[本]のメルマガ

配信済のメルマガのバックナンバーを見ることができます。また、記事に対するコメントもお待ちしております。
[本]のメルマガ vol.769

■□-----------------------------------------------------------------
□■[本]のメルマガ【vol.769】20年10月25日発行
[どうしても侘しい 号]
http://honmaga.net/ 
■□-----------------------------------------------------------------
□■ 創刊は1999年5月10日、現在の読者数は3942名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
□■-----------------------------------------------------------------

★トピックス
→募集中です

★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→また患者が増えているようです。

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→これ読みたいと思ってたんだよな。

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→記憶は改変される

★「はてな?現代美術編」 koko
→休載です。

★新連載 内藤陽介
→奄美の日本復帰

---------------------------------------------------------------------
★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp

『商業から読み解く「新」世界史:古代商人からGAFAまで』
宮崎正勝著

四六判 320頁 本体2,500円+税 ISBN: 9784562058532

歴史のエンジンは本当に「国家」「政治」なのか? 「商業」「資本主義」を
キーワードに世界史の大きな流れを一気につかむ! 古代の商人から現代のG
AFAまで、真に世界を牽引してきた「商業」に着目した新しい歴史の見方。

---------------------------------------------------------------------
■トピックス
---------------------------------------------------------------------
募集中です

--------------------------------------------------------------------
■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
--------------------------------------------------------------------
第114回 混迷をきわめる日常

年齢が加わるにつれて一年は短いという印象がつよくなっていくような気がす
るが、それにしても今年くらい短い一年もない。何もせずに過ぎ去っていく年.
..という苦い思いをすでにもってしまった。ただし、コロナウイルス感染の第
2波を平常な日々のように暮らしていけるなら。

ようやくマスクを着用すれば、春の頃のように対人距離に神経をとがらせたり
せずに必要な物を買いに行くこともでき、朝の市場でも通りを歩くのも、少し
リラックスできるようになったのだった。

かつては人でごった返していた旧市街の中心街に行っても人通りに悩まされる
こともない。著名なブランド店の角の壁には遠くから見ても驚くような巨大な
広告が掲げられているけれど、通りを歩くのは若い男女のカップルの二人しか
見えないから、どうしても侘しいという感じになる。

メインストリートのホテルがおしゃれな改装をして、居心地のよさそうなティー
ルームが入口にできたのに気がついたが、お茶する人は見かけない。

必ず新刊書などを見に行く大きな書店にも入って、スマホで店内の本の平積み
から奥のカフェへ向かって写真を撮り、都内の出版社に勤めている友だちに送
ると、“空いてますね”と返信が来た。

もともと土曜の午後ではなくてウィークデイの昼間に、中心街をそぞろ歩きす
るような市民は多くはない。だから、こうした光景に以前のような大勢の観光
客をプラスすれば、あの狂騒ともいえる賑やかな観光都市に戻るのだ。
コロナ禍が始まったころだったか、新しい街のあり方を模索するという言葉が
使われた記事もあった。狂騒の街ではなく、住んでいる人も訪れる人もいいね
とクリックできるような。

そして第2派が始まった今、対策の遅れで時間を失った、と呪うような新聞の
見出しに、またかと萎える。医学者たちからも予想されていたにも関わらず。
陽性率は今月の8日から昨日までに、3.0から10.5%に上ったという。この24時
間内に亡くなった人が22人から91人に上昇と、データは明晰すぎるほど。

感染源を効果的に収める策は依然として備わっていない。コンタクト・トレー
シング(接触者追跡)も実施されてない。インフルエンザワクチンも配布され
ない。

さらに亡くなった人の平均年齢が80歳前後というデータだけで、委細が発表さ
れないと記者にも理解不能のよう。重症患者の集中医療ベッド数よりも医療従
事者の数が不足するという憂いまであるようだ。

となればロックダウンで商業界がかなり疲弊されたため、それは避け、仕事と
学校通学、食にかかわる購買と健康に関すること以外では外出禁止となった。
食の業界についても、レストランの夜間の時間帯やテーブルの人数を6人以下に
するなど、細かな取り決めまで省令が発せられている。

簡単に要約して「できるだけ自宅にいて、同居している人たち以外の人との接
触は必要不可欠な場合以外は控えること」が望まれている。何ともはや...。
まさに正常な事態にはない。 

