒」にも「強い父親像」に引っ張られてか大事にしていた猫が死ん
 でしまったのに、悲しむのをこらえようとする男性もでてきます。別に男が
 飼い猫の死に際し泣いてもいいわけですが、なぜかこのお父さんは一人のと
 きでさえ(!)泣くことを潔しとしません。
 
  本書の中で著者が表立って、老いることはよくないことだとか、男はむや
 みに泣かないとか、世の中に漂うステレオタイプな人間像を批判しているわ
 けではありません。しかしそうした人間像を内面化することで悩んだり苦し
 んだりする主人公がしばしば登場することからも、それを批判的に描いてい
 るように感じます。動物との生活によってそういったことに気づかされると
 いうお話もあります。そうした点の描写が本書のひとつの柱となっているよ
 うに思います。
 
  もっともそれに限らず動物を飼うと、病気がちだったり言うこと聞かなか
 ったり、それにストレスを感じる自分にうんざりしたり、面倒を見るために
 行動が制限されたりと色々ブルーな精神に落ち込むことはあるものです。冒
 頭に書いた通り動物を飼うのは決して楽しいことばかりではありません。結
 婚したいなら犬は保健所に連れていけとかいう男はぶん殴るぐらいの覚悟が
 必要なのです。
 
  とまあちょっと厳しい感じの話になってきましたが、やっぱり動物ととも
 に生きるのはすばらしいことです。最終ページ3段目のコマはとりわけ最高
 ですね。動物との暮らしはバラ色の事ばっかりじゃないぜということを言っ
 ているのに、やっぱり動物との暮らしは素晴らしいと思わせてくれる素敵な
 漫画です。
    
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。
 
 -------------------------------------------------------------------
 ----------------------------------------------------------------------
 ■あとがき
  坪内祐三さんが亡くなって五か月経ちます。この度、本の雑誌社から
 『本の雑誌の坪内祐三』が刊行されます。
 「私は、『本の雑誌』からの原稿依頼は、基本的に、すべて引き受けること
 している(中略)。スタッフ・ライターという言葉があるけれど、雑誌は、ある
 筆者が繰り返し繰り返し何度もその雑誌に登場することによって、その
 雑誌のカラーやにおいが明確なものになって行く。(後略)」(P44)
 『本の雑誌』のスタッフ・ライターの一人と自負していらした坪内さんは、
 様々なテーマで寄稿されていて、どの膨大な内容は、出版史として大変
 興味深いです。中身が濃いのでなかなか読み進めないのですが、ひとつ
 ひとつ誠意をこめて書かれているのが伝わってきます。その早すぎる死を、
 改めて惜しまずにはいられません。 ほんとうに残念です。    畠中理恵子
 ----------------------------------------------------------------------
 ■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4066名の読者名の皆さんに配信して
 おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
 ■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
 ■ 今号のご意見・ご質問は
  15日号編集同人 「畠中理恵子」まで nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp 
 ■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
   なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わり
   ・5日号:aguni原口 hon@aguni.com
   ・15日号:畠中理恵子 nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp
   ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
   ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
 ■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
   事務局担当:aguni hon@aguni.com
 ■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
 ■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
 ■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
 ■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
 ---------------------------------------------------------------------
 
 

| バックナンバー | 08:55 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.755

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■■------------------------------------------------------------------
■■ [本]のメルマガ                 2020.06.05.発行
■■                              vol.755
■■  mailmagazine of books     [行き詰ったときに間食をする 号]
■■------------------------------------------------------------------
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★PR★ 原 書 房 新刊 ★ http://harashobo.co.jp/

『まとまりがない動物たち:個性と進化の謎を解く』

ジョン・A・シヴィック著 染田屋茂・鍋倉僚介共訳
四六判 272ページ 本体2,400円+税 ISBN: 9784562057641

クールなネコもいれば愛嬌たっぷりのネコもいる。当たり前に思うけど考えて
みれば不思議。なぜ動物はみんな性格が違う? ていうか個性ってなに?
近年注目される動物の性格研究。動物の個性と進化の驚きの関係に迫る!


■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ 『ハンナのいない10月は』著者、相川英輔さんへのインタビューです。

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その48「海の底でお食事を」

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 今回はお休みです。

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

----------------------------------------------------------------------
■「[本]マガ★著者インタビュー」:
----------------------------------------------------------------------

 今回は、『ハンナのいない10月は』(河出書房新社)の著者、相川英輔さん
へのインタビューです。

『ハンナのいない10月は』
相川英輔 著
単行本 46 ● 272ページ
ISBN:978-4-309-02886-6 ● Cコード:0093
発売日:2020.05.27

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309028866/

イベント情報
https://aikawaeisuke-booktalk.peatix.com/view
----------------------------------------------------------------------

−この本が誕生したきっかけを教えて下さい。

 僕の場合、頭の中には常に1,000個くらいのアイディアの断片がふわふわと
浮遊しているのですが、ときどきそれらが連鎖していって物語の原型が生まれ
ます。「テトリス」とか「ぷよぷよ」といったパズルゲームをプレイしたこと
はありますか? ああいったゲームではパズルが1つ繋がると、どんどん連鎖
していく場面があるのですが、感覚的にはそれに近いです。
 『ハンナのいない10月は』も、ある日、大学・猫・定食屋などいくつかのキ
ーワードが次々に結びついていき、舞台となる正徳大学のキャンパスや登場人
物たちが目の前に浮かび上がってきました。彼らの行動を「記録」していき、
気がつくと物語が完成していました。

−なぜこの出版社に決まったのですか?

 僕は兼業小説家で、日中はサラリーマンとして働いています。どうしても時
間的な制約があるので、アップルシード・エージェンシーというエージェント
会社と契約を結び、営業や広報などをお願いし、僕自身はできるだけ執筆に集
中するようにしています。
 担当のエージェントさんが河出書房新社とお話ししてくださり、出版が決ま
りました。新人の自分が河出書房新社のような歴史ある出版社から刊行できる
なんて夢のようです。エージェントさんはいつも僕のことを気にかけてくださ
り、すごく助けられています。

−編集の担当の方に一言!

 本当に感謝しています!
 作品がより良くなるためのアイディアを沢山いただき、『ハンナのいない10
月は』を一緒にブラッシュアップしてくださいました。
 また、いただくメールはいつも心が温かくなるような内容で、コロナ禍の中
でも穏やかな気持ちになることができました。

−書籍を形にするまでにいちばん苦労したことは?

 物語を紡いでいく中で、行き詰ったときに間食をする癖がついてしまい、体
重が5キロも増えてしまいました(笑)。いや、笑えないです。今、懸命にダ
イエット中です。

−書籍を出版していちばんうれしかったことを教えてください。

 自分の書いた物語が本の形になるのは、小さな奇跡のようなものだと思って
います。見本本が届いたときは本当に感無量で、体が宙に浮かんでいるんじゃ
ないかと感じるほど嬉しかったです。

−これから本を出したいんだけど、という方にアドバイスを!

 僕は二十代半ばで文学賞をいただき、大手文芸誌にも載りましたが、そこか
ら単著を出すまで十年以上かかっています。その間、気持ちを切らすことなく
ずっと書き続けてきました。今回二作目を刊行でき、さらなる未来も拓けてき
ました。
 夢を叶えるためには書き続けないといけません。仕事や学生生活、日々のい
ろいろで気持ちが萎えることがあるかもしれませんが、自分を信じて書き続け
ましょう!

−最後に書籍の宣伝をどうぞ!

 『ハンナのいない10月は』は、大学を舞台としてさまざまな出来事が起きる
物語です。いくつもの要素が含まれているので、特定のジャンルに区分するこ
とはできないかもしれません。青春小説であり、ミステリであり、お仕事小説
でもあります。小さいともし火でもいいので、読んだ方の心に確かな火が灯れ
ば嬉しいです。ぜひ手にとって新しい物語を楽しんでください。

−ありがとうございました。

----------------------------------------------------------------------

 メールにて、インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

----------------------------------------------------------------------
■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
----------------------------------------------------------------------
その48「海の底でお食事を」

 今回は皆様をお誘いし、贅を尽くした豪華な食堂で、お食事を共にしたいと
思っている。

でも、その場所は海の底。

ジュール・ヴェルヌ著『海底二万海里』の世界なのだ。

 物語は、一角獣のような海の怪物に船が襲われるという事件が相次いで起き
たところから始まる。ついにはアメリカ海軍の軍艦が調査に向かうことになり、
生物学者のアロナックス教授も請われて船に乗り込むことになる。軍艦は怪物
を追い詰めるのだが、教授は船から投げ出され、助手のコンセイユと共に海を
漂うことになる。やがて二人は潜水艦の上に辿り着く。そこには怪物を捕まえ
ようと海に飛び込んで潜水艦に飛び乗った銛打ちの漁師ネッドもいて、やがて
現れた物言わぬ乗組員たちによって、潜水艦の中に連れ込まれるのだ。

 三人は船室に連れていかれ、着替えの衣服をあたえられる。その間に食事が
準備されるのだが、その様子は、

「銀の覆いをかけた皿がテーブルクロスの上にきちんと並べられた」

とあり、リヴァプールのアデルフィ・ホテルかパリのグランド・ホテルにいる
ようだとある。かなり格式に沿ったテーブルセッティングだったのだろう。こ
の二つのホテルはともに、その時代の最先端のホテルだったようで、アデルフ
ィ・ホテルの建物は建て替えられたようだが、二つとも現存する。ぜひその豪
華さを映像で見てみて欲しい。

 そして、教授はMobilis in mobiliとNと銘打たれた食器に感動するのだ。
「動中の動」とか「流れ動くものの中での動体」と翻訳され、まさしく海中で
の潜水艦を表す言葉だと教授は感動している。でも、反射的にアリストテレス
の「不動の動者」(Motore immobile))を思い浮かべてしまうこの銘が、本当
に意味するものはいったい何なのだろうか?
 ノーチラス号こそが海の中の神であると、語っているのではないだろうか?

さて、いわば捕虜に近いこの三人に与えられた最初の食事は、こんな具合だ。

水。
おいしく調理された魚料理が数皿。
それと、
「ことのほかおいしい料理は、どういうものか私には言うことができなかった。
その材料が植物なのか、動物なのかさえわからなかった」という料理。

 とにかく、三人はおなか一杯食べて、寝てしまう。ところがその後、目が覚
めても何時間も放っておかれ、三人は空腹に苦しむことになる。空腹のあまり
怒り狂ったネッドは、やっとやって来たボーイに襲いかかってしまう。

 その時初めて、この潜水艦の持ち主ネモ艦長が現れ、教授を食堂に招待する
のだ。

 豪華な家具や陶器類が飾られたその部屋で、一杯に並べられたごちそうを食
べる教授。でも、やはり食べながら、その料理の材料が何かわからなくて首を
かしげる。そこで、ネモ艦長がこう説明する。

「私は、陸上動物の肉はまったく使ってないのですよ」

牛肉と思えたものは、海ガメのひれ肉
ポーク・シチュウはイルカのレバー

そして、

ナマコのつけ物
大ヒバマタという海藻からつくった砂糖
イソギンチャクのジャム
鯨の乳のクリーム

を食べるように、勧めるのだ。

 そんなことあるのかな?と思うのだけれど、精進料理のいくつかを思い浮か
べると、納得がいく気もする。茄子で作ったウナギの蒲焼もどきとか、豆腐で
作った鶏の唐揚げとか、違う材料で、あたかも肉料理のようなものを作るとい
う技術は存在する。

 けれど、このうち最後の三つはとても怪しい。

 大ヒバマタという海草は、珍しく日本人は食べないのにヨーロッパ北部では
香辛料やハーブティ等に使用されてきた海草なのだが、糖分は全然含まない。
イソギンチャクは、九州の柳川では食べる習慣があるらしい。唐揚げや味噌煮
にして食べ、その味は貝のようだという。あの触手からヴェルヌは花を連想し
たのだろうけれど、これは植物ではないのでジャムはあり得ない。最後の鯨の
乳だけれど、これは水族館などの研究によると、とても油成分が濃いもので、
乳糖もなく、おいしく飲めるものではないようだ。物語の第二部でマッコウク
ジラを殺し、その新鮮な乳を勧められて教授が飲む場面があるのだが、牛乳の
十倍もの油分が含まれているというから、きっとまずかったと思う。ただ、そ
の乳からチーズやバターを作るという記述が続くのは、ありえなくもないこと
だと思う。

 さて、その後、教授は自分の部屋で、コンセイユとネッドは一緒の船室で食
事をする習慣になったようで、ある日の教授の食事の内容が書かれている。用
意されていたのは、

最上等の青ウミガメでつくったスープ
薄くはがれるホウボウの白身
美味しく調理されたホウボウの肝
鯛の王様であるマダイの切り身

 そして教授は、この味はサケなどよりまさっていると思うのだ。

 私もだよ、教授。鯛は王様だ。

 さて、最後に艦長と会食する場面があるのは、海底への散歩の前だ。潜水服
を着て歩くこの散歩はかなり長くかかるので、たっぷり食べるように言われて
御馳走されたのは、

魚数品
おいしいナマコのさしみ
ポルフィリア・ラキニアタやラウレンティア・プリマフェティーグ
といったひじょうに食欲を高める海草料理
リキュールを数滴入れた水。

 このリキュールは、《ロドメニイ・パルメ》という名で知られている藻を、
カムチャッカ風に発酵させて作ったものだという。

 まあ、海草料理のおいしさを十分知っている身としては、納得のいく献立だ。
例えば、ワカメのごま油炒めとか、昆布の佃煮だけでも、十分おいしくご飯が
食べられる。ただ、やはり炭水化物、パンとかコメとか麦や粟でもいい、穀類
について何も書かれていないのは気にかかる。

 そして、教授が変わった味付けと感じるのは、ネモ艦長の出自がインドであ
ることが関係しているのではないかとも思うのだ。

 海から獲れるものだけを食べて、大変健康だというノーチラス号の乗組員。
教授たちも病気一つしないのだが、ネッドはパンと肉と葡萄酒がないのが辛い
と言い続けている。

 ネッドは漁師でありながら肉が大好きで、島に上陸できる機会を逃さず、パ
ンの実やサゴヤシ、マンゴーやバナナなどの果物を採り、鳥やイノシシを狩っ
て、その肉を食べて大喜びする。

 ネモ艦長は平和な海の底の支配者という風を装っているが、動物性のたんぱ
く質として南極でペンギンや海牛(ジュゴン)を大量に捕獲して食料にしたり
する。乗組員たちがネッドも一緒にマナティを狩る場面は、今の感覚では、な
かなか残虐な感じもするし、マッコウクジラを歯があるからといって海の殺略
者扱いをして、潜水艦の衝角で切り裂いて大量虐殺する場面は実に残酷だ。ど
うも、ヴェルヌはマッコウクジラをシャチと間違えたらしいのだが、いずれに
しろ凄まじい。

 そんなネモ艦長が海の生きもので何を恐れるかといえば、それはタコのよう
なのだ。巨大なタコの群れに囲まれ、スクリューにくちばしが絡んで動けなく
なり、大騒ぎでタコと戦う場面がある。船員がタコの足に絡みつけられてさら
われる場面を初めて読んだ時には怖かったのだが、大人になってから読むと、
タコは人間なんか食べない気がして、もう一つしっくりこない。

 怖ろし気に描かれている海底にすむ巨大な蟹やシャコガイも同様だ。確かに、
何かの拍子に足とか挟まれて逃げられなくなると危険だけれど、恐怖を感じる
対象ではない気がする。

 それより、なにより……。

 食欲を感じませんか?

