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[本]のメルマガ vol.698


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■■ [本]のメルマガ                 2018.11.05.発行
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■■  mailmagazine of books       [美術家と旅は面白い関係 号]
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『オリンピック全史』

デイビッド・ゴールドブラット著 志村昌子・二木夢子訳
A5判 上製 480頁+口絵16頁 本体4,500円+税 ISBN:9784562056033

近代オリンピックはいかに誕生し、発展し、変貌してきたのか。多難なスター
トから二度の大戦/冷戦を経て超巨大イベントになるまで、政治・利権・メデ
ィア等との負の関係、東京大会の課題まで、すべて詳述した決定版!

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その29「ル・グィン追悼―魔法使いと竜」

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 「ヨルク・シュマイサー 終わりなき旅」展(町田市立版画美術館)

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

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■トピックス
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■トピックスをお寄せください
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 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その29「ル・グィン追悼―魔法使いと竜」
 
 今年一月にアーシュラ・K・ル・グィンが亡くなった。その時から、なにか
追悼の文章を書きたいと思ってきた。私らしく、彼女の世界を彷徨いながら、
おいしいものが出てくる場面を見て行こうかと。

 けれども、彼女の作り上げてきたSFやファンタジー世界はあまりに広すぎる
ので、今回はアースシーの世界、いわゆる「ゲド戦記」の舞台である海と島の
世界だけを見て行こうと思う。そして、その中に描かれる魔法使いやファンタ
ジーで最も重要な生物である竜の食生活を見て行きたい。

 このアースシー、「ゲド戦記」の世界は、前半三部作(『影との戦い』『こ
われた腕環』『さいはての島へ』)と後半三部作(『帰還』『アースシーの風』 
『ゲド戦記外伝』)では食事の描かれ方が違う。さらに、竜の描かれ方もまた
全然違ってしまうのだ。

 例えば、前半三部作にはほとんど食事の場面は出てこない。というのも、第
一巻ではゲドは若い魔術師として修業する話なので、自分で料理などしないか
らだ。食事の場面も、魔術を学ぶロークの学院の給食を食べたり、旅に出ても
友人の妹が用意してくれる糧食を食べたりする場面くらいしかない。第二巻、
第三巻も同様に、冒険に出た先でもゲドは料理などしない。物語に出てくる他
の魔法使いたちも料理をしない。ただ第三巻で若い学生が、アレン王子をから
かって我々魔法使いは呪文で好きな料理を出して食事をすると言うのだが、す
ぐに調理場で作っているレンズマメと玉ねぎのスープを食べることになりウソ
がばれてしまうところがある。だから、魔法学校でも料理は普通に作っている
ことがわかる。

 後半の『帰還』になると主人公が第二巻に出てきた元巫女のテナーに変わる。
テナーは魔女ではないけれど、魔力を秘めた存在だ。けれどもこの物語では、
長い間農家の主婦として働いてきた中年の女性になっている。農作物を育て羊
の世話をし、チーズを作り料理をして家族に食べさせる。テナーのそんな生活
の描写が現れてきてやっと、食事の場面は物語の中に書き込まれていく。さら
に後半部に入ると、ゲドも料理はしないにしろ皿を洗うし、『アースシーの風』
では、熟したスモモを収穫して訪ねてきた旅人にパンとチーズと共にふるまっ
たりするようになって行く。

 さて、肝心の竜なのだが、実は以前に物語や伝説の中の竜というのは何を食
べているのかを調べてみたことがある。
 東洋の龍も西洋の竜も、玉や宝石を好むのだが、それだけが食べ物かという
と、そうとも言い切れないようだ。若い燕の肉や血を食べるという説もあれば、
いやいや真龍は露の気だけを食べるのだという説もある。だが、どちらにも共
通するのは若い女性を生贄にするという話だ。
 本当に食べるのだろうか?
 この生贄とやらは、多くは年に一度捧げられればいいらしいのだけれど、そ
のお肉の量などを考えると、竜の大きさに対して、どうも少なすぎる気もしな
いでもない。

 そんなことを考えながら、ル・グィンの世界に入って行こう。
 第一作の『影との戦い』では、ゲドと竜の戦いの場面がある。この竜イエボ
ーは魔法も使える邪悪な存在で、金銀財宝を略奪するために人を殺す残虐な奴
だ。イエボーはベンダー島でメスの竜と暮らしていたのだが、彼女が出て行っ
た後に残された卵から孵った八匹の息子を育てていた。そして、ゲドは子供の
竜が食欲を感じるまでに退治しなくてはならないという使命を帯びて島へ行く。
そして竜の息子三匹を殺し、イエボーを真の名前で縛って彼らが多島海に来ら
れないようにしてしまう。
 ここでわかるのは、例え竜であっても子供の時に、いきなり「生娘」を食べ
たりしないということだ。さらに、メスの竜がいるならば、その食事も「生娘」
だとは思えない。たぶん若い燕ではないにしろ、羊や小動物を食べているのだ
ろう。

 これに対し第三巻の『さいはての島へ』と後半の三部作に現れる竜は、古代
からの長い寿命を持った深い知恵の持ち主で、ゲドを助ける存在として描かれ
ていく。彼らは超越した存在で、なにかを食べているところは描かれない。
 さらに、物語が進んでいくと、このアースシーの成り立ちの根本に、人間と
竜が元々は同じものだったという話があることが明らかになって来る。やがて、
それとは知らずに、あるいは知りながらも人間として生きているが実はその本
質は竜であるという者たちが後半の物語の中心になって行く。

 では、この竜である人は何を食べるのかといえば、ごく普通の食事なのだ。
 『帰還』で現れるテルーという少女は、テナーが作った

「パンとチーズに、ハーブ入りのオリーブ油に漬けた、よく冷えた豆、それに
オニオン・スライスとソーセージのたっぷりとした食事」

をテナーと一緒にお腹いっぱい食べる。
 旅の途中ではオートミールをすすり、胡桃や干し葡萄で元気をつける。魔法
使いのオジオンの家に生えている桃の木の真っ赤な実も大好物で、種を植えて
育てようとしたりする。  
 
 けれども、そんな普段の食事では、ファンタジーには魅力を感じないという
方々のために、魔法使いと竜が作る食事の場面を見てみよう。
 
 それは、「ゲド戦記」がこの世に生まれる前に書かれた短編『名前の掟』に
出てくる主人公ミスタ・アンダーヒルの料理だ。
 アースシーの東の果てにあるちっぽけな島サティンズ島。ここで、丘のふも
との洞窟に住む魔法使いのミスタ・アンダーヒルは、あまりまじないの腕が良
くない。イボを取ってもらっても三日もたつとまた出てきてしまうし、猫の疥
癬を直してもらったときには赤毛の猫なのに灰色の毛が生えてくる始末。でも、
村の人はよそ者の彼と安心して付き合っていて、夕食に呼んだり、洞窟におよ
ばれしたりしている。

 では、その豪華な魔法使いの食卓を見てみよう。そこにあるのは、

「銀や水晶の食器、綾織のナプキン。供されるのは、ガチョウの蒸し焼きにア
ンドレード産の発泡酒のぶどう酒、そして、こってりソースの掛かったプラム
プディング」

なのだ。けれども、このご馳走を食べた面々は、半時もたたぬうちにお腹がす
いてしまうという。
 魔法使いの作るご馳走というのは、半分目くらましで、その実体は「言葉」
に過ぎないから、食べてもすぐお腹が空いてしまうのだろう。

 けれども、このミスタ・アンダーヒルが自分のために作るお料理はおいしそ
うだ。
 それは、ある日のお昼ご飯。
 町に行って卵とレバーを買った帰り道、彼は学校の前を通りかかる。そして、
丸ぽちゃの美人のパラニ先生の授業をのぞくことになる。授業の内容は「真の
名前は人に告げてはいけない」という掟について。真の名前を誰かに知られる
と相手に支配されてしまうからなのだ。子供たちと一緒に話を聞きながら、彼
はふいに、ものすごくお腹がすいてしまったのに気付き、あわてて洞窟に帰っ
て料理をし始める。彼が涎をたらしながら作るのは、目玉焼きとレバーの料理。
じゅうじゅうと焼ける音と匂いが洞窟の奥から漏れてくる。その様子が実にお
いしそうなのだ。

 ところが、ミスタ・アンダーヒルがたらした涎には秘密があった。実は彼は
竜なのだ。多島海にあるベンダーという島の領主の一族を滅ぼしその宝をすべ
て自分のものとし、ダイヤモンドやエメラルドの上でごろごろ楽しんで暮らし
ては、食事には大好物の「生娘」をさらって食べるという大悪党の竜だったの
だ。ミスタ・アンダーヒルが食べたかったのは、本当は目玉焼きではなくてパ
ラニ先生なのかもしれない。

 物語はこの後、ベンダーの領主の子孫がやってきて急展開をする。彼は、黒
魔術でミスタ・アンダーヒルの真の名前を知ったからと自信満々でミスタ・ア
ンダーヒルに戦いを挑み、彼が奪った先祖伝来の宝を取り戻そうとする。けれ
ど、ミスタ・アンダーヒルが実は竜であることを知らなかった為、この領主の
子孫は魔法合戦に負けてしまう。竜の姿に戻ったミスタ・アンダーヒルは、生
娘という真の食事を始めるだろう……というところで、この短編は終わるのだ。

 それにしても、勝ったとはいえ、真の名前を知られてしまうとは実に迂闊な
竜であるとは言えないだろうか?
 実は、この竜は「ゲド戦記」にも出てきたあのイエボーなのだ。ゲドもイエ
ボーという真の名前を使って、殺さない代わりに多島海に行ってはいけないと
いう縛りをかけて、竜に勝つ。
 二人もの魔法使いに真の名前を知られてしまうとは、イエボーは、ミスタ・
アンダーヒルのように少々間抜けな竜さんであるようだ。
 ゲドと対決した時と、この東の果ての島に逃げてきている時と、どちらの時
代が古いかはわからないのだが、竜の真の食事が「生娘」だとしても、常食で
はないことがはっきりわかるこの物語が私は好きだ。
 ル・グィンの竜は『帰還』『ゲド戦記外伝』を経て『アースシーの風』へと
変化して行き、最古の知恵に満ちた竜だけではなく、美しく実に自由な若い女
性の竜が描かれていく。だから、イエボーは、後半を知ったものの目から見る
と、もはや真の竜ではなく、欲張りでせいぜい大蛇に成り下がったくらいの竜
ということになる。

 けれど、サディアン島でミスタ・アンダーヒルに化けていた時、彼は実は幸
せだったのかもしれない。
 私にとってル・グィンの描く世界で、この小悪党イエボーは一番のお気に入
りの竜であり、鼻から蒸気の煙を吐きながら内股でよたよたと歩き回るちびで
でぶの五十男のミスタ・アンダーヒルは、一番のお気に入りの魔法使いなのだ。

 ル・グィンは最終的に、人間と竜が実はひとつのものであったという物語世
界をこのアースシーで作り上げた。何度も何度もこの世界を旅し、問い続け、
アースシーの中を味わってきたのだけれど、やはり、アースシーが最初に現わ
れた『名前の掟』の物語の中で、魔法使いに化けた竜が作る目玉焼きこそが、
私が一番食べたい食物なのだと思う。
 それにしても、油と塩と卵だけという同じ材料なのに、なぜ目玉焼きとオム
レツは焼ける匂いが違うのだろう?
 そんなことを思いながら本の中でミスタ・アンダーヒルになって、のんびり
とこの平和な島の洞窟でお昼を食べてみようと思う。いやいや、卵は三ダース
ほど買ってあるらしいから、村人になって訪ねて行ってもひとつくらいはご馳
走してもらえるかもしれない。

 こんな風にファンタジーの世界を旅する自由と楽しみは、著者の意図するも
のとは違ってしまうかもしれないけれど、それでも、竜について考えていくこ
とは「独自のやり方で真実に達することができる」ことなのだとル・グィンは
言っている。

 今宵はぜひ竜に変身し、ダイヤモンドや真珠やエメラルド(その名も高い緑
玉のイナルキル!)などを食みながら、ファンタジーという真実の味を味わっ
てほしい。
 アースシーへの旅があなたを待っている。

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アーシュラ・K・ル・グィン著作
「ゲド戦記」のシリーズ
1 『影との戦い』                 岩波書店
2 『こわれた腕環』                岩波書店
3 『さいはての島へ』               岩波書店
4 『帰還』                    岩波書店
5 『アースシーの風』               岩波書店
6 『ゲド戦記外伝』                岩波書店
『名前の掟』     短編集「風の十二方位」   早川文庫SF
『夜の言葉』      同時代ライブラリー    岩波書店
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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■声のはじまり / 忘れっぽい天使
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第116回 目を閉じて見る
―「ヨルク・シュマイサー 終わりなき旅」展(町田市立版画美術館)

 美術家と旅は面白い関係にある。写真がなかった頃は遠い土地の風物を視覚
で伝えるという点で、絵は重要な役割を果たしていた。広重の「東海道五十三
次」は代表的な例だろう。博物学者や探検家たちは例外なく絵がうまい。もち
ろん、実用的な目的以外でも、旅は美術家にインスピレーションを与えてきた。
そうした作品には人間の精神が環境に影響される様が生々しく刻まれて興味深
い。王道の名所から強い印象を受けることもあるだろうが、人々の何気ない仕
草やどうということもない日常的なスポットからその地方特有のものを感じ取
ることもあるだろう。目に飛び込んでくる珍しい風物にどうしようもなく反応
してしまう、人間の性が実感できるというわけだ。

 町田市立版画美術館で開催中の「ヨルク・シュマイサー 終わりなき旅」展
は、旅を愛し旅に生きた版画家を回顧する展覧会である。ヨルク・シュマイサ
ーは1942年ドイツのポメラニア・シュトルプ(現在ポーランド領)に生まれ。
ハンブルク造形大学で幻想的な作風で知られるパウル・ヴンダーリッヒに師事。
京都でも学び、日本に長く住んでいた(夫人も日本人女性である)。各地を旅
しながら創作活動を続け、2012年に最後にアトリエを構えたオーストラリアで
亡くなっている。

 シュマイサーの創作は、師ヴンターリッヒ譲りの半具象的な幻想的な作風か
ら始まった。但し、ヴンターリッヒの持つ暗いロマンティシズム、不安を孕ん
だ官能性はシュマイサーの作品には見られない。「月と化石のようなもの」
(1965)は、化石や月面の模様をデフォルメさせたような不思議な形態の作品
だが、縦横の整理が行き届いたすっきりした造形である。連作「彼女は老いて
いく」(1967-68)は20代頃から老年に至る女性の横顔の変化を描いているが、
ここには日本人が好むような「もののあはれ」の要素はない。老いていく過程
を科学的と言って良いほど冷徹に捉えている。シュマイサーは70、80年代にも、
一人の女性をいろいろな視点で描く「変化」と題する連作を手掛けている。女
性は一個の物体として極めてスタイリッシュに描かれ、女性に対する特別な思
い入れは見い出せない。

 シュマイサーはある時期以降、前述のように世界中を旅して創作するように
なるが、対象に飲み込まれることのない冷静な姿勢は驚くほど一貫している。

 「京都清水寺」(1979-80)は清水寺の春夏秋冬を描いた連作だが、清水寺
一帯の地域が何者かによって浸食を受けている、といった印象を与えられる。
日本画に見られるような、柔らかな筆致で四季の変化を慈しむいわゆる「日本
的情緒」は欠片もない。清水寺は化学反応の実験の場であるかのようだ。シュ
マイサーは日本で学び、「日光絵巻」(1969)のような伝統的な技法による水
墨画の作品もあるほどだが、勝負をする時は、花鳥風月とかわびさびとかいっ
た日本的な感性を、意識的に切り捨てているように見える。

 「プリンストンにて奈良を想う」(1978)は、タイトルの通り、滞在先のア
メリカのプリンストンで、妻の出身地でもある奈良の印象を描くという作品。
下方に狛犬が、中央にイソギンチャクと波が、上方に山脈と楓が、左に釣り鐘
のようなものが、描かれている。海を渡って奈良を回想し、心に浮かんだもの
を一つの画面に収めたという感じだが、日本らしさを象徴するものたちが異次
元の空間に移植されて浮遊しているようで、眺めていると何とも不思議な気分
になってくる。

 「アルチ、夢」(1985)はヒマラヤ山麓ラダックを6週間かけてほぼ徒歩で
旅した体験に基づく作品。寺院、土地の神々、独特の様式の建築物、集落、険
しい山々が描かれている。描かれた対象はどれに重きが置かれているわけでも
なく、パノラマ風に配置されている。確かに幻想的な作品なのだが、その土地
の信仰の在り方をジャーナリストのような客観的な視線で捉えているようで、
見ている者には陶酔よりも覚醒を促す。神に敬意を払いながら神に飲み込まれ
ず、同調しない姿勢が印象的である。

 シュマイサーは、何と南極大陸も訪れている(オーストラリア政府のフェロ
ーシップによるもの)。不定形の氷山を描くのに苦労したそうだが、結果は見
事である。氷の形態は捉えがたいように見えるが、実際は一つ一つ、明確な個
性を持っている。日本や中国の水墨画の画家は、決まった形がないように見え
る事物を表現するのに長けているが、氷山の連作を創るにあたって東洋の美術
を研究した成果が出たのではないかと感じた。連作「ビッグチェンジズ」
(2002)や「オパール・ゲート」(2004)他の作品は、写実に終わらず、氷山
が形をなすに至った風や水などのダイナミックな自然の動きを生々しく感じさ
せる。氷の塊は「動き」そのものなのだ。

 シュマイサーは晩年をオーストラリアで過ごし、先住民アーティストたちと
の共同制作なども行った。「イルパラ海岸のかけら」と題された連作(2010)
は、同じ海岸の光景を様々な変奏を加えながら描いたもの。メインに据えるの
は白い珊瑚のかけらだったり、細長い藻だったり、不気味な蜃気楼だったり。
背後には貝殻や蟹のハサミが浮かんでおり、更に日録と思われる文字を配置さ
せている。同じ場所だが、季節や天候その他の環境の変化によって、光景はめ
まぐるしく変わる。シュマイサーはオーストラリアの海の豊穣さを讃えながら、
その変化を冷静に捉えている。

 シュマイサーは確かに「旅の版画家」であり、訪れた各地の情景を素材とし
て創作しているが、実際に自分の目で見た印象を基にしているかは疑問に感じ
る。彼は世界中を旅して回っているが、彼の創作の対象は意外と狭く、その土
地のシンボルとなるような事物にほぼ限られている。例えば、京都なら清水寺、
カンボジアならアンコールワット、オーストラリアならエアーズロックといっ
た具合である。日本に長く住んでいるなら、修学旅行で退屈そうに仏像を眺め
ている高校生に目を留めても良いし、オーストラリアならiPODで音楽に聞
き入るアボリジニー出身の青年を題材にしても良さそうだが、そうした生活の
様子はほとんど彼の創作の対象にはならない。むしろその土地での現時点での
生活といった要素を夾雑物として切り捨てるところからシュマイサーの創作が
始まると言っても良いほどだ。むしろ、彼の旅は向かう土地を定めたところか
ら始まる。書物や地図で下調べし、この土地からどんな観念を抽出できるのか
を想像することが重要だったのではないか。

 ヨルク・シュマイサーは、現地に赴いてその空気を存分に吸った後、意識的
に目を閉じ、闇の中から浮かんでくるものを拾い上げるようにして創作に向か
ったのではだろうか。目に飛び込んでくるものそのものより、その奥に蠢く妖
しい何ものかの本質を捉えようとする態度が露わであり、写実よりも幻想を重
視するその態度は、若い頃の師ヴンターリッヒ譲りのもののように思える。彼
は、同じ人物・光景を違った視点で描く連作を幾つも残しているが、好んで変
化をテーマにするということは、逆に言えば、変わったように見えても、底に
は不変な何かが流れているということを証明したい気持ちの表れのようにも受
け取れる。ヨルク・シュマイサーの旅は、珍しいものを見聞するための旅では
なく、胸の奥で密かに抱いていた観念を完全にするための旅だったように思う
のである。


*「ヨルク・シュマイサー 終わりなき旅」展(町田市立国際版画美術館)
会期:2018年9月15日(土)〜11月18日(日)
*『ヨルク・シュマイサー 終わりなき旅』(求龍堂 本体2500円)

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:
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 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

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■あとがき
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 もう11月ですから当たり前ですが、体感的には急に寒くなったような気がし
ています。先日までぽかぽか陽気だったものが、コートが必要な季節に…。

 ハロウィンも終わって、もう街はクリスマスの準備です。季節は確実に移り
変わっているんだなぁ、と実感します。(aguni原口)

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 【連載】………………………………………………………………………………
 
 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 第56回「『出版ニュース』休刊のニュースを聞いて」

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 →  第112回 耳鳴りが教えてくれたこと
 
 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → 似鳥鶏からの「読者への挑戦状」
  
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 二つのイベントをご紹介します。
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 ■「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
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 第56回「『出版ニュース』休刊のニュースを聞いて」
 
 こんにちは。このところ暑さ寒さが乱高下して体調が追いつかない日々ですが,
 みなさま如何お過ごしでしょうか。
 
 この8月から9月にかけて,出張続きに加えて身内が入院するなど,公私共に
 気忙しく,先月は本来なら8月半ばに明らかになった高知県立大学附属図書館
 の蔵書処分問題を取り上げたかったところですが,やむを得ずお休みをいただ
 きました。高知県立大学の問題についてはいささか時期を失してしまったので
 詳しくは触れませんが,新自由主義的な大学政策が猖獗を極める昨今,大学
 図書館の蔵書処分が話題に上ること自体が,まだまだ「知識」というものが巷
 間それなりに尊重されていることの現れであるか,とも思わないでもありません。
 この件,手続き上の瑕疵がないことを擁護する図書館関係者もおりますが,個
 人的には「手続きが適正であることは,内容が適正であることを保証するもので
 はない」と考えています。
 
 閑話休題。
 先日,「出版ニュース」が2019年3月末で休刊するというニュースが入ってきま
 した(1)。わたし実は20年ほど前から「出版ニュース」を定期購読していたもの
 で,そのニュースを目にしたときは「あらまー」という心境でした。定期購読をお
 願いしている書店さんの配本サービスの都合なのか,休刊のお知らせが出て
 いる10月中旬号は拝見していないのですが,朝日,毎日両紙の報道に加えて,
 先程確認した「出版ニュース」のサイトにも「お知らせ」が出ております(2)。
 
 バブルが華やかなりし頃は,図書館には「出入りの書店が置いていくものです
 よ」(つまり書店で復数冊購読していたということでしょう)とまで古株の図書館
 関係者から言われていた「出版ニュース」でしたが,最近は部数の減少が停ま
 らず,休刊は時間の問題だったとも仄聞しました。「出版ニュース」が休刊して
 しまうと,Webなど代わりになる媒体がないわけではないのですが,日頃ディス
 プレイに向かっての作業が多いとはいえ,最近はRSSリーダーも確認している
 余裕が無いほど気忙しい毎日を送っているので,10日に1回届く定期刊行の
 印刷物というものは刊行頻度から言っても大変ありがたかったのですが,さて
 どうしたものか。
 
 「出版ニュース」では出版流通関係の記事が掲載されるのは当然として,図書
 館(特に公共図書館関係)の記事が手厚かったのが,編集者の見識であった
 とは思います。見識であったとは思いますが,しかしわたしの考え方からする
 と,いささか図書館関係の記事(特に巻頭記事)の執筆者の人選に守旧派へ
 の偏りが見られ,結果として図書館に関わる記事の内容も偏向していたのは
 残念でした。偏向した記事については,ときどきこの連載でも取り上げていた
 かと記憶していますが,一方的な身内(『市民の図書館』信者)褒めと裏返し
 の(指定管理者受託)企業批判に陥りがちで,出版流通関係は私企業なのに
 ここまで「(お上が直営する)公立図書館」を一方的に善なる存在とする記事
 を躊躇(解説)なく掲載するものだなあ,と編集者の見識を疑うような記事もあ
 りました。その最たる記事が,ここ3年ほど連載されている「図書館界ウォッチ
 ング」と題された匿名レビューでした。これはわたしの周囲でも「あれはひど
 い」と眉をひそめるひとがいた代物で,印象操作に満ちたプロパガンダであり,
 公共図書館業界の面目を却って失墜させるような連載だったと考えています。
 総じて図書館にまつわる巻頭記事の人選は,「出版ニュース」という媒体に
 掲載されることで編集者が期待されたであろう,図書館業界と出版流通業界
 の相互理解(そもそも出版流通業界が存在しなければ,書籍や雑誌が図書
 館の資料として,図書館の書架に排架されるはずものないのですが,図書館
 業界人は往々にしてそのことを忘れて,眼の前にある書籍や雑誌が何かの
 魔法によってそこに出現すると思っているんじゃないか,と)という目的は達
 せられず,記事によっては出版流通関係者の失望と憎悪を招くだけに終わっ
 てしまったいるのではないかと危惧します。
 