これで気が散らされなければ、スタンダール著『ローマ散歩』の2巻を本格的
に読み続けられるかもしれないが。

◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
イタリア・フィレンツェ在住。著書に『天才力 三巨匠と激動のルネサンス (
ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)』(世界文化社)、『メディ
チ家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)。
melmaで16年間、メルマガ「イタリア猫の小言と夢」を発行。

--------------------------------------------------------------------
■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
--------------------------------------------------------------------
桐野夏生 『日没』 岩波書店1800円+税

本作の舞台は、政府批判が封じられ、「ポリティカルコレクトネス」が極端な
形で求められるようになった、近未来(現在?)の日本です。そうした状況に
うんざりしている主人公の女性作家のもとに、ある日「文化文芸倫理向上委員
会」(ブンリン)なる団体から、「召喚状」が届きます。レイプのような過激
な描写が多く、不快感を与えられたというクレームが読者から寄せられたとい
うのが、彼女の「罪状」です。ヘイトスピーチだけではなく、人に不快感を与
える一切の表現が、いまや不法なものとなった。これが「ブンリン」の主張で
す。

彼女は「ブンリン」が保有する、千葉の海岸地帯にある療養施設に収監されま
す。この施設には、多くの著名な作家たちが囚われていました。施設での生活
は、過酷なものです。作家たちの誤った考え方を矯正されるために、「ブンリ
ン」は、四六時中行動を監視し、違反者には厳しい処罰を与えます。そして「
作文」を作家たちに課して、思想の矯正をはかります。作家たちの中で、従来
どおりの著述活動に戻れた者は一人もいません。ここに収容された者は、「転
向」しなければ「ブンリン」に殺されるか、自殺に追い込まれ他ないのです。

人を喜ばす良い小説を書け、正しい考え方を身につけろという「ブンリン」に
主人公は真っ向から反論します。人間の欲望や苦悩のすべてを描くのが小説だ。
自分の書きたいことを書くのが作家なのだと。「ブンリン」の面々は、門外漢
であるにも関わらず、「上から目線」で主人公の「作文」をあれこれあげつら
うのです。アートの素養などまったくもたないであろう名古屋市長が、「不敬」
な作品を含む「表現の不自由展」に難癖をつけました。学問とは無縁な新総理
が学術会議の人事に介入してくる。そうした状況を彷彿とさせる描写です。

施設のスタッフは、巷で「先生、先生」と持て囃されている作家たちに憎悪を
抱き、彼彼女らを迫害するエネルギーに変えています。頑なに抵抗する主人公
を「ブンリン」の面々は、施設に付設されている病院に送りこみます。「ブン
リン」のトップの女医は、作家たちの「死後脳」に興味を示します。反抗的な
脳の在り方を解明することで、作家たちのように、間違った思想を抱く人間を
将来的に根絶すると。そんな野望が彼女にはありました。女医のたくらみに気
が付いた主人公は、脱走の計画をめぐらし、実行に移すのですが、その首尾は…。

現在の日本は、「文化大革命」の途上にあるのかもしれません。芸術や学術
研究の価値を権力者がきめる。「先生」と呼ばれる者への憎悪を抱く者たちが、
権力者による学者や芸術家への迫害に拍手喝さいを送る。そして法の恣意的な
運用で、権力に反対する者を排除する。「ブンリン」は、まさにこの国の縮図
なのです。しかし、社会風刺に成功しているだけなら、小説としての価値は高
いものではありません。人間のもつグロテスクな一面を鋭く抉り出す著者の手
腕は、70の坂を超えたいまなお衰えてはいないのです。ぜひご一読ください。

◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「怠ける権利」高文研
http://www.koubunken.co.jp/book/b371637.html

--------------------------------------------------------------------
■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
--------------------------------------------------------------------
今回は「記憶と夢」の話

完全に個人的な記憶と夢の話なので多分「それがどうした」と思われるだろう
が…世の中、おかしな事が多すぎて呼吸困難になりそうなのでたまには「どー
でも良い話」にお付き合い願いたいと思う。

両親が他界し空き家になっているため週1、2のペースで維持管理のために実
家に帰っている。
ただ、家そのものも建て替えているので「実家に居る」からと言ってそれほど
昔の記憶に縛られるわけではない。そして夢の中に出て来る「家」も「いや、
それどこ?」ぐらい生まれ育った家とは似ても似つかない間取りで登場する事
がある。