 私たちはやはり海に囲まれ海産物を食べて生きて来た民だから、どうもいけ
ませんね。きゃあこわい、と思うより先に、タコの酢のものとか、里芋の煮物
とかにこの巨大タコの足一本あれば素敵なのにと感じてしまう。

 蟹に至っては、もう、大きければ大きいほどありがたい。クモガニのおぞま
しい姿とか書かれても、タカアシガニだあ!と喜んでしまう身にとっては、怖
くもなんともない。

 さて、そういうわけで、長くなりましたが、こんなメニュウをご用意しまし
たので、そろそろテーブルのお席にお付きください。
 
 メニュウは以下のようなものです。

 前菜  :エビのカクテル
 スープ :青海亀のコンソメ    
 サラダ :海草三種
 魚料理 :真鯛の刺身、または蟹のグラタン
 肉料理 :鯨のステーキ
 デザート:鯨のミルクのアイスクリーム
 
 あちらのテーブルには、蟹を丸々一匹蒸したものも幾つかご用意しました。
毛ガニ、花咲ガニ、タラバ、タカアシガニ。どれでもお好きなものをどうぞ。
あ、ネモ艦長が顔をしかめてますが、他にタコとワカメとシラスの酢のものや
タコのアヒージョ、そしてタコ焼きなどもご用意させていただきました。

 なんだかネモ艦長の座っているテーブルから、誰もいなくなる気もしますが、
まずは、おいしく召し上がっていただければ幸いです。

----------------------------------------------------------------------

『海底二万海里』ジュール・ヴェルヌ著 清水正和訳  福音館書店

----------------------------------------------------------------------

高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
----------------------------------------------------------------------

 なんと!というほどでもないですが、今回は無事にほぼ日付通りに配信出来
ました。(aguni原口)

----------------------------------------------------------------------
■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4064名の読者の皆さんに配信して
おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
----------------------------------------------------------------------
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載された内容を小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
■ 今号のご意見・ご質問は5日号編集同人「aguni」まで hon@aguni.com
■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
  なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わります。
  ・5日号:aguni原口 gucci@honmaga.net
  ・15日号:畠中理恵子 hatanaka3floor@jcom.home.ne.jp
  ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
  ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
  事務局担当:aguni gucci@honmaga.net
■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
---------------------------------------------------------------------

| バックナンバー | 17:01 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.754


■□------------------------------------------------------------------
□■[本]のメルマガ【vol.754】20年5月25日発行
[生前に二階級特進 号]
http://honmaga.net/ 
■□------------------------------------------------------------------
□■ 創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4064名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
□■------------------------------------------------------------------

★トピックス
→募集中です
★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→コロナと読書

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→東京をスローに

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→もちっとなんとかならんかテレワーク、オンライン授業

★「はてな?現代美術編」 koko
→チェルノブイリとアイン・ランド

★「スプートニクとカガリーンの闇」内藤陽介
→最終回、ガガーリン宇宙へ

----------------------------------------------------------------------
★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp

『黒き侍、ヤスケ:信長に忠義を尽くした元南蛮奴隷の数奇な半生』
浅倉徹著
四六判 320ページ 本体1,900円+税 ISBN 9784562057702

ハリウッドで映画化! イエズス会宣教師の奴隷として日本を訪れ、織田信長
に見出されて戦功を上げ、侍「弥助」になる。極めて資料の少ない「ブラック・
サムライ」のありえた半生を、専門家がわかりやすい物語形式で紹介。
----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
募集中です
----------------------------------------------------------------------
■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
----------------------------------------------------------------------
第111回 ネガティヴな状況の中で

韓国がコロナ第二波に見舞われ始めたとか、中国の武漢でまた感染者が出たと
ネットで見た。日本の情報ではイタリアが観光旅行を呼びかけていると読んだ
が大丈夫なのだろうかと思ってしまう。

今までは人の声が外から入ってくることがあまりなかったのだが、ここのとこ
ろ朝から家族で話しながら歩いている人たちが増えているとヴェランダに出る
としみじみ思う。

美術館が再開されたらウフィツィに行こうと思っていたが、予約が必須という
ので肩すかしを感じ、館内では鑑賞のための進み方まで指示されるようで、な
にかと煩わしくおもわれ、確認してから行こうかという気になってしまった。

閉鎖が解けた大型店の園芸売り場に行くと、入口であいかわらず間隔をあけて
列に並び、出る人の数だけ入るシステムにしたがう。広大な売り場には咲き乱
れる花が香り、夏野菜の苗はトマトもズッキーニもすでに売れ残り状態で置か
れていた。

購入した満開のツツジとラベンダーの鉢を替えるのに土が必要になり、土を買
うなら近くの雑貨店の入口に袋が積んであったと思い出して出かけたが、10分
も歩かないうちにフクラハギに緊張感が走って運動不足も極まっている。

その小さな店舗にあふれんばかりにキッチン雑貨が置いてあるのが見えるが、
入口に設置された番号チケット器からチケットを取り、ほかの人との間隔をとっ
て外で待つ。通りの向かいの食品店でも同じように待つ人がいるが、このシス
テムも商店の営業再開から始まったのだ。

近くの広場では毎朝開かれる市場のために工事が始まっていたが、まだ土を掘
り返している状態でいつまでかかるのかわからない。目にとまるのは“ウーマ
レル”とイタリア語(ボローニャ方言)で呼ばれる暇人のおじさんたち。両手
を後ろに組んで、どこへ行くのか、何を見に行くのか、ゆっくり歩いているの
をみるとやっと日常に戻りつつあるのかなと思う。

ひたすら本を読むのに明け暮れているが、『知的再武装60のヒント』(池上彰・
佐藤優著)電子版のあと、手元にあった『西郷隆盛の道』(アラン・ブース著)
と『海辺のカフカ』(村上春樹著)を、そしてたまたまクリックのミスで買う
ことになった『女たちのシベリア抑留』(小柳ちひろ著)を読んだ。

『女たちのシベリア抑留』はいわば、読んでおかなければという気持ちにとら
われる。日本支配だった満州への敗戦直後のソ連軍侵攻で、満州や樺太からシ
ベリアに抑留された若い看護婦たちの(また日本兵士たちの)過酷な数年間が
痛ましくも、目を背けられない。

つまり、こういう運命に巻き込まれることがありうるということを知っていな
くてはと思うのだろう。そうした展開を察知したり予知する必要があるのでは
ないかと思っているのではないか。そうでもなければ、こういう読書は辛すぎ
る。

語られる事実が凄すぎて、意外な展開で最後に語られるのが、家族の貧困から
満州へ行かされ、ファシスト活動の刑でシベリアまで抑留され、遂に日本へは
引き揚げずにロシア国籍をえて人々からは愛されて亡くなったという女性。彼
女のような生き方や貧困のために負わされた役目が少なくなかったというのも、
戦争の殺戮に劣らず恐怖をもたされる。

読んだ翌日にミラノに住む友人へのトークにこうした体験の痛ましさを書いた
ら、彼女も『夜と霧』を霜山訳と池田訳で両方ともやっと読みましたと返しが
来た。私は中学一年のころに読んだから、むしろおどろいた。
ネガティヴな状況の中では同じようにネガティヴな傾向のものを求めるという
言葉が多様なコロナ禍の記事の中にあったが、私たちも陥ったのかもしれない。


◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
イタリア・フィレンツェ在住。著書に『天才力 三巨匠と激動のルネサンス (
ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)』(世界文化社)、『メディ
チ家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)。
melmaで16年間、メルマガ「イタリア猫の小言と夢」を発行。

----------------------------------------------------------------------
■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
----------------------------------------------------------------------
吉見俊哉 『五輪と戦後 上演としての東京オリンピック』河出書房新社 2
600円

新型コロナウイルスの感染はとどまるところを知りません。2020年東京
オリンピックも、すでに1年の延期が決まっています。世界的パンデミックが、
たった1年で終息するとは思えません。なぜ日本の指導層は、オリンピックの
開催にここまでこだわるのか。それは彼ら年配の日本人の中に、1964年東
京オリンピックを豊かさと繁栄の象徴として捉え、その再現を望む心理が根強
く残っているからでしょう。『博覧会の政治学』で知られる著者は、1964
年東京オリンピックに様々な角度から光を当てその実像に迫ります。

1964東京オリンピックのスローガンは、「平和の祭典」。しかし、選手
村の置かれた代々木オリンピック公園は、戦前の代々木練兵所跡。「軍都」東
京の遺産です。このオリンピックでは、自衛隊が大活躍しました。海外の聖火
リレーを担ったのは自衛隊です。自衛隊体育学校は、メダルの量産に大いに貢
献しました。江ノ島でのヨット競技の警護のために、「日本海海戦を凌ぐ」数
の自衛隊の艦船が動員されています。「平和の祭典」のおかげで、それまで日
陰者扱いされていた自衛隊が、市民権を獲得した逆説を著者は指摘します。

女子バレーボールで金メダルを獲得した「東洋の魔女」と、戦後のマラソン
選手として初のメダルを獲得した円谷幸吉は、この大会を代表するスター選手
です。「東洋の魔女」たちは、中学や高校を出て紡績工場で働く女子工員たち
でした。非業の死を遂げた円谷は自衛官。紡績工場も自衛隊も、高度経済成長
期に農村の若い余剰人口を吸収する機能を果たしていました。魔女たちと円谷
は、普通の若者たちの右代表でした。他方、大松監督の過剰な精神主義と円谷
に対する上官の過酷な仕打ちは、「戦中」との連続性を感じさせます。

日本に遅れて経済発展を遂げた韓国と中国は、1964年東京オリンピック
を、それぞれソウルと北京で「再演」しています。「東アジアオリンピック」
に共通するのは、先進国に成長した姿を世界に誇示したことと、それを機に行
われた大規模な首都の改造です。アマチュアの祭典であった東京大会は、テレ
ビというナショナルなメディアを「舞台」として「上演」されました。商業主
義化したソウル大会では、グローバル化した衛星テレビが「舞台」となります。
北京大会の「舞台」には、さらにインターネットが加わりました。

3度の東京オリンピックは、いずれも「復興」を旗印に掲げています。幻と
なった1940年は関東大震災、1964年は戦災、そして2020年は東日
本大震災からの「復興」です。しかしそれならばなぜ東北での開催ではないの
か。どんなに懐かしんでも東京五輪当時の日本の勢いは戻ってこない。日本は、
かつての「より高く、より速く、より強く」ではなく、「より愉しく、よりし
なやかに、より末永く」を目指すべきだ。そして著者は、2020年東京オリ
ンピックを機に、東京をスローな都市へと改造すべきだと主張します。

◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「怠ける権利」高文研
http://www.koubunken.co.jp/book/b371637.html

----------------------------------------------------------------------
■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
----------------------------------------------------------------------
今回は「技術革新」の話

と言ってもそれほど大した話では無いのだが…なんだかんだで「オンライン授
業」とか「テレワーク」とか「リモート会議」とか…自分の生きてるうちはさ
ほど必要は無いだろうと思っていたモノが俄然必要になって来て、ただでさえ
超アナログ人間の私は右往左往させられている。

で、やってみて思ったのが「あれ?意外と技術は進んでないかも」だ。

21世紀なんだしVRだなんだとよく知らないけどスゴいみたいだし、もうちょっ
としたら流星号も飛ぶかもしれないし(古くてすみません)なのでもっと技術
は進んでると思っていたのだが…。

やってみると音は切れる割れる雑音は入る、映像は乱れる途切れる居なくなる…。
向こうが見ているもの聞いているものがこちらには反映されてなかったり逆も
あったりと。

おかしい、思ってたのと違う。
サンダーバードのTV電話は(古くてすみません)もっとスムーズだった。

もちろん使う方の問題も有るとは思うけどイメージとしては「ど素人が触って
もストレスなく、まるで直接会っているように使える」だった。携帯電話の進
化の速度を考えるとそれぐらいは可能なんじゃないのかと。
なんだったら「ホログラムの様に立体に見えるぐらいまで」進んでいるのかと
まで期待していたのだが。

多分高価な機材を取り揃えれば少しはマシかもしれないがテレビなどでそれな
りの機材を使って自宅から出演しているタレントや識者を見てもストレスがな
いと言えばウソになる。局内の別室の場合はよりスムーズだから機材や回線も
それぐらいまでグレードを上げないとサンダーバードにはならない様だ。

流石に一個人としてそこまでの投資は出来かねる。まだ需要がそれほどないの
でこれぐらいだけどこれがビジネスとして成り立つなら加速度的に進んでいく
のかな?

だが残念ながらこの手の開発競争に日本は参加出来ていない。
「日本すごい」と呪文を唱えている間に国際競争からはすっかり脱落してしまっ
た。

天馬博士やお茶の水博士は(古くてすみません)は今の日本にはいない様だ。

最後に一番絶望的なのは自分が打つ「キーボードの速度」だったりする。亀で
ももっと速い。

◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html
----------------------------------------------------------------------
■はてな?現代美術編 koko
----------------------------------------------------------------------
第107回 『自粛生活の過ごし方 その2 ――― HBOを通して世界を見る』

関西では緊急事態宣言解除に伴い、映画館が22日から営業再開となり、美術館
も6月2日から開館する予定のところが増えています。

フランスは5月11日に第一段階の解除が始まりましたが、レストランや映画館は
まだ営業できません。大企業ではテレワークは9月一杯の予定のようです。

家賃のモラトリアムや毎月800ユーロを3か月支給されるとも聞きていますので、
フランス人にとっては経済的不安は少ないのは羨ましい。

今週パリ近隣の国立公園内は車が溢れて、見たことがないほどの路駐車が並ん
でいます。石の町に閉じ込められていたんですから、当然といえば当然です。

私個人は、今月は4月より自宅にいる時間が増えて、家での過ごし方が重要になっ
てきました。

スターチャンネルEXに加入して、去年エミー賞を受賞したHBO(HOME BOX OFFI
CE)制作のドラマ『CHERNOBYL(チェルノブイリ)』鑑賞でした。少なくともこ
の10年の中で最も恐怖を覚え、かつ重要と認識したドラマです。

ここでは触れませんが、自粛前に見た『Fukushima 50』と比較すると、映像作
品としての質は大人と子供の差があります。ただ原子力災害という視点からは、
福島で起こったことを理解する上で『Fukushima 50』も大切な映画だといえま
す。

『チェルノブイリ』は、原子力災害がいかに悲惨かを知るだけではなく、目下
コロナ禍の中国で起こっている隠蔽をはじめとする共産党の内部の動きを想像
するのに役に立ちます。

さらに言えば、ソ連はこの後、隠蔽のために多大な命が無駄に死に追いやられ
たために、ゴルバチョフがペレストロイカを行い情報開示を進めた結果、4、5
年後にはソ連は崩壊するのです。

もしかすると、5年後には中国共産党体制に大きな変化が起きても不思議ではな
いのだと思いました。

約5時間強のドラマで知ることは膨大で、心の底から原子力災害の恐ろしさや、
人間の行為の結果が一歩間違えば多くの命を一瞬で奪う事実を知る良い機会と
なりました。

□『CHERNOBYL(チェルノブイリ)』 公式予告(Youtube)
https://www.youtube.com/watch?v=eHe4o3RKHy4

もう一つ、HBOのドラマ『WATCHMEM(ウォッチメン)』にも触れなければなりま
せん。

9エピソードからなるグラフィックノベル『WATCHMEM』のドラマ化です。ただの
リブートではなく、完全に作り替えをしたリミックスドラマで、100年ほど前の
虐殺事件から原作の舞台になる1986年を経て、2019年の今の世界を描いていま
す。

歴史改変ものなので、設定は超人Dr.Manhattan(ドクターマンハッタン)のお
かげでベトナム戦争に勝利し、ベトナムがアメリカの州になっているアメリカ
の田舎町が舞台です。

ニクソン大統領はウォーターゲート事件も回避し、その後レーガンではなくレッ
ドフォード大統領が選ばれたアメリカです。なかなか笑える設定です。

主人公は女性、しかも黒人で、人種差別をテーマにしています。最近のハリウッ
ドの政治潮流をもうまく捉えています。原作本と、2009年の映画『WATCHMEM』
については、Wikiで確認してください。

それまで子供向けだったアメコミを大人も楽しめる内容にしたDCコミック『ウォッ
チメン』は、アメリカ人ではなくイギリス人アラン・ムーアによって作られま
した。

ムーアの『ウォッチメン』に込められた主題は、『誰が見張りを見張るのか?』。
つまり政府は信用できない、自分のことは自分で守れ、というような世界で活
躍する覆面自警団のようなヒーローたちの物語です。

ムーアの『ウォッチメン』に見て取れる思想は、アイン・ランド(Ayn Rand
1905年-1982年 ロシア系アメリカ人の小説家、思想家、劇作家、映画脚本家)
の思想と考えられます。

彼女の提唱した説は、オブジェクティビズム(客観主義)と言われるものだそ
う。
彼女の小説は、アカデミズムでは無視されますがアメリカ社会で広く読み継が
れ、トランプ大統領政権下の多くの政治家、GAFAをはじめとする起業家などに
信奉者が多いらしいです。

この思想は、自ら汗水流し働き儲けた金を手段として、社会に影響を及ぼすこ
とを後押しする思想のようで、アメリカンドリームを奨励するような考え方に
つながっています。

草の根保守やリバタリアンがトランプを支持するのも、トランプが自ら事業を
起こし自身の財で事を成そうとするキャラクターとうまく一致していると考え
ることは可能です。

さらにこの『ウォッチメン』のメインキャラクターDr.Manhattanは、あらゆる
原子を操作できる能力を持ち、自分の体験した過去・現在・未来の事象を同時
に認識している存在として描かれています。

時間の概念をもたない彼は、量子力学ブームにもはまるキャラクターです。何
も知らず見ればわけがわからず、予習をして内容を掘れば掘るほどはまってし
まう超難解ドラマがこの『ウォッチメン』でしょう。

エンターテイメントというよりは、すでにアートの領域に達している感があり、
ワクワクする反面、正直疲れました。2020年はテレビドラマも気軽に見れなく
なってきたのかと思うとこれから先が思いやられます。

コンテンポラリーアートと同じように鑑賞者に多大な知識を事前に要求する作
品が増えると、私ごときがついていくことができない世界がすぐそこに迫って
いると感じます。

こりゃ、困った。
なんていっても、アイン・ランドの代表作『水源』は、1000ページを超えるボ
リュームなんですよ!
この宣言解除の今、こんなの読む時間ないよなぁ、と溜息をつくのでした。

(参考サイト)
□トランプを支えるアイン・ランド信者の正体 (東洋経済)
https://toyokeizai.net/articles/-/150766
□HBOのドラマ『WATCHMEM(ウォッチメン)』 町山智浩氏解説(Youtube)
https://www.youtube.com/watch?v=On8HmzEMamk

◎koko
円とユーロとドルの間で翻弄されるアートセールコーディネーター。

----------------------------------------------------------------------
■スプートニクとガガリーンの闇 30 内藤陽介
----------------------------------------------------------------------
ヴォストーク1号打上成功の記念切手

ソ連空軍のパイロットだったユーリ・ガガーリンは、1961年4月12日午前9
時7分、ヴォストーク3KA−2(ヴォストーク1号)でバイコヌール宇宙基地
を飛び立ち、地球を1周した後、10時25分に逆噴射をかけて大気圏に再突入。
高度7000mからパラシュートで降下し、無事帰還を果たした。

なお、当初、ガガーリンは宇宙船と共に着陸したとされていたが、当時の国際
航空連盟 (FAI) のルールとして、公式な宇宙飛行となる条件にパイロットは必
ず宇宙船と共に着陸することとされていたためである。

人類初の有人宇宙飛行の成功と同時に、ソ連当局は東西冷戦における自国の
優位を示すものとしてこれを大々的に宣伝したが、準備段階では、計画は極秘
裏に進められていた。ちなみに、ガガーリンは飛行中(帰還後ではなく)に中
尉から少佐に二階級特進したことを告げられているが、そこには、彼が無事に
帰還できない可能性が少なからずあると判断したソ連当局の“温情”があった
とも言われている。したがって、不幸にして彼が無事に帰還できなかったとき
には、事前に用意されていた打ち上げ成功の記念切手もすべて破棄されていた
可能性が高い。

打ち上げ成功の記念切手は3種発行されたが、このうちの3コペイカ切手ht
tps://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/2020052502493353d.jpg

に取り上げられたガガーリンの肖像が(一般には公開されていなかった)宇宙
服姿ではなく、スーツ姿になっているのも、そうした事情によるものだろう。
ちなみに、残りの切手は、クレムリンとパラボラアンテナに過去のスプート
ニク衛星と宇宙ロケットを描く6コペイカ切手
https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20200525030053bcb.jpg
(フルシチョフのメッセージが印刷されたタブつき)