 そのような記事もある一方で,海外の出版状況に関する記事,吉田大輔氏の
 著作権に関する記事,出版とICTにまつわる記事,「ブックストリート」枠に掲
 載されていた学校図書館に関する連載コラムや,瀬戸内市民図書館の嶋田
 学さんによる「公共図書館」に関するコラムは,毎回わたしが掲載を楽しみ
 にしていました。嶋田さんの連載は新自由主義的な政策,風潮に抗するため
 には,巻頭記事のようにむかしの労働運動よろしく直営護持を妥協なく声高
 に理事者に対し叫び続けるだけではなく,市民/住民の視点を活かした,粘り
 強くかつ柔軟なありようが図書館運動として認められてしかるべき,とわたし
 も読後に教えられることの多いコラムでした。嶋田さんの連載が,(日本図書
 館協会以外の)どこかの出版者でまとめられ単行本として出版されることを
 期待しています。
 
 では,また次回。
 
 注記
 (1) 雑誌「出版ニュース」が休刊へ 75年の歴史に幕:朝日新聞デジタル 
     https://www.asahi.com/articles/ASLBB5X2YLBBUCVL02R.html
     雑誌「出版ニュース」:来年3月下旬号で休刊 - 毎日新聞 
     https://mainichi.jp/articles/20181012/k00/00m/040/060000c
 
 (2) Magazine Shuppan NEWS 
     http://www.snews.net/news/
 
 ◎停雲荘主人
 大学図書館の中の人。南東北在住。好きな音楽は交響曲。座右の銘は「行蔵は
 我に存す,毀誉は他人の主張,我に与らず我に関せずと存候。」(勝海舟)。
 
 
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 ----------------------------------------------------------------------  

  
 第112回 耳鳴りが教えてくれたこと

 
   もう20年近くも耳鳴りとつきあっている。ある日突然、左耳が聞こえなくな
 った。突発性難聴だった。耳鼻科に行くと「君の年齢(当時、40歳)だと治ら
 ない」と診断された。本来なら入院して薬を点滴するのだが、年末だったせ
 いか、自宅で絶対安静ということになった。ほとんど外出をせず、音楽を聴
 かない生活を1ヶ月ほどすると、なんとか聴力が戻ってきた。聴力検査を受
 けると、左耳の聴力はほとんど回復していた。ただ400Hz周辺ßの音域だけ
 が極端に落ちたままで、以来ぼくの左耳は、正確な音程を判断することがで
 きない。それほど(笑)音痴になっていないのは、右耳で補っているからなの
 だろう。医者は、僕ぐらいの年齢でここまで聴力が戻るのは幸運と言ってい
 た。生活をするのに不便はないし、ギターを弾くことにも支障はなかった。


 

 聴力は戻ったのだが、後遺症が残った。キーンという高音の耳鳴りがする
 ようになっていた。ふだんはごくごく小さな音で気にならないほどなのだが、
 静かな場所ではうるさいほどに大きく感じる。疲れてくると左耳が塞がってい
 るような感じになって、キーンという耳鳴りがひどくなる。医者に相談したが、
 これといった治療はしてくれなかった。
 きっと同じような悩みを持っている人
 は多いのだろう。健康雑誌の新聞広告には「〇〇で、耳鳴りが治る!」なん
 ていう宣伝文句が書かれているし、耳鳴り関連の書籍もたくさん出ている。
 耳鳴りが良くなる音楽を収録したCDがついているものもあるみたいだ。でも、
 この手の本にはあまり興味が持てなかった。病院に行っても治らないものが
 本を読むだけで治るとは思えない。
 
  ところが最近、どうしても読みたくなった本があった。『耳鳴りに悩んだ音楽
 家がつくったCDブック』(鈴木惣一朗 著 DU BOOKS)だ。著者の鈴木惣一
 朗は、音楽プロデューサーで、ぼくの好きなワールドスタンダードや
 Soggy Cheeriosといったバンドで活躍するミュージシャンでもある。耳鳴りに
 悩んでいることは知らなかったし、自分の好きな音楽家が耳鳴りに対してどう
 対処しているのか知りたかった。

 
  手に取ると56ページのうすい本だが、内容は、耳鳴りに悩んでいる人だけ
 が読むだけではもったいなく思えるほど充実している。

 
  いったい耳鳴りとは何なのか?
 
  パート1では、専門医の大石直樹(慶應義塾大学病院)との対談で耳鳴りに
 ついて医学でわかっていること、わかっていないことを明らかにしていく。ぼく
 自身、ずっと耳鳴りを抱えているけれど、きちんと耳鳴りについて調べたこと
 はなかったし、だれかと話すことがなかったので、専門医の話はとても興味
 深かった。

 
  耳鳴りは、耳が鳴ると書くけれど、「頭の中の中枢神経系の症状」であって、
 「耳が鳴る」「頭が鳴る」「首の後ろが鳴る」と感じ方によって人それぞれ違う。
 どうやら耳が悪いせいで耳鳴りがするわけではなさそうだ。ただ「耳そのもの
 と耳鳴りは関係ない」わけではないらしい。傾向として耳鳴りのある人の9割
 ぐらいは、難聴があるということだった。高い音が難聴になると高い耳鳴りが
 して、逆に低い音が難聴になると低い耳鳴りになるという。ぼくのは400Hzの
 耳鳴りなんだろうか?
 
  今度、耳鼻科に行って確かめてみようかな。耳鳴りは「消えない、治らない」
 と意識すると、より悪くなってしまうものらしい。だから、うまく「共存する」こと
 が大切ということらしい。

  対談の最後にアナログレコードについて、専門家の意見を聞いているのが
 レコード愛好家らしくていい。どうやらアナログレコードのほうが音が「豊か」
 らしい!

 
  パート2は坂本龍一との対談で、ふたりの音楽家が耳鳴りについて語り合っ
 ている。音楽家にとって耳鳴りが死活問題なのは当然で、坂本龍一は耳鳴り
 の状態、その日の温度、湿度、食べ物をきちんと記録につけてみたり、TRT
 (耳鳴り順応療法)の機器を使ったり様々な対処法をしている。耳鳴りと向き
 合うことで、音、音楽についても、考えをより深めていったようだった。

 
 耳鳴りについてのふたりの対話は、やがて音楽の話になっていく。高音質な
 デジタル録音には興味はあるが、音楽そのものとは関係がない。つまりハイフ
 ァイな音だから心が震えるということはありえなくて、「喫茶店の悪いスピーカー
 から流れてきた音楽に惹かれる」ことはいくらでもあるのだから。「音楽を伝え
 る」ことはハイファイ、ローファイなんて関係ない、という話にはうなずくばかり。

 
  音というのは自然界のものなのだから、話はだんだん自然への向き合い方に
 なっていく。ふたりの「静けさ」についての話が面白い。鈴木惣一郎の北海道で
 の経験談。雪に囲まれた世界で、雪に吸音されて驚くほどの静けさに包まれる。
 そこでは耳鳴りでさえも、自然のウェイトが大きくて、気にならなくなってしまう。
 都会では病になって排除したいと考えるのに、あまりにも大きな自然の静けさ
 の中では、耳鳴りを受け入れてしまうようだ。坂本龍一が経験したアフリカの静
 けさは、レコーダーでは録音出来ない。静けさは「音」ではなく、全身で感じるも
 ののようだ。アフリカでは、流れる雲の音が聞こえてきそうだったという。音楽や
 音を求めて旅をするのもいいけれど、「静けさ」を求める旅をしてみたくなる。た
 った13ページの対談なのに、どれだけ深い話になるんだろう。ふたりの対談だ
 けで一冊の本を読んでみたくなった。

 
  そうだ、この本はCDブックだから、素敵な音楽もついている。鈴木惣一郎が
 作曲した、耳に優しい11曲の音楽が収録されている。耳鳴りを持つ人が作曲し
 ているので、どんな音が耳に優しいのかを考えられている。曲想もむやみに交
 感神経を刺激しないようにしたとのこと。この音楽が医療的に耳鳴りに効果が
 あるかどうかはわからないけれど、指示通りに小さな音量でかけると、読書を
 するのにちょうどいい、心地よい音楽だった。

 
 ◎吉上恭太

 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。詳し

 くはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。

 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。

 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017

 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします! 

 
  
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 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
 
   この連載では小説についてほとんど書かないのですが、全然小説を読まない
 わけではありません。ここ数年は岡山に行くことが多く、横溝正史の金田一耕
 助シリーズを色々と読んでいました。けっこうどろどろした人間関係が出てくる
 小説が好きだったりします。
 
   逆に謎解きがメインで、あんまり動機とか関係なく次々に人が死ぬような小
 説は得意じゃないかもしれません。正直なところトリックを見破れるほどの推理
 力は無いので、人間関係や背景を考えながらストーリーを楽しめる方が好みで
 す。 
 
   最近のものでは米澤穂信の小市民シリーズや古典部シリーズとか、七河迦
 南の七海学園ものとか、少しずつ読んではいます。
 
   しかしミステリ小説はネタバレをしてしまうとよろしくないので、本の紹介にし
 てもなかなか加減の難しいところがあります。しかしこの本なら安心。なぜなら
 最初から作者がどこに注意して読めばいいか書いているからです。
 
  『叙述トリック短編集』、似鳥鶏、講談社、2018
 
   似鳥鶏というと河出書房の「戦力外捜査官」シリーズや、東京創元社の
 「市立高校」シリーズが有名ですが、今回はノンシリーズもの(だと思う)です。
 ちなみに「あとがき」が他の作家に比べて長いのと、本文に折々妙な注が付
 いているのも、私の中では似鳥鶏の最大の特徴だと思っていますが…。
 
   叙述トリックとは何か。まあミステリ小説を読む方でしたら言うまでもないこ
 とではありますが「小説の文章そのものの書き方で読者を騙すタイプのトリッ
 ク」(p,8)です。
 
   まあ実際のところ叙述トリックの小説を読んでいて、謎の真相に気付くこと
 はなかなか難しいと思います。作者は文中に色々ヒントを示していますが、
 そこに違和感を感じることはあっても、それをスパッと謎解きにつなげること
 はなかなか…。小説のストーリーを追って楽しむ分には「なるほど」という意
 表を突かれた驚きを味わう楽しみがありますが、謎を解いてやると思って読
 んでいると「何だそりゃ」という不満を感じるかもしれません。
 
   そんな叙述トリックですが、本書では短編のそれぞれに予め叙述トリックが
 使われていることが明示されています。タイトルの言う通り。だからこの小説
 は、作者から読者への挑戦状とも言えるわけです。
 
   どんなトリックを使っているのかわかるなら、謎だって解けるでしょという。
 
   私は…まあ「おかしいな」と思うところはありましたが、真相にはたどり着け
 ませんでした。
 
   第2章「背中合わせの恋人」とか第4章の「なんとなく買った本の結末」とか
 は明らかにおかしいところに気づいたんですけど、逆に違和感の正体を知り
 たくてサクサク読み進めてしまったので、自分で謎を解くより先に解決編に突
 入してしまいました。
 
   自分で謎を解かなくても、作者の鮮やかな手並みを楽しむだけでも十分で
 はあります。ただ第3章の「閉じられた三人と二人」は真相が明かされたあと、
 ちょっと「ええっ…それはあまりな」と思いましたけど。
 
   まあしかし、こんな形式の短編集を出すなんて似鳥鶏はなかなかひねくれ
 た作家のような気がしてきました。
 
   そもそも冒頭の「読者への挑戦状」で叙述トリックを使っていることを宣言し
 た以外に、どういうところに注意して読めばいいかというところまで、わざわざ
 太字で示しています。しかしわざわざ太字で書いてあるにもかかわらず、
 何故このヒントはこんなに回りくどく書いてあるのか…。
 
   回りくどいくせに実際そのとおりだし…。読んでいるのは楽しいけど、作者
 のの思うつぼにはまってしまうのは、ちょっと悔しい。
 
   今回も似鳥鶏の最大の特徴である「あとがき」まで十分楽しめます。こんな
 ひねくれた短編集を出してきたわけですから、その書きっぷりを堪能するのが
 良いでしょう。もちろん意気揚々と謎解きに挑むのも一興です。そして石黒正
 数の表紙と帯イラストも含めて、(電子書籍もあるみたいですが)本という形式
 で楽しみたい一冊です。 
  
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。

  
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 ■トピックス
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 ■ BOOKUOKA2018   / ブックオカ 福岡を本の街に
 └─────────────────────────────────
 
 *福岡を本の街に
 
 この数年、「天神書店戦争」といった見出しが紙面を飾り、まるで福岡(天神)
 は本で溢れかえった読書人のための快適空間に変貌したかのようです。
 
 しかしよく観察すると、「本」というエンターテインメント内部の競争に止まらず、
 TVや音楽はもちろん、インターネットから携帯電話まで、他のあらゆるメディ
 アを相手に、青色吐息の過当競争を強いられているのが現状です。
 
 また同時に福岡の実状は、新刊書店から、古書店、図書館まで広い意味で
 「本」が有機的につながった文化都市と呼ぶにはまだまだ遠く、本好きの読
 者はもちろん、これから本と出会うべき子供たちの受け皿になりえていませ
 ん。
 
 そこで、われわれ「ブックオカ実行委員会」はこの秋、出版社から古書店・
 新刊書店までを広く巻き込んだ「本のお祭り」を開催し、あらためて本という
 メディアの魅力を広く伝えるべく、「BOOKUOKA 2006」という催しを行うこと
  にいたしました。
 
                            ―BOOKOKA HPより―
 
 2006年より開催されている福岡の本の祭典「BOOKOKA」も今年で12年目
 を迎えます。
 第一回にお邪魔した時の、街の一体感と若い方たちの熱気、書店や出版社
 だけでない異業種の参加など、本当に新鮮なイベントでした。
 このクオリティを10年以上続けられ、また鮮度も落ちずに運営されているスタ
 ッフや福岡の街のみなさんを心から尊敬します。
 今年も楽しいイベントの盛りだくさんで、福岡に本の一ヵ月が訪れました。
 どうぞ、ぜひ、福岡へいらしてください!


◆日時:2018年10月23日(火)〜11月23日(金)
 
 http://bookuoka.com/


 □のきさき古本市inけやき通り 
 
 日時:11月3日(土・祝)11時〜16時
 場所:中央区けやき通り  

 現在出店者募集中です!(先着100組・出店費1000円)
 詳細はこちらで ⇒ http://bookuoka.com/archives/1555
 
 ご存じブックオカのメインイベント、
 けやき通りに並ぶ店先を借りて行う青空古本市!
 
 出店者が思い思いの古本を詰め込んだ1日
 古本店が100店、軒を連ねます。
 個性豊かなラインナップとの出会いをお楽しみください。
 記念品がもらえるスタンプラリーもやってます
 (古本を買わなくてもOK)。


 □書店員ナイト 拡大版 
 
 日時:11/18(日)19時〜(会場18時半)
 場所:本のあるところ ajiro(中央区天神3-6-8-1B)
 ★2000円 *1ドリンク&軽食付き

 ⇒ http://bookuoka.com/archives/2654

 ゲスト:田口幹人さん(さわや書店)
          古幡瑞穂さん(日本出版販売株式会社)
          大矢靖之さん(株式会社ブクログ)
  本好き・出版社・書店員・有志の交流会。
  今年のゲストは8月に『もういちど、本屋へようこそ』(PHP研究所)を刊行した
  ばかりで、あの「文庫X」の発信源として知られるさわや書店(岩手)の名物書
  店員・田口幹人さんら豪華お三方。


 □祝!通巻5号「読婦の友」座談会 〜「拝読!カバンの1冊」 
 
 日時:2018.11.18(日) 15時〜16時半(開場14時半) 
 場所:本のあるところ ajiro(中央区天神3-6-8-1B)
 ★1000円(1ドリンク付き)

 先着10名、予約フォームからお申込み下さい。
 ⇒ http://bookuoka.com/archives/2651
 
 通巻5号を迎えた『読婦の友』を刊行するブックオカ婦人部の公開座談会!
 最近ハマってる本、心のバイブル、なんでもOK!
 カバンに入れて集合、車座で語りましょう!老若男女問わず。
 
 その他たくさんのトークショーや書店によりフェア有り!
 福岡に行かなくちゃっ!


 ■ 第8回 かまくらブックフェスタ in 京都
 └─────────────────────────────────
  個性豊かな出版社や、
  本と活字にまつわるユニークな活動をする人々が集まり、
  出版物を展示販売します。
  広い庭のある落ち着いた空間で、
  大切な一冊となる本に出会えますように。
  会場にはコーヒーと軽食のコーナーも。
  書店ではうもれがちなおもしろい本、
  貴重な本の数々が、
  本好きのかたのご来場をお待ちしています。
 
  2018年は京都で開催!

 ◆日時:2018年11月17日(土) 11時から19時 
            11月18日(日) 10時から18時

 ◇会場:恵文社一乗寺店 コテージ
       アクセスはこちらのページをごらんください。
       恵文社一乗寺店 http://www.keibunsha-store.com/access

 ■出展■
 牛若丸 /ecrit(エクリ) /北と南とヒロイヨミ /共和国 /群像社
 タバブックス /トムズボックス /編集工房ノア+ぽかん編集室
 りいぶる・とふん /港の人
 
 
 会場ではコーヒーや軽食の販売もおこないます。
 本とともにゆっくりとお過ごしください。
    17日 yugue
    18日 喫茶 never on monday


                          ―港の人HPより抜粋―
 
 ----------------------------------------------------------------------
 ■あとがき 今月も大変配信が遅くなり、申し訳ありません。読者の皆様、
 ご寄稿頂いている皆様や配信してくださっている皆様には、毎度毎度本当
 に申し訳ないです。
 「読書の秋」になりました。本の頁を繰る楽しさを皆様も存分に味わってくだ
 さいませ。                                               畠中理恵子
 ----------------------------------------------------------------------
 ■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4214名の読者名の皆さんに配信して
 おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
 ■ COPYRIGHTはそれぞれの記事の記者が有します。
 ■ 今号のご意見・ご質問は
  15日号編集同人 「畠中理恵子」まで nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp 
 ■ トピックスの情報提供もよろしくお願いします。
   なお、当メルマガは配信日によって、情報の提供先が変わり
   ・5日号:aguni原口 hon@aguni.com
   ・15日号:畠中理恵子 nora.7-4.ttpnkffb.c@ezweb.co.jp
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の作物がコロンブスによってヨーロッパへ伝えられ、世界へ急速に広まった歴
史。調理法、伝承、文化との関係も織り交ぜてつづる驚きの物語。

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その28「魅惑と悪夢のトルコ菓子」

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 『フィッシュストーリー』

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

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■トピックス
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■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その28「魅惑と悪夢のトルコ菓子」

 ターキッシュ・ディライト(Turkish Delight)と聞いて、ははあと思う人
はどれくらいいるだろう。

 これは、C.S.ルイスの『ライオンと魔女』に出てくるお菓子なのだが、本文
中には一度も出てこない。訳者の瀬田貞二さんが、この馴染みのないお菓子に
ついて「プリン」と訳したからだ。

 この言葉は、この本の最後の最後、訳者の「あとがき」の最後から三行目に
初めて出てくる。この物語に夢中になり何度も何度も読み返して、そう、チョ
コレートケーキを食べ尽した後に最後に包んであったセロファンまで舐めるよ
うな感じでこの「あとがき」を読んだ時に初めて、私はこんなお菓子がこの世
にあることを知ったのだ。

 それがどんなお菓子なのか、まず物語を見てみよう。

 古い洋服ダンスのむこうにある国に迷い込んだエドマンドは、雪の中をさま
よっていて、橇にのってやって来たナルニア国の女王を名乗る白い魔女に出会
う。寒さにふるえていたエドマンドは、魔女に暖かい飲み物をご馳走してもら
う。甘くて泡立ったクリームのようなその不思議な飲み物を飲むとエドマンド
は足の先まで暖かくなる。そして、魔女はその上こうきいてくれる。

「そちがいちばんすきなものは、なんじゃ」

 エドマンドが、プリンでございますと言うと、

「……女王は、おなじびんから、雪の中へまた一しずくたらしました。すると
たちまち、緑色の絹のリボンでしばった、まるい箱がひとつあらわれ、それを
ひらくと、おいしそうなプリンがどっさりでてきました。どのプリンもふわふ
わして、あまくて、これ以上おいしいものをエドマンドは食べたことがありま
せんでした。」

 ところがこの魔女のお菓子には魔法がかかっていて、一度これを食べたらま
すます食べたくなってしまい、どしどし食べていいことになろうものなら、食
べても食べても食べ足りなくなって、ついには死んでしまう……という怖い物
なのだ。

 この後、エドマンドはどんなすばらしい料理を前にしてもおいしいと思えな
くなってしまい、ナルニア国の他の住人達には、魔女の魔法にかかってしまっ
ているな、と見破られてしまうようになる。そして、このプリンのためなら、
この後一緒にこの国にやって来た兄妹たちまで裏切ろうとするようになってし
まう。

 そこまで、エドマンドを夢中にさせた菓子、プリンと翻訳されているからに
は、同じようなものじゃないかと思っていたのだが、実は全然違っていた。

 では、どんなものかというと、意外な作品にこのお菓子についての詳細な記
述があるので引用してみよう。

 それは、サルトルの『部屋』という短編の冒頭に描かれている。

「ダルベルダ夫人はトルコ菓子をつまんだ。その上にふりかかっている薄い砂
糖の粉を吹き飛ばさないように息をひそめて、静かに唇を近づけた。<ばらみ
たいな匂いだわ>と思った。そして、不透明なその肉に不意に噛み付いた。口
の中が、腐ったような匂いで一杯になった」

 腐ったような匂い?

 なんだかおいしそうじゃない。

 このお菓子はキシキシするような細かい砂糖の粉で覆われていて、病床で本
を読みながら食べているダルベルダ夫人は、その粉を本からはらいながら、海
でそんなふうに本から砂をはらい落としていたときのことを思い出すのだ。そ
してその味については、アルジェに旅行した時に出会った東洋人と同じように、

<トルコ菓子もまたお追従的だった>

と結論付けている。

 うーん。

「薔薇の香りがして、口に入れると腐ったような匂いになり、不透明な色合い
で、細かい砂糖に覆われていて、食べた後にお追従的な感じが残るお菓子」

が、トルコ菓子なんですね、サルトルさん?