実家は建て売りの分譲住宅で無理やり二階を増築した、当時にはよくあるパター
ンの間取りだったのに、夢に出て来る家は階段を上がったところにやたら広い
踊り場があったり、濡れ縁の向こうに広い洋室があったり和室の襖を開けると
広すぎる納戸があったり(ん?広いがキーワードか?)いとこの家と母方の祖
父母の家とお金持ちだった小学校時代の友人の家が混ざっている。
完全に願望が記憶を凌駕していたりするのだ。記憶力のなさがここまでとは思
わなかった。

所詮私の記憶なんてそんなもんだろう。
ただ駅からタラタラと坂道を登った後、駄目押しのように現れる長い長い階段。
これだけはほぼ狂い無く正確に夢に現れる。
そして逆にその階段の道路を挟んだ反対側にスキーのジャンプ台並みの坂道が
現れるのだが…これがわからない。実際そんなものはないのに正確に階段とセッ
トになって必ず出て来る。
確かに道は丘と丘の間を通っているからあってもおかしくはないが私がそこに
越してきたときはすでに反対側の丘は整備されていて家が立ち並んでいた。
前に鎌倉に行った際「何でこんな急坂の途中に住んでいるんだ?」と思ったけ
ど、実家の反対側の丘はまさにそんな状態で、しかもその住宅に行くには道と
並行に走る細い道を通るような作りになっている。しかしあれだけ「正確な階
段」とセットになって出て来るのだからどこかに近いモノがあるはずだ。
あの夢に出て来る「階段と対になった坂」の正体はいったい何なんだ?

で、先日「このルートを通れば少々のズレはあってもその坂道が存在するので
は?」と言う道を思い出し、記憶を頼りに駅から歩いてみた。
「良いぞ!なんか近い感じがする。ここは友人宅があったから過去に歩いてい
る可能性は高い」
残暑厳しい中、汗を拭きつつここぞと言う場所にたどり着いたのだが…坂はな
かった。
道と同じ高さに出てきてしまったのだ。

どうもこの坂道も私の別の記憶の坂なのだろう。それが正確な急階段と合体し
繰り返し出て来る「過去の記憶」の座を得たのかもしれない。
記憶は面白くて怖い。

しかし…家から駅に至るまでの坂の角度。記憶よりももっと激しいモノだった。
しかも長い。こっちの方がよりジャンプ台並み。

◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html

--------------------------------------------------------------------
■沖縄切手モノ語り 内藤陽介
--------------------------------------------------------------------
(4)1950年の“琉球”地図

米施政権下の“琉球”における航空郵便は、1947年11月1日に再開された。当
時の料金は、宛先までの距離が5000キロ未満(主要都市としては、上海、マニ
ラ、東京、ソウル、グアム、香港、サイゴン、バンコク、ラングーン、シンガ
ポール)の書状基本料金が7円(はがきは4円)、5000〜1万キロ(カルカッタ、
ジャカルタ、アンカレッジ、カラチ、ホノルル、シアトル)が12円(同7円)、
1万キロ以上(南北アメリカ大陸の大半、欧州、アフリカ、豪州など)が15円(
9円)だった。

当初、エアメール用の航空切手は発行されておらず、“郵便料金別納”の印
と、料金と受付日を手書きで記入する枠の入った“PAID”の印が郵便物に押さ
れていたが、1949年8月1日の料金改定で、5000キロ未満の料金が8円(はがき
は4円)、5000〜1万キロが12円(7円)、1万キロ以上が16円(9円)となり、
翌1950年2月15日、この新料金に対応する航空切手が発行された。

航空切手は、8円、12円、16円の3種が色違いの同図案で、第2次普通切手の
発行に先立ち行われた図案公募の7等入選作品となった我如古恵寛の「ハトと琉
球地図」が元になっている。
https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20201025000314e64.jpg 

また、この航空切手と同時に、やはり“琉球地図”を背景にタツノオトシゴ
を描いた速達切手
https://blog-imgs-142.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20201025000508c8c.jpg

こちらは、図案公募の5等入選作品で佐久本勝五が制作した)も発行されてい
る。
ところで、これら2種の切手に描かれている“琉球地図”は、いわゆる沖縄県
の範囲のみならず、奄美群島を含めた米施政権下の地域となっている点が注目
される。
明治以前、奄美群島は対外的には琉球王国の一部とされていたが、実質的に
は薩摩藩の支配下に置かれていた。