クレムリンのシルエットとロケットと宇宙飛行士のイメージ(
https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/202005250259492c6.jpg

を描いた10コペイカ切手で、いずれも、実際のヴォストーク1号や宇宙服姿の
ガガーリンに取材しなくてもデザインを作成できるイメージ画である。

結局、ガガーリンが無事に帰国したことを確認して、ソ連は人類初の有人宇
宙飛行の成功を記念する切手を発行するのだが、その実際の発行日をどう考え
るかということは、ちょっと厄介な問題である。

すなわち、ソ連当局の公式な記録では、記念切手は飛行当日の4月12日に発
行され、即日、各地の郵便局で売りさばかれたということになっているが、前
日の4月11日まではソ連の一般国民はガガーリンのことを全く知らされていな
い。当然、各地の郵便局にも記念切手は配給されていなかったと考えるのが自
然だろう。したがって、飛行成功が確認されてすぐに切手の配給を始めたとし
ても、モスクワなどの主要都市でさえ、最短で4月12日の午後にならないと郵
便局の窓口で売り出すことはほぼ不可能だったはずだ。

ちなみに、世界の切手カタログでは、この3種の記念切手は4月15日発行の
切手と22日発行の切手の間で、日付不詳の4月発行としてリストされている。
また、3種の切手に押されている“発行初日”の記念印は、公式見解通り、大
半が飛行当日に当たる4月12日付となっている
https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/202005250318072fe.jpg

が、それらは、しばしば、ソ連が外国の切手収集家向けに輸出用の記念品を作
る際におこなっていたように、後になって消印の日付を遡って押印したものと
考えられる。

ちなみに、ガガーリンが1968年に飛行訓練中の事故で亡くなった時の詳細が
公表されたのは2011年のことだった。人類初の宇宙飛行士として、ソ連の優位
を象徴する英雄の地位に祭り上げられたガガーリンに関しては、歴史的事実と
プロパガンダの物語を弁別することが容易ではない面も多々あるますが、それ
は、彼にまつわる切手についても例外ではないのである。

内藤陽介
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会
員。フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国
家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。最新作『
日韓基本条約 (シリーズ韓国現代史1953-1965)』えにし書房
電子書籍で「切手と戦争 もうひとつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川
oneテーマ21などがある。

----------------------------------------------------------------------

■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4064名の読者の皆さんに配信してお
り、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。

----------------------------------------------------------------------
■編集後記
このメルマガが読者の目に触れる頃には、首都圏で緊急事態宣言の解除が宣言
されていることだろう。だからといって、以前の日常がすぐに戻ってくるとも
思えないし、今回の災禍によって別の日常が始まる可能性もある。

未来は不透明ですが、なんとか生きていきましょう。

====================================================
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載されたコンテンツを小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ copyrightはそれぞれの記事の記者が有します。
■ ご意見・ご質問は25日号編集同人「朝日山」まで
メールアドレス asahi_yama@nifty.com
(あっとまーくは、全角ですので半角にしてください)
■ バックナンバーurl http://back.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンidナンバー:13315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
====================================================

| バックナンバー | 21:48 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.752

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■■------------------------------------------------------------------
■■ [本]のメルマガ                 2020.05.05.発行
■■                              vol.752
■■  mailmagazine of books        [よく食べるのは常備品 号]
■■------------------------------------------------------------------
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp/

『シャドウ・ウォー 中国・ロシアのハイブリッド戦争最前線』

ジム・スキアット著 小金輝彦訳
四六判 328ページ 本体2,400円+税 ISBN: 9784562057481

ネット世論操作からサイバー攻撃、プロパガンダから軍事行動まで、あらゆる
手段を駆使した「シャドウ・ウォー」。いま世界は戦争の最中にある。CNN
のエミー賞受賞ジャーナリストが世界を取材して訴えた驚愕のベストセラー!

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その47「三分半のゆで卵」

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 第125回 感染症の蔓延と共感能力

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。

----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

----------------------------------------------------------------------
■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
----------------------------------------------------------------------
その47「三分半のゆで卵」

 コロナ禍のせいで外出ができず、外食もできず、自炊にもそろそろ飽き飽き
して来ていると思われる頃なので、今回は、一番簡単な料理「ゆで卵」を少し
でも愉快に作れるように、小説の中でその作り方を見ていこうと思う。
    
 本の中で出会う食べ物として意外に多いのが、ゆで卵なのだ。

 好みの固さにゆでた卵を卵立てに立て、スプーンですくって食べる。

 ただそれだけのことなのだが、実はそんな食べ方があることを知ったのは、
ロフティング著の『ドリトル先生の郵便局』を読んだ時だった。 

 もちろん我が家でも卵立てはあって、ゆで卵も食べていたのだが、優しい母
上はいつも殻をすべてむいて卵立てに立ててくれていた。(不器用な子供に殻
を散らかされたくなかったのだろう)野蛮な子供達はもちろんさっさと卵をわ
しづかみにして塩をふって食べていた。家族に卵アレルギー気味の者がいたの
で、卵はいつも固ゆで。スプーンですくって食べる必要もなかった。

 それなのに、ドリトル先生は、なんとベッドの上で(病気でもないのに!)
お盆に乗せた朝ごはんを食べている。そして、骨で作った卵用の匙で優雅に食
塩を卵にかけている。子供心に、驚いて挿絵を見つめたのを覚えている。 

 実は、南条武則著『ドリトル先生の世界』によると、このドリトル先生の物
語は、おいしそうな食べ物が満載なのだそうだ。確かに、記憶をたどってみる
と、食いしん坊の豚のガブガブの話や、とても不思議な脂身のお菓子とか食べ
物についてのお話は数々あったように思うのだけれど、それでもやはり、この
ベッドの上の朝食の盆のゆで卵とスプーンの挿絵の衝撃には勝てないようで、
その他のことはほとんど忘れてしまっているのだ。
 
 ゆで卵で有名な書物といえば、児童文学では何といってもアーサー・ランサ
ム著の『ツバメ号とアマゾン号』で始まる「ランサム・サーガ」と呼ばれる全
十二巻の冒険物語だろう。この物語の中で、子供たちはキャンプや船の中で、
実に楽しそうに食事をする。
 食べ物を子供独特の「見立て」にする場面も多く、例えばジンジャーエール
の瓶詰めは、海賊たちがぐびぐび飲んでいる「ラム酒」になり、コンビーフの
缶詰はペミカンという干し肉に化けるという具合だ。

 この中の八番目の物語である『海へ出るつもりじゃなかった』を見てみよう。
この物語では、兄妹四人がジム青年に連れられて帆船で川下りに連れて行って
もらうのだが、思いがけない事故のせいで子供たち四人だけで海の航海に乗り
出すことになる。

 いつも喜々としてコックを引き受けている姉のスーザンは、川に浮かべた船
の中で、ゆで卵を二回作る。まずは、水を汲んで鍋に火にかけ、湯が煮えたぎ
ったら卵を入れて……。

 ここで、驚く人も多いようだ。普通は水から茹でるのに、イギリスでは違う
のか?

 実は、熱湯からゆで卵を作るには、卵のおしりに画鋲やエッグ・パンチャー
などで穴を開けるか、軽くひびを入れておくのだそうだ。そうすれば卵は割れ
ず、タイマーでゆで時間も測れる。

 二回目の場面では、船を下りてガソリンを買いに出たジムが戻ってこないの
を待ちつつ、夕飯の為にゆで卵を作る。半熟より固めが好きなジム船長のため
にスーザンは、「四分ちょうど」のゆで卵を用意しようとするのだけれど、ジ
ムは現れず、固ゆでになった卵は末の弟のロジャのおなかの中に消えてしまう。
そしてその夜、船は海に向かって走り出し、素晴らしい冒険が始まるのだ……。

 シモーヌ・ド・ボーヴォワール著の『招かれた女』にも、ゆで卵を作る場面
がある。舞台はパリのアパルトマンの一室。主人公の恋人の妹で、画家のエリ
ザベートの部屋。恋人とけんかして泣き疲れて眠ってしまった彼女のもとに、
明け方、浮気相手の若い俳優ギミョーがやってくる。彼は何か食べ物はないか
と尋ねると、台所に入り込み、鍋をガチャガチャさせている。

「葡萄酒が少しありましたよ」

 ギミョーは皿や、コップや、スプーン、フォークなどを、テーブルの隅に並
べて、こう言う。

「パンがないけど、半熟卵を作りますよ。半熟卵ならパンなしでも食べられま
すからね」 

 演出家の妹だから、この若造は自分をひっかけたのだと、エリザベートは苦
々しい思いで男を見ている。そして、この男が欲しいのは食べ物だけではない
んだろうなと冷めた気持ちで、二つめのゆで卵の皮をむく男を見ているのだ…
…。
 
 ちょっと大人のゆで卵場面だけれど、なんだかゆで卵一つにも、テーブルセ
ッティングするところに、パリの香りがするようだ。
 
 次はロンドンに飛んでみよう。

「三分でいいかい?」

 そうききながら、ジョンは卵を鍋に入れている。

 マーヴィン・ジョーンズ著の『ジョンとメリー』での一場面だ。それからジ
ョンは思い直して「農家の自家用卵」というブランド品の卵だからと、エッグ
・タイマーを三分半にセットし直している。きっと濃厚な卵なので、茹でるの
に時間がかかると思いこんでいるのだろう。そう思ったメリーは、味の違いは
全然分からなかったけれど、とてもおいしいと言ってジョンを喜ばせている…。

 最初この作品を読んだ時、水から卵を入れているのだと思って、三分半じゃ
まだほとんど生なのにと思った気がする。物語の舞台はロンドンだから、ラン
サム・サーガの中にあるように、イギリス式にエッグ・パンチャーで卵に穴を
あけているのだと思う。後に映画化された作品を見た時、二人はカフェオレカ
ップのようなものに割り入れたドロドロの半熟卵を食べていて、あまりおいし
そうにみえなかった。きっと水から作ったのだろうと、残念な気がした。
 
 二人は夕べパーティで出会ったばかり。一夜を共に過ごしたけれど、相手の
ことは何も知らない。初めて一緒に食べる朝食の、コーヒーとパンとゆで卵。
とても簡単な朝ごはんのように見えて、実はそうではないことにメリーは気づ
く。

ジョンはエッグ・タイマーを持っている。
ジョンは形式ばった感じでテーブルの支度をする。
ジョンは切り取った卵の殻の部分の白身を食べる。

 これは決して自分がしないことだ、とメリーは思う。

 そんな風に相手を観察しながら、新しい関係を築いていこうとしている、そ
んな朝。

 こだわりの強いジョンの性格と、さっくばらんなメリーの性格がよくわかる
名場面なんだけれど、イギリス人は卵の殻をナイフで切って、白身を食べずに
捨てるんだという驚きの方が、実は記憶の中に残っている。

 そして、広くて贅沢なアパートの部屋で、ジョンが「農家の自家用卵」なる
物に対して持つこだわりの理由は、実はジョンがどういう育ち方をしてきたか
の秘密が明かされた時、わかるのだ。

「一番よく食べるのは常備品なんだよ」

 最初に、卵をどう買うかの会話の中で、こうメアリーをとがめるジョンを見
て嫌な奴だと思ったのだが、多忙な社会活動家の母親がいつも出来合いのもの
の食事しか用意してくれなかったのがわかってくる。

 ごめんよジョン、ただの気取り屋ではなかったんだね。メリーと幸せになっ
てくれ。

 そんな気持ちになるゆで卵なのだ。

 ゆで卵は、不思議だ。子供でもできる料理とはいえない簡単な料理だけれど、
なんだかいろいろな思いを隠していそうだ。

 最後に、物語ではないけれど、何十年も前に読んだ本なのに忘れられないゆ
で卵の食べ方があって、いまだ試していないので付け加えておきたい。

 それは、ボーヴォワールの哲学的エッセイ『人間について』の「神」の章に
出てくるゆで卵。

「半熟の卵にバタを塗ることを憤慨して拒絶した老婦人がいました。≪わたく
し、神様のおつくりになった、そのままものを頂きます≫と、彼女は言うので
した。そして、食塩入れの方に手をのばすのでした。」

 ゆで卵にバター?

 食いしん坊の神父と同席した場面での食卓風景なのだが、神学的な冒涜とか
その他の意味ではなく、なんて贅沢なんだと感じてしまったので、忘れられな
いゆで卵なのだ。試したことはないのだが、さすがフランス人、あのこってり
した半熟卵にさえバターを落として食べるのだなと驚いた。

 あれから数十年。その他の部分は何が書かれていたか何も覚えていないのに、
この場面だけはくっきりと思いだせるのだ。いつかは、勇気をもって試してみ
ようと思っているのだが……。

 さあ、それでは水を入れたお鍋に卵を入れて、あるいは沸騰したお湯にエッ
グ・パンチャーで穴をあけた卵をそっと入れて、お好きな固さに茹で上げて召
し上がれ。そして卵立の向こうにどんな物語が現れるか、楽しみながら味わっ
てみて欲しい。

----------------------------------------------------------------------
『ドリトル先生の郵便局』  ヒュー・ロフティング著    岩波少年文庫 
『ドリトル先生の世界』     南条武則著        図書刊行会
『海へ出るつもりじゃなかった』アーサー・ランサム著    岩波少年文庫
『招かれた女』    シモーヌ・ド・ボーヴォワール著   新潮文庫
『人間について』   シモーヌ・ド・ボーヴォワール著   新潮文庫
『ジョンとメリー』   マーヴィン・ジョーンズ 著     角川文庫
----------------------------------------------------------------------

高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

----------------------------------------------------------------------
■声のはじまり / 忘れっぽい天使
----------------------------------------------------------------------
第125回 感染症の蔓延と共感能力
           ―江ノ本瞳『セシリア・ドアーズ 上下』(新書館)

*ネタバレにご注意下さい

 世の中、新型コロナウィルスの流行で騒然としている。日本では1月に中国
人の感染者が確認されから瞬く間に感染が広がり、5月初旬の段階で1万5千
人に迫る勢いである。それでも日本はまだ良い方で、欧米では発生地の中国以
上にウィルスが猛威をふるい、多くの死者が出ている。ここ数十年、ここまで
大規模な感染症の流行はなかった。この状況下で、思い出した漫画作品があり
引っ張り出して再読してみた。江ノ本瞳による『セシリア・ドアーズ』。感染
症が蔓延する世界を背景とした作品だ。1996年刊行だが、読み返して全く鮮度
が落ちていないことに驚いた。実際に外出制限が勧告されている今、この作品
を読み返すと、感染症が人々にもたらす空気感がとてもうまく描かれていると
思う。刊行当時病気が流行っていたわけではないし、感染症はあくまで背景で
あってこの作品の主要なテーマというわけでもない。

 しかし、そういうことになった社会で人間がどんな性質を帯びるのか、とい
う考察が、論理でなく登場人物の感性を通して語られることは珍しい。この作
品はそんな稀有な作品の一つだ。

 染視病という目から感染して死に至る病気が蔓延する近未来。外出する際は
ゴーグルの着用が必須であり、歌で会話する新興宗教が流行っている。死んだ
母親の再婚相手に虐待を受けている少女響(ひびき 軽い知的障害を持ってい
ると思われる)は、海(かい)という少年と知り合って行動を共にするように
なる。海は航空事故で死んだ少年の体を使って作られたアンドロイドで、彼を
作り出したアメリカの研究機関に追われている。海は高い知能を持つが、人間
が誰しも持つ「ウェット」(情動のようなもの)を求めている。
 海は染視病を治すプロテュースという薬を独力で製造し、響にも服用させる
(それによって目が青くなる)。海はまた、個人データを集めて分析し、ある
旋律を奏でることで死者と交流できることを示し、響に母親と会わせる。やが
て海は死に、響は海の死体を海が人間だった頃の弟、架静(かしょう)のもと
に運ぶ。架静は染視病に冒されていたが、響は海から譲り受けたプロテュース
で彼を治し、2人はプロテュースの闇販売をしながら生活していく。

 本作の登場人物は主役を含めてほとんどが自己中心的で冷酷である。この自
己中心的というのは利己的というのとは違う。計算してそうなっているのでは
なく、視野狭窄の故にそもそも他人の立場になれないのである。物語の冒頭で
響は虐待を受けて死んだ赤ん坊を抱えているが、海の助言でコインロッカーに
簡単に捨ててしまう。響は赤ん坊をかわいがっていたのに、である。海は人工
知能を搭載されたアンドロイドなので仕方ないと言えるが、響は軽い知的障害
があるとは言え、赤ちゃんは死んだら単なる物体と即物的に捉え、ロッカーに
ポイ捨てすることに抵抗がない。埋葬しなければならないという社会常識が感
性のレベルで育っていないのである。

 2人は響の再婚相手とそのパートナーを残酷な方法で殺す。また、響に乱暴
を働こうとした男を響は力いっぱい蹴るが、その際、「殺そーと思って蹴って
んだよー」と叫び、合理的な海から「僕等が直接手を下すような殺人は避けな
ければならない」と窘められる。極めつけなのは、響が手癖の悪い子供からバ
ッグを奪われた際の出来事。子供は海によって川に突き落とされ、足が何かに
挟まって川から出られなくなってしまう。子供は川が増水すると溺れてしまう
ので助けてくれと懇願するが、バッグを取り戻した2人は「響の所有物が響の
手にあるのは当然のことだ。だが僕等が君を助ける義務はない」としてさっさ
とその場を離れ、バッグについた汚れを気にする。他者に対する共感能力が著
しく低いのである。

 重要なのは、これらの暴力行為が終始ふんわり柔らかでかわいらしい描線で
描かれていること。決して恐ろしいことが行われているようには描かない。こ
れは作者があくまで登場人物の目線で世界を見ていることを示す。登場人物の
目線を超えた一般常識・道徳を踏まえた視野に立つことを、作者は断固として
拒否している。登場人物が良しとしている限り良しなのだ。それにより、彼ら
の世界観の歪みというものが読者にクリアに伝わってくる。