 この記述を読む限り、このトルコ菓子は、京都の高級和菓子店で出している
それは細かい砂糖の粉に覆われた上品な求肥のようなお菓子に似ている気がす
る。もっとも、あのお菓子には香りが一切なく上等な砂糖の味わいがするだけ
で、腐った薔薇のような香りなどは一切ないのだが。

 そこで、フランス語では何というのだろうと調べてみたら、rahat-loukoum
とあり、ルークーム、おや、そういえば他の作品にも出てきたなと思い出した
のだった。

 それは、サルトルのパートナーでもあったボーヴォワールの『招かれた女』
の一場面だ。今では読む人は少ないと思うので、ざっと粗筋を述べてみよう。

 物語は、パリに住む小説家で脚本家でもあるフランソワーズとその恋人であ
る俳優で演出家でもあり劇団を主宰するピエールの下に、グザヴィエールとい
う若い女がルーアンからやってくる。若い人にチャンスを与えてあげようとい
う方針のピエールは、映画の元子役で売れなくなったジェルヴェールという俳
優を助監督として雇ったりしている。だから、パリに来たいというグザヴィエ
ールにも金を貸してあげたらとフランソワーズに提案する。けれど、退廃的で
何もしたがらないグザヴィエール。美貌で才能があるようにみえる彼女に女優
になるようすすめ演劇学校で指導するのだけれど気まぐれで努力をしない……。
この四人がそれぞれに恋をして苦しむところが、いわゆる自由恋愛の不思議さ
を描いていて新鮮だったと思う。又、その舞台として描きだされたパリの風景
は実に魅力に富んでいる。

 女性二人の関係も恋だと認識をし、ピエールとの間に一種のトリオが形成さ
れている時期の一場面に、ルークームが現れる。

 二人は夕方のモンパルナス通りを散歩している。ドームを行き過ぎたあたり
で、洗礼式の贈り物の菓子箱のように桃色に輝く店の前で、足を止める。

 甘いもの好きのフランソワーズにぜひキャラメルを買いなさいとすすめるグ
ザヴィエール。綺麗な店の様子に、中にいると活人画の中にいるみたい、(今
風に言うとアニメの中に入ったみたいという感じだろうか)と喜ぶフランソワ
ーズがこうきく。

「あなたはなにか欲しくないの?」

「ルークームが欲しいわ」

 そうか、グザヴィエール、あなたもルークームが好きなんだね。

 そして、店員が品物を入れた桃色のひも付きの紙のポシェットの可愛さには
しゃぎながら、にちゃにちゃしたキャラメルを食べ、自分たちはよく街角で見
かけるおばあさんみたい、昔と味が変わったとか、ルークームの香料が違うと
か文句をいったりするのよね、と笑いあう。

 けれどもこの後、グザヴィエールがルークームを食べる場面はない。それど
ころか、きれいな名前だから買いなさいと彼女がフランソワーズにすすめて買
わせた「仙女の指」という名の細い飴ん棒も、すっきりとした純粋な味でおい
しいわよと差し出されると、

「でもあたし純粋なものが嫌いなんですもの」

と、断るのだ。

 女二人で<植民地人ダンスホール>へ出かける夜の楽しさも、だんだん雲行
きが怪しくなってくる。そして、このあまいキャラメルで始まった夜はマルチ
ニックポンスの盃のあまったるい味わいのように、胸が悪くなる感じで終わる
のだ。

 さて、なにやら不穏な感じに扱われるこのお菓子、実は食べたことがあるの
だが、確かにゼリーのようなのに求肥のような噛み心地がして、独特の感触の
食べ物だった。バラ水入りではなかったので香りについては特に記憶に残らな
かった。ただ、甘さは強烈だった気がする。

 先日、北野佐久子著の『物語のティータイム――お菓子と暮らしとイギリス
児童文学』という本に、このお菓子のレシピが載っていたので、もはや作るこ
とも可能なのだがまだ試していない。

 この不思議なお菓子がいったい何でできているのかと長い間思ってきたのだ
が、その正体は砂糖とレモンの汁と粉ゼラチンとコーンスターチで、これらを
ゆっくり煮詰めればいいらしい。あのキシキシする砂糖も粉砂糖とコーンスタ
ーチを混ぜればできるらしいのだ。そこまでは、驚かないのだが、やはりレシ
ピにはバラ水小さじ1とあるので、この香料はトルコのお菓子には必要なもの
なのだと悟ったのだ。

 我が家には、薔薇園で思わず買ってしまったバラ水があるのだが、薔薇の香
りの香水とは全然違った香りがする。これが食べ物に入るといったいどんな様
相に変わるのだろうと思う。

 異国の香りと異国の味が魅力なこのお菓子。どの物語の味わいを楽しんで食
べるのがいいのだろうか。

 パリの街角のウィンドウの中で、クリームをつめたデーツや胡桃の砂糖漬け
やチョコレートトリュフなどと一緒に、大きな木の盆にのってゆっくり回転し
ているルークームも魅力的だけれど、やはり私は、「銅でできたらしい小瓶」
から「ダイヤモンドのようなきらめきを持つ液体」を一滴雪の中にたらして魔
女が作るターキッシュディライトが食べてみたい。

 もはや、「どしどし食べていいことになろうものなら、食べても食べても食
べ足りなくなる」のではなく「読んでも読んでも読み足りなくなってしまいそ
れ以外の食べ物は受け付けない」という魔女の魔法に半分かかってしまってい
るような気がしているからなのだ。

 もし私と同じように、この世の中での一番おいしい食べ物は書物の中の食べ
物、そう思っていただけたのなら、いつの日かこの魔法を身につけ、銅の小瓶
を携えて魅惑のお菓子を作りに参上したいと思っている。

 ご期待ください。

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『ライオンと魔女』       C.S.ルイス著    岩波書店
『部屋』     ジャン・ポール・サルトル著    新潮文庫
『招かれた女』シモーヌ・ド・ボーヴォワール著     講談社   
『物語のティータイム お菓子と暮らしとイギリス児童文学』
               北野 佐久子著     岩波書店

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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■ホンの小さな出来事に / 原口aguni
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『フィッシュストーリー』

 突然ですが、デートで映画ってどう思います?

 映画を見ているときっと普通、集中しているから周りのことなんて気にしな
いじゃないですか。言ってみれば、映画と向き合って楽しむ時間ではないかと。

 でも、これが2人でデートで読書、となると、ちょっと違う気もします。そ
れぞれのスピードで本を読む。違う本でもいい。それぞれがコンテンツに向き
合いつつ、それぞれの時間を楽しんでいる。だからゆえに、孤独な作業をして
いるでのはなく、2人の時間を楽しんでいる。そんな感じ。

 でも、映画は違うような気がします。ストーリーに時間を支配され、それに
向き合うとき、人はみな孤独。周りのことなんて構ってられない。そういえば
昔、一緒に映画を見た女性に、笑いのツボが違うから、という理由でフラれた
ことがあったとかなかったとか…。

 だからって訳でもないですが、最近、時間があると、YouTubeやらGao!やら、
Amazonプライムやらで動画を楽しんでおります。はい。

 で、今回、この文章を書くきっかけとなったのは、タイトル通り『フィッシ
ュストーリー』。Amazonプライムで発見してしまい、また見てしまった。いや、
好きなんです。この映画。なんとなく観たあとに物足りなさが残るんですが、
それもコミコミで好きです。

 なお、小説版も再読してみたところ、もちろん、コンセプトは同じだけれども、
映画版の方は、映画らしく壮大な規模の『フィッシュストーリー』になっていて、
小説版も好きではあるけれども、私はやはり映画版の方が好きかもしれない。原
作ファンの皆様、ごめんなさい。

 ということで、以下、基本的に映画版の内容に基づいて書いておりますので、
あらかじめ御了承ください。

 以下、微妙にネタバレ要素を含むので、未見の方はご注意ください。

 このストーリーの中で架空の書物が登場するのだけれども、その架空の書物
の冒頭に挿入された詩があって、それが誤訳だった、というところ。その英語
版が表示されるシーンが映画である。その英文はこちら。

 My own solitary fish story may scare a whale in its size and ferocity.

 紙質・インクの質が悪いという設定なのか、ところどころ文中にピリオドっ
ぽいものが印刷されているので、それが誤訳につながったのかな、と思って考
えてみたが、どうも、そういうわけでもないらしい。

 で、これ、誤訳なの? というのが、実は気になった。というか、正しい訳
はどうなるの? これがいまいちわからなかった、というのがこの文章を書く
きっかけとなった。誰か詳しい人が居たら教えてください。

 この映画のストーリー紹介では、

1975年、「セックス・ピストルズ」がデビューする1年前。日本の売れないパ
ンクバンド「逆鱗」が解散前の最後のレコーディングで演奏した「FISH STORY」
という曲が時空を超えて奇跡を起こし、地球を救う。(Wikipedia)

 とあるのだけれども、実は、この「FISH STORY」という曲も、この架空の書
物から歌詞をインスパイアされて誕生した、というお話になっていて、という
ことは、もともと、世界を救うきっかけになったのはこの曲じゃなくてこの本
じゃーん、というツッコミを入れてみたくなるような仕掛けにもなっている。

 ちなみに小説版の方では英語版の文章は登場せず、また架空の書物のタイト
ルも登場せず、この書籍から2種類の違う文章が、それぞれ違う章の一部とし
て登場する。「僕の孤独が魚だとしたら…」という文章と「僕の勇気が魚だと
したら…」という文章がそれ。小説版では物語の進行上、本もレコードも普通
に買えちゃう設定になっているので、本の文章をそのまま歌詞に使って発売し
ちゃったら「盗作」だよなぁ…。ということで、映画版はその辻褄合わせをし
たのが、面白いスパイスになったという感じかもしれない。

 話を戻すと、架空の文章の翻訳をまじめに突っ込んでも仕方がないし、無い
本の正しい訳も調べようがないので、自分で無理やり訳してみた。

 私の孤独な「フィッシュストーリー」は、その大きさと獰猛さで鯨を怯えさ
せるかもしれない。

 映画版のこの物語の中では、この誤訳された架空の書籍「フィッシュストー
リー」は一冊しか残っていないことになっているので、まさに「孤独」な「フ
ィッシュストーリー」ということにもなって、面白い仕掛けになっている。

 原作ではこの作者は最後、廃屋で過ごした(たぶん独りで)変人ということ
になっているから、これが孤独ってことで、非常にシンプルな解釈ができる。
この変人の小説が、ひいては世界を救うってことになる。

 孤独なフィッシュはその解釈で良いとして、となると、もうひとつ、比較さ
れている「鯨」というのはなんじゃいな、というのが気になる。まあ、フィッ
シュが魚だから、対比で鯨、ってのはわからなくはないけれども、少なくとも
映画には、孤独なフィッシュは描かれても、鯨に当たるものは直接的には描か
れていない。

・マスコミの言葉を信じて逃げてしまった人々?
・新しい音楽を受け入れられない大衆や業界?
・教祖の預言の言葉を信じない信者?
・シージャック(小説だとハイジャック)犯?
・隕石(小説だとサイバーテロ犯)?

 でも、別に、これらを、魚の孤独の大きさと獰猛さで怯えている、ってこと
は無さそうである。「怯え」というのでは、映画版で、せいぜい「フィッシュ
ストーリー」について、アルバム都市伝説的な話が怖い話として伝わった、く
らいの描写しかない。ピンとこない。

 となると、飛躍するようだけれども、鯨というのは、言ってみれば、もっと
内面的なもの。個人個人の行動が世界を変えるなんて無理なんだよ、といった
運命論・決定論、あるいは無力感みたいな認識のこと、なのかもしれない。

 この物語の登場人物達がそうであるように、何らかの役割を果たしながらク
ライマックスまで物語を運んでいくのだけれども、全員がヒーローとして評価
された訳ではない。幸せに生きたのかどうかもわからない。誰にも知られずに、
孤独に死んでいったのかもしれない。しかし、結果として、それらすべての人
が起こした偶然が重なり、人の力でどうしようもなさそうな大きな物事を動か
した。

 伊坂幸太郎氏は宮城県仙台市在住。この作品が書かれたのは2005年なので、
震災の影響で書かれた訳ではないけれども、預言的に言えば、人の奇跡の力で
大きな地震や津波を防ぐことはできなかったかもしれないけれども、もっと最
悪の事態からは、たくさんの人の紡ぎ出した奇跡で防げたってことがあったの
かもしれない。そしてその事実も誰にも知られないまま、過ぎ去っているのか
もしれない。

 ノンフィクションでは教訓・反面教師的な事実として悲惨な話か、あるいは
美談としてのヒーローの話ばかりが流れるが、もっと根底には、名も知られず
自分も意識せずに世界を守るために活躍した人たちがたくさん居て、それで世
界は今でも回っているのかもしれない。

 そんなことを妄想させるようなお話、というと、ちょっと大げさでウソっぽ
いですかね?

 ということで、「フィッシュストーリー」、マジにヘビロテお勧めですので、
未見・未読の方は、また、獰猛で大きな孤独を飼っている人は、是非、騙され
たと思って見て/読んでみてください。既読/既聴の方は、是非、もう一度。

 きっと素敵に騙されて、ちょっと勇気が出てきます(笑。

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:
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 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

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■あとがき
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 台風やら地震やらの激動の2018年もあと3ヶ月。少し落ち着いてきたような
気もします。

 涼しくなってきて、今度は、体調を崩されたり、疲労が出たりという方が周
囲で多くなっています。

 皆さま、ご自愛ください。(aguni原口)

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 ジェニファー・ライト著 鈴木涼子訳
 四六判 338ページ 本体2,500円+税 ISBN: 9784562055982
 
 数多くの犠牲者を生み、時には文明を崩壊させた疫病の数々が、人類史に与え
 た影響とは? 無知蒙昧からくる迷信のせいで行われた不条理な迫害や、命が
 けで患者の救済に尽くした人、病気にまつわる文化までの知られざる歴史。 
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 【連載】………………………………………………………………………………
 
 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 →今月はお休みです。次回にご期待ください。 

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 第111回 リズムがみえる
 
 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → 歴史マニア必読?「分国法」で戦国大名がどんなことに心を砕い
   ていたかを読み解く
  
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 ■トピックス
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 ひとつ、イベントをご紹介します。
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 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
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 第111回 リズムがみえる

  アレサ・フランクリンが亡くなった。8月16日、「ソウルの女王、死去」と
 いうニュースが大きく報道された。ふだんはFMラジオでも滅多に流れな
 いアレサだが、いくつかの番組で追悼特集が組まれて、あのパワフル
 な歌声を聴くことが出来た。

 
  アレサの力強い歌声を聴いているうちに映画『ブルースブラザース』を
 見たくなって、レンタル店に走った。ブルースブラザースのジェイクとエル
 ウッドがバンドを再結成しようと、ギタリストのマット・マーフィーを誘いに
 くるシーンを見たかったのだ。アレサはソウルカフェのおかみさんの役で、
 出て行こうとする夫マットを引き止めよう、というか、身勝手な男に対して
 抗議しようと「Think」を歌う。大きな体をゆさぶって歌うアレサ、やっぱり
 最高だ。この時代のソウルミュージックは、ダンスも楽しいね。
「ブルース
 ブラザース」という映画、ストーリーはめちゃくちゃだけど、黒人音楽への
 愛情が溢れていて見ていると胸が熱くなる。続編の「ブルースブラザース
 2000」も亡くなったジョン・ベルーシは出ていないけれど、B.B.キング、エ
 リック・クラプトンからドクター・ジョン、アイザック・ヘイズやら書ききれな
 いほどの大御所ミュージシャンが登場するし、もちろん音楽が素晴らしい。
 クラプトンが本当に嬉しそうにギターを弾いているのを見ていると、感動し
 て涙がこぼれてしまう。

 
  そういうわけで、ここのところブルースや、ソウルを聴いていたのだけど、
 このタイミングで一冊の本が届いた。ダンボールを開けてみると、
 『リズムがみえる』(文 トヨミ・アイガス 絵 ミシェル・ウッド 訳 
 金原瑞人  監修 ピーター・バラカン サウザンブックス社)という絵本だ
 った。ピーター・バラカンさんのフェイスブックで知って、
 サウザンブックス社のクラウドファンディングで購入した。この絵本も黒人
 音楽への愛情があふれた素晴らしい本だった。
 『リズムがみえる』はアフ
 リカ系アメリカ人の音楽の歴史を描いた絵本で、黒人音楽のルーツである
 16世紀のアフリカ音楽から始まり、奴隷歌、ブルーズ、ラグタイム、ジャズ
 の誕生、スウィング、ビバップ、クール・ジャズ、ゴスペル、R&B/ ソウル、
 ファンク、ロック、そして、現代のラップ/ヒップホップまでを追っている。

  
  
とにかくダイナミックでエネルギッシュな絵に目を奪われる。画家の
 ミシェル・ウッドはこの絵本のためにミュージシャンのことを調べ、黒人
 コミュニテイの視点をさぐるために老人から若者までインタビューをしたとい
 う。
「はじまり」の見開きにあるアフリカの絵からは太古のリズムが響いてく
 るし、奴隷時代の絵からは農場で働く奴隷たちの労働歌が聞こえてくる。
 ジャズが誕生したニューオーリンズのストリートでは、にぎやかだけれど、
 どこか悲しいディキシーが流れている。とても大胆にデフォルメした絵、でも
 ディテイルがきちんと描かれていて、その時代の音楽や空気が伝わってくる。
 たとえばハーレムのジャズスポットのムッとするような空気を感じることが出
 来る。
 デューク・エリントン、ディジー・ガレスピー、あっ、このピアニストは
 モンクかな?
  と登場するミュージシャンを見ているのも楽しい。絵本にジミ・ヘンドリックス、
 Pファンクも登場するなんて最高だな。

 
  トヨミ・アイガスの文章は、歴史を描いているが、決して解説ではなくて、そ
 れぞれの時代の音楽を詩にしている。音楽を文字にするのは難しいと思うの
 だが、とてもリズミックで読んでいるとまるでブルースを歌っているようだ。翻
 訳のうまさなのだと思う。ぼくは「読み聞かせ」という“風習”は嫌いだが、こ
 の絵本ならば、気分よく読めそうだ。

 
  それぞれの見開きに解説と年表がついていて、アフリカ系アメリカンにとっ
 て重要な歴史的な事件と音楽のトピックがいっしょに書かれている。南北戦
 争、公民権運動など、黒人音楽は歴史と切り離せないことがよくわかる。

 
  たとえば1969年にマーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺された翌年に
 ウッドストックフェスティバルでジミ・ヘンドリックスが激しいギターソロで
 「星条旗を永遠なれ」を演奏している。ブルース、ジャズ、そしてロックは抵抗
 の音楽だったんだ。

 
  黒人音楽はアメリカのポップスの原点だといえるだろうし、日本のポップス
 も大きな影響を受けている。いま日本でも主流の音楽はヒップホップ(ダンス
 も含めてね)なんだろうけれど、そのルーツである黒人音楽の歴史をたどっ
 てみてはどうだろう。『リズムがみえる』は理想的な教科書になりそうだ。
 
「ファンクによって産みだされ、母なるアフリカによって育てられた
  ヒップホップのリズムがみえる
  わたしのなかに生きつづけるリズムがみえる。」
                                            (ラップ/ヒップホップの章から)

 
  こんなかっこいい教科書だったら、勉強したくなるでしょう?
 
  黒人音楽の歴史を知ったうえで、今のヒット曲を聴くと楽しさに深みが加わ
 ると思う。

 
 ◎吉上恭太

 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。詳し

 くはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。

 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。

 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017

 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします! 


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 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
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   西日本では台風、北海道では地震と災害が多い夏になりました。被害に遭
 われた方々にお見舞い申し上げます。
 
  テレビでは外国人観光客の人たちが途方にくれる姿も報道されていました。
 正直なところ日本では地震・台風・火山の噴火などは避けられないのですから、
 外国人の方々には「日本は安全」というよりも「災害にあっても何とかなる」とい
 うアピールが大事かもしれませんね。
 
  関西の某空港のように、災害に巻き込まれると途方に暮れるほどひどい目に
 遭うという印象をもたれてしまうのは残念なことです。その点でも原発は全廃し
 た方が外国の人たちも安心して遊びに来れますね。
 
  ともあれ今月の本はそのこととは何の関係もありません。
 
 『戦国大名と分国法』、清水克行、岩波新書、2018
 
  分国法というとアレですね。日本史の教科書に出てくる、「六角氏式目」とか
 「相良氏法度」とかいう、戦国大名が領内の統治のために定めた法律のことで
 す。
  
  とか聞くと、堅い話みたいだから興味ないよ、という方もいるかもしれません
 が、そんなことはありませぬ。分国法の世界を覗いてみれば、戦国大名がど
 んなことに心を砕いていたのか、当時の社会はどんな感じだったのかが見え
 てきます。
 
  とりあげる分国法は五つ。下総結城氏「結城氏新法度」、伊達氏「塵芥集」、
 六角氏「六角氏式目」、今川氏「今川かな目録」、甲斐武田氏「甲州法度之次
 第」。どれも分国法業界(?)では名の知れたラインナップです。
 
  分国法というと「法」という名前が付いているだけに、仰々しいものであると
 いう印象を私たちは受けますが、じつはそこまで厳密なものではなかったよう
 です。
 例えば「結城氏新法度」ではその条文には妙に具体的な箇所があったりしま
 すし、その上この法度を定めた結城政勝の独白のような箇所も見出すことが
 できます。
 
  法律を定めるというと、家臣も含めて皆で合議して決定というイメージがあり
 ますが、この「結城氏新法度」については、結城政勝がひとりで書き上げたよ
 うなのです。そのためか野放図で自分勝手な家臣に対する、愚痴のような文
 章も頻出します。
 
  結城氏といえば源頼朝を烏帽子親に持つ結城朝光以来、連綿と続く名家に
 して、室町時代には「関東八屋形」のひとつにも数えられた名門ではあります
 が、戦国時代には本拠地結城(茨城県)周辺に勢力を張るのみでした。有力家
 臣の多賀谷氏・水谷氏・山川氏などは半ば独立勢力とも言える状態で、周りを
 見ても佐竹・宇都宮・小田といった大名に囲まれ安穏としていられるような状
 況ではありませんでした。
 
  それだけにこの結城政勝の著した「結城氏新法度」もグチグチした中身にな
 ったのでしょうか。そして残念ながらこの法度の実効性は疑問符が付くようで
 す。なんだか悲しい。
 
  そういった点では伊達稙宗の著した「塵芥集」もやや似たようなところがあり
 ます。ちなみに伊達稙宗はあの独眼竜こと伊達政宗の曽祖父に当たる人物
 です。
 
  その稙宗がおそらく「御成敗式目」を参考に作ったのであろうと考えられるの
 がこの「塵芥集」です。それもおそらくひとりで。なぜなら明らかに
 「御成敗式目」を参考にした箇所とそうでない箇所で内容の一貫性が無かっ
 たりしているのです。おそらくブレーンがいて内容のチェックや矛盾の解消をし
 たり、なんてことはしていない。
 
  「塵芥集」からは、土地問題についての条文の粗雑さから、まだ当時の東北
 には未開発地が多くあり、他の地域ほど土地争いが深刻がしていなかったの
 ではないかとか、落し物は居城である西山城下に立て札を立てて持ち主に返
 すようにと定められていることから、徐々に家臣団が大名の居城に集住する
 ようになっていたのではないかとか、色々と興味深い解読がなされていきます。
 
  このほかにも色々面白いテーマがありますが、そんな「塵芥集」を完成させた
 稙宗は、家臣団にこの法への服従を誓わせます。
 
  ところが、稙宗はその六年後に息子晴宗を担ぎ出した家臣団に攻勢をかけ
 られ、すったもんだの挙句隠居に追い込まれてしまいました。どうも独裁的な
 稙宗に対して家臣団の不満が高まっていたようです。そして「塵芥集」は無か
 ったことに…。
 
  あれ…。教科書に取り上げられるほどの分国法ですが、なにやら雲行きが…。
 
  あと本書で取り扱っているのは織田信長に本拠地を追われた近江の六角氏
 と、桶狭間での敗戦で一気に衰退した今川氏と、勝頼の代に滅亡に追い込ま
 れた武田氏。いずれも戦国時代を生き残れていませんね。
 
  分国法を定めた大名は戦国時代のなかでもとりわけ進んだ大名という気が
 していましたが、なにやらそれも怪しくなってきます。最終章では個別の
 分国法を見た上で、何故法を整えようとした大名は衰退していったのかとい
 う点について考察がなされています。
 
  分国法のイメージが変わると共に、分国法から見た戦国時代の社会が生き
 生きと描かれてます。戦国時代好き(?)必読の一冊です。
  
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。
 
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 ■トピックス
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 ■ 30周年記念
  沖縄の出版社 ボーダーインクフェア in ジュンク堂書店那覇店
 └───────────────────────────────── 
 
 実はボーダーインクもうすぐ30年なんです。
 
 ということでジュンク堂那覇店一階にて
 
 ボーダーインクフェアを開催します。
 9月1日(土)から9月30日(日)のまるまる1ヶ月
 
 場所はモノレール側の入口入ったあたり
 
 イタリアントマトの近くの広いスペースです。
 
 ボーダーインクの本でこれだけ埋められるのか。。。
 
 と思いましたが、なんとかなりそうです。
 ボーダーインクの新刊、既刊本、希少本まで
 全て並べます。
 
 会長宮城が選書した50冊(ボーダーインクの本ではない)や
 ヨシ子さんの写真展や本のイラスト展もあります。
                                                〜HPより抜粋〜
 
 
 ◆日時:2018年9月1日〜30日 10:00〜22:00 
 
 ◇場所:ジュンク堂書店那覇店1F
     〒900-0013
     沖縄県那覇市牧志1-19-29 D-NAHA 地下1階〜3階
       TEL098-860-7175

 ----------------------------------------------------------------------
 ■あとがき
 一ヵ月の間、近畿地方を台風が襲い、北海道では大きな地震がありました。
 被災された方々に心からお見舞い申し上げます。まだまだ大変な思いをされ、
 つらい生活を強いられていらっしゃると思います。どうか一日も早く、日常生活
 を取り戻されるよう祈っております。
 
 やっと少し涼しくなって、頭が落ち着いてきたような気がします。イベントで
 ご紹介9月いっぱいさせて頂いていますが、那覇のジュンク堂書店さんで
 沖縄の出版社、ボーダーインクさんの大大的フェアが催されています!
 30周年!素晴らしいですね。30年間の沖縄の現場の声、生の暮らしが
 出版物に表現されている!そんな感慨を覚えました。ますますお元気で、
 今の視点で沖縄を語っていただきたいです。ファンです!!畠中理恵子
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[本]のメルマガ vol.692


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■■ [本]のメルマガ                 2018.09.05.発行
■■                              vol.692
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『史上最悪の破局を迎えた13の恋の物語』

ジェニファー・ライト著 二木かおる訳
四六判 328ページ 本体2,500円+税 ISBN: 9784562055920

ネロとポッパエア、ヘンリー八世とアン・ブーリン、オスカー・ワイルドとダ
グラス卿など、歴史に名を残すカップルたちの別離にまつわる13の逸話。傷心
ゆえの悲しみ、愚かさ、みじめさに突き動かされた人々の奇異な運命を描く。

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その27「究極の食べ物」

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 痛みと笑い―川上亜紀詩集『あなたとわたしと無数の人々』(七月堂)

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

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■トピックス
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■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
----------------------------------------------------------------------
その27「究極の食べ物」

 究極の食べ物ときいてどんな物を想像するだろう。

 芳しい香りを漂わせ、素晴らしい歯ごたえを持ち、口の中ではとろけてしま
うようなもの。

 それは肉?魚?野菜?果物?それともお菓子だろうか?

