[本]のメルマガ

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[本]のメルマガ Vol.664

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□■[本]のメルマガ【vol.664】17年11月25日発行
[外で待っている 号]
http://honmaga.net/ 
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□■ 創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4387名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
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★トピックス
→募集中です

★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→在日中に本を買いあさる

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→1968年からの現代史歴史絵巻

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→学校やめるかクビになるか

★「はてな?現代美術編」 koko
→休載です

★「スプートニクとガガリーンの闇」内藤陽介
→コリョロフの官僚制との戦い
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★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp

『盗まれる大学:中国スパイと機密漏洩』

 

ダニエル・ゴールデン著 花田知恵訳

四六判 446ページ 本体2,800円+税 ISBN:9784562054381

 

ピュリッツァー賞ジャーナリストが綿密な取材によって描きだした「大学と情
報機関」の密接な関係、スパイ養成とリクルートの現実。スパイ目的で入学す
る留学生や資金援助による研究機関への浸透など、驚愕の事実が判明する!

 


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■トピックス
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■トピックス募集中です!
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■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
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第84回 佐藤正午の小説を読んだ長雨の東京

実は作家の佐藤正午について知ったのは直木賞受賞の電子版記事で、まだフィ
レンツェにいたため受賞作を読めなかったが、印象に残ったのは佐世保に住ん
でいて、あまり賞には恵まれないが熱烈な読者を獲得しているという記事だっ
た。最近とみに、こうした傾向のアーティストや作家にしか興味がわかないと
いってもいいほどだ。マイノリティであるだけ理解のされ方が深い・・・と思
うせいだろうか。

だから、年に一度の帰日の10月、かれがどんな作品を書くのか、読めなければ
買ってきたいと思っていた。

今回賃貸したマンションは渋谷区の、静かだが近くにとくに見るべき名所旧跡
もない街にあった。食については同じ通りにレストランが何軒もあり、スーパー
やコンビニやマルシェが歩いても直近だったが、書店は見当たらなかった。
で、やっと小手調べで一作目に買ったのは『花のようなひと』(岩波現代文庫)。
神楽坂で親しい友だちと待ち合わせの前に寄ったブックカフェに、これと直木
賞受賞作の『月の満ち欠け』(岩波書店)があったのだが、受賞作はまだ単行
本だったから文庫本のほうを選んだ。ともかく買いたい本が多いので、あれば
文庫本を選びたい。

挿絵の入った、珍しい花がいくつも取り上げられているこの小品は好みではな
く、出鼻をくじかれたが、その次に手にしたのが青山から渋谷に向かって歩い
た日に古本屋があっておどろき、そこで見つけた『身の上話』(光文社文庫)。

この作家の作品を、ミステリーのようなSFのような恋愛小説と紹介した語句
を覚えているのでストーリーには触れないが、タイトルも吟味せずに読み始め
たこの小説で、わたくしは佐藤正午の虜になったといっていい。

『身の上話』は、どちらかといえば凡庸な女性のどこか投げやりな行動が、女
性の夫である語り手によって読みやすすぎるような展開で進んでいくが、時に
呼吸を止めてしまうほどの秀逸な深みに落ちこむ会心の作だった。あまりに心
酔したので、出版社勤めでそれほど小説好きではない友だちに「おススメ」と
ラインしたものだ。

これは2009年刊行なので最近作に入ると思うが、できれば刊行された順に読み
たかった。ただ、それを探しに書店に行くと日本語の本などには需要のない夫
の手前、ゆっくりと棚から棚へ目を走らせる時間がなくて、そのうちにと思っ
て滞在日が過ぎた。

家のある駅の一つ先の駅に買物に行って紀伊国屋書店を見つけたのは、すでに
東京を去る日までの日数をカウントしたほうが早いころになっていた。
ここでまとめ買いしようと、作家名と小説のタイトルのリストを見せて、文庫
本で出ているものを全部見たいと20代の後半と思われる女性にいうと、そう驚
かれることもなく、つぎつぎに棚から取り出し、棚になければ引き出しから
探してくれた。

そこで新たに入手できたのを刊行順に書くとこうなる。
『事の次第』(小学館文庫)、『Y』(角川文庫)、『カップルズ』(小学館
文庫)、『ジャンプ』(光文社文庫)、『5』(角川文庫)、『アンダーリポー
ト』(小学館文庫)。

渋谷に行った夜にはブックオフの店があったので喜んで入った。もしかしたら
何か見つかるかもしれないと思ったからだが、案の定、夫は15分もすると「外
で待っている」といって離れていった。