 他者に対する共感能力は極端に低いが、身内と思った者に対しては深く共振
していく。乱暴してきた男に残酷な仕返しをした直後、2人は和やかな会話を
して響は海の頬にキスをする。海はその感触に驚き、「今、揺らいだ」と言葉
で表現する。このシーンはたっぷり5ページを使って描かれる。海が「ウェッ
ト」を知る重要なシーンである。響は追っ手から逃げた海を長時間待ち、よう
やく会えた際、海は響を抱きしめ、これが「ウェット」であると明確に認識す
る。その時、海は自分の生みの親と言える研究所の博士を殺してきているので
ある。博士は海をただ捕まえようとしているのでなく、このまま放置すると
「不適合」という症状が現れて海が死ぬことを心配しているのである。だが、
博士に何の思い入れもない海は殺された博士のまぬけさを淡々と語り、響は
「よくわかんないけどいいや。海がここにいるんだから」と流す。

 思い入れた相手にだけ共振するという瞬間が最も高い濃度で実現するのが死
者との交流である。海は個人の心の中枢を分析し、霊体が反応する旋律を作れ
ば(=セシリア理論)、死者と出会う扉(=ドアーズ)を開けることができる
ことを突き止める。実際、それによって響は死んだ母親と赤ん坊に会う。それ
は死者のイメージを幻視する感じに近い。つまり実体があるようには見えない。
しかし海は、主観の中で一方的に見い出されるのであっても、それは相手に違
いないという認識を示す。実体とイメージの間に本質的な差はないとするその
立場は、一種の独我論の立場であろう。他者とは他者のイ
メージのことであって、そこには実体としての他者はいない。

 こうした過激な独我論は、海が死んで架静と暮らし始める第2部でも展開さ
れる。架静はいわゆるチンピラで不幸な生い立ち故に愛に飢えており、響に執
着する。しかし響はひょんなきっかけで身寄りのない子供の世話をする施設に
入ることになり、架静と離れ離れになる。そこでルームメイトとなった笙とい
う女の子は、知能指数は高いが若くして人生を投げている感じ。彼氏はDV男
で、笙は「あたしは男に殴られるのが好き」と語る。「殴られるとさ、『あた
しってそんなに思われてんだ』とか……痛いじゃん? すごい痛いから『ああ
やっぱあたし生きてんじゃん』とか実感できんの、すごいいい」。そして実際、
施設に乗り込んできた彼氏に殺されてしまう。笙の場合、暴力を振るう彼氏は、
他者ではなく自分の一部でしかない。暴力によって生きている実感を与えてく
れればそれでいい、というわけだ。
 
 感染症は目に見えず手で触れられず、いつどこでを特定できず、どんな人に
も忍び寄ってくる病である。他人に対して猜疑心が芽生え、歪んだ個人主義が
病と同じく蔓延する。本作が雑誌に連載された時期は、あのオウム真理教事件
の直前に当たる(そう言えば、本作に登場する新興宗教はオウム真理教を思わ
せるところがある)。バブルが弾けて底知れぬ不況のトンネルに突入し、終身
雇用制が崩壊し、非正規雇用が激増する。自分一人が生きていくのが精一杯に
なり、他者への思いやりが失われていく。作者の江ノ本瞳はこうした気分を鋭
敏に感じ取り、目から空気感染する不治の病という形で表現したのではないだ
ろうか。現在、日本よりも事態が重い欧州ではDVが深刻化し、長期のロック
ダウンにより鬱に陥る者も出てきた。一部では暴動も起きている。日本もそう
いう状況に陥る恐れは十分にある。

 思いやりが失われ暴力が発生する環境の中では、「セシリア・ドアーズ」の
ような、他者を自我に完全に同一化させる装置が心にひとときの救いをもたら
すのだろう。その切実さに心打たれずにはいられない。だが、響は様々な体験
を経て、川で死なせてしまった少年の親の心の痛みの中にも「ウェット」があ
ったと思い知る。「セシリア・ドアーズ」を捨て、実体ある相手というもの、
他者というものの重みを知っていくこととなるのだ。プロテュースを「先生と
かお医者さんとか、そういう人」に渡して社会のために役立てようとし、更に
心荒んだ架静を抱き締め(今まで逆の立場だった)、愛を与えて安心させよう
とするに至る。過酷な条件の中でも、じっくり相手に向き合えば相手も応えて
くれる。響の姿は共感能力というものが希望への「扉」であることを教えてく
れるのだ。

*江ノ本瞳『セシリア・ドアーズ 上下』(新書館 本体各505円)

----------------------------------------------------------------------
■「[本]マガ★著者インタビュー」:(特別編)
----------------------------------------------------------------------

 メールにて、インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
----------------------------------------------------------------------

 ドリトル先生は子どもの頃の愛読書ですが、不思議と、ストーリーをまった
く覚えていないです。

 イラストはとっても頭に焼き付いているし、「オシツオサレツ」なんてイン
パクト強すぎでしたが、これ、井伏鱒二さん訳だったんですねぇ。(aguni原口)

----------------------------------------------------------------------
■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4069名の読者の皆さんに配信して
おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
----------------------------------------------------------------------
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載された内容を小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
■ 今号のご意見・ご質問は5日号編集同人「aguni」まで hon@aguni.com
■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
  なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わります。
  ・5日号:aguni原口 gucci@honmaga.net
  ・15日号:畠中理恵子 hatanaka3floor@jcom.home.ne.jp
  ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
  ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
  事務局担当:aguni gucci@honmaga.net
■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
---------------------------------------------------------------------
 

| バックナンバー | 07:27 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.751

■□------------------------------------------------------------------
□■[本]のメルマガ【vol.751】20年4月25日発行
[長いトンネルに突っ込んだ日常 号]
http://honmaga.net/ 
■□------------------------------------------------------------------
□■ 創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4068名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
□■------------------------------------------------------------------

★トピックス
→竜巻先生の新刊

★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→解放記念日に思うこと

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→AIが奪う職

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→サインはV、マスクは?

★「はてな?現代美術編」 koko
→美術館に行けないなら、電子美術館へ

★「スプートニクとカガリーンの闇」内藤陽介
→ガガーリンの有人宇宙飛行直前の快挙
----------------------------------------------------------------
★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp

『統計の歴史』
オリヴィエ・レイ著 池畑奈央子監訳 原俊彦監修
A5判 336ページ 本体3,600円+税 ISBN: 9784562057412

人口、経済発展、犯罪、衛生・健康管理など、統計は形ないものに形を与え、
把握、比較、分析などにとても便利なツールである。ではその統計はいつ誕生
し、どのように全世界に広まっていったのか。その歴史をわかりやすく紹介。
----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
竜巻先生の新刊 発売中
「武士に二言があるならば〜「侍えれじぃ」より〜 (SPコミックス)」
電子書籍として各店で発売中
https://honto.jp/ebook/pd_30176588.html

江戸を生きる人たちには悩みがいっぱい。仕事に出世、恋に趣味、家庭に相続……
あれ、今の我々といっしょじゃない!? そんな悲喜こもごもを400本以上のシニ
カルギャグで描いた「学んで笑える」江戸ショートです!!

----------------------------------------------------------------------
■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
----------------------------------------------------------------------
4月25日は解放記念日。ヴァーチャルで祝われるという特異さだ。
2月21日にベネト州で新型コロナウイルス感染による死者が初めて確認されて
から、長い蟄居生活ともいえる自宅避難生活が3月10日の首相令によって始ま
り、4月3日までという始めのデッドラインが予想通りに延期され、新たな日
付が5月3日。そしてこの日付もおおかたは延期されるものと予想される。

つまり、長いトンネルに突っ込んだ日常が、毎日変わりもなく繰り返されてい
るのだ。マラソンは長いという言葉に納得はしたのだが、実はマラソンはした
ことがない。かなり苦しいものだと、コロナ禍に向き合う譬えを実感する。

もう以前ほど感染者の数や死者の数を追う人は多くないのではないか。ただた
だ、前方に少しは明るさが見えてきたのではないかと、ひたすら待っているだ
けなのでは・・・。

生き続けるための食料の調達と健康上などの必要不可欠な理由以外では外出
をしてはいけない状況に変わりはない。
違反すれば罰則があるのにもかかわらず、シチリアのメッシーナではマフィア
のボスの葬儀に人々が集まったというし、久しぶりに天候が良くて、暑さまで
感じる日は、「子ども通り」という名のついた樹木の生い茂った広めの通りに
子どもたちが溢れ、大人たちはベンチを占領していたと夫から聞いた。
“社会的間隔”を守っているわけ?と訊くと、そんなことはなかったらしい。

これから夏に向かい、避暑地となる近郊のリヴィエラ海岸ではすでに避暑客
を迎えるビジネスの準備をし始めたとニュースがあった。ビーチの経営者は年
間で働くのは夏だけだ。今まで筆頭の外国人避暑客だったロシア人は期待でき
ないとしても、セカンドハウスを持つ人も多いから、週末の人口密度は上がる。

そして数カ月後には、営業権で占められた砂浜はパラソルと海浜チェアがおか
れて有料ビーチとなる。無料の公共の砂浜はごく少ない。
もちろん、“社会的間隔”を守るのは最初の掟になる。海水に浸っていた方が
ウイルスに無縁でいられるかもしれないが、お楽しみはサロンのようなお喋り。

外出できないからといって、鬱々と毎日を過ごしているわけではない。
未読の小説やら評論は多いし、新刊なら電子版を買い、大手のサイトに注文し
たCDはドイツから配送されてきた。

書店や、児童向けの文房具・服の店は営業再開となった。公共機関がまだ再開
されないので、車か徒歩往復で行くしかない。衰えた脚力をとりもどすには好
機だが。トラムやバスに安全な“社会的間隔”1,82mを実践するとすれば、再開
したとしても、あらゆる面で今までとの差がでてくる。

スーパーでは食料品以外の売り場は閉まったままだ。65歳以上の高齢者は列に
並ばずに入場できるという厚遇がとりいれられた。

スーパー大型店は、トスカーナ州が配布する一人当たり5枚のマスクの受け取
り場所にもなっている。買い物が終わってから出口で渡されるから、買い物と
引き換えという印象になり、マスクは無料じゃないじゃないかという意見もあ
る。薬局でも受け取れるのだが終了するのが早い。
市の手配で一人2枚のマスクがボランティアによって、郵便のように2度届け
られた。

ネットでは多種多様の愉快・奇怪な動画やメッセージが流れているが、新型コ
ロナウイルスとの関係、現状がどうもわかりにくいという印象を20条に箇条書
きした人がいる。以下に幾つかを訳出したい。

xxxxxxxxxx

コロナウイルスについて20の明白な規則を総括する:

1. いかなる理由があっても外出できない、でも、ねばならないなら、できる。
3. 病院に行く必要がないなら行ってはいけない、診察にも行ってはいけない、
よほど重篤でないかぎり。
4. 外出の際は、違法だが義務づけられている自己申告書を忘れてはいけない。
持っていなくても問題ない、検問される時にはくれるから。
5. マスクは役にたたない! でも、していると命が助かることもある。
7. このウイルスは夏には過ぎ去る、あるいはたぶんずっと残る。まだ決めて
ないのだ。
8. 羊が自由に群れているような免疫を獲得できるよう、みんなが感染するま
で、あくまで閉じこもっていなければならない。
9. ウイルスへの抗体がえられるようにワクチンが準備されているが、それは
変異し、抗体を作らないかもしれない。回復したら再び罹らないのか、罹るの
か。
12. 罹るといろいろな症状があるだろうが、症状がないこともある・・・症状
があっても苦しまないか、症状なしでも感染させる。病人の言いなりだ。
13. 病気にならないために健全な食事をし、運動をする必要がある。マンショ
ンの60平方メートルの部屋でジョギングを10キロすれば爽快で、想像力豊かに
なる。
14. 新鮮な空気をちょっと吸うと良い。庭がないとか、バルコニーがないなら、
気にするな。
16. ウイルスはいろいろな表面で感染力が2時間ある。いや、4時間。えっ、6
時間? さ、もっとないの!
18. 自宅に家族といっしょにいなければならないが、車中で家族いっしょにい
るのはダメ。
19. ケアはできない、リュウマチとか、コレラに対して薬はあるが...化学の
巨大な歩みだ。
20. このウイルスは致死的だが、時に世界的な惨禍をもちこまなければ大した
ことはない。イタリアはすでに犠牲者が多いが、過去に比べれば少ないかもし
れず。ともかく老人ホームにいるなら、逃げよ!


◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
イタリア・フィレンツェ在住。著書に『天才力 三巨匠と激動のルネサンス (
ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)』(世界文化社)、『メディ
チ家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)。
melmaで16年間に発行しましたメルマガ「イタリア猫の小言と夢」は、melma の
事情によりサービス終了しました。

 

----------------------------------------------------------------------
■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
----------------------------------------------------------------------
アンドリュー・ヤン 早川健治訳 『普通の人々の戦い AIが奪う労働 人
道資本主義 ユニバーサルベーシックインカムの未来へ』 那須里山舎

コロナウイルスが猛威をふるうなか、最も悲惨な状況に陥っているのが、ニュー
ヨーク市です。感染が蔓延した背景としては、貧しい人たちが医者にもかかれ
ない医療保険制度の不備や、肥満率の異常なまでの高さといった、社会学的な
要因もあげなければならないでしょう。新自由主義大国アメリカでは、持てる
者と持たざる「普通の人々」の格差は途方もなく広がってしまいました。本書
の著者は、「1人11万円のベーシックインカム」を公約に掲げ、「普通の人
々」のためにアメリカ大統領選挙に名乗り出た、若き起業家です。

著者はアメリカでは、「大いなる解職」が進行していると述べています。そ
の背景にあるのはAIの発達です。現在、様々な仕事がAIやロボットに置き
換えられています。この趨勢が進めばトラックの運転手や販売員等の仕事がす
べて失われてしまいます。AIの発達は新たな雇用を生みはしますが、それに
就くためには高いスキルと学歴が求められます。「大いなる解職」は、エリー
ト層にも及びます。反復的な業務をこなすには、AIははるかに人間より優れ
ています。医者や弁護士の仕事でさえ、AIに奪われる公算大なのです。

すでにアメリカでは、多くの「普通の人々」が失業の憂き目にあっています。
彼らの多くは、障碍者手当を受給し、日がなテレビゲームをして暮らしている
のです。薬物依存で命を落とす人の数は、交通事故の死者よりも多くなってし
まいました。アメリカに活力をもたらしてきた、階層間の流動性も激減してし
まいました。どんな地域のどんな家庭の子どもに生まれたかで、人生が決まっ
てしまうのです。超一流大学を出たエリートたちも、将来の不安に苛まれ、起
業するのではなく、「寄らば大樹」と大企業への就職を目指します。

極端な格差の存在がアメリカの活力を奪っている。そうした認識の下に著者
は、すべての人が無条件で所得保障の受けられる「ユニバーサルベーシックイ
ンカム(UBI)」を提唱しています。各地の社会実験は、UBIが導入され
れば人々は健康になり働く人はむしろ増え、芸術やスポーツヴォランティア等
創造的活動に従事する人が増加することを示しています。企業家である著者は、
資本主義は基本的によきものだと考えています。格差を是正し、「普通の人々」
を幸福にする「人道資本主義」を可能にするのが、UBIなのです。

著者の主張は賛同できるものばかりです。ただUBIの財源の問題がややあっ
さりと論じられていることが残念でした。日本政府もついに、国内在住者に一
律10万円の現金給付をすることを決めました。コロナ禍で倒産や失業が増大
すれば、UBIを求める声が一層高まっていくことでしょう。コロナ禍でうち
ひしがれた社会が「人道資本主義」の方向に進むのか、火事場泥棒的に大資本
が肥大化しさらなる新自由主義にむかうのか。大きな岐路にたつ私たちに本書
は、多くのヒントを与えてくれています。どうかご一読ください。


◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「怠ける権利」高文研
http://www.koubunken.co.jp/book/b371637.html

----------------------------------------------------------------------
■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
----------------------------------------------------------------------
今回は「悪化してる」話

本当に、ほんとーに昔、「生活指導に愛はあるか」と言うタイトルの作品を描
いた。

内容はざっくり言うとベテラン生活指導の先生の「ソックスは白に準じると言
う曖昧な表現ではなく白で統一」せよとの言葉に主人公の若手教師が「それな
らソックスではなく地下足袋着用にすれば良い」と反発したところ、それが採
用されてしまい、しかも学生達がそれに従ってしまう、と言う話だ。

当時は若者と言うか学生がやたら物わかりが良くなって、学校側の決めた規則
に粛々と従う様と何ともよくわからない規則に呆れ果てストーリーを作ったの
だが。
(教師をしてる友人から修学旅行の下着は白で統一、と言う職員会議の結果を聞
いてヒントにさせてもらった。誰がどこでチェックするつもりだったんだか…
)

しかしまさか令和の、しかも「この状態」でデジャブの様にこの言葉を聞くと
は思わなかった。

いくつかの学校で上がった「マスクは白」の話だ。耳を疑うと言うか眼を疑う
と言うか「はぁ〜〜〜ぁ?」と語尾が二音ぐらい上がる声が出た。

まともに授業も受けられなくて、市中にはマスクは売ってなくて、訳のわから
ないマスクを強制的に送りつけられて、そんな状態の中で「白以外はNG」

どこかの一人のバカ発言かと思ったらそうではなく、あちこちでそんな風に指
導された学生がいたようだ。

教育現場の劣化はそれこそ私が作品を描いた時から始まっていた。一時荒れた
学生を「管理する」ためのハウツーがどんどん強化され、逆に教師もそれを維
持するために要らぬ仕事が増えていった。癖毛証明とか黒染を強制する頭髪規
制など「普通み考えれば」全く意味のない事も教師の仕事になっている。

多分「マスクは白」を言った教師は何が間違っているのかわからないのでは?
学校内でのマスクは(花粉症やらマスク依存やらでマスクをする学生は多い)白
と決められているじゃない?ときっと思っている。でも何となく叩かれたので
学校も教育委員会も火消しに躍起のようだ。

あの頃やたら物わかりの良かった学生が劣化コピーして今の教育現場に居るよ
うな気がするな。
若者の政権支持率が高いのは劣化コピーから悪化コピーになってるのかも。

◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html
----------------------------------------------------------------------
■はてな?現代美術編 koko
----------------------------------------------------------------------
第106回 『自粛生活の過ごし方 その1 ─── ゲントの祭壇画』