 究極の食べ物はそれだけで完璧なので、料理をしなくても食べられるものと
して物語の中に現れる。

 例えばまず思いつくのは、聖書の中のマナだ。

 これは神が与えてくれた食べ物で、空から降ってきた露が大地の上に広がっ
た後に、乾いて残った霜のようなものだという。薄くて壊れやすく、コエンド
ロの種のように白くて、蜜の入ったウエファースのような味がしたと書かれて
いる。

 マナは翌朝まで残すと虫がついて臭くなるので、戒律を守って週六日だけ拾
い集めなくてはならない。そして、安息日の前の日だけ、蓄えることができる
という。

 このマナだけで四十年生きていけたという。

 あまりにありがたいものだけれど、これだけでそんな長い間を耐えられたの
だろうか?

 私はつい、あきなかったのかなと考えてしまう。

 次に、妖精界の究極の食べ物を見てみよう。

 トールキンの『指輪物語』の中に出てくる究極の食べ物といえば、もちろん、
旅ゆく二人のホビット、フロドとサムに、エルフが持たせてくれた携行食糧
「レンバス」だ。 

 それは、

「非常に薄い焼き菓子の形をしていて、外側がうすいとび色に焼け、中がクリ
ーム色をしており、あら挽きの粉でできていました。」

 保存食でもあり、高カロリーで滋養も高く、少し食べればかなりの距離を歩
くことができるという優れもの。この言葉で想像するのは、おいしそうなビス
ケットのような物なのだが、ホビットの二人は、辛い旅程の最後には、これし
か食べられないのに嫌気がさしてきてしまう。 

 サムが

「今は違ったものが食べたくなりましただ。何にもついてねえ、ただのパンを
ちょっぴり、それからジョッキ一杯のーいいや、半杯でもええービールがあれ
ば、さぞ結構だと思うことでしょうて」

と、言い出すのもしかたないだろう。 

 何せ、ホビットは本当のところ、ものすごく食いしん坊なのだ。そもそもの
この物語の発端である『ホビットの冒険』に出てくるご馳走ときたら、滅茶苦
茶食欲をそそられる。 

 魔法使いガンダルフだけをお茶に招待しただけのつもりだったホビットのビ
ルボのところに、ドワーフ小人たちが次々に現れる。

 彼らが要求する物は……。

お菓子に、丸い大きな種入りの焼き菓子にビール、バタつきホットケーキ、コ
ーヒー。一息ついたところに現れた別のドワーフは「赤ブドウ酒を」と言い、
別のものたちは「イチゴジャムとリンゴのパイを」「ほしブドウ入りのパイと
チーズを」「ポークパイとサラダを」「卵」「とりのむしたのとトマトも」等
々と口々に注文してくる。

 さすがのビルボも

「うちの食物ぐらのなかみを、わたしよりくわしく知っているみたいだぞ」
と、怪しむほど、食物ぐらをスッカラカンにしてくれる。 

 つまり、こんな多種多様な食べ物で常に食物ぐらを満たし、一日に何度もお
茶をし、食後のおつまみを用意しないではいられないのが、ホビットなのだ。
彼らにとって、どんなに芳しくおいしい究極の食べ物でも、「レンバス」だけ
で旅をするのはきつすぎるのが、ご納得いただけたろうか。  

 『指輪物語』の中で二人がおいしそうにレンバスを食べるのは、「二つの塔」
の巻に出てくる子兎の香草入りシチュウが出てくる場面だけだ。
 ゴクリが捕まえてきた小さな子兎をサムが二羽鍋に並べて、香草と貴重な塩
を放り込んで煮込んだシチュウ。フロドとサムの二人はスプーンとフォークを
かわりばんこに使ってそれを食べ、最後にレンバスを贅沢にも半分こずつおご
ることにしたとある。
「宴会と言ってもいいくらいのご馳走になりました」
と、書かれているところを見ると、やっぱりレンバスはデザート代わりの美味
しいお菓子なんだろうなと思うのだ。

 その後は過酷な旅が続いて、干し果物に細く切った干し肉という糧食を食べ
ることもあるけれど、二人はレンバスと水だけで残りの行程を乗り切っていく
ことになる。

「サムの心はともすれば食べものの思い出と、ただのパンと肉への渇望に満た
されるのでした。」

 わかるよ、サム。

 そもそも、このレンバスとは「旅人たちが他のものを食べたり混ぜたりしな
いで、これだけを頼り切っていれば効力が増し、意志や耐える力を与えてくれ
て肉体を不可能なまでに使いこなすことができるようにするもの」なんだそう
だ。これだけを食べることが重要なのだ。デザートではなく。

 だから、最後までがんばってくれ。

と、この長い物語を読んでいるほうもへとへとになりながら、思ったものだっ
た。

 でもこんなものは、科学的に考えられた究極の食べ物の悪夢に比べれば、天
国の味わいだ

 そんな悪名高い食べ物を生み出したのは、ロシア(ソ連と言うべきか)のSF
作家ベリヤーエフ。

 悪夢のように膨れあがった『永久パン』の物語を見てみよう。 

 物語の舞台は、ドイツのある島。住民はほとんどが漁師で、海が荒れれば漁
に出られず、生活はきつくなる一方だ。そんな彼らの村で、何故か最近めきめ
きと太ってきた老人がいる。怪しく思った漁師たちがそのハンス老人を問いつ
めてみると、彼が差し出したのは鍋に入った奇妙な「ねり粉」。それは、島に
暮す科学者が作った実験中の食べ物で、ハンスを哀れんだ博士が実験的に分け
てくれた「永久パン」というものだった。 

「半分食べると、お前は一日中お腹がくちくなる。おまけに、一昼夜たつと、
ねり粉は増えて、かんはまたいっぱいになる…」

と、博士が言うように、これは、栄養価も十分で食べれば健康になり、老人や
赤ん坊の胃にさえ吸収されやすいという優れものなのだ。その上、次の日には
空気の中の栄養分を吸って増えてくれるらしい。形状は、

「まるで、蛙の卵のようで、とても気味が悪いのじゃ。」

が、味は、

「それはそれはおいしくて、ちょうどすり下ろした焼き林檎のような味がした」

と、なかなか心をそそる甘味があるようだ。 

 これを見つけた島の住民は、無理矢理手に入れて増やそうとする。さらにこ
れを知った世界中の人間がこのパンを欲しがり、それを独占しようとした企業
の手先が島に乗り込んできて……と、話の方もすごい勢いで膨れあがっていく。

 そして、ある日永久パンも人知れず膨れあがっていき、島の人々は、逆にそ
れを食べるのに四苦八苦することになる。

 この本が面白いのは、主人公たちが漁師だということだ。目の前には豊かな
海が広がっているのに、魚を食べずに永久パンを食べたり売ったりすることに
夢中になって、漁を忘れてしまう。

 私がこの島の住人だとしたら、まず永久パンの味に飽きてしまうだろう。舞
台が日本だったら、島の住人は永久パンで余った食費でおいしい刺身が買いた
くなり、高級魚が売れて漁が盛んになっていくんじゃないかなんて思ってしま
う。

 けれどこの物語では、海は打ち捨てられたままだ。

 やがて、増えすぎたパンが人も家も飲み込んでしまい、捨て場に困ったパン
は海に捨てられ、海の滋養を得たパンはますます膨れあがって増えていき、や
がては、人類の滅亡の危機を予感させていく……。と、話は進んでいく。 

 もうこれは絶対、パンを発酵させる場面を見ていて思いついたなと感じる物
語だ。

 この物語が収められている一九六三年度版の「ベリヤーエフ少年科学空想小
説選集6」の解説には、「酵母とクロレラ」が載っている。四〇年たった今で
も、クロレラは相変わらず不人気で、ここでのご推薦の宇宙食にもなっていな
い。

 人間は科学的に優れたものよりも、食べ慣れた物(例えばラーメンやアイス
クリーム)をもって、宇宙に行きたがるからだ。

 この永久パンを一度は味見してみたいと思うのだけれど、お腹の中で膨れあ
がってはじけてしまったらどうしよう等と思ってしまう。永久パンは大気中の
栄養素をもとに作られるというのだから、逆に食べたものを内部から食い尽く
すのではないかという恐怖心も起こる。そして、体の中から膨れ上がっていく
のではないだろうか?一応原作では、そちらの作用はないことになっているみ
たいだが…。 

 それにしても、食べ物の方が人間を飲み込んでしまうという恐怖は耐え難い。

 物語の中の宇宙では、ロバート・シェクリイの『人間の手がまだ触れない』
のように、食べるという観念の違う宇宙人に出会ってしまうこともある。

 赤色矮星に辿り着いた腹ぺこの地球人二人が、無人の倉庫で見つけた食料を
食べようとする。宇宙語の辞書を片手に缶詰の説明を読みながら。でも、そこ
にあるのはゼリーのようなゴムのようなくすくす笑う赤い物体や、「誰でもヴ
ージイを飲む」と書いてある桶から現れ、躍動して襲ってくる液体のようなも
のばかり。実は、この星の住人は毛穴からしみ出した何かを、「飲むより飲ま
れる方を好んでいた」らしく、桶には実は「ヴージイは誰でも飲む」と書いて
あったのだ。

 膨れあがった永久パンに飲み込まれるのが好きな宇宙人もいるのかもしれな
い。 
 
 「食べる」という概念まで狂ってしまった宇宙に行き着いてしまっては、究
極の食べ物を目指す旅は、どうも続けられないようだ。 

 そろそろ、ここらで旅の終わりとするにしよう。

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『指輪物語』J・R・R・トールキン著           評論社
『ホビットの冒険』J・R・R・トールキン著        評論社
『ベリヤーエフ少年科学空想小説選集6』
             アレクサンドル・ベリャーエフ著 岩崎書店
『人間の手がまだ触れない』ロバート・ シェクリイ著   ハヤカワ文庫SF
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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■声のはじまり / 忘れっぽい天使
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第115回 痛みと笑い
     ―川上亜紀詩集『あなたとわたしと無数の人々』(七月堂)

 芸術家の伝記的事実はしばしば作品の鑑賞に影響する。歴史的・社会的な背
景だけでなく、交際相手との関係などのプライベートな事実も、作品の印象を
大きく左右するものである。ゴッホが自ら耳を切ったとか、ショパンがサンド
と恋人関係にあったといったようなことは、最早作品と切り離せない。作品は
作者によって創造されるわけだが、作者もまた作品の一部なのかもしれない。
しかし、作者の実人生に拘り過ぎると作品に込められた作者の本来の意図を読
み損なう危険も出てくるので難しいものである。

 詩集『あなたとのわたしと無数の人々』(七月堂)の作者川上亜紀は、詩集
の刊行前に50歳の若さで亡くなっている。実はぼくは彼女の知人なので、その
事実を知った時は大きなショックを受けた。彼女は長い間難病と戦っていた。
最後の本となってしまった今度の詩集も、本人を知っている身からすると、詩
のどの言葉も自らの遠くない死を予感したものに思えて、涙が出そうになって
しまう。しかし、本詩集には闘病について触れている詩は一編もない。切迫し
た実人生から離れて彼女が詩の中で生きようとした人生とは何だったのか、そ
れについて考えてみたい(作者を「川上さん」と呼びたいところだが、本コラ
ムは敬称略で書いているため、それを踏襲する)。

 『あなたとわたしと無数の人々』は生活の機微を現代小説のような緻密なタ
ッチで描くことを基調としているが(彼女はもともと小説家を目指しており
『グリーンカルテ』(作品社)という著作もある)、突如として奇抜なイメー
ジを挿入し、大胆な流れを作ることを大きな特色にしている。「蜂たちはどこ
へ?」は、「閉め切った家を掃除しに行った」ことを回想する詩。ベランダに
古い蜂の巣が落ちていて作者は捨ててしまった。「わたし」はそのことを不意
に思い出し、「蜂たちはどこへ?/暗黒の宇宙に飛び出してしまったのか」と
問う。そして眠りにつく直前、「宇宙を飛んでいく蜂たちの羽音が聞こえて/
暗闇のなかで目を開けるがもちろん/なにも見えはしないのだ」ともう一度思
い起こすのだ。蜂そのものを見ていない。巣を片付けただけだ。が、その何気
ない行為が心に引っかかりを与え、怖いような勇ましいような、暗黒を搔き乱
す「羽音」を生み出す。現時点は春、掃除しに行ったのは「昨年の寒い曇天の
日」で時空の交差も面白い。

 「寒天旅行」も大胆な発想が魅力の詩。「わたし」は新幹線に乗って窓の外
の雪景色を眺めている。その雪の様子から寒天ゼリーを連想した「わたし」は
「そのなかにわたしも静かに入って温かくなるまで固まっていてもいい」など
と考えた挙句、「梅田駅周辺をよく混ぜあわせて砂糖を加えたものに心斎橋の
スライスと中之島公園を細かく砕いた大坂のキタを散らして寒天ゼリーで固め
て皿に盛る」という「大阪の寒天ゼリーよせ」という名の珍妙なスイーツ(?)
を考案する。大坂への旅行は「寒天旅行」に早変わりしてしまった。

 「水道橋の水難」は、水道橋の駅に「巨大な水道の蛇口のオブジェ」が「あ
るような気がしていた」けれどそんなものは見当たらなかった、と始まる。水
道橋には校正教室があり、「わたし」はそこに通っている。本を出したことの
ある「わたし」にとって、細かなミスも見逃さない校正者は「神」のような存
在なのだ。「わたし」の履いている靴は擦り減っており、「こんな靴では、そ
う、神にはなれないよ」とやや落ち込んだ調子で呟き、詩人としての自信もな
くしかけたところに、「振り返ると空には大きな水道の蛇口が浮かび/誰かの
大きな手がその蛇をひねるのが見えた」と、何だこれ、と叫びたくなるような
急展開がやってくる。街には大量の水が溢れ、「わたし」は欲しかった赤い靴
への未練もなくなり、校正教室も通り過ぎ、「クマ泳ぎネコ泳ぎしながらずっ
と遠くまで行くだけさ」と、スッとした感じで終わる。

 「ベートヴェンの秋」は、マンションの修繕工事中に、部屋の中でベートー
ヴェンのピアノソナタのCDを聞くという設定である。工事の騒音を聞いた
「わたし」は、「子どもを産まず子どもを育てず昼間から家にいる女を攻撃す
る会」みたいな連中が来たのかと思ってしまう。ドリルの音は「ワルトシュタ
イン」ソナタのパッセージに似ており、「わたし」は「独身で子どももいなか
った」ベートーヴェンに、ドリルに対抗してもらう気になったりする。やがて
工事員は帰り、夕闇の中に静かな「月光」ソナタが流れる。子どものいない女
性を揶揄することは差別の典型だが、残念ながら世間一般ではそうした差別や
偏見が後を絶たない。工事の音を聞いて世間から攻撃されている気分に陥った
「わたし」は、同じ芸術家で独身でもあったベートーヴェンに助けを求めると
同時に癒しを得る。工事が終わり、戻ってきた静寂は、「わたし」に今のまま
で良いと、慰めてくれるかのようだ。

 「馬たちは草原を越えてゆく」は、子どもの頃、かわいがってくれた叔母を
訪ねたことを、大人になった現在の視点で描いた詩。家には何頭もの木彫りの
馬があり、子どもの「わたし」は絨毯の上に並べて遊ぶ。絨毯を草原に見立て、
馬たちが助け合って進む様子を「ハヤク行かないともう雪が降る/病気で倒れ
てしまった馬のそばにべつの馬がかけよってゆく」といったように、物語風に
展開させていく。一方で、訪ねた時のことやその周辺を小説的に描出していく。
「うちは子どもがいないから と叔母はよくわたしにそう言った/大人になっ
たら自分も誰かにそう言うのだろうか/わたしは密かに考えたりした(誰にわ
たしはそう言うのだろうか)」というくだりにドキリとさせられる。子どもの
頃の視点と大人になった現在の視点が重なり、叔母の人生と自分の人生が重な
る。思うようにいくこと、いかないこと、人生にはいろいろあるが、それでも
「馬たちはゆっくりと草原を越えてゆく」の一行で詩は締めくくられ、そうし
た全てのことを受け止めている「わたし」の姿が浮かび上がる。

 表題作の「あなたとわたしと無数の人々」は父母の会話の中によく出てくる
「オガワのトラさん」にまつわる詩。留置場に入れられたことがあり、ベート
ーヴェンの第九を歌うのが趣味、ドイツに行ったこともあったが、もう「シン
ジャッタ」という。「わたし」にとっては小耳にはさんで少し興味をそそられ
る程度の人物で、深く詮索するほどの関心はない。本名さえわからない。しか
し、堆積した記憶の中で「それでもオガワのトラさんは雲の上で第九を歌って
いて/いまでは父もそこに加わって夢のオーケストラを指揮していて/さきに
いっていたSさんは雄猫のルリを撫でてくれているのだ」と神話の人のような
存在になっていく。「わたし」は「このさきにはもうほんとうに恐ろしいこと
などありはしないと思う」とシリアスになりかけるが、直後、詩は「オガワの
トラさんは雲の上で…。」と軽い調子で締めくくられる。この気分の交代の描
出は重要である。「雲の上」に行くことは恐ろしいことなのだが、「雲の上で
歌うオガワのトラさん」を楽しく想像することは生者の特権だ。誰しもいつか
は「雲の上」に行かざるを得ないが、今はとりあえず「雲の下」で生きている
のである。

 この詩集の作品は全て何らかの意味で、素の自分を受け止めようとする意志
を示している。それはあっけらかんとした楽観性とは無縁のものである。求め
たが得られなかったもの、望んだが叶わなかったこと、そうした苦さを含んだ
自己肯定なのである。ありのままの自分を認めるということは、本来そうした
ものではないだろうか。そこには、残されたもの、得られたもの、抱きとめて
くれるものがある。つまり、自分のかけがえのない居場所を発見できるのであ
る。それは挫折を噛みしめたことのある者だけが味わえる幸せだ。痛みを伴っ
た幸せではあるけれど。

 そんな切ない心情を、川上亜紀は、涙ではなく笑いで表現する。それもかな
り大胆でダイナミックな笑いだ。そこに彼女の詩人としての特質がある。涙は
読者に一定の心情への同一化を促すものだが、笑いは話者と読者の間に適当な
距離を作る。そして、一定の気分に凝り固まる状態から解放させてくれる。あ
りのままの自分とは、行き当たりばったりに生きて自由に感じる、躍動的な自
分でもあるのである。痛みを持って過去を振り返り、自分に残されたものを抱
きしめた上で、そこから飛躍して軽やかに呼吸する。川上亜紀は、そんな人生
を詩の中で生きようとしたのではないだろうか。

*『川上亜紀詩集 あなたとわたしと無数の人々』(七月堂 本体1200円)

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:
----------------------------------------------------------------------

 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
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 発行準備作業中に飛び込んできた、北海道胆振東部地震のニュースに驚きま
した。

 現地では、停電、断水、余震と大変、不安な状況かと思います。しかし、パ
ニックにならず、用心はしつつ、お健やかに過ごされることを祈っております。
(aguni原口)

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【連載】………………………………………………………………………………

 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 第55回「緑陰読書ならぬ緑陰音楽をどうぞ」

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 →  第110回 「寄席」に行きたい!
 