棚に出ている作家名を追ってみたが、佐藤正午の小説があるはずはなかった。
どうしてか昨年辻原登さんに旧友たちといっしょに会ってから読んだ『籠の鸚
鵡』が目の前にあったのは意外だった。

ブックオフを出て夫を探したが見つからず、30分近くも途方に暮れ、行方不明
という妄想がふくらんだが、出入り口が2か所あって行き違いになったのだった。

羽田空港の書店でも探した。読者が限られている作家の本を狭い店内に置いて
いるはずもない。

イタリアへ帰国のためにフランクフルトへ向かった便に乗っている間、『Y』
を読み始めた。すでに読んでいる方はおわかりのように、これはドリンクが配
られたり、食事がサーブされたりしながら読める小説ではない。おまけに隣席
にはドイツ在住40年の女性がいて、なんとはないおしゃべりを始めてしまった。
飛行中の後半にやっと集中できたが、枝分かれした運命を表わしてでもいるか
のような『Y』というタイトルにあるように錯綜したプロットになっていて、
ページをときどき前に戻って内容を確認して読み進む。これこそ、作者が考え
抜いた時間と空間を駆使して作り上げた摩訶不思議な世界。インパクトがあっ
た。あまり小説は再読しないのだが、これはまた読めそうだ。

自宅に帰り着いて疲労困憊した日々に読んで乗り切れた『ジャンプ』と『5』。
『ジャンプ』もよかったが、まだ読んでない『事の次第』や『アンダーリポー
ト』を除外して、最も佐藤正午がコワい作家であることを感じさせるのが奇妙
なタイトル『5』の作品だった。超能力者の女性がいう「5をちょうだい」(
526ページ)というセリフも気に入った。

この長編のほぼ3分の2近くまで、洒脱な主人公である作家をめぐる女たちとの
関係のあまりのだらしなさに辟易したが(そのページに付箋を貼ったほど)、
主人公が擁護する、業界からも読者からも“ゴキブリ”のように顰蹙をかって
いる先輩作家の件になって急に主人公に惹きつけられた(そこにも付箋)。
そのあとラストまではこれ以上の展開は望めないほど申し分ない。それにして
も作者の、あるいは主人公の脳内変換はどうなっているのだろう。

長編を一年かけて一作という作家は、長編にこそ醍醐味を感じさせる。デビュー
作『永遠の1/2』(小学館文庫)も、タイトルだけ知っていた『鳩の撃退法』
(小学館)もkindle版でもいいので読むのが楽しみだ。


◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
イタリア・フィレンツェ在住。著書に『天才力 三巨匠と激動のルネサンス (
ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)』(世界文化社)、『メディ
チ家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)。創刊10年を越えたメ
ルマガ「イタリア猫の小言と夢」は、melmaの地域情報部門で2007年メルマガ・
オブ・ ザ ・イヤー受賞。ほぼ隔週で発行中:
http://www.melma.com/backnumber_86333/

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■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
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笠井潔 『天性の魔』 講談社2000円+税

浅間山荘事件は、私が高校入試を受ける直前の時期に起こりました。機動隊
が山荘への突入を敢行した当日、先生たちは授業などせず、一日中テレビを教
室で見続けていました。銃撃戦の結果、二人の若い警官が命を落としています。
この話を1年生のクラスでした際に、「亡くなった警官の一人は私の大叔父で
す」と話してくれた学生がいました。連合赤軍事件は、若者の悲劇として記憶
されています。「若者」たちの孫の世代が、いまや大学生!赤軍派の塩見議長
も先ごろ亡くなりました。「革命戦士」たちも老境にさしかかっています。

私立探偵飛鳥井は、紛争の時代をアメリカの大学で過ごしたクールな個人主
義者。彼のもとに奇妙な依頼人が現れます。依頼人も飛鳥井と同じく、全共闘
世代に属する女性です。孫が参加している安保法制に反対する国会前デモのネッ
ト上の画像をみせてくれた。そこには43年前に左翼系サークルの部室から忽
然と姿を消した「ジン」に瓜二つの若い女性が映っていた。「ジン」は、自分
は22歳で死んで幾度か甦ると言っていた。この女性が、「ジン」の生まれ変
わりなのかどうかを探り当てて欲しい。それが彼女の依頼の内容です。