とうとう他府県へのお出かけもままならぬ時間を過ごして早2週間以上が経ちま
した。
ムーゥゥゥ。
知らぬ間にチューリップも枯れてしまった。。。
おばさんの象徴≪花を愛でる≫行為もできずじまいで、4月はあっという間に過
ぎ去りそう。おばさん趣味を諦める代わりに、おじさんのようにシャーロック
ホームズの世界にどっぷり。

ついでに地味なBBC制作のドラマシリーズもかなり制覇。
この4月はAmazonプライムに感謝。

おじさんワールドを離脱後、宇野惟正氏と田中宗一郎氏の『2010's』(新潮社)
も読破。2010年代の10年間のポップカルチャームーブメントを二人の解釈で読
み解いてくれています。中身濃すぎて時間かかりました。

音楽や映画は、美術(特に現代アート)と密接に関連しているのでこれからも
役立つ1冊です。横文字多すぎなのはちょっと読む側には苦しいかもしれません
が中身は興味深い考察満載。

現在進行中のムーブメントを読み解くのは現代アートにもつながる話で、最低
限の基礎知識を得るための必須の書というところでしょうか。2010年代という
のは、政治的にも経済的にも文化的にも、のちのち振り返った時には大きな分
岐点かもしれません。

さてその一方でいつものように余暇を使って美術館にでもいければいいのです
がそうもいかず、デジタル美術館へドッポリ浸かっています。コロナのおかげ
で私には嬉しいサイトに気付いたのでご紹介します。

修復後に今年初めからお披露目される予定だったファン・エイク兄弟の『ゲン
トの祭壇画』サイトです。西洋美術史の本を一度でも開いたことがある人なら
ば、この祭壇画が西洋油絵の発展に大きく寄与初期に燦然と輝く至宝だと知っ
ています。

ベルギーのゲントという町の大聖堂にこの祭壇画はあります。初めてゲントを
訪れた時は、意外に大きな風格のある町だったので驚きました。
無知のなせる業です(恥・・・)

2020年2月から4月末までゲント美術館でお披露目だったのにコロナの影響で美
術館は閉館。かわりに下記Youtubeの修復後の絵画映像と、修復レポートサイト
の修復前の画像を見比べると随分と印象の変わった部分があるのでビックリで
す。

□ファン・エイク兄弟『ゲントの祭壇画』修復レポートサイト<closertovane
yck>(英語)
http://legacy.closertovaneyck.be/#home

□Stay At Home Museum(英語)内 <Watch episode 1: Jan van Eyck - MSK 
Gent>(Youtube)
https://www.flemishmasters.com/en/events/stay-at-home-museum

Youtube動画の英語がわからなくても、美しい絵画を観るだけで十分です。
細部にわたってリアリスティックに描かれているため、幾ら見ていても見飽き
ないですし、聖書がらみの主題を真剣に観察しだすとかなりの労力を必要とし
ます。

アダムとイブの姿一つとってもあの裸体の詳細な表現は恐るべし。
「神秘の子羊」遠方の風景の森や建物の描写もあまりに本当らしくて驚かされ
ます。

この絵を完成させた弟のヤン・ファン・エイク(Jan van Eyck)は、油絵具の
表現を追求し、光の効果やや遠近法技術も用いたました。。
<closertovaneyck>のサイトにこれから順次修復成果報告が掲載予定とのこと
で楽しみです。

【ゲントの祭壇画の受難の歴史】 ※芸術新潮4月号から抜粋
1432年に完成後、宗教改革の聖像破壊のなか難を逃れる。
1781年、アダムとイブの裸体画がポルノだということで2枚のパネルが外される。
1794年、フランス革命時に中央の「神秘の子羊」を含む4枚が略奪され、パリの
ルーブルへ。
1815年、ワーテルローの戦い後、中央4枚はゲントに帰還。
1816年、アダムとイブを除く左右翼部のパネルが売りに出される。
最終的にプロイセン王の元で、表と裏を一度に展示できるように切り
分けられる。
1822年、ゲント大聖堂火災発生、「神秘の子羊」なんとか避難。
第一次大戦下、「神秘の子羊」を含む4枚はドイツ軍から隠し通し、戦後ベルリ
ンで展示されていた左右翼部も返還される。
1934年、中央パネル上段右の「洗礼者ヨハネ」と内装下段左側「正しき裁き人」
が盗難にあう。
警察が交渉に失敗し、「正しき裁き人」は戻ってこなかった(現在は複製)。
1940年、ナチスによって略奪、4年間岩塩坑で保管され、1945年に無事帰還。
1950年、劣化がひどく修復されるも、当時の技術では修復が不十分で羊の耳が
4つに。
2010年から政府主導で過去最大の調査と修復が行われる。

□Wiki ゲントの祭壇画
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%
A5%AD%E5%A3%87%E7%94%BB

パネルの1枚が戻ってこなかったなんて!と思いながら年表をみていたのですが、
なぜか私の頭に法隆寺が浮かび、現在も当時の姿をそのまま残していることの
凄さに怖れおののいてしまいました。
昔の宝を護ることの難しさを改めてかみしめる外出自粛生活です。
みなさん気を付けてお過ごしください。


◎koko
円とユーロとドルの間で翻弄されるアートセールコーディネーター。
まぐまぐメルマガ「Sacres Francais!映画と美術とパリジャンと」。
http://www.mag2.com/m/0000191817.html(現在休刊中)

----------------------------------------------------------------------
■スプートニクとガガリーンの闇 28 内藤陽介
----------------------------------------------------------------------
ヴェネラ1号

1960年8月19日にスプートニク5号(コラブリ・スプートニク2号)が打ち上
げられた後、同年12月1日に打ち上げられたスプートニク6号(コラブリ・ス
プートニク3号)には、プチョールカとムーシュカの2匹の宇宙犬と植物や昆
虫が乗せられていたが、誘導の失敗により、12月2日の大気圏再突入に失敗し
て衛星は分解。全ての生き物が死んでしまった。
年が明けて1961年2月4日、金星探査を目指して、スプートニク7号がバイコ
ヌール宇宙基地からモルニヤロケットにより打ち上げられる。
ガリレオ・ガリレイが金星の満ち欠けを発見して以来、多くの天文学者が金
星を観測し、「地表に模様が見えた」、「大陸がある」などの報告が蓄積され
ていった。最終的に、金星の自転周期は約243日であることが明らかになったが、
天文学者たちは模様の変化を観測して自転周期は地球とほぼ同じ約24時間と推
測する時間が長らく続いていた。
また、19世紀後半に発達したスペクトル分析法は、初期の段階では赤外線波長
までカバーできなかったため、二酸化炭素の存在が見落とされ、金星の環境は
地球の熱帯地方に近いのではないかと考える人が多かった。ちなみに、1932年
には金星大気のスペクトルは赤外線域まで観測され、専門家の間では、金星の
大気には二酸化炭素が多く含まれていることが認識されていたが、金星と地球
を“双子”とみなす俗説はなかなか解消されなかった。
ソ連が金星探査を目指したのもこうした事情があったためで、他の惑星大気
圏への探査機の投入、惑星表面への軟着陸、惑星表面からの映像転送、高解像
度レーダーによる惑星表面の地図の作成などが可能と考えられたからである。
スプートニク7号は1960年に打ち上げに失敗したM1型火星探査機(マルスニク
1号・2号)を流用した設計で、探査機本体は半球と円筒を組み合わせた形状と
なっており、質量は645kg。観測装置として磁力計、垂直速度計、荷電粒子モニ
ターが搭載され、金星大気に突入しながら調査する計画だった。
さて、打ち上げ後のスプートニク7号は、ロケット第4段と結合した状態で
地球を1周したところで金星遷移軌道に移動するためにエンジンを点火する予
定だったが、失敗。地球周回軌道にとどまった後、22日後の2月26日に大気圏に
突入した。なお、スプートニク7号はロケットが結合したまま、質量6843kgの
巨大な物体として地球を周回していたため、西側世界では、失敗した有人宇宙
船だという憶測が広まっている。
次いで、2月12日、西側諸国でスプートニク8号と呼ばれた金星探査機、ヴェ
ネラ1号が打ちあげられた。
ヴェネラ1号はスプートニク7号とほぼ同型で質量は643.kg。今回は、探査機
と4段目ロケットを待機軌道に乗せたうえ、そこから4段目ロケットを点火し
て金星に向かうことに成功し、地球から190万km離れた地点において行われた3
回のテレメトリー送信により、太陽風と宇宙線データを送信。これにより、ル
ナ2号で発見された太陽風によるプラズマが深宇宙にまで及んでいる事が確認
された。
人類で初めて他の惑星に探査機を飛ばすことに成功したことを受けて、1961
年4月26日、ソ連は1961年2月12日の日付を入れた記念切手を2種セットで発
行した。図案は、6コペイカ切手( https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yo
sukenaito/20200425092526806.jpg )が探査機を乗せて地球から飛び立つロケッ
トで、10コペイカ切手( https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito
/2020042509252508a.jpg )が地球の周回軌道から金星へ向かう探査機である。
ただし、この間の4月12日、ガガーリンによる人類初の有人宇宙飛行に成功
し、そのインパクトがあまりにも強烈だったため、ヴェネラ1号の快挙もかすん
でしまった。
なお、金星に向かって宇宙空間を進んでいた探査機は、5月19‐20日、ヴェネ
ラ1号が金星の10万km以内に接近し、太陽周回軌道に入ったが、おそらく、太陽
方向センサーが過熱したために故障し、送信は行われなかった。


内藤陽介
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会
員。フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国
家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。最新作『
日韓基本条約 (シリーズ韓国現代史1953-1965)』えにし書房
電子書籍で「切手と戦争 もうひとつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川
oneテーマ21などがある。

----------------------------------------------------------------------

■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4068名の読者の皆さんに配信してお
り、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。

----------------------------------------------------------------------
■編集後記
モノクロ電子書籍リーダーを4台持っているが、そのうち一台の寿命が来た。一
番気に入っていた機械で、それだけ酷使してきたのだけど後継モデルはない。

他の3台もいずれ寿命が来るのだろうが、後継モデルがあるのはアマゾンと楽
天だけだ。そうなると活字を追っていく小説のような本は、電子書籍で買うな
らアマゾンと楽天でしか買えなくなる。

たまに電車で外出する時、みんな持っているのはスマホばかりで、パソコンや
タブレット、紙の本を手にしている人は少ないが、いないわけじゃない。しか
し電子書籍リーダーを電車の中で読んでいる人は、実はまだ見たことがない。

なんでこんなにモノクロ電子書籍リーダーは普及しないのか?
便利だと思うのですけど・・・
====================================================
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載されたコンテンツを小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ copyrightはそれぞれの記事の記者が有します。
■ ご意見・ご質問は25日号編集同人「朝日山」まで
メールアドレス asahi_yama@nifty.com
(あっとまーくは、全角ですので半角にしてください)
■ バックナンバーurl http://back.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンidナンバー:13315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
====================================================

◎このメルマガに返信すると発行者さんにメッセージを届けられます
※発行者さんに届く内容は、メッセージ、メールアドレスです

◎[本]のメルマガ
 の配信停止はこちら
⇒ https://www.mag2.com/m/0000013315.html?l=kbi00b11f0

 

| バックナンバー | 21:50 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.750


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■■------------------------------------------------------------------
 ■■ [本]のメルマガ                 2020.4.15.発行
 ■■                            vol.750
 ■■  mailmagazine of book          [コロナの世界号]
 ■■------------------------------------------------------------------
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp/
 
 『人工培養された脳は「誰」なのか:超先端バイオ技術が変える新生命』
 
 フィリップ・ボール著 桐谷知未訳
 四六判 392ページ 本体2,500円+税 ISBN: 9784562057320
 
 ブタのなかで培養されたヒトの器官、3Dプリンターによる臓器印刷、人工胚
 に人工精子――はたしてそれらは「ヒト」なのか? 自らの組織から人工培
 養した「ミニ脳」を目の当たりにしたサイエンスライターが究極の問いに挑む! 
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 【連載】………………………………………………………………………………
 
 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 第65回「“自警団精神”について」

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 第130回 みんながちがって、それがいい!
 
 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → 世紀の【嘘】 椿井文書(つばいもんじょ)とは…
  
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「散慮逍遥月記」停雲荘主人
 ----------------------------------------------------------------------
 第65回「“自警団精神”について」
 
 こんにちは。このところいよいよCOVID-19が猛威を奮っておりますが,
 みなさまにはお変わりありませんでしょうか。
 
 こちらは3月の原稿を書いた前後に,周囲でCOVID-19感染者が出ま して,
 3月の後半を自宅で過ごすことになりました。幸い,周囲に二次感染者が
 出ることもなく4月からは通常勤務に戻ったところへある大学にて集団感染が
 発生したという知らせが入り,学生は現在,在学生は5月の連休明けからの
 出校,新入学生は入学にまつわる諸行事に出校したのち,こちらも5月の連
 休明けまで自宅学習ということになっています。ところで県内の小中高校は
 すでに通常通りの出校となっており,通勤途中でおおぜいの小中高校生を
 見るわけです。これはなかなかに学生にとっても,わたしたちにとっても不条
 理な感があります(苦笑)。
 
 御存知の通り,国から緊急事態宣言というものが4月8日に発令されていま
 す(1)。発令に基づき都府県が,ひとの集まりを避けるべく様々な方策を打ち
 出していますが,大学も図書館(公共図書館)も例外なく巻き込まれています。
 緊急事態宣言を受けて多くの大学や公共図書館が休校・休館となり(2),ひと
 が構内に入ることができなくなってサービスの継続が困難になっています。大
 学での集団感染が数件報告されています(この国の民度が疑われる事例も散
 見されます(3))が,公共図書館でも働いている方に感染者が出ています(4)。
 多くの方々から「図書館の機能が停まると困る」との声が届いています(5)が,
 図書館の中で働いているのもまたひとであり,感染の拡大を防ぐためにも図書
 館の機能を停止し,来館者のためのサービスが続けられないのはやむを得な
 いところです。
 
 ただし,いくつかの公共図書館でwebsiteの公開までも停止してしまったところ
 があり,これが批判の対象になりました(6)。他方で図書館による情報発信と
 アウトリーチサービスへの期待がいつにもまして高まり,図書館による様々な
 取り組みや,識者・利用者による期待を込めた提言が数多く見聞されるところ
 です。このあたり,他のことのように注記で事例を引くべきところ,事例が多す
 ぎて紹介できないのが残念です。また,提言や期待の中には現行の著作権法
 による制約のため,現状では実施したら著作権侵害になってしまうものもあり,
 期待にお応えすることができず申し訳ないところです。
 
 ところで,大学で発生した集団感染について「民度が疑われる事例」があると
 申し上げましたが,わたしの周囲でも最近は「いまは政策を批判しているとき
 ではない」という声を耳にしたり目にしたりする機会が増えました。2011年に
 はそれほどでもなかったのですが,あれから9年ばかりすぎて,あの頃はまだ
 かすかに残存していた近代市民社会なり戦後民主主義なりの徳目が失われ
 てしまったような雰囲気を感じます。わたしはこの「政策を批判するな」「いま
 は為政者を非難するときではない」という言葉を見るにつけ,「ああ,このひと
 たちは“自警団”を結成しなければもちこたえられない精神状態なんだなあ」と
 思うのです。このひとたちにとって異論を抑え込み為政者の施策に批判精神
 なく身を委ねることは,何より自らの精神の安寧につながっているのだと。
 そして異論を抑えるために,誰に頼まれるでもなく“自警団”となって異論を
 糾弾せずにはいられなくなってしまっているのではないかと思われます。
 
 本来,「図書館」というところは闊達かつ寛容なな精神を涵養している場所であ
 り,そのような“自警団精神”からは遠いところにあるはずですが,相変わらず
 異見を「古臭い図書館論」とラベリングして憚らないような輩の声が大きい業界
 なのが実情です。先日たまたま,日野市立図書館の館長を勤め『市民の図書
 館』を著して公共図書館運動に大きな足跡を残した前川恒雄の訃報が入って
 きましたが(7),前川恒雄が亡くなったいま,歴史の1ページとなった『市民の
 図書館』を神棚から引き摺り下ろし,評価軸を換えるための意識の転換が必要
 になってきていると思うのですが,そのような異見に対して“自警団精神”を発揮
 して己の信心のみが正義であるような振る舞いをすることのないよう,自らを律
 していかなければならないと,特に緊急時・非常時を理由に社会があるひとつ
 の方向へ振れて行こうとする恐れのある現在,考える次第です。
 
 もう少し,COVID-19禍に対して抵抗する図書館の事例を紹介しなければなら
 ないところ(8)ですが,またいずれ書きましょう。
 では,また次回。
 
 注記:
 1)
 令和2年4月8日 緊急事態宣言の発出を受けての会見 | 令和2年 | 
 総理の一日 | ニュース | 首相官邸ホームページ
 https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/202004/08kaiken.html
 
 2)
 新型コロナウイルス感染拡大防止のための東京都における緊急事態措置等
 について(令和2年4月10日)|東京都防災ホームページ
 https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/1007617/1007661.html
 
 3)
 京産大に「火をつけるぞ」と脅迫…深刻化する「コロナ差別」、悪質ケースは
 犯罪に - 弁護士ドットコム
 https://www.bengo4.com/c_23/n_11046/
 
 4)
 職員感染の図書館対応追われる 岡山、消毒準備や体調聞き取り
 :山陽新聞デジタル|さんデジ
 https://www.sanyonews.jp/article/1000013
 
 5)
 【更新】図書館閉鎖が校正・校閲の大きな障害に
  〜 新型コロナ感染症対策の思わぬ影響 | HON.jp News Blog
 https://hon.jp/news/1.0/0/29308
 
 6)
 COVID-19 : 蔵書検索サービスへの影響について ? カーリルのブログ
 https://blog.calil.jp/2020/03/covid-19-webopac.html
 
 7)
 訃報:前川恒雄さん 89歳=初代の日野市立図書館長
  /東京 - 毎日新聞
 https://mainichi.jp/articles/20200415/ddl/k13/060/013000c
 
 8)
 例えばこちら>
 チェコ共和国、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言中、
 同国の大学生・教員を対象に、著作権保護期間中の著作物を含む
 国立図書館及び公立大学のデジタルコレクションへの一時的なアクセスを許可
  | カレントアウェアネス・ポータル
 https://current.ndl.go.jp/node/40758
 
 
 ◎停雲荘主人
 2019年4月から司書養成が本務のはずの大学教員兼大学図書館員。南東北在住。
 好きな音楽は交響曲。座右の銘は「行蔵は我に存す,毀誉は他人の主張,我に
 与らず我に関せずと存候。」(勝海舟)。

 ----------------------------------------------------------------------
 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 ----------------------------------------------------------------------  
 第130回 みんながちがって、それがいい!
  今年の2月末、ぼくが翻訳した絵本が出た。『ようこそ! ここはみんなのがっこう
 だよ』(アレクザーンドラ・ペンフォールド 作 スーザン・カウフマン 絵 すずき出版)。
 2月の末から書店に並んでいるはずだ。
 
  なんだかタイミングが悪いなあ。いつもの年だったら、ピカピカの一年生が新しい
 ランドセルを背負って入学式を迎えていたはずなのに。今年は入学式があった学校
 でも、ひっそりとしていたみたいだ。
 
  この仕事の目処がついた昨年の冬には、こんな事態になるなんて、思いもしなか
 った。どうか、子どもたちが心置きなく学校に行けて、思い切り遊べる日がはやく戻
 ってきますように!
 