 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → <火の見櫓>の役割
  
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 ■トピックス
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 ひとつ、イベントをご紹介します。
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 ■「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人
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 第55回「緑陰読書ならぬ緑陰音楽をどうぞ」
 
 こんにちは。残暑お見舞い申し上げます。
 昨年までとは異なり,転居したおかげで冷房のある部屋で盛夏を迎えています
 が,転居せず以前のアパートにそのまま居座っていたら,間違いなく部屋で熱
 中症に倒れていたのではないかとすら思われる,それほどの猛暑ですね。
 
 現在,大学の研究紀要というものに図書館情報学関連(なのかどうかいささか
 怪しい,という話もありますがそれはさておき)の記事を投稿すべく参考文献の
 収集中ですが,暑さのために外へ出るのが億劫になり,なかなか足で稼ぐこと
 も出来ない状況で,どうしても文献探索も机に向かいながらインターネットでオ
 ープンアクセス文献を探すことが中心になります。自室に居ながらにして,いま
 や日本語文献へのアクセスもそれなりに容易になりつつあり,わたしのような
 図書館情報学,と言っても人文・社会科学系の図書館情報学研究者ではあり
 ますが,そのような立場の人間もオープンアクセスの恩恵にあずかる場面が多
 くなっています。
 
 図書館業界的には,ここから「シリアルズクライシスとオープンアクセス運動」に
 ついて語り出すのが政治的に正しいあり方でしょうが,その方面の話はわたし
 が語らずとも記事が年々増加して汗牛充棟,つい先日もあるblogが立派な記
 事を投稿しています(1)。今回このあたりの話は,他のみなさまに譲り,わたしは
 自室ではどうしても切れてしまう集中力を補うために,いったん書も端末も放擲
 して暑い夏をしのごうと思います。
 
 わたしが敬愛する作曲家グスタフ・マーラーの好敵手であったリヒャルト・シュト
 ラウス(1864-1949)(2)の作品の,わたしはよい聴き手ではなく,なかでもシュ
 トラウスが後半生で取り組んだ歌劇を全くと言っていいほど聴かないので,シュ
 トラウスについて的確な評価をしているかどうか心もとないところはありますが,
 それでも交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30(3)と「英雄の生涯」作品
 40(4)の両作品は40年ほどの付き合いがあり,マーラーと同様に大規模な管絃
 楽を縦横無尽に使いこなしたオーケストレーションの妙技には聴くべきものがあ
 ります。
 
 「英雄の生涯」は1898年,シュトラウスが最後に完成した交響詩ですが,シュト
 ラウスは当時まだ34歳です。そこからシュトラウスは50年以上長命を保ちま
 すが,「サロメ」「エレクトラ」「薔薇の騎士」などすぐれた歌劇を世に送り出す一
 方で,最晩年にヴィーン・フィルに献呈すべく取り組んだ「ドナウ」はとうとう完成
 せずに終わりました。歌劇に取り組む一方でシュトラウスは「家庭交響曲」
 (1904年)(5),「アルプス交響曲」(1915年)(6)という2曲の「交響曲」と名付け
 られた作品を世に送り出します。交響曲と名付けられていいるとはいえ,どちら
 もいわゆる絶対音楽ではなく,ある情景を描写する標題音楽です。ちなみに絶
 対音楽としての交響曲をシュトラウスは10代の頃に2曲書いていますが,あまり
 取り上げられません。シュトラウスの若い頃の作品で現在も時々取り上げられる
 のは,むしろ室内楽の佳品であるヴァイオリン・ソナタ(1888年)(7)とチェロ・ソ
 ナタ(1883年)(8)です。
 
 「家庭交響曲」では作曲当時としては珍しくなっていたオーボエ・ダモーレと,
 当時の目新しい楽器だったサクソフォンとを用いて作品を書いてますが,「アル
 プス交響曲」では舞台裏の金管アンサンブル(バンダ)をはじめ,ヘッケルフォ
 ーン,ワーグナー・テューバからカウベル,ウィンドマシーン,サンダーシートな
 どという風変わりな楽器を動員して,アルプス山脈の様子を描写することを試み
 ており,それは成功したと言っていいでしょう。
 
 今年の,あまりに暑い夏を乗り切るべく,聴くために頭を使う音楽よりも流れて
 いく派手な音響を楽しめる音楽が執筆のBGMとして適当なものなのですが,
 この夏のオススメは,まさにこの条件を満たすリヒャルト・シュトラウスの「アル
 プス交響曲」です。全編通して45分から50分ほどかかる作品ですが,冒頭数
 分と末尾数分がピアニシモの,暗闇に溶解してしまうような音楽になっている
 ため,リピートをかけてエンドレスで聴いていてもさして抵抗がない(「ツァラトゥ
 ストラはかく語りき」も同じような冒頭と末尾ですが,こちらは冒頭すぐに出る動
 機があまりに圧倒的なため,起承転結の「起」がわかりやすすぎてリピートして
 聴くことに向いていないような気がします)ところがBGMとして適しているんじゃ
 ないかと思うところです。全体に親しみやすい旋律と起伏に富んでおり,何を描
 写しているかわからなくてもあまり問題になりません。それどころか,冒頭から
 数分たって最初のクライマックスに現れるのはチャイコフスキーの交響曲第6番
 第1楽章の第2主題後半に出てきたのと同じ動機ですし,登山者の躍動するよ
 うな主題が現れてしばらくすると出現する「岩壁の動機」というのが「ウルトラセ
 ブン」のテーマにそっくりという,実に親しみやすく聴きやすい(苦笑)音楽では
 ないかと愚考する次第です。
 
 シュトラウスの管絃楽作品は,有能な指揮者でもあったシュトラウス自身による
 録音もあり,「ドン・ファン」などが早くから取り上げられてきましたが,「アルプ
 ス交響曲」は上に書いたような多彩な楽器群を150人ほどのオーケストラで演
 奏するのが適当,とされたこともあり,ようやく1970年代に,デッカによるメータ
 とロサンゼルス・フィルの録音(9)など,優秀な録音のサンプラーとして取り上げ
 られるようになりました。中でも1980年に録音されたヘルベルト・フォン・カラヤ
 ンとベルリン・フィルによる「アルプス交響曲」の録音(ドイツ・グラモフォン)(10)
 は,当時導入されたばかりのデジタル録音初期の優秀録音として,またその
 音楽の持つ説得力において桁違いの魅力を醸し出しています。さて,これから
 誰がカラヤンを越える録音をものするでしょうか。
 
 暑い夏が続きます。どうかみなさまもお身体にお気をつけてお過ごしくださいま
 せ。では,また次回。
 
 (1) 研究者諸賢への引継ぎ:学術誌の購読料高騰と論文のオープンアクセスに
      ついての情報まとめ - Take a Risk:林岳彦の研究メモ
  http://takehiko-i-hayashi.hatenablog.com/entry/2018/08/09/214457
 (2) アルマ・マーラーなどの伝えるエピソードのためか,マーラーに比べてシュト
     ラウスは夫妻揃って「俗物」という評価が定着しているような気がするので
     すが。
 (3) Richard Strauss: "Also sprach Zarathustra" op.30
      - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=o5bU7ibqGko&t=16s
 (4) Strauss: Ein Heldenleben ? hr-Sinfonieorchester ?
     Andres Orozco-Estrada
      - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=Us1jfC7bMpA
 (5) STRAUSS Domestic Symphony | RAI Torino, F.Leitner | video 1990 R
      - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=i8P-nAZGbf8
 (6) Strauss: Eine Alpensinfonie ? hr-Sinfonieorchester ? 
     Andres Orozco-Estrada
      - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=zsTo7QxxgYg
 (7) Minami Yoshida | Strauss | Sonata in E Flat 
      | 2016 Montreal International Violin Comp
      - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=tQS1LqsDWGs
 (8) Mischa Maisky: Richard Strauss ?
      Sonata for cello & piano in F major, Op 6 (2003)
      - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=L838Gfi8Hmw
 (9) ズービン・メータ/R.シュトラウス:アルプス交響曲/ドン・ファン<限定盤>
      - TOWER RECORDS ONLINE https://tower.jp/item/537395/
 (10)  ヘルベルト・フォン・カラヤン/R.シュトラウス:アルプス交響曲
      - TOWER RECORDS ONLINE https://tower.jp/item/4290578/

 なお,演奏へのリンクは音楽の雰囲気を確認するためのもので,これが名演で
 あったり決定版であったりするわけではありません。念の為。
 
 ◎停雲荘主人
 大学図書館の中の人。南東北在住。好きな音楽は交響曲。座右の銘は「行蔵は
 我に存す,毀誉は他人の主張,我に与らず我に関せずと存候。」(勝海舟)。
 
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 ----------------------------------------------------------------------  

  第110回 「寄席」に行きたい!

  
 このところ落語ブームらしくて、毎日のように落語会が行われているという。そ
 ういえば区報の催し物には必ず落語の公演が載っているし、町の掲示板にも若
 手の落語会のお知らせが貼ってあったりする。ぼくは落語に詳しくないし、寝しな
 にyoutubeで聞くのは漫才のほうが多い。古典の教養のないぼくには落語は正
 直いってどうも敷居が高い。

  もちろん寄席という場所があるのは知っている。若い頃、自転車通勤をしてい
 て新宿末廣亭の前はしょっちゅう通っていたけれど、なんとなく入ってみる“勇気”
 がなかった。寄るのはもっぱら新宿ピットインだった。そういえば昔はテレビで寄席
 中継はあったけれど、最近はないものなあ。「笑点」くらいなのかな。どうしても寄
 席には、縁遠くなってしまう。

  寄席に興味はあっても、行くきっかけがない入門者、入門者以前の人にも、ぴっ
 たりの本がこの本、『寄席の底ぢから』(中村伸 著 三賢社)だ。
 落語の入門書
 はあっても、ここまでくわしくて初心者にもわかりやすい寄席の本っていままでなか
 ったのではないかな。寄席が大衆娯楽の場としていかに大切なのか、ということが
 伝わってくる。寄席の歴史はもちろん、寄席がある上野、新宿、浅草、池袋などの
 街のこと、著者が経験した寄席での出来事、色物といわれる落語以外の漫才、曲
 芸などの芸の重要性など、一年を通じて空いている時間をすべて寄席通いをして
 いるんじゃないかと思われる著者だからこそ書ける愛情あふれる、チャーミングな
 寄席ガイドだ。この本で出囃子の大切さを知って、今度寄席に行くときは三味線に
 耳を澄まそうと思った。

 
  ぼくが初めて寄席に行ったのは1年ほど前のこと。この本の著者、中村伸さんが
 誘ってくれたからだった。夕方、新宿で待ち合わせて、まず向かったのは新宿三
 丁目の楽屋(らくや)。落語関係者がよく利用している純喫茶だそうだ。小腹が空
 いていたので磯辺巻きを食べた。

  そしてついに新宿末廣亭に入ることになった。古い木造の建物で、頭の中にあっ
 た寄席のイメージどおりの小屋だった。昼夜の入れ替えがないせいか、けっこう席
 はうまっていた。馴染みの芸人が出演しているわけでなく、初めて見るぼくは、少し
 緊張したのを覚えている。そのためか、大爆笑をすることはなかったのだが、あま
 り可笑しくない芸も、かえってそれが面白かったりする。あまり面白くない芸があっ
 ても、出番の時間は15分程度なので退屈することはない。曲芸、紙切り、漫才、
 そして落語とバラエティに富んでいてあっというまに時間が過ぎていった。ふーん、
 ほんとうに気楽なところなんだ、というのが感想だ。ただ初心者のアウェイ感はあ
 ったかな。何回か通って自分のお気に入りの芸人さんが出来ると、きっと楽しいだ
 ろうなあ。「寄席はワッと笑って、気分よく帰ってもらうことを誰もが大事にしている
 から、想像以上に面白くて楽しい場所だ」と本にあったけれど、その通りだった。
 
「初めての寄席ならば、きょうはこんなところでしょう」と中村さん。まずは、寄席は
 けっして敷居の高い場所でないこと、落語だけでなく幕の内弁当のようにいろんな
 芸を楽しめる場所ということがわかればいいということだったのだと思う。末廣亭を
 出ると、深夜寄席を待つ人たちの行列が出来ていた。

 
  じつは著者の中村伸さんは、ぼくのジャワの案内人でもある。知り合ったときは、
 ジャワに伝わる影絵劇ワヤンにくわしい人として、だった。初めて会ったのは、イン
 ドネシア、ジョグジャカルタのホテルのロビーだった。挨拶をすると、伸さんは
 「さ、ちょっと散歩しましょう」といって近くの駅まで連れて行ってくれた。時刻表を
 見ると「一駅だけでも乗ってみようと思いましたけれど、ちょうどいい列車がありま
 せんね」と駅員に交渉して駅構内を見学することになった。伸さん、けっこう“鉄分”
 の高い人だったのだ。驚いたのは、初めて会った駅員に構内の案内までさせてし
 まう交渉力。暇だったのだろうが、駅員はぼくたちふたりを実に丁寧にガイドしてく
 れた。中村伸という人は、人心掌握術というか、人の懐に飛び込んで気持ちを掴ん
 でしまう天才なんである。

  ジョグジャカルタの町でも、東京の下町でも、どこを歩いていてもその才能は発揮
 される。田舎の定食屋のおばちゃんにも、聞きたいことがあると、さっと声をかけて
 しまう。きっとインタビュアーとしても優秀なんだろうな。いつのまにか、心を許して
 胸の奥にしまっていたこと、自分でも気づかなかった本音を話してしまうにちがいな
 い。ぼくにとって、寄席、インドネシアの先生は、町歩きの師匠でもあるようだ。町を
 そぞろ歩く姿は、速すぎず遅すぎず、とてもいい感じだ。

 
  江戸時代に400軒ほどあった寄席は、いまでは定席といわれる本来一年を通じ
 て無休で開演している寄席は、上野・鈴本演芸場、新宿末廣亭、浅草演芸ホール、
 池袋演芸場の4つだけという。そのほか落語、講談、浪曲などの興行をほぼ毎日
 やっている国立演芸場や上野広小路亭などを加えると11軒だという。落語そのも
 のは50年、100年後にも廃れることはないだろう。漫才やコントもそうだ。だが寄
 席はどうだろうか?
  と中村さんは問いかける。災害などで何かひとつ条件が崩れれば、寄席が今の
 まま残るかどうかはわからない、という。寄席のある町の風景を愛おしむように歩
 く中村さんの思いが伝わってくる。

 
 ◎吉上恭太
 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。詳し
 くはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。
 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。
 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017
 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします! 

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 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
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  火の見櫓。残っているところには残っていますが、無いところには全然ないので
 馴染みのない人もいるかもしれません。もしかすると「火の見櫓」って何?と言う人も
 いる…のだろうか。
 
  鉄骨等で組まれて一番てっぺんに望楼が付いており、そこから火災を発見・確認
 し、同時に半鐘で火災を住民や消防団に周知する建造物です。
 
  火の見櫓なぞ同じようなものだと思いきや、実はデザイン色々。よく眺めれば眺め
 るほど面白いものです。本書はその火の見櫓についてまとめた数少ない解説書で
 す。
 
 『火の見櫓-地域を見つめる安全遺産』、火の見櫓から町づくりを考える会編、
鹿島出版会、2010

  いつごろから登場したのかというと、消防の体制が整いだした明治期以降が多い
 ようです。その後順調に数を増やしていった火の見櫓でしたが、戦時中には鉄材供
 出のため取り壊されてしまいます。現在残ってる火の見櫓の多くは戦後昭和20〜
 30年ごろに作られたものが多いようです。
 
  半鐘が取り外されたり、明らかに現役ではなさそうなまま立ち続けているものも散
 見されます。それでも消防ホースの乾燥用だったり、防災スピーカーの設置用だっ
 たり用途を変えて生き残っているものもありますし、今なおてっぺんに半鐘をぶら下
 げている現役の櫓ももちろんあります。
 
  そうした火の見櫓を色々な視点から考えていくのですが、一番わかりやすいのは
 見た目のバリエーションの楽しさでしょうか。
 
  先ほど鉄骨と書きました。まあ普通火の見櫓と聞いてイメージするのは鉄骨製で
 しょうが、他にも鉄筋コンクリートや丸太で作られたものもあります。
 
  またその高さも様々。30メートル級のものも存在したようですが、さすがにそれ
 は珍しい方で。一般的なものだと10メートル程度。高さ2メートルぐらいのものま
 であるようです。もともと眺望のいい場所なら櫓自体の高さは要りませんし…。
 
  そして同じ鉄骨製でも細かい意匠は様々です。踊り場があるか、望楼の形は円
 形か四角か八角形か、屋根の形状、風見鶏のデザインや有無など、細かいところ
 を見ていくと、それぞれに個性豊かな味わいがあります。
 
  機能から考えれば、そんなに個性を出す必要はないはずのモノではありますが、
 その機能の内側での違いがマニア心をくすぐります。当時はそれぞれの地区の顔
 となる建造物であっただけに、同じ火の見櫓でも近隣のものとは違うかっこいいも
 のを…という思いもあったのかもしれません。
 
  火の見櫓の形態論は奥が深い。静岡県の大井川流域や森町の火の見櫓の詳
 しい調査は一見の価値ありです。
 
  それ以外にも半鐘の音がもたらすサウンドスケープや、火の見櫓から地域社会
 のあり方を考えたり、様々な角度から火の見櫓について考えています。
 
  火の見櫓が建てられる場所は地区のうちでも、公共機関や神社のそばなど重要
 な場所であることも多いものです。取り壊しの検討に際して火の見櫓と共にあった
 様々な記憶がよみがえり、結局取り壊しが中止となった富士宮市星山のような例
 もあります。まだまだ地区を象徴する建造物という側面は残っています。
 
  じつは登録有形文化財になっている火の見櫓もあったりします。実際的な機能
 はだいぶ失いつつある火の見櫓ではありますが、地元の人々と共に積み上げて
 きた歴史しかり、デザインしかり、まだまだ魅力が沢山潜んでいそうです。本書を
 読めばそうした魅力を色々引き出すことができるでしょう。
 
  ちなみにそういった火の見櫓が宿す物語にもっと深く耳を傾けてみたい方には
 『火の見櫓慕情』(内藤昌康、春夏秋冬叢書、2008)がおすすめです。
 
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。
 
 -------------------------------------------------------------------
 ■トピックス
 -------------------------------------------------------------------

 ■ 藤岡拓太郎 コーヒー吹き出さないよう気をつけ展
 └───────────────────────────────── 
 ◆日時:2018年 8月14日(火) - 26日(日)10時〜18時 定休日:月曜日

 ◇場所:CLOUDS ART+COFFEE
     〒166-0002 東京都杉並区高円寺北2-25-4

『藤岡拓太郎作品集 夏がとまらない』の作品や、
 最近の1ページ漫画、原画も数点展示いたします。
 サイン本やポストカード販売もあります。
 小学生の身長でもたやすく見れるように、壁の下のほうにも展示してもらいます。
 これでもかとばかりにご家族でおいで下さい。
                             ―HPより抜粋
 ----------------------------------------------------------------------
 ■あとがき 毎日暑い日々ですね。本当に体に効きます。早く秋が来ることを
  願いつつ。読書だけが友達の夏です。           畠中理恵子
 ----------------------------------------------------------------------
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 おり、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。
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[本]のメルマガ vol.689


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食べたい! 食べたくない! そのどうしようもない欲求も、脳をだませばう
まくいく。嗅覚心理学の第一人者が、本当に「満たされる」ための食の科学を
指南する。最新の科学で明らかになった人間の食行動とその理由。

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その26「探偵たちの食生活」<その三 スペンサー>

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 『ライフデザイン スタンフォード式最高の人生設計』

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

----------------------------------------------------------------------
■トピックス
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■出版関係勉強会「でるべんの会」
└──────────────────────────────────
「出版界のスリップ廃止問題」に関する意見交換

ここ数か月の間に、一部の出版社が書籍に封入するスリップを廃止する動きが
見られ、このことが書店から賛否様々な声が挙がっている。スリップがなくな
ることで在庫管理や発注等が不便になってしまうと訴える書店がある一方で、
すでにPOSデータで管理している書店からは「抜き取って捨てるだけの無駄な
労力、なくてよい」という声もある。
出版業界紙でも記事として取り上げられたこの問題だが、一定の結論を出すに
は議論が尽くされていないのではないか。書店、取次、出版社がそれぞれ自分
の立場を主張し、お互いに理解をしあい、課題を整理する必要があるのではな
いか。
今回「でるべんの会」では、この「スリップ廃止問題」の現状をとらえるため
に、『スリップの技法』を著したフリーランス書店員・久禮亮太氏をゲストに
むかえ、参加者皆さんとの意見交換・討議を行いたい。

○日時:2018年8月6日(月)19:00〜20:30 ※終了後、希望者で懇親会予定あり
○場所:東京・水道橋 貸会議室「内海」 http://www.kaigishitsu.co.jp/access/
○参加者:久禮亮太(フリーランス書店員)、梶原治樹(でるべんの会幹事・
 (株)扶桑社)ほか
○参加費:勉強会のみ 1000円 (懇親会は当日実費徴収)
○申し込み方法:下記サイトよりお申込ください
https://www.kokuchpro.com/event/9c6591ea52e7b0cdb901090363f28b5d/

----------------------------------------------------------------------
■第6回文化通信フォーラムのご案内
└──────────────────────────────────
第6回文化通信フォーラムのご案内

これからの雑誌ビジネスを考える1
『レタスクラブ』がトップシェアをつかめた理由

KADOKAWAの『レタスクラブ』は2017年下期ABC部数が
前年同期比143.2%に達し、web版も月間PVが前年の3倍に
跳ね上がっている。松田紀子編集長と、ウェブ版の責任者が、
紙とデジタル両面で成長させた理由と雑誌ビジネスについて
語ります。

■講師
 KADOKAWAビジネス・生活文化局 生活情報ブランド部部長
  松田紀子氏
 KADOKAWAビジネス・生活文化局デジタル・カスタム部部長
 大家太氏
■日 時:8月21日(火)16時〜18時(終了後懇親会)
■会 場:文化産業信用組合会議室 3階会議室
 〒101-0051 千代田区神田神保町1-101神保町101ビル
■参加料:5000円(懇親会費5000円)
■問い合わせ=電話03(3812)7466
■お申し込み=https://goo.gl/qs1Rvk

----------------------------------------------------------------------
■第 7 回文化通信フォーラムのご案内
└──────────────────────────────────
第7回文化通信フォーラム
これからの雑誌ビジネスを考える2
NewsPicksが紙の雑誌を出した理由

 NewsPicksは6月に雑誌『NewsPicksMagazine』を創刊。
書籍「NewsPicksBook」も14点を発行し、ベストセラーが
相次いでいる。佐々木紀彦CCOに紙の書籍、雑誌を出す
理由と、これからのメディアのあり方について聞く。

■日時:9月10日(月)16時〜18時(懇親会18時30分から)
■会場:文化産業信用組合会議室
 〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-101神保町101ビル
■参加料:5000円(別途懇親会あり・会費5000円)
■問い合わせ=電話03(3812)7466
■詳細・お申し込み=https://goo.gl/mUAqtX

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■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その26「探偵たちの食生活」<その三 スペンサー>

 数ある探偵小説の中で料理をする場面が一番多いのは、ロバート・B・パー
カーが生み出した、ボストンのタフな探偵スペンサーの物語だろう。
 スペンサーの人気は凄いもので、一九七三年に『ゴッドウルフの行方』でデ
ビュウし作者が亡くなった一年後に出た『春嵐』(二千十一年)至るまで、全
三十九作が翻訳され文庫化もされている。
 
 これは、読者にとってはとてもありがたいのだ。

 登場人物が探偵とその恋人のスーザン、そして凄腕の殺し屋の友人のホーク。
その他おなじみのギャングとその部下の殺し屋たち。ほとんどそのメンバーさ
え覚えておけば、いつこのシリーズの中の一冊を手にとっても楽しめる。出張
先や所用で出かけた知らない街の本屋や図書館にも必ずあって、時間つぶしの
一冊としていつでも気楽に手に入れることができるのだ。
 
 そして、私にとってうれしいことに、必ず料理をする場面かレストランかバ
ーに行く場面があり、おいしそうな食べ物が沢山出てくるのだ。
 
 用事があって時間をつぶさなくてはいけない時、例えば家族の為に病院に薬
を取りに行って延々と待たなくちゃいけないような時、おいしそうなものを食
べたり飲んだりする小説はとても力になる。面倒くさい仕事をした後の食欲も
なくした帰り道にそういう本を読めば、まあ料理はともかく何かおいしいもの
を買って食べようかなという気にはなるのだ。
 
 そういう便利で力をくれる本について私が頂点に置いているのはもちろん池
波正太郎の作品群なのだが、それはまた別の機会に語ることにして、ボストン
に住むタフな探偵の食生活を見ていくことにしよう。

 実はこの作品は殆ど全巻読んだことがあると思っていたのだが、なぜか第一
巻である『ゴッドウルフの行方』を読んでいなかった。そこで、この探偵のデ
ビュウ作を読んでみると、まず気づかされるのは、スペンサーが自分のために
しっかりと料理をしていることだ。朝起きると、きちんとハムエッグやししと
うがらしとトマト入りのスパニッシュオムレツやホットビスケットなどを作り、
コーヒーを飲んでから、依頼人の求めに応じて町に出る。
 そして、依頼人の娘テリーを保護した時には、彼女のためにも料理をする。

「冷凍庫からトリの骨なしの胸肉を四つ取り出した。ワイン、バター、クリー
ム、マッシュルームと一緒にトリ肉を煮た。火が通るのを待つ間にサラダの材
料を用意し、ライムジュース、ハッカ、オリーヴ油、蜜、ワイン酢でドレッシ
ングを作った」

 ほとんどレシピのような記述だ。

 このトリ料理はたぶん私も作ったことがある。でもドレッシングの材料はな
かなか珍しいし、よくこれだけのものを家にそろえているなあと思う。それだ
けでも、スペンサーが常に家で料理をする人間であることがわかる。