調査のために飛鳥井は、43年前に左翼サークルに属していたメンバーのも
とを訪ね歩きます。メンバーたちはその後様々な人生を歩んでいました。悪徳
コンサルタントとしてマスコミの指弾を浴びている者。左翼運動の挫折の後、
テロ事件を起こしたカルト集団に加わった女性メンバー。定年退職後に引き籠
りの息子と二人で暮らす元高校教師。聴き取りを重ねる中から、「ジン」の「
消失」の背景として、43年前にこのサークル内部で横行していた、連合赤軍
の「総括」を彷彿させる、苛烈な糾弾の存在が浮かび上がってきます。

飛鳥井が調査を始めたころに、かつて「ジン」が姿を消した同じサークル棟
から、このサークルに関わりを持ったことのある演劇人が転落死しています。
彼が転落したと思しき場所には、代表作である「あなたは変わらないで」が置
かれていました。飛鳥井は考えます。この演劇人は左翼から「変わ」ってポス
トモダン演劇の寵児となった。糾弾活動の急先鋒を務めた男がパワハラを事と
する悪徳コンサルタントになり、真摯な女性メンバーが狂信的カルトの一員に
なったのは、「変わらな」かったことだと言えるかもしれない、と。

善き目的は悪しき手段を正当化するという悪魔的信念を43年前に奉じてい
た「カントク」と呼ばれた人物は、海外に渡りいまではイスラム過激派のテロ
リストとなっている。彼こそが最も頑強に「変わら」なかった人間です。メン
バーたちの子どもの世代は引き籠り、その孫の世代は安保法制のデモを組織し、
あるいはイスラム過激派のメンバーとなっています。自らも全共闘世代である
著者の往年の左翼戦士へのレクイエムであると同時に、1968年を起点とす
る現代史の歴史絵巻とも呼べる本書を、皆様、是非お読み下さい。

◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「ジェラシーが支配する国」高文研

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■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
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今回は「やめ時」の話

もうかなり長い事「講師業」をやっている。生涯獲得金額を考えたら本業と言っ
ているマンガ業より圧倒的に多いギャラをいただいているのでもしかしたら正
確にはこちらが「本業」なのかもとも思う。

で、タイトルのやめ時の事。もちろん定年も「やめ時」なのだが有り難い事に
ちょっとオーバーした今も、まだ続けさせてもらっている。
ただこの生徒数減少のご時世で学校そのものが色々揺らいでいて、来年の保証
など何処にもない。なのでクビになる前に辞めると言う選択肢も。

毎年度、卒業制作のこの時期になると学生の姿が教室から減っていって体調不
良を押して出勤したら学生が一人とか二人とか。そんな時も「やめ時」の文字
が頭をよぎる。

別に教える事が好きな訳ではない。
教える技術もさほど持ち合わせているとは思わない。でも自分が通って来た道
の中で「ここはこう通った方が早く抜けられるよ」とか「ここは面倒でもちゃ
んとやってたら後々役に立つよ、やらなくて苦労してる私だから判る」とか(と
りあえず作品はたくさん描いとけ、デッサンはサボるな、の様な)まあ、それな
りにアドバイスして来たとは思っている。

ただ…アドバイスって言うのは「モノがあって初めて出来る」ので、最近はモ
ノの出ない学生に何も言ってあげる事が出来ず、ただ見守るだけの日々が続き
がち。学生からしたら「何もしてくれない先生」だと思われてるだろうなぁ。
マンガと言うコンテンツそのものも大きく様変わりしている。ハード面ソフト
面共々ここ数年の変わりように戸惑っているのも事実で

やめ時って言うのが難しくなっているのはそれが日常になっているからかもし
れない。過去にやめた学校や講義は少しイレギュラー的に入っていたモノなの
でやめ時も判りやすかった。さすがに25年も勤めていると「行く事」が日常化
してしまってやめ時を逸してしまったのかも。

それと稀にだけど学生さんたちの感性、「ほほう」と感じる事がある。そんな
時、講師業も悪くはないなと思えるのだ。
「あー、こんな感覚、昔はあったよねー」に出会いたいがため「やめ時」を逃
した?

いや、やっぱりそれなりの安定した収入かな?