  この絵本の翻訳を依頼されたのは、昨年の秋だった。送られてきた原書、まだ
 カラーコピーだったのだが、カラフルなイラストが楽しくて、子どもたちが生き生きと
 している。気持ちがよい絵本だなあ、というのが第一印象だった。とくにストーリー
 があるわけではなくて、子どもたち、そして親たち、先生たちの学校での生活を紹介
 している。こんな学校だったら、もういちど行きたいなあ、と根っからの学校嫌いな
 ぼくも思った。
 
  イラストを見ながら、テキストを読んでみる。ああ、なるほど、気持ちがよい理由が
 わかってくる。
 
  この絵本への思いを作者たちが書いている。この絵本が出来たのは、イラストレ
 ーター、スーザンの娘が通っているシアトルのキンボール小学校のためにポスター
 を描いたことがきっかけになっている。キンボール小学校では、さまざまなバック
 グラウンドを持った生徒たちがおたがいを認め合って楽しく学校生活を送っている。
 スーザンはキンボール小学校のために、子どもたちを歓迎するポスターを描いた。
 検索してみると、こんなポスターが出てきた。「ALL  ARE   WELCOME」という文字
 の下に子どもたちがハグをしようと手をひろげている。肌の色、服装もさまざまだ。
 そのポスターは、ほかの小学校にも飾られるようになって、やがてアメリカ中に広
 がっていった。
 
  このポスターを見たニューヨークに住むアレクザンドーラは、ブルックリンにある
 小学校を思い浮かべた。そして、いきいきとした子どもたちのすがたを思い描き
 ながら、一晩で、この絵本のテキストを書き上げた。
 
  絵本を開くと、まだ始業前なのかな、それぞれが思い思いのかっこうでおしゃべり
 をしている。心地よいバラバラ感がある。学校にくる前にお祈りをするイスラム教の
 子もいて、スカーフで頭を覆っている。最初にこの子がお祈りをしている絵があるの
 は、きっと大きな意味があるのだろう。教室にある世界地図で自分が生まれた国を
 指差している。この教室には、遠いところにある、いろいろな国からやってきた子が
 何人もいるんだ。目が不自由なのか、サングラスの子もいるし、車椅子にのってい
 る子もいる。みんないっしょに授業を受けている。いろいろな家庭の子どもが来て
 いる。気がつくとゲイらしいカップルが子どもと手をつないで学校にやってくる。
 いろんな人種、宗教を越えて多様性の素晴らしさをさりげなく伝えている。
 アメリカの学校では、ポットラックという料理を持ち寄るパーティーがあるそうだ。
 それぞれの家庭で料理を作って家族そろって学校に行く。豆のスープがおいしそう
 だ。体育館に集まって、大パーティ!
 
  テーブルにはいろんな料理がのっている。あああ、日本にもこんな学校があった
 らなあ!
 
 この絵本のクライマックスは、見開きで「ようこそ」を日本語、中国語、ロシア語、
 ガログ語、デンマーク語、スペイン語、フランス語、スロベニア語、ヘブライ語、
 パンジャーブ語、ウェールズ語、クルド語、トルコ語、アラビア語、韓国語、
 アラビア語、ギリシア語、イタリア語、英語、スウェーデン語、ポルトガル語、
 ヒンディー語、アイルランド語、ポーランド語、ドイツ語と25の言語で紹介している
 ことだ。原書には、文字だけが書いてあるだけだったのだが、せかっくだから、
 どこの国の言葉か、そして発音も載せようということになった。発音はカタカナで
 表記するので、言語どおりというわけにはいかないけれど、子どもたちが少しでも
 興味を持ってほしいので、「日本語のカナに置き換えられない音がある」ことを注意
 書きをつけることにした。
 
  といっても、文字だけで書いてあるだけだから、いったい何語なのか、そしてどの
 ように発音するのかはわからない。
 
  編集担当の人といっしょに調べることにした。インターネットで各国の「ようこそ」
 を調べていく。見慣れた文字だと「何語かな」、と見当をつけられるのだけれども、
 中東、アフリカなどまったくわからない。どこの言語かがわかっても発音がわから
 ない。インターネットのおかげでいろんな言語を現地の人が発音しているサイトが
 あって、ある程度はわかるのだが、ただ「ようこそ」というフレーズがないことも多い。
 翻訳の時間より、この“調査”のほうが時間がかかったかもしれない。
 
  毎日のように編集者とメールをやりとりして、お互いに調べたことを報告しあって、
 少しずつ進めていった。調べていくと、原書のつづりの間違いを見つけたこともあっ
 たっけ。
 
  クルド語の「ようこそ」が最後までわからなかった。調べると東京外国語大学で
 クルド語の講座を開いていることがわかった。日本クルド友好協会があることも
 わかった。さて、どうしよう。以前、徳間書店の『マップス』の仕事をしたときにわか
 ったのだが、公的な機関に問い合わせた場合、意外に時間がかかることが多い。
 締め切りは迫っていて、ここで時間をロスするのは避けたいところだった。さらに調
 べると、クルド料理の店があることがわかった。クルドの人がいれば、「ようこそ」と
 発音してもらうだけでいいのだから、それが一番てっとり早いだろう。十条にある
 メソポタミアという店だった。
 
  店は、十条駅のすぐそばにあった。ランチどきは混んで迷惑だろうから、カフェ
 タイムに訪れることにした。線路沿いのビルの二階、小さな店だった。狭い階段を
 上がって、ドアを開けると、店主らしい人が「いらっしゃい」と声をかけてくれた。
 クルミとゴマのヨーグルトケーキを注文して、しばらく店に置いてあるクルド民族関
 係の本をパラパラとめくった。メソポタミアという歴史的な文明を持ちながら、国を
 失い、現在は苦しい状況にあるクルド民族について書いた冊子も置いてあった。
 手がすいたようなので、店主に声をかけて、「絵本に使うのだけど、発音を教えて
 ほしい」とお願いした。突然「ようこそ」の発音を聞かれて戸惑ったようだけれど、
 ニコリとして「ブ ヘル ハティ」と教えてくれた。
 
  帰り際、挨拶をすると「困ったことがあったら、なんでも聞いてください」と店主が
 名刺をくれた。ワッカス・チョーラクさんといって東京外語大で講座を持っている、
 その人だった。
 
  この見開きだけでも見てほしいなあ!
 
  絵本のはじめにアレクザーンドラとスーザンが「学校を、楽しく学び成長するため
 の場所にしようとがんばっている、すべての先生、司書、そして子どもたちのため
 に」とメッセージを書いている。どうか、日本でも、こんな学校が増えてくれることを
 祈りたい。
 
  もう一冊、最近、薦められて読んだ日本の学校を紹介した本がある。小学校では
 ないけれど、大きな試みをしている中学校についての本だ。
 
 『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』(西郷孝彦 著 小学館)
 には、世田谷区立桜丘中学校の西郷校長が行なった“革命”が書いてある。
 副題にあるようにこの中学校には「定期テストも制服も、いじめも不登校もない」
 という。目標はただ一つ、「すべての子供たちが3年間を楽しく過ごせる」こと! 
 
  子どもたちにとって、「自分を認めてもらう」ということが、どんなに大切かを改めて
 教えてもらった。子どもが自分自身で考え、決めることが大切で周囲の大人たちは
 その手助けをする。校則などで個人を縛る必要などないのだ。

 ◎吉上恭太
 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。詳し
 くはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。
 翻訳絵本『あめのひ』『かぜのひ』は徳間書店から出ています。
 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。
 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017
 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします!  
 
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
 ---------------------------------------------------------------------- 
  歴史学において偽文書というものは研究の対象とされないものです。偽者であ
 ることを立証しても学問上の成果にはなりにくいですしね。しかしそれはそれで
 後々面倒なことにもなるようで…。
 
 『椿井文書』、馬部隆弘、中公新書、2020
 
  椿井文書とは江戸時代後期に椿井政隆という人物が、中世の文書の写本として
 作成した文書の一群のことを指します。内容は文書の他にも絵図・系図など多岐
 にわたります。
 
  しかし実際は全くの偽文書で、写本ではなくすべて椿井政隆の創作です。そして
 問題はこの文書が本当に中世のもの(の写本)であるということで、世の中に広く
 出回ってしまったことにあります。つまり自分がゼロから作った文書であるにも関
 わらず、中世の文書であると偽って流布させていたわけです。
 
  彼が活躍(?)したのは主に大阪府北東部から滋賀県北部にかけてのあたりです。
 実は周到に都市部を避けて活動していたようなのですが、それはどうも見破られて
 しまうのを恐れていたのもあるようです。
 
  なぜそのようなことをしたのかというと、求められて作ったという側面もあるようで
 す。本書中で挙げられている交野郡(今の大阪府)の例では、村同士の利権争いの
 場で、片方の村が有利になる証拠として文書を偽造したりしました。「椿井政隆は、
 このように伝統的な利権が絡んだ村同士の争いがある場にしばしば登場する。」
 (p,31)と著者も述べています。もしかしたら自分から売り込みもしたのかも知れま
 せん。
 
  系図も自らの家系が由緒正しいものであることの証として、富農などが求めるもの
 でありました。とどのつまりカネになったわけです。
  
  ただ系図が偽造されるとか、自分達に有利な証拠を捏造するというのは、善悪は
 ともかくそれほど突飛なことでもありません。椿井文書の特徴はその周到な構成と
 量にあるといえるのかもしれません。
 
  椿井文書の中に、着到状という種類の文書の一群があります。これは南北朝時
 代に後醍醐天皇の軍勢に加わった武士の名前を記した文書(偽造)です。それとは
 別に椿井政隆の作った系図にも、その着到状に由来する名前が出てきます。さら
 にその創作した人物(偽造文書の登場人物)を宛名にした文書を作成し、その文書
 に出てくる城を絵図の中に配置したりと、かなり手の込んだ作りようです。
 
  単発の文書偽造ではなく、それぞれの偽文書がそれぞれ補い合っているという…。
 文書偽造とはいうものの、歴史に残っていない部分を自らの想像力で補うということ
 では、むしろ小説家の仕事のようにさえ思えてきます。その成果をどのように流通
 させたかが問題ですが。
 
  もちろん椿井政隆自身もそれなりに学問を修めていますので、地元の歴史からあ
 まりにも外れた偽造はしません。結果として、地元の伝承などにもある程度整合す
 る歴史が作られ、それが複数の史料(=椿井文書)で確認されるということになって
 しまいます。
 
  もっとも微妙に当時の書札例からずれた書き方の文書だったり、改元後の年号を
 先取りして使用していたり(例えば令和元年1月のような)もしています。著者は、
 明らかに変な箇所を残しておくことで、文書偽造の罪に問われた際に言い逃れす
 る余地を残していたのだろうと推測しています。江戸時代でも文書偽造をして何か
 に使うと獄門だったそうなので無理もないのかもしれません。
 
  とここまでは偽造された文書群の面白さですが、実はこの椿井文書の受容のさ
 れ方もまた興味深いものです。椿井文書は偽文書だとわかっているならそれを
 排除すれば良いだけなのですが、それがそうともいえなくなっているのです。
 
  すでに同時代においても一部の間では「アレは怪しい」ということは知られていま
 した。しかし明治時代になって近代的な歴史学が導入されても、それは歴史学会
 で共有される知識とはならず、あくまで怪しい文書というレベルに留まってしまい
 ました。
 
  そのためそれを知らない研究者たちは、その偽文書を使って研究成果を生み出
 してしまうことになります。そして一度そこに立脚して研究を進めてしまうと、なか
 なか引き返すのは難しいものです。
 
  さらに椿井政隆の作った絵図が中世の絵図として、郷土史料の一部となり案内
 板に印刷されたりしてしまったりもします。大阪府枚方市のサイトに、伝王仁墓と
 いう史跡の解説に椿井文書が引用されているのが本書に紹介されていますが、
 一度地域の郷土史として膾炙してしまったものを、やっぱり間違っていましたと言
 うのも、そう簡単にはいかないようです。枚方市教育委員会に勤務していた著者
 の体験談もそれを裏付けています。
 
  一面では偽文書は困り者ですが、偽文書の織り成す世界やそれが作られた時代
 背景、どのように受け入れられてきたかを見ていくことも非常に面白いものです。
 みなさまも是非御堪能ください。
  
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。
 
 -------------------------------------------------------------------
 ----------------------------------------------------------------------
 ■あとがき
 予想をはるかに超えた混乱の中、四月は、何があったか覚えていいられない
ように時間が過ぎて行った気がします。今後どうなるのか想像もできずにいます
が、どうぞ皆さま、お体を大切に。WE SHALL OVERCOME! 畠中理恵子
 ----------------------------------------------------------------------
 ■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4068名の読者名の皆さんに配信して
 おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
 ■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
 ■ 今号のご意見・ご質問は
  15日号編集同人 「畠中理恵子」まで nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp 
 ■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
   なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わり
   ・5日号:aguni原口 hon@aguni.com
   ・15日号:畠中理恵子 nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp
   ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
   ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
 ■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
   事務局担当:aguni hon@aguni.com
 ■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
 ■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
 ■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
 ■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
 ---------------------------------------------------------------------
 

| バックナンバー | 20:28 | comments(0) | -
[本]のメルマガ vol.749

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■■------------------------------------------------------------------
■■ [本]のメルマガ                 2020.04.05.発行
■■                              vol.746
■■  mailmagazine of books         [そんなコロナな日々 号]
■■------------------------------------------------------------------
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp/

『シャドウ・ウォー 中国・ロシアのハイブリッド戦争最前線』

ジム・スキアット著 小金輝彦訳
四六判 328ページ 本体2,400円+税 ISBN: 9784562057481

ネット世論操作からサイバー攻撃、プロパガンダから軍事行動まで、あらゆる
手段を駆使した「シャドウ・ウォー」。いま世界は戦争の最中にある。CNN
のエミー賞受賞ジャーナリストが世界を取材して訴えた驚愕のベストセラー!

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その46「チョコレートをめぐる不穏な動き」その3

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ ゆるキャン△

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。

----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
■EMS緊急公開講義「コロナ時代をどう生き抜くか」(オンラインイベント)
└──────────────────────────────────

 ダイヤモンド・オンラインで「コロナ危機を救うクライシスマネジメントの
本質」を連載中の西條剛央による2回の特別講座。

 コロナ危機を救うクライシスマネジメントの本質
 https://diamond.jp/category/crisismanagement

 登壇者は、まさに、今、話題の…というおふたり。

 ご興味あればどうぞ。テレビやSNSでは知れない、本音の話を聞くことが
できます。

 2020/4/21(火) 21:00〜2020/4/21(火) 22:30
「生物学者 池田清彦先生に新型コロナウイルスの最前線を訊く
 コロナ対応にみる失敗の本質1」池田清彦×西條剛央
 https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/01advr10xgbnz.html

 2020/4/24(金) 14:00〜2020/4/24(金) 15:30
「医療崩壊を防ぐゾーニングと自己隔離の原理と方法
 コロナ対応にみる失敗の本質2」岩田健太郎×西條剛央
 https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/010tc110xghke.html

(この緊急公開講義による収益は、全額、スマートサプライによるコロナ支援
のマッチングの準備を進めている非営利団体である一般社団法人Smart Supply 
Visionに寄付させていただきます)

----------------------------------------------------------------------
■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

----------------------------------------------------------------------
■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
----------------------------------------------------------------------
その46「チョコレートをめぐる不穏な動き」
その3.飲み物としてのチョコレート

 今回は食べ物ではなく飲みものとしてのチョコレートを見て行きたい。
 
 ココアとチョコレートとの違いがもうひとつわかっていなかった私だったが、
実はチョコレートに命を救われたことがある。それは、ある暑い日のこと。ふ
らふらになってカフェに飛びこんで、冷たい水で一息ついた後に、ふと気まぐ
れでホット・チョコレートを頼んだのだ。そこがスペインの有名なチョコレー
ト屋直営の店だと気づいたせいかもしれない。やがてやってきたチョコレート
は、熱くとろりとして、そして、とても効いたのだった。眩暈を起こしてくら
くらしていた頭がすっきりしてきて、自分が熱中症寸前だったことがわかった。
そして、このカカオ分の多いチョコレートという飲み物は、薬、優れた気付け
薬なんだなと感じたのだった。
 
 チョコレートは歴史の中で、飲み物としてまず現れる。

 始まりは、南米らしい。メキシコからマヤに渡ったといわれるカカオは、マ
ヤ文明の地で愛用されたという。カカオの実はすり潰され、トウモロコシのペ
ーストや香料が加えられたカカオ・ぺーストとなる。その香料はバニラやチリ
ペッパー等で、ここに花からつくられた調味料などが加えられて、薄められて
飲み物にされたようだ。やがてこの飲み物はスペイン人に愛用されるようにな
り、スペインからヨーロッパ全土に広まっていく。

 このチョコレートに混ぜられた様々なものの中で、私が一番驚いたのは、か
のブリア・サヴァランの『美味礼賛』の中に描かれたチョコレートだ。彼が絶
賛するのは、ある漢方薬入りのチョコレートなのだが、今ではまず手に入らな
いものだろう。

 少し引用してみよう。

「皆さん、快楽の杯をいく杯か飲みすぎたおかた、眠って過ごすべき時間の大
部分を仕事に費やされたおかた、一時的に頭がぼんやりしなさった知識人のか
た、空気がじめじめして時のたつのが長くて耐えられないと思うご仁、固定観
念に苦しめられ思考の自由を奪われたおかたは、だれでも、だまされたと思っ
て、半キログラムにつき竜涎香六十ないし七十グレンの割合の竜涎香入りのチ
ョコレートを半リットルたっぷり飲んでごらんなさい。効果はてきめんです。」

えーっつ、竜涎香?りゅうぜんこう?