1871年8月29日(明治4年7月14日)の廃藩置県により、奄美群島は鹿児島県の
実効支配下に置かれることになったが、形式的には琉球に属するものとする状
況が続いていた。1879年に琉球王国が完全に消滅し、沖縄県が設置されると、
奄美群島には大島郡および大島郡役所が設置され、正式に日本の領域となった。

先の大戦中、奄美群島には連合軍は上陸せず、小規模な空襲が行われただけ
だったが、1945年9月2日の降伏文書調印を受けて、奄美群島は“琉球”に含
まれるとして日本本土から分離された。

ただし、同年9月22日、現地守備隊に対して米第10軍が提示した降伏文書には
奄美群島が“Northern Ryukyu(北部琉球)”と書かれていたため、日本側は、
奄美群島は鹿児島県に属するとして署名を拒否。このため、米第10軍司令官が
譲歩し、奄美群島を鹿児島県に属する“北部南西諸島”とする妥協の後、現地
での武装解除と降伏手続きが進められた。

1946年2月2日、連合国最高司令官名の覚書「若干の外郭地域を政治上行政上
日本から分離することに関する覚書」(SCAPIN677。外郭分離覚書)によって、
北緯30度線以南の南西諸島(島内に北緯30度線が通る口之島を含む)が米施政
権下に置かれることになった。その範囲は、戦前の沖縄県の領域に加え、奄美
群島、さらに吐?喇列島(十島村)のうち役場のある中之島を含む下七島が米
施政権下に置かれ、十島村のうちの上三島は日本側にそれぞれ分断されること
になった。

このうち、戦前の鹿児島県に属していた地域に関しては、3月16日、 米国海軍
軍政府北部南西諸島命令「大島支庁の行政権」により、南西諸島米海軍軍政府
監督下、大島支庁(名瀬)の管轄となり、ロス・セントクレアが初代の北部南
西諸島軍政府長官として着任。セントクレアは、6月4日、統治体制の整備の
一環として、住民による選挙を認めた命令第4号ならびに、集会・言論・出版・
宗教の自由を認めた命令第5号を公布した。

その後、同年10月3日、 大島支庁は臨時北部南西諸島政庁に改称され、支庁長
の豊島至が臨時北部南西諸島知事に、副知事に支庁次長兼経済課長の中江実孝
が就任した。

豊島知事は、臨時北部南西諸島政庁は米軍の指令にもとづき、法制改訂委員
会が設置されたほか、北部南西諸島赤十字社の設立、経済委員会の設置、低物
価政策、対日貿易の開拓、税制改革、教育面の刷新などの諸改革を実施。また、
命令第4号および第5号に謳われた“民主化”の方針への期待から、1947年8
月9日には名瀬市民集会が開催され5000余名が参加して、「胎動する大島民主
化の声」を公言。さらに、9月7日に開催された「市民大会結果報告演説会」
では、奄美群島住民が日本への復帰を望んでいることが確認され、私設市町村
長会では、日本へ帰りたい郡民の希望を軍政府へ伝達することを決定している。

ところが、セントクレアの後任として第2代軍政府長官に就任したフレッド・ラ
ブリーは、1947年1月の年頭談話で「デモクラシーは大小幾多の革命の所産」と
述べ、セントクレアの民主化路線を修正する意図を明言。島民たちの復帰要求
が盛り上がってきた8月には「占領軍は南西諸島を一つのグループにまとめ信
託統治を行う。日本復帰はありえない。北部南西諸島が日本に帰るという意見
はまったく迷惑である」と言明し、復帰運動への敵意を露にしていた。

こうした経緯の後、ラブリーは9月11日付で以下のような命令第13号を発動し、
本土復帰運動を封じ込めてしまう。

軍政命令第13号 北部南西諸島の住民に告ぐ
1946年6月4日北部南西諸島合衆国海軍軍政府命令第5号は合衆国軍政府当局
の当時及び現時発布する諸布告の規定と抵触するところあるが故に茲に左の様
に命令する。
一、1946年6月4日発布の北部南西諸島の住民に対し集会の自由、言論の自由
出版の自由、信教の自由、平和的結社又は労働組合組織の自由を付与したる北
部南西諸島合衆国海軍軍政府命令第五号は之を廃止する。 
二、本令は、北部南西諸島住民に対し現行合衆国軍政府布告、命令、指令、規
則等に定むる規定以外に何等新たに束縛又は禁止を加ふるべきことを規定し又
は意味するもの ではない。 