ともあれ来期終了後には学科が無くなるので否応なく「やめる」いや「クビに
なる」事が決定している。
 
学生へのアドバイスとして「主人公は自分の意思で動いてこそ主人公だ」と言っ
てきた。残念ながら主人公失格でしたね。

◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html

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■スプートニクとガガリーンの闇 3 内藤陽介
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核弾頭は無理でも人工衛星なら

1955年7月、米国のアイゼンハワー政権は国際地球観測年の期間中(1957年
7月1日−1958年12月31日)に人工衛星を打ち上げる計画を発表した。8月6
日には、第6回国際宇宙航行会議の席上、国際宇宙航行連盟会長のフレデリッ
ク・デュランが「米国は人工衛星の打ち上げを準備している」とのアイゼンハ
ワー書簡を読み上げた。

これを受けて、会議に出席していたモスクワ大学教授のレオニード・イワノ
ヴィッチ・セドフ(ちなみに、会議には“惑星間飛行の組織ならびに実現分野
における共同作業に関わる省庁間委員会”の委員長で参加)は記者会見を開き、
「過去、ソ連では惑星間交通手段の実現に関する研究課題、第一に地球周回人
工衛星開発の問題に多くの注意を払ってきている。ソヴィエトの計画は比較的
近い将来の実現を予期することができよう」と述べた。

この発言は、ソ連でも人工衛星打ち上げの計画が進んでいることを明らかにし
たものとして注目されたが、セドフ本人はソ連の人工衛星開発計画について具
体的な知識を持っているわけではなかった。

ソ連国内では、1948年、ミハイル・クラウデイエヴィチ・ティホヌラヴォフ
を中心とする研究グループが、射程数千キロのロケットを数本束ねれば人工衛
星を軌道に投入できると発表したが、当時はその実現性はかなり低いとみられ
ていた。

一方、1950年4月、第88科学研究所(NII-88)第一設計局(OKB-1)の責任者
に就任したセルゲイ・パヴロヴィチ・コロリョフは、ソ連の長距離ミサイルの
開発責任者として、1953年4月、射程7000kmで水爆の搭載が可能な大陸間弾道
弾R-7ロケットの開発計画を提出し、政府の承認を得ていた。

R-7の開発は、一義的には、米国に対する軍事的な劣勢を挽回するためのもの
であったが、コロリョフは、このロケットを使って世界最初の人工衛星を打ち
上げることを夢見ていた。

実際、彼は、1953年、ソ連科学アカデミーで犬の運搬を含めた人工衛星打ち
上げの可能性を主張したが、軍や党の反対で実現しなかった。また、1954年以
降、コロリョフは科学アカデミーを味方につけ、政府や党、軍との折衝を始め
たが、軍は、人工衛星が国防にとって有用であるとは考えず、計画に対して冷
淡だった。

セドフの記者会見は、こうした状況の中で、いわばハプニング的に行われた
もので、結果的に、ソ連の人工衛星開発を大きく進める端緒となった。

すなわち、米国による人工衛星計画の発表から間もない1955年8月初、コロ
リョフは航空機工業大臣のミハイル・ワシリエヴィチ・フルニチェフ、兵器人
民委員部のワシーリー・ミハイロヴィチ・リャビコフとともに、共産党第一書
記のニキータ・セルゲーエヴィチ・フルシチョフと閣僚会議議長のニコライ・
アレクサンドロヴィチ・ブルガーニン宛にソ連も人口衛星を打ち上げるべきと
の書簡を送った。フルシチョフはこれを了承し、8月8日付で「地球人工衛星
について」と題する政令が発せられた。

これを受けて、1956年1月30日、質量1000t〜1400圓涼狼綽郵衛星を開発し、
1957年中に打ち上げることを指示する政令「オブエクトDについて」が出された。

しかし、その具体的な調整には予想以上の時間がかかり、1956年末になると、
このままでは1957年中の打ち上げは困難で、打ち上げ時期を1958年に延期する
政令が出される。当時のソ連政府にとっては、あくまでも大陸間弾道弾の開発
が優先で、人工衛星の打ち上げは二義的なものとしか考えられていなかったた
め、国際地球観測年の期間内に人工衛星を打ち上げることへのこだわりは、必
ずしも強くはなかったのである。

これに対して、なんとしても米国に先んじて人工衛星を打ち上げたかったコ
ロリョフは、ティホヌラヴォフの提案を容れて、オブエクトDのプランよりも大
幅に機能を縮小し、小型で軽量のスプートニク衛星(“最も簡易なスプートニ
ク”を意味するロシア語の頭文字を取ってPSと略される)の製作を決断する。

一方、コロリョフの“本業”であるR-7の開発は、1957年5月から発射試験が
始まった。

しかし、4機打ち上げた時点で、大陸間弾道弾として最も重要な再突入技術
が未熟で、ノーズコーン(大気圏再突入の際に核弾頭を摩擦熱から守るため、
ミサイルの先端に装着する耐熱シールド)が機能せず、ミサイルとしては未完
成の状態が続いた。