 香水の原料として有名な竜涎香は、マッコウ鯨の腸内で結石化してできる固
まりのことで、今では商業捕鯨のできなくなった為に、死んだマッコウ鯨の体
から流れ出して海を漂流してきたものしか手に入らなくなっているのだという。
一応漢方薬でもあるけれど、本当にそんなに手軽に飲めたものなのだろうか?

 というのは、私は香水としてその香りを嗅いだことはないのだけれど、ある
小説を読んだことがあって、かなり強烈な香りだという事を覚えているのだ。

 その小説はマルタン・デュ・ガール著の『チボー家の人々』

 主人公の一人、アントワーヌは医師で、ある日交通事故にあった少女を緊急
手術し、その場に立ち合った女性と恋に陥る。彼女、ラシェルが身に着けてい
たのが、この竜涎香のネックレスなのだ。その香りは強烈で、「その乳色をし
たいくつもの玉は鉛色の竜涎香の小さな球で仕切られていた」という首飾りを
いじると、温められていかにもしつこい匂いを出し、二日たっても手のひらか
らその香りがして来て、ハッとさせられるというものなのだ。そして、ふとし
た拍子にその香りを嗅ぐと、強烈に官能的な思いが押し寄せてくるのだ。

 何年か後に、ラシェルは形見としてそのネックレスを送ってよこすのだが、
アントワーヌは部屋に置かれていた封筒から漂う香りに無意識に彼女を思い出
してしまう。そして、首飾りを手に取ると部屋中にその香りが漂い、部屋に入
ってきた人に「変なにおいがします」といわれるほどに、独特の香りが醸し出
されてしまうのだ。

 そんな香りのするチョコレートはおいしいのだろうか?

 サヴァランは言う。

「わたしはわたし特有の細かな詮索をしたうえ、竜涎香入りチョコレートを悲
しい人々のためのチョコレートと名づける。」

 うーん、アントワーヌを生涯悩ますような官能的な香りのするチョコレート
なら、どんな悲しみも癒すとサヴァランが思うのもうなずける気がする。実に
フランス的なチョコレートの処方箋だ。

 そんな薬としての飲みものであるチョコレートは、どちらかというと、推理
小説より、ファンタジーや怪奇小説の中に姿を現わすようだ。

 現代の小説でもこのチョコレートが、魔法の世界を開くというファンタジー
がある。ブリア・サヴァランほどではないにしろ、いろいろなものをトッピン
グする場面に、魔法の香りを感じずにはいられない。

 D.D.エヴェレスト著の『アーチー・グリーンと魔法図書館』の全三巻のシリ
ーズに出てくるチョコレートを見てみよう。ここに出てくるチョコレートハウ
スは、千六百十七年創立ということになっている。実際にイギリスにチョコレ
ートに渡ったのが十七世紀後半と言われているのだが、ケンダルには千六百五
十七年創業のチョコレートハウスが実際にあるらしいので、何とも言えない。
その頃のイギリスのチョコレートハウスは、男たちが飲み物を片手に集う場所
だったようだ。まあ、それはさておき、題名からわかるようにこの物語は不思
議な図書館を巡る話なのだが、子どもたちがそこに出かけるための入り口が、
このチョコレートハウスということになっている。

 主人公は従姉に案内されて、このチョコレートハウスから普通の人には見え
ない壁を通り抜けて、「裏チョコ」と呼ばれるチョコレートハウスの別部屋に
入っていく。そこには移動用の椅子があり、それに座ってチョコレートドリン
クを飲むことにって、椅子が異空間を抜けて飛んでいくのに耐えられるように
なり、魔法図書館に行きつける仕組みになっているらしい。

 さて、この「移動カクテル」というチョコレートドリンク、チョコテルと呼
ばれていて、様々なジュースや香料の上にホット・チョコレートを足したもの
なのだが、なかなか刺激的な味らしい。主人公のお気に入りは、「暗闇でズド
ン」というものなのだが、カウンターで、ピンクという名の女性が作る様子を
見てみよう。

「ピンクは、赤いびんを手に取って、どろどろした、真っ赤な液体をグラスに
二滴足した。それから、青いびんをおろし、無色透明な液体をたらたらとそそ
ぐ。最後に黒いびんから、ほんの少しだけ中身を入れた。グラスの中から、ガ
チョウの鳴き声のようなクワックワッという音がして、真っ白な湯気がもくも
く立ちこめる」

 ここに、フルーツ・ショットを足すか、ホット・チョコレートを足すかを選
べるらしい。このグラスの上にカウンターにあるレバーを押してホット・チョ
コレートを足せば、チョコテルの出来上がりというわけだ。
 
 これを飲み干して、空中をくるくる回って飛んで行く椅子に乗れば、本が小
鳥のように空間を飛び交っている魔法図書館に到着するのだ。
 ちょっと風船ガムのような香りのこのチョコテル、野原で摘んだベリーやオ
レンジの味がして、おかわりが欲しいなと思うほどの味らしい。

 でも、やっぱり私が心惹かれるのは、こんないろいろな香料が入ったチョコ
レートではなく、ただただ黒くて甘いチョコレートだ。

 以前にも書いたのだが、レ・ファニュ著の『吸血鬼カーミラ』が口にするチ
ョコレートが私の一番のお勧めだ。この物語の中で、不思議な令嬢カーミラが
唯一口にするのがチョコレートなのだ。彼女が召使に命じて持ってこさせる一
杯のチョコレート。カーミラがベッドの中で一人このチョコレートを飲む時、
その黒い液体に何を夢見ていたのだろうと、いつも思うのだ。

 飲み物としてのチョコレート。

 これはゆめゆめ、子どもの飲み物と思ってはいけないようだ。

 ぜひ、気つけに一杯。あるいは、様々な夢の薬としてご賞味あれ。

----------------------------------------------------------------------
『チョコレートの歴史物語』サラ・モス、アレクサンダー・バデック著
             堤理華訳               原書房
『美味礼賛』   ブリア・サヴァラン著 関根秀雄・戸部松実訳 岩波文庫
『アーチー・グリーンと魔法図書館』D.D.エヴェレスト著 こだまともこ訳
                             あすなろ書房
『吸血鬼カーミラ』 レ・ファニュ著 平井呈一訳      創元推理文庫
----------------------------------------------------------------------

高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

----------------------------------------------------------------------
■ホンの小さな出来事に / 原口aguni
----------------------------------------------------------------------
ゆるキャン△

 新型コロナ感染防止対策のため、自宅仕事がメインになっている。仕事の量
は減るどころか、どちらかというと増えているので、毎日、忙しくしているが、
外出が減るということは、外食が減るということで、必然的に、自炊が増える
こととなる。

 別に料理自体は嫌いではないので、楽しくやっているが、どうしても同じレ
パートリーの繰り返しになり、マンネリ化してしまう。どうしたものかなーと
思っているときに、Amazon Prime でアニメ「ゆるキャン△」を見た。

 このアニメ(というか、元はマンガ)は山梨の女子高生がキャンプをする、
という物語なのだが、景色が美しいのは勿論、出てくる食事がとにかく美味し
そう。

 最初に出てくる料理である、坦々餃子鍋を早速やってみたが、確かに旨かっ
た。ここのところ、気候も寒いので、身体が温まる逸品であった。

 で、思ったのは、このコロナの状況、なんだかキャンプしていると思えば、
楽しく過ごせるんではないかなー、ということ。

 私はキャンパーではないが、狭いテントでわざわざ不便なところに泊まりに
行って、それを楽しむのがキャンプだとすれば、今、まさにコロナで自宅待機
状態は、キャンプに行っているのと同じではないか!

 同じでない要素があるとすると、まあ、ステキな風景とかだろうが、そんな
ものはネット検索の画像でOK!(言い切った!

 PCのモニターやTVに静止画を映しておけばよかろう。

 空気が違うじゃん、という方には、是非、空気清浄機等でイオンをばりばり
発生させるか、あるいは、めっきり観光客の減った観光地の皆様には、空気を
カンに詰めて販売することを検討していただきたい。

 土の香り、木の香りなどを調合して、オリジナルのキャンプ場の香りを楽し
んでみるのも乙なものだろう。

 は、どうでも良いとして、キャンプ飯である。

 キャンプ飯は、基本的に簡単で美味しいものが多い。例えば、ゆで汁を捨て
ないパスタとかは、これは台所を汚さないので一人飯にも最高。

 肉をがっつり鉄鍋で焼いて、そのまま喰らうとか、トマトすき焼きとか、簡
単にざっくり作れて、それでいて美味しそうな料理がいっぱい。

 「ゆるキャン△」を見ると、キャンプ場についたらテントを張って寝場所を
確保、そうしたら火を起こして夕食の準備。夕食の準備をしたら食う。

 静かに本を読んだり、談笑したりして夜を過ごす。

 なんて充実した時間!

 現在は、こういう充実した時間を自宅で過ごせる貴重な機会とも思える。

 例えば、TVも消して、電気を消して、小さな灯を囲んで家族で話してみる
とか。

 そんな風に時間を使えれば、もっと楽しく日々を過ごせるのではないか、な
んてことを思ったのでありました。

----------------------------------------------------------------------
■「[本]マガ★著者インタビュー」:(特別編)
----------------------------------------------------------------------

 メールにて、インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
----------------------------------------------------------------------

 先日、作家の田口ランディさんとオンラインで雑談していたのですが、ラン
ディさん曰く、このコロナ災害の中で「コロナ文学」とでもいうべき文学が生
まれて来るのではないか、と。

 こういう記事も上がっていました。

 コロナ禍、文学に何ができるのか 閻連科、パオロ・ジョルダーノら海外作
 家の声
 https://book.asahi.com/article/13302395

 例えば、不倫しているカップルは、このコロナ災害の中、どう過ごしている
のか?(会社に行きたがる中高年のオッサンの理由が、不倫相手に会うため、
だったら嫌だなぁ…。)

 学校がすべてオンラインになったときに、中高生の恋愛模様はどう変化する
のか?

 私はゲスなのか、そんなことを考えてしまいました。

 そんなコロナな日々、皆さま、いかがお過ごしでしょうか?

 皆さんが過ごしている今の体験、文字化して残しておくと、それはそれで時
代性を示す文学になるかもしれませんね。(aguni原口)

----------------------------------------------------------------------
■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4070名の読者の皆さんに配信して
おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
----------------------------------------------------------------------
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載された内容を小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
■ 今号のご意見・ご質問は5日号編集同人「aguni」まで hon@aguni.com
■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
  なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わります。
  ・5日号:aguni原口 gucci@honmaga.net
  ・15日号:畠中理恵子 hatanaka3floor@jcom.home.ne.jp
  ・25日号:朝日山 asahi_yama@nifty.com
  ただし、掲載の可否については編集同人が判断します。
■ 広告掲載につきましては、下記までお問い合わせください。
  事務局担当:aguni gucci@honmaga.net
■ HPアドレス http://www.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンIDナンバー:0000013315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
---------------------------------------------------------------------

| バックナンバー | 17:45 | comments(0) | -
[本]のメルマガ Vol.748

■□------------------------------------------------------------------
□■[本]のメルマガ【vol.748】20年3月25日発行
[ 今月もコロナです 号]
http://honmaga.net/ 
■□------------------------------------------------------------------
□■ 創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4075名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
□■------------------------------------------------------------------

★トピックス
→スーパー銭湯のライブラリー

★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→最新フィレンツェの状況報告

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→犯罪者との心理戦で見えたもの

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→コロナの前では竜巻先生もまじめモード

★「はてな?現代美術編」 koko
→美しい手書きは、アートです

★「スプートニクとカガリーンの闇」内藤陽介
→宇宙に行ったイヌの後日談
----------------------------------------------------------------
★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp

『嘘と拡散の世紀:「われわれ」と「彼ら」の情報戦争』
ピーター・ポメランツェフ著 築地誠子・竹田円訳
四六判 296ページ 本体2,500円+税 ISBN: 9784562057511

世界は嘘が個人の内面に一瞬で侵入する時代に突入した。偽情報はいかに生み
出され、深刻な対立をまねくか……キエフ出身の英国人ジャーナリストが米中
ほか世界各地、特に祖国ウクライナとロシアについて詳述した必読の書!
----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------
寿の湯レポート
兵庫県三田市に新しいスーパー銭湯ができて、ライブラリーが売り物になって
いると聞いて行ってきた。名前は寿ノ湯。運営会社の社長の実家がかつてやっ
ていた銭湯の名前らしい。メルマガの性格上、スーパー銭湯の話は省略して、
ライブラリーにフォーカスすることにする。雰囲気はこのあたりのサイトの写
真を見ていだければおよそ雰囲気はつかめると思います。
https://www.supersento.com/kinki/hyogo/kotobukinoyu.html
https://www.lmaga.jp/news/2020/02/94122/

図書館は施設二階の最も奥にある。ここに入るには岩盤浴とセットにした追加
料金が必要だ。

入り口手前左側にはマンガたくさん並んでいて、右は人工芝が敷き詰められた
屋外休憩スペースだった。入り口を入ったところに、図書館にありそうな本や
読書用の机やイス、ソファが置かれている。

ここにあるのは、どちらかと言うと女性向けの雑誌や児童書、ちょっと古めの
単行本が目立つ。私にはあまり興味が持てないラインナップだ。さらに奥に行
くと、読書用のおしゃれなカプセル風個室が並んでいる。部屋の色がいろいろ
あって楽しい。

そして一番奥に行くとスロープがあり、スロープから先が「ライブラリー」と
いうことになる。この辺まで来ると、並んでいる本は「おしゃれ」がキーワー
ドになりそうなアートやスローライフ関係の本が多くなる。横尾忠則とか、安
藤忠雄とか。そして翻訳物も多い。文庫の小説も少しあった。

六本木にある入場料が必要な書店「文喫」が選書しているそうだが、休憩中に
暇つぶしに読める(眺める)ようなのを選んでいる感じである。もっとも「ほ
ぼ命がけサメ図鑑」のような尖った本も・・・。一番目立たないところに、あ
る宗教指導者の全集が揃えてあったの。経営者の宗派がこの宗教なのだろうか?。

そしてよく見ると、本棚の所々に、数は少ないが読書用の隠れスペースがある。
頭だけ隠す形で図書館風に読む姿勢を保つスペースもあれば、ぐで〜としてペー
ジをめくるスペースもある。その気になれば、ノートを持ち込んで隠れスペー
スで勉強や仕事も出来るだろう。その意味ではいろんな読書スタイルが取れる
ように工夫して作られていると言えそうだ。

個人的には、昼前くらいに入って、温泉に浸かった後、ランチにビールを付け
てほろ酔い加減になったところで図書館に行くのがいいと思う。そして本を眺
めながら瞼が重くなったらそのまま寝て、起きたら風呂に入ってまた読書とい
う感じで一日過ごしてみたい。そんなことを思った。

----------------------------------------------------------------------
■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
----------------------------------------------------------------------
第109回 「死ぬ人はみな死んだ」のタイトルへの疑問

ほんの一ヵ月前、2月21日に北部ベネト州で新型コロナウイルス感染による死者
が初めて確認されてから、今日までに膨張したイタリア内の感染者・死者の数
といい、ついに感染が世界的に拡大する事態にまで急発展したことを考えては
驚いている。

4月3日まで、必要不可欠な理由以外では外に出ない。外出をしてはいけない。
せいぜい早すぎる春の兆候をみせる太陽の輝きをあびようとテラスやバルコニー
に出る。と、物音がいっさい消えていて、不思議な静けさの中で風だけが動い
ているのを感じる。

目に入るたくさんの住宅に人がいるはずなのに、声も聞こえず、姿も見えない。
音もたてずに動くのはモミの木やポプラの木の間を飛ぶカササギやハトやカラ
ス...。

たぶん、多くの人はリビングやキッチンや書斎で、ほかの家族もしているよ
うにスマホを見て、友だちにトークを送り、写真を送って、返信が来た音がす
ればすぐに見てホッとしているのだろう。家族といっしょにテレビでえんえん
と続くコロナニュースを見ているのかもしれない。

必要な外出は食料を買いに行くことだけで、開店時に大型店に行くと一列に、
目安の一メートルの間隔をとってほぼ一人ずつが入場待ちで並んでいる。マス
ク姿が増えた。
今月の二度の経験では店になくて買えないものは何もなかった。入口に張り紙
があるように、生産状況は安定しているので余分な量は買う必要がないという
ことを表しているのだろう。

時間は今までと同じように、早まるでもなく遅れるでもなく過ぎている。退
屈するということもない。本を読むしかないとしても、一年かかっても読み切
れないだけの量はあると夫もいって笑ったくらいだ。

今朝は旧友が日本から電話してきて、よほど心配してくれたのだろうと思っ
た。彼女は年上だが旧式のケイタイを使い、メールも拒否しているほどのテク
ノ嫌いで、帰日するたびに会ってはいるのだが手紙を書き送れなかった。
ここのところ甥や姪たちも日本に伝えられるイタリアの現況にショックを受け
たのか、安否を確かめるようにスマホに連絡をしてきた。