 この第一巻を読んで思ったのだが、ハードボイルドな女流探偵たちは皆この
作品に影響を受けているようだ。

 例えばスペンサーが依頼人であるテリーの父に呼び出され、豪邸の一室で高
価なブランディを薦められて飲む場面。

「極上等の酒で、喉を通るときに液体のような感じがほとんどしない。このよ
うなブランディを人に出すところをみると、まんざらくだらない人間でもなさ
そうだ」なんてスペンサーは思うのだが、もちろん皮肉なんだろう。

 サンタ・テレサの探偵キンジーやシカゴの探偵ヴィクにも、大金持ちの家に
呼びだされ、まだ午前中だったり昼間だったりするのに高価なワインやブラン
ディを一緒に飲む場面がある。そして同じように、こんな高価なもので朝から
うがいをする気にはならないと心の中で皮肉を言うのだ。

 さらに、この物語のギャングに呼び出され脅される場面など、あまりにヴィ
クの物語と似ていて呆れていたら、作者のサラ・パレツキーが来日時に一番影
響を受けた作家として、ロバート・B・パーカーをあげていたということを知
った。

 後続の作家たちは皆ここから学んだのだろう。

 ところで、この作品ではハードボイルドの常で、女たちは皆、依頼人の妻や
娘までスペンサーの腕の中に倒れ込むのだが、あまり楽しそうでもない。誘惑
や恋の匂いがしない、まるで相手を慰めるために仕方なく応えているような情
事のシーンになってしまっている。

 そこで、作者は第二巻である『誘拐』でスペンサーにある女性と恋に落ちさ
せる。そして、その女性が永遠の恋人として、ほとんどすべての作品に顔を出
すことになって行く。

 彼女の名前はスーザン。黒髪で浅黒い肌のユダヤ人。年齢は三十代後半。出
会った時にはスクールカウンセラーだったが、やがて、ハーヴァート大学で博
士号をとり、精神科医を開業する。
 スペンサーに言わせると、
「頭がよくて、いくぶん自己中心的、気性が激しく、頭の回転が速くて、ひじ
ょうにタフ、ひじょうに愉快、とても料理が下手で、美しい」
のだそうだ。
 そういうわけでその後の巻では、ほとんどスペンサーは彼女のために料理を
する。

 回が重なるにつれ、スペンサーのスーザンへの愛着に読者が飽きないように
するためか、スーザンは大学の講座に通う頃からスペンサーと距離を置くよう
になり、やがてはサンフランシスコに就職して彼の元を去り、二人はそれぞれ
浮気をするのだが、またよりを戻して延々と食事とベッドを共にすることにな
る。

 熱心な読者も、呆れながらそれに付き合わざるを得ず、仕方なく、あれこれ
彼女のことを考えるはめになる。
 あまりに魅力がない彼女のことを、白いドレスを着ていたからハードボイル
ド小説に特有の運命の女なのだと読み解くあとがきまである。(『誘拐』文庫
版あとがき「宿命の女、スーザン」香山二三郎著)
 又、スーザンの拒食症じみた振る舞いとその幼児性を指摘し、さらに彼女が
いなくなる日を望む実に痛快なあとがきもある。(『虚空』単行本あとがき
「スーザンが餓死する日」北川れい子著)ちなみに、この文章は実にスカッと
するので、スペンサーを愛する読者は是非ご一読を。
 
 さて、そんな彼女と最初のデートのためにスペンサーが作ったのは、ポーク
・テンダーロイン・アン・クルート。ブタのフィレ肉をパイ皮で包んで焼いた
もの。なんと、パイ皮から自力で作っているところが驚きだ。青リンゴと人参
とオニオンのシードル煮も添え、カンバランドソースを作り、大きなトマトを
スライスしてドレッシングをかけたサラダも用意している。フランスパンも買
って来て、飲み物はウォッカギムレットにラインのワイン。
 レストラン級の料理で、私もスーザンと一緒に驚いてしまった。

 探偵に料理を教えたのは、父と叔父たちだという事だ。母親は交通事故で亡
くなってしまったから彼は男手のみで育てられ、大工だった父や叔父は何もか
も自分で作ることを彼に教えたらしい。その後は独学でメニュウを増やしてい
ったようだ。

 さて、スペンサーはほとんどの作品で料理を作り続けるのだが、そのあまり
の魅力に『スペンサーの料理』というレシピも付いたエッセイ集が早くも一九
八五年に出ている。さらに、二〇〇八年には『ロバート・B・パーカー読本』
という解説書が出て、その中にも「新・スペンサーの料理」という章があり、
スペンサーの作る料理の背後にあるアメリカを知るのに最適なエッセイが楽し
める。

 けれど、これだけの膨大な物語の中で料理を作り続ける探偵に対し、シリー
ズの中でだんだんスーザンが拒食症じみた振る舞いをし始め、またまたスペン
サーが「食べないスーザン」を全面的に肯定している様子には、なにやらぞく
りとした感触を覚えてしまうのだ。

 例えば、飲み物について。

 スペンサーはスーザンの個性として、彼女は冷たい飲み物が嫌いで、オレン
ジウォッカやダイエット・コークでさえぬるいのを飲むと言っているのだが、
この初登場の『誘拐』では、スーザンは赤ワインを氷で冷やして出したスペン
サーに、自分も同じ趣味だと言っている。そして彼女は決してビールを飲まな
いということになっているのだが(三十一巻『背信』)、六巻目の『レイチェ
ルウォレスを探せ』では、ボストンのクインシイ・マーケットのスタンドで牡
蠣を食べながら、ちびちびとした飲み方ながらもビールのお代わりをしている。

 けれども、そんな初期の健啖家のスーザンはどんどん消えて行って、何もか
も少しずつしか飲まなくなり、お気に入りのリースリングの白ワインも「ごく
少量しか飲まない」ようになり、二十五巻目の『ペイパードール』では、二〇
分かけてやっとグラスの四分の一のシャンパンを飲んでみせ、その後も一ミリ
グラム単位で飲んでいく。一ミリグラムってどうやって飲むのだろう?今度シ
ャンパンを飲むと時に試してみようと思うのだが、こんな飲み方では泡もなく
なってしまうだろう。

 あげくの果てに二十九巻の『笑う未亡人』では「スーザンはマティーニのミ
クロ飲みをやっていた」となるのだ。ミクロではもう試す気にもならない。
 
 食べ物についても同様だ。どんどん食べる量が減って行って、レストランで
の食事の仕方を見ると、小食を通りこした彼女の食べ方は決してエレガントで
はなくて気味が悪い。でも、スペンサーはそんな「小鳥の量くらいしか食べな
い女」のために料理をし、レストランで彼女が食べない様子をうっとり見つめ
続けるのだ。

 スペンサーほどの大男と食べる量が違うのがわかるし、アメリカのステーキ
なら半分で十分だろうから、その残りはスペンサーに食べてもらえばいいし、
飼い犬のお土産に持って帰るのも賛成だ。
 二十二巻目の『虚空』で、レモン・ローステッド・チキンの皮を切り離して
いるスーザンを見ながら、スペンサーが「彼女は体重にかけては用心深く、絶
対に脂肪を食べない」と言い、なにか皮肉めいたことを語っているのはダイエ
ットについての男性のあたりまえの反応だろう。
 けれども、三十一巻の『背信』の朝食場面で、スペンサーが「ポーチドエッ
グ付きのコーン・ビーフ・ハッシュを、スーザンが時間をかけてベイグルの半
分を食べていた」というくらいの食べ方の差ならわかるのだが、「彼女はベイ
グルの端をちぎって、クリーム・チーズを目薬の一滴ほど塗り付けた」と書か
れてしまうと、少々病的なダイエット風景に思えてきてしまう。

 最後の作品の『春嵐』でも、車の中でサブマリンサンドイッチをばらばらに
してまるでサラダをつまむように食べる行儀の悪いスーザンの様子が描かれる。
いわゆる炭水化物ダイエットでもしているのだろうか?

 あげくに、スペンサーと入ったレストランで「夢のようなブランチ」を食べ
る場面を見ると、確かに彼女の食べ方は小鳥のようになってしまっている。

「スーザンはベリーのシャンパン・サバイヨン仕立てを副菜に取っていた。そ
れだけで彼女の一食分を超えるかもしれない」
「スーザンはまだ細々とベリーを食べていた。ときおり粒にサバイヨンをわず
かに乗せ口に運んでいる」

 その間に、スペンサーはパッションフルーツのカクテルを飲み、マグロのタ
ルタルソースがけを食べている。レストランにやって来たギャングにすすめら
れた神戸牛の肉団子も食べたかもしれない。

 その間にスーザンは、ブラックベリーを半分食べて微笑む。

 スペンサーはステーキと卵にとりかかっている。

 そして、スーザンはいちごとブルーベリーを食べるのだ。

 せっかく精神科医になったのに、なぜスーザンはこんな拒食症じみた女性に
なり、スペンサーもそれを受け入れているのだろう。時たまスーザンが人並み
の食欲を見せると、スペンサーはうろたえるようになって行く。

 それぞれの家にとまりに行く夜、スペンサーはたいてい夕飯を作る。スーザ
ンの家では持ち帰り料理や出前をとることが多い。けれど日曜の朝には、スペ
ンサーがコーン・マフィンを焼いたり、ブルーベリー入りのパンケーキを焼い
たりする。家族なら普通の場面だけれど、恋人同士としては異様なのかもしれ
ない。餌を与えられ過ぎて嫌になった小鳥のように、拒食症じみていくスーザ
ンという風にも読めてくる。

 今回、記憶になかった本は取り寄せて殆ど全巻を読み直したのだが、作者の
スーザンの描き方には矛盾が多い。例えば彼女は料理が苦手なのだがまるきり
しないわけでもなく、二回目のデートでスペンサーを自宅に招いた時にはカス
レを用意している。まあ、出来合いのものだったかもしれないが。その他にも
同居を試みた『ダブル・デュースの対決』では、自分のためだけにパスタとサ
ラダを作っている。だが、作者は残酷なことにこの作品の中でスーザンにスペ
ンサーのために料理をさせている。新聞に載っていたというレシピで作ったブ
ランズウィックシチュウはもちろん失敗で、ルーがダンプリングのような塊に
なって浮かんでいるものとなった。これは家庭料理なら許される範囲だと思う。
けれど、スーザンはまずいと思いながら食べるスペンサーに我慢ができない。
というわけで同居は解消され、彼女は料理ができない女性という事になって行
き、三十巻の『真相』では、

「私、生まれてこの方、サンドウイッチを作ったことは一度もないと思うわ」

 とまで言うようになって行く。これは真っ赤な嘘で、それ以前の巻には何度
もサンドイッチを作る場面が出てきているのだ。

「スーザンはなぜスペンサーのために料理をしないのだ」とか「フェミニズム
の影響で料理をしないのか」という疑問や見解を抱く男性の読者が多いようだ
が、前述のようにスーザンは料理をしているし、『笑う未亡人』では、ノーカ
ロリー・バター風味・スプレーをふりかけたハムや卵のフィンガー・サンドイ
ッチを用意して、サイクリングにスペンサーを連れ出している。

 作者がそんなスーザンの過去を無視して、まるきり料理をしない女性に彼女
を仕立てて行き、スペンサーと食事をするときには極度の小食となる女性にし
ていったと読むべきだろう。

 はっきり言ってレストランで会食中に相手が食欲を示さないのは別れのサイ
ンだと思うのだが、スペンサーも作者も絶対にそれを認めず、スーザンをただ
ダイエット中の女性と言い張っているような気もする。

 そんな矛盾を感じながらこの作品群を読み直していくうちに気づいてしまっ
たことがある。それは、スペンサーが実にたくさんの人を殺しているという事
だ。もちろん正当防衛だったり、人の命を守るためだったりするのではあるの
だが……。もしかするとこの物語は探偵ものというよりも、自分自身の信念に
よって殺人も辞さない生き方をする男と、そんな男を愛する女との物語なのか
もしれない。

 スペンサーにとって、料理は明日を生きるための力だ。

 自分自身と恋人のためにひたすら料理をするスペンサーの姿には、常に死と
隣り合わせの稼業を生きている自己を肯定していく意志のようなものを感じる。
そして、全身をもって矛盾した女スーザンを愛するスペンサーは、そんな自分
を肯定してくれることを、スーザンに求めているのかもしれない。

 けれども、スーザンの拒食症じみた振る舞いは、そんな彼への微かな拒絶で
あり、衰弱と死への傾斜を表しているようにも思える。

 きっと、そのことにもスペンサーは愛着を感じているのだろう

 スーザンは殺人者でもある彼の姿を映す鏡となり、彼は鏡に映る自分の姿を
うっとりと見つめて続けているようだ。

 というわけで、皆さまには過激なダイエットなどに走らずに、おいしいスペ
ンサーの料理を楽しんでほしい。本格的な料理が面倒な場合は『レイチェルウ
ォレスを探せ』で、スーザンが作ったおいしいハムのサンドイッチでもいい。
スペンサーに言わせるとそのハムは、ミラートンで作られた「塩と糖蜜で保存
処理をしてヒッコリイで燻製にする」ものだそうだが、そこまで凝らなくても
いい。ただ、その味に思いを馳せて、普通のハムサンドイッチを食べてみて欲
しい。そうすれば、味覚の想像力によって最上の食事ができるだろう。それこ
そが、面白い本を読んだ時の本当の醍醐味なのだ。
    
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『ゴッドウルフの行方』ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『誘拐』       ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『レイチェルウォレスを探せ』

           ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『虚空』       ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ノヴェルズ 
『ペイパードール』  ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『笑う未亡人』    ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『真相』       ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『背信』       ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『春嵐』       ロバート・B・パーカー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『スペンサーの料理』    東理夫・馬場啓一著 早川書房
『ロバート・B・パーカー読本』早川書房編集部・篇 早川書房
『スペンサーという者だ ロバート・B・パーカー研究読本』
                  里中哲彦著 論創社
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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■ホンの小さな出来事に / 原口aguni
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『ライフデザイン スタンフォード式最高の人生設計』

 「人生100年時代」とか「働き方改革」とか、キャッチコピーみたいな政
治が続いていると、個人と国家の関係について疑問を持ってしまう。なんとな
く統計とか人口動態とか言われると、自然現象なので災害よろしく抗えないよ
うな気になってしまうが、結局のところ、今と自分のことしか考えていなかっ
た政治や行政の人たちが、未来のことまで考えて政策を遂行してこなかったの
を、国民に責任を押し付けようとしているとしか見えないからだ。

 さて、そんな政治はもうとっくに終わっているとしても、ひとつ諦めてはい
けないのは教育というか文化というか、あるいは我々の生き方。つまりは自分
の人生というものだ。こればっかりは、他人にどうこう言われたくない。

 では、これからどういう人生を送りたいと考えるのか、ということは、これ
はこれで結構、考えるのがしんどい話である。

 人生のビジョンを描いたり、夢を描くツールなんてのは、仕事柄、結構、扱
ってきている。理想像を描く、という意味ではどんなツールもワークも一定の
意味と価値があると思っているけれども、心の満足度というか、こういう人生
を送りたい、というものではないような気がしていた。

 そんなとき、これからの日本人にとって必要な能力は「ライフ(人生)デザ
イン」能力なんではないか、とふと思って、検索してみたらこの本に出会った。

 ビル・バーネット&デイヴ・エヴァンス著 千葉敏生訳
 『ライフデザイン スタンフォード式最高の人生設計』(早川書房)
 https://amzn.to/2OINPWZ

 著者の2人はスタンフォード大学デザイン・プログラム内にライフデザイン
・ラボを設立した人らしい。で、この本の中心は、学生たちが将来、どんな仕
事につくべきか、ということを考えるというワークブックのようなものになっ
ている。

 この本の冒頭で「ワーク・ライフ・バランスの4つの分野」というものが紹
介されている。これが個人的に、いちばんインパクトがあった。

 その分野とは、「健康」「仕事」「遊び」「愛」。

 うーむ。と自らの人生を振り返り、うなってしまった。

 この本によると、「健康」というのは「心(感情)」「体(肉体)」「精神
(メンタル)」の3つとのこと。「体(肉体)」の健康のことは気にしてても、
「心(感情)」と「精神(メンタル)」の健康のことを気にしている人は少な
いんではないだろうか? アンガーマネジメントとかストレスケアとかの講座
のにぎわいぶりを見ると、そう思ったりもする。

 「仕事」とは、有償・無償関係なく「人類社会に対する貢献」のすべてだそ
うだ。このメルマガのコラムを書いているのも、これに当たるってことになる。

 あとの2つが問題である。

 「遊び」とは「楽しいこと」。サッカーの試合のようなものは含まないそう
だ。勝利、出世、目標達成のための活動は遊びとはみなされない。「純粋に楽
しむための活動」が「遊び」である。

 「愛」は「説明不要」らしい。「愛のあるなしは一発でわかる」とのこと。
「愛がなければ人間は活動する意欲を失ってしまう」とのこと。愛にはいろい
ろなタイプがあるが「つながっているという感覚」が含まれるという点が共通
している。

 ということらしい。このコラムを読んでいる方も自分の今の人生について、
考えてみて欲しい。

 「人生100年時代」にしても「働き方改革」にしても、経済産業書の旗振
りのせいか、「仕事」と「体(肉体)の健康」のことばかり話題に上るような
気がしているが、「心(感情)の健康」「精神(メンタル)の健康」「遊び」
「愛」については、どことなく置き去りにされているような気がしている。っ
ていうか、「遊び」や「愛」については担当省庁もないのだから、これは政府
に頼っているわけにもいかない。

 そして、この本にも書いてあるが、この4つの分野について、誰か他人が誰
かの人生を評価することはありえない。あくまでも、これらのバランスをどう
取るのかを自分で決めることが大事なのであり、それが「ライフデザイン」と
いう考え方なのである。

 ちなみにこの本では「デザインシンキング」の考えた方に基づいて、アイデ
ア創造、プロトタイピング、行動主義、選択などの手法が紹介されている。こ
れはこれで参考になる人も多いだろう。

 しかし、「遊び」「愛」をどうやって「増量」したらよいか、という方法に
ついては書かれていない。これは自分にとっては、結構、深刻な問題なんだと
いうことに気づいた。

 で、思ったのは、結構、ライフデザインにこの「遊び」「愛」が減って行っ
ている人というのは、特に男性で、年齢が高くなってしまっている人に多いの
ではないだろうか、ということだ。

 もちろん「誰か他人が誰かの人生を評価することはありえない」ので、あく
までも「そう思った」というだけのことなのだけれども、最近、仕事ばかりで
ちょっと引きこもりがちだったのを改めて、少しは「つながり」を求めて「遊
び」に出かけようと思ったので、この観点が、このコラムを読んでいただいた
どこかの誰かの、もう少し幸せな「ライフデザイン」に役に立ったら嬉しいな、
と思ったので、今回は紹介した次第である。

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:
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 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

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■あとがき
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 めずらしく発行日に発行です。って、当たり前といえば当たり前なんですが。

 考えてみたら、このメルマガで4000人以上の方とつながれているんだなぁ、
と思うと、それはそれで幸せなことかなー、と思ったりもします。

 執筆者も若干名、募集中です。完全に無報酬ですが、自分のコラムを発信し
て読んでもらう&書き貯めることに価値を見いだしてくださる方、サンプル原
稿とともに御応募ください。(aguni原口)

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[本]のメルマガ vol.687


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 『世界から消えた50の国 1840-1975年』
 
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 数年から数十年といった短い期間のみ実在し、そして消えた50の国を紹介した
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 ていた時代を背景に、歴史の片隅に実在した国の知られざる運命を記す。
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【連載】………………………………………………………………………………

 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 第54回「自然災害と図書館:記録作成の勧め」

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 第109回 沖縄への招待状のような本
 
 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → 東ヨーロッパのサッカー事情
  
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 ■トピックス
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 ひとつ、イベントをご紹介します。
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 ■「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人
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 第54回「自然災害と図書館:記録作成の勧め」
 
 こんにちは。先日の大阪北部地震,西日本豪雨災害にて罹災したみなさまに,
 謹んでお見舞い申し上げます。復旧の途上で何かとご苦労が多くなるかと存じ
 ますが,どうかお疲れの出ませんように祈っております。この連載ではあまり
 取り上げてきませんでしたが,わたしも東日本大震災に罹災した身であり,勤
 務先も大きな被害を受けましたので,その復旧には多大な労力を傾注しなけれ
 ばならないことは理解できるところです。
 
 東日本大震災については以前,二度ほどお招きをいただき,自らの体験をお話
 したことがあります。どうしたことか,今回この連載記事を書くための参考に
 しようと,以前の記録を探してみたのですが掲載誌はおろか,そもそもの講演
 原稿,当日使用したパワーポイントのファイルも,講演の文字起こしやそれを
 仕立て直した記事原稿のデータすら見つからず,図書館員ともあろうものが保
 存への配慮不足に愕然とする始末です。よほど思い出したくないこともあると
 見えます(苦笑)。
 
 とにかく,当事者になると情報が入ってこなくなります。震災の真っ只中にい
 るのだから,置かれている状況が手に取るようにわかるのか,と言うと,そん
 なことはありません。眼の前の惨状にとりかかるのが精一杯で,周囲で何が起
 きているのか,さっぱりわからなくなります。マスメディアとICT(SNS)が頼
 りになりますが,どうしたってノイズが増えます。同じ県内,同じ市内でも他
 の施設にどの程度被害が出ているのか,すぐには把握できません。このあたり,
 被災地から少し距離のある方々が,被災地の情報を俯瞰してまとめたものを提
 供していただくものが役に立ちます。
 
 残念ながら,図書館業界はここの手当が必ずしも充分ではないのが現状です。
 日本図書館協会は個人会員,団体会員とも被害状況調査をしようとはしません。
 東日本大震災からこちら,被害まとめはsaveMLAKやカレントアウェアネス・ポ
 ータルが機能し始めています。しかし,例えば東日本大震災から7年を経過し
 ていますが,図書館に関わる東日本大震災関連書誌ですら,名のある団体から
 出ているものでも充分な内容に仕上がっているものではないようです。これは,
 本来は時間を作って後世に伝えるに足る東日本大震災関連書誌を,図書館関連
 団体が集合知を以って作成しなければならないものでしょうが,そのような機
 運が醸成されているようには見えません。党派的に偏りのある,不完全な書誌
 は淘汰されなければならないはずですが,難しいのでしょうか。「未熟」を言
 い訳に,その不完全なものに居直ることも可能でしょうが,そのツケはいずれ
 誰かが払わなければならなくなります。
 
 大災害の際に,余裕を持つことは難しいとは思いますが,できるだけ災害の記
 録,復旧の記録は作成しましょう。写真を撮影して災害時の現場の有様を,復
 旧の模様を残しましょう。そしてその記録を,私的な空間でも構わないので,
 できるかぎり何らかの形で公開することが大切です。それは災害からの復旧と
 同時進行でなくてもよく,復旧が一段落した頃合いに,休養しながらまとめれ
 ばよいのです。努めて客観的に振る舞うこともありません。個人の声が,感情
 が反映されていても恥じることはないのです。個人の感情も,時が経てば立派
 な記録の一部分足り得るのです。
 
 願わくば,図書館関連のそのような記録が拾い上げられて,何らかの編集物が
 出版されるようなことがあれば,わたしたちの経験を後世の誰かが役立てるこ
 とができるようになるかもしれません。今後,再度大きな自然災害が起こらな
 いことが最善でしょうが,この国は自然災害には事欠きません。少しでも防災
 ・減災のお役に立つような記録が党派の偏りなく編纂されることを祈ってやみ
 ません。
 
 では,また次回。
 
 
 ◎停雲荘主人
 大学図書館の中の人。南東北在住。好きな音楽は交響曲。座右の銘は「行蔵は
 我に存す,毀誉は他人の主張,我に与らず我に関せずと存候。」(勝海舟)。
 
 ----------------------------------------------------------------------
 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 ----------------------------------------------------------------------  

 第109回 沖縄への招待状のような本

 
  暑いなあ。テレビで沖縄のきれいなビーチなどが映されると、ちょっとうら
 やましくなる。沖縄には行ったことがない。もともとリゾートなんかには縁が
 ないけれど、沖縄の音楽には興味があって、大島保克のライブには何度も行っ
 たし、比屋定篤子の「RYUKYU STANDARD」というアルバムはいつも聴いている。
 沖縄に旅行に行った友人に土産話を聞けば、行ってみたいと思う。それでも、
 沖縄旅行はためらってしまっている。

 
 沖縄が日本に返還されたのは1972年だから、ぼくは中学生だった。ベトナム
 戦争は終わっていなかったし、学生運動もまだ盛んだった。でも思春期真っ只
 中だったぼくは、社会の変動よりも好きな女の子のほうが気になっていたし、
 弾き方を覚え始めたギターに夢中だった。面白いことに当時の記憶はカラー映
 像として思い出せるのだけど、どういうわけか社会状況のこととなると、記憶
 はモノクロームになってしまう。うちのテレビが白黒だったからか?
 