ところで、前年の1956年、フルシチョフは共産党大会でスターリン批判を行
い、大規模な軍の改革に乗り出した。その金看板となったのが大陸間弾道弾の
開発であったが、その一方で、改革の影響で通常兵器は削減されることになり、
そのことに不満を持つ軍人たちは少なくなかった。

このため、1957年6月の共産党中央委員会幹部会では、反フルシチョフ派がフ
ルシチョフの解任動議を提出。幹部会員11名の内、7人(マレンコフ、モロトフ、
カガノーヴィチ、ブルガーニン、ヴォロシーロフ、ペルヴーヒン、サブーロフ)
が賛成、4人(フルシチョフ、ミコヤン、スースロフ、キリチェンコ)が反対し、
フルシチョフは失脚の危機に追い込まれる。

しかし、フルシチョフは、第一書記たる自分は中央委員会によって選出された
以上、解任できるのも中央委員会のみであると主張。ゲオルギー・ジューコフ
国防相(幹部会員候補)とイワン・セーロフKGB議長の協力を取り付け、反フル
シチョフ派の工作が及ぶ前に各地の中央委員をモスクワに集めた。この結果、
党中央委員会総会では形勢が逆転し、中央委員の大多数はフルシチョフを支持
し、逆に反対派の行為を厳しく批判。反フルシチョフ派は“反党グループ”と
して党役職を解任された。

こうした情勢であったから、フルシチョフが主導してきたミサイル開発の“
失敗”は、単にコロリョフら技術者の責任が問われるだけでなく、反フルシチョ
フ派に対してフルシチョフ批判の口実を与え、新たな政争の火種となりかねな
かった。

そこで、1957年8月21日、バイコヌール基地から打ち上げられた5機目のR-7
が6800km飛翔してカムチャッカ半島へ着弾し、一定の成果を上げると、コロリョ
フは大胆な賭けに出た。

すなわち、R-7を大陸間弾道弾としてではなく、人工衛星PS打ち上げ用のロケッ
トとして打ち上げることができると提案したのである。

PSを打ち上げるのであれば、宇宙空間に衛星を放出してしまえば大気圏に再突
入する必要はないから、ノーズコーンの不具合は問題にならない。それゆえ、
R-7は(大陸間弾道弾としては未完成であっても)ロケットとしては完成された
ものであると主張できる。

さらに、コロリョフは党幹部の前で「ソ連は、(米国に先んじて)世界で最初
に人工衛星の打上げを行う国家を目指さなくてよいのか」と獅子吼し、渋る幹
部たちを説得した。人工衛星そのものにはほとんど興味のなかったフルシチョ
フも、ともかくも、自分の支援してきたミサイル開発が一定の成果を上げてい
ることを見せる必要があったから、コロリョフの提案を認めざるを得なかった。

後に、世界初の人工衛星として歴史に名を残すことになるスプートニク1号の打
ち上げは、こうして、慌ただしく決められた。

“国際地球観測年”が始まって間もない7月4日、ソ連が発行した“国際地球
観測年”の記念切手

https://blog-imgs-108.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/2017112501132025b.jpg

が純然たる天体観測の図案となっており、ロケットやそれに類するものが全く
描かれていないのは、この切手が制作・発行された時点では、上記のような事
情から、ソ連当局でさえ、国際地球観測年の事業として、本当に人工衛星を打
ち上げられるかどうか、懐疑的だったことによる。

かくして、1957年10月、人工衛星PSを搭載した通算6機目のR-7が打ち上げらる
ことになった。当初の打ち上げ予定は6日に設定されていたが、米国がこの日
に衛星を打ち上げるのではないかとの情報があり、急遽、打ち上げ日は4日(
モスクワ時間)に繰り上げられた。

ちなみに、この時点では、関係者の圧倒的多数にとっては、R-7が正常に飛ぶか
否かこそが最大の関心事であり、PSの成否はほとんど眼中になかったという。

内藤陽介
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会員。
フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。最新作『
リオデジャネイロ歴史紀行』えにし書房
電子書籍で「切手と戦争 もうひとつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川
oneテーマ21などがある。

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り、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。

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■編集後記
あまり外食をすることはないのだが、最近出先でメシを食おうと知ってる店に
行くと、ランチタイムが人手不足でしばらく休みになると張り紙がしてあった。

少子高齢化で人手不足になりつつあるのは知っていたし、かつては若者のバイ
ト先だったマクドナルドやコンビニも中高年や外国人の従業員が目立つ。それ
でも人を確保できなければ、休業を余儀なくされる時代がやってきているのを
実感した。
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