日本のメディアの記事は毎日よく読んでいる。タイトルにあげた記事も読み、
フィレンツェ在住の女性が北部の深刻な医療状況の中でボランティア活動をし
ているのに感嘆した。自らへの感染の危機感はあっても“やるしかない”とい
う気持ちなのではないかと思う。

ただ、記事のこのタイトルは、まだ英国が感染の嵐に見舞われる前に表現して
いた、感染した高齢者の命を救おうとするより、“自然淘汰”とみるという考
え方にあまりに近いような気がする。
確かに医療体制が完全に崩壊するリスクは論外だが、高齢でも若くても、死ぬ
人をあくまで防ぐという体制は守らなければならない。

一か月後の世界はどうなるかわからないし、新型ウイルスについて研究が進ん
だとしたら、どう方向の見直しがされるのか予測はできない。

「30万人以上の死者か、大量の失業者か」という、現在、行われている対策に
ついてのmag2ニュースも気になるし、また「イタリアは今月中にも金融機関の
破綻が出てきてもおかしくない状態だ」という週刊エコノミストOnlineに載っ
たリサーチ記事も読んで暗澹となるばかり。

厳しいが、力づけられたのは、これは短距離走ではなく長いマラソンで一人
一人が状況に応じたペースで走り続ける必要があるという山中伸弥教授の言葉
だ。


◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
イタリア・フィレンツェ在住。著書に『天才力 三巨匠と激動のルネサンス (
ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)』(世界文化社)、『メディ
チ家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)。
melmaで16年間に発行しましたメルマガ「イタリア猫の小言と夢」は、melma の
事情によりサービス終了しました。


----------------------------------------------------------------------
■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
----------------------------------------------------------------------
柚木麻子 『BUTTER』新潮文庫 900円+税

10年ほど前、関東と鳥取で、さして美人とはいえない女性の周囲で、社会
的な地位も財産もある中高年男性が相次いで不審死を遂げる事件が起こりまし
た。女性たちの痩身願望が病的に高まっている時代に、男たちを魅了してやま
なかった二人の女性が、それとは真逆の体型であることにも世間は驚いたので
す。関東の事件に題材を得た本作は、刊行当時大きな反響を呼び、このたび文
庫化されました。連続不審死事件の容疑者、梶井真奈子(カジマナ)と、週刊
誌記者町田里佳との心理戦を軸に、ストーリーが展開していきます。

カジマナの独占インタビューを掲載するために、里佳は繁く拘置所に足を運
びます。カジマナが、マーガリンとフェミニズムを嫌悪することに里佳は驚き
ます。カジマナの歓心を買うために、里佳は彼女の指示する食べ物を食べ続け
ます。バター醤油掛けごはんに始まり、深夜のバターラーメン。そしてクラシ
カルなバターケーキ。当然里佳は太ります。そうは言ってもまだ標準体重以下
なのですが、周囲は大騒ぎをします。「(痩せるよう)努力しなよ」という恋
人の心ないことばをきっかけに、二人の関係は冷え込んでいきました。

周囲の目を気にすることなく、欲望の赴くままに生きたカジマナに、里佳は
強い憧れを抱くようになります。里佳は、ほとんどカジマナのマインドコント
ロールを受けているに等しい状態に陥ってしまったのです。しかし、カジマナ
が少女時代を送った町を訪れるなど、旺盛な取材を重ねる過程で、里佳は徐々
にカジマナの呪縛から脱していきます。カジマナの大言壮語の陰に潜む、寂し
い素顔にも気づくようになります。こうして二人の力関係に、微妙な変化が生
じていきます。しかし、カジマナとの戦いは一筋縄ではいきません。

本作の主題の一つは、里佳とカジマナ、そして里佳の学生時代からの親友で
ある怜子との「三角関係」です。母親との離婚の後の自堕落な生活の果てに死
んだ父親をもつ里佳。性的にふしだらな両親をもつ怜子。そして父親が謎の死
を遂げたカジマナ。3人は壊れた家庭の娘という意味で似た者同士であり、相
互にそのことを意識していたのです。里佳と怜子の間には、友情の域を超えた
ほとんど同性愛的とも呼ぶべき感情が流れていました。カジマナから里佳を奪
還するために怜子は、無謀な行動に走り深く傷ついてしまいます。

カジマナと里佳との心理戦の結末は?それは読んでのお楽しみ。しかし本作の
結末は希望に満ちたもので、読後感も爽やかです。家事能力のない、孤独な男
たちがカジマナの餌食になった。他方、一度は奈落の底に墜ちた里佳を救った
のは、怜子をはじめとする友人たちの存在であり、カジマナの取材の過程で覚
えた料理の楽しみだったのです。人間を苦境から救うのは同性異性を問わぬ友
人の存在であり、生活を自らの手で築き上げ楽しむことのできる能力である。
そのことを本作は繰り返し訴えています。どうかご一読ください。

◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「怠ける権利」高文研
http://www.koubunken.co.jp/book/b371637.html

----------------------------------------------------------------------
■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
----------------------------------------------------------------------
今回は「見えない敵」の話

「新型コロナウイルス」の事はどうしても避けて通れない。
当初「水際作戦」だとかいろいろ言っていたがウイルスの特異な?性質のため
あっという間に世界中に広がって収束する片鱗さえ見えない状況だ。
仕事や留学などで海外にいる知人が帰国が困難になって困っていると聞き、思っ
た以上に世界は身近で繋がっているんだとつくづく思う。

これの厄介なのが接触感染、飛沫感染に加えてエアゾル感染の可能性が高い事。
当初に散々言われ続けた「8割の人間は軽い風邪の症状で自己免疫で治る」と
言う情報も「自分はその8割だ」と考える人間がウイルスを拡散させている可
能性が高い。

あと「未症状感染者がまあまあの割合で存在する」と言う事。
この「未症状感染」の未症状がどれぐらいのものなのかあまりアナウンスされ
ていないように思うのだが…例えば「ほんのちょっとだけど喉の痛みはある」
とか「微熱だがある」とかなのか、または「全く自覚症状がない」のか?
もし「全く自覚症状が無いのに感染していて他の人にうつす」のならば実にた
ちが悪い。

本人も気づかなければうつされる方も防ぎようが無い。
無自覚のうちに加害者にも被害者にもなってしまう。感染経路も追いようが無
い。
まさに「見えざる敵」だと。

ネット上ではいろんな情報が飛び交っているけど本当に欲しい情報はどこにあ
るのだろう。

「未症状感染」とはどんなレベルか?「重篤化しやすい持病」とはどれぐらい
のモノを指すのか?「自己免疫で回復した後もどれぐらい身体にダメージを受
けるのか」とか。
あと「高齢者」って十把一絡げ言われてもそれがどれぐらいリスキーなのかが
わからない。
(お上からは70まで働けと言われているのにね)

「見えない敵」に対峙するには相手を少しでも可視化する事が大切なんだけど、
長期政権でダレまくった現政府の的外れな対応を見ると悲観論者の私としては
2割の重篤者になる気がしてならない。

◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html
----------------------------------------------------------------------
■はてな?現代美術編 koko
----------------------------------------------------------------------
第105回 『美しい文字は最高のアート ─── 静岡県の旅 』

いやいや、外出自粛ム─ドにどっぷりつかって、ネット配信動画三昧の3月。
住野よる原作の映画『君の膵臓をたべたい』を見た。映画自体ももちろんよかっ
たけれど、何が印象的だったって、主人公の女子高生桜良(さくら)が書く手
書きの文字がとても美しかったこと。

あんな文字が書ければ手紙書くのも楽しいのではないだろうか。一文字一文字
のペン運びはとても上品で女性らしい。桜良の人柄がこの文字に現れている。

自分が学生の時は、今よりかなりましな文字が書けたけれど、今となっては醜
い文字しか書けなくなっている。

これもPCの影響。便利になった反面、何かを忘れてしまった感は否めない。
≪字は体を表す≫というけれど、私の心はかすれてしまったのかな。
桜良とは比較にならないほどすさんでるよ。。。

フランスでも同じことが起こっているが、それはPCというよりも教育とタイプ
ライターの出現のせいだろう。筆記文字が書けるフランス人はかなり少なくなっ
ている。

書いた文字を読むのはさらに難しい。悪筆が重なると全く読めない。余談だが、
悪筆というとき、仏語では「comme un chat(猫のように) 」とか 「de coc
hon(豚みたいにひどい)」という。

本当にフランス人は全く猫豚のようなひどい字を書く。日本人の方がよっぽど
綺麗にアルファベットを書くことができるのは学校教育のおかげです。

安倍首相と習近平主席の文字を並べて話題になっていたブログをたまたま見た
時も、さもありなん、的な話だった。
安倍さんの達筆毛筆と、習さんのサインペンの今時文字の画像だ。
笑えた。
私の仏語とフランス人の友人の文字を並べるのに少し似ている。
こっちは筆記体、本場の彼らは大文字のブロック体。
どうみても私の方が正しいフランス人でしょ、って昔は思ったものだ。

美しい文字に心奪われる瞬間は、完璧な裸体ギリシャ彫刻に魅せられるのと同
じようなもの。目は釘付け。

今月、その瞬間は、コロナウィルスを逃れて車で出かけた先でたまたま起こっ
た。
静岡県熱海市のMOA美術館の一室でのこと。

国宝『手鑑 翰墨城(かんぼくじょう)』である。この部屋には尾形光琳の『
紅白梅図屏風』と野々村仁清の『色絵藤花文茶壺』が一緒に展示されていた。

三大手鏡と言われる『翰墨城』は、現代アートの抽象画のようでもあり、生き
物のようでもあり、とにかく私の眼を釘付けにした。昔の人の美的センスには
驚愕する。

あの筆運びはどうやって習得されたのだろうか。漢詩もいいけど、仮名文字の
うっとりとする曲線と紙面とのバランスが絶妙だった。
ハガキに宛名や氏名を書く時の瞬間のバランス判断と同じなんだろうな。

□MOA美術館サイト 翰墨城について
http://www.moaart.or.jp/?collections=090

実は今回の車で散歩の目的は、江之浦測候所を訪れることだった。
このコラムで触れたこともあるけど、小田原文化財団江之浦測候所は、カメラ
マン杉本博司氏が個人的にコレクションしてきた古美術を配置した贅沢な空間。
どうしても天気のいい日に行きたかったので、天気図をにらんでパーフェクト
な日に訪れることができた。
お陰様で最高に気分のいい朝を送れました。
海に向かって「さらば、ウィルス!」

□小田原文化財団江之浦測候所サイト
https://www.odawara-af.com/ja/enoura/

訪問後すぐにヨーロッパの軟禁生活を強いられている友人達にFBで日本の春を
伝えた。
はやく収束するといいのだけれど・・・
自由に散歩できる日本で本当によかった。
◎koko
円とユーロとドルの間で翻弄されるアートセールコーディネーター。
まぐまぐメルマガ「Sacres Francais!映画と美術とパリジャンと」。
http://www.mag2.com/m/0000191817.html(現在休刊中)

----------------------------------------------------------------------
■スプートニクとガガリーンの闇 28 内藤陽介
----------------------------------------------------------------------
ストレルカとベルカ

1960年5月15日にスプートニク4号(コラブリ・スプートニク1号)が打ち上
げられた後、6月28日の打ち上げ失敗を経て、8月19日、バイコヌール宇宙基地
からスプートニク5号(コラブリ・スプートニク2号)が打ち上げられた。

スプートニク5号はヴォストーク有人宇宙船の試験機として、生命維持装置
を備えた気密室と大気圏突入のための構造を備えており、人間こそ乗らなかっ
たものの、ストレルカとベルカと名づけられた2匹の犬に加え、1匹のウサギ、
42匹のネズミ、2匹のラット、ハエ、沢山の植物や菌類が乗せられていた。

2匹の犬はモスクワで捕獲された雑種の野良犬で、

1.メスであること(宇宙服とトイレの調達がオスに比べて容易)
2.体重7キロ以下
3.体毛が明るい色(カメラ写りがよいように)

という条件を満たしていたことが決め手となった。ちなみに、名前のストレル
カはロシア語で“矢”、ベルカはロシア語で“リス”の意味である。

8月19日に打ち上げられたスプートニク5号は軌道へ到達した後、地球を18周
した後、無事帰還を果たした。この間、ボンのラジオ局がスプートニク5号か
らの信号を始めて受信し、3周目にはスウェーデンのラジオ局がそれを確認し
ている。なお、打ち上げの正確な時刻については、08:38:24 UTC(協定世界時)
と08:44:06の2説がある。

スプートニク5号の成功を受けて、9月29日に発行された記念切手
https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20200325001840518.jpg
には、クレムリンの上空を飛ぶロケットとストレルカとベルカが描かれている。
宇宙から無事に帰還した世界初の生物となったストレルカとベルカは、ソ連の
宇宙技術の優越性を示すアイドルとして、当時、メディア等でも盛んに取り上
げられた。

スプートニク5号の帰還から8ヶ月後の1961年4月12日、ユーリ・ガガーリンを
乗せたヴォストーク1号の打ち上げにより、ソ連はついに、人類初の有人宇宙飛
行に成功するが、その後も、ストレルカとベルカの“アイドル”としての価値
は衰えなかった。

そのことを示すかのように、1961年6月3−4日、同年1月に米国大統領に就任
したばかりのジョン・F・ケネディとフルシチョフがウィーンで首脳会談を行っ
た際、晩餐会でフルシチョフの隣に座ったファースト・レディのジャクリーン
は、ストレルカとその子犬について話題にしている。もっとも、ジャクリーン
としては、フルシチョフとの会話に詰まって、とっさに無難な話題として犬の
ことを話しただけだったようだが、ヴォストーク1号の成功で得意絶頂のフルシ
チョフは、即座に、ストレルカの産んだ子犬をケネディの娘、キャロライン(
後の駐日大使)に贈ることを決断した。

ちなみに、宇宙から戻った後、ストレルカはプショークと名付けられたオス犬
との間に6匹の子犬を産んでいる。また、プショークもソ連の宇宙基地内で地
上での実験に数多く参加したが、結局、宇宙には行っていない。

ストレルカの産んだ6匹のうち、米国に贈られることになったのは、“綿毛
”を意味するプシンカと名付けられたメス犬で、その名の通り、真っ白でふわ
ふわの毛が特徴だった。

米国に到着したプシンカは、隠しカメラや盗聴器を仕込まれた“スパイ犬”で
ないことを確認するための厳重な検査を経て、ホワイトハウスに届けられた。
ホワイトハウスでは、まず、ホワイトハウスのスタッフだったトラフィーズ・
ブライアントと、ケネディの息子のジョンがプシンカと対面した。そのとき、
ケネディは私室にいたので、ジョンは「ねえ、ブライアント、プシンカをパパ
の部屋に連れて行こう」と言ったが、ブライアントには大統領の私室に入る権
限がなかったため、ジョンが大統領のいる部屋に連れて行った。

プシンカが無事に到着したことを受けて、ケネディは「親愛なる閣下…妻と私
は『プシンカ』を受け取り、大変嬉しい。ソ連から米国への飛行は、プシンカ
の母親の宇宙飛行ほど劇的ではなかったかもしれないが、やはり長い旅路であ
り、彼女はそれによく耐えた」とフルシチョフに礼状を送っている。
その後、ようやく、プシンカは新たな主人となる4歳のキャロラインの元へ
届けられた。

プシンカを初めて見たキャロラインがプシンカを撫でようとしたとき、警戒
したプシンカが唸り声をあげると、キャロラインは犬の後ろにまわって尻を蹴
飛ばした。この話を聞いたケネディは「それは、悪者のロシア人たちを懲らし
めたんだな」と大笑いしたという。
当時、ケネディ家には、ウルフ、クリッパー、チャーリー、シャノンの4匹
の犬がおり、プシンカもすぐに溶け込み、チャーリーとの間に4匹の子犬を産
むと、ケネディは子犬を、“子犬とスプートニク(puppy + sputnik)”の造語
で“パプニクス(pupniks)”と呼んだ。
パプニクス誕生のニュースに米国は沸き立ち、ホワイトハウスには約5000人
から「子犬を一匹分けてください」との手紙が殺到した。最終的に、バタフラ
イとストリーカーと命名された2匹が中西部の子供たちに贈られ、ホワイト・チッ
プスおよびブラッキーと命名された2匹はケネディ家で暮らすことになった。


内藤陽介
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会
員。フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国
家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。最新作『
日韓基本条約 (シリーズ韓国現代史1953-1965)』えにし書房
電子書籍で「切手と戦争 もうひとつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川
oneテーマ21などがある。

----------------------------------------------------------------------

■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4075名の読者の皆さんに配信してお
り、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。

----------------------------------------------------------------------
■編集後記
コロナの直撃を受けて、どこも大変ですね。
うちもしばらく無収入(でも経費はかかる)で行かざるを得ません。
社会が正常化するまでまだまただかかりそうですが、今は耐えるしかありませ
ん。


====================================================
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載されたコンテンツを小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ copyrightはそれぞれの記事の記者が有します。
■ ご意見・ご質問は25日号編集同人「朝日山」まで
メールアドレス asahi_yama@nifty.com
(あっとまーくは、全角ですので半角にしてください)
■ バックナンバーurl http://back.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンidナンバー:13315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
====================================================
◎[本]のメルマガ
のバックナンバー・配信停止はこちら
⇒ http://archive.mag2.com/0000013315/index.html 

| バックナンバー | 20:54 | comments(0) | -
SEARCH
[本]のメルマガ
哲学・思想・社会などの人文書や、小説や詩など芸術の最前線、書籍の出版流通、電子出版などの「本」の現在を気鋭の出版社員、書店員が伝える、まさに[本]のメルマガです。
発行周期発行周期:月3回
バックナンバーバックナンバー:すべて公開
マガジンIDマガジンID:0000013315

メールアドレス:

メールアドレス:
Powered by まぐまぐ
※読者登録は無料です

コーチ募集(コーチングバンク) 無料 コーチング カーディーラー経営品質向上 CSR コンプライアンス 経営倫理 実践研究 BERC フリーラーニング
LATEST ENTRY
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
CALENDAR
S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< July 2020 >>
ARCHIVES
LINKS