  いやいや、さすがにカラーテレビだったはずだ。そのころ、ぼくの周りで沖
 縄について語られることは、ひめゆり部隊、沖縄戦、そして米軍基地のことだ
 った。ぼくの通っていた学校が社会的な意識が高い教育をしていたせいもある
 だろう。だから沖縄のことを思うとき、どこか後ろめたい気分になってしまう
 のだった。ぼくのようなノンポリが行ったら、怒られるんじゃないか、なんて
 思ってしまう。四の五の言わずに、行きたきゃ行けよってことはわかっている
 んだけど。
 
 
 そんな凝り固まった頭をスーッとほぐしてくれた本があった。『本日の栄町
 市場と、旅する小書店』(宮里綾羽 著 ボーダーライン)という沖縄那覇市
 の栄町市場にある小さな古本屋「宮里小書店」の副店長が綴ったエッセイ集。
 著者の宮里綾羽さんの肩書きは「副店長」?
 
  店長はお父さんの宮里千里さんというエッセイストで沖縄民族音楽の収集家
 だ。店長は音楽を求めてほとんど店にいないようで、お店のカウンターにいつ
 も座っているのは、宮里綾羽さんということらしい。

 
  先日、古書ほうろうで宮里千里さんと大竹昭子さんのトークショーに行って
 きたのだけど、宮里さんと大竹さんの話や宮里さんが録音した音楽を聞いてい
 ると、バリ、奄美、宮古…と行ったことのないところの風景が目の前に浮かん
 でくる不思議な体験だった。宮里千里さんが持ってきたドイツ製のオープンリ
 ールのテープレコーダーが柔らかくて、素晴らしい音色だった。テープレコー
 ダーも楽器なんだな、と改めて実感した。
 
 
 栄町市場は沖縄師範学校女子部、沖縄県立第一高等女学校(ひめゆり学徒隊
 の母校)の跡地に戦後、地域が再び栄えるようにと誕生したという。ようする
 に闇市があった場所がそのまま市場となったらしい。栄町市場の公式ホームペ
 ージ(http://sakaemachi-ichiba.net/index.html)を見たら、精肉店、
 青果店、鮮魚店、酒屋、菓子店、健康食品店、雑貨、かばん、花屋、洋品店、
 居酒屋、バー、喫茶店、古書店、整形外科まであった!
 
  けっこう大きい市場なんだろうか?
 
  ミュージシャンの店も多いらしい。ただ一度行ったことがある店に再び行こ
 うと思っても、なかなか行き着けないというから、迷路のように道が入り組ん
 でいるみたいだ。
「宮里小書店」は、小書店というとおり本当に小さいようだ。
 4畳ほどのスペースに本棚が置いてある。向かいにはベビー服や肌着を扱って
 いる金城さんの店がある。お店同士を隔てる壁はなく、シェアショップとして
 ひとつの空間に共存している。本に載っている写真を見ると、これはひとつの
 ショップだな。本とベビー服の取り合わせがへんだけど。ぼくだったら、息が
 つまってしまうかもしれない。でも、栄町歴40年という金城さんとの距離感が
 抜群で心地よい。著者が初めて店番に座ったとき、「がんばります!」とはり
 きって挨拶をすると、金城さんはカウンターから身を乗り出して、
 「が・ん・ば・る・な」という。がんばったところで客がくるわけじゃない。
 まずは続けること、まずは3年、休んでもいいから3年続けることだよ!
 とアドバイスをしてくれる。なんて含蓄のある言葉なんだろう。こんな言葉を
 かけてくれる人がそばにいるっていいなあ。

 
  市場には、ほかにも面白い人が集まっているみたいだ。世界中から弟子が訪
 れる70代を優に越えている空手の先生、南米料理店を経営しながら、キューバ
 のカストロ元議長を尊敬して、移民の支援をしている艶子おばさん。金城さん
 は85歳で須賀敦子の本に出会い、夢中になっている。金城さんは沖縄戦で破壊
 されてしまった女学校の最後の生徒で、上級生たちは看護要員として動員され
 たという。須賀敦子と同じ年の金城さん、学ぶ機会を失ったが、どんなときも
 本を一生懸命読んだという。
 
 
 市場にある本屋だから、いろいろな人がやってくる。多くの人が本だけをさ
 がしに来るわけではないだろう。ちょっとした買い物のついでに本屋をのぞく
 人のほうが多いかもしれない。日常生活の延長にある本屋というのか、いろい
 ろな人がやってきて、それぞれの人生をほんの少しずつ垣間見せてくれる。そ
 のひとつひとつのエピソードを拾い集めて、愛おしい文章にしている。ひとつ
 ひとつの文章はそれほど長くはないし、さりげないのだけど、その人にきちん
 と向き合って愛情を込めて書いてある。

 
  読み終えると、すぐにでも栄町市場に行ってみたくなるのは、人間味あふれ
 る、その温かさに触れたくなるからだろうな。遠かった沖縄がとても身近に感
 じさせてくれた一冊だった。沖縄に行ったら、どんなリゾートよりも、栄町市
 場に行って、おかずの店「かのう家」の300円のお弁当を食べたい!

 
◎吉上恭太

 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。詳し

 くはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。

 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。

 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017
 
タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします! 

  
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 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
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  このたびの西日本豪雨で被災された方々に心よりお見舞い申しあげます。中
 国地方には何度か足を運んだことがあるだけに、ニュースで流れる映像はにわ
 かには信じがたいものでした。
 
  そんな中ではありますが、サッカーのワールドカップはそろそろ最終盤です。
 このメルマガが配信されるころには、優勝国も決まっているのかな。
 
  しかし今回はあの国もあの国も予選敗退でちょっと残念。といってもイタリ
 アやオランダのことじゃないですよ。ルーマニア・ブルガリア・ハンガリー・
 ギリシャ…。
 
  スーパースター達の華麗なプレーも確かにワールドカップの魅力ではありま
 すが、名も知らぬ選手達が結束してスーパースター達に伍する戦いを見せてく
 れるのも、それに劣らないくらい観るものの心を震わせます。
 
  と言うか私はそっちの方が好き。今大会ではアイスランド代表が良かったで
 す。韓国対ドイツ戦もかなり熱かったですね。山椒は小粒でもぴりりと辛い。
 一寸の虫にも五分の魂。
 
  ストイチコフやハジのようなスターは今のブルガリアやルーマニアにはいな
 いようですが、是非頑張ってほしいものです。
 
  そんなこんなでみんな東欧サッカーにもっとどっぷり浸かろう。
 
 『東欧サッカークロニクル』、長束恭行、カンゼン、2018
 
  これを読まなきゃヨーロッパーサッカーは語れません。もっとも私にはヨー
 ロッパのサッカーについて熱く語る気持ちは毛頭ないんですけどね。
 
  本書はサッカーライターの著者がこの10年くらいに書いてきた、東欧・北欧
 のサッカーレポートをまとめたものです。ちょっと情報が古いところもあるか
 もですが、それを補うに余りある素晴らしい内容です。
 
  なんせクロアチアの強豪クラブチームであるディナモ・ザグレブ(かつて三
 浦知良がいたチームですね)のサポーター集団に混じって、謎の国家沿ドニエ
 ストル共和国(日本は未承認)への応援ツアーに行ったりしてしまうんですから。
 
  沿ドニエストル共和国。モルドバから一方的に独立を宣言したこの国は国際
 社会からは承認されていません。日本人にとってはかなり謎の場所です。サッ
 カーがあったからこその貴重なレポートと言えるかもしれません。
 
  ディナモ・ザグレブのサポータ集団はクロアチアから沿ドニエストル間の往
 復3000キロを自分達で車を運転していくのですから、それだけでクラブにかけ
 る愛の深さがわかろうというもの。その上荒っぽい人が多い上に、行き先も謎
 の国とあれば、珍道中となることは必至です?
 
  ほかにもセルビア永遠の3番手、セルビアのヴォイヴォディナ自治州の州都
 ノヴィサドに本拠を置く、FKヴォイヴォディナの記事も、バルト三国のサッカ
 ー事情も面白い。ラトビア・エストニアがやや強いのに対してリトアニアは…。
 
  サッカーを通して東欧の社会も覗くことができる、とてもとても興味の尽き
 ない本です。リトアニアが自殺率世界一を争う国だなんて知らなかったよ。
 
  そういえばアイスランドについても5年前のレポートで、「『世界で最も人口
 の少ないW杯出場国』になるのは決して夢の話ではない」(p,224)と書いてい
 ますが、夢どころかわりとすぐ現実となりました。
 
  あと国情がイマイチですが強いギリシャ代表の復活にも期待したい。
 
  ヨーロッパ五大リーグだけがサッカーではなく。それぞれの国にそれぞれの
 サッカーを愛する人がいて、バスケットボールの方が好きな人もいて、贔屓の
 チームが勝ち続けるわけでもなく、ひどい時には消滅したりもして。
 それでもサッカー。サッカーのある風景がよりいっそういとしくてたまらない。
 そんな心が呼び起こされます。熱く語るというよりはしみじみサッカーの奥深
 さを味わるのです。
 
  東欧のサッカー本といえば『ディナモ・フットボール』(宇都宮徹壱、
 みすず書房、2004)もお薦めですが、版元品切れのようなので、4年後のカター
 ルW杯に東欧のチーム大量出場とともに書物復権の一冊に選ばれるという筋書
 きがいいのではないでしょうか。
 
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。
 
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 ■トピックス
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 ■ 『ブルーノ・ムナーリのデザイン教本 』(トランスビュー)刊行記念
     阿部雅世×工藤秀之 対談 
   「ムナーリの本をつくる。日欧の極小出版社がめざす未来」
 └───────────────────────────────── 
 イタリアを代表するアーティスト、ブルーノ・ムナーリ。
 没後20周年を記念して、全国で巡回展が開催中です。
 ムナーリにとって「本」とは誰の手にも届く、最高の芸術作品でした。
 また、出版事業はたくさんの実験と挑戦に満ちた、とても個人的な活動である
 べきと捉えていたと言います。
 
 先駆的な発想に満ちたムナーリの本作りを支え、目指す本のあり方を実現す
 るために出版事業を始めた、
 イタリアの小さな家族経営の極小出版社、コッライーニ。
 個性ある本屋を育てることにも積極的です。
 出版・流通・販売のすべてにおいて、異端とも言える独自のやり方に挑戦しな
 がら、世界中に所望される本を、
 どんな風に作り、人々に届けているのでしょうか。
 
 一方、日本で社員3名の極小出版社でありながら、同じく異端とも言える独自
 の取り組み、取次を通さず書店との直取引で新しい出版のあり方を目指す、
 トランスビューの工藤秀之氏は、コッライーニの特殊な本、ムナーリの集大成
 ともいえる最後の本を、どのように日本の書店に届けようとしているのでしょうか。
 
 ブルーノ・ムナーリのデザイン教本『空想旅行』『点と線のひみつ』の翻訳者で
 あり、制作者として、デザイナーとして、コッライーニと長年のパートナーシップ
 を組んできた阿部雅世さんとともに、お話しいただきます。
 
 制作者と出版社、書店の未来を示唆する、ちいさなヒントを掘り起こす一夜。
 欧州と日本をつなぐスカイプによるサプライズゲストにも乞うご期待。
 
                                                    B&B HPより
 

◆日時: 2018年8月10日 20:00〜22:00 (19:30開場)
 

◇場所: 本屋B&B  東京都世田谷区北沢2-5-2 ビッグベンB1F
       hello<AT>bookandbeer.com
                 ※<AT>の部分は「@」に直してください。

       TEL 03-6450-8272  FAX 020-4664-1622

 
★入場料: 前売1500円+ 1 drink order
       当日店頭2000円 + 1 drink order


 ----------------------------------------------------------------------
 ■あとがき 
 大阪北部地震、西日本豪雨災害にて被災した皆様に、心よりお見舞い申し上げ
 ます。一日も早く日常の暮らしに戻られるよう、心よりお祈りいたしております。
 過酷な毎日、どうぞどうぞお体を大切になさってください。
 この災害の多い国に住むものとして、自分のこととして、いかにお互い支え合っ
 ていけるか、試されているときであると切実に思います。       畠中理恵子
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[本]のメルマガ vol.686


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集」まで最新の話題をフルカラーでクリアに解説した遺伝学の決定版!

■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その25「探偵たちの食生活」<その二 ヴィク>

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ ルポルタージュとしての絵画

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ インタビュー先、募集中です。

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その25「探偵たちの食生活」<その二 ヴィク>

 アングロサクソンに比べて、イタリア人というのは美食家だといわれている。
そこで、イタリア人の母とポーランド系移民の父の間に生まれた、シカゴの探
偵ヴィクことV・I・ウォーショースキーの食生活を見てみよう。

 『サマータイム・ブルース』は一九八二年(邦訳一九八五年)から始まるこの
シリーズは、昨年『フォールアウト』が邦訳され、今のところ長編を十八冊、
短編集二冊を翻訳で読むことができる。
 
 『サマータイム・ブルース』で現れたヴィクは、シカゴの危険な地域に事務
所を持つ。夜の九時に現われた怪しげな依頼人とのやり取りをした後、彼女が
向かうのは事務所の裏にあるアーニーの店。そこで、サーロイン・ステーキに
ジョニー・ウォーカーの黒ラベルという夕食をとる。

 いかにも、探偵らしい食事場面の始まりだ。

 彼女の物語には格闘場面が必ずあり、この最初の作品の中でも前半にギャン
グに捕まって壮絶な暴力を受けるシーンが展開する。もちろん彼らにも相当の
痛手を負わせるのだが……。
 脅しに屈したと見せかけて外に放り出された次の日には、郊外のユダヤ人地
区にある店でコンビーフ入りのベーグルを食べ、あれだけのことがあったのだ
からと二個目を注文するのだ。ハードな日常にはハードな食生活というハード
ボイルドの典型的なスタイルだ。

 でも、ヴィクが読者を魅了するのは、満身創痍になりながらも彼女が恐怖に
負けずに真実を追求するからだけではない。

 ギャングに捕まえられたその夜、ヴィクは全身あざだらけになりながら、デ
ートのために素敵なロングドレスで傷を隠し颯爽と出かけるのだ。濃いアイシ
ャドウでも隠しきれない目の周りのあざにびっくりしながらも、デートのお相
手はヴィクに惹かれていく。

 ところで、このシリーズはキンジーのような評伝がない代わりに、二〇一〇
年に作者の自伝が出版されている。その『沈黙の時代に書くということポスト
9・11を生きる作家の選択』で、ヴィク誕生の秘話を知ることができる。

 作者のパレツキーはヴィクとは違い、大学教授の父親と図書館司書の母の間
に生まれた。だからと言って、とても恵まれた環境に育ったお嬢様というわけ
ではないようだ。兄と弟に囲まれた五人兄弟のただ一人の女の子として、あら
ゆる家事をこなすことを求められ、なんと七歳の時から家族のためにパンを焼
き続けたという。そして、大学進学時にも兄弟とは違ってカンザスから出るこ
とを許されず、学費も自分持ち。ニューヨークで働いてから、シカゴの大学院
に進んだ時も、教授たちから受ける女性蔑視の態度に苦しんだという。

 そんな彼女がひたすら読んで楽しんでいたのはミステリの世界。けれども、
その世界にいる女性は、残酷なサディズムの犠牲者か、ファム・ファタールや
悪女ばかりだった。
 作者がヴィクの構想を得たのは、勤めていた保険会社の上司の無意味なお説
教にひたすら「すばらしいお考えです」と答えているときだと、短編集『アン
サンブル』の前書きにも書いてある。勇敢で、度胸があって、こんな時に、は
っきりと自分の意見が言える人物、女性探偵ヴィクが作者の中に現われたのだ。

 けれど、ヴィクを作り上げた時、
「わたしの探偵をどんな人物にしたくないかはわかっていたが、なにをさせれ
ばいいかがわからなかった。結果として、女性探偵にどのような特別な役割が
果たせるかを考える代わりに、ハードボイルドものの王道をいく探偵にしてし
まった―親はいない、武器はスミス&ウエッソン、酒はウィスキー」にしたの
だという。

 さて、こんな風に典型的なハードボイルド探偵でありながらも、ヴィクは料
理ができるようだ。この最初の作品での料理場面は、朝食を取るために作るオ
ープンサンドだけなのだが、シリーズの中で、その後何度も繰り返される名場
面だから、ここに抜粋しておこう。

 ヴィクの亡くなった父親は警察官だった。だから父親の同僚だった警部補ボ
ビー・マロリーは、彼女が事件に関わると心配のあまりカンカンに怒って事情
聴取に現れる。探偵なんて危険な仕事は辞めろ、引っ込んでいろと。

 ヴィクは、自分用の朝食を作ったりして相手をじらし、秘密を守ろうとする。

「チーズ、ピーマン、玉ねぎを順々に薄切りにして、黒パンにのせ、そのオー
プンサンドを天火に入れた。ボビーと部長刑事に背中を向けたままチーズが溶
けるのを待ち、それから全部皿に移して、自分のためにコーヒーを注いだ。ボ
ビーの息づかいから、彼の癇癪が破裂しそうになっていることが推察できた」

 朝の八時十分にしては、なかなかこってりしたチーズトーストだ。ちなみに、
ヴィクのコーヒーは深入りのウィーン風でなかなかおいしいらしい。こんな風
に朝早く押しかけてくる警察官たちも、すすめられると時たま飲んだりして、
そのおいしさにびっくりしている。これは、友人で第二次大戦下にオーストリ
アから逃れてきたユダヤ人医師ロティに教えられた味らしい。

 この作品の中で、ヴィクはジルという少女とロティのためにフリッタータと
いうイタリア風オムレツを作ると約束している。材料は玉ねぎとほうれん草。
でも、ロティに、

「ヴィクは料理の腕はいいけれど、散らかし屋なのよ」

と、顔をしかめられていて、この料理は実現しない。
 
 ヴィクは皿洗いも苦手で、流しの中には皿が常にたまっていて、代々のボー
イフレンドがそれを洗ってくれる場面があるのも楽しい。

 もちろん回が進むにつれ、作者もこんなハードボイルド設定から主人公をじ
ょじょに解放していく。

 長編七作目の『ガーディアン・エンジェル』を見てみよう。

 この中では、ヴィクはアパートの階下に住む老人ミスター・コントレーラス
に、チキンの料理などすばやく作り、

「うまいチキンだな、嬢ちゃん。オリーブを入れたのか。わしにはとても思い
つけんな」

 なんて言わせている。

 ヴィクのシリーズの特徴は、事件の始まりが意外に身近な友人や親戚から起
きるという事だ。両親が亡くなったイコール孤独な探偵という設定では、一人
の人間として厚みが生じない。ヴィクはオペラ歌手を目指していた母親を常に
思い出し、誠実な警察官だった父を思う。友人たちに囲まれ、アパートの階下
に住む老人ミスター・コントレーラスとは、まるで相棒のように仲がいい。

 けれども、それと独立心は別なのだ。彼女はプロの探偵で、一人で戦える人
間だ。そして、彼女が取り組んだ事件は、最後には背後にある社会的犯罪にま
で到達する。大きな権力と戦うヴィクの姿は、読者にとって素晴らしい満足感
を与えてくれると同時に、アメリカ社会の問題点を知らしめてくれる。そして、
気が付くとそれは今、日本社会の問題点となって来ている。

 企業や金融関係の顧客を持ち、裕福な病院経営者の友人もいるヴィクは、あ
まりファースト・フードを利用しない。友人のロティやマックスと行くホテル
にある見事なワイン・セラーに囲まれたレストラン、ドートマンダーや、デー
トで訪れる有名レストランでのおしゃれな食事場面は実に魅力的だ。だが、ヘ
ルシーでローカロリーな食事を好む現代の風潮には何か反発があるようで、普
段の生活では、なかなかハイカロリーな食事をとる。

 彼女が行くのはダイナー、軽食堂とでも訳すのだろうか?日本で言うなら定
食屋かもしれない。セルフサービスではなく、ちゃんと馴染みのウエイトレス
が何人もいて、揚げたてのポテトフライを出してくれる、そんな食堂だ。彼女
の行きつけのベルモント・ダイナーでは、BLTサンド(ベイコン・レタス・ト
マト)に揚げたてのフライド・ポテトが常食だ。時たま、ヨーグルトと果物と
いうヘルシーな朝食を口にするが、やはりそれでは体が持たないようだ。 
  
 ヴィクもキンジーのように、必ずジョギングに出かけ体を鍛えている。だか
らハイカロリーな食事をとれるのよ、ということをつい見せびらかしてしまう
ときもある。その舞台になるのが馴染みのベルモント・ダイナーだ。ここは、
短編集『ヴィク・ストーリー』の中の「マルタの猫」にも出てくるのだが、こ
の『ガーディアン・エンジェル』の中ではなんと四回も舞台になっている。
 
 遠い昔に別れた夫と久しぶりにこのダイナーで話し合いをした場面を見てみ
よう。現われた元夫ディックは弁護士として出世し金持ちの娘と再婚していて、
そのしゃれたスーツ姿という身なりでダイナーの他の客とは身分違いであるこ
とを見せつける。彼はウエイトレスに新鮮な果物はあるかと横柄な態度でたず
ねた後、こう注文する。 

「イチゴにしよう。ヨーグルトをかけて。それからグラノラ。グラノラにはス
キムミルクね。」 

 思わず、ウエイトレスが、ローファットと呟くディックのメニューに対し、
ヴィクはひねくれてこんな注文をする。 

「コンビーフ・ハッシュとポーチド・エッグ。それからフライド・ポテト。」 

 ハッシュというのは、茹でたジャガイモに卵黄などを混ぜて油で焼いたもの
だから、これにコンビーフが入るとなると、ちょっとマッチョな西部の男の味
という気がする。さらに、フライド・ポテトをつけたら、ディックならずとも、 

「コレステロールってものを聞いたことないのか、ヴィク。」 

という以外に、言葉はない。 

 だが、ヴィクが

「玉子にナイフを入れて、黄身をハッシュと混ぜあわせた。フライド・ポテト
はかりっと金茶色に揚がっていた。二,三本つまんでから、ハッシュにとりか
かった」

 この場面、ディックと共に思わず、よだれをたらしてみつめてしまった。で
も、これが、朝七時の朝食なのだ。やっぱり、今の私には無理かもしれない。

 まあ、それはいいのだが、実はいわゆるヘルシーな食事に対する嫌悪が強す
ぎて、少々気になる場面がこの『ガーディアン・エンジェル』にはある。

 いくら、ジョギングで鍛えているとはいえ、アパートの階下に住む住人ミス
ター・コントレーラスにスペアリブをご馳走になったり、オリーブ添えのチキ
ンの料理を作ってあげたりするような食生活に、自分でもちょっと心配になっ
たのか、後半を過ぎた頃ヴィクは、こんな料理を作っている。 

「ここらでヘルシーな食生活に戻らなくては。トーフにほうれん草とマッシュ
ルームを加えて炒め、スミス&ウエッソンと一緒に居間に運んだ。」 

 添え物のスミス&ウエッソンは、彼女の好きなウィスキーの銘柄ではなく拳
銃だ。かなり命をねらわれ続けている緊迫した状況なのだ。

 けれど、トーフを半分ほど食べたところで電話がいくつかかかり、その間に、
ほうれん草は冷えてしまい、ほとんど食べないまま皿を流しに下げて、この食
事場面は、おしまいになる。 
 
 前回のキンジーもそうだったが、ヘルシーというイメージの食事には、どう
も日本食が絡むようだ。でも、豆腐は冷や奴だったらヘルシーだが、炒めて食
べるとなると中華風で、ちょっとカロリーが高くなる気がする。(でも、おい
しい。私は豆腐のチャンプルーが大好き)前回のキンジーの玄米チャーハンの
ように、それでも低カロリー料理ということになっているのだろうなと思うと、
妙におかしい。たぶん、作者もそこら辺の矛盾に気がついてわざと書いている
のだろう。けれど、私は、食べ物が捨てられる場面があまり好きではないので、
こういうところにアメリカを感じるのだ。

 この時代から、はや二十数年。小説の主人公はあまり年を取らないが、それ
でもヴィクは、九作目の『バースデイ・ブルー』で四十歳の誕生日を迎えたこ
とになっている。たぶん、それ以降あまり年を取っていないのだろう。最新作
『フォールアウト』でも、相変わらず、なかなか健啖家だ。この作品の舞台は
作者の故郷カンザスの田舎町なのだが、そこでは警察だけでなく保安官まで相
手にせざるを得ずさらに軍が絡んできて、行く手を阻むミソジニー全開のマッ
チョな男性たちに囲まれながら、ヴィクは果敢に謎を解いていくことになる。
そして、その過程で垣間見ることのできる、9.11後に図書館の自由を失ったア
メリカの姿には戦慄を覚えざるを得ない。

 さて、この物語の中盤、ホテルの部屋にまで押しかけて来た保安官はピザを
持ってくるのだが、ヴィクはその残りには手を付けずにごみ箱に捨てる。(ま
たも!)そして、オーガニックの店にでかけ、そこで夕飯に「バーベキュー味
の豆腐」などを買い求めようとする。けれど、知り合いの若い女性から「おば
あちゃんの作ったローストチキン」を持っていくという電話を受けて、あっさ
りヘルシー嗜好を捨てて、ワインとローストチキンを食べるのだ。

 果たして、ヴィクが豆腐をおいしそうに、たいらげる日は来るのだろうか?