さらに、同命令が発せられてまもない9月20日、知事の豊島が、ワイル氏病が
流行する沖永良部島での民情視察・衛生状況調査中に病気で急逝。同26日に副
知事の中江が知事に昇格(するなどの混乱もあって、奄美群島の祖国復帰運動
は一時的に勢いを削がれた格好になった。

http://blog-imgs-23.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20080523081142.jpg は“臨
時北部南西諸島知事 中江実孝”宛の郵便物。米施政権下の奄美大島・宇検村
から差し出されたもので、琉球切手が貼られている。

しかし、沖縄戦で疲弊した沖縄本島に資金が集中されたことに加え、本土との
分離により換金作物や物産の販売経路の途絶などにより、奄美群島の経済は急
速に疲弊。飢餓の兆候さえ生じるに至り、米軍政への住民の不満は日に日に増
大し、祖国復帰運動も激しさ増していく。

こうした状況の中で、日本本土でも、鹿児島県に属する奄美群島は沖縄県よ
りも先に復帰すべきであるとの世論が強くなり、1950年2月には吉田茂首相も
「奄美は日本に帰属すべきであり、この問題に対して意思表示の自由がある」
と答弁するほどだった。

そうした世論を牽制する必要に迫られた軍政当局は、第二次普通切手のため
に公募した作品群の中から、下七島と奄美群島を含む“琉球”地図を描く作品
を切手の図案に取り上げ、「外郭分離覚書」に規定された地域を米軍が支配す
ることの正統性をアピールしようとしたのであろう。

なお、奄美の復帰運動はその後も終息する気配を見せず、1951年2月19日に
は全島規模で日本復帰を願う大規模署名が開始される。署名は最終的に14歳以
上の住民の99.8%に達し、マハトマ・ガンディーの非暴力運動にならい集落単位
または自治体単位でハンガーストライキを行い、小中学生が血判状を提出する
事態も発生した。

このため、1951年9月、対日講和条約が調印されると、米国は奄美群島の統
治を諦め、1952年2月10日にはトカラ列島の、1953年8月8日には奄美群島の
権利を放棄。1953年12月25日、奄美群島は“クリスマス・プレゼント”として
日本に返還されることになる。

内藤陽介
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会
員。フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国
家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。
最新作『日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史』扶桑社
電子書籍で「切手と戦争 もうひとつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川
oneテーマ21などがある。

---------------------------------------------------------------------

■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在3942名の読者の皆さんに配信してお
り、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。

---------------------------------------------------------------------
■編集後記
編集って大事だな。
あるコミックの短編集を2冊買った。読んでみると、これ1冊にすれば良かっ
たのに・・・

良い作品とページ稼ぎ(あるいは内輪ネタ)が混在していてトータル2冊。ペー
ジ稼ぎをばっさり無くして1冊にすれば、自信を持ってすすめられるのに残念
無念!

====================================================
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載されたコンテンツを小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ copyrightはそれぞれの記事の記者が有します。
■ ご意見・ご質問は25日号編集同人「朝日山」まで
メールアドレス asahi_yama@nifty.com
(あっとまーくは、全角ですので半角にしてください)
■ バックナンバーurl http://back.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンidナンバー:13315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
====================================================

| バックナンバー | 19:25 | comments(0) | -
SEARCH
[本]のメルマガ
哲学・思想・社会などの人文書や、小説や詩など芸術の最前線、書籍の出版流通、電子出版などの「本」の現在を気鋭の出版社員、書店員が伝える、まさに[本]のメルマガです。
発行周期発行周期:月3回
バックナンバーバックナンバー:すべて公開
マガジンIDマガジンID:0000013315

メールアドレス:

メールアドレス:
Powered by まぐまぐ
※読者登録は無料です

コーチ募集(コーチングバンク) 無料 コーチング カーディーラー経営品質向上 CSR コンプライアンス 経営倫理 実践研究 BERC フリーラーニング
LATEST ENTRY
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< October 2020 >>
ARCHIVES
LINKS