 社会派でフェミニストで逞しいシカゴの探偵には今後も活躍してほしいから、
偽物っぽい豆腐のヘルシー料理など食べずに、シカゴらしくサラミやベーコン
やステーキなどをがんがん食べ、コレステロールなどものともせずに頑張って
ほしいと私は思う。

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『サマータイム・ブルース』サラ・パレツキー著  ハヤカワ・ミステリ文庫
『ガーディアン・エンジェル』サラ・パレツキー著 ハヤカワ・ノヴェルズ
『ヴィク・ストーリーズ』  サラ・パレツキー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『アンサンブル』      サラ・パレツキー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『フォールアウト』      サラ・パレツキー著 ハヤカワ・ミステリ文庫
『沈黙の時代に書くということ―ポスト9・11を生きる作家の選択』
               サラ・パレツキー著 早川書房
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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

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■声のはじまり / 忘れっぽい天使
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第114回 ルポルタージュとしての絵画
    ―「戦後美術の現在形 池田龍雄展 楕円幻想」(練馬区立美術館)

 池田龍雄という画家の絵は、何と言ってもその奇抜な造形、アイディアに目
を奪われる。シュールリアリズムの影響を受けた美術家は多いが、ここまで上
手に人の心を刺激するツボを心得た、華やかな構図を思いつくことのできる人
は、世界的にも余りいないのではないだろうか。あのぐねぐねとした描線は、
ちらと見ただけで「あ、池田龍雄だ」と叫びたくなるような、クセになるよう
な魅力を湛えている。練馬区立美術館で開催された「戦後美術の現在形 池田
龍雄展楕円幻想」は、多彩な試みを続けるこの画家が一貫して追い求めている
ものを示すような、質量ともに充実した回顧展だった。

 池田龍雄は1928年佐賀県伊万里市生まれ。特攻隊員として訓練中に終戦を迎
える。GHQの通達により軍国主義者として教師不適格になり、佐賀師範学校
を退学させられたという。1947年に陶芸家の内弟子になるが、辞めて美術の道
を志す。1948年、花田清輝らの主催するアヴァンギャルド芸術研究会に参加。
以後、多彩なジャンルの多くの芸術家と交流を持ちつつ多産な創作活動を行う。
受賞歴は見当たらない。

 池田龍雄の初期の作品では戦争を描いたものが印象的だ。池田は特攻の訓練
中に終戦を迎えた。展覧会カタログのインタビューによると、前線にこそ出な
かったが、戦闘で死ぬ覚悟もあったという。終戦を迎えた時は嬉しいというよ
り残念無念という気持ちだったが、戦後、教え込まれてきたことが出鱈目とわ
かり、以来、愛国心というものが「いかがわしいもの」になったのだという。
「僕らを傷つけたもの 1945年の記憶」(1954)は、空襲の惨事を描いた作品。
人が折り重なるように倒れている傾斜地。右上方に米軍の戦闘機が飛び、手前
に大きく描かれた人物は頭を覆って腰を深く曲げて姿勢を低くし、後方では戦
闘機を睨みつけながら竹やりをかざす人物がいる。傾いた画面が緊張を高め、
国家の欲望の犠牲になった人々の悲惨が伝わってきてやりきれない気分になる。
「にんげん」(1954)は帽子をとって挨拶する眼鏡姿の人物を描いた作品。菊
の紋章と日章旗が描かれており、天皇の「人間宣言」だということがわかる。
日章旗は右下から左上に人物の首を刺し貫く形に配置されており、表立っては
口に出せない天皇に対する庶民の怨念を浮き上がらせているようだ。

 池田は社会問題をテーマにした絵を数多く残している。どれも非常に見応え
があり、本展のバイライトともなっている。実際に現地に赴き、取材を行った
上で描くこともしばしばだったようだ。「網元」(1953)は米軍試射場反対闘
争をテーマにしたシリーズの1作。反対の立場をとっているものの、土地が試
射場に決定すれば多額の補償金がもらえる。禿げ頭の網元はほくそえみながら
計算している。その表情はいかにもふてぶてしく、悪役の魅力でいっぱいだ。
但し、失敗すれば土地も仕事も失う羽目に陥る。首に巻かれた太い綱が危ない
橋を渡っていることを示している。

 ビキニ環礁での水爆実験を機に企画された「反原爆」シリーズ(1954)に池
田も参加した。それらの作品には、放射能で汚染された魚が描かれている。魚
たちは目をガッと開き、鋭い歯を剥きだしにして苦悶の表情を受かべており、
見ていて辛くなってしまう程である。「犠牲者」という作品では、下半分被爆
した倒れた人間を、上半分に虚ろな目つきの大きな魚を配置し、人間も自然界
も全てを破壊してしまう核の残酷さを訴えている。

 池田には怪奇趣味があり、まるでホラー漫画のようなグロテスクな造形を押
し出した作品が幾つもある。「化物の系譜」シリーズの「倉庫」(1957)は、
球状の物体をぎっしり詰め込んだ倉庫を描いているが、ところどころで長いし
っぽがにょろっと覗いている。倉庫に大きなネズミが出ると聞いて作った作品
だそうだが、気づかぬところで悪いことが起こる予兆が感じられる。「巨人」
(1956)は鼻と口がなく、代わりに目がたくさんある顔を描いている。目の形
は様々で、一人の人間の中に複数の人格が宿っているような不気味さが漂う。
「アトラス」(1960)はアメリカの弾道ミサイルを描いた作品。ミサイルの周
りには不定形の化け物がうようよしていて、まるでサバトのようだ。これらの
作品における形態の歪み加減は、社会や心理の闇を巧みに引き出しており、絶
妙としか言いようがない。どことなく、『寄生獣』で知られる漫画家岩明均の
タッチに似ているが、岩明均が池田龍雄のファンだったなどということはない
だろうか。

 池田龍雄はイベントやパフォーマンスにも熱心である。「梵天の塔」(1973)
は、インドの神話を基にした作品。3本の棒が立った台座。その1本に64枚の
輪がはめられており、それらの輪を他の棒に移し終わるのに5800億年かかり、
その時世界は終末を迎えるのだという。池田は真鍮で「梵天の塔」を作り、輪
を写す行為を始めた。他の多くの人もこのパフォーマンスに加わり、インドや
ネパールでも開催されたという。その行為は詳細にノートに記録されている。
池田自身はこのパフォーマンスをいつも黒子の装束で行っていたそうだ。「AS
ARAT橄欖計画」(1972)もそれに匹敵する壮大な試み。池田が敬愛する詩人・
評論家の瀧口修造の自宅のオリーブの実を浅間山の周り約35キロ、81箇所に撒
くというもの。ノアの方舟が漂着したと伝えられるアララット山と浅間山をか
けて「ASARAT」と洒落たわけだ。武満徹や中西夏之らの芸術家が参加し、その
場その場でユニークなパフォーマンスが繰り広げられた。この試みもノートや
映像の形で詳細にわたる記録が残された。やりっぱなしになりがちなハプニン
グ風の表現に関しても、企画立案から実行、記録を残すところまで、実に几帳
面である。
 
 「梵天の塔」の試みと並行して、「BRAHMAN」シリーズの絵画の制作が始ま
る(1973)。ブラフマンとはヒンドゥー教における普遍原理を表すそうである。
インドの宗教思想を手掛かりに宇宙の根本原理を探求するというこの試みは15
年にわたって続けられた。細胞や器官、或いはプランクトンのような微生物を
思わせる不思議なイメージに魅了される。これらは抽象画のように見えながら、
実は、抽象画の対極にあるものなのだろう。恐らく池田はインド思想や科学に
関する多くの本を読み、対象の意味について考え尽くした末に、これらのイメ
ージを創造したのだろう。これ以外はあり得ない、という地点まで論理を詰め
た上で、慎重に筆を進めている様子がそのぐねぐね・うねうねした複雑な形態
から透けて見えるようである。

 池田龍雄の作品は奇抜なアイディア、構図、イメージを備えているが、どれ
も視点が明快であり、難解なところが少しもない。思わせぶりな表現法をとっ
て、作品の解釈を鑑賞者に投げてしまうことがないのである。彼の絵画は全て、
広い意味でのルポルタージュなのではないだろうか。社会問題に取り組む時も、
パフォーマンスを行う時も、世界の原理について考える時も、常に具体的な対
象があり、それについてきちんと「取材」をし、解釈した結果を誰にもわかる
ようにイメージ化する。一枚ものの絵を直観だけで描くのではなく、「企画」
を立てた上で描いている。この律儀さは、戦争体験に負う部分があったのでは
ないかと想像する。愛国少年であった池田は敗戦後、国家が掌返しする様子を
まざまざと見た。その経験が権力に対する不信感を生み、国家事業である万博
への協力を断る行為にもつながった。彼には、自分の目で見たり調べたりした
ことを、細部にわたって直接手渡したい気持ちが強かったのではないだろうか。
その意味で、この回顧展には、手練れのジャーナリストの仕事を一覧するよう
な魅力が漲っていたように感じられた。

*「戦後美術の現在形 池田龍雄展 楕円幻想」
 練馬区立美術館 会期:2018/4/26-6/17

*『池田龍雄の発言 絵画のうしろにあるもの』(論創社 本体2200円)

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:
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 メールにて、インタビューを受けていただける印象に著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

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■あとがき
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 西日本で大雨洪水の被害に遭われた方に、心よりお悔やみ申し上げます。今
後、少しでも早く生活が復旧するよう祈っております。(aguni原口)

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[本]のメルマガ vol.684

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 ■■ [本]のメルマガ                 2018.6.15.発行
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 ■■  mailmagazine of book     [雨とサッカーとモヤモヤ号]
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【連載】………………………………………………………………………………

 ★「散慮逍遥月記」 /  停雲荘主人 
 → 今月はお休みです。来月にご期待を! 

 ★「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
 → 第108回 プラハ「黄金の虎」へ 

 ★「本棚つまみ食い」 / 副隊長 
 → モグラ、虹、ハエトリグモ…。鬱々とした時は異世界へ!
  
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 ■トピックス
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 二つのイベントをご紹介します。
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 ■「ときには積ん読の日々」 / 吉上恭太
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 第108回 プラハ「黄金の虎」へ


  5月の連休後、1週間ほどプラハに行ってきた。ひさしぶりのヨーロッパ、
 チェコを訪れるのは初めてだ。じつはプラハ行きが決まったのは、ひょんな
 ことだった。最初はハワイに住む友人を訪ねる予定だった。すっかりその
 つもりで常夏気分を味わおうとウクレレを引っ張り出してポロポロと弾いて
 いた。ところが友人からキャンセルのメールが届いた。ぼくが予定してい
 た期間にプラハに行くことになった。ついては、いっしょに行かないか?
 という内容だった。出不精で旅慣れないぼくは、それまでヨーロッパ旅行な
 ど考えたこともなかった。それもヨーロッパのど真ん中、チェコ!

  子どもの頃から、両親はたびたび東欧に出かけていたから、まったくなじ
 みがないわけではない。ポーランドに行ったこともあるけれど、はるか30
 年以上も前のことだ。予算もかかるわけで一旦は断ろうと思った。だがそ
 のとき、ふと父・吉上昭三(ポーランド文学者)の友人だったチェコ文学者の
 千野栄一さんのことを思い出した。


  16年前のことだった。入院していた千野さんからハガキをいただいた。
 話したいことがあるという。千野さんは病気のせいで耳が聞こえなくなって
 いたけれど、病室には原書が山のように積み上がっていた。「ここはゆっく
 り仕事が出来るからいいよ」とにっこりした。

 
   父と千野さんは、本当に仲がよかった。しょっちゅう家に遊びにきては、
 いたずらっ子のような笑顔で冗談をいっていた。
たとえば、こうだ。イギリス
 に行ったとき、切符を買おうとして、「ツー(to)・リバプール」といったら駅員
 が切符を2枚よこしたので、「フォー(for)・リバプール」といい直すと今度は
 4枚切符をわたされてしまった。「ああ、これじゃ、てんで話にならないぜ」と
 いったら、駅員は切符を10枚わたした…なんていうジョークを得意そうに
 話した。千野さんは言語学の先生だったから、アクセントにもうるさかった。
 ちなみに千野さんの千野は、チにアクセントがあるそうだ。アクセントをつけ
 ずに平坦に「千野さん」といわれると、「チ!の」と直していた。

   あまりにしょっちょう家に来ていたので、ぼくにとってはエラい言語学の
 先生ではなく、近所の面白いおじさんだった。父が亡くなってからも、なに
 かと気にかけていただいた。

 
   病院のロビーでいつかチェコ、プラハを訪ねなさいといってくれた。父が
 ポーランド、ワルシャワを愛していたように、千野さんはチェコを、プラハを
 愛していた。千野さんは、それからしばらくして亡くなった。
 
   友人がくれたこの機会を逃しては、一生プラハに行けないかもしれない。
 それでは千野さんにも申し訳が立たない。というわけですぐにエアチケット
 とホテルを予約した。
 
   プラハについて、なんの予備知識がなかった。ガイドブックをパラパラと
 めくってみたが、どうもイメージがわかない。チャペック兄弟、カフカ、エゴン
 ・シーレ、ミュシャ……と文学、美術の大家を生んだ街であり、中世ヨーロッ
 パがそのまま残る街であることは知っているけれど、行くまでは、それが
 どういうことなのか感じることが出来ない。いやいや今だってチェコの文学
 や美術、歴史に知識があるわけじゃない。
 
    だけど、プラハの街を歩き始めたとたんに千野さん、そして意外に多い
 チェコ好きの友人たちの気持ち わかった。名所旧跡に行かずとも石畳の
 道をコツコツと歩き、百塔といわれる、街中に見られる教会の尖塔を見上げ
 ていると中世の歴史にすっぽりと飲み込まれた感じがする。多くの小説家、
 詩人、たとえばミラン・クンデラが原稿を書いていたという老舗カフェ・スラヴ
 ィアで窓の外を行き交う路面電車を見ながらコーヒーを飲んでいると、じわじ
 わとこの街にいる喜びが湧いてきた。

 
   路面電車を乗り継げば、たいていのところに行くことが出来る。友人が教え
 てくれた古本カフェ「オーキー・ドーキー」に行った。入ってみると普通のカフェ
 でけっこう大きな音でポップスが流れている。古本カフェは奥の部屋だった。
 テーブルが4つほどで窓からの自然光がやわらかく、ほの暗い。とても落ち
 着く。壁一面は本棚になっていて、ほとんど天井まで古本でうまっている。棚
 はジャンルごとに分類されていた。本はすべて売り物のようで値札がついて
 いる。ちょっとかび臭いが古書好きならば、それもまた魅力になっているのか
 もしれない。このカフェが近くにあれば通うだろうなあ。ただこんなにたくさん
 の本があるのに、読める本が一冊もないのが残念。ああ、チェコ語が出来れ
 ば天国なのに。
 
   1週間の旅はあっという間に過ぎてしまう。とりあえず古書店でチャペック
 の「ダーシェンカ」を手に入れたし、感じのいい中古レコード店も見つけた。
 あとは…。フェイスブックに写真をあげたら、知人から「千野先生のお気に入
 りだったビアホールに行ってみては」というアドバイスがあった。そうだ、千野
 さんのエッセイ集『ビールと古本のプラハ』(白水社)に登場する「黄金の虎」
 に行かなくては!
 
   グーグルマップを頼りに旧市街近くにあるビアホールにたどり着くと、まだ
 午後6時前というのにテーブルは満席で、ジョッキを手にした人たちでごった
 返していた。これでは仕方がないとあきらめようとしたところ、旅慣れた友人
 夫婦が奥に入っていくと、「せっかく日本から来たのだから」と席を譲ってくれ
 た。千野さんのエッセイにも同じようなことが書いてあった。自慢のビールを
 遠い国から来た人に味わってもらいたい、という地元愛なのだろう。このとき
 ばかりは下戸の自分を恨んだ。ああ、くやしい。千野さん曰くプラハで一番お
 いしいビールなのだ。エッセイによると、常連たちは何十年も同じテーブルで
 飲んでいるそうだ。もしかしたら奥のテーブルには、千野さんといっしょに飲
 んだ人たちがいたのかもしれない。


 ◎吉上恭太

 文筆業。エッセイ集『ときには積ん読の日々』がトマソン社から発売中。詳し

 くはトマソン社のサイトを見てください。http://tomasonsha.com/ 。

 セカンドアルバム「ある日の続き」、こちらで試聴出来ます。

 https://soundcloud.com/kyotayoshigami2017

 タワーレコード、アマゾンでも入手出来ます。よろしくお願いします! 
 
  
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 ■「本棚つまみ食い」 / 副隊長
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   失恋してしまったので、もうお天道様の下で生きていくのは嫌になってしま
 ったよ。よし、モグラになろう。私にはうらぶれた日陰暮らしがぴったりさ。
 けどどんなモグラになればいいのかわからないな?そんなときはこれ。
 
 『モグラハンドブック』、飯島正広・土屋公幸、文一総合出版、2015
 
   これで好きなモグラを選べばいいんだ。ミズラモグラやセンカクモグラは絶滅
 の危機にあるらしい。ちょっと生き延びるのが大変そうだからやめておこうかな。
 それにしてもセンカクモグラは尖閣諸島に固有のモグラなのか、日本固有種と
 書いてあるけど中国から抗議は来ないのかな。
 
   まあそれはそれとして、やっぱり関東人だしアズマモグラあたりがいいかな。
 だけど西からコウベモグラが進出してきてるのがちょっと心配だな。単独生活で
 坑道を守るために絶えず激しい喧嘩もするらしい。地中ならほとんど天敵もいな
 いように見えるけど、なかなか楽はできないものだ。
 
   地中をうごめくモグラの写真を見ると、なんだか目を見開いてるぞ。モグラは
 ほとんど視力がないように思っていたけど、どうもそうでもないらしいな。そもそ
 も生モグラを見たことがないような気がするので、今度見に行こうかな。
 
   そうだ、いつまでもくよくよしてちゃダメだ。もっと上を向いていかないと。雨の
 後には虹も出る。と思ったら見たことない虹が出てきたな。下のほうまである丸
 い虹だ。
 
  『空の虹色ハンドブック』、池田圭一・服部貴昭、文一総合出版、2013
 
   これを紐解けば珍しい虹でもどんな現象かバッチリ解説してくれる。丸い虹…
 眼下に水滴がある場合には虹が丸く見える。そんなにレアな現象ではなかった
 …残念。
 
   だけどレア度の高い現象が起こっていても、こっちが気づかなきゃお話になら
 ないわけで、この本での予習は欠かせない。
 
   この本の中であと見たことあるのは、「紫色の夕焼け」かな。昔山口市で見た
 けど、あれはなかなか視界一面が赤紫に染まって幻想的な風景だったなあ。で
 きればまた体験したいもんだ。
 
   とこんな具合に、今まで風景の一部でしかなかったものに、実は名前があっ
 たことを知ると、世界の見方が昨日とは少し変わります。そういう体験を味わう
 には文一総合出版のハンドブックシリーズは実にお薦めです。
 
 『ハエトリグモハンドブック』、須黒達巳、文一総合出版、2017
 
   こちらは最近出たハエトリグモのガイドブック。なんと著者は日本産のハエト
 リグモ全種の採集・撮影を目指しフリーターになったという。カラフルでモフモフ
 なハエトリグモの姿を楽しむことができます。
 
   部屋の隅でピョンピョンしているあいつも、これを読めば単なるクモからアダン
 ソンハエトリ(例)として認識されることになるでしょう。
 
   ハエトリグモの生態についても知ることができます。なになにハエトリグモの
 オスはこんな風に求愛して、カップルになるのか。求愛…。…そういえば振られ
 ちゃったんだっけ。ハエトリグモでさえ出来ることが私にはできなかったと言うこ
 とか…。…。…。(冒頭に戻る)
  
 ◎副隊長 
 鉄道とペンギンの好きな元書店員。
 
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 ■トピックス
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 ■ 「trip to zine ~zineへの旅〜」展
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 ◆期間:2018年6月14日 (木) 〜 7月16 日(月)  9:00〜21:30
 
 ◇場所:多賀城市立図書館 3階 ギャラリー
 
 □主催:多賀城市立図書館/Book!Book!Sendai
 
 □問い合わせ先:多賀城市立図書館 022-368-6226
 
 ホームページ
 http://bookbooksendai.com/
 
 
 “近年、zineへの関心は高まっていて、ニューヨーク、フランス、台湾、
 韓国、東京など世界各地でzineのイベントが開かれています。
 なぜこれほど人を惹きつけるのでしょうか。
 本展は『日本のZINEについて知ってることすべて』に掲載されている
 zineを中心に、1960年代から2010年代までに発行されたzineを
 年代順にセレクトして展示。
 会場内にzineライブラリーを開設し、東北のzine、世界のストリート
 ペーパーも合わせて紹介いたします。
                                 ======火星の庭HPより抜粋======

 ■ 僕の人形 原田栄夫作品展 at 長野県茅野市 アノニムギャラリー
 └─────────────────────────────────
 ◆期間:2018年7月5日(金)〜31日(火)  
                                     11:00−18:00 水・木曜は休み
 
 ◇場所:アノニム・ギャラリー&カフェ
       〒391-0211 長野県茅野市湖東4278
              Tel/Fax  0266-75-1658
              E-Mail  contact@anonym-gallery.com
 
            電車の場合
            JR中央本線 茅野駅よりタクシーか路線バス 
            路線バスの場合は
            「茅野駅〜横谷峡入口〜渋川口〜麦草峠線」で
            「北部中学校入口」下車 
 
 90歳を過ぎてから
 日々の趣味としてつくるようになったという
 原田栄夫氏の人形。
 
 テッシュでつくられた「ちり紙人形」。
 紙粘土を使った動物、張り子たち。
 
 唯一無二の人形たち。
  
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 ■あとがき 
 何だか嫌なことが続く年のような気がするのは私だけでしょうか。2018年、
 後に忘れられない年、として思い出すような気がします。毎度、遅くなって
 しまい本当に申し訳ありません。来月もよろしくお願いします。                 
                              畠中理恵